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第1話:うちの姫にはバブみがある・上

 突然で申し訳ないが、俺こと葉月孝士郎は死んだ。享年、30歳だった。


 俺は医者だった。医者というと俺の国ではエリートみたいに思われてるが、すべからくそうとは限らない。コミュ力の低さ故に医局から爪弾きにされた俺は、アルバイトとNPO派遣で食い繋ぐ、ど底辺の非常勤医だった。30時間労働とかがザラなブラック企業真っ青な環境で働いても、時給は雀の涙で、年収は400万を楽勝で切っていた。


 そんな俺は人生で3回目のNPO派遣で、遠い異郷の地で死んだ。

 死因は武装ゲリラの襲撃であった。NPOが滞在している村が襲われたのだ。

 粗末な家の中で、俺は最期の時を待っていた。震えながら回転式拳銃を握り締めているが、そんなものがカラシニコフやRPGで武装した連中相手に役に立つわけがない。


 今までの人生が走馬灯のように頭の中を過っていく。青春を犠牲にして、1日10時間超を受験勉強に捧げた日々は、人生を幸せにするために何の役も立たず、最後に聞いた感謝の言葉は翻訳機を通した機械音のアリガトウ。彼女いない歴=年齢で、風俗に行く度胸も金もなかった俺は勿論童貞だった。

 俺の人生は一体なんだったんだろう。まだ、何もしちゃいないのに。まだ、幸せの一つも掴んでいないのに。そんな思いは唐突に消えてなくなった。自分が幽霊にでも成っていれば、無惨に頭を吹っ飛ばされた自分の死体でも見えたのかもしれない。


 こうして、人としての俺の人生は終わった。


 あれから2年の時が過ぎた。俺は今細く長い山道を歩いている。剥き出しの土の上を、時々ある木の根を跨ぎながら。

 ここは林道のようで、周囲の木々が不自然な程に統一されていることから、植林されてできた山林であろうことが理解できる。杉や樫などの木材は重要な資産であり、それを育む山林とそれを管理する人々は国にとって重要な存在である。

 そんな山がいくらか荒れている。倒れたままの木がいくつもあり、崩れた道は放置されたままだ。やはりおかしい、と思う。


 孝士郎がここに派遣された理由。それは領都から派遣された騎士団の調査であった。

 事実上の領主である姫は集中豪雨による被害を受けたこの地方を救援するために騎士団を派遣した。食料や生活物資を満載した荷馬車を伴って。

 だが、派遣してから一ヶ月になっても、騎士団からは何の報告もなかった。姫が魔法を使って一次捜索したところによると、どうも彼らは全滅したらしい、ということが判明した。そこで、姫の犬である孝士郎が派遣された、ということだ。


「やっぱ、魔族の仕業なのか…」


 歩きながら孝士郎は呟くようにそう言った。だが、彼の口はもう人間の言語を話せるようにはできていない。他の人間がそれを聞いても、単に唸っただけのようにしか聞こえないだろう。


「その可能性は高いでしょうね」


 だが、孝士郎の背中に乗っている彼女はそう答えた。孝士郎の相棒であり、精霊使いである彼女は孝士郎の言葉を理解できるのだ。


「やっぱり、お前もそう思うか、シリン」


 孝士郎は相棒に向かって言う。彼女が同意するということは、この事件は魔族の仕業で、戦闘が起きる可能性は高い、ということだ。


 シリンは年の頃15歳程度に見える少女だった。亜麻色の長い髪をバンダナでポニーテールに纏めた彼女はエルフであり、その特徴的な尖った長い耳には、琥珀色のイヤリングが付けられていた。エルフらしい怜悧で繊細な顔立ちは、まるで最上質のフランス人形もかくや、という美しさがある。白と濃紺を基調としたメイド服に包まれた肢体はスレンダーで、肉付きがいいとはとても言えないが、ロリッ娘も好きな孝士郎としては十分ストライクゾーンだ。


「さて、そろそろ見えてきましたよ」


 そう言って、彼女は孝士郎の背から地面に降り立つ。羽が地に落ちるように何の音もしなかった。そして、負い紐で下げている、銃剣付きのリボルバーライフルを手に持って歩く。孝士郎も彼女を見上げながら、隣を歩いて行く。


 見えてきたのは、既に破棄された砦の跡地、その城壁と門であった。粗末な木の枠に土を詰めただけの、5m程度の低い城壁であった。だが、門は革で補強された木製の、そこそこ立派な代物であった。

 その壁の上に男が立っていた。見張りであろう。狩猟用の小型の弓を持った彼はこちらに気付いていたようで、矢を番えて不審な二人、いや、一人と一匹に警戒の視線を向けた。孝士郎とシリンはそれを気にすることもなく近づいて行く。正直、脅威にもならず、それより尋ねたいことがあったからだ。


「何者だ!」


「領主の使いの者です」


 訛りのある共通交易語で誰何してくる男に、シリンは静かな声で返事をする。とても綺麗な共通語で。


「貴方やここにいる者達は近隣の村の者と見受けますが、良民としての義務を放棄し、何故このような場所に立て篭もっているのでしょうか?」


「う、うるさい! 俺達はこの領を見限ったんだ!」


 シリンの言葉への返答を聞いて、孝士郎は軽く頭を痛めた。二人は予め近隣のいくつかの村を巡っていたが、被害の大きかった村の連中がこの砦跡に立て篭もった、ということを聞いていたのだ。彼らは領主から何の救援もなかったため、ヤケクソになったのだろう、とのことである。

 馬鹿なことをやらかしたものだ。孝士郎もシリンもそう思う。姫は良民には非常に優しく、災難に見舞われている民を見捨てることなどないのだ。その関係をぶち壊しにした以上、彼らには断罪あるのみだった。


「なるほど。では、貴方達を唆してここに立てこもるように仕向けた者。それは何ですか?」


 シリンの言葉に、男は表情を大きく歪める。彼らの背後にはそういう存在がいて、それは恐らく尋常なものではない。彼の表情はそれを物語っていた。それが騎士団を全滅させた存在なのだろう。


「うるさいうるさい! 俺たちはこうしなきゃ、生きていけなかったんだ!」


 そう捨て鉢に男は言って、弓を引いて矢を放つ。矢はシリン目がけて飛んできた。だが、それは飛び上がった孝士郎の足に払い落された。


「やれやれ。制圧あるのみだな」


「そうなりますね。では孝士郎、お願いします」


 シリンの言葉を受けた孝士郎が門の目の前に進む。何をするつもりだ、と男は次の矢を番えるのも忘れて孝士郎の方を見る。


 門の目の前に立ち、孝士郎は右前足を振り上げる。その瞬間、その指のそれぞれから1m程の刃渡りの、刀剣のような爪が伸びた。

 銀光一閃。だが、斬撃は複数。爪をしまい、前足を下した次の瞬間、門の一部が崩れ去り、シリンが通れる程度の穴が開いた。またつまらぬものを斬ってしまった。孝士郎は心の中で独り言ちた。


 見張りの男は狂ったように鐘を鳴らす。彼は孝士郎の、領主の猛犬の話を思い出したのだ。

 体長は2m程の真っ黒な狼犬。その目は金と銀のオッドアイ。その爪は鋼鉄さえ引き裂き、その足は風より早く駆ける、という。

 先の戦において、魔王さえ倒した世界最強の地獄の猟犬。それが新たな生を得た孝士郎であった。

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