王城へ
お待たせしました。
コクリの冒険者ギルド入り口前。
突然として輝く魔法陣が地面に現れ、周囲の住人や冒険者達による騒ぎが起きていた。
魔法術師である冒険者達が警戒にあたり、人々が固唾を飲んで見守るなか、光が集束した先で空間が歪みを見せる。
万が一の備えに防御結界が張られた瞬間光が弾け、魔法陣の中心に一人の少年が現れた。
「おい、大丈夫か!?何があった!?」
「クソがあぁぁぁ!!ガザルゥゥゥ!!」
「マズイ、取り押さえろ!!」
その少年は、焦燥感からか酷い顔をしていた。
叫び声をあげその場から逃げ出そうとするも、周囲にいた冒険者に取り押さえられる。
その後も数分程暴れていた少年は冒険者によって気絶させられ、ギルドの医務室に運び込まれた。
**************
目覚めると、白いカーテンに囲まれた狭い空間で仰向けに寝かされていた。
ぼんやりする思考の中、ガザルによってノルが連れ去られた事実が思い出される。
「ッ、そうだ!俺はノルに言われて転移して………それで?」
はっとした思いで改めて周囲を見渡すと俺はベッドの上で、病院かそれに準ずる場所に居ることが分かった。
「やあ君、起きたのか。目覚めはどうだい?」
白衣を着た医師と思われる男が、カーテンを開けて俺に声を掛けた。
「あの………俺はどのくらい眠っていたんですか?」
「丸一日かな。相当疲れが溜まっていたんだね」
「じゃあ、もし知っていたらで良いんですが。アルトイラ国と冒険者の衝突がありましたよね?」
「………もしかして関係者かい?」
「まぁ、そんな所です」
「そうか。結果はアルトイラが勝利して、残った冒険者達五百名位は釈放されたらしい。責任の追求が無かったのには驚いたけど、近々アルトイラの王が結婚式を挙げるみたいだし、その関係でアルトイラも面倒な処理を避けたんじゃないかな。少なくとも僕はそう考えているよ」
「そう………ですか。ありがとうございます」
「いきなり魔法陣から転移してきて、精神状態も危なかったから心配したけど、見たところ大丈夫みたいだね」
「迷惑掛けてすみません。ところで、ここは?」
「コクリの冒険者ギルドさ。君は医務室に連れてこられたのさ。それぞれ事情があるんだろうから、詳しくは聞かないでおくよ。もう少し休むかい?」
「いえ、お気遣いはありがたいですがもう行きます」
「そうか。出口はあそこを出て右だよ」
俺は医師の男に礼を言うと、冒険者ギルドを出て宿屋へ向かった。
俺がアルトイラへの戦闘に行く前にノルと泊まっていた宿屋だ。店番は何も言わず、分かっていると言わんばかりにスッと鍵を差し出した。
示された料金を支払い部屋へと急ぐと、そこは以前ノルと宿泊した部屋だった。
一人で寝るには大きすぎるダブルサイズのベッドが否応無しに記憶を揺さぶり、俺は喪失感を強く感じる。
宿屋の店番に悪気は無いのだろう。ノル位の美少女は目立つだろうし、最後に泊まっていったのも一昨日の事だ。ノルが居なくなっただとかの事情など知る由もない。
無気力に支配されるまま、ベッドに倒れ込む。ノルを失った心の穴は大きく、自分自身が脱け殻にでもなったような虚脱感がある。感情も抜け落ちたようで、俺は能面のような無表情でぼーっと時が過ぎるのを感じていた。
ふと気付けば夜になっていた。少しの肌寒さから布団を被る。
月の青白い光が冷えきった心の内を表しているようで、俺は少し目を背けた。
(………変な夢見て魔が差した時、ノルに慰められたのもこんな夜だった)
抱き締められた時の温もりは、今でも鮮明に覚えている。包み込むような優しさに救われ、ただでさえ好きだと思っていたノルに本気でのめり込んでしまった。
異世界の中で魔法術という規格外の力を手にいれ、比肩する者がない程高度なレベルに昇華させた。
それは俺が地球にいた頃に小説や漫画で見たような王道ファンタジーの筋書きのようなもので、俺は何でも出来るとか勝手に勘違いしていた。
ノルは自分が守ると嘯き、それが出来ると本気で信じていた。
その愚かな行いの結果がこのザマだ。
ダカルは死に、俺は敗北してノルも連れ去られた。
いや、果たしてアレを敗北と呼べるかすら怪しい。決して互角な戦いなどではなく、俺は防戦するのみで精一杯だった。
「俺にもっと力があれば………」
ふと口を衝いて出てきた言葉が単なる責任逃れのように聞こえ、俺は自己嫌悪に陥った。
力ならあった。
この世界の常識を逸脱するレベルの魔法術を力と呼ばずして一体何だと言うのか。
冷静な判断で的確な魔法術を行使出来ていればガザルの放った閃光も瞬時に無効化出来たし、もっと言えば剣士であるガザルが使う程度の魔法術を破る事など造作もない。
この期に及んでまだ力が足りなかったとは、笑わせる。
威力換算の力だけでガザルを圧倒するなら、それこそ儀式魔法術級の魔法術を連発するくらいは必要だ。力ずくで魔法術を振り回しているだけでは動かぬ的しか倒せない。
まるでその実力差を見せつけられているようで悔しいことこの上無いが、ガザルと渡り合うには足りない物が多過ぎる。
例えば………。
戦闘中の視野の広さ。
咄嗟の判断。
臨機応変な対応。
相手の動きの読む先見性。
俺がガザルに劣る部分など、例を挙げれば枚挙に暇がない。
戦って負けるのも必然。仕方のないことだ。
………だが、それでも。
「諦めちゃ、られねえんだ!」
口のなかに血が滲む程強く、自分の頬を殴り付ける。
俺はノルの事が好きだ。他の何でガザルに負けようが、それだけは絶対に譲らない。
ノルがガザルを選んだのなら、死ぬほど残念だが受け入れよう。こんな無様な俺をノルが受け入れてくれるかは分からないが、例え爆死してでも聞いてみる価値はある。
ギルドの医者の話によれば、ガザルはノルとの婚約を発表したらしい。戦闘をしているあの場でさえ何やら熱烈な言葉を吐いていたくらいだから、恐らく残された時間は少ないだろう。
明日早速アルトイラに行く事を決め、俺は眠りについた。
**************
翌朝。
アルトイラ行きを決めた俺だったが、隣国とはいえコクリの町からだと少し時間がかかる。俺もまたお尋ね者みたいな立ち位置になっているらしいし、手始めに服装や髪型を変え、それなりの変装をした。冒険者証も偽造品を作り、国境で入国チェックを受けた際の憂いも晴らしておく。
悲しいことに、元々俺が買った馬はアルトイラで戦っている最中に行方不明になってしまい、俺は新たに馬を借りることとにした。買わずに借りたのは、面倒を見きれずまた放置してしまうかもしれないからだ。
借りるときの利点は地域ごとの馬車屋に返却出来る点で、同じ場所に戻って返さずとも良いということだ。その分料金は割高となるが、そこは目を瞑るべきだろう。
用意に時間は掛かったが、それでも昼にはアルトイラへ出発することができた。
そこから半日程度の時間をかけ、アルトイラの国境に着いたのは深夜を回ってからだ。
入国前の検問もすんなりパスした俺は近くの馬車屋に馬を返却し、適当な宿屋に入って体を休めた。日が上るまでの間仮眠をとり、王城がある首都へ急ぐ。馬を先に返却したのには後悔したが、午前中には首都へたどり着いた。
「城、でっか…………!」
首都に着いて最初に俺は王城の大きさに驚いた。
大体野球場が三つぐらい入りそうな位の広大な敷地には、高さが二百メートルはあろうかと言う大きな城が建っている。
それは荘厳な眺めであると共にアルトイラという国の国力を窺い知る事ができ、これで小国という事実に俺は辟易とした気分になった。
王城を中心に放射状に広がる町は中心部が王城勤めの貴族の住む区画となっており、無駄に豪華な装飾や贅を凝らした庭園等が広がっていた。
そこから外側は庶民の暮らす場所であり、街の至るところで様々な店が所狭しと並んでいる。
俺が朝食を買った店のおっさんの話によると、日々多くの店が乱立しては潰れてを繰り返しているらしい。競争率が高過ぎるも難儀なことだ。
俺の摂った朝食は柔らかい白パンにポトフに似たスープだったが、中々旨かった。
アルトイラ自体俺に関しては悪い印象しか無かったが、実際訪れてみると町には活気が溢れ、発展しているイメージが強い。
何だかんだで俺のイメージは最悪だがガザルは王としての仕事はきちんとしていた。勇者の肩書きがそうさせるのかは知らないが、ガザルへの国民の支持も高かった。
俺としてはガザルの裏の顔を知っている以上、この発展の裏では捕虜となったリエル村やその他の人がきつい仕事を強いられている汚い闇の部分があると思うと残念で仕方が無い。
町の散策もそこそこにガザルとノルの婚約について聞き込みなどを始めた俺だったが、意外なことに成果はさほど芳しく無かった。
町を挙げてガザルの婚約を祝う動きがあり、既にいくつかの催し物も開かれていたのだが、いざガザルの婚約について訪ねてみると要領のつかめない答えしか帰って来ない。
ある人は先の戦いでの人質として連れてきた令嬢と、ノルの存在を仄めかす事を言い、また別の人は国内の貴族(アルトイラでは有名な名家らしい)の娘だと、人それぞれで帰ってくる答えが違ったのだ。
俺としては日程が知れれば良いと言ったような軽い気持ちで訪ねたのだが、日程を知る所かこれはまた思わぬ問題に当たってしまった。
誰と結婚するかなんて重要な情報があやふやになっている理由が俺には理解が出来ない。ノルの素性をそのまま出すわけにもいかず、適当な嘘をついたというのであれば、多少は分かるが、それにしても情報に一貫性がない。もしかしたら、公開されていないのではないかとも思った。
「何かきな臭いな………早いとこ王城に忍び込むか」
もしガザルの婚約者がノル以外だというなら尚更ノルが心配だ。
勇者は精霊を狙っていたらしいが実際のところはどうなんだろうか。ノルは背中の翼を極力隠すようにし、精霊とはバレないようにしてきたつもりだが、ガザルが精霊に害をなす存在だったとしたら最悪だ。
(人間の嫁として迎えたつもりが、実は翼が見つかって精霊だと知りました………とか。いや、きっとそんなことはないだろ)
頭に浮かんできた悪い想像を振り払い、その日俺は王城周りの警備を確認するだけに留めた。
その最悪の予想が当たっており、警備の確認などせず突撃すれば良かったと後で後悔する羽目になるなど、その時の俺には知る由も無かった。
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今後とも、転職魔王の勇者討滅録を宜しくお願い致します!!