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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
93/149

救いの代償

 寝起きの感覚、時計を見やると……深夜の二時過ぎか……。あの後さっさと食って寝たからな、変な時間に目を覚ましてしまった。

 また寝よう……と思ったが、いろいろと状況が気になるのでベッドから出ることにする。救命の功績からタダで部屋に泊まらせてくれたのは嬉しいが、暗に見回りの役割を担わされているとも思えるんだよな。

 よし、ちょっといってくるか。一時は助かったように思えても、後で静かに冷たくなっている場合もある、気をつけるにこしたことはない。

 そして部屋を出て廊下を見渡す。ランプの明かりが点々とし、さして暗くはない。宿の上階は今回が初めてだが、なかなか豪華なつくりだ。床には絨毯が敷き詰められ、壁は蝶々のような文様の壁紙が貼られている。

 ほとんどの部屋のドアが開けっぱなしになっており、それらは病室として使用されている。一部屋にいくつものベッドを運び、患者はそこに詰め込まれているようだ。あまり別々にしてしまうと回診の手間がかかってしまうからだろう。

 俺はひとつひとつ部屋を覗き込む。熱や痛みで眠れない者も多いみたいだ。痛み止めや解熱剤などが足りていないんだろうか……と、近づいてくる気配があるな。

「熱や痛みは必要だから発生しているのよ」

 見るとユニグルだ。

「それに、わかりやすいでしょう? 苦しんでいる間は死んでいないんだから」

 ま、まあ、そういう考え方もあるか……?

「そう……かもな」

「なに、暇なの? じゃあ、見回りしてきてよ」

「ああ……そのつもりでいる」

「そう? なら私はちょっと休むかな」

 そうしてユニグルは去っていこうとする……。

「……ユニグル?」

 気になることがあり、呼び止める。彼女は振り返り、

「なによ、説教とかするつもりじゃないでしょうね?」

「いや……えっと、少し不思議に思ってな」

「なにがよ?」

 なにがって……そう、

「……エリの治癒魔術はすごいんだ。どんな深傷でもたやすく治してしまう。しかし……昨日の彼、最初に診た男がいたろう? 彼の場合はほとんど無理らしかったんだ、助かる確率は低いと。でもお前の医療では助かった。その違いはなんなのか……と思ってな」

 なにが嬉しいのか、ユニグルは意地悪な猫のようにニンマリと笑んだ。

「しょせんは活性だからでしょ。細胞分裂を極端に活性化させることで急速に傷を塞いでるだけなんだもの、失血が多かったり栄養状態が悪かったりして体力が極端に低い場合には活性の勢いも弱まるのよ。そんな状態でなんとか傷を塞いだとしても、体力が枯渇して飢餓状態になっちゃ、けっきょく死んじゃうってわけ」

「な、なるほど……」

「いい? 一箇所の傷は同時に全身の問題でもあるのよ。だから、その傷を迅速に塞ぐってことは、全身に負荷をかけているのと同じなの!」

 たしかに、その通りなんだろう。ひどい筋肉痛になったときなんかそうだ。酷使した部分が痛むだけでなく、なんだか全身が気怠くなるもんな。

「万能な治癒魔術なんてものは存在しないわ。どころか、重大な問題を抱えてるのよ!」

「重大だと……?」

 ユニグルは含み笑い、

「どーしよっかな……?」

「……なにがだよ?」

「うーん、特大の秘密を教えてあげちゃおうかなぁ……?」

 秘密……。

「そ、それは……?」

「まあ、あんたとはなにかと縁があるからね、特別よ!」

 ユニグルは急接近してくる!

「アスタード・マレラの伝承……知らないわよね」

 知らないな。まったくの初耳だ。

「ああ、なんだそれは?」

「治癒魔術がとても得意だったその男は、同時に強力な剣士だったの。やられても即座に回復できるんだからそれは強いわよね」

 治癒魔術が得意な剣士か……。

「うん、それはそうだろうな」

「あるとき、彼は奇妙な事実に気づいたの。なんだか妙に多く傷を負ってしまう箇所があるってね。それは右肩だったわ。当初はそこに隙が多く生まれている、つまりは未熟な証拠だと思っていたらしいの。でも、そんなことってある? 戦う相手や状況は様々なのに、同じところばかり傷を負うなんて」

「たしかに、奇妙だな」

「そして彼は悟ったのよ、治療魔術には大きな落とし穴があるんじゃないかって。どういうわけか、治した回数や傷の大きさによって、そこが繰り返し傷ついているんじゃないか? そう思ったのね」

 ……なんだって?

「そんな……」

「馬鹿な話はあるわよ。魔術はアイテール構造体の作用なのよ? そしてその構造体の全貌は誰も知らない」

 ユニグルはさらに、ずいと顔を寄せてくる……。

「あの女の治癒はなるべく受けない方がいいと思うわよん。私の方がずっと自然で合理に適っていると断じておくわ!」

「……お前の、あのえげつない治療が……?」

「ふん! 傷や痛みをあっさり消し去ってしまう魔術なんて不気味極まりないわよ! あんたはもっと危機感を抱くべきね!」

 不気味……ね。

 しかし俺はグゥーよりあの傷を受けて……エリがいなかったら……。

 いや、いたからこそやったんだっけか? 骨を傷つけて、骨は魔術と深い関係にあって、迅速な治療が必要で、それには治癒魔術が適して……いて?

 ……なんだ? なにかそう、繋がっているような……?

「……しかし、俺は何度かエリに大怪我を治療してもらったが、再び同じ箇所をやられたことなんてないぞ」

「私の拷問でだいぶ帳消しになったんじゃない?」

 なにぃ……?

「拷問にはそういう効果があるのよ! 伝承でも、苦痛に堪えることにより右肩の不幸が薄まっていくってあったもの!」

 な、なんだそりゃあ……?

「それに治癒が大好きなあの女が、あの鳥を使役するなんてまったく不思議じゃないわよね! みんなペテンに騙されてるんだわ!」

 なんだとぉ……?

「あれがペテンだと? 馬鹿いうな……!」

「あ、信じてないわね? しょうがない……」

 突如、ユニグルは誰かと話を始める……。俺と似たような通信機を持っているんだろう。

「あ、お晩でしたー、いまよろしいでしょうか? 例の、レックマンの件なんです」

 レックマン? それは俺のことかっ……?

「そろそろ治癒魔術の話をした方がいいかなって、そういう流れなんですいま……」ユニグルは俺を見やる「……ええ、そうですか? じゃあ、お待ちしてますー!」

 なんだ? 誰と話をしているんだ……?

「カーディ……じゃなかったスカーレットさまが裏経典奥義をあんたに見舞ってあげるって! そうしたらわかるわよ、あんたが大怪我したところ、絶対に痛くなるから!」

 なにぃいいい……?

「あの方、スカーレットさまになってから一層、気さくになったわよね」

「蒐集者か! なんでお前、勝手にこの……!」

 ゲンコツしてやろうと拳を振り上げるが、ユニグルは慌てて後退する!

「だ、だって知りたいでしょ? ついでだから、ご到着までいろいろ教えてあげるわよ! だからゲンコツはなしね!」

 しかし、こいつに敵意はない、感じないんだよな……。

 仕方なく、拳を降ろす……。

「……お前と奴の関係は?」

「まあ、師弟関係、みたいな? 皇帝派に加わった後に暗黒城を任されたのもあの方のツテでね。まあ、その結果があのザマだけどさ!」

「もともとはブラッドワーカーのスパイなんだろう?」

「そうともいえるけど正確ではないわね。私の目的はあくまで拷問を通じていいひとを見つけることだもん。スパイというなら元老院、ブラッドワーカー、皇帝派と全部でスパイしてたわよ。というか本来どこの所属なのか知らないわよ。そういうのはお兄さまに任せてたし」

 ええ……?

「そんないい加減な立場でヤバい組織間をふらふらするなんて、粛清に遭ったのも偶然じゃないな」

「まあ、弱小組織ほど怖いってのはあるかもね」ユニグルは腕を組む「元老院やブラッドワーカーはわかってて泳がせてた面もあると思うんだけど、皇帝派にはそんな余裕はなかったみたい」

 まあ、皇帝派と聞けばすごそうに思えるが、組織としては決して大きくなさそうだからな、あそこは……。

 とはいえ、元老院が狂っているという話が本当ならどのみち同じ結果になっていたかもしれん……。

「……暗黒城を占拠していた理由は?」

「所有権を奪取するためのプロテクト解析と並行して、クルセリアの捕獲もしくは交渉を目的にしてたわ。あとは好きにしていいって話だったわね」

「……それであの惨状か」

「部下どもが殺しを重ねて化物の王国になったわよ。まったく、バカばっかりでうんざりしたわ。でも勝手に粛清はできなかったのよね、元老院やブラッドワーカーの人員だし。私はもっと猟奇と美麗が共存を目指したお城をつくりたかったのに……」

 うーん、やはり性根はまったく変わっていないようだな……。

「それで所有権の奪取は成功しなかったと」

「そうよ、ついでに落とされてさ! まあべつにいいけど!」

「……で、今後は医者として生きるって?」

「そうね! まあ、あんたとはいろいろあったけど、よくよく考えるとお兄さまの件はあんたのせいじゃない気がしてきたしね。まあ、あんたのいう通りにしてみたら楽しそうだとは思ってるわよ」

 逆になんでこれまで俺のせいだと思ってたんだよ。やったのは明らかにサラマンダーだろう。

「あら、もう到着したみたい!」

 そしてやってくる気配はやはり蒐集者……。格好も以前の赤ずきんに戻っている。

 しかし違うんだよな、やはり。あいつと同じ顔をしていても、いまじゃまったくの別人にしか見えない。お前は夜の闇だが、あいつは底なし沼なんだ……。

「こんな夜中にご苦労なこった」

「そうでしょう?」蒐集者は小首をかしげる「さあ、さっそくやりましょうか」

「いや、だからなにをしようって……」

 そのとき、蒐集者はあの妙な構えをする!

「なにっ? おい、なにを……!」

 なんだ、胸が、腕が焼けるように痛いっ……! 他にも体の各所が痛むっ……!

「うおおおおおっ?」

 ばっ、馬鹿な、これはまさか……!

 しかし、痛みはすぐに治まる……。這いつくばっているところにユニグルの顔!

「……どう? ちゃんと痛くなったでしょ!」

 マジかよ、嘘だろ……? たしかに胸と……そして両断された腕が大きく痛んだ、具体的な場所を教えたことはないのに……。

 ……いや、こいつのことだ、どうにかして知った可能性はある……。

「私の拷問……じゃなかった、治療を受け続ければ、この魔術の威力も下がるかもね!」

「あら慧眼」蒐集者は笑む「あなたはお馬鹿さんなところもあるけど、本当はとても賢いものね」

「やっぱり!」ユニグルは飛び跳ねる「じゃあ、電撃の拷問は全身治療でもあったんですね!」

「そうともいえるかもしれないわね」

 いやいや、なんだそりゃあ……?

「おい待て、じゃあ、裏経典の奴らはそんな理由で人を苦しめているのか……?」

 ユニグルは頷き、

「なかにはそういうひともいるんじゃない?」

「一応、聞いておくが……お前は違うんだよな?」

「嫌々ながらやってる方がおかしいわよ。あの黒い聖女とかそうだったみたいだけど」

 ホーさんが……? 悪の研究でか……。

「これでよーくわかったでしょ!」そしてユニグルは踵を返す「もう一度よく考えることね、あんたにとってなにが幸せかをさ!」

「お前の奴隷にはならんよ」

「奴隷なんかもういらないわよ。私には患者たちがいるんだから。でも、あんたの病室はいつでもとっといてあげるわ!」

 そして病室を覗きながら去っていく……。

 いや、専用の病室なんかいらないんだけれど……。

 それはともかく、嫌な話だったな……。治癒魔術にそんな落とし穴が……? いやいや、根拠はよくわからん伝承だろう? あの痛みを与える魔術の方がペテンかもしれない。

 それにしても、あいつの気配……なんだか以前と違うような? そうだ、嫌な感じがなくなった気がする……。昨日現れた時もユニグルのものだと気づかなかったしな。心境の変化で気配までキレイになったのか?

 しかし、あいつの加虐趣味はさして変わっていないはず……。やはり、あいつの気配そのものが変わったとは思いがたい……。

 ……それに思えば妙だぞ、なぜ気配に良し悪しを感じるんだろう? 主観的に俺が嫌っているからか? しかし、初対面でもどす黒い気配の輩はいた、例えば栄光の騎士、コマンドメンツの頭領……。

 ……これが主観的な問題だとするなら納得はいく。あいつへの嫌悪感は昨日である程度、氷解しているという自覚はあるからな。エオの仇ではあるし、反省などはまるでしていないので親しく接するにはまだ抵抗があるが……。

「なあ」

 蒐集者はまた、小首をかしげる。

「気配に良し悪しがあるのはなぜなんだ……?」

「ひとつはあなたの感情よ。気に入らない輩の声が煩わしく感じるのと同じ」

「もうひとつは?」

「アイテールを通じてその者の情報を得ているからよ」

「得ている? しかし……」

「自覚はない」

「ああ……」

「おそらく前世の経験をもとに危険度ないし敵性の有無が導き出されているのでしょう」

「前世の……いや、それはおかしいだろう? 骨がないと……」

「骨は情報の門に過ぎないわ。情報そのものはアイテール構造体に保存されている」

「なに? じゃあ、骨がなくても……」

「ありえない話ではないわ。もっといえば前世のものではない情報をも得ることがある。もちろん稀なことだけど」

 そんなことが……。

 いや、アイテールは万物に浸透している……。ないなんて断言はできない……。

「それで、奴らは前世の俺の敵だったって……?」

「特にラ・カムドには強い敵性を感じたのではないかしら」

「……誰だそれは」

「ゼロ・コマンドメンツの頭領よ」

 あの老人か……!

「私は彼と共闘してシュッダーレアを倒したの」

 なっ……!

 なにぃ……!

「彼は恐ろしい男だったわ。もちろん、彼の力を手に入れた彼女もそう。わたしがあなたに厚遇する理由もこれでよくわかったでしょう? あなたでしかないあなたの方がわたしにとっていいと思い直したのよ。それにあなたも前世には興味がないでしょうし」

「ああ……俺は俺だけで充分だ」

「当初こそ、あなたへの嫌悪感で抹殺しようと思ったけど、いまではずいぶんと薄らいだわ。あなたもそうなんじゃない? これは新しい関係の始まりだと思うわ」

 俺も……?

「馬鹿ぬかせ……! 俺は……お前のしたことが気に入らん!」

「それで殺して、いつか出会うであろう、転生したわたしをどうするの? あなたの性格上、問答無用で殺したりはしないわよね。だったら自分に染めたくなるのは必然ではないかしら? いまのわたしのように」

「それでその顔を選んだことはとんだ間違いだぜ……!」

「そうかしら? いくら嫌悪しているとはいえ男と女、堕ちたら地獄の底までずっと一緒よ……」

 女は、恐ろしい笑みを浮かべる……。

 なっ……なんだと、馬鹿な、薄気味悪いこといいやがって……!

「だから忠告、なるべくカムドと接触しないようにね。まだ気づいてないはずだけど、彼に狙われたら、いまのあなたじゃまず助からないわ。はっきりいって最恐の男だから」

 ラ・カムド、か……。

「何者なんだ?」

「高純度転生者でもっとも数多く転生している男……。使用する魔術は凶悪なものばかり。それ以外は謎ね」

「共闘したんだろう?」

「利害の一致よ。仲間ではないわ」蒐集者は踵を返す「カムドはガジュ・オーとも因縁があるわ。彼に倒してもらうのが最良でしょうね。もっとも、最強と噂される彼でも、勝てるかどうかはわからないけど……」

 そうして蒐集者は廊下の闇へと消えていった……。


                ◇


 翌日、陽の光が惨劇の館を照らす。各所に飛び散った血は拭い去られたはずだが、ラウンジはどこか、不吉の色を残している。

 グリンやその弟子の容体は安定しつつあった。無理をしなければそのうち回復するだろう。しかし、当然だが工房の運営などはできない。そしてそれは他の店も変わらず、開いているのは食堂やごく一部の商店だけだ。宿の職員も激減した上に怪我人の看病もある。どこも人手は足りていない。

 ……そして、死者のなかには、あの武器屋の男の姿もあった。知人ですらない間柄だが……平静ではいられない……!

 あのクソ野郎……! 必ず、償いはさせてやるからな……!

「レクさん?」

 エリだ……。治療で体を酷使したからだろう、疲れはまだあるみたいだ。

「……昨夜は休めたかい?」

「ええ……」

 ユニグルの言葉が引っかかる。エリに話してもいいが……嘘でなくとも勘違いかもしれないからな、余計なことはしたくない……。

「さて……ひとまずは沈静化したが、俺たちはどうしようか?」

「もう幾日か、様子をみたいとは思っていますが……」

「……そう、だな」

「いらないわよ、あんたなんか!」

 おっとユニグルだ、びしっとエリを指差す!

「あとは私がやっとくわ!」

「で、ですが……」

「なによ、残りたいの? じゃあ、私がこっちに入るから、あんたはずっとここにいなさいよ!」

 なにいってんだこいつは……って、ああっ!

 エ、エリがっ! ちょっとムッとした顔をしているっ!

 こ、これはこれで可愛らしい……じゃない、こんな顔を見せるのは初めてだぜっ……!

「……っていうか、そのロッド私のじゃない! 返しなさいよ!」

「……これは拾ったものです」

 エリはプイとそっぽを向く……。

 拾ったものって……それ、返す予定じゃなかったか?

「はああ? いやそれあのときに拾ったんでしょ! 私のよ!」

「知りません。私が拾ったんです」

 うおお、あのエリがなんか意固地になっている……。

「なんなの、なんなのよあんたっ! 返しなさいよっ……!」

 ユニグルが手を伸ばすと鳥たちに阻まれ、そのまま奥へ連れ去られる……!

「ちょっと、ちょっとあんた! ちょっとおおおおおおおぉ……!」

 そしてユニグルは廊下の奥へと消えていった……。

 ええっと……。

「……どうにもお任せしてよろしいそうですし、行きましょうか」

「えっ……う、うん……」

 ……と、そこに通信が、グゥーだ。

『よう俺だ』

「ああ、今日にもそちらに向かうことになるかもしれない」

『そうか! しかしヤバいぜ、各地でオンリーコインの強奪が始まってるんだ!』

「やはりか!」

『狙われているのは案の定、コレクターや質屋だな』

「しっかし、あんな馬鹿な提案に乗る奴らってな、いるもんだな! あの魔女が所有している明確な証拠はないし、本当に交換に応じるかなんてわからんだろうに……」

『そこなんだ』グゥーの声音が神妙になる『即物的なアウトローはともかく、どうにも専門家も動いてるらしい』

「……専門家って?」

『盗みや殺しのさ』

「ああ……」

『そしてそいつらに依頼しているのはザヘル・ダッガという男らしい』

 ……ダッガ? 聞いた名だな、たしかルクセブラの弟子……。

『そいつが巨額をはたいてプロを雇ったもんだから話の信憑性が跳ね上がった。いろんな勢力が動くぞ』

 いろんな勢力ってなあ……。

「具体的には?」

『まず特高……特別高等警察が動く。犯罪者確保のためだ』

 ああ……ニューがいっていたやつか。

『そいつらが動けばマグラスも動く。マグラスとは特高と同じく捜査組織なんだが、各種族の有志が合同で動く点で異なってるんだ』

「それらは敵対関係にあるのか?」

『いいや、現状はライバルといった方が適切だな』

「ならいいじゃん」

『よくはない。特高はギマの法で動くが、マグラスは各種族の法を融合した特殊な法……というには認知されてないが、ともかく独特の行動規範で動くので、なにかと摩擦があるんだ。ほら、カタヴァンクラーっていただろ? あいつはマグラスの元局員らしいってんだから驚きだぜ』

「へえ……え?」

『以前はワルの元締めだったそうで、その経験を買われたんだろうとの話だ。つまりあの屋敷の出資者はマグラスくさいんだよな。地下に監獄があったろ?』

「ああ……そういえば」

『監獄が監獄たり得るのは、相応に権威の後ろ盾があるからだ。そうじゃなきゃ、逆に奴の要塞が悪の巣ということになっちまう』

 なるほど……たしかに。

『ということは奴の取り巻きもマグラス関係だと思われる。つまり俺たちを集めたのはマグラスの意思ってことになる』

 ……なに?

「待てよ、カタヴァンクラーは悪党を集めて取っ捕まえる算段だったって?」

『対象者がいればな』

「でもそれは、マグラス独自の行動規範なんだろ?」

『渡し船なのさ。マグラスが捕らえた悪党が他種族においても同様に悪党なら、マグラスの規範を他種族も認めないとならない空気になるだろ? そういう駆け引きだ。事実、奴らは各種族の危険人物を捕らえて先方に引き渡している。それで権威の煉瓦を積み重ねて、城を建てようとしてんだろう。そしてそれはいまのところ順調だ。俺たちが向かうことになったのもそのせいさ、特高はマグラスにいい格好をさせたくないんだ』

「じゃあ、なんで俺たちがあそこに集められた? 関係ないじゃん」

『俺もそう思うが、お前らを呼び寄せろという声があったのは事実なんだ。カタヴァンクラーにとっても厄介な存在だったろう、どうしてただの冒険者があの日、あそこにやってくると思う? 調べるのも手間だぜ』

「待てよ、声ってどこからのだ?」

『それはいえん』

「意味がわからん、俺たちは目くらましかなにかか?」

『俺にも理由はわからん。だから警告したのさ、追うのはやめろ、追うなら参加しろってな』

「……参加せずに追ったら殺されるって話は嘘か?」

『それは真偽の問題というより、俺個人からの忠告だ』

「そう、か……」

『……俺にも事情はある。だが、お前らを嵌めようとはしてないつもりだぜ』

「そこまでは案じていない」

『それもどうかな』

 ……なにがいいたい? まあ、いまはやめよう……。

「……話を戻すが、ブラッドワーカーがやってきたのは、カタヴァンクラーにとって好都合だったろうな?」

『そうだな、まさに望んだ悪党だ』

「……含みがあるな?」

『あるさ。カタヴァンクラーは元老院と対立している。おそらく裏社会の支配権でモメたんだろう。そして外界でお尋ね者になり、ボーダーランドに逃げてきた。もし、マグラスの捕らえた悪党が元老院の手先だったらどうだ? 構図としてはこの地をひとつの法で治める、つまりこの地の中核となるかもしれない権威と元老院との対立構図になる。それを奴が面白がらないわけがない』

「だからカタヴァンクラーはジェライールを拘束し続けていたし、聖騎士団と対立していたのか……」

『しかし奴は吐かなかった。五体満足だったのは、カタヴァンクラーの好きにはできなかった証拠だ。マグラスは拷問を望まないからな』

 なるほど……?

 しかし、カタヴァンクラーといえばアテマタと関係があるって話があったな……?

「カタヴァンクラーとアテマタは懇意のようだ。ということは、マグラスとアテマタにも関係がある?」

『だろうな。奴らはある種の選民思想をもっているんだろう? ここを共通の法で統治すれば……万能者だっけか、そいつらに難癖をつけて排除しやすくなる』

「可能か? そんなこと」

『可能というより、法の種類が多いほど困難になるという話だな』

 そういうもんか……? ともかく、変に話が繋がってきたみたいだな……。

『まあ、そんな感じでいろんな勢力が動いてるんだ。いちいち説明してたらキリがないしな、なにかあったら俺に聞けよ、その都度、説明してやる』

「あ、ああ……」

『でだ、特高の方から助力の要請がきてるんだ。マグラスからもきてるが、思想的にこっちは好きじゃない。お前もそういってたよな?』

 ああ……なんか、そんな話あったような……?

『ということで、特高の方を手伝う。お前たちも手を貸してくれ』

「いや、いまそれどころじゃ……」

『自力で魔女を見つけるのか? だとしても、コインがないと戦ってくれないんじゃないのか?』

 たしかに……ワルドが望むのは一対一の戦いだろうし……逃げられてはいつまでたってもそれは叶わない……。

『決闘は百枚だっけ? そのくらいなら入手できると思うぞ』

「マジかよ?」

『ああ、だから闇雲に動くより特高を手伝った方が早いと思うぜ』

 そうか……そうかもしれないな。

 気づくと、みんながラウンジに集まっている。

「少し待て、相談する」

『ああ、早くしろよ』

 さて、みんなはどうだ、グゥーの提案を受け入れるかな。

「なるほど」ワルドはうなる「たしかにその方が早いやもしれんな」

 アリャは頷き「キット、ハヤイ!」

「じゃあ、手伝うかい?」

 二人は頷く。

「他の意見はないかい?」

「急がば回れってことわざあるしね」ロッキーは新しい銃を構える「いいんじゃない? この銃のぶん、活躍するよ!」

「なにぶん、手がかりが少ない」レキサルだ「人助けにもなるなら最良の選択だと思うよ」

「はい、急ぎましょう!」

 な、なんかエリが妙に意気込んでいるな?

「わかった、そうしようか。よしグゥー、やるぜ!」

『そうか! じゃあ、さっさと戻ってこいよ、早くしないと朝飯になっちまう!』

「え、なにそれ?」

 グゥーの声が低くなる……。

『あの女と姉貴のタッグが俺たちの味覚を破壊しようとしてくるんだ……!』

「え、マジかよ、黒エリとジューか? 飯もまともにつくれないのかよ?」

『昨夜の飯は不味かった……し、ちょっと口を滑らせてな、朝食は悪意も含んでさらにヤバいことになりそうなんだ……!』

「どちらも気位が高いんだから無闇に怒らせるなよ……」

『だってさあ! 料理もまともにできない女っておかしくねぇか?』

「ま、まあ……。性別に関わらず料理はできた方が……」

『あーあ! お前もそうやってなあなあにしちまうタイプかよ! ハッキリしようぜ! 料理もできねー女なんて……』

 そこでふと静かになる……。

『まあ、人それぞれだよねー……』

 なんか日和った! さっきまでの威勢はどうしたんだ? まあ、おおよそ察しはつくが……。

 さらばだグゥー! いい奴だったよ……!

「ど、どうしたのですか? 敬礼などして……」

 怪訝そうなエリをよそに通話を切ると、今度はユニグルの怒声が聞こえてくる、なんか走ってくる感じっ……?

「ちょっと、どこまで連れていくのよ、あんたっ!」

 するとまたエリから鳥が!

「では、ここのみなさまをお願いしますね」

 そしてやはりユニグルが鳥にさらわれる……!

「ちょっと、やめなさいよぉおおおおおおおおっ……!」

 ……いったいどこに連れていかれているんだろう……?

「それでは、いきましょうか」

 エリは微笑むが、う、うーん……!

 思ったんだけれど、俺の周囲って怖い女ばっかりじゃないか……? ……いや、エリは例外だけれどさ! ユニグルもアレだったし、ムッとするのはよくわかる……!

 ちょっと、それとなくレキサルに尋ねてみようかな……。この聡明に思い耽る男は女性において、どんな意見を抱いているのだろう……?

「この地で生き残っているんだ、力強い女性ばかりなのは当然さ」

 そ、それはそうかな……? メオトラとかその極致だしな……。

 それに俺も可憐なばかりの女性がいい……とは思わんしな。

 でもなんか……問題の焦点はそこじゃない気もしてくるな。嫌なのはむしろ、女同士の対立か……。たぶん、育った環境に起因する嫌悪感なんだろうが……。

 うーん……なんか仲良し姉妹と話したくなってきた……。

 そしてニューに通話……。

『はい、問題ですか?』

「そうなんだ、ニュー、君は料理が得意かい……?」

『は、はい……? ええ、ひととおり、できますが……』

「そうか、さすがだ……! テーの方はどうだい……?」

『ええ……どれもおいしいですが……』

「そうか……! 今度、食べさせてくれ!」

『はっ……はい……!』

「それで、仲良くしてる?」

『はい、普段通りです……』

「そうか、それは素晴らしい!」

『は、はい……』

「じゃあまた!」

『えっ? あっ……』

『誰だ?』

 うおっ? 声音が変わった……んじゃなく、別人か!

『誰だ、貴様は』

 これは、この声は……!

「あんた……デュラ・ムゥー?」

『そうだ。貴様、その声は……あの男か』

「ああ、たぶん、その男だ……」

『貴様……あの子らと懇意らしいな?』

「ああ、かわいい妹たちだ」

『私の妹たちだっ!』

 うっお……? なんか怒声が飛んできた……!

『貴様、調子づくなよ……!』

 なんでおい、そんなに怒っているの……?

 いや、純粋に気に入らんのか、娘を嫁にやる父親……じゃないけれど、それに通じるような感情っぽいあれそれみたいな……。

 ……だが、ここで引き下がるのはなんか悔しい! ここは余裕っぽく演じて対処してやるぜ……!

「おいおい、そうくってかかるなよ。あんたは彼女らの姉貴、俺は兄貴、それでいいだろ?」

『貴様と身内になった覚えはない!』

 まあそうだよな……俺だってねぇし!

「……重要なのは彼女らの気持ちだろう? 俺たちが喧嘩して喜ぶと思うか?」

『ぬうう……!』

 おおっと、効いたか?

「……気に入らないのはわかる。だが下手に出る気はない! なぜなら、俺は彼女らに慕われることを誇りに思っているからだ!」

『むうう……!』

 思いのほかテキメンだな!

「わかったろ? まあ、あんたが長女っぽいし、それで……」

『ほお、いいのか?』

 ……うん? なんだ……?

『私が長女でいいのだな?』

 なんだ? 急に、なんか……。

「あ、ああ……?」

『そうか。では私に従ってもらうぞ!』

 えっ? なにそれ?

『そうだな? 弟よ!』

 待て待て、なんだそりゃあ?

「待てよ、なにいって……」

 ……って、通話が切れているし……。

 というか、あれ……? なんかえらくヤバい気がするような……? 長女扱いとか、余計なことしちゃったか……?

 でも、あの女とは敵対したくないんだよな。ニューは慕っているようだし、ホーさんの敵ってほどでもないらしいし……なにより、アテマタ・トレマーなのがすげぇヤバい。充分に能力を発揮していない黒エリですら大男を片手で振り回すんだ、全力を出せるなら恐ろしい脅威となるだろう……。

 そして俺たちは宿を後にし、グゥーのもとへ。特高とやらを手伝うって、ようはギマの犯罪者を取っ捕まえるって話だよな?

 まあ、それ自体は悪いことじゃないし、いいんだが……なんかあんまりいい予感がしないなぁ……!

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