表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転職魔王の勇者討滅録  作者: 先祖代々貧乏
12/68

悪夢の囁き

 お待たせしましてすみません。

 どうぞお納め下さい。





 村のあちこちに火の手が上がり、焼け尽きた建物が崩壊していく。

 冒険者達の必死の抵抗も虚しく、レッサードラゴンが猛威を振るう。

 のどかな村の平穏は、悲鳴や怒号で塗りたくられ絶望へと姿を変える。



 俺は、地獄絵図とも呼べるその光景を、ただじっと眺めていた。



 「ヒイィッ!嫌だ、死にたくない。助けてくれぇ!」

 「子供が、子供が中に!誰か、誰か居ないのッ!?」

 「あああ、腕が喰われた!血が、血が抜ける誰か止血を!!」



 逃げ遅れた人々の誰もが混乱していた。

 安全な場所、どこへ避難していいかも分からず、戦場のある方向へ逃げた者は死あるのみ。

 村の外へ逃げ仰せた村人達も、野生のモンスターの餌食になった。

 安全な場所など、何処にもない。



 たった半日。それだけの時間でリエル村は崩れた。

 レッサードラゴンが暴れまわった跡には無数の死体が折り重なり、地面は一面血肉で溢れている。

 乱戦の中で命を落とした者、重症で動けなくなった者が、味方の魔法術や攻撃の余波に晒された痕でもある。



 余りにも非情で、凄惨な光景だ。

 視界を埋め尽くす屍を前に、不快感が込み上げ、俺はその場に嘔吐した。



 「この規模で殺したことは無かった」

 「え………?」



 いつの間にか、隣にはノルが立っていた。

 ゴスロリチックな漆黒のドレスを身に纏い、手に持つ精霊武器の刀剣には鮮血が滴っている。

 ノルの足元には、首の無い人間の死体が転がっていた。

 その肉と骨の断面から吹き出す血飛沫は、びちゃびちゃと絶え間なく吹き出し、俺の体を紅く染めていった。

 無表情なノルの冷たい瞳に、目線が合ってしまう。

 ノルが手に持つ刀剣を俺に向けた。



 「まだ、生き残りがいた」

 「ああ、あああああ―――――」



 ……ドサッ。



 思わず叫び声を上げた時、腰に鈍痛を感じた。

 視界に映ったのは、宿屋の寝室。ベッドの上から落ちて床の上にいた。

 どうやら俺は夢を見ていたらしい。

 趣味の悪い夢だ。寝汗が酷く、動悸も激しい。



 ベッドの上を見ると、ノルが寝息を立てていた。

 先程見た夢での映像がフラッシュバックされ、俺はノルから目を逸らす。

 ノルは好んで殺生するような性格ではない。

 しなければならなかったから、必要に迫られて人を相手取ったに過ぎない。

 それでも、そうと割り切っても俺が感じたこの感情は何か。

 俺は、ノルに少しばかりの恐怖を覚えていた。



 精霊と人間とでは、根本的な違いがある。

 先のリエル村で思い知らされ、十二分に理解している事だった。

 ノルが、「人を殺した事がある」と言うことも分かりきった事だ。

 あるいは、あの洞窟で出会ってからここに来るまでの間に、ノルだけは別だと、俺に普通に接してくれているから大丈夫だと勝手に思い込んでいたのかもしれない。

 ノルが勇者に追われていたという話さえ、話半分に聞き流していた節もあったかもしれない。

 夢に出てきたノルは、俺の甘い考えを砕き、恐怖を植え付けた。

 精霊と人間は、別物だ。



 …………人間を意に介さず殺せる精霊が、恐い。

 …………夢で見たように刃を向けるノルは、怖い。



 もう一度、ノルへ目を向ける。

 それは精霊。平気で人を殺し、それを塵にも思わない存在。

 穏やかな表情で眠るノルは、あまりに無防備だ。

 ベッドに戻り、ゆっくりとノルに近づく。

 そのまま馬乗りの体勢になり、ノルの首元へ両手を伸ばして、そこで俺は手を止めた。



 「俺は、一体何を、しようとして―――」



 俺は自分自身にとことん失望した。

 勝手に勘違いし、都合のいい解釈を当てはめ、いざそれが否定されると蛮行に走る。

 恐怖するくらいなら、排除してしまえ。都合が悪ければ、揉み消せ。

 いかに自己中心的で、矮小なのか。

 今すぐ自分を絞め殺したい位に嫌気がさした。



 「シンヤ、ひどい顔。大丈夫?」



 ノルが目を醒ましていた。

 馬乗りの体勢には触れず、ノルは俺への心配を口にする。

 月明かりが照らす部屋のなか、ノルの紺碧の双眸が光っていた。



 「ノル………俺は、違うんだ、俺はノルを―――」



 言葉が出ず、喉がつまる。嗚咽と共に涙が溢れてきた。

 それを見たノルは、深いため息の後、おもむろに俺の首に腕を回し、そのまま俺を抱き止めた。

 抱擁は柔らかく、暖かく俺を包み込むようだ。



 「シンヤ、お願いだから私を失望させないで」

 「怒らないのか?俺が何をしたのか、知っているんだろう?」

 「知っている。でも」

 「でも俺は裏切った。協力関係は、もう」

 「知っている。シンヤは、私に斬り捨てられても仕方がない」

 「なら、どうして。俺は、ノルを殺そうとした。この手で、首を絞めようとした」

 「そう。事実は変わらない」

 「俺は、卑怯だ。卑劣で、自分勝手で、どうしようもないクズだ」

 「シンヤ自身の自己評価は、私には分からない」

 「世界が変わっても、俺はダメだったんだ。自分の責任は負わず、理由を探してはそれにすがって燻っている」

 「私には関係ない。でも、今までのシンヤの行いには少なからず信用している」



 子供をあやすように、慈しむように頭を撫でられる。

 俺の中の恐怖が少しずつ溶けて消えていく代わりに、ノルに対する罪悪感が浮き彫りになる。



 「今まで沢山の人間を見たけど、シンヤのように精霊を受け入れるような人は初めてだった。使っている魔法は理論を無視したように、出鱈目で無茶苦茶で怪しいし、何を考えているかもよく分からないから、初めは凄く警戒した。でも、今まで過ごした中でシンヤは最大限私が人間に正体がばれないよう動いていたし、冒険者証を作った時には私を庇ってもくれた。もちろんそれだけじゃないけど、私はシンヤを信じてみようと思った」

 「でも、俺は」

 「私は、人間を手にかけたこともあるし、それに後悔もしていない。隠すつもりもない。リエル村に行った後からシンヤの様子が少し変わったのも知っていたし、今はシンヤが夢にうなされている所から知っている。寝言からも、大体どんな夢を見ていたのかも分かっている」

 「そうか。全部見ていたんだな」

 「シンヤに裏切る気が無かったのは事実。でも恐怖に敗けて私を手に掛けようとしたのも事実。そして後者は、ただ魔が差しただけ。ほんの一瞬の気の迷い。そこまで悲観することでもない」

 「その一瞬が、ダメなんじゃ無いのかよ」



 ノルが、俺を強く抱き締める。



 「今までのは、全部建前。ようやく、信じられる味方が出来たと思ったのに、裏切られるなんて嫌。私に信用させて欲しい。それに―――」

 「俺には、そんな資格」

 「それに、ただの未遂、それもまともに実行すらしていないのにシンヤはそこまで苦しんでいる。もし私が死んでいたら、そのまま後を追いそうな勢い。だから安心して信じられる。そんなシンヤだから」

 「そんなので良いのかよ。俺は、弱いんだぞ」



 恐怖という毒気を抜かれ、後に残った罪悪感で無気力になっていた俺に、ノルが耳元で囁く。



 「その時は、またこうやって励ましてあげる」



 ノルの熱い吐息が、俺の耳を擽る。



 それは、他の何よりも強く、甘い響きとなって俺の心を揺さぶった。

 まるで悪魔の甘言のようで、しかし抗う術は無い。むしろ抗いたくない。



 俺の心は、一滴残らずノルの手中に堕ちてしまった。

 疲れた体が、深い眠りを誘う。




  ***************




 目を醒ますと、時刻は昼過ぎを回っていた。

 部屋のなかにノルの姿は見えない。

 一抹の不安がよぎったが、程無くしてノルは戻ってきた。宿の食堂で振る舞われている昼食のお盆を二つ手にしている。



 「おはよう。よく眠れたようで何より。ご飯、持ってきた」

 「ありがとう、ノル……」



 何だろう、何時にも増してノルが輝いて見える気がする。

 こんなにも美少女で、俺と一緒に居てくれて――――。

 際限無く湧いてくる雑念を払い、食事に集中する。



 「んぐ………」

 「急いで食べるから詰まらせる事になる。はい、水。昨日の事も分かるけど、少しは落ち着いて」

 「ごめん………」



 ………どうやら俺は、また何か分不相応な事を考えているらしい。

 たった今浮かんできた気持ちを心の奥底にしまって鍵を掛け、今後の行動について考える。



 ダカル達冒険者は、アルトイラへ戦争を仕掛けるつもりらしい。

 もしも戦争になれば、混乱は免れない。何人もの犠牲者だって出るだろうし、一番の問題は戦争の事後処理だ。冒険者が勝てば、隣国であるアルトイラはどういう扱いになるのか。もしアルトイラが勝利した場合、アルトイラ兵や戦争にかかる諸々の費用に対する賠償責任は、一体誰が負うのか。

 この戦いには、前提となる理由付けと、勝利条件の明確化が成されていない。

 仮にこのまま戦ったとして、どちらかが潰れるまで徹底的に叩き合うつもりなのだろうか。

 この世界の法や決まりはよく分からないが、そこに俺には違和感しか感じられない。

 もっと始めに、アルトイラへ使者を送るなり何なりの手段は取れたはずだ。

 この程度、俺でも少し考えれば分かる。

 もしもガザルが、噂通りわずか二百騎の兵を率いて複数の国を統合したという程のキレ者なら、そこに気づかない訳が無い。



 一人で考えていても埒があかないので、ノルにも相談してみる。



 「確かに、シンヤの懸念は最も。考えられるとすれば、アルトイラが反発勢力の排除を考えている可能性が高い」

 「成る程。反発勢力の排除か。だとすると、敵は罠を張っているかもしれないって事だよな」

 「確かに、その可能性はある。ただ、断定は出来ない」

 「何故だ?話の筋は通ってるだろ」

 「簡単なこと。単純に採算が合わない。アルトイラが戦勝したとして、得られるのは村規模の僅かな土地ばかり。先の襲撃で徴税対象の住民は居ないし、貴重な兵士や軍事費の消費を考えれば、得がない」

 「そうか。考えてなかったが、確かにそれを考えると分からないな」

 「現状、迂闊に手だしはしない方が得策。冒険者達にも伝えてきたら?」

 「そうしようか。ありがとう、ノル」



 そうと決まれば行動は早い方がいい。早速俺たちは宿屋を引き払い、冒険者ギルドへ向かった。

 昨日まで冒険者達でごった返していたギルド内はやけに静かで、カウンターの職員だけが事務作業を行っている。

 まさか………こういう時の嫌な予感は的中しやすい。



 「ここに集まっていた冒険者達は何処へ行った?」

 「その方達なら、土地の奪還のためにアルトイラ陣営の控える場所へ行きましたよ」

 「クソッ、マジかよ!」



 もどかしさから、側にあった木製の椅子を蹴りあげた。足に鈍痛が走ったが、知ったことではない。



 「ノル、行くぞ。アルトイラの陣営を目指す」

 「分かった。勇者の相手なら任せて」

 「そうだな、よろしく頼む。こうなったら、とことん戦争だ」



 俺たちは冒険者ギルドを飛び出し、リエル村へ向けて馬を走らせる。



 間に合ってくれと、そう思った矢先。

 稲妻の如く激しい閃光と共に、地を揺るがす轟音が響いた。

 すごく悩みました。

 今後も修正するかもしれません。


 次話は早く更新できるよう頑張ります。


☆ もしよろしければ、感想・評価等お待ちして   おります。


  今後とも、是非宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ