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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
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小さなきっかけ、大きな変化

ありとあらゆる拷問を繰り返し、運命の人を探すあの甘美な日々が崩れ去り、こんなに落ちぶれてしまったのはまったくもってあいつのせいなんだけど、まさか啓示を運ぶ天の使いだったとはたまげたわ!

妙に強情で、私の生き様を真っ向より否定するから変だと思ってたのよね! あと見た目が好みなのも納得だわ!

さあ、これからは苦痛に満ちた宮殿の建造に尽力しましょう! そこで命を輝かせることが私の使命なんだから!


                ◇


 グゥーとジュー、そしてプリズムロウの面々を残し、俺とアリャ、ロッキーの三人は宿に戻ることにする。

「それで、あの赤い剣を持った軍人はどうなった?」

「レクガヤバイシ、マカセタ」

「そうか……急ごう!」

 行ったり来たりで忙しいがのんびりしている暇はない。俺たちは山道を戻り、強襲してくるカリヴァービートルを撃退し、橋を渡ってまた宿へと向かう。

 ……さて、気配の動きだが……先ほどと違って激しいように思えるな? しかし、戦いのそれではなさそうだ、おそらく救命活動が始まったんだろう。

 さて裏門を通り、宿に着くと……あれは謎の軍人か? 縄で馬屋にくくりつけられている人影があり、そして壁にはあの赤い剣が突き刺さっている。

 あの軍人……いや、問題なのはむしろ剣の方か……? とにかくとても嫌な感じがするな……!

「……アリャ、ちょっとあの剣を見張っていてくれないか?」

 アリャは首をかしげ「イイケド、ナンデ?」

「なんだか嫌な感じがするんだ……。可能ならば折ってもいいが、絶対に触らないようにな。嫌な予感がしたら戻ってくるんだぞ」

「ムゥー? ワカッタ」

 アリャを残し俺とロッキーは宿のなかへ、すると人を背負って走るレキサルの姿が目に入る。

「レキサル!」

「戻ってきたか! 重傷者を優先的に、彼女らのもとへ!」

 ホールの真ん中にてエリとワルドが治癒を行っている! その周囲でも懸命な救命活動が行なわれているな。隠れていたのか、無事だった者も相応にいたようだ。

「エリッ!」

「レクさん! みなさまの介抱をお願いします!」

「治療可能な量には上限がある!」ワルドだ「我々は緊急を要する者を優先的に治療しているが、後回しだからといって楽観はできん! 裂傷による失血死、それと泥による感染症が起こる可能性もある! 緊急度が高い者をこちらに回し、そうでもなさそうならばその場で君らが処置してくれ!」

 見るとテーブルの上に様々な医療品がかき集められている、敵の戦力からして裂傷が多いだろう、必要なのは消毒液、縫合用の糸と針、それと包帯あたりか!

「比較的、軽傷そうなひとの介抱はアタシがやるよ!」ロッキーだ「テリーは気配読めるんでしょ? 重傷者とか探して運んできて!」

 そうだな、役割分担した方が効率がいいか!

「よし、急いで探してくるからな! 任せたぜ!」

 そして工房の方へ走る! グリン、無事かっ……? 廊下は死体や怪我人、それを介抱する者たちでいっぱいだ! 悲鳴とうめき声、怒号が飛び交っている……!

 くそっ、無事でいろよ! グリンの工房は……向こうか!

「無事でいろよ……!」

 そしてたどり着いた、グリンのいる工房だ! そしてそこには血まみれの大男が、倒れている男の傷口を押さえている!

「……おお? なんだおめぇ……! 帰ってきやがったか……!」

「おいおい、血まみれじゃねーか!」

「俺は問題ねぇ……! それよりビースがやべぇんだ、医者を呼んできてくれっ……!」

 だが、倒れている男の気配はとても薄い……。残念だが、助かる見込みは……。

「……おい、彼は……」

「医者だ、早く……」

 ぐらりとグリンの体が揺れる……!

「おいっ!」

「お、俺は大丈夫だ……!」

「どこがだ馬鹿野郎っ! ちょっと待て、いま止血するっ!」

「かっ……構うな、それよりビースを……」

 やばいな、すぐに手当しないと……! グリンを床に転がし……って、身体中に裂傷があるな、まずは消毒だ!

「ぐああっ……!」

 消毒液がしみるんだろう、だが命がかかっているんだ、躊躇している暇はない!

 各所を消毒し、傷が深い箇所は針で縫う!

「ぬっううう……!」

 グリンがうめく、縫い方が乱暴だったか? だが、急げば彼も助かるかもしれないんだ、容赦しろよ……! そして患部に包帯を巻いて……!

「……よし! ここでじっとしていろ、無闇に動くなよ! 彼は……向こうに運ぶ!」

 グリンは弱々しく手を伸ばす……。

「ビ、ビースは……俺の一番弟子なんだ、こんなところで……」

「最善を尽くす! いいから動くなっ!」

 グリンの弟子を担ぐ……が、やはり生者の気配がとても薄いな……。しかし頼まれた手前、諦めるわけにはいかない! エリのもとへ急ごう……!

 そしてまた、死傷者で細くなっている廊下を通っていく。俺の前を死体を担いでいる男たちが歩いている……。

 ええい、余計なことを考えるな、ホールのエリのもとへ……!

「エリッ! この男はどうだっ?」

 エリの側にグリンの弟子を降ろす、彼女は彼に触れるが……表情が強張る……!

「……ええ、なんとか」

 できるのかっ? さすがエリ……!

「いかん、こちらが優先だ!」

 ……なんだって? ワルドがエリを向こうに促す……!

「待ってくれ、なぜだっ?」

「あまりに死に近い! エリでも引き戻せる確率は一割程度であろう、そしてそのぶん消耗も激しいのだ!」

「いや……でも、彼はグリンの弟子なんだ……!」

「知り合いだからといって優遇はできん! それに私は一割の賭けで一人を救うより、八割の五人を選ぶ!」

 なっ……!

 いや、ちょっと待て……!

「そんな、諦めろっていうのか……?」

「……いえ」エリがグリンの弟子に手を当てる「やってみせます……!」

「いかんっ!」それをワルドが止めるっ!「体力は有限なのだっ、また倒れるつもりかねっ? まだ重傷者がどれほどいるのかわからんし、後に容体が急変する者もいるかもしれんっ! 余力は常に残しておかねばならん! わかるであろう、一人に対し、多大なる消耗はできんのだ!」

「そんな、だ、だからって……」

「優先すべきはこちらだっ!」

 た、たしかに重傷者がどんどん運ばれてくるが……! ワルドがエリを強く促し、他の重傷者のもとへ向かわせてしまった……。

 そして、俺の足元には死にかかっている男が取り残されている……。

「いや、待ってくれ? なあ……」

 いいたいことはわかるが、確率ってなんだよ……?

 そんなことわかるのか? たしかに命の気配はごく薄いが……一割って断定できるのかよ?

 エリとワルドは他の者を治療している……。俺の足元には瀕死の男……。

 こっ、こうしているわけにはいかない、俺がっ、なんとかしなくてはっ!

 ま、まずは傷口の確認か、引き裂かれた血まみれの服を破って脱がし……って、こいつは……!

「ううっ……!」

 すごい裂傷だ、肋骨が見え、それもが分断されている、傷口はどれだけ深い? これほどの傷なのに出血が少ない、心臓がほとんど動いていないんだ……!

 どっ、どうしろってんだよこんなの……! 消毒して縫合して、でも、どこから……?

「ああ、これは駄目ね」

「そういうわけにはいかない、どうにかしないと……!」

「見たところ動脈は無事ね、だからまだかろうじて生きてる。それでも傷の大きさからして失血はかなりのもの、まあ、あんたじゃ無理でしょうね」

 なんだこの……って、こいつはっ?

 なぜ……ユニグルがいるっ……?

「おっ……お前、なぜここにいるっ!」

「はあ? そんなの私の勝手でしょ」

「そうか、奴らの……!」

「いや、関係ないから!」

 関係ないない……ないか? ないか、こいつの目的は拷問で、殺しには加担しないはず……というか、実行犯が留まっているわけがない!

 いや、それより……こいつは僥倖かもしれん!

「お前、医学知識があるんだよなっ? 彼を助けてくれっ!」

「はああ? なんでそんなことしなくちゃならないのよ!」

「できるんだろっ?」

「だからなによ!」

 なにって逆になんだよっ?

 いやだめだ、こいつは普通じゃないんだ、医師としてあるべき思想がこいつにはない!

「金かっ? 後で払うから!」

「はあああああっ? 誰が欲しいなんていったのよ! なめるんじゃないわよぉおおおおおおおお!」

 ああヤバい、怒らせては駄目だ!

「す、すまない、そういう意味じゃない、働きに見返りが必要だと思っただけだ! 頼む、力を貸してくれっ!」

「はあ? やだ!」

 こっ、こいつっ……! かけらも慈悲がないのかっ!

「では、どうすればいい? どうすれば助けてくれる?」

「そうねぇ……。じゃあ、私の奴隷に……いえ、やめた」

「なんだよっ?」

「後から反故にされそうだし、困ってるあんたが必死にすがってくる方が楽しいもん」

 ……駄目だ、こいつには良心とか見返りとか、そういう概念が通じない……! いまも周囲を見回し、この悲惨な状況をニンマリとしながら楽しんでいるし……!

 どうする、交渉は無理か? だが、彼を救うにはこいつの力がすぐに必要なんだ……!

 どうにか説得しないと、しかし、どうすればいい? わかっているのは苦痛が好き……というか一種の思想があることか、拷問道とかいっていたしな、医学知識もようは拷問のためだろうし……どうにかこのあたりを擦り合わせて、うまくのせないと……!

 ふと見やると、ユニグルは頭を防御している……。

「ゲンコツで従わせようったって、そうはいかないのよ!」

 なにいってんだこいつは? いや、時間がない、やれることはやらなければっ……!

 ええと、拷問と医療か、ええい、ままよ……!

「な、なあ、ユニグル……」

 俺のなにを悟ったのか、ユニグルは後退する……。

「な、なによ?」

「えっと、思ったんだが……拷問と医療は……その、両立するんじゃないのか……?」

 興味のある単語が並んだせいか、ユニグルが食いついてきた!

「……両立って?」

 これといって考えが形を成しているわけではない、出たとこ勝負だ……!

「……そう、じゃないか? い、医療行為とは……えっと、痛んだ箇所、患部に触れる行為であるから……? そういうことをするならば……結果的に……苦痛を与えることになる……? そ、それゆえに麻酔を使用するわけだが……その、麻酔はあくまで苦痛を和らげるものであり……」

「毒よ!」うおっとなんだ?「神経を鈍化させるなんて、麻酔は本質的に毒なのよ!」

 きょ、極端なこといいやがるな? しかし、いまは賛同しなくては……!

「そう、そうかもな……。つまり医療に必要なものとは言い難い……」

「ふんふん、なるほど?」

 先ほどとはうってかわって、興味深そうに近寄ってくる……。

「……それでな、ええっと、お前のことだが……医療を学んだ目的は……様々な苦痛を与えたいからなんだろうが……同時に殺さないためでもあるんだよな……? 殺してしまっては愉しめないしな……?」

 以前の発言からしてそれは明白だ……! ユニグルは大きく頷く!

「その通りよ!」

「でもなんか……そう、入り組んでいないか? 様子を見ながら拷問して、ある程度やったら対象が回復するまで待ち、そしてようやく拷問を再開する……。なんだかそう、右往左往しているような、回りくどい、もつれた感じ……」

 ユニグルはぱちぱちと目を瞬く……。

 ど、どうだ……? だめか、的はずれか……?

「あんたってば……意外と面白いこというじゃない……。たしかに、ある種のもやもやはあるわよね……。気遣いながら拷問するって矛盾してるし、好き放題やってさっさと殺す部下たちも幼稚っていうか……」

 そ、そういうものなのか……? ともかく、いい反応だ、ここで畳みかける……!

「それより、どこからか怪我人や病人を見つけて治療した方がいいんじゃないか……? 希望に縋る彼らはお前のものだ、治療方法もお前の自由さ……! さっきもいったように、患部に触れるならどうしても苦痛は……」

 そのとき、ユニグルの髪がふわっと膨れ上がる……!

「わ、わかるわ、あんたがいいたいこと……!」

 ……本当か? 俺自身、いまいちよくわかっていないんだが……!

 しかしユニグルには響くものがあったらしい、目を大きく見開き、固まっている……と思ったら、突如、飛び跳ねたっ?

「そう、そうよっ! 拷問と医学は表裏一体! 毒たる麻酔を使わない治療行為は……純粋医療といえるでしょう! そうなのよ、なんでいままで気づかなかったんだろう、病院はいつだって苦痛の宮殿だったじゃない……!」

 や、やったか……? しかし、やはり方向性がおかしい……。

「そうよね、最適な治療を施す過程で生まれる苦痛はまったく正しいものだわ! でも痛みでショック死しては本末転倒、やはり麻酔は最低限、必要かも……いえ、別の方法が……?」

 なんだかよくわからないがやってくれそうな気配かっ? マジでこのままじゃヤバい、早く動いてくれ!

「ここには麻酔なんてない、始めるなら……」

 ユニグルは妙な笑みを浮かべる……。

「……そうなのね、あんたに執着してしまう理由がこれだったのね……! あんたってば、まるで啓示を運ぶ天の使いね!」

「いや、そんなのはいいから、この状況は……」

「ええ、ええ、善は急げってやつでしょ! じゃあ、手始めは……」

 うおお、やってくれるのかっ? よし、よしよし!

「これこれ、このひとな!」

 ユニグルはグリンの弟子を見下ろし、

「意識ないじゃない……」

「頼む頼む、マジでお願い!」

 ユニグルはうなり、

「……まあ、啓示を運んでくれたあんたの頼みだし、聞いてあげるわよ」

 つ、ついにきたっ!

「じゃあ、あんたも手伝うのよ!」

 ユニグルは側にある大きなバッグを広げる、なかには大量の医薬品やよくわからない器具が入っている! なんだよ、準備万端じゃないか!

「勘違いしないでよね、別に治療しようと思って持ち歩いてたわけじゃないんだから!」

 いや、なんか逆じゃないかそれ……と、ユニグルはH型の妙な形の器具を取り出し、傷口に装着する。そしてなにやらキリキリ動かし……患部を広げたっ! うおお、体内をまじまじと見る機会もそんなにないからな、ちょっと臆するぜ……って、傷口に向けて黒い霧を噴出したっ?

「こっ、この霧はっ……!」

「TSMよ」

 TSMっていわれても意味わかんないんだけれど……。そして霧が晴れると、ユニグルはカッコよさげな眼鏡を装着し、患部を凝視する。

「溜まった血液を吸引するわ」そしてL字型の細長い器具を突っ込む!「はい、痛い痛ーい!」

 しかし、患者に反応はない。麻酔を使っていないのに無反応とは、失血がかなり深刻なんだろう……!

 そして血を吸引したユニグルはまた患部を覗き込む……。

「気管支と肺がちょっと切れてるわね、はいカチカチ」

 今度はV字型の細長い器具を使ってなにやらカチカチする、そして細かい謎の光線を照射し、またTSMとやらを噴射して、傷口を開いている器具を外した。そして傷口をカチカチ……閉じ始める……!

「おっと、終わりかっ? 手際いいな!」

「そうよね、意外とね、よくやってるわよね」

 なんだおい、あんまり経験ない感じなのか? まあ、上手くやってくれりゃ文句はないが! そして最後に傷口にシートをベタッと貼った!

「傷はこれでいいと思うわ。でも、かなり失血したようだし、このままじゃ死ぬわね」

「マジかよ、どうする?」

「輸血するわ」

 ユニグルはまた別の機械を取り出し、針を男に突き刺す!

「それは?」

「血液の成分を調べてるの」

「成分を……あいって!」

 そしてユニグルは俺にも針を刺す!

「あら適合」

 そして小さな機械のついた細いチューブを取り出し、片方を俺の腕に、もう片方をグリンの弟子に刺す。なるほど失った分の血を俺ので補充するわけか。しかしこの施術、失敗した例もけっこうあると聞くが……。

 いや、成分を調べていたな? それが適合するかどうかが成功の鍵を握るのか? まあよくわからんが、任せるしかないか!

「よし、終わるまで少し待ってなさい」

 うーん……気のせいか、グリンの弟子の顔色が改善していくような気がする……? 対し、俺は少し、体が重くなってきたな……。

「さーて、そろそろいいかな?」

 そしてチューブが抜かれる……。

「……助かるか?」

「大丈夫なんじゃないの?」

 ええ、なんか軽いなぁ……! だが、今回ばかりは感謝だ! 俺だけではどうしようもなかった……!

「じゃあ、そろそろ本番いくわよ!」

「本番って……?」

「あ、あの男いいじゃない! わりと死にそうな怪我だけど、意識はあるみたいだし! じゃあ、あんたも手伝いなさいよ!」

 おおっと、他のひとたちも治療してくれるようだ! 断る理由なんかない!

「ああ、なんでもやるぜ!」

 さて、ユニグルの標的となった幸運で不幸な患者は……彼か、やや肥えた冒険者、右前腕と右太もも、そして腹部にも大きな裂傷を受けている……って、うおお……? ちょっと内臓がはみ出てるじゃないか……!

「あーらら、はらわた飛び出てるじゃないの!」ユニグルは愉しそうだ「押し戻したいけど出ちゃう感じぃ?」

 患者は息も絶え絶えに頷く……。顔面は蒼白、当然だよな……。

「じゃあ、腕からいこうかな?」

「なにぃ? 腹からだろっ?」

「うるさいわね! 医者の私が腕っていってんだから腕なのよ!」

 うっそマジかよこいつ……!

 ユニグルはさして重傷ではない腕に黒い霧ではなく消毒液をぶっかけ、患者の悲鳴にニンマリとする……。

 しかし技術は確かだ! 腕はさっとカチカチして終了、次は太ももだが、これは腕より重傷だぞ、消毒液での悲鳴も鋭い……。

 そしてようやく腹へ……。この患者もなんで手足からなんだよ……って思っているだろうなぁ……。

「はい手を離して」

 しかし、患者は離さない……。

「離せっていってんでしょ、全部ひっぱり出すわよっ!」

「おいおい!」

 ユニグルは無理やり腕を引き離し、うわわ、腸がにゅるっと出てきたっ! 三十センチくらい出てきたぞっ! そして恐怖の女医はまたTSMを噴射し、薄手の黒い手袋をはめ、

「あんた、ちょっと抑えてて」

 まさか……。

 いや、そうするしかないよな……。俺は羽交締めの形となり、患者の両腕を抑える……!

「押し込むわよぉ!」

 患者が悲鳴を上げ、暴れ始めたっ!

「暴れると入らないわよぉ? ほーらまた出てきちゃった!」

 いやいや、早く入れてやってくれよっ!

「ほら、またいくわよ!」

 また押し込む! くっ、すごい力だ、暴れないでくれ!

「あらら、また失敗」

 ユニグルが腸を持ったまま肩をすくめる……。

 いや、前より出てんじゃん……って、男はがっくりと気を失ったな……。ユニグルはゆっくりと手袋を外し、

「寝てんじゃないわよ!」

 猛烈なビンタが炸裂したっ! 男は目を覚ます!

「いや、寝かしといてやれよ!」

「はあ? そのまま死んだらどうすんのよっ? 雪山で寝たら死ぬでしょ! ここは雪山なのよ!」

 いや、ええ……?

 例えが適切なのか、よくわからない……!

「あんたも気絶してんじゃないわよ、自分の体でしょ! ちゃんと入るとこ見ときなさいよ!」

 これはヤバい! なまじ医療行為だし、素人の俺には非難ができないっ! ユニグルは新しい手袋をはめ、

「ほーらいくわよ、ズブズブゥー!」

 男は暴れる、どうか堪えてくれっ……!

 だが今度は入る、入ってる、というか手まで入っている……!

「はいはい、ご気分はどうですかぁー?」

 男はまた気絶している……。そうだ、その方がいい……。

「なによ、つまんないの」

 そしてユニグルは黒い霧を腹のなかに噴出し、またカチカチと傷を留めてベタッと貼る……。

 うええ……やっと終わった……。

 なんか周囲の視線が痛い……。あいつらなんなの? って感じがひしひしと伝わってくる……。

「さーて次は……?」

 それから宿では悲鳴がこだまする……。原因はもちろん俺たちだ。ユニグルのお陰でかなりの人数が助かったはずだが……ううん、これってどうなんだ……?

「ま、今回はこんなもんでしょ」

 さんざん悲鳴を聞いて、ユニグルもご満悦だ……。

「でも、こうなってくるとさらなる勉強が必要よね……。もっといい治療法があるはず……」

 医療従事者としては立派な言葉のはずだが、こいつの場合は意味が違うんだよなぁ……。

 まあ、それでも助かった、本当にありがたい……。

「その……」思わず咳払いしてしまう「ありがとうな、ユニグル。お前のおかげで、たくさんの人が救われたと思う……」

 彼女は俺を見やり、

「それはこっちの台詞よ、ありがとう」

 そういって微笑む……って、なにぃ? こいつからありがとうなんて言葉を聞くことになろうとは……!

「私、間違っていたわ。どうしてあんな狭い価値観にこだわっていたんだろう? 世には数多に苦しみの現場があり、医者を待つ人々もまた無数にいるというのに!」

 いやあ、本当にいい言葉なんだけれどね! お前の場合は意味が違うんだもんなぁ!

 ユニグルは拳を握り、

「決めたわ、これからは医療に専念する……! そうよ、ギャロップも改造して、簡易手術室にして……この地を飛び回るの……!」

 ……でもまあ、助かる命が増えることには変わりないしな、贖罪……というには本人にその意識がまるでないようだが、少なくともこれまでの生き方よりはずっとマシだと思う……。

「あんたそれ通信機でしょ!」ユニグルは飛び跳ね、俺の耳から奪った「私のアドレスも登録しといてあげるわ! 治療が必要になったら呼ぶのよ! 絶対に!」

 そして通信機が返ってくる。

 ……いやあ、正直、お前に治療してもらいたくはないなぁ……!

「……それはそうと、お前、なんでここにいるの?」

「なんでって、普段からよく来てるわよ、お風呂に入るために」

 風呂……?

「安全な温泉は少ないのよ、獣とかいるし。それにオルフィンとはなんか気が合わないし、他種族の都市部に入るのも難しいし」ユニグルは肩をすくめる「そうしてここに立ち寄ったらこれよ! いつの間にか阿鼻叫喚! そしてすぐにあんたたちが来たの。いったいなにがどうなってんの?」

 こいつなんにも知らんのか。俺は事情を説明する。

「えっ、ほんと?」そしてユニグルは窓辺へ「本当だ、なんか浮いてる……!」

「……戦艦墓場のあたりには近づくな、おそらく戦場になる」

 ユニグルは俺を見やり、

「……そう、忠告は聞いておくわ」

 妙にものわかりがよくなったな……。

 さて、それはともかく怪我人の治療は一通り終わったようだ。助けられなかった命も多かったが……。

 ユニグルはこの後も患者をいたぶる……じゃなかった治療を続けるようだ。ある意味、面倒見がいいわな……。

 さて、エリたちは……と、みなテーブルを囲んで休んでいるな。エリとワルドはぐったりとし、ロッキーはうとうと、レキサルは医療品を調べている。俺が近づくと、エリは力なく顔を上げた……。

「疲れたろう……食べて休んだ方がいい」

「はい……でも」エリはうなだれる「なんてひどい……」

 ああ、まったくだ……!

「……彼は助かったようであるな」ワルドだ「先ほどは冷淡であったとは思うが……」

「ああ、いや、ユニグルのおかげでなんとかなったよ」

「しかし、よく手助けをする気になったものであるな?」

「なんか医者になるらしいよ……」

「なぬ? どういうことかね?」

 経緯を話すと……みんなはうなる……。

「まあ、以前よりはずっとましになったんじゃないか……?」

「それどころか、真逆に近いと思います……」

 エリは呟くようにいった。

「……ほんの少し考え方を変えただけで、まるで異なる生き方を見出したのですから……」

 ワルドは頷き、

「事実、彼女のおかげでたくさんの命が救われた」

「そして、それを成したのは君の言葉だ」

 レキサルは微笑む……。正直、たまたま上手く話が転がっただけだと思うんだけれどね……。

「……ところで」ワルドだ「アリャはどうしたのかね?」

 あっ! 忘れてた!

「そういや、見張りを頼んでいたんだ!」

「むう、あの男を放置したままであったな」

「……何者なんだ? あいつは……というより、あの剣は……?」

「正気ではなかった」レキサルだ「それにとても嫌な感じがしたな」

「そうそう、あの赤い剣だよ、あれがおかしいんだ」

「あのままにはしておけないな。それとこれ、拾っておいたよ」

 バスターの超振動刃! そうだったそうだった、救命活動に必死で回収を忘れていた、なくしたら大変だ!

「すまない、ありがとう!」

「さて、アリャを呼んでこようか」

「ああ、俺が行くよ。みんなは休んでいてくれ」

 そして外に出てアリャのもとへ……。するとガキンガキンと金属音が聞こえてくる。見ると、アリャが剣に向けて斧を振り下ろしている……!

「おいおい、なにやっているんだ?」

「ムゥー! レクガオレッテイッタ!」

「可能ならな、無理するこたないよ」

 ……しかし、斧の直撃を何発もくらってなお折れないとは……。やはりただの剣じゃあないな……。というかその斧、どこから持ってきたんだ?

「こっちは一段落ついた。お前もなかに入れよ」

「ウン、デモ……」

「あの男は宿の職員に任せよう。問題は剣だが……」

 やはり嫌な感じがするな……。触っちゃいけない気がするし、破壊もできないとなると……面倒だな、どうしたものか……。

 ひとまずアリャをラウンジに行かせることにするか。今度は俺が見張り番だ。

「アリャ、戻るついでに宿の職員を呼んできてくれ。あの男を拘留しないと」

「ワカッタ!」

 ……日が傾き、暮れようとしている。

 まったく、なんて忙しない日だ……。めちゃくちゃ疲れたぜ……。

 だがその程度だ、動けないわけではない。活性の後遺症が徐々に軽くなってきているんだろう。

 ……あまりに赤い夕日を眺める。たくさんの死を見たばかりなのに腹は空いているし、眠気も重たい。

 さあ、食って眠らないと。俺はまだ、生きているんだから……。

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