後始末
お待たせしました。
寝起きでパッとしない頭を振り、俺は廃墟の外へ出た。途中通ってきた廊下等は埃やクモの巣の巣窟となっており、目覚めた部屋の清潔感がまざまざと浮かんでくる。
フロストが言うには、ノルは付き添いで俺の看病をしてくれていたらしい。ともすれば、あの部屋を掃除したのもノルの気遣いだったのかもしれない。普通に考えて誰も居ない廃墟の一部屋だけが綺麗だなんて事はあり得ないだろう。
「あっ………シンヤ。もう起きて大丈夫なの?」
「ノル、看病してくれていたんだよな。ありがとう、お陰でこの通り動けるようにはなった」
「いい。シンヤには死なれたら困る。そんな事より、「動けるようには」って言うことは、まだ本調子ではない?」
「まだ体の節々が痛むかな。筋肉痛も酷いみたいだ」
「そっか………早く良くなって。手伝える事なら何でも協力するから」
普段の無表情と違って優しげな微笑みを浮かべ、俺への心配を口にするノル。そのいつもとは違う姿に違和感を覚え、俺は背筋に冷たいモノが触れた気がした。
ノルは何事にもあまり動じず無表情でいることが多い。こんなにも露骨に表情を出しているのは今までに見たことが無く、逆に不自然に見える。もし怒りを悟らせないために笑っているのだとしたら、その不自然さにも説明が付く。
二人の間に沈黙が横たわり微妙な空気が流れる中、ノルが何かを言い出す前に俺は地に膝をつき頭を下げた。
「ノル。俺のせいで散々な酷い目に遭わせて、本当にごめんなさい」
「別に、シンヤが悪いわけじゃ………」
「怒っているのは分かる。許して欲しいとか、そんな我儘を言うつもりも無い。何か俺に償える事があるなら何でも聞く。殺したいなら、殺してくれてもいい」
「そんな、殺すなんて、そんな事………」
「今回の事が片付いたら、ノルをあの地底湖まで送るよ。残念ながらノルの隣に立つには俺は力不足だ。勇者も相手に出来ない俺よりかは、あの地底湖の方がよっぽど安全だろう?俺の処遇はそれから決めて欲しい」
伝えることを全て言い切り頭を上げると、ノルは青ざめた表情で俯いていた。小さく拳を握り、肩を震わせている姿は、泣いているようにも見える。
ノルが何故そんな表情をしているのかが分からず困惑していると、ノルはおもむろに頭を下げた。
「私は、自分から望んで付いていっただけ。本当はシンヤの復讐を利用して、精霊の国の拠点を作るつもりでいた。あの時もガザルに捕まった訳じゃなくて、自分から婚約を約束した。勇者が、精霊でも婚約したいと言うのなら他の精霊の居住も出来ると思って」
「そうだったのか………俺なんかより、よっぽど偉いな」
「そんな事無い。それよりも、私はガザルに付いていった時点でシンヤを切り捨てた。裏切った!」
「精霊の拠点を作るなんて思ったら、俺じゃ役不足だろう。地位も権力もあるガザルに付くのは間違ってない」
「シンヤがそう思っても、私はそうは思えない。だから、お互い様っていう事にしよう?罰が必要だとか、そう言うことも全部無しにしよう?」
ノルが頭を上げ、今にも泣きそうな顔で訴え掛けて来る。
あんな目に遭った事を怒るでもなく、俺を非難することもなく、それどころかお互い様で痛み分けにしようと言うノルの提案は、俺にはどうしても腑に落ちなかった。何か裏があるのだろうとは思うが、それにあたるメリットが予想できない。
「ノル、両方痛み分けにするには無理がある。どう考えたって俺がやった事の方が大きすぎる。ノルは、ガザルに牢獄で………その、俺が見た限りだと相当過酷な目に遭ったはずだ。そもそも俺達は仲間でもなくて、ただの協力者同士のはずだ。裏切りなんて無いし、それとこれとが釣り合うはずが無いだろう?」
「それを言うなら、シンヤも。私がどうなっても気にしなくていい。それに、確かに牢獄でガザルに襲われたけど、シンヤは何か失礼な勘違いをしている。言っておくけど、私は、まだ処女だから………」
「んなっ、いや、ちょっと待………ノル! それは、そう言うことは言ったらダメだろ!? いいか、ノルにはその気がなくても俺はもう無理だ。あんな思いはもうしたくない」
「じゃあ、シンヤにとっては私は邪魔なの?」
溢れんばかりの涙を目に湛え、半泣き状態のノルに訴えられる。
泣き顔すら可愛く俺の心を強く揺さぶり、一瞬だけ迷いが走ったが、意を決して俺は言葉を紡ぐ。ノルがどう思っていても俺はただの足手まといだ。ノルを守り支える騎士の真似事など到底出来ない。
「ノルが邪魔だというのはおかしいな。これまで事の全ては俺が弱かったから起こった事であって、足引っ張って邪魔していたのは俺なんだから。そもそも精霊と人間が一緒にいること自体がおかしいんだ。俺のせいでノルは大変な目に遭って、その責任を持つために俺は無理してガザルを殺す事になった。結局どちらにも損ばかりでメリットが無い。無理があるんだよ」
吐き捨てた言葉にノルは絶句し、何かを言おうとして躊躇し、俯いた。瞳に溜めていた涙が決壊し、嗚咽する姿を見ても俺には何も出来ることが無い。泣くような要素はどこにも無かったはずで、ノルが何のためにそこまで俺に固執するのかもまるで意味が分からなかった。
「後始末が残っているから、俺はもう行くよ。フロストには夜には戻ってくると伝えておいて」
未だ泣き続けるノルにそれだけを伝え、俺はその場から転移魔法術を行使した。
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沈んだ気分のまま転移してきた先は、アルトイラの中心部。
賑やかだった町には活気もなく、市場へ行ってもほとんどの店には「閉店」の二文字が書かれた札がついている。人の波に押されそうなほど混雑していた道も今や人通りは少なく、別の場所に来たような錯覚に陥る。
前に食事を摂った店は珍しく営業しているみたいだった。中へ入ると数人の客がいた。
「いらっしゃい。おや、また来てくれたようで」
「ああ。前と同じのを貰えるか」
「白パンと野菜の煮込みでしたっけ。すぐにご用意します」
「しかし数日でなにがあったんだ? ずいぶん閑散としているじゃないか」
「お客さんの方こそ数日で色々あったみたいですね。満身創痍っていう感じですよ。薬湯、サービスしときます」
「ありがとう。俺もずっと戦っていたからな」
「それはそうと、本当に知らないのですか? 先日、国王がお亡くなりになって、一週間は追悼期間ですよ。勇者様のご威光が潰えてしまった今、攻められれば国も安全ではありません。我々庶民は、明日がどうなるかも分からない」
店のおっさんの話からも、国内の混乱は大きくなっているのが分かる。ガザルが死んだニュースは国内外に広まっているようだが、詳しくは流出していなさそうだ。暗殺などと言うのは聞こえが悪そうだし、国の貴族たちが必死に揉み消しているのだろう。
店主のおっさんに礼を言い、金を払って外へ出た俺は周囲に見られないよう、今度は王城に転移した。
「どーもこんにちはぁー」
「誰だ貴様!どこから現れた!?」
「ちょっと中に用事がありまして。【崩城の大筒】」
「ぐあぁぁあ!?」
間の抜けた挨拶と共に降り立ったのは王城の正門前だ。武器を構えた門番が寄ってきたが、手続きも面倒なので正門後ごと吹っ飛ばした。轟音が響くのも気にせず、俺は敷地内へと入っていく。
「侵入者だぁー!!取り押さえろ!!!」
「他国の者かもしれん!増援を呼んで確実に取り押さえろ!!」
兵士たちが騒ぎつつ俺を拘束しようと束になって襲いかかって来るが、決してその数も敵にはならない。むしろ弱いとさえ感じてしまう。何かあれば転移で逃げる準備もしていたが、杞憂だった。五倍の肉体強化術でも施していればついてこれる兵はおらず、敵の武器を奪ってへし折ってやれば兵士は動揺して戦意を落とす。
適当に兵士の相手をしながら司令官らしき人物を捕まえ、王城の窓へと跳躍。窓を割って侵入する。
「は、放せ! 貴様一体何をしようと言うのだ!!」
「うるさいな。俺は偉いやつに用事があるんだよ。お前は黙って偉いやつの元へ案内しろ」
「バカめ、そう言われて案内するバカが居るわけないだろう!?」
「案内しろよ。殺すぞ?」
「殺せるものなら殺してみろ。俺は絶対に口は割らん」
「そうか。ガザルは結構粘っていたが、お前はどれくらい持つだろうなぁ?」
「き、貴様が、ガザル様を………!?」
相手がガザルを殺した者だと分かった途端、司令官の男はあからさまな恐怖を宿し俺を凝視した。手が震え、脂汗を滲ませる男に再三権力者の情報を聞き出すとあっさり吐いてくれた。絶対に口を割らないと豪語した自信は一体どこへ行ったのか、所詮はそんなものだ。男を気絶させて黙らせると、城内を意気揚々と歩いていく。
日々訓練をしている兵士たちの連携は流石に早く、城内にも割とすぐに追っ手が差し向けられた。
俺は焦らず【不落の鉄壁要塞】を起動し、防御結界を発動させる。よほどの威力でもない限り飛び道具系の攻撃は結界に相殺されるため、単純な接近戦闘さえ気を配っていれば問題無い。
目指すのはそれぞれの分野で国の意思決定を担っているという六名の重鎮がいる部屋だ。後ろから追ってくる雑兵共は俺が放った強烈な向かい風に吹かれ、結界の縁にすらたどり着けていない。
前方から、コツコツと足音が聞こえた。
いかにも高級そうな作りの鎧を纏い、手には諸刃の長剣を持っている、大柄な男がこちらへ歩いてくる。
「あれは、総司令官!」
「ここまで駆け付けて来るなんて………!!」
「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません!!」
後ろの雑兵共が何やら騒いでいるが、この人物こそがアルトイラ軍のトップに座っている人物らしい。
総司令官と呼ばれた男は騒ぐ兵士を手で制止し、長剣の切っ先を俺の喉元へ向けた。
「侵入者よ。お前にはアルトイラ兵統括、総司令のガリウスが相手を務めよう」
静かだが、力の籠った声だ。微動だにしない堂々とした構えは重い気迫を感じさせ、ガザルとは大違いなその雰囲気は、逆にこの総司令官の方がラスボスを務めるのに似合っている気がする。
何故にあのふざけた雰囲気のガザルが王を務めていられたのか。結局は下の人間がきちんとしていたからでは無いかと思い、俺は目の前の男に少しばかりの同情を覚えた。
「名乗る程の名でも無いが………俺はシンヤという」
「貴様がシンヤか。成る程、精鋭の兵士の軍勢を歯牙にもかけない強さ。ガザル王が注意を向けたのにも納得できる」
「そうか、俺は警戒されていたのか。それは皮肉だな。ジョークか?俺と戦った時のガザルは少なくとも俺の事なぞ雑魚か何かだと思っていたようだぞ」
「そうか。何れにせよこの場には関係の無いこと。これ以上の会話は無用だ。参るっ!!」
ガリウスが腰に長剣を構え、突進してくる。大柄な割には素早く、威力も重そうだ。体を捻り最小限の動きでそれをかわすと、勢い余って通り抜けたガリウスの背に炎弾を放つ。
ガリウスの体勢は崩れており、勝負は決まったと思った矢先、あろうことかガリウスは長剣を後ろ手に炎弾を叩き切った。驚いて隙が生まれた俺に、振り向いたガリウスの長剣が迫る。すかさず剣の腹を拳で払い、長剣を握るガリウスの手首を掴み関節技に持っていく。ガリウスの手から長剣が滑り落ち、床に突き刺さった。
「勝負あったな。悪く思うな」
「っ、強い………!まるでガザル王を相手にしているようだ」
「俺とガザルを同一視するな。奴は既に死んだ」
ガリウスを気絶させて床に転がしておく。戦闘の一部始終を固唾を飲んで見守っていた兵士たちは、総司令官の敗北にすっかり戦意を落としていた。
俺は気にせず先へと進み、ついに目的の部屋へとたどり着く。国の意思決定をしている重鎮が集まっている部屋だ。深呼吸をして覚悟を決め、俺は思いきり部屋の扉を開け放った。
「こんにちは、アルトイラ王国の諸君共」
中には計五名の貴族らしき人物が円卓に腰掛けており、突然現れた俺に、皆一様に唖然とした表情を向けた。
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増えた分だけ頑張って書きます!!
今後とも、転職魔王の勇者討滅録を宜しくお願いします!!




