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転職魔王の勇者討滅録  作者: 先祖代々貧乏
23/68

罪と本心と

 大分お待たせしました。


 毎日更新できるほどの時間が無く、一週間程もお待たせしまして申し訳ありません。





 高熱を出し目の前で苦しそうな表情で眠っている少年を、ノルは飽くことも無くじっと、優しい目で見守っていた。

 時折濡れたタオルで寝汗を拭いてやると、少年は一瞬だけ安心しきった表情を見せる。



 少年の名前は、水澄深夜。

 つい先日アルトイラ王国に単独で攻め入り、国王ガザルを殺して帰って来た少年だ。



 「やっぱり、シンヤは凄い人」



 ふふふっ、と可憐な微笑みを浮かべたノルは、シンヤの手を握ると恥ずかしそうに頬を紅く染め、パッとその手を放した。



 あの夜、王城を脱出する為に乗ったドラゴンの背中で力尽きたシンヤは、これでもう二日は眠り続けている。

 その間、ノルはタオルや水を替える時以外は動かず、付きっきりで看病していた。



 シンヤに出会って一月少々。

 見たことも聞いたこともない魔法術を扱い、他の人間とは違って自身への敵意を感じさせない。少々馴れ馴れしくはあったが、こちらが戸惑う程友好的な少年に、最初は使える駒だと思った。

 リエル村の跡地を見た次の日は寝込みを襲われもしたが案外あっさりと解決。戦意を失ってしまっては困ると、少し優しくしてやるだけでその気になったシンヤに滑稽だとさえ思い、やがて予想通りにアルトイラへの戦闘に首を突っ込んだシンヤを見て陰で喜んだ。



 ノルにとってのシンヤはただ利用するだけの存在で、駒だった。

 目論見が失敗したなら即座に切り捨てて自分が逃げられれば良し、その人間が死のうがどんなに酷い拷問を受けようがどうでも良い、そんな無価値な存在。

 行動を共にしたからか、何も思わない訳では無かったが所詮は勇者率いる人間だ。捨てることに躊躇い等無く、他人だとすら思う程に関心も薄い。珍しい魔法術には興味も沸いたが、でもそれだけだった。



 ガザルの元に鞍替えしたのも優良物件が転がってきたと思ったからに過ぎず、その時にシンヤを逃がすように仕向けたのは単なる気まぐれだ。

 ガザルが婚約を求めてきた事には嫌悪感しか無かったが、今まで通り愛想を振り撒いていれば上手く行くだろうと思っていた。



 そうして過ごして来たからこそ、ガザルに捕まった時は絶望に立たされた。牢屋に入れられた時にはもう希望も無く、助けを乞う選択肢など微塵も浮かばなかった。酷い凌辱を受けても死する事すら許されず、自分の感情が薄れ人形の様になっていく感覚は忘れようにも忘れられない恐怖で、自殺という希望も失うほどに精神を削った。



 痛みも感じなくなるほど心も擦りきれ、吹けば消えそうな状態の頃に響いた牢獄の扉が開く音は、生涯忘れないだろう。力ずくで破られた扉の大きな音と共に現れたシンヤに、一体どれだけ驚かされた事か。



 「信じられる人。私の事を真剣に考えてくれている、優しい人」



 熱のせいか、玉のように額に浮かぶシンヤの汗を甲斐甲斐しく拭き取りながら、ノルは呟く。



 同族の居場所すら分からず、独りで全てを背負っていたノルは、自分の為に戦ってボロボロになっているシンヤの姿に、不謹慎ながらも形容のし難い嬉しさや幸福感を覚えていた。空虚な心を満たす程に溢れ出す感情に鳥肌が収まらず、全身が火照って熱くなった。



 例えば、勇者のスキルが飛んで来た時。

 自分を庇ったシンヤに押し倒された挙げ句、吐息を感じる距離までの急接近。

 自分の命も危ない時でさえ、「逃げろ」と真剣な表情で言ってくれたこと。



 心の奥底から絶え間無く襲ってくる幸せな感情は、独り身だったノルが初めて知る熱さ。

 そのとろけるように甘美な感覚に囚われてしまう。



 「話に聞く。これが恋愛感情。私は、シンヤの事が、好き………。ぁ、ううう」



 熟れたりんごのように頬を真っ赤に染め、ノルは手で顔を覆い隠して羞恥に悶絶した。

 胸の奥を甘く締め付けるような痛みに瞳を潤ませながら、ノルは指の隙間からシンヤが目覚めていないかうかがい見る。

 まだ意識がなく眠っている様子を怖々確認すると、今度は指先を小さく絡ませ合い、さらに頬を染めながら幸せそうな笑顔を浮かべている。



 「いやはや、甘いのう。砂糖でも吐いてしまいそうじゃ」

 「ひぅ!ふ、ふふふフロスト!いつから居るのっ!?」



 頭部に青白く美しい角を生やした妙齢の美人が部屋に現れ、ノルに話しかけた。

 フロストと呼ばれたその人は、先日シンヤの手によってアルトイラの地下牢獄より解放されたドラゴンだ。今は人化して和服の似合う落ち着いた雰囲気の女性になっているものの、頭部の角だけはそのまま残っている。

 ノルの慌てように、フロストは悪戯な笑みを浮かべた。



 「そうじゃのう、主が甘々な表情で「シンヤは凄い人」だなんて言っていた辺りからか?」

 「ほぼ始めから……うぅ、もう嫌………」

 「愛すべき人間等、バカバカしくて考えた事も無かったがの。シンヤならば悪くはないかも知れんのう。妾も狙うべきか?」

 「それは………フロストの方が、シンヤも喜ぶかな」



 幸せそうな微笑みは無表情に変わり、暗く沈んだ声でノルは言い放った。

 本心を必死に噛み殺し、今にも泣き出さんばかりのノルの表情にフロストも頭の中に疑問符を浮かべる。



 「何故そう思う?大体の事情は聞いておるが、共にした時間もお主の方が長かろ?妾に付け入る隙は無さそうじゃが」

 「私にはもう、シンヤの傍に立つ資格は無い。本当なら今一緒にも居る事も許されない」

 「資格、とな。精霊の掟か何かか? 悪いが妾も精霊界についてはあまり知らんもんでの」

 「掟は無い。でも私はシンヤを騙して、都合よく利用して捨てた。………今更好きになったから傍に居たいだなんて、こんな虫のいい話、シンヤが知ったら」

 「言わなければ良い………という訳でも無いのじゃな。」



 まるで世界の終わりでも見つめているような表情のノルに、フロストは小さく嘆息した。



 「主は向き合うことを拒んでおるだけじゃ。罪と思うたならきちんと向き合ってこれを乗り越えて見せよ」

 「シンヤに嫌われたく、ない。嫌われるなんて考えただけで苦しくて、胸の奥が冷たくなって………だから、怖い」

 「ならば、主はシンヤには伝えないと言うのかや?」

 「騙すのは嫌。嫌われるのもイヤ………。真実は伝えなきゃいけない。でも、それで嫌われるくらいなら何も言わずに後ろを付いていきたい………何もかも矛盾だらけで、もう分からない」

 「怖ければ、妾が代理で伝えてやっても良いのだぞ?」



 フロストの言葉には答えず、ノルは俯いて黙りこんだ。

 頭で考えていることと感情が反発し合って整理がつかず、欲求と罪悪感が激しく絡み合い思考を埋め尽くしていく。



 「シンヤには、ちゃんと話す………でも、少しだけ時間が欲しい」



 それだけの言葉を絞り出すようにフロストへ投げ掛けると、ノルは足早に部屋を出ていった。少々乱暴に閉まるドアを見やり、フロストは一人溜め息を吐く。



 「全く、純粋も純粋よ。さんざんやられた相手をむざむざ助けに行くほどシンヤもバカではあるまい。目が覚めたら、シンヤにそれとなく話すべきかのう」

 「うっ………ゲホッ、ケホッ」



 シンヤが咳き込み、うっすらと目を開けた。どうやら、二日と半分の眠りから解放されたらしい。




  *******************




 渇いた喉にいがみを感じ、咳き込む。ぼんやりとした意識が少しずつ沈むように溶けていき、俺は目を覚ました。まぶたの横から入ってくる光を腕で遮り、気だるさの残る体を起こす。

 辺りを見回すと、どこかの建物内にいて自分が布団に寝かされている事が分かった。隣には和装の流麗な佇まいをした女性が控えており、一瞬何のどっきりかと二度見してしまった。

 その女性は嬉しそうにこちらに微笑みかけると、水で絞った冷たいタオルを渡してくれた。



 「遅かったの、シンヤ。お主、二日半は眠っていたぞ」

 「はぁ、そんなに。貴女は?」

 「自己紹介もしておらんかったかの?まぁ良い、妾はフロスト。凍結の氷霜龍、絶対零度のフロスト。好きな名で呼ぶが良いぞ。あの城の地下でシンヤに助けられたドラゴンじゃ」

 「そうか………ドラゴンも人形になれるんだな。あ、いや、あの時は助けてくれてありがとう、フロストさん」

 「いやいや、助かったのは妾も同じじゃ。勇者の小僧を始末し、お主らを乗せて外へ飛ぶなど、おまけみたいなモノじゃしな。むしろ礼を言いたいのは妾の方じゃぞ」

 「そうか、逃げ仰せたんだな。それで、ここはどこなんだ?ノルは、無事でいるのか?無事だとしたらどこに行ったんだ?」



 畳み掛けるような勢いの俺に、フロストは「まあ待て」と前屈みになっていた俺を押し戻した。



 「順番に答えよう。ここは、リエル村の廃墟となっていた家の一つだ。妾の背で気を失ったシンヤに代わり、精霊ノルが案内してくれた。安心せい、精霊ノルは先程考え事があると言って別の部屋におるだけじゃ」



 ノルの無事を確認した俺は安堵の息を吐き、気が抜けたようにベットへと倒れ込んだ。

 一国のトップである勇者の城に攻め入り、さらわれたノルを奪還することが出来た。それはまぐれで他力本願ではあっても、結果オーライで片付く話。後は責任をしっかり果たすだけだ。



 「時にシンヤよ。この後はどうするつもりなんじゃ?精霊ノルに聞いた話だと、襲われたリエル村の仇を討ちに行くという事だったんじゃろ?元凶であるガザルが討たれた今、シンヤは今後どうして行くか気になっての」



 何気ないフロストの問いに、勝利を噛み締めて安堵に浸っていた俺は押し黙った。暗い感情が沸き上がり、俺は自嘲的な笑みを浮かべる。



 「まずは、あの国に出向いて落とし前をつけさせて貰う。そしたら、ノルを元の場所まで送り届けるよ。今回の事で十分学んだんだ。俺みたいな力の無い人間が、精霊様なんかを守ろうだなんて、頭がどうにかしてるって」



 その返答にフロストは驚き目を見開き、慌てた表情になる。



 「シンヤ、それは本気で言っておるのか!? つまり精霊ノルとは決別し、今後は関わらないと、そう言う事か?」

 「何を慌てているのか知らないけど、そう言う事だよ。もちろん傷を付けてしまった事に対して償えるなら何だってする覚悟だ。死んで償えと言うなら、斬られる覚悟もある」

 「あの精霊ノルは、そんな事は望まんと思うぞ?」

 「実際に聞かなけりゃ分からないし、あくまで例え話だよフロスト。今回のガザルにはがっかりしたけど、今度は勇者並みに強くて、ノルの様な精霊にも理解がある人がまたあの地底湖に訪れるかもしれない」

 「それは楽観的過ぎるのでは無いのか? 住処が嗅ぎ付けられて勇者に襲われたらどうするつもりじゃ。それこそ、未然に防げる問題であろう。知らぬうちに罪を重ねる事になっても良いと言うのかや?」



 フロストの言うことも一理あるだろう。だが、ノルに劣る俺ではノルを守るに値しないのもまた事実。ノルの足手まといになるようでは意味が無いのだ。

 そもそもが俺と一緒に人間の領域に居ることが原因であるのに、まだ地底湖に籠っていた方が安全と言うもの。いざという時の為に脱出路を作らずにいるほどノルもバカでは無いはずだ。勇者に見つかっても逃れる術などあるだろう。



 ―――こんなことを考えるのも、全て俺が弱いせいだ。大切な人一人も守れないからだ。



 「俺は弱いんだよ!そんなにノルが心配なら、フロストが付いてやれば良いだろうが!!何かを守るには、俺の手は小さすぎて全て溢れ落ちていく。だから、何も持たなければ失うものも無い。そうだろう!?」



 堪えきれずついフロストに怒鳴ってしまい、部屋の中に気まずい雰囲気が流れる。

 俺は取り敢えず外へ出て頭を冷やそうと、ベッドから抜け出した。



 「よく聞け、シンヤ。この二日と半日の間、ずっと隣でお主を介抱していたのは精霊ノルじゃ。その事だけは心に刻んでおくが良い」



 部屋を出る俺の背にフロストの声が掛かる。俺は何も答えず、部屋を後にした。



 「双方共に闇を抱えておるのう。難儀な事じゃ」



 部屋に一人となったフロストの憂鬱そうな声が、誰に聞かれる事もなく響き渡った。

 「面白かった」 「更新早く」 など思って戴けましたら、是非下の評価やブックマークをお願いします!!!



 増えた分だけ頑張って書きます!!



  今後とも、転職魔王の勇者討滅録を宜しくお願いします!!

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