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転職魔王の勇者討滅録  作者: 先祖代々貧乏
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誤算

 遅くなってしまい、すみません。





 アルトイラ兵五千と冒険者達三千が衝突した激戦の地は、緑豊かだった草原の面影など失われ黒く荒廃していた。

 溶解し変形した鎧兜の残骸や、儀式魔法術により白骨化した人骨が各所に散らばっており、戦死者数は累計で四千五百名にまで及んだ。



 静けさ漂うその地の中で一人、叫び声を上げている者がいた。

 アルトイラ国、国王兼勇者が一柱、ガザル=アルトイラその人だ。



 「シンヤと言ったか、あの少年。神聖拠点無しに転移だと!?バカな………あり得ないあり得ない、あり得ないあり得ない!!」

 「でも、事実。貴方はその目で見ていた」

 「それでも、だノル姫!!クソッ、彼を殺すのは止めだ。何としても見付けなければ。あれは革命レベルだぞ」

「確かにシンヤの魔法術は革新的。でも、だからこそ理解が及ばない。シンヤを捕まえてもこちらが理解出来るかは別」

 「それもそうだが………だが、それならば傀儡にでもして指南役にすればいい。転移までは行かずとも魔法術のレベルは格段に上がる。複数の同時使用、魔力消費を考えない連発力。どれも魔法術士の課題だ」

 「そう。好きにすれば。私は私が安全なら何でもいい」

 「ノル姫の安全は、このガザル=アルトイラが保証する。安心してくれ」



 騒いでいたかと思えば今度は気障ったらしく片膝をつき、恭しく手にキスをしてくるガザルを、ノルはジト目で見つめた。



 最後に勇者と呼ばれる存在に遭遇してから百八十年が経ち、世界の様子も当時からは大きく変わっていた。

 人間の領域はますます広がり、今や精霊やドラゴン等他種族の力は微力も感じられない。人間の居ない空白の地はモンスターの巣窟となっており、他種族もまた勇者に追われたか、滅ぼされたのだろうと予想できる。



 かつて精霊、ドラゴン、獣人、吸血鬼、妖魔たち五大種族が世界を占めていた時代に突如として現れた勇者。

 人類の救世主を名乗り、世界を侵食した彼らの力は強大で、五大種族達はあえなく隠れ住む事を強いられた。

 驚いた事に勇者には他種族を判別出来る能力があるらしく、視界に入った瞬間討伐に動いた。

 人間に偽装して生き延びようと考えた獣人の村が滅ぼされた話は、五大種族達が人里に出てはならないという鉄の掟の礎となった。

 勇者とは理不尽に強力な力を持ち、精霊等人間以外の種族を破滅へと追いやる存在なのである。

 ノルが眠りにつく百八十年前、自身が最後に遭遇した勇者も、概ねの認識は間違っていない。



 だが、目の前のガザルはどうか。

 仮にも勇者であると言うのならば、自分が精霊であることも分かっているはずだ。人間離れした剣の冴えは他の勇者とも遜色がなく、ガザルが勇者であることは疑いようもない。

 それなのにも関わらず、精霊を殺さずに、あろうことか娶るなどと言い出した。

 冗談にしてはあまりにお粗末で、しかしガザルの態度を見る限りは本気で言っているように見える。



 (ただの変態……? 精霊に求婚する勇者とか、正直気持ち悪い)



 自身が地下湖で隠れ住む原因となった勇者。

 鎖で縛られてでもいなければ、すぐにでもその首を斬り飛ばしてやりたい程憎いが、生憎と、このガザルという男には直接的な因縁が何も無い。先の戦場では敵同士だったが、今は何とも言えない。

 理由も無く殺したのでは、勇者と同一になってしまう。それだけはノルには許容出来なかった。



 (求婚の申し出は受けたくない………でも)



 もしも、ガザルの申し出を受けたなら。

 上手く行くかは分からないがノルはアルトイラの女王といった立場に収まり、精霊の居場所を作るというノルの目標に大きく近付く事が出来る。

 半分勇者に頼っているという事実は中々度しがたい事ではあるが、ガザルが持つ「勇者」の称号はそれだけ権力が大きい。直接戦闘以外で居場所を確保するにはこれが近道だ。



 そしてこれは現状、力も無く勇者に戦争を仕掛けた相手として追われているシンヤ側に付くよりはよっぽど賢い判断だと言える。



 (私の身一つで精霊の居場所が作れるのなら、安いかも知れない。シンヤには悪いけど………今までありがとう)



 ノルは心の中でそっとシンヤに礼を述べると、部下に指示を出しているガザルの元へ向かった。



 「勇者ガザル。さっきの願い、聞き届けてあげる」

 「これはノル姫、願いとは?」

 「貴方の求婚に応じる」



 信じられない言葉を聞いたかのように、ガザルはポカンとし、呆けた表情になる。完全に思考を手放した証拠に、ノルを縛っていた光の鎖が砕けて散った。

 そんなガザルに、ノルはそっと腕を回し抱き付く。

 たったそれだけなのに変化は劇的で、ガザルは嬉々とし、勝ち誇った表情になった。



 (シンヤもそうだけど、男って本当に単純………)



 ガザルの胸に顔を隠した裏でノルは深くため息をついた。

 当のガザルはそれを知る由もなく、浮かれた顔で兵士達を集め帰り支度を始めている。



 「皆、報告だ。私は、此処にいるノル姫を正式な妻として迎える事にした!!」

 「「うぉぉぉぉぉぉ!!勇者様、おめでとうございます!!」」



 突然の報告ながら、ガザルの言葉を聞いた兵士達がどよめき、騒ぎ出す。

 ガザルはアルトイラ国の中では相当慕われている存在のようで、兵士達は帰還後の祝賀会や、パレードの話で盛り上がっている。ノルの身分や出身に関しては誰も言及せず、特に気にしている様子もない。



 ノルは熱に浮かされた顔で自身を見つめる兵士に向けて愛想笑いを返すと、本日二度目のため息をついた。

 ガザルは婚約を簡単に決め、兵士達はそれに賛同している。一見何も問題は無いように見えるが、所詮は兵士達。政を知らなければこそだ。

 実際アルトイラへ行けば多少の権力を持つ貴族達は、何処の誰とも知らないノルとガザルの婚約に反対してくる事だろう。ガザルならば権力で揉み消したりしそうだが、ノルの居心地は悪くなる。

 これからの将来にノルは少なくない疲労感を覚え、ノルは三度目のため息をついた。




  ****************




 アルトイラへ帰還してからの流れは、おおよそノルの予想通りとなった。

 冒険者達の反乱を沈めたと思えば、今度は素性も知れない女を連れて婚約騒ぎだ。アルトイラの城中では、上へ下への大騒ぎとなった。

 権力争いに忙しい貴族達にとってはノルとガザルの婚約は望ましくないだろう。娘を嫁がせようと打診していた者達が大きく反発したが、「文句があるなら出ていけ」というガザルの一言であえなく撃沈していた。

 ガザルの婚約パーティーは国をあげて企画される事となり、その情報は瞬く間に国民へと浸透していった。自国の勇者を称える国民はお祝いムード一色に染められ、祭りの準備が進められている。



 事態が着々と進んでいく様を眺めつつ、ノルは勇者がもたらす国の結束力に感心していた。



 ガザルによってアルトイラの国城につれてこられてから三日、ノルは国王ガザルの寝室の隣にあたる部屋で過ごしていた。

 城でも一番高い所に位置するこの部屋は見晴らしが良く、ノルはずっと外を眺めている。給仕係がお茶菓子を持ってくるのを口実に監視の目があるので窓から外へ抜け出す事も出来ない。仮に城内を回っていたとしても、ノルの事を良く思っていない貴族達に嫌がらせをされるのが関の山だ。

 身の回りの世話はメイドが行ってくれ、食事も一流のシェフが高級食材を惜しみ無く使った一級品。待遇は良く、生活には困らない。面倒なことを考えたくないノルにとっては、与えられた部屋を動かないのが一番だった。



 日も暮れて外に星が輝く頃、部屋の扉がノックされる音が響いた。

 就寝も近い時間に何かと思い扉を開けると、そこにはガザルがいた。顔をは赤く、酒の臭いがする。足元がふらついている所を見ると、相当酔っているのかも知れない。



 「ガザル、貴方の部屋は隣のはず」

 「ノル姫………俺たちは婚約するんだ。未来の話をしよう……ハハ、子供は欲しいか?」

 「貴方は何を言って………キャッ!?」



 部屋に雪崩れ込んできたガザルによって、ノルはベッドに押し倒された。ガザルは息が荒く、高い興奮状態に陥っている。ノルが振りほどこうと渾身の力で暴れるも理性のタガが外れたガザルの力は強く、直ぐに身動きを封じられてしまった。



 「ちょっと待って、やめっ………てよ嫌ッ!」

 「ああ、ノル姫………俺がどれだけ我慢したか分かるか?」

 「そんなの、知らないッ!!」

 「ハァ、ハァ、暴れるなよ………今から疲れてると後が持たないぜ?」

 「うるさい、黙れ!早く離してよッ!!」



 世話係のメイドが持ってきた絹織りの白い寝巻きが、ガザルの手によってブチブチと音を立て、千切られていく。

 ノルの白くスベスベとした美しい肌が露になり、完璧なプロポーションを誇る肢体を目にしたガザルは、獲物を狙う獣の如く目をギラギラと光らせ、期待以上の感動に身を震わせた。



 「いい加減に、してッ、変態勇者!!」

 「グフッ、アガァ…………」



 ノルの身体に見惚れていた為に押さえる力を少し弛めたガザルが、ノルの背中から生えた漆黒の翼に弾き飛ばされ、部屋の壁に激突した。



 痛みに悶絶するガザルの目に鬼の形相で仁王立ちするノルの姿が映る。

 その背中に生えた漆黒の翼を目にしたガザルは、痛みなど無かったかのようにその場を飛び退くと、素早くノルから距離を取って身構えた。



 「正しき神よ、此処に光を。悪なる者を縛りたまえ!! 【封磔光鎖(ふうはこうさ)】」



 ガザルが放った魔法術によりノルの身体に光の鎖が巻き付き、その身動きを封じた。



 「貴様………人間の身体に翼とは、精霊か?」

 「いかにも。私は精霊。闇精霊、ノル・アンシャール」

 「よくも俺を騙したな。この代償は大きいぞ」

 「騙してはいない。私をここに連れ込んだのは貴方。それに、勇者は他種族を見破る目を持っているはず。貴方なら私の正体も知った上で行動していると思った」

 「戯れ言を。そんな怪しい能力、勇者が持っているなぞ聞いたことも無い」



 ガザルは先程の態度とは打って代わり、まるで親の仇を目にしたように憎々しげな表情でノルを睨んでいる。その目を見れば、説得やこの場を誤魔化す術が無い事など火を見るより明らかだ。

 それがどれだけ理不尽であろうと、逃れる術は無い。



 (そんな……勇者なのに、異種族見分けられないなんて。時を経て失われたというの? 今は失敗したら、ダメなのにッ!!)



 焦りや不安から、ノルの頭が真っ白になっていく。

 ここは敵地真っ只中で、助けてくれるような味方は誰一人存在しない。

 力なく項垂れるノルに構わず、ガザルは自分がまんまと騙された怒りを押さえながら配下を呼ぶためベルを鳴らした。



 程なくして屈強な兵士が二人ほど部屋に顔をだす。ガザルの放つ殺気にビクビクしながらも恭しく一礼を入れ、中に入ってくる。



 「ただいま参りました、ガザル様。御用件を何なりとお申し付け下さい」

 「そこの精霊を連れていけ。地下の………そうだな、あの()()()()と同じ場所だ」

 「仰せのままに」



 過剰なほどに鎖を巻かれ、引き摺られるように連行されたノルは自分の死を覚悟した。

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 増えた分だけ頑張って書きます!!



 ~次回は勇者回の予定です~

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