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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
99/149

ブラッド・ヘヴン

ありとあらゆる快楽を貪り、破滅に身を捧げし者たちよ!

喜べ、今宵は天の宮殿より美の化身が舞い降りる!

美は視線を奪い、美は心を奪い、美は命を奪う……。

さあ糧なる愚者たちよ、その身を差し出すがいい!

黄金の髪がその首を吊るし、深紅の爪がその体を切り裂き、露となった臓腑に純白の歯が立てられることだろう!

おお麗しき女帝、ルクセブラよ……。すべてはあなたさまのお望みのままに……。


                ◇


 台地を目指し、森を進むが……足音の水っぽさからして地面はぬかるんでいるようだ。くるぶし程度まで伸びた背の低い草が丸い葉っぱを広げており、進むごとにかさかさと音が鳴る。

 周囲の木々はどれも真っ直ぐに伸びており、また過密に生えているわけでもないので鬱蒼とはしていない。とはいえ妙な気配が多いので油断はできないな。幹にもなめくじのような黄色い軟体生物が張り付いているし……。

「それで、どうやって台地まで接近するんだ?」

 撃墜の危険があるということは、なんらかの防衛機構が働いているということ、それはきっと地上でも同様だろう。

「さして高機能なセンサーがあるわけではない。グランドゴートにつかまっていれば発見されないだろう」

「なにそれ?」

「大きな山羊さ。この先の岩場でよく見かける」

「山羊……」

「崖をも軽快に登ってくれるだろう」

 ……山羊に乗って登るのか?

「もっとこう、なにかないのか……? 身を隠す機械とか……」

「現地の環境を上手く利用できてこその特高だ。便利な機械に頼ると手法が画一的になってしまうものだし、対応される危険性をも高めてしまう」

 そういうものなのか……と、雰囲気がいよいよ湿原っぽくなってきたな。沼地になっている箇所もある。進むにも気をつけないと……。

 そしてブーツを濡らしながら進み、沼地を迂回していく。怪しい気配も多くなってきたな、きっと何か潜んでいるんだろう……と、腕に重み……振り返るとロッキーが服を掴んでいる。

「どうした?」

「あ、足あし……」

「足?」

 見ると、ロッキーの足元に何者かの手が……!

「おおっ? なにそれっ?」

 手はとても長く……沼地の方から伸びている……!

「うぎぎ……だんだん引っ張られてる……!」

「動くな」ゼ・フォーだ「逃げようとすると余計に引っ張られるぞ」

 そして光線が沼をはしる! 腕が切り落とされた……!

「うええ、やだやだ!」ロッキーは足を振り回し手を沼に落とす「なんか変な気配多いし、早く……」

「待て……!」

 いつの間にか、新たな手がロッキーの足を掴んでいるっ! こいつ、あの辞典にあった沼の怪人じゃないか? 引っ張られたらかなり危険だ、ロッキーの体を支える!

「ちょっと、なんなのさこれっ!」

 沼地の奥に、大きな丸い葉を被った……頭? らしきものがある……。ゼ・フォーが再度、光線を走らせ腕を切り落すが、直後にまた手が現れて掴まれた……!

「ひいい……!」

 反射的にロッキーは足を動かした……途端に、すごい力で引っ張られる……!

「まずい! さっさとやってくれ!」

 ゼ・フォーはまた腕を落とし、続けて頭らしきものを撃ち抜いた……が、またしても新たな手に掴まれている! 引っ張る力も衰えない!

「やだやだ、キモーイ! このヘンタイ!」

 ロッキーが恐怖でか暴れる、マジでなんなんだあいつは……!

「いやにしつこいな。好かれたか」

 冗談いってる場合かよ!

「爆弾とか持っていないのかっ?」

「爆風で水が飛んで汚れるだろう。それに閃光手榴弾は遠目でも目立つ」

「そんなこといってる場合かっつーの!」

 ロッキーが銃を構え、その先端に水が集まっていく……!

「……調子に乗りやがって! ぶっ飛べオラアアッ!」

 衝撃でっ……ロッキーが上に吹っ飛ぶ……ついでに俺まで宙を舞っている……!

 反転している光景、沼が抉れて、藻だらけの何かが飛散していく……! 他にもナマズみたいなのや、昆虫っぽいのも吹っ飛んでいる……!

 そしてロッキーとともに墜落……! 衝撃は軽いが、びちゃっと嫌な感触が背中にぃ……! しかも、吹っ飛んだ沼の水が上から降ってきたし……。

「やだもー!」ロッキーは喚く「なんなんだよー!」

 嫌な感じに濡れたロッキーを助け起こし……はあ、なんか本当になんなんだよ……。

「コートが汚れてしまった」ゼ・フォーは露を払う「だからいっただろう」

「それどころじゃなかったし!」ロッキーはカウボーイハットを振り回す「そもそもこんなところ歩かせるなよ!」

「厄介な場所だからこそ、警戒も甘い。中継機が飛んでいないだろう?」

「はあ? そんなの知らねーよ!」

「ならば知っておけ。小型ロボットは監視、暗殺などにうってつけだ。前者はよく放送関係で使用されるが、後者は無法組織に好まれる傾向にある」

「暗殺だって……? なんの話だ?」

「昆虫などに擬態したロボットが注射針を飛ばし、対象に向けて毒を注入する方法が多用されている。ゆえにとてつもなく有用な兵器となりえるのだ、君たちのような外来人にとってはなおさらな」

「……冒険者は歓迎されていない?」

「その面も多少あるが、毒に対する抵抗力という意味合いが強い。特にギマやウォルは耐毒ナノマシンで毒に対する抵抗力を強化している場合が多々ある」

 ……そういえば、プリズムロウと出会った沼地付近で毒キノコを食っていたギマがいたな。無警戒でよく口にするもんだと思ったものだが、毒に対して強いという前提があるなら多少の無茶はするか……。

「ギマとウォルは抵抗力を身につけ、めざといパムには存在を見抜かれ、ディモはそもそも毒に強い。無論、アテマタにも通じないしな。まるで無防備なのは君たちだけなのだよ」

 そうなのか……。

「ゆえに小型ロボットの性質を知っておいた方がいいとは思わないか?」

 ……たしかに、そうはそうだな。

「……ああ、聞かせてくれ」

「一見、無類の強さを見せる小型ロボットだが、欠点はある。小型であればこそ有線では扱いにくいので、もっぱら電波を用いて遠隔操作することになるのだが、森のように傾斜や障害物が多い場所は電波が届きづらいのだ。ゆえに中継機を設置することとなる」

「……中継機?」

「ものを運ぶ際、長距離になるほど運搬者は疲弊するだろう? そしてやがては動けなくなってしまう。ゆえに運搬を引き継ぐ者が必要となるわけだが、それと似たようなことだよ」

「へえ、電波も疲弊というか、減衰するみたいな?」

「その通り。理論上は無限に飛ぶが、電波を受け取る装置の都合上、実際的には有限なのだ。ゆえに中継機を介して増幅させることになる」

 なるほど……。

「その中継機だが、固定型は少ない。どうにもこの地の獣は好奇心が強くてな、よく玩具にされて破壊されてしまうのだ。ゆえに移動タイプが多用されるわけだが、それを移動させるにも電波を使用すると便利だろう?」

「……つまり、中継機の数が増える?」

「理解が早くて助かる。森で運用する場合、中継機の配置図によってその運用目的が推測できるという話だ。そして中継機はその性質上、ステルス性と相性が悪い。発見不可ということはないわけだな」

「……で、この辺りには中継機がないって?」

「ないな。つまり監視や暗殺の危険がない」

 それはいい話だが……。

「……しかし、なんでまた親切に説明してくれる? 俺たちの命を心配してくれているのか?」

「死なれると厄介だからな。特に君には」

 なんだそれは……? 特高がなぜ俺を……?

「君もまた気配感知が得意なのだろう? ならば中継機のみならず、小型ロボットのそれも感知できるようになるべきだ。ロボットは独特の動きをするからな、困難だが不可能というほどではない」

「なに? 気配って、生き物以外も感知できるのか?」

「その点については得手不得手があるようだな」

 前を歩いていたゼ・フォーはふと、振り返った。

「……そういえば、君は気配感知についてどこまで自覚がある? それが意識の限界を超えないことに気づいているか?」

「意識の限界? どういうことだ?」

「例えばこうだ。君はあるとき、自身が包囲されている懸念に取り憑かれた。そして感知を試みると、たしかに十人ほどの人間が君の方向に向けてにじり寄ってきていると確信する。その場合、君は同時に十人いると感づくか? それとも、ひとり、ふたりと数えていくかな?」

 ええっと……いつもなんとなくやっているからな、どうだったっけ……?

「うーん……たぶん、後者……?」

「そうだ。通常、周囲を同時に把握はできない。視界が全方位をカバーしていないように」

 ああ……たしかにそうかもしれないな? 気配感知は周囲を一気に把握できるような便利なものではないと思う。少なくとも、目で周囲を見渡す程度には探す工程ってものがあった……。

「……そうだな、そんな感じだと思う」

「意識の限界を超えないというのはそういう意味だ。しかし、意識外に感知することはある。先の話では懸念の部分だな」

「嫌な予感……ってやつか」

「その通り。気配感知に長ける者は勘に優れる傾向にある」

「あんたも……感知の際には見渡すように探しているのか?」

「そうだ。多くはそうだよ。ゆえに、注意が他に向いている場合、感知し損ねる場合も多々ある」

 たしかに、そうだわなぁ……。

「ただし、一気に把握できる者もいる。そういうタイプはよく常人の精神構造をしていない」

「というと……?」

「状態は様々だが、ともかくまともではない」

 まともではない、ね……。

 蒐集者やヴァッジスカルの野郎とか……?

「……なるほどな、いままでなんとなくやっていたから、あらためて説明されると得心がいくよ」

「そうだろう。一見、同じタイプに思えても異能の細部はそれぞれ異なっているものだ。その確認も含めてな」

 あっ、こいつ、説明ついでに俺の感知タイプを探りやがったな! まったく、抜け目がないというかなんというか……。

 そんな話をしながら湿地を進んでいくと、大小の岩が積み重なっている岩場が見えてきた。

「ここから先は岩場になっている。グランドゴートもよくこの辺りに生息しているので、よく探せば発見できるはずだ」

 岩場を上る際には気をつけないとな。滑って転落したら痛いじゃ済まないぞ……。

 そしてイイ、ムウ、オヨ、ルー……とかいいながら岩場を上っていくと……やっぱりその先も岩場だった。これまた大小の岩が所狭しと積み重ねられ、足場もよくない。

 それで、山羊だって……? まあ、周囲を探してみるか。

 感知を始めるとなるほど実感がわくな、全方位を同時に把握はできない。なにかこう、ある方向に意識の光を照射して、いるかいないか探るような感じ……?

 それにしても……意外と気配があるな? 大きいのやら小さいのやら……。気配の大きさがそのまま体の大きさに直結しているわけじゃあないのかもしれないが……まあ、大きい方に行ってみるか。

 そう思い気配を辿りつつ岩場を進んでいくと、いた……! 案外あっさり見つかったなぁ、えらいでかい山羊がいる。体高三、四メートルはあるか、体毛が長く、丸まった角も極太だ……。

「よし、発見したな。小型だが潜むには充分だろう」

 あれで小型なのかよ……。ゼ・フォーは懐より銃を取り出し、山羊に向けて撃った……!

「……なにをした?」

「警戒心を解き、空腹を促す成分が入っている」

「というと?」

「いくぞ」

 そうしてゼ・フォーは山羊のもとに走る、俺たちも後を追う、大丈夫なのかよ……?

 そんな懸念をよそに、山羊はまるで警戒する素振りを見せない。体毛を掴んでよじ上る俺たちを黙って受け入れているくらいだ。

「ちゃんとしがみついたか? そのうち動き出すぞ」

「……警戒心を解くのはわかるが、なぜ空腹に?」

「腹が減ると台地の上にある草原に向かうからさ」

 ややして山羊が動き出した! というか走り出したっ! おおお、でかいだけあって速いぞ! そしてなるほど、台地の方へ向かっているようだ!

「身をかがめていろよ。起き上がると発見されるかもしれないからな」

 背中を風がはしる、この速さなら台地まですぐだろう!

「そろそろ駆け上る、振り落とされるな」

 おおっと、飛んだかっ? 背中がすごい勢いでうねる、白い体毛がなびく、ふさふさしていて痛くはないが、軽く酔っちゃいそう……! まあ、いつぞやの巨人よりは快適だが……!

「もうすぐだ」

 ひときわ大きな衝撃、そして突然の静寂……。

 顔を上げると、周囲は草木豊かな草原……? 振り返ると、広い荒野と先にいた湿地帯であろう緑が眼下に広がっている。なるほど台地の上、か……。

「着いたぞ」ゼ・フォーが飛び降りる「ここからは表面上、無警戒でいい。下手な素振りはかえって怪しまれる」

「どういうことだ?」俺たちも山羊から降りる「ここはなんなんだ?」

「パーティ会場さ」

「なに……?」

「変なの」ロッキーだ「ここに草がいっぱいあるんだし、この子、ずっとここにいればいいのに」

「いまは無警戒だが、普段はもっと素早く食事を済ませる」

 ゼ・フォーは草原の先を指差した。また一段と高台になっている。

「あれは単なる地形ではない、パーティ会場だ。ここには人気があるので、山羊たちも普段は下の岩場にいるのさ。巨大でも山羊だからな、警戒心は強い」

「パーティってなんのだ? 社交界か?」

 ゼ・フォーは首を振り「死と快楽のパーティだ」

 なにぃ……?

「危険な薬物を摂取し、乱交する。やっているのはフィンだぞ」

 ええ……?

「薬物の製造工場でもあり、売人も多くやってくる。ここからギマへ密輸されているので迷惑極まりない。フィンである君たちが作戦に参加することに意義を感じないか?」

 うう……! た、たしかに、なんだかバツが悪い気はする、な……。

「そ、そうだね……」

「でもさー」ロッキーだ「外界からこんなところにまで来れるフィンって限られてない? 冒険者ですら来ないでしょ」

 なるほど……たしかにそうだ。

「というか、やろうと思えば外界でもできることなんじゃないのか? なんでこんなところにまで来てやるんだ……?」

「ルクセブラと親睦を深めるためさ。そして生贄を捧げるために」

 なにぃ……?

「かの女は裏社会の権化だ。あれと親密になるためなら危険を冒してでもここに来るさ」

「……大魔女なんだろ? いやに俗っぽい印象があるな」

「精神の高潔さと異能の力に相関はない。それに勘違いしてはならない、我々は操り人形に過ぎんのだ。それは森羅万象の摂理においても、アイテールにおいても、そして人界の慣わしにおいてもだ」

「……嫌なことをいうね」

「そうかな、己がなにかの一部であることは喜ばしいことではないか? 不満があるならば動くのだ。この世には、君たちにふさわしい居場所がきっとある」

 俺にふさわしい居場所……。

 ゼ・フォーの眼差しは妙に力強い。心よりの言葉なのかもしれない……。

 しかし……。

「聞こえはいいがね……。理想論に聞こえるな」

 ……と、そこで背中を叩かれる。

「そういうテリーは悲観的だよ!」ロッキーだ「アタシもその通りだと思うな! いまはここがアタシの居場所!」

 そういって、にゃはははと笑う。

 まったく、こいつは裏表ないからなぁ……。

「だが、ここで製造されている薬物は居場所のみならず人生、そして命すら奪うものだ。これを消滅させるためにも作戦を成功させねばならん」

「ああ、そのことに対してはまったく異論はない。とはいえ……俺たちは潜入捜査の素人だが本当にいいのか? 参加して……」

「問題ない。上も了承済みだ」

「上って……なぜに俺たちを気にかける? たかがいち冒険者だぞ?」

「そう卑下するには我々と関係し過ぎたな」ゼ・フォーは笑む「良くも悪くも、君たちはギマにおけるフィンとなった」

「なに? どういう意味だ?」

 そこでゼ・フォーは耳に指を当て、

「作戦開始、ギーは上にて合流だ」

「おい……?」

「後でな。眼前の問題に対処しよう」

 そして指を差した先には建造物らしい高地、その岸壁の一部が開き……裸の男女が現れた!

「おおっ……?」

 そして、二人は原っぱの真ん中で倒れ伏す……!

「おおおっ……?」

 いやいやおい、まさかそこでっ……? そういうのすごい困るんだけれど……!

 女性が上になり、両手を……振りかぶり……!

 あれっ? あの女、手に持っているのは……!

「ヤバいっ!」

 シューターに手を回すが、実際どうする、撃つのかっ? しかし、どこに当たっても人体なんか吹っ飛ぶぞ! 走って間に合うかっ?

 ……と、駆け出す瞬間、ナイフは振り下ろされる……! ええい、まだ致命傷ではないかもしれない……!

 しかし、距離は数十メートルはある、近づく間に幾度もナイフは振り下ろされ……! くそっ、これまでか……!

 女はゲラゲラ笑い、そして俺の方を見やるが、まるで正気の目ではない……! そしてゆっくりと立ち上がる……!

 制圧するにしても武器は使えない、俺のはどれも獣用だ、威力がありすぎる……! 素手でやるか……。

「おまかせっ!」

 ロッキーだ、水圧弾が女の頭に当たった! 威力は抑えられている、女はばったりと倒れるが、致命傷にはなるまい……。

「ちっ、なんてこった……!」

 男の方は見るも無残、完全に死んでいる……。しかし、その表情は不気味なほどに明るい笑顔だ……。

「ブラッド・ヘヴン中毒者の末路だ」ゼ・フォーはうなる「苦痛すらも快感に変える狂気の薬……。古くは過酷な労働環境において使用され、その後は戦場でも使われたという……」

「とんでもねぇな……」

「使用者はより強い快楽を求め、自身の体をも破壊し始める。……覚悟しろよ、乱交パーティとはいったが、なかは……」

「……おいおい、こっちには子供みたいな子もいるんだぞ、それに修道女のような女性も……。あんまりな惨状は見せたくない」

「案ずるな、こちらには潔癖性の女性隊員がいる。配慮してくれるだろう」

「……それに俺も、あんまりな惨状は見たくないんだけれど……!」

「男はそう簡単にできないなどというものではない」

 いやあ、そういう問題かぁ……?

「……ロッキーは大丈夫か?」

「まあ、家畜の解体なら手伝ったことあるけど……」

「非殺傷攻撃が可能ならば好都合だ、彼女にはここに残ってもらおう。離脱者を目撃次第、無力化してくれ」

「え、ひとりでか?」

「いや、すぐに我らが隊員が現れる。協力してことにあたってくれ」

 ……たしかに、誰か登ってくる気配があるな。

 そして現れたのは黒い戦闘服に、昆虫のようなマスクを被った男だ。

「彼はブ・ギーだ」ゼ・フォーは男を見やり「ひとりも逃がすなよ」

「了解」

 そしてこちらにやってくる……。ロッキーは男を見つめ、

「……よろしくね?」

「了解」

「そのマスク、カッコイイね?」

「ガオポル製のガスマスクだ」

 おや、ガオポルってあそこのあれか。

「いこう。下ではすでに潜入が始まっている。君はこれを使え」

 ゼ・フォーは黄色いゴーグルを手渡してくる。

「これは?」

「ターゲットの確認をしてくれる。ダッガの顔は知らんだろう?」

「ああ……そういえばそうだな」

「これが判別してくれる。ダッガ以外にも、反応がある対象は捕縛したい」

「了解した……。じゃあ、気をつけろよ、ロッキー!」

「うん! テリーもね!」ロッキーはブ・ギーを見やり「がんばろうぜ!」

「了解」

「よし、いくぞ」ゼ・フォーは銃を構える「おそらくひどい惨状だろうが、すぐに慣れる」

 マジかよ……。慣れたくもないんだが……。ゼ・フォーは女の手首についていた細い腕輪を外し、高台に近づくと……入り口が開いた!

「ハッキングの手間が省けたな。ご協力に感謝する」

 それは口癖か皮肉か、まあ両方だろうな……。

 そして俺たちは内部へと侵入する!

「うおっ?」

 な、なんだ、この体に響く重低音、激しく騒がしい音楽……! リズミカルなんてもんじゃない、むしろ暴力的だ……!

 それに視界がひどい、赤と紫を基調としたライトが天井で踊り狂っている、目がおかしくなりそうだ……!

 しかし、手渡されたゴーグルをかけると、かなり目の負担が減ったぞ……! ここは短い通路だ、先には官能的かつ悪趣味な装飾が施されたドアがある……。

 ゼ・フォーが耳栓のようなものを手渡してくる。耳に入れると、音量がずっとマシになった……!

『聞こえるか?』

 おっと、彼の声がよく聞こえる。

『……ああ。ひでえ音楽だ』

『私も趣味ではない』

 そして俺たちはドアに接近、ゆっくりと開く……!

『うっおおお……!』

 そこは広間、やはり赤と紫のライトが躍り狂っている、そして大勢の人影が……激しくうごめいているが……! どいつもこいつも血まみれ、傷だらけだ……!

 それに床はぬめっている、きっと血だろう……! しかも腕や足……のみならず頭部や内臓がっ……! 散らばっている!

『ちくしょう! なんだこれはっ!』

『転倒に注意しろ。襲いかかってくる輩に遠慮はいらん』

 そういう問題かよ……! 人影は奇声を上げて腰を動かしている、よく見えないし、見たくもないが、その場で行為に及んでいるであろう影もたくさんある……!

 そして近くで歓声が、手を広げている男の体にナイフが突き立てられ、まっすぐに下される、男は切り口を自ら広げ、内臓が体から流れるように出て、男はそのまま回る、回る、そして周囲の者たちが彼の内臓を引きずり出し食べ始めている、頭を切り開いて脳を露わにした男が酒をかけられ犬のように吠える、剥がされた表皮をガウンのように羽織っている女が見せびらかすように練り歩いている、互いに斬り合う男たち、互いに抉り合う女たち、床を這い回って指を集めている男、頭蓋を磨いている男、その持ち主であろう肉塊となった女、懸命に腸の中身をすする男、テーブルの上で首と内臓だけになっている女はまだ生きている、人体の一部を組み上げてオブジェをつくっている男は、最後に自身の首を切り落とし、それは未完成のまま終わる……。

 ……ダメだ、吐きそうだ、ひどい匂いだ、なんて惨状だ……! 暗黒城よりよほどひどい……!

『彼らにとって、天国と地獄の差はそう明瞭ではないようだな』

 皮肉をいっている場合かよ……!

『ダメだ、はやく出たい……!』

『狂気の世界は君が思うほどに深刻なものではない。人界の業は常々、正気のなかにこそ隠れ潜んでいるものなのだから』

『そんなごたくを聞いている余裕はない……!』

『見た目がどれほど異様でも、彼らは快楽を貪っているだけだ。実にわかりやすいとは思わないか? 苦痛のなかにこそ叡智があると考えるよりはよほど』

『ごたくはいいってんだろ……!』

『人間の恐ろしさはこんなものではない。罪を犯した自分に興味をもったことは?』

『なんだと……?』

 赤と紫の世界、血まみれの者たち、そのなかにぼうっと輪郭が浮かんでいる、コートの男……。

『大いなる罪を犯してしまった自分だ。それは司法によって罰せられることへの恐怖ではなく、あくまで罪悪感の問題において、それを克服できるかもしれないという可能性の話だよ。そんな自分に興味を抱いたことは?』

『……なにをいっている?』

『はたして自分は正常だろうか? ここにいる者たちよりも。そう考えていると、ここがいかに深刻な場ではないか、気づけるというものだろう』

 ゼ・フォーは空いている椅子に腰かける……。

『……なにをしている?』

『ダッガを発見した。奴は我々の侵入に気づいていないようだ。そしてどうにもここへやってくるらしい。ゆっくり待つとしよう』

『マジかよ、ここでっ……?』

『慣れるさ、しょせんは狂気だ』

 こ、この男は……。

 しかし、ここへやってくるというなら待つ他になく……。ときおり襲いかかってくる者はゼ・フォーが四肢を撃ち抜いて無力化、しかし彼らはそれを喜んでいる……。

 ……みな、体が致命的に崩れている。心はもっと取り返しがつかないのかもしれない……。

 エリなら救えるのか? しかし、こんな光景、見せたくない……。

 ……俺にはもはや、どうしたらいいのかわからない。

 ただ、襲いかかってくる者たちを黙々と撃ち倒す男の隣で、じっと座っているだけだった。

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