不器用な精霊
大変な時間が空いてしまいました。
申し訳ございません。
それぞれが万物の何れかを司り管理する精霊は、悠久に近い時を生きる。普段は人前に姿を現さず、高い戦闘力を持ち、また病魔にもかかりにくいその種族的特性は、良くも悪くも〝種の繁栄〟という観点においては致命的とも言える程の悪影響を与えてしまっていた。
長い年月の中で生涯の伴侶は一人。一生に一度きりしか恋をしない種族―――それが精霊という種族の致命的な点である。
恋愛事情にまつわるドロドロした話の一つや二つは必ずといっていいほど関わる他種族が端から見ればロマンチックな何かに見えるのかも知れないが、精霊のそれはまた少し違う。
精霊の特徴をもう一つ当てはめるとすれば、男女性別問わず皆が皆一様に美形揃いだという事だ。
他種族の前に姿を現さず、なまじ美形揃いなだけに種族内でのカップリング率が異様に高い精霊という種族は、悲しい事に全員、失恋への耐性が全く無かった。
そんな精霊にもごく稀に失恋を経験する個体はいるのだが、その末路は一様に酷い有り様だった。たった一度きりの恋愛の憂いに心労を募らせ、自死を選ぶのだ。
命永く、世代交代も少ない。その結果、精霊達の中では恋愛=結婚とでも言うような、何とも不思議な構図が出来上がってしまっていた。
そんな少し残念な精霊の遺伝子は、当然にして闇精霊であるノルにも例外なく受け継がれている。
そして告白では無いにしろ、つい今しがた想い人に決別を告げられたノルは、シンヤが自分を必要の無いものとして見ているように感じて、まるでこの世の終わりを見ているような絶望の表情を浮かべていた。
シンヤが転移で消えていった後の虚空を光の無い目で見つめ、何かを掴むように手を伸ばしては涙を溢れさせている。
「メリット………メリット………シンヤが私と一緒に居て良いこと………。無い。何も無い………一つも、見つからない!! だって、一緒に居たいのは私だけで、シンヤには私なんかどうでも良くて、それで、それで………うぅ、うぁぁあ!!」
身勝手を承知で、それでもどうにも抑えられない感情はノルの心を黒く大きく蝕んでいき、無惨にも突きつけられる現実に泣き崩れた。
と、そこへ足音が聞こえ、ノルは虚ろな顔を上げた。廃墟から歩いてきたのはドラゴンのフロストで、ノルの様子を見てすぐに状況を察したのか、額に手を当てて頭が痛そうに顔をしかめて見せる。元からのフロストの大人の魅力溢れる落ち着いた雰囲気も相まってか、些か娘を心配する母親のようにも見えなくない。
「ノル………ここに居ったのか。それにしてもひどいのう。精霊のあの噂なぞ眉唾かと思うていたが、よもや本当だったとは。いや、嫌な予感は当たるものであるからの」
「フロスト………助けて。胸が苦しくて、何も考えられない。シンヤが、シンヤが」
「まあまあ、落ち着くがよい。何があったのか、詳しく教えてもらおうかの」
完全に心を取り乱し、己の感情を分かりやすく外に出すノルの姿は普段の冷静沈着で無表情な部分からはずいぶんとかけ離れており、事の重大さをよく表している。身の内の動揺も隠しきれず揺れに揺れている瞳に光はなく、そこには何の風景も映っていないようだった。普段から白磁のように白く美しいその顔も若干青白く見えているのは決して気のせいではない。
力なくこくりとうなずき事の顛末を語りだすノル。その深刻な雰囲気は火を見るよりも明らかで、フロストも息をのんで話の続きを待つ。
「外に出てきたシンヤと会って、はじめは普通に話しただけだった。体調の事を聞いて、大丈夫だって聞いた時は安心して、そうしたら急にシンヤが謝ってきた。地面に居直って、深く頭を下げて」
シンヤがノルに負い目を感じていた事は既に聞き及んでおり、(きちんと謝れたのだな………)と関心顔でフロストはふむ、と頷く。
「シンヤは謝った。力なき人間で、勇者の力を持つわけでもないのに、「俺が弱かったせいで巻き込んだ」って。「罪を償う」って。おかしい。ありえない!私は精霊。人間ごときに守られるような、矮小な存在とは違う!!自分の事くらい、自分で何とかする………」
叫んだ声に含まれていたのは激情ではなく、自身に言い聞かせているような必死さだった。最後の言葉は尻すぼみに消え、自信を失ったように目を伏せ、ノルは憂いの表情を作る。
「それで、何と答えたのじゃ?」
「負い目があるのはシンヤだけじゃなくて、私も同罪。謝るにはいいきっかけだと思った。だから私も謝った。私が何をしたかはフロストにも話した通り、全部謝った。シンヤは色々気にしていたから、お互い様だねって言って、それで………」
「それでも、シンヤは納得しなかったと。そう言うことかの?」
フロストの言葉には肯定も否定もせず、ノルはただ俯いただけだった。それを肯定と捉え、フロストはここにはいないシンヤの頑固さに呆れてため息を吐いた。
「何を言ってもシンヤには届かなかった。私は秘境に戻って、シンヤと別れて、それで終わり………。 人間と精霊は相容れない、メリットがない、損しか生まない………」
「ふむ、それはそれで酷い言い草じゃな。シンヤの方にも非はあるが………」
「それだけじゃない。シンヤにとって私は邪魔みたいだった。直接邪魔だとは言わなかったけど、きっとそう。今回の事も、私と離れるには丁度いい話だった」
話終えたノルは、その事を思い出してか静かに嗚咽を洩らした。自身の体を両腕で抱きつつ、小刻みに体を震わせて小さく蹲る。普段の凛とした姿は欠片もなく、その様子はか弱い少女のそれを思わせた。
そんなノルをやれやれといった表情で見つめ、フロストは己の疑問を口にする。
「のう、ノルよ………。 シンヤが好きなのじゃろ?」
「はうっ!? す、すす、好き。うん、大好き」
「もう告白はしたのかのう? 好きだから付いていきたいとは、伝えていないのかや?」
ノルが目を見開き、フロストを凝視した。先程よりもさらに蒼白な表情で、何か別のものを幻視して恐怖に怯えているようだ。
「そんな事、出来ない! だって、だって断られるに決まっている!! 面と向かってシンヤに否定されたら、この気持ちも届かない物になったら、私は、私は………!!」
「それは良くないのう、ノルよ。肝心な事実を伝えずして、人の心は動かせまいよ。謝罪は謝罪。シンヤがノルから離れようとしたのは、それがシンヤなりの償いで、落とし前のつけどころだからじゃろ? けじめを付けようとしたのにそれがおあいこ様になっては格好がつかぬし、それを許せるほど軽くも思ってもおらぬ。中途半端な理由付けだとか、そんな物では誤魔化せぬ。真に求めてこそ響くものがあるのじゃ。信じて素直に伝えてみよ」
「嫌、嫌………絶対無理!! シンヤに嫌われているのはもう分かっているのに、真実なんてただ絶望を知るだけ。精霊と人間は一緒にいたら駄目だってシンヤが言ったから、もう無駄。せめて私が人間だったらなんて、何回思ったか! せめてこの翼さえなければ! こんな物があるせいで私はっ! そうだ………この翼が無ければシンヤは振り向いてくれるかな。ねぇフロスト、どうかな」
何を思ったのか、ノルが些か狂気に満ちた目で、自らの翼を斬り飛ばそうと自身の刀を持ち出してきた。慌てて刀を奪い取ろうとするフロストだが、遂に光明を得たりとばかりに怪しく目を光らせたノルの俊敏な動きには、あと一歩届かない。
「ええい、恨むでないぞ! 我が求めるは停滞、【永久凍土】!!」
瞬間的にノルとフロストを中心とした広範囲の空気が震え、その一帯の温度が激しく低下した。急激に冷やされた空気中の水分が冷気に当てられて濃霧と化し、フロストを中心にパキパキと地面が凍りついていく。周囲の草木は凍てつき、表面をコーティングする氷の膜がガラス細工のように映っている。住民もなく廃墟が連なるリエル村の一角はさらに静けさを増し、万物が強制的に眠りについた後のような寂しさが残る。
「フロスト、止めないで」
「妾はこうせねばならぬのじゃ。詮無き事として諦めよ。なに、シンヤは戻って来るのじゃろ?」
「………夜には」
「そうか、ならば夜までこのままじゃ。シンヤが戻って来たら、ゆっくり話し合いでもしてもらおうかのう」
鋭い眼差しでフロストを睨むノルは、首から上だけを残して分厚い氷の中に拘束されていた。何とか拘束から抜け出そうするノルがいくら力を入れようと氷はヒビの一つも受け付けずびくともしない。
フロストが唱えたのは、古の記録にある大寒期を模しているという、術者の周囲一帯を絶対零度で氷漬けにする魔術だ。魔力の消費コストも大きく、あまり連発は出来ないが即効での威力は言わずもがな、絶大である。本来であれば長い詠唱を必要とし、瞬時に発動出来るような簡単な魔術ではないがそこはフロストの実力如何という所だ。
「まだ、死ねない。死にたくない………。 生きてさえいれば、シンヤと仲直りする方法もきっと見つかる」
「何だか何処かで聞いたことのありそうなセリフじゃのう………。 ノルよ、そろそろ無駄な足掻きは止めぬか」
「フロストの方こそ、出会って直ぐに倒される雑魚勇者のようなセリフを。………まるで悪役」
「ハハハハ、よく言うものじゃ」
「ふふふふ、その言葉、そっくりお返しする」
互いに油断なく見つめあい、他人が見れば背筋が凍りそうな冷たい笑みを浮かべる二人。既に生物の悉くが眠る極寒の地と化した空間において、その周囲だけさらに温度が低くなっているようだった。
「精霊を甘く見ないで………。 こんな氷塊に阻まれるほど弱くない! ―――闇よかしずけ、汝らが王は『ボギュ』はぅぁ」
「すまぬ、ノル。妾ではこうするより他無かったのじゃ。手荒ではあるが、シンヤが帰るまではこのままじゃ」
伸ばした手をノルの首筋に当て、目を閉じてフロストは残心をきめた。手刀を入れられたノルはスッと意識を失い、糸が切れた操り人形のようにかくん、と首を俯けた。打たれた首筋からは鳴ってはいけない音が鳴ったような気がしたが、命に別状は無さそうだ。
「ふう。シンヤも早く帰って来んかのう。お姫様を置いて一体何をしているのやら」
氷点下の寒さをものともせず、退屈そうな顔をしながらフロストは虚空に呟いた。
実は風邪を引いて寝込んでいました。
季節の変わり目には体調に気を付けないと・・・・
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今後とも、転職魔王の勇者討滅録を宜しくお願いします!!




