リエル村の惨状
残酷な表現がございます。
読まれる方は食事中などご注意下さい。
大分更新遅くなりました。すみません。
イラ領から出発し、馬車で移動すること一週間。
リエル村への道のりは既に折り返し地点にたった。
馬車を買っておきながら、御者として馬を繰れなかった俺に呆れつつも、ノルがやり方を教えてくれたお陰で今はそれなりに繰れるようになっている。
冒険者ギルドでノルが発した殺気は【闘鬼:威圧】というスキルらしいが、俺には人間に対する怨みや怒りも混じっているように思えた。
それだけの感情を持ちながらも俺に親切にしてくれているノルには、本当に感謝の気持ち以外ない。
当の本人はというと、後ろの荷台で自身の剣の手入れをしている。
「前から思ってたんだけど、その剣ってノルの武器だよね」
「うん。これは私の力の具現。精霊剣【宵闇アルコバレノ】。闇より生まれ、闇を喰らい、万物を闇に葬る。」
「へえ……そう言えば地下で会ったとき闇精霊って言ってたっけ」
「そう。何者にも見える故に何者にも視る事能わず。それが私の司る闇」
「そのフレーズ、格好いいな」
「闇が……格好いい」
やや胸をそらし、フフンと言わんばかりに、ノルが少し誇らしげな笑顔を見せる。
"闇"にも関わらず"虹"を冠する精霊剣は、日本刀のようなフォルムで、刀身が普通より長い。
日々の手入れが行き届いているお陰か、刃は鏡のように美しく刃こぼれは一切ない。
正しく業物というべき刀だ。心が踊る。
リーチが長いので中距離なら有利だが、接近戦となると少し扱いにくいかもしれない。
小柄で素早いノルならではの武器だ。
流石、力の具現と言わしめる程はある。
俺達を運ぶ馬は中々優秀なようで、気にかけずともきちんと歩いてくれている。御者としてやることは馬の休憩を考える位しかない。
ただボーっとしているのも勿体ないので、暇な時間は全て魔法術の改善や発案に費やした。
もはや俺の探知魔法術は探知の域を越えて、一種の自立型防衛魔法だ。
元々からそんな雰囲気だったが、周囲の魔素を魔力に変換することによって常時発動とし、さらには演算魔法術による分析を融合したため、さらなる進化を遂げた。
これからは【不落の鉄壁要塞】とでも呼ぶとしようか。
十全の守りを確保したので、攻撃系の魔法術の開発にも着手している。
今まではモンスターとの戦闘を視野に入れていたため、例えば岩を飛ばす、水球で閉じ込める等、発動が速く殺傷力の高いものを中心に勉強したり、開発をしていた。
だが、これから当たるかもしれない勇者は、人だ。モンスターじゃない。魔法術での防御だけでなく攻撃、さらには戦術による搦め手など、相手が国であるなら数で攻められる事も考えられる。
各個撃破なんて、対モンスターの考えでいては勝てない相手だ。
求めるは広範囲に有効で、かつそれなりの魔力コストパフォーマンス、そして連発性。
少しでも理想に近づくよう、試行錯誤しながら魔法術の改造をしていく。
ゲームの装備や編成をこだわったり、プラモデルを細部まで細かく造形しているような気分だ。まったく苦にもならないし、むしろ失敗すら楽しくて仕方がない。
俺が魔法を弄っていると必ずノルが興味を示してくる。
話を聞くところによると、俺の魔法術は随分突飛で奇抜なんだそうだ。
転移の魔法も一個人が発動できるものでは無いらしい。
一般とは違う理論で魔法術を構築しているし、魔法術には少し自信がある。元いた地球での知識は反則だと思わなくもないが、折角の知識なのだ。有効に使わねば知識がかわいそうだ。
「シンヤ。二百メートル先にモンスターがいる」
「分かった、ありがとう。見えたら迎撃する」
通りがかりのモンスターが魔法の実験台だ。
望遠鏡の要領で作った遠視魔法術【モノクル】で標的を確認。正確な距離の算出とターゲットのマークは【不滅の鉄壁要塞】に任せ、メインの攻撃魔法術を起動する。
今回試す魔法術は【崩城の大筒】という。
大砲をイメージした魔法術で、射程の長さと破壊力が自慢だ。
命中率を上げたために連発とはいかないが、十発/分は撃てるように作った。
少し大掛かりなこの魔法術は、まず魔法術を行使するための土台から作る。
魔力を込めた光で空中に魔方陣を描き、【不滅の鉄壁要塞】に同期。
後は【不滅の鉄壁要塞】がターゲットとしてマークした敵に砲撃を行う。
「よーし、準備完了。放てーッ!」
「そんな遠くから………あれ、当たってる。一体どうやって?」
「フッ、俺の魔法術は凄いだろう?」
「そうやって格好つけなければもっと凄い」
「ノルは厳しいな。」
【崩城の大筒】の着弾地点へ着くと、そこには所々に散らばった肉塊と無数に飛び散った血しぶきの跡が見受けられた。
一面が紅く染まった地面にはクレーターが残っており、魔法術の威力を物語っている。
そのままにしておくと肉を漁りにモンスターがよってくるので焼き払う。
魔力を込めた手を合わせ、隙間に息を吹き掛けると、火炎放射器さながら炎が地面を焼いていく。
「火遁の術、なーんてな」
「シンヤ、何者なの?魔法術に関しては常軌を逸しているとしか思えない」
「え、何者なんて言われても。魔法術が少しできる一般人?」
「またそうやってすぐに茶化す」
ノルが唇を尖らせ、面白くなさそうに呟くが、こればかりはどうしようも無い。
地球からの下りを話したとしても確実に信じないだろう。きちんとイメージができれば、あとは魔力量の問題だけなので好き放題できる印象なのだが、一般的な人は魔力量が少ないためできない、というだけの簡単な話だ。
そんなこんなで馬車での移動は、わりと平和に過ぎていった。
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イラ領から馬車で二週間。
朝日が昇って間もない早朝に俺達はリエル村へたどり着いた。
なだらかな平野が続くこの地は見晴らしがよく、少し高い所から見れば村の様子など一目瞭然だ。
遠視魔法術【モノクル】を上空へ飛ばしてみる。
「予想はしていたが、やはりひどいな」
「私も見たい。飛んでいい?」
「いや、誰が見てるか分からない。俺が見せてやる」
ノルの右目に手を添える。
【モノクル】の特徴は視界の完全再現だ。映像ではない、リアルな情報が得られる。ノルは今、上空五百メートルにいるように見えているだろう。
「こんな規格外な遠視魔法術は初めて見る。あれは……レッサードラゴンの死体。それも数十体分」
「村を襲ったモンスターはレッサードラゴンっていうのか。よし、まずはそこへ向かってみよう」
遠目から見てある程度分かっていたことだが、こうして実際に村を歩いてみると襲撃の爪痕を色濃く感じる。
建物は全て焼かれ壊され、廃墟街のようだ。畑は荒らされ、道は瓦礫に覆われている。風が吹く度に灰が舞い、目も開けられない。家畜を育てる農家では動物が死んだと思われ、肉の腐る臭いが立ち込めていた。
「しかし、静かだな」
「人間が一人もいない。丘に避難した人間は捕まったって聞いたけど、駐屯兵もいないなんて」
「確かに、そこだよな」
アルトイラがリエル村を占領してからおおよそ一月。
村は復興どころか当時のまま変わっていないように見え、まるで放置されているかのような静けさに違和感を覚えた。
今までも周囲の人影を確認しながら移動してきたが、村で遭遇したのは犬や猫ばかりだ。
イラ領で俺に情報をくれた串焼き屋のおっさんの話では、国境沿いの村や町が襲われればその周辺にいる貴族や領主が動く。
ノルの言う通り、駐屯兵すらいないのは異様に思えた。
「着いた。これがレッサードラゴンの死体。肉が腐って瘴気が出てる。あまり吸わない方がいい」
「そうだな、ノルは大丈夫か。魔法術、いるか?」
「お願い。毒耐性はあってもあまりいい気はしない」
物理バリアと浄化魔法を組み合わせた魔法術で周囲の空間ごと俺とノルを覆う。
戦闘のあった現場の中心部へと歩く。
そこには、ひどく残酷かつ凄惨な光景が広がっていた。
「何だよ、これ………」
「ここまで酷いとは、予想外」
「ノル。少し、後ろを向いて耳を塞いでおいてくれないか」
「わかった。シンヤの真っ青な顔を見ると、大体予想はつくけど。大丈夫、振り返ったりしないから」
「一言余計だな。でも、ありがとう………オエェェ、ゲホッ」
地面に膝をつき、俺は胃の中身を盛大にぶちまけた。
それほど目の前に広がる光景はあまりにもおぞましく、平和育ちの俺には衝撃が大きすぎた。
本来なら、あの日ダカルが持ち出した黒い大剣でも探そうかと思っていたのだがここまで状況が悪ければ断念せざるをえない。
何より俺の精神的な部分が激しく拒絶を叫んでいる。
死屍累々と溢れる死体はモンスターのものだけではなく、村を守るため戦ったであろう冒険者達人間のものもある。
既に腐敗が進んでおり顔の判別もつかないのもあったが、それらの数は決して多くない。恐らく重症のまま生き続け、助けがこないまま命尽きたであろうものもある。
地面は悉く血痕で埋め尽くされ、死体には無数の蛆が群がり、蠢いている。
「ハァ、ハァ、ノル。もう大丈夫だ」
「案外復帰早かったね、シンヤ」
「悪いな。ノルは平気なのか?」
「私を襲う兵士の中には、まだなったばかりの新兵もいた。この規模で殺したことは無いけど、血を見た彼らは一様に同じような反応をする」
「そうか。………この規模で殺したことはない、か。」
「シンヤ、何か言った?」
「いや、何でもない」
吐き気は何とか我慢出来るようになったとはいえ、目の前の光景は気持ち悪くて仕方がない。
嫌悪感や不快感が渦巻く俺の心中とは逆に、ノルは涼しい顔で「この規模を殺したことはない」と言った。
ノルは何人かの人間をその手にかけたことがあるのだ。
それも、そのことに対して何も感じていない。
やはりノルは精霊なのだと、改めて感じた。
旅の中で人間とさほど変わらない姿を見ていたせいか、どこかで勘違いしていたようだ。
これからは接し方をもう少し考えないといけない。
「ノル、今日の所は戻ろうか」
「分かった」
来た道を戻り、停めてあった馬車へ乗り込む。
今日のところはリエル村の隣にある町、コクリの宿に泊まる事にした。
宿へ行く前に一度冒険者ギルドへ立ち寄り、馬車を預ける。
夜だと言うのに人の出入りが激しく、ギルド内は騒々しい雰囲気だ。
気になって少し中を覗いてみる。
中ではざっと見て四、五十人の冒険者が集まっており、地図を広げて何やら話し込んでいる。
「おい、お前………シンヤか!?」
「えっ………え?」
声のした方を見ると、黒い大剣を背負った男が、驚いたようにこちらを見ている。
その男は右足に義足を付け、右眼に眼帯をし、左肩からその先が無かった。
すっかり姿は変わっていたが、間違いない。
「ダカルの叔父さん……生きてたのか」
「それを言うならお前もだ、シンヤ」
頬を涙が伝う。
ダカルを探すとは言ったが、もう一月だ。既に諦めていたし、覚悟はしていた。
戦地へと向かったのも、黒い大剣を回収するため。
だが、流石は金ランク冒険者とでも言うべきか、手負いでもダカルは生き残ってくれていた。
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