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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
97/149

正しい痛み、そして赦し

ありとあらゆる拷問を繰り返し、ひたすらに運命の人を追い求めていたあの日々が崩れ去り、なにもかも失ったかと思えば別な形で戻ってくる。まったく人生ってのはおかしなものね。

でも、より私らしくなってるって実感はあるわ。それもこれもあいつのおかげ……かもね!


                ◇


 そして俺たちはジューたちのもとへと向かう。コーナーのおかげでひとまず用事に決着がついた、あとは怪我人を……怪我人を……。

 ……どっちに運ぼうか? エリか、ユニグルか……。

 エリならあっという間だ、すぐに完治! 対しユニグルはすぐとはいかない上に、きっとイターイ治療が待っているに違いない。

 こうして比べるとどちらがいいかは明白だが、あるいは……。

 ……ありえること、なんだろうか? いや、まさかな、治癒魔術は体を活性させて本来もつ治癒力を強化しているだけ、まあ体に負担がかかるとかはありえそうだが、怪我を何度も繰り返すなんて馬鹿げた作用なんかあるはずが……。

 ……というか、あれっ? いや、だめか! どのみち無理か……! おおお、危ない危ない、早めに気づいてよかった、そもそもユニグルが皇帝派を治療するわけがない……!

 サラマンダー、そして彼に命じたであろう皇帝はケリオスを殺した張本人、つまりユニグルにとっては兄の仇だ……! 治療どころか殺されかねないぜ……! せっかく医者への道を歩み始めたってのに、余計な波風立てて邪魔したくない……。

 ……しかし、しかしだ……それはそうなんだが……そう、知りたくないか……? 家族の仇を前にした者がどうするのかを……。

 ワルドは復讐を誓っている。俺はどうだ? ……いや、あいつが母さんを殺したという確信はまだない。しかし、あれがただの幻影とも思えない……。

「レク? どうしたんだい?」

 おっと、フェリクスだ……。

「あ、ああいや、その、あれだ、元の体を見つけないとなー……ってさ!」

「そうだよねー。帰りながら探そうか」

 そうだ、まずは目先の問題を解決しないと……。

 ……しかし、いくら気配を探してもそれらしいものはない。人はよく自身の体臭には無頓着なものだし、あるいは気配もそうなのかもしれない。

「……なあ、ロッキー。俺の気配とか探せない?」

 ロッキーはうなり、

「ずっと探してるんだけど……ウーン、たぶん、あっち……かな? と思えるような気はしてる……」

 ロッキーが指差したのは俺たちが来た方向か……。なるほど、信憑性は高そうだ。

「よし、じゃあ来た道をなるべく正確に戻っていこう。ロッキー、頼んだぞ」

「ウン、それはそうと……」ロッキーは俺をじっと見つめる「アタシがいうのもなんだけど……もうちょっと言葉遣いとかそれっぽくしたら?」

「え……なにそれ?」

「ああいや、いいの! いや、マジでカワイイからさ、ちょっと違和感あるかもって思っただけ!」

 にゃはははと笑うロッキーだが、ようは女の子らしくしろってんだろ? 嫌だよそんなの……!

「僕も同感だなー」フェリクスだ「いいんじゃない? かりそめでも女性になったんだし、そう振舞ってみたってさ」

 ロッキーはウンウンと頷き、皇帝もじっとこちらを見ている……。

「俺はそう簡単に割り切れんよ!」

 そんなやりとりをしながら来た道を戻っていくが……うーむ、それらしいものは依然として見当たらないな……。

「やっぱりさぁ」ロッキーだ「向こうにいると思うんだよなぁ……!」

 ロッキーが指差す方向には……もはや道も建造物もない。ただ真っ平らな湖が広がっているだけだ。

「たしかになにかあるな!」おっとヴォールだ「なにかが湖面に浮かんでいるようだぞ!」

「マジかよ? どうにかしてそこまで行けないかな?」

「ああ、動き足りないしな、いいぞ! 俺が見てきてやる!」

 本当か! と思った次の瞬間には飛び込んでいた。そして猛烈な勢いで泳いでいく……!

 いやあ、なにかと男前だなぁ、ヴォール!

 そして姿が見えなくなって十分ほど、なにやら丸くて大きなものがこっちに向かってくる……! ヴォールが押してきているみたいだ!

「あっ、レクの気配がする!」

 マジかよ、もしやあれに入ってんのっ?

 そして水際へとそれは辿り着き、ヴォールが上がってくる。

「これだろう! なかにお前らしき人物が入っているぞ!」

 た、たしかに、うっすらとだが人がなかで浮いている、手を伸ばすと、なかの人影も手を伸ばしている……!

「やはりか」皇帝だ「動作がリンクしているようだ」

 フェリクスは笑い「あはは、面白いなー」

 しかし、どうやってもとに戻るんだ……と、丸っこいものに触れた瞬間、景色が揺らぎ……! 一瞬で別の世界に、ここは……って、なんだ! 冷たい、いつの間にか湖に落ちてるぅううう……!

「うわわわ……! 冷たい冷たい!」

 水際に向かうとみんなが引っ張り上げてくれた……!

「にゃはは、おもしろい! おかえりー!」

 おお、おお……!

 俺の服、俺のシューター、顔に触れるとやはり俺っぽい感触……!

「戻った!」

「戻ったねー!」

 思わずロッキーとハイタッチをする、やったぁあああ……! ほんと、あのまま見つからなかったらどうしようかと……!

「……って、あれ? レクテリオラの体はどこに?」

「溶け出して蒸発したよ。テリーを包んでいた繭みたいなのも」

 ほんとだ、あの丸いやつもすっかり消えている。

 というか、けっきょくなんだったんだ……なにがしたかったんだ、レクテリオラさんよ……!

 ……まあいい、また体だけよこされてもかなわん、さっさとここを出たい……!

「よし、戻るか!」

 近場で船を見つけ、俺たちはジューたちのいる建造物へと戻っていく。……周囲に怪しい気配などはないな、まあシフォールもあれで無傷とは思えない、いまのうちにさっさとここを離脱してしまおう。

「あっ、戻ってきた!」

 屋上に出るなりジューが駆け寄ってくる。というか乗ってきたギャロップがあるな? 遠隔操作で呼び寄せたんだろう。

「いま連絡しようかと思ってたとこ。用事は済んだの?」

「まあ、完全には終わっていないんだけれど、目的の場所は発見したよ。でも多少、時間がかかりそうなんでいったん怪我人を運ぼうと思ってね」

「そうした方がいいかもね……。ちょっと、あんまり思わしくない感じなんだ……」

「……そうなのか?」

「ああ……」レキサルだ「急に熱が出てきたんだ」

「……どのくらい、よくないんだ?」

「失血は止めたけど」ジューだ「消毒や抗生物質はそんなに持ち合わせないから敗血症などの危険もあるし……もしかしたら毒を受けている可能性も……」

「なに、毒だって……?」

「わからない、確証はないよ。でも傷のわりには熱が高いの。どのみちかなりよくないと思う」

「くっ……なら、さっさと運ばないとな!」

 怪我人はすでにギャロップのなか……って、赤いな! みな、肌がすごく赤い……! 触るまでもなく高熱に冒されていることは明白だ。一刻を争うかもしれん……! 俺たちは乗り込み、

「よし、行ってくれ!」

「えっと……」ジューだ「どこに運べばいいの?」

 どこ、どちらに、か……。

「皇帝さんよ、治療魔術と医療技術、どっちがいい?」

「後者だ」

 おっと……? マジかよ?

「……なんで? 傷の治りは治療魔術の方が早いぞ?」

「なにやら毒を受けている可能性もあるとか。魔術師の方は解毒もできるのか?」

 解毒、解毒かぁ……。

「わからない……」

「ならば後者だ。毒の種類によっては活性による治療が逆効果になる可能性もある」

 そう、いうものなのか……?

 しかし……。

「知っている医者は……最悪、あんたらを殺すかもしれんぜ……」

「なに?」皇帝だ「なんだそれは?」

「医者の名はユニグル・ホーメイトだ」

 皇帝はすぐに察したようだ。そう、あんたらが殺した奴の妹だよ……。

「まさか? 両者とも抹殺したと報告を受けたぞ」

「よくわからんが生き返ったらしい」

 皇帝はうなる……。

「……あと心当たりがあるのはオルフィンの里ぐらいかな。でも、どのくらい医療が発達しているのかはわからない。ジュー、ギマの都市はどうだい?」

「診察はまず無理だねー。毒の種類がわかれば解毒剤を用意することはできるけど」

「そうか……」

 皇帝は怪我人たちを見つめている。彼らの容体はかなり悪そうだ……。

 できればユニグルがいい、あいつなら毒の種類を分析することもできるかもしれないしな……。

 皇帝は考え込むが……ふと顔を上げる。

「……毒を塗布しているところを見たことはないが、あやつの剣にはなんらかの毒性があるかもしれぬとは思っていた。まさか我々に牙を剥くとは思わなかったが……」そして俺を見やり「……トリアドール、ユニグル・ホーメイトは医療に精通しているのか?」

「知らなかったのか? ああ、瀕死の重傷者を救ったほどだし、少なくとも外科医としてはかなりのものだと思う」

「救っただと? 拷問趣味の狂人ではないのか?」

「……スパイの粛清も充分、狂気じみていると思うがな」

 皇帝は眉をひそめる……。

「というかあんたにツテはないのか? 奴はどうだ? 蒐集者」

「……連絡がとれん」

「マジかよ、俺はつい先日、奴に会ったぞ?」

「そうか」

 それだけかよ! ああくそ、嫌だが仕方がない! 蒐集者に通信!

『わ、た、し、よ』

 なんだよ、あっさり繋がるじゃないか!

「シフォールにやられた、奴は毒を仕込んでいるのか?」

『……あなたが?』

「ディーヴォと少年、そしてサラマンダーだ」

『そう。たしかに、彼の剣には薬品を仕込める機能もあるわね』

「かなりの高熱を出している。ユニグル、お前でもいい、知識はあるか?」

『彼女なら高性能の分析機をもっているわよ』

「本当か? よしジュー! すぐに宿の方へ!」

「おっけぃ!」

 そしてギャロップが発進する!

「……それで、お前は? ……ヤバいだろ、サラマンダーをあいつに任せるのは……」

『それは彼らの業でしょう。仕方のないことよ』

 俺は小声にし「……お前、なんで皇帝をほったらかしにしてんだよ……! もしシフォールに捕まったら手篭めにされちまうぞ……!」

『それは悪いこと?』

 悪いこと? いやいや……。

『いいじゃない、女性になっても。生き方は変わらないわ』

 そういう問題じゃ……なんてやっている場合じゃない、こいつに聞いた俺が馬鹿だったさ……!

「そうかよ、まあ、分析機の情報だけ、ありがたく受け取っておくよ!」

 蒐集者はふふっと笑い、

『どういたしまして』

 そして通信が切れる……って、そうだ、レクテリオラのこと……は、まあ後でいいか!

 そうしてギャロップはまた宿近くの広場へと着陸する。

「あっ……そうだ、荷台ないや……」

「背負っていくさ、ヴォール、あんたは力ありそうだな?」

「あるぞ!」ヴォールは親指を立てる!「この巨漢を運べといいたいんだな? 任せろ!」

 そして軽々とディーヴォを背負う、ありがたいぜ……!

「で、皇帝さんよ、あんたはどうする?」

「……ここで待つ。毒の分析が済み次第、こちらに連絡をくれ」

「……そのわずかな時間で手遅れになるかもしれんぞ」

「かといって、このまま運んでも殺されるだろう」

「……あいつは拷問好きだが、殺しはやらん主義らしいぜ」

「信じられるか、そんなもの」

 ちっ、気に入らん言い方をしやがる!

「ならそうしろ」そしてジューのところへ「すまないジュー、ここで皇帝とサラマンダーの面倒をみてくれ」

「えっ、運ばないの?」

「かなりの遺恨があってな、おいそれと医者に会えないそうだ。毒の分析が済み次第、対応を考える。あとフェリクスとレキサルを警護に置いていく」

「うん、連絡して」

 さて俺は少年の方だ……って、触ってみるとマジで体が熱いな……! こいつは火急だぞ……!

「よし、行こう! 獣の強襲に備えてくれ、ロッキー!」

「りょーかい!」

 そして走る走る、少年を抱えながらはなかなか堪えるな! だが急がないと……! そしてユニグルに通信!

『はいユニグルちゃんよ』

「すまん、急患だ!」

『ふふん、口ではああいっても、やっぱり頼るところはわかってるようね! スカーレットさまから聞いてるわ。毒ですって?』

「そうらしい! 患者は二名、大男と小柄な少年だ! 全身に裂傷、毒かなにかでとても体温が高い!」

『ふんふん、わかったわ』

「もうすぐ着く!」

 そしてまたも宿へ、裏門から正面へ、ロッキーがいち早く辿り着き、ドアを開けた!

「ユニグル!」

「ちゃんといるわよ」おっと待ち構えていたか!「こっちよ!」

 そしてユニグルは商店街の方へ……。

「空いた店を陣取って簡易的な診療所をつくったの! すごいでしょ!」

「ああ、マジで熱が高い! 急いで診てくれ!」

 診療所内に運び、ディーヴォたちをベッドに寝かせる。ユニグルは二人を見やり、眉をひそめた……!

「ちょっと、これってまさか……!」

「ああ、ああ、いいたいことはわかる! でも、このディーヴォは根っからの皇帝派じゃないと思うぜ、あくまで難病の弟を助けるために万能薬みたいなのを探して……」

 ……って、ユニグルは小さな光を彼らの両目に当て、そして採血をし始めた。どうやら医療行為を放棄する気はないようだ。

「……どうだ?」

「肌の異常な赤み、瞳孔の激しい伸縮、そしてこの血液成分……!」

「なんの毒なんだっ?」

「……この二人、最高に幸運よ」

 おっとなんだ?

「どういうことだ?」

「これはおそらく、ドラゴンブラッドによるものよ。ADBをもつ者はごくごくわずか……」

 なにぃ? 竜の血だとぉ……? というかADBってなんだ?

「ともかく治せるんだな?」

「ええ! むしろ私ぐらいのもんよ!」

 そしてユニグルはなにやら小さい円柱状のものを二本、奥から持ってきた。そして二人に押し当てる。

「それは?」

「注射器よ……。うん、この段階なら大丈夫なはず。これ以上進行すると、適応するか死ぬかのどちらかよ。まあ、ほとんどは後者だけどね……!」

「マジか、あぶなかったか?」

「かなりね。あとは傷の手当てか。意識ないとつまんないわねー」

「ああ……」

 ……ってそうだ、このことをジューに伝えないと!

 ……いや、注射器があればいいかっ?

「ユニグル、その薬、もう一本もらえ……」

 ……いや、いやいや、ユニグルの意向を配慮せず、薬だけもらって仇を勝手に救う? それっていいのか……?

「なによ? 薬はまだあるけど、とっても高価よ! 培養するの難しいんだから!」

 ……ここは、正直にいうべきだろう。

「ユニグル、話がある」

「……なによ?」

「その患者たちに見覚えは?」

 ユニグルは二人を交互に見やり、ようやく気づいたようだ……!

「あっ……! こいつら、どこかで見たわね……!」

「しかし、彼らは仇じゃあない。こっちのディーヴォは難病の治療薬を探すために同行しているだけのようだし、こっちはまだガキだろ?」

 ユニグルはうなる……。だが、割り切る努力はここからが本番だ……。俺はロッキーとヴォールを診療所の外に連れていく……。

「聞いてくれ、これから込み入った話になると思う。だが、なるべく口を挟まないでほしいんだ」

 ヴォールとロッキーは顔を見合わせ、

「いいけど……話って?」

「サラマンダーはあいつの兄を殺したんだ」

「……ええっ?」ロッキーは目を見開く「じゃあ、治療とか無理じゃん?」

「かもしれんな」

「……説得できるの?」

 説得か……どうかな。

 するつもりもない、かもしれない……。

 答えを曖昧にしたまま俺は診療所に戻り、

「ユニグル……」

 ユニグルは不機嫌そうに傷の手当てをしている。

 ああ……本当に医者としての自覚が芽生えているんだな……。

「ユニグル?」

「なによ」ユニグルは俺を見やる「やることやってるでしょ」

「いや……ありがとうな」

「なっ……べっ、べつにあんたが感謝することじゃないわよ!」

 照れがあるのか、ユニグルは頬を赤らめる……。

「それにタダじゃないのよ! 医療器具は高価なんだからね! 研究費だって必要だし、お金はしっかりもらうわ!」

「そうだな……」

「それでもあれよ、お礼がしたいならよ、なんか勝手にしたら?」

「なんかって……?」

「い、いろいろあるでしょ! ほら、ゲンコツの反対とか……」

 ゲンコツの反対……?

 ああ……そういうことか? でも、やっていいものか……?

 ともかく、ユニグルの頭に手をやり、撫でる……。

「ち、ちょっと! やるなら、あ、後でゆっくりやってほしいんだけど……!」

 拷問趣味とかいって、こういうのもやっぱり好きなんだな……。

 そうか……意外と可愛らしいところもあるじゃないか……。

 しかし、ここから困難な話をしなくてはならない……。

「……なあ、ユニグル?」

「なな、なによ!」

「また、患者が一名、やってくる。同じ症状だ」

「そ、そう? し、仕方ないわね! ADBの培養だってタダじゃないのよ?」

「サラマンダーだ」

 ユニグルの手が止まる……。

「……な、なんですって……?」

「サラマンダーなんだ。ケリオスを殺し、お前も殺さんとした男だ。それに命令を下したであろう皇帝もやってくる」

 ユニグルは硬直し、しかし、手元が震え始める……。

「……なによ、そいつも治療しろって……?」

「……さっきもいったが、このディーヴォは難病の弟ために薬を探そうとここにいる。そしてこの少年は……思い返せば粛清に否定的だった。クリストローゼ、だったか? それに対する抹殺の命令に躊躇していたんだ。だからこの二人のことは……助けてほしいと頼むよ」

「クリストローゼ……」ユニグルはうなる「あいつ、私とそう変わらない趣向の持ち主だったけど、仲は悪かったわね……!」

「そうか……」

「……それで、ついでにあいつも助けろって話でもしたいの……?」

「いいや、頼みはしない。お前の意思に肯定も否定もしない。その上で卑怯にもいわせてもらうが、お前は医者だろう?」

 ユニグルは俺を睨む……。

「……冗談でしょ。兄さまの仇なのよ……?」

「しかしお前は医者だ。医療行為にその使命があるんじゃないのか?」

「仇なのよっ……!」

 怒声が響き渡る……。

 ……気持ちは痛いほどよくわかる。ケリオスは決して善人ではなかったが……ユニグルにとっては実の兄なんだ。きっと仲のいい兄妹でもあったのだろう。

 ……そう、俺にはわかる。家族を殺されたことに対する喪失感、憤り、憎悪……よくわかるんだ……。

 あれはおそらく、そして残念ながら……幻覚ではないと思う。

 あいつならやりかねない。まるで不思議なことではない。

 だからこそ、俺は頼まない。復讐だって……否定するわけじゃない。お前に、そしてワルドにもだ、後悔してほしくないだけで、復讐そのものは……否定しない、まだできない。

「俺の母も……おそらく殺された。その殺したであろう張本人が目の前に現れたとき……どうするか、どうなるのか、わからない」

 ユニグルはまっすぐに、俺を見つめている。

「……それが怖いんだ。だからこそ、お前がどうするのか、見届けたいんだよ……」

 ふと、ユニグルの瞳に哀れみなのか、複雑な感情の色が浮かんだ……。

「あんたも……そうだったの……」

「……俺は肯定も否定もしない。ただ、見届けるよ」

 ユニグルは首を振る……。

「……でも、実のところは赦せっていいたいんでしょ」

「俺は見たいだけだ。まるでそう、今後の参考にするかのように……」

「それでも、赦すところを見たいんでしょ!」

 ……見たいか?

 見てしまったら……。

 自分でも意外なほど、わからない……。

「わからない、わからないわ、赦しってなによ」

 赦し、か……。

「そうした方がいいってよくいうわよね? でも、我慢するのは自分じゃない! なんでやられっぱなしの上に、我慢までしないとならないのよ!」

 そうだな……。

「ああ、理不尽だな……」

「でも、私だって理不尽なことをしてきたとかいいたいんでしょ!」

 ……そうだな。

「そう、かもな……」

「そうね、いまの方が楽しいもの! 以前の私は……放埓だったというか、いまよりはずっと洗練されてなかったとは認めるわよ!」

「そうか……」

「それで? その汚点が仇を救うことで漱がれるわけ? 誰がそう認めてくれるのよ! 誰が担保できるのよ!」

 汚点を漱いでくれる者……。

 そんな人間は……いない。

「誰もできないさ……」

「だったら! 赦しってなによ! どうでもよくなったり、憎むのに疲れてきたついでにいい人ぶろうってだけのことでしょ! あと保身とか? 法治社会じゃ復讐は犯罪になるものね! 自分も他人も騙して印象よくして……打算じゃない! どうでもよくないなら赦せないものっ! 復讐が悪だなんて認めないっ!」

 そうか……お前はそう思うか……。

 しかし……。

「赦しとは……そういうことではない、と俺は思う……」

 ユニグルは詰め寄り、

「はあっ? じゃあ、なんなのよっ? いってみなさいよっ!」

 赦し……赦しとは……。


『……じゃあもう話は切るぞ、向こうへ行けよっ』

『おお、素っ気ない! 罪深い行為ですよ、それは……』


 赦しとは……。


『じゃあな、さっさと消えろ』

『……あんたさぁ、そういう態度ってないんじゃない? それ、結構ひどいと思うわよ……?』


 ……そう、そうだ、蒐集者やお前に対して俺がした態度、あれとは真逆のことではないか……?

 いまになって、そう思えているんだ……。

「……そうだな、赦しとは……遺恨のある相手との対話を拒否しないこと……だと思うんだ」

「……はあ? なによそれ」

「……悪かった。お前にも、さっさとどっかにいけ、なんていったことがあったな。あれは赦しとは対極にある言動だった……」

「……そ、そんなことも、あったかもね……」

「わだかまりは消すものじゃない、消せるものでもない。消えないからといってそれが悪いことだとも思えない。心はいつだって不自由なものなんだから……」

 ユニグルの瞳は俺を映している。

 俺はどこまでも誠実に、それに応えなくてはならない。

「……それに、消えたから赦したというのも違う気がする。人はよく忘れていくものだから……その強かさは尊いが……赦しというのは常に遺恨の渦中にあってこそだと……」

 ユニグルはうつむき、

「……いいたい、ことはなんとなくわかるわ……」

「……対話によって遺恨が氷解するかもしれない。平行線なままかもしれない。あるいは憎悪が深まるかもしれない。しかし、対話の道を塞ぐことはしない。それはきっと辛いことでもあるだろう。それでもなお、その道を残しておくことが赦しなのだと……俺はいま、思っているんだ……」

 ……これが、いまの俺に出せる精一杯の答えだ。

 ひどく曖昧で、切実な問題に直面している彼女に響くかどうかはわからないが……。

 ……ふと、ユニグルが頭を俺の胸に預けてくる。

 しかし、俺は撫でなかった。撫でられなかった。

 答えは、彼女自身に出してほしかったから……。

 そのときの沈黙は永いようで一瞬だった。サラマンダーの搬送によって打ち破られたからだ。皇帝もその姿を現わした。

 ……覚悟を決めて、自らやってきたか。

 ユニグルは俺から離れ、横たわっているサラマンダーの前に立った。怒りも叫びもせず、ただじっと、彼を見下ろし続ける。

「なぜ……治療しないんだい?」

 事情を知らないレキサルが尋ねるのは当然のことだ。

「この男が彼女の兄を殺したからだよ」

 そうしてまた時を沈黙が支配する。

 俺は肯定も否定もしない。

 どちらの道を選ぼうとも、選ばずとも、批難はしない。

 しかし、お前はすべきことをするべきだ。

 救うか、殺すか。やらねば時は進まない。

 ある可能性に備えて、腰付けされているシューターに手を回しておく……。

 お前の意思は尊重する、誰にも邪魔はさせない。

 やるんだ、ユニグル……!

「……み、みな、お、同じ……症状ね」

 怒りか動揺か、ユニグルの手が、震えている。

 そして、目から涙が一粒、こぼれ落ちた。

「……こ、このくらい、す、すぐに……」

 ユニグルは、鉛を背負っているかのごとく重苦しい動きで踵を返し、奥に消える。そして戻ってきたときには……特効薬を手にしていた。

「こ、これを……うてば……」

 ……そうか、その道を選ぶのか……。

 それでいいんだな、ユニグル……。

 俺の目からも……涙が溢れてくる。

 戻ってきた彼女は、幾ばくかも逡巡することなく注射をうった。そして、切り傷を消毒し始める。

 皇帝は、その様子をじっと見つめていた。

 表情は固い。気配の揺れは激しい。

 ……なんということだろう。正直、意外だった。

 殺さぬまでも、拒否はするだろうと思っていたんだ。

 ユニグルは気高い選択をした。

 後ろめたさを覚えるほどに……。

「……あ、あとは、安静に……。め、面会謝絶よ、あんたたち……外に出なさい……」

 ユニグルは踵を返し、奥に消えていく。

 それを追うと、彼女は振り返った。たくさんの涙が頬をつたっている。

「……兄さまを、裏切ったわ……」

「そんなことはない」

「……復讐を望んでいたのかも……」

「そんなこと、望んでないさ……」

 ユニグルは俺の胸に顔をうずめる。

「見ていたよ。しかとこの目に焼きつけた」

 静かに泣く彼女の頭を、俺はただ、撫で続けることしかできなかった。

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