沈黙都市ロア
孤独であることが問題なのではない。
孤独に向かってしまうことが問題なのだ。
おれたちは敗残者であり、退廃の徒であり、人界の影だ。
できることは少ない。
次の曲がり角が楽園に続いているよう、祈りながら歩き続けるしかないんだ。
◇
グゥーたちのもとへ急ぐ。橋を渡り森を走り、広場までやってくるとみんなの姿が見えた、ギャロップが展開してテントみたいになっているな。なかなか便利かつ快適そうだ。
木陰に座っているグゥーはどうにも具合が悪い様子だ。朝食にやられたか。
「……よう。遅いぜ、朝食は終わった……」
無理やり食わされたなこいつは……。まあそんなことはどうでもいい、特高とやらの件について話を……って、黒エリがやってきたな。
「宿の状況は悪そうだが、早々に出てきてよかったのか?」
「ああ、ユニグルに任せた」
「なに……?」
事情を説明すると、黒エリはうなる……。
「にわかには信じがたいが、まあ、お前が信用するというならそれでもいいさ」そしてため息をつき「……それより、報告がふたつある。そのひとつはちょっとした問題でな、相談したい」
「……なんだ?」
「ひとつ目はボイジルの件だ。あのゼステリンガーとやらと会ってから、どうにも様子がおかしい」
「……というと?」
「すこぶる正気に見える」
正気……正気か……。
……って、正気?
「……えっと、正常だって?」
「ああ」
「……いいことじゃないか」
「そうだが、かえって調子が狂う」
そ、そういうもんか……。
「……で、もうひとつの件が問題なんだな?」
「ああ、フェリクスのことなのだ。なにやら皇帝を助けにゆきたいなどと言い出してな」
皇帝を……? ああ、そういや、窮地に陥っているって話があったなぁ……!
「しかし、なんでまた?」
「詳細は本人に聞いてくれ。フェリクス!」
顔色も青いフェリクスがやってくる。お前も朝食にやられたのか。
「や、やあ、無事でウウップ……」
フェリクスは前傾姿勢でよろめく……! おおい、やめろよ、吐くなよ……!
「それでなんだ、皇帝を助けに行きたいって?」
「そうなんだ……」フェリクスは頷く「窮地に陥ってるファンを見過ごすことなんてできないよ……」
ファン? ああ、なんかそんな雰囲気あったかもなぁ……。
「彼女にはなにかと助けが必要だと思うんだ。命が危ういならなおさらだよ」
彼女じゃないけれどな……。いや、実は女なのか? よくわからん……。
「……うん、いいたいことはわかった。しかし、突然いわれてもなぁ……!」
「ごめんよー……。ずっと気になっていたんだけど、いうタイミングがなくてさー……」
皇帝かぁ……。蒐集者がらみの組織だし親しみはわかないが、現状はこれといって敵対しているわけじゃないしな……。シルヴェやディーヴォは話がわかる連中だし……。
しかし、フェリクスにひとりで行ってこいとはいえないし、どうしても同行者は必要になってくるだろうな……。
「フェリクス、それはどうしてもという話なのか?」
「うん、たとえひとりでも行きたいと思っているよ……」
「しかし、居場所はわかるのか?」
「わからない」
おいおい、行く行かない以前の問題じゃねーか!
「でも、あのひとがいるじゃないか」
あのひと……まさか、蒐集者か?
まあ……あいつなら知っていそうではあるが……!
「頼むよー、ファンを見捨てるなんて俳優の名折れだよー」
う、うーん……!
奴に借りはつくりたくないが……フェリクスたっての頼みだ、ちょっと無下にはできないなぁ……!
しかし、奴の連絡先なんか知らないしな、ここはユニグルに聞いてみるか……。
そして通信を試みると、さっそく怒号が炸裂したっ……!
『ちょっと! あの女、なによなんなのなんなのよっ!』
「い、いや、えっと、悪いが別件でな、頼みがあるんだ」
『……怪我したの?』
「蒐集者と連絡をとりたい。まだそこにいるのか?」
『知らないわよ! なんなのあの鳥女っ!』
ああもう、かなり怒っちゃっているな……!
「それはあれだ、悪かったよ……」
『なんであんたが謝るのよぉおおおおおおおおっ……!』
ああうるさい……! 耳元でやられると洒落にならん……!
「いやちょっと、怒るな怒るな、俺だっていま忙しいんだ、頼むから話を聞いてくれ」
『なにがどう忙しいのよ!』
「……いや、ギマの特高とやらを手伝って、あと皇帝を助けないと……」
『なんでそんなことするのよ?』
「仲間の問題だよ。敵討ちに人助け、いろいろ事情があるのさ」
『私にもギマに知人がいるわよ。医療器具や薬を買うの』
へえ、そうなのか……。たしかに、ああいうものはどこからかは入手しないとならんわな……って、そんなことどうでもいいわい!
「いや、それで、蒐集者とな……」
『話があるってんでしょ! わかったわよ!』
そうして通信は切れた……。まあ、なんだかんだいって話は聞いてくれるようになったな……。
そして数分も経たずに奴から連絡が入る。
『わ、た、し、よ』
なんだよその入り方……。
『なんの用かしら?』
うう、やっぱり嫌だが……仕方ない……!
「あー……あのな、皇帝の居場所とか、知ってたりする?」
『ええ、でも、どうして?』
「わかるだろ。逆に聞くが、お前はなぜふらふらしている?」
『あ、な、た、の方が大事だからよ』
なに? なんだこいつ、薄気味悪い……。
しかし、本当にわかっているのか? フェリクスが助けようとしていることを……。
「お前たちはいまいち統率されていないな」
『どころか、近いうちに崩壊するでしょうね』
「……なんだと?」
『帝国亡きいま、皇帝の肩書きなどなんの意味もないわ。それでも彼のために尽くす者たちがいるのはどうしてだと思う?』
「どうして……なんだ?」
『愛情があるからよ。アテナとヴォルカン……これはディーヴォ・アッバウのことね、これらに加えてわたしくらいのものでしょう、愛情を動機にしていないのは』
「……他の連中はあくまで皇帝が好きだから付き従っているって?」
『そうよ』
そ、そうなのか……。たしかにシルヴェは金で雇われた傭兵でしかないみたいだし、ディーヴォもあくまで難病を治す薬のために同行しているに過ぎない……。
それにこいつの目的はいまいちよくわからないが……情があるわけじゃあないってのはそうだろうさ。
「しかし、愛情があるならいいことじゃないか。それでなぜ崩壊する? 取り合いにでもなるのか?」
『おそらくね』
なにぃ……? しかし、皇帝派の面子はもはや男ばかりだったような……?
……いや、なるほど……!
「あの皇帝、実は女なんだな?」
『いいえ、男よ』
ええ……?
「し、しかし……」
風呂で見たときには胸があったような……?
『少なくともいまはまだ、ね。彼は知らずに女性ホルモンを摂取しているから、女性化が進んでいるのよ』
女性、ホルモン……って、なんだ?
「よくわからないが、薬かなにかで男が女になるもんなのか?」
『ホルモンの摂取というだけでは、ある程度までは近づく、といったところね』
ある程度……ね。
「だが、知っていてなぜ止めない?」
『睾丸の欠損はホルモンバランスの乱れを生じさせるわ。だから女性ホルモンでも摂取した方がいいと思ってね』
「それで女に向けて傾いていると? 逆は不可能なのか?」
『男性ホルモンを投与していれば、男性らしくなっていたでしょうね』
「じゃあなんでそうしないんだよ」
『そこがおぞましいところね』
……シフォールだな。あいつ、皇帝をいろんな意味で女にしたいみたいなことをいっていたしな……。
「完全に女にすることは可能なのか?」
『ええ、可能よ。出産すら可能になるほど、女性にできるわ』
うわあ、なんだか奇妙な話になってきたなぁ……。
「そもそも皇帝がヤバいって話は本当なのか? 実は女になるのも悪くないみたいなことはないよな?」
『どうかしら。彼はえもいえぬ美しさをもっているわ。それにもともと男性的な性格でもない。いっそ女性になった方が幸せかもね』
いやあ、そういう話になると困るんだけれど……!
こちらとしても、ない時間を削って、危険を承知で首を突っ込むんだ、助けてほしいという強い願いがないと動きたくないぜ……。
『でも、ひとついえることがあるわ』
「……なんだ?」
『憧れの将校さまに助けてもらったら、さぞかし嬉しいでしょうね』
将校さま、ねぇ……。
「でも、うちの薔薇将校は弱いぞ」
『だからこそがんばってもらわなくちゃ。手篭めにしようとする悪漢より助け出して……ハッピーエンドというのも悪くないんじゃない?』
ええ……? つまりはフェリクス対シフォールみたいな感じになるのか? だが、あいつにそこまの覚悟はあるかなぁ……?
「……まあ、その辺はあいつ次第だよ。それで、皇帝はどこにいるんだ?」
『沈黙都市ロアよ』
沈黙、都市……?
「どういった場所なんだ、そこは?」
『静かな場所よ。気温も低い。大人数では行かない方がいいでしょうね』
「なぜだ?」
『なんせ静かだから、音が響くのよ』
なるほど、居場所を知られていいことは少ないわな……。
『……行くのね?』
「ああ、まあ、そういうことになるだろうな。ええっと、それじゃあ……ありがとうよ」
『いいのよ。でも、不意の客人には気をつけてね』
そうして通信は切れた……。
しかし、不意の客人って……なんのことだ? まったく毎度毎度、思わせぶりな言動をしなきゃならん理由でもあるのかね、あいつは……。
「……フェリクス、居場所がわかったぞ。沈黙都市ロアとかいう場所にいるらしい」
「そうなのかい? それはどこ?」
「さあ……。グゥー、知っているか?」
「いや、待て、行くのか?」グゥーは腹を押さえながら立ち上がる「特高の方はどうするんだよ?」
やはり二手に分かれるしかあるまい……。
しかし、悪いがフェリクスの方は比較的、重要度が低いので、あまり人員を割くことはできないな。同意した手前、俺は行かねばならないだろうが……。
さて、誰を連れていく? 人数が多いと問題らしいしな……。
ワルドはコインのこともあるし、特高が筋だろう。黒エリはエリと一緒がいいだろうし、黒エリとプリズムロウも一緒がいいと思う。お互い勝手がわかっていて連携も取りやすいだろうしな。そして話をもってきたグゥーも向こうに同行すべきだろうな。
さて、それ以外の戦力となるとやはりロッキーか。シューターの関係で、いてくれると安心できる。それとレキサルも欲しいな。こちらの人数が少ないぶん、強力な戦力は必要だ。さらに移動の関係もあるので、ジューにも来てもらいたい。
アリャは……そうだな、レキサルとは別がいいか。あるいは別行動が長引くかもしれないからな、食料調達能力を片方に偏らせては問題だ。
そうして俺がチームの提案をすると、みんなはうなる……。なんか……そこはかとなく納得していないような雰囲気を感じるが……?
……と、そこでグゥーと黒エリがズイと近寄ってくる……。
「……な、なに?」
グゥーはうなり、
「こっちさ、人数が多いのはいいんだが、お前がいなくて大丈夫かよ?」
「なに? そりゃあ大丈夫に決まっているだろう」
「どうかな……。お前がいないと扱いづらい気がするんだよな……」
「私もそれが心配だ」黒エリだ「皇帝など助けに行く必要があるのか?」
「いやでも、なんかヤバそうだし、無視もできんだろう?」
「できるのではないか? という話をしている」
「フェリクスを一人で行かせるわけにもいかんだろう。あるいはプリズムロウで行くか?」
「協議の結果、それはすでに却下されている」
「じゃあ、さっきいった編成で……」
「いや、ヴォールを連れてゆけ。たしか、あそこは気温が低い。あれは暖をとるのに便利だろう」
「行ったことがあるのか?」
「以前に多少、調査をしたことがある。獣は少ないようだが奇妙な場所だ、気をつけろよ」
「……ああ」
そして俺はワルドのもとへ……。
「ワルド、みんなを頼んだよ」
「私も手前勝手な目的を持つ身、フェリクスの希望を否定する権利などないが……そもそも、皇帝派の面々は助けを求めておるのかね?」
「実際、それが微妙でね。まあ、そんな空気ならすぐに戻ってくるよ」
「深追いは禁物であるぞ。君も気をつけてな」
「ああ」
そして俺たちは二手に分かれた……ところで、エリがやってきた。
「レクさん、早々に戻ってきてくださいね」
「ああ、もちろん」
「お気をつけて……」
一足先にグゥーのギャロップが飛んでいき、残された俺たちはそれを見送る。ジューのものは呼び寄せるのに多少、時間がかかるようだ。
……さて、彼とはさして話したことがないからな、あらためて挨拶しておこうか。
「やあ、レクテリオル・ローミューンだ、よろしく」
手を差し出すと、ものすごい速さで握り返してきたっ!
「よろしく! ヴォール・シミターだ!」
顔はアテマタに似ており、黒いガラスのような材質の仮面を被っている……ような感じで、その奥から、目のような形の光がぼんやりと浮かんでいる。
そして体は緑色の軍服のような衣装に身を包んでおり、両腕など、露出している部分は人体に近いが……黒く鎧のように硬質的だ。
「宿での騒動は聞いている! 俺も行きたかったよ!」
うん、どうにも好漢のようだな。でもなんか声や挙動が大きい……。
「あんたはどんな武器を使うんだい?」
「俺の武器はこの肉体だ!」
ヴォールは身構え、キレのいいパンチやキックを繰り出す……っていうか、攻撃の軌道を炎が追っているっ……!
うおおおおおおっ……! かっこいい……!
そしてヴォールは親指を立てる!
「接近戦は任せてくれ!」
「あ、ああ……! 頼んだぜ!」
これはあれだ、マジでかっこいいやつだ! ちょっとだけだけど、その体になって喜んだ気持ちもわかるってもんだぜ……!
「そのロアってところ、寒いんでしょ」おっとジューだ「私って暑がりだからさー、寒いところ好きなんだ!」
ああ、だからそんなに肌を出しているのか……。ちょっと目のやり場に困るんだよな、彼女は……。
俺は咳払いし、
「……しかしフェリクス、ことは少々、面倒だぞ」
フェリクスは首をかしげ「そうなのかい?」
「そもそも皇帝が助けを求めているのかって話だ。これが否なら俺たちはすぐに退散する。いいな?」
「もちろんだよー」
「そして事情が事情だけに面倒くさいことになっても退散する。面倒ってのはアレだ、敵がシフォールでな、奴はその、皇帝を女にしたいらしい。いろんな意味で……」
「ああー、そんなこといってたねー」
「でだ、皇帝の方も、実のところまんざらでもなかったり……みたいに話がこじれてくると俺にはもう、お手上げだ。関わりたくない」
「なにそれー」ジューは笑う「あのひとたち、そんな面白いことになってるんだ?」
「面白いかぁ?」
「そういった問題は困るな!」ヴォールはパンチで空を切る!「拳で解決できない問題は苦手だ!」
いや、世の中の問題の多くは拳だけじゃ解決できないぞ……?
「私はその辺りの事情に疎いんだ」レキサルだ「よければ説明をしてくれないかな?」
俺もそんなに詳しいわけじゃあないんだよね……。でも、ある程度は情報を共有しておかないとな。
「前提として、俺の想像に過ぎないということを承知してくれ。それで、ええっと……ようは皇帝派に内部分裂が起こっているんだと思う。そして敵はおそらくシフォール・ビュージェンだ。片方の瞳が赤い男だな。奴は皇帝が好きで、女に改造して手篭めにでもしたいらしい」
「なんだって……?」レキサルは眉をひそめる「ずいぶんと……変わった形の暴力だね……」
「でもそうなると他の皇帝派の面々が邪魔になるわけだが、蒐集者にしてもシルヴェにしても、頼れる奴らに限って皇帝の側にいないみたいなんだ」
「そうなのかい?」フェリクスだ「蒐集者の人はわかるけど、アテナさんはどうしていないとわかるの?」
「シルヴェはとんでもなく強いからな、いたらよほどのことでもないと皇帝が窮地に陥らない。私的な理由か、あるいは金の問題か、ともかく現状は側にいないとみていいだろう。あるいは、いないからこそシフォールが大胆な行動に出たのかもしれない」
「そのシフォールって男は」ジューだ「その二人以外のメンバーならみんな倒せるほどに強いの?」
「おそらく……。他の連中ではおそらく太刀打ちできないと思う。他に隠し玉でもいるなら話は別だが……」
「サラマンダーさんは?」
「微妙なところだな。まあ、奴がやられたら皇帝はさらわれるだろうさ」
シルヴェいわくしぶといらしいし、そう簡単にはやられないだろうが……。
「なるほど」レキサルはうなる「しかし、彼らはなぜそこにいるのだろう?」
そういやそうだ。カタヴァンクラーのところで見たのが最後だったな、なぜにそんなよくわからん場所へ……?
「あ、きたよ」
ジューのギャロップが飛んできた。なんだ、自動でやってきたのか? 便利なもんだなぁ!
ジューのそれは黄緑色をしていて、グゥーのよりやや小型だ。しかし内装はずっと居心地がよさそうだな、なぜだかソファが設置してある。
そして俺たちはギャロップに乗り込み、すぐに発車する。ソファの座り心地がいいね……。
「それで、ロアとやらへはどのくらいで着くんだい?」
「うーん、いま入力してる……。ええっと、二時間ってところみたい」
けっこうかかるな。ジューは振り返り、
「ちょうどいいし、なにか観ようか?」
「なにか?」
そしてなにやらジューがジェスチャーをすると、壁の様子が変わったっ……! いろんな写真……? みたいなものが並んでいる……。
「これは……?」
聞くにどうにも映画というものらしい。ようは大掛かりな演劇といったところのようだが、観てみないことにはわからないな。
俺たちは肩を寄せ合って画面を見つめる……。
「なに観たい?」
ジューが操作をするたびに画面がころころ変わり、作品の種類も変化していく。なにがいいっていっても、初めてのものばかりでよくわからないな……。
「あ、これ、スゥーが好きなのよねー」
……うん? スパイのアンナ・ニールセン……。どこかで聞いた名だな……って、スゥーが演じていたやつか……!
タイトルは『スパイ・アクトレス』というみたいだ。
「ちょっとマイナーだけど、俳優がよくて面白いのよ」
「ああ、ちょっと、これを観せてくれ……」
「そう? じゃあこれにしよっか!」
ジューが腕を組んでくる……。ちょっとそういうのはドキドキする上に、妙な罪悪感を覚えるのでやめてくれませんか……?
そして映画が始まる……。俳優のものらしい名前が浮き上がっては消え、そのうち『スパイ・アクトレス』という題名が出てくる。
内容は秘密組織にスパイとして育てられた少女が過酷な任務を通してチームの仲間と友情や愛情を育んでいくが、同僚のトーマスが実は敵対組織の一員で……みたいな感じ、なのかな?
文化というか時代が違う雰囲気なのですべては理解できないが、根っこはたぶんそういうことなんだろう。
……みんな黙って画面を見つめている。フェリクスなんかはもう、役者魂が燃えているって感じで、集中力が切れない様子だな。
というか、あいつのこんな真剣な表情、めったにお目にかかれないかもしれないな……。獣とやりあってる時より真面目なんじゃないか……?
「このシーン、いいの」
ジューが囁くようにいうので、ドキリとしてしまった……。画面には、アンナと同僚のジュリアが並んでコーヒーを飲むシーン……。
『アンナ、やるのよ』
アンナはコーヒーを見つめ『ええ、わかってる』
『裏切り者の末路は悲惨なものよ。彼のことを想うのなら、あなたがやるべきでしょう……』
『ジュリア、あなたは?』
ジュリアは答えない。彼女らはとある実験によって人を愛する感情が希薄になっているようで、自分の心情も把握できていないらしい。だが、彼女もまた、トーマスを愛しているように思える……。
アンナはコーヒーをひと口、飲む。ジュリアの視線は、テーブルの上の銃に向けられる……。
『私は、あなたを殺すわ』
アンナはわずかに微笑む……。
『それはもちろん、愛ゆえにでしょう?』
ジュリアは銃を凝視している……。
『そう思う?』
『ええ』
『そうなのかしらね』
『自覚がないの?』
『正直、よくわからないわ』
『そうよ』
『そうかしらね』
『少なくとも、特別視はしているわよ』
『そうね……そうだわ』
『ええ、わかったところで死んだらいいわ』
そしてアンナが拳銃を取り出し、撃った……!
しっ……しかし!
こ、これは……!
これはっ、まさか、あのときのっ……?
しかし、なぜ? どういうことなんだ……?
映画は続く、トーマスが部屋にやってきた、アンナが呼び寄せたのだ、裏切り者を始末するために……。
『……合言葉は?』
これも、あのときの……。
トーマスは答えない……。
『あなたね、トーマス……決着をつけましょう!』
そして銃撃戦が始まり、最後に立っていたのはアンナ……。
トーマスは胸を撃たれ、血を吐いている……。
『君は、俺と、来てくれると、思っていた……』
トーマスは息絶え絶えにいった。
『そう、思っていた……』
アンナの瞳から涙がこぼれ落ちる……。
しかし、次の瞬間、ぞっとするほどに無表情になった。
『私は女優よ。カット……』
そしてトーマスに銃口を向け、唐突に映画は終わる……。
感嘆とした声が上がるが、俺の心境は当惑に揺れている……。
どういうことだ、二人には繋がりがあったのか? あの銃撃は演技だった? だから魔女はたやすく銃弾を受けることができた……?
「ね、面白かったでしょ!」ジューだ「最後、主人公のアンナが不気味なのよねー」
「あ、ああ……」
これは、相談した方がいいな……。
あのときのことをジューに話すと、彼女は目を細める……。
「そう、なの……」
「……なにか知らないのかい? ……いや、そもそもスゥーは何者なんだ? 女優ってことは知っているが、逆にいえばなぜ女優が戦いの場にいる?」
ジューはうなり、
「あれは端的にいって多重スパイだと思う」
スパイ、やはりか……。
「でも、多重である根拠は希薄なの。私がそう思ってるだけ。でもたぶん、そう的外れではないと思うよ。子供の頃の話だけど、あれはやっぱりおかしなことだったし……」
「それは……?」
「遊びでマインドスキャンしたの。ようは嘘発見器よ。でもあれには通じなかった。明らかな嘘なのに、嘘と出なかった。理論的にありえないはずなのに……」
ジューは俺を見つめる……。
「あのときは故障と思ったの。でも、大人になって、スーパーコンサルタントの一員になったとき思ったわ。ああ、スパイ活動に参加してるんだろうって……」
「……どういうことだい? スゥーの嘘を見破る手段がない?」
「ええ、ギマの諜報機関に在籍していると思うんだけど、実情は誰にもわからないと思うよ。ギマの味方とも限らない」
「ギマの味方とも……って……」
「あれは女優だから番組にもよく出るんだけど、そこで特殊な暗号を発信していると思うの。でもパターンが掴み切れない。グゥーはまた頭がおかしいとかって笑うんだろうけど……」
……しかし、この時期に戦艦墓場にいたんだ、魔女と無関係とはとても思えない……。
……と、レキサルに肩を叩かれる。
「そろそろのようだ」
眼下を見ると森が丸く開かれ、そこには大きな湖が……。そしてそこから伸びるたくさんの四角柱は灰色の建築群、その合間をうっすらと霧がかかっている……。
かなり広いな、ちょっとした町くらいはある……。
しかし、なんだここは……? 町としては機能していないように窺えるが……。
「沈黙都市、ロア……」ジューだ「検索したら、古い民の居住区ってあるけど……」
「皇帝たちはなぜこんなところに……?」
「それに、アイテールの濃度が高いみたい……」
ギャロップは建造物のひとつ、その屋上に降り立った。そして降車すると……ひんやりとした空気が肌を包む。たしかにけっこう寒いな、この霧のせいか……?
建造物はいたってシンプルで、簡素だ。広場には塔屋らしき小さな建物があるだけですっからかん、崩れている箇所もない。そして気配だが……うっすらとあるな、なにかが各所にいるようだ。
「なるほど、静かだ」レキサルは呟く「いいところだね」
「ああ、そう、だな……」
俺たちは端の方に向かい、ロアを一望する。大小数あれど、どれもが似た様子の建造物だ。廃墟のようだが、目立って崩れているものは少ない。
下は湖に浸っているようだ。浸水しているのか、当初からこういう設計なのか、ともかく清涼そうな水面が窺える……。
……なんというか、アージェルが好きそうな場所だな。
「じゃ……行こうか?」
心なしか、ジューの声音が神妙だ。フェリクスやヴォールも大人しい……。
塔屋のドアには鍵がかかっていなかった。そして入ると目の前に昇降機らしきもの、だが動いてはいないようだ。階段もあるのでこちらを利用しよう。
「さあて、どうやって探すか……。ある程度まで近づけば俺も気配を辿れるんだが……」
「一応、各種センサーはもってきたから、一周するまでには見つけられると思う」
「一周にどのくらいかかる?」
「うーん、数日はかかるかな……」
俺たちは静かに階下を目指す。なにかいたなら気配でわかるだろうが、一応、階段室より各フロアを覗いてまわる。そこから窺える光景はどこも通路、ドアの開いている部屋や閉まっている部屋、各部屋には簡単な家具や、なんらかの機械が残されている。
やはり廃墟なんだろうが、妙に清潔感があるな。しかし生活臭はない。
そうして降りていくと……気配に近づいているな? これは……人間か? 一人のようだが……。
何者かがいることをジェスチャーで伝え、レキサルとともに接近を試みることにする。通過点にいるわけではないし、いちいち確認をする必要もないのかもしれないが……やはり不安だからな。
廊下を進み、開いているドアの側へ……。そして覗き込むと、そこにいたのは冒険者風の……しかもパムっぽい? 大きなバックパックを置いて、ベッドに腰かけ、本を開いている……。
人とはいえ猫に近い上に大きなフードを被っているので、性別や年齢がいまいちわからないな。
「……なにか用かい」
おっと、バレていたか! しかし、敵意や戦意はまるでないようだな……。声音からして男らしい。
「……ああ、忍び寄って悪かった、危害を加えるつもりはない」俺は彼の前に出る「俺はただの冒険者だ。人探しをしていてな、赤い服の者たちを見なかったかい?」
男は顔を上げる。黒い体毛で覆われた、猫のような顔……。満月のような瞳が、俺を見据える……。
「……知らないな。でも、最近、人の気配が増えたかな、とは思っていたよ」
「……あんたは?」
「何者でもない」
「……世捨て人か」
「あんたは違うのか」
俺は……答えに窮する。故郷を捨てたという意味では、俺も……。
男はふと俯いた。
「おれたちはどこで間違ったのだろう。おれたちは……」
間違った……?
……いや、俺は……間違ってなど、いない。
いないさ、こうなる運命だった、この地は俺の……。
「……俺は、あんたとは違う」
「そうか」男はまた、俺を見やる「おれたちは人界の影だ。しかし、おれたちはいま、こうして生きている。ならば、どこかへゆかなければならない……」
「そうしてここへ?」
「ここは入口に過ぎない。次の曲がり角が楽園に続いているかもしれない。そんな夢想をずっと繰り返して、いまを生きている」
この男は……。
「寂しくないのか」
「それがおれたちなんだ。おれたちはずっと寂しいことを認めている。しかし、それは隠さねばならないものらしい」
ふと……男は立ち上がった。
「なぜか、それは隠さねばならないものらしい」
そしてバックパックを背負い、部屋から出ていく……。
「それで、あんたも隠れるのか?」
ふと、男は立ち止まった。
「……おれは楽園を探しているだけだ。次の曲がり角がそこへ続いていないと、誰がいえる?」
そうして男は廊下の先、曲がり角へと消えていった。
なんだろう、なにか……。
黒猫の男……。
「……いこう」
レキサルは静かにそういった。
俺たちは踵を返す……。