寝言は寝て言え
お待たせしました。
冒険者五百余名の対価として、俺の情報提供及びノルの身柄の要求。
それはたった今ガザルが宣告した内容だ。受け入れられないのは当然だが、その条件を提示する意図も分からない。
俺への情報提供は分かる。俺が拘束を受けてから五体満足で戻ってきた経緯をガザルは知りたがっていたからだ。だが、ノルの身柄については理由がさっぱり思い付かない。
………まさかノルが精霊だということに気付き、処刑するだとか?
そんな事があってはならない。させてたまるか。
さらに言えば理由がどうであれ答えはノーと決まっている上に、どうあってもガザルの宣告はまかり通らない。
「寝言は寝て言え、クソ勇者。大っぴらに宣言させておいて気の毒だが、その要求に俺達が応える筋合いはない。諦めて帰れ」
俺の返答が予想外だったのか、ガザルは一瞬面食らった表情になり、次の瞬間には分かりやすい不快感に顔を歪めている。
そうそう奴の思い通りになどさせてなるものか。
してやったりと、少し爽快な気分に浸り俺は口角をつり上げた。
「ずいぶん強気に出たものだ。分かっているのか?君は此処にいる五百余名の冒険者の命を見殺しにすると言ったのだぞ。少しばかりの情報とそこの姫君の身柄一つで全員助かるんだ、少しは頭を使え」
「少しは頭を使えってか。その言葉、そっくりお返しする。何か勘違いしているようだから言うが、俺達は今回の冒険者達には関与していない。今回ここに来たのは冒険者達を止める為だ。そもそも冒険者達の責任追求を受ける立場じゃ無い」
「ならば君は、此処にいる冒険者五百余名の命が消えようと何ら問題無いと言うのか?」
「俺には関係無いからな」
ガザルは怒りに顔を赤く染め、わなわな震えている。視線は定まらず、何か打開策を考えているが見付からずにいる様子だ。大方、こんな形で断られる事は考えてもいなかったのだろう。
今まで俺を掌の上で転がしていた奴が、今度は俺の手の上で転がっている。
ガザルが羞恥と怒りに震える様は見ていて滑稽で、俺は笑いを堪えるのに必死だった。
「………本当に全員殺すぞ。良いのか?」
「ああ、好きにすれば良いじゃないか。出来るものなら」
「口先だけで言うとでも思ったのか?………やってやる」
俺が実は冒険者達が殺されることを恐れているのだと勘違いしたのか、ガザルが急激に自信を取り戻す。手始めに誰か一人を処刑して見せれば俺が慌てるとでも思ったのだろう。
確かに人の命をダシにしているような状況は、俺も本意ではない。
こうしている間も、犠牲者が出たらと思うと不安だ。ある意味ではガザルの言うことも間違いではない。むしろ犠牲を出したくない俺には効果的な方法だと言える。
だが、そんな事はさせない。ガザルが対価を欲する限りはこちらに分がある。
ガザルが近くで倒れている冒険者を縛り、こちらへ引きずってきた。わざわざ俺の目の前で冒険者の意識を回復させ、腰の剣を引き抜く。
朧気な意識の中でも自身が殺されることを悟った冒険者が絶叫を上げながら死に物狂いで暴れ始めた。
「クソ勇者。本当に殺す気なのか?」
「そう言ったはずだが。何だ、結局こいつらが殺されるのは嫌か。さっきの威勢はどうした?」
「良いのか、殺ってしまっても。後悔しても知らんぞ」
「口先だけなら何とでも言える。ハッタリにしか聞こえないな。」
滑稽なことに、既にガザルは勝った気分でいるようだ。国王だ勇者だと言っておきながら頭脳の方は大したことないようだ。少し考えれば自身の言葉の矛盾に気付けただろうに、何も考えていないのか。
そろそろ笑いを堪えるのが難しくなってきたので、反撃タイムに移る。
「クソ勇者。お前がそこの冒険者を殺せば、俺達は逃げるぞ」
「それはどういう意味だ?言っている意味が分からないな」
「お前は確かこう言っていたな。『冒険者全員の放免を対価に、俺の情報とノルの身柄を要求する』と」
「ああ、その通りだ。宣告までしたことを違えるつもりはない」
「ハッ、まだ分からないのか能無し勇者。つまりお前は、たった一人の冒険者にでも危害を加えた時点で交渉権を失うって言っているんだよ」
「人質の生殺与奪の権利はこちらが握っている。危害も何も最初から存在しない」
「よーし、先ずは言葉の勉強が先か? いいかよく聞け。対価とお前が認めたからには、助かる見込みのある冒険者全員の命と、俺の情報そしてノルの身柄の二つは同じ重さを持つ価値あるものな訳だ」
「その通り、だ…………もしや貴様!」
「やっと気付いたのか、このうすのろ勇者め。そうだ、お前が冒険者一人でも手にかけた場合、冒険者達の命は対価足り得ないモノになる。交渉は決裂だ。そうなれば俺達はトンズラする」
「それは詭弁だ、そんな事はあってはならない! 貴様が逃げれば追えばいいだけの話だ!」
「残念。逃げ仰せる自信はある。お前は情報も得られず、ノルを手にいれる事も出来な――――グホァァ!?」
「シンヤ、勝手に人をダシにしないで。すごく不快」
「ごめん……許して」
「嫌」
「そんな……!」
シメの良いところでノルに殴られてしまったが、ガザルには大きな一撃を与えられたはずだ。
ガザルは今や冒険者を突き飛ばし、己の失態や俺にコケにされた事やらで表情をコロコロと変えている。
交渉の場においては、俺のほうが有利だったのは間違いない。
地球にいた頃は、営業や取引先との会談で腹の探りあいをしたものだ。
相手の細かな言い回しに注意したり、思わぬ落とし穴に気を付けていないと、こちらが不利な条件を飲まされかねない。
とは言え、知人の紹介だからといってよく考えもせず来栖に騙され泣くはめになったのも俺だが………。
所詮この世の中は一つでも多くのことを知っている奴、経験している奴が有利になるようにできている。
ガザルが俺に言い負かされたのは、経験も知識も無かった為にほかならない。あのダカルを殺した男だし、許すことはないが、ガザルも憐れだと思う。
「貴様ァァァァ!!幾度も、俺の、邪魔ばかりしやがって!!!おのれ、潰してやる」
「顕現せよ、【宵闇アルコバレノ】!!」
怒りに我を忘れたガザルがこちらに斬りかかってきたのを、ノルが受け止めた。
俺はと言えば、反応出来ずに立ち尽くしていただけだ。
戦闘に関してはガザルの方が圧倒的に経験も知識も違う。悔しいがここは俺が戦うよりもノルに任せておいた方がいい。
少しの膠着状態の後、互いに剣を弾いた二人は、少しの呼吸を置いて激しい剣戟を繰り広げ始めた。その剣速は両者が打ち合う程に速く、苛烈になり、余波で強風が渦巻く中心では絶えず火花が散っている。
俺にはこんなに高度な戦闘は出来ない。精霊であるノルに、人間でありながらついて行けるガザルには、勇者足り得る確かな実力を感じた。少なくとも俺に、いち勇者としての敬意を払おうと思わせる位には納得のいく強さを持っている。
「アッハハハハ、俺の姫は美しいだけでなくこんなにも戦えるのか!!!」
「言っている意味が分からない。私は誰の拘束も受けない。貴方の姫でもない。」
「んん、ん―――!!!冷たい!だが、ますます気に入ったァ! ノル姫、貴女は俺が娶るのに相応しいッ!!!」
「無理。嫌。勝手に決めないで」
「いいだろう、だが力ずくでも納得してもらうぞ!」
両者の戦闘の中で飛び出した、予想外な衝撃の事実に俺は面食らった。
(ノルの身柄を差し出せと言ったのは、ノルに熱を上げていたからだったのか!?)
しかし、ノルがガザルと面識があるという話は聞いたことがない。そもそも百八十年はあの地下湖にいたのだから面識も何もない。だとすれば、ガザルはたった今ノルの姿を見てから数分のうちに………。
「ノルに一目惚れ、だとぉ!? バカな、それじゃあ俺とガザルは同志に………いや、俺は悪くない。悪いのは、周りに可愛さを振り撒いているノルの方だ………ッ」
俺は、ガックリとその場に膝をついた。ノルが勇者に良いイメージを持っていない点がガザルの圧倒的な致命傷になっているが、それ以外の点では、俺はガザルに劣る。ノルはあまり感情を見せないからどう考えているかは分からないが、基本的には他人にも優しい。自分の見たものを信じるタイプだから、ガザルへの認識を改めてしまったら俺に勝ち目は無くなってしまう。
ふと顔を上げると、交戦中のガザルと目が合った。背筋に悪寒が走り、本能の赴くまま、横っ飛びに移動する。俺の元いた場所の地面には、深さ五十センチに及ぶ切り込みが入っていた。
「これを避けるのか。戦えない訳ではないが、貴様は弱いな。それなのに何故、ノル姫の隣にいる」
「お前もか、ガザル………。お前も一目惚れかァァァァァァ!!!!」
「お前もということは、貴様もそうなのか。頑張ってくれと言いたい所だが先に言っておこう。諦めろ、分不相応だ。」
俺はガザルの言葉には答えず、魔法術を展開した。これ以上は、聞くに耐えない。
【不落の鉄壁要塞完全起動。戦闘フェーズに移行】
無言のまま初速三百キロの早さで石の礫を叩き込んだが、不意打ちにも関わらずガザルは防いでしまった。ある程度予測していた事なので気にせずそのまま礫を撃ち続け、ガザルから距離を取る。
「この礫、牽制には使えるが、相手を確実に仕留めるには難しい威力だ。まあ、人を傷つけたくないとか善人ぶっている貴様にはお似合いだがな」
「うるせえ、さっきは突然斬りかかった癖に。当たってたら死ぬところだったじゃねえか」
「その通りだ。貴様を殺すつもりで放ったからな。お前の存在はノル姫と俺の間には邪魔だ」
「この人殺しめ。ノルはお前には渡さない」
「貴様のような生ぬるい人間は、今まで飽きるほど見てきた。もういい、死ね」
距離は大分取ったはずだが、それをものともしない速さでガザルは飛び込んでくきた。その剣と防御障壁がぶつかり合い、鉄を打ったような甲高い音を立てる。
【噴土大破】 【火焔連弾】 【時雨微雷】
俺はガザルの攻撃を凌ぎつつ、とにかく攻撃を途切れさせない事にだけ注意を置き、多種多様な魔法術を撃ち続けた。
決定打を撃たせない俺の攻撃に、ガザルは苛立ちを見せている。
それまで均衡を保っていた戦闘のなか、おもむろにガザルが懐から白い玉を取りだし、地面に投げつける。
辺りに閃光が走り、俺は咄嗟に目を押さえる。
「あっ…………!!」
小さな声悲鳴が聞こえ、目を開けると俺は魔法術で張った防御障壁ごと白い光の鎖で縛られていた。そして、俺の視線の先ではノルが同じように白い光の鎖に縛られ、ガザルの腕の中にいる。
小さな悲鳴は、ノルの声だった。
「ノル!?ノル!………………クソォォォォォォォォ!」
「アハハハハハ!! 残念だな、シンヤ。許せ、ノル姫は俺が幸せにする」
血が滲む程強く唇を噛む。ガザルに捕まったというのに、ノルは無表情でいつも通りの表情だ。ブレないのは凄いが、真意が分からない。もしかしたら俺と離れられて安心しているのかもしれない。
じっとノルの顔を見つめていると、目が合った。
「シンヤには、覚悟が足りない。傷付く覚悟が無ければ、何も守れない。傷付ける覚悟が無ければ、何も得られない。考えるのは後でいい。さっさと逃げて。ほら、早く!」
何も考えられなかった。ただノル剣幕に背を押されるまま、転移魔法術を発動させる。
ガザルの驚愕する表情を最後に、俺の視界は暗転した。
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また、今後とも「転職魔王の勇者討滅録」を宜しくお願い致します。