出生率
「あれ?俺って確か……。」
俺の名前は木場敦。23歳の大学生だった男である。なぜ、過去形なのかというと、俺はさきほど、電車に飛び込んで、自らの命を絶ったからだ。大学生活で遊びすぎたこともあって1年留年した。日本の企業では、留年したら不利になると思い、1年間勉強して公務員試験に臨んだ。最終選考の結果は、見事に落ちていた。自信があっただけに絶望感があった。親からは、
「残念だけど、来年も頑張ればいいじゃない。」
ありがたいことに慰めの言葉をいただいた。
「頑張る?あと1年もか…。」
落ち込んでるときに回送列車が目の前を通り過ぎた。そこに飛び込むのに何ら迷いはなかった。
俺は今、真っ暗な世界にいる。かろうじて、ろうそくの明かりで照らされてはいるが、何もない真っ暗な一本道だ。こんなところは来たこともないのにたどる道がわかる。今までの人生を自動的に振り返っている。
生まれたときから、初めてハイハイをしたとき、次第に幼稚園の時になり、小学校、中学校、高校の時になり、そして、電車に飛び込んだ時に至った。
「走馬灯みたいなもんか……。」
自分の理解力が怖い。知らないはずのことが、すらすらと理解できる。まるで、昔から知っていたかのように理解できる。いや、理解させられている。
「はいはい!では、そのままでお待ちください。今、係の者が来ますんで。」
不気味な仮面をつけたスーツの男が声を張り上げた。周りを見渡すと、人型の思念体のようなものが大勢いた。おそらく俺もあんな姿をしているんだろうな。
「ここに、来るのは初めてですか?」
横の思念体が話しかけてくる。
「ええ、はじめてです。実は、自殺してしまって……。たぶんこのあと、地獄に行くんでしょうね。あなたは、何度かいらしているんですか?」
「へぇー。それは、驚いた。私は、ここに来るのは、2回目なんですよ。最初の人生では、13歳の時にいじめを苦にして、自殺してしまいまして、今回は、何とか48歳まで生きましたよ。まあ、事故で死んでしまったんですけどね。」
その思念体は、自分の死を嬉々として話す。何が愉しいんだろう。最も表情は無いのだが。
「ちなみに、何歳で自殺したんですか?」
「23歳です。内定がもらえなくて、気が付いたら電車に飛び込んでいました。」
「それは、すごいですね。大体の人は1巡目は10代で自殺してしまうか、事故に遭ったりするんですけどね。1巡目なら検討してくれるから、いい結果出ると思いますよ。」
「天国に行けるってことですか?」
「馬鹿言っちゃいけませんよ。天国は、功績をあげたうえで6回連続で天寿を全うして初めて行きつける場所なんです。でも、そこに行けるようなすごい人にとっては、何でも思い通りになる天国は退屈なんですって。だから、もう一回人間に転生しようとする人も多いんですよ。ほら!たまに神がかってすごい人いるでしょ?ああいう人は大体が天国出身なんですよ。あ、ちなみに地獄はありませんよ。」
今までの死生観が覆されることを隣の思念体から聞けた。
「じゃあ、いい結果ってのは何のことです?イケメンになれるとか、金持ちになれるとかですか?」
「まあ、そういうのもあるんですけど、基本的には全く同じ人生を繰り返すんですよ。その代わり、1巡目の経験が魂に刻み込まれるので、いくらか楽にはなりますけどね。あと、功績ポイントを稼ぐと、転生前に好きな、アイテムと交換できるんです。功績ポイントが高ければ、イケメンとかにももちろんなれますよ。」
「でもそれだと、アフリカの戦争孤児の人とかあんまりじゃないですか?何度もあんな暮らしするなんて。」
「そこは大丈夫ですよ。レートが違うんです。あなた日本人ですよね?日本で暮らしてもらえるポイントが1だとすると、アフリカでは108もらえますしね。あなたは忘れているかもですけど、今の人生を生きることを選んだのもあなた自身なんですよ。」
「嘘ですよ。それは…。もっとイケメンでお金持ちを選ぶはずですもん。」
「まあ、今に思い出しますよ。」
横の思念体はにっこり笑いながら、そう言った。
「はい!それでは、準備が整いましたので、名前を呼ばれた人からこちらにいらしてください。なお、はじめてお亡くなりになった方には30分ほどの説明会がございますので、必ず受講するようにしてください。」
仮面の男が案内を開始した。
「ほら、呼ばれましたよ。」
横の思念体は笑いかけてきた。顔はないのだが。
それから、案内されるがままに、大部屋に通され、別の仮面の男から説明を受けた。ちょうど大学の講義のようなものであった。大体は、横の思念体に聞いたような内容であった。その他に分かったことがあるとすれば、今の所持ポイントが3万2007ポイントであることであった。二重瞼にするのに3100ポイント。鼻を少し高くするのに2800ポイント。親の年収を100万挙げるのに2万ポイント。身長を5センチ伸ばすのに5千ポイント。記憶を0.2%残すのに1000ポイント支払った。
そして、受け取った領収書のようなものを、念書に張り付け、閻魔様に提出しに行った。
閻魔室に入ると、鬼のような風貌ではなく、恰幅のいい老人が大きな椅子に座っていた。
「どうぞ、おかけください。」
俺は、老人の指示に従い、椅子に腰かけた。
「それでは、これより転生の最終面接を行います。」
「え?面接があるんですか?」
「まあ、一応ね。自殺者出すと上からいろいろ言われるんで、形だけでも面接するんだよ。」
閻魔様って結構いい加減だな。素直にそう思った。
「じゃあ、まず、あなたは本当に転生したいですか?」
「転生しないことってできるんですか?」
「もちろん。最近は多いよ。転生したくないっていう人。特に日本のゆとり世代の人に多いかな。だから、出生率落ちちゃって大変だよ。」
ん?そういう理由なのか。ここでは、現世での常識は一切通用しないらしい。
「まあ、先程の質問は、最後にもう一度聞きます。初恋の相手は、誰ですか?」
「え?どういう質問ですか。」
「はぁ、もういいから素直に答えて。こっちも仕事でやってるんだしさ。」
閻魔がけだるそうにしている。というか腹立つ表情をしている。
「はい。幼稚園の時の先生です。確か、年中さんの時の。」
「早熟ですね。では、童貞を卒業したのはいつですか?そして、相手は?」
ん?質問が偏っているような。
「19歳の時です。相手は、大学の先輩で由美さんって言います。」
「典型ですね。前の人生で一番うれしかったことは何ですか?」
「中学時代のバスケの試合で、決勝点を挙げたことです。」
「生前の好物はなんでしたか?」
「ハンバーグです。」
「あなたの人生は、いいモノでしたか?」
「いえ、違います。いい人生であったら自殺してませんし。」
「そうですか。では、質問を続けます。失恋の思い出はありますか?」
「あります。中学3年生の時にクラスのマドンナに振られました。あと、高校2年の時に好きだった子を親友に取られました。」
「人生で一番つらかったエピソードを教えてください。」
「自殺のきっかけになった。公務員受験の失敗です。」
「あなたに夢はありましたか?」
「大学に入ってからは特に。高校までは芸人になりたかったです。」
「なぜ、あなたは今泣いているのですか。」
その時、頬に涙が伝ってるのがわかった。おかしなことに、顔も無いのに泣いているのだ。
「わかりません。」
「あなたは、人生で何度笑ったか覚えていますか?」
「わかりません。」
「23年間と61日で、216万1803回笑いました。そして、反対に泣いた数は、1006回です。そのうち618回はうれし泣きや、感動などによるプラスイメージです。」
直前に、走馬灯のようなものを見たのもあって、今までの人生がクリアに思い出される。感動して泣いた映画、好きなお笑い番組。小さい時に見ていたアニメのこと。高校時代通っていたラーメン屋。そして、大学に合格した時の感動や、はじめて彼女ができたときの高揚感。色んな人生のいろんなエピソードが頭に流れ込んでくる。
「今の気持ちを表現してみてください。」
「正直、死ぬ直前、自分の人生はくそみたいだと思ってました。でも死んでみて初めて分かりました……。くそみたいな人生の割に……悪くなかったです…。というか。」
「自殺したことを後悔しているんですね?」
「…はい。おかしいですよね。自分で死んだくせに。あそこからどうにもならなかったのに…。」
「何もおかしくないです。現世には、わざと楽しいことと嫌なことがあるんですから。それを生き抜く才能は皆さんに標準装備されています。」
「才能ですか?」
「はい!それは『笑うことができる』才能です。他の動物にはできません。できるのは人間だけです。世界を呪いたくなるような絶望も笑い飛ばして生きていってください。そのための才能ですから。」
「ありがとうございます。」
気が付いたら、感謝していた。何に対してかはわからない。ただ無性に感謝したくなったのだ。
「最後になります。あなたは、転生したいですか?」
最後の質問に対して、俺がなんと返したかは、答えたくない。
ただ、出生率が上がったとだけ…。




