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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
9/146

ブレイドシューター

 へえ、このレバーを引くと再装填されるのか。

 いいな、この……部品が滑らかに稼働する感触……。

 軽すぎず、重すぎず、手応えを実感させてくれるような……。

 うーん、いい……。

 ずっとやっていたくなる……。

 ガチャリ、

 ああ、ガチャリ、と……。



 宿の屋上へと出たが……なるほど煙突群の奥に物干し台が多数、設置されているな。ここに洗った衣服を干して……みたはいいが、見事に穴だらけだ、日光がジャケットを通過して木漏れ日のように差しちゃっているんだもの……後で修繕しないとならないか。

 ……にしても、この有様でよく生きていたものだ。風呂場で確認したが見事に傷が治っていたしな、治癒の魔術というものは本当にすごい、病院で治療した場合だと……治るまでどれほどかかっていたことか、いやそもそも助かっていたかどうか……。

 ……そう思えばみなの怒りも分かろうというもの、まったく、我ながら馬鹿なことをしたもんだ……。

 とはいえ……瞑想での修行でもいったいどれほどかかったことだろう。言い訳じゃないが、結果としてもっとも効率よく習得できたんじゃないか? まあ、こんなことみんなの前じゃとても口にできないけれどな……。

 さて、腹が減りまくっているし……体もかなり気怠い、時間的にけっこう早いが晩飯にしようかな。

 よし、ちょっと頑張って急ぎ足だ、さっさと階下へ……と、何だ? なにやら騒がしいな?

「長旅ご苦労だった! 各員、小隊長の指示に従い行動するように! 揉め事は起こすなよ!」

 ……何だあの集団は? いきなりぞろぞろと、あの白を基調とした軍服は……どこのものだったか、エントランス部分が一気に一杯になった……ところに、職員だろう初老の男が慌てて馳せ参じてきたな、いかにも隊長って感じの背の高い金髪の男にへりくだっている、相応にお偉いさんなんだろうか……っと、軍人たちがこっちへやってきた、一斉に階段を上っていく、若者が多いか? 話している言語的はエシュタリオン系に近いな、となるとツィンジィ辺りかもしれない。

 ラウンジからの視線は一様に冷ややかだ。どうやら軍人はあまり好かれていないらしいな。

 いつもの席に戻るとアリャが椅子とエリを経由してテーブルを枕にするという芸術的な昼寝を披露しているが……お前それ体を痛めないか?

「なにやら急にものものしくなったな」

「軍隊であろう? 関わってよいことはないな」

「多分、ツィンジィの軍だ。あそこって白い軍服だったよね?」

「むう、若者の割合が高いかね?」

「ああ」

「ならば錬鉄騎士団やもしれんな」

「錬鉄……?」

「軍候補生、といったところか。ツィンジィでは軍学校卒業生以外の国民が入隊する場合、まずは錬鉄騎士団に配属されるのだ。彼らは正規軍の尖兵として働き、鍛え上げられる」

「へえ……あとさ、職員がずいぶんと低姿勢で接していたんだ。ツィンジィは大手の出資者のひとつってところなのかね」

「であろうな。しかし私が知る限り、かの国がこれまで関わってきた例はなかったように思う。最近、参戦し始めたのであろう」

 そのためにまずは候補生を投入したのか。

「向こうではなおさら、ああいう集団には近づかぬ方がよい。目立つがゆえによく魔物を呼び込むのだ」

 確かにあの多さではなぁ……。まあ、どのみち俺たちには関係ないだろうが……。

「夕食は早めた方がよいかもしれんな。彼奴らが来ると各食堂はより混むぞ」

「そうそう、俺もそうしようと思っていたんだ」

 夕食には早い時間帯だからか食堂はあまり混んでいないな。着席し給仕が来るなりワルドが四人分の食事をどんどん注文をし始める。見た目はまるで家父長制のようだが、今はむしろこれでいい。この形でないとエリがろくに食べようとしないしな。このやり方のお陰で彼女はかなり血色がよくなったし、全体的に丸さを、その美しさを……取り戻しつつある。

 それにアリャもな……こいつ、放っておくと肉と魚ばかり食いやがるからなぁ。別に野菜が嫌いってわけじゃないようだが……まあ、バランスよく食べさせた方がいいだろう。

 それにしても腹が減った、俺も失った血肉を戻さないとな、今日はワルドより食っちゃうかもしれんぞ……!


 ……なんて思った俺が馬鹿だった、無理です、ワルドの半分も食えません……。

「……うん、確実に出せるようになってきたな」

 だが飯を食ったら活力が戻ってきた、気のせいかもしれないが電撃のキレも上がった気がするぞ、思った瞬間にバチッとできるようになってきた。

「ときにレクよ、修練はよいが馴れないうちは屋内でやってはいかん。不意に、思わぬ勢いで電撃が放たれることもあるやもしれんからな」

「おっとそうか、気をつけるよ」

 そもそもそんなすごい電撃など出せる気がしないが、万一ってこともあるからな……というか?

「あれ? そういや呪文とかって……」

 ……唱えなくてもいいのか?

「魔術において呪文は必須であるな。言い換えるならば、呪文で特殊な力を管理する術を魔術と呼ぶ」

 へえ?

「どういうこと?」

「その力は感覚的に扱えるものだが、感覚に頼り過ぎるとある種の弊害が起こる場合がある。例えば、複数の力を扱う場合などだ」

 なるほど?

「あるいは使用時に混同が起こるとか?」

「その通り。治癒の際、誤って対象を灼いては死活問題であろう?」

 そ、それは確かに……!

「ゆえに言葉や仕草など一定の規則を設けることで感覚を矯正し、安定した効果を狙うのだな」

「なるほどなぁ」

「役割を限定する場合はその限りでもないがな。エリなどはその典型であり、保有する術のすべてが治癒や防御など加害性がないものばかりであるとき、緊急性に特化させる目的であえて呪文を用いない場合がある。これはよく神秘術と呼ばれておるな」

「神秘術……エリの話にでてきたような?」

「国選神秘術師ですね。確かにそういった方々は呪文を使用しないようです。あるいは、使用しないことに意義があるのかもしれません」

 あるの? 意義とか……。

「とはいえ呼び名は様々であり、こだわる必要はあまりないがな。ひとまとめに魔術と呼ぶこともよくあることだ」

 名称、分類的な意味合いはともかく、戦力のヒントにはなるかもしれない。つまり呪文を使う手合いは攻防様々な種類の術を使用する可能性があるってことだろうしな。

「そういやエリって呪文を使わないんだね? 間違って使用しちゃったこととかないの?」

「間違ったことはありませんが……ええ、混同の危険性はときおり耳にしますね。気をつけることにします」

 ないのか、やはり優秀なんだな……!

「あれ、ということは……呪文の内容に意味とかないの? 今の話じゃ混同しなければなんでもいいみたいな……」

「うむ。しかし、魔術書に載っている呪文を踏襲する者は多いな」

「へえ、どうして?」

「魔術は自力で編み出すより体系化されているものを踏襲する方がよほど習得が早いとされておるのだ。ゆえに師事は習得の常套手段といえる」

「なんだか勉学と似ているなぁ」

「そうだな。ただの自由より心地よい不自由を好む人間は存外に多いということやもしれん」

 俺もワルドの系統が腑に落ちれば早かったんだろうか? でもなんか直感的に違うなぁって思っちゃったんだよな。

「なるほど……ちなみにワルドの系統って?」

「魔術系ではあるが、私は紆余曲折あり多方面に手を出しておるのでな」

 なんかいろいろ使えるっぽいしなぁ……。

「ワルドにもお師匠さんとかいるの?」

「うむ、奇妙かつ聡明な大酒飲みであった」

 あった、か……。

 ……うん? 魔術の習得、といえば……。

「あっ、そういや習得できたことをグリンに報告しないと。ちょっと工房の方へ顔を出してくるよ!」

 けっこう待たせてしまったからな、新しいシューターもどんなもんだか触ってみたいし……!

 さて、グリンの工房へとやってきたが……なにやらかなりやかましいような……?

「ごめんくださいよ……」

 おお? 今日は人が多いなぁ、機械がすべて稼働中だ。

「おっ、きたかっ!」グリンだ、いつの間にか髭が左右対称になっている「習得できたのかっ?」

「おおよっ!」

「そうかっ! だが今日は駄目だっ! あれに関してはいろいろ話さにゃならんがっ、今はえらく忙しくてなっ!」

「もしやあの団体さん?」

「ああっ、ツィンジィの集団がわいてきやがってよっ、武器だの防具だの、作れ修理しろ点検しろってうっぜーのよっ!」

「ああ、なるほど……」

「ちっくしょーあのガキィ……! この俺さまに命令しやがって……!」

 このグリンに命令ねぇ……。やはり宿にとってのお得意様なんだろうな。

「分かった、出直すよ」

「悪いなっ!」

 忙しいなら仕方ない、ラウンジに戻るとするか。みんなは……いたいた、やはりというか、完全に指定席だな。

「早いな」おっと声をかける前にワルドが反応した「武器は受け取れたのかね?」

「いや、なんかね、さっきの団体さんの依頼で多忙らしいんだ。いろいろ説明があるようだし後日になったよ」

「そうか、やむを得んな」

 アリャとエリの姿がないが、たぶん風呂か何かだろう。ワルドは腕を組んだまま固まっている、寝たかな? 俺も寝るか……いつものようにバックパックの枕で……。

 眠ろう……眠い……。

 ……ふぁーあ、それにしても……。

 あれこれ本当によかったよ……。

 なんとかなった……。

 よかった……。

 うん……。

 ……うーん……。

 ……うっ?

 ……うーん?

 ……もぞもぞと、誰か、頭を触っている……?

 なんだ、いつの間に……アリャとエリが戻っていた……。寝起きの感じがする、少し寝たのか……。

「……アリャ、いま悪戯したろ?」

「シテナイ。エリ、ナデナデ」

「エリが……?」

 エリは顔を赤らめ、

「す、すみません……。なんとなく……」

 ううん……?

 まあ、悪戯じゃないならいいけれど……。

「うーん、寝るぅ……」

 ……うう……。

 ……おっ、なんだか……明るい……?

 ……ああそうか、もう朝か……。

 ……誰かコーヒーを飲んでいるな……。いい香りがする……。

「うーんん……」

 あくびと背伸びの合わせ技を披露だ、けっこうぐっすり眠ったなぁ……。

「おはようございます」

「ああ、おはよう……」

 いるのはエリだけか……って、なにやら顔を覗き込んできた……?

「すっきりしたようですね」

「……えっ、何が?」

「最近、悩んでいらっしゃるようでしたので……」

 ああ……それはそうだな。

「……まあね、魔術の初歩にすら手が届かなくて、みんなの足を引っ張っているんじゃないかとか……勝手に思っていたから。でも大丈夫、俺もやれるんだって、少しは自信がついたよ」

「ええ……そうでしょうとも。ですが無茶はいけませんよ。再三にいわれてやかましいかもしれませんが……」

「いや……その言い分はまったく正しいよ。でも、そうもいっていられないときもある……とは言い訳にならないかな?」

 エリは目を伏せ、

「……ええ、分かりますとも。お役に立てなければどうしても居心地が悪くなりますからね……」

「いやいや、エリは充分に上手くできているじゃないか。まあ……あれだ、ともかく俺たちは仲間なんだ、不安があるなら相談し合おう」

 ……なんて、俺自身がしなかったくせに……。

「仲間……」エリはふと微笑む「そう、ですね……」

 うお、やはりこの笑顔はとても……。

「……そ、そうだ、ちょっと工房を見てこようかな!」

 ……何が見てこようかな! だよ。照れて逃げ出すとかガキじゃねぇんだからさ、我ながら余裕がないというか情けないというか……。

 というか昨日の今日だしなにより早朝だし、工房だって閉まっているだろう、見に行ったって……って、いや? 稼働しているな? あるいは夜通しやっていたのか……?

 とはいえ、工員の数はかなり少ないな、昨日のような慌ただしさはない。それでグリンは……と、いたいた、でかい背中を縮ませ、なにやら太い刃をいじっているな。

「よお、まだ忙しそうかい?」

「おっ、朝っぱらから顔を出しやがったな! もういいぜっ! あとは弟子どもに任せらぁっ! それじゃー仕上げをすっか!」

 おおっときたな……グリンが例のものをもってきたぞ!

 ……なるほど、基本的にはライフル銃のような形状のままだな。発射機構は先端部分に集中、その後ろに刃のいわば弾倉部分があり、あとはほぼ銃床といっていい。刃が本体よりはみ出て格納されているので全体のフォルムとしては多少、弩に似ているか。

「おお、こいつがそうか……!」

「いいかっ、武器にとって最も重要な要素は安定性だっ! 大体いつでも同じ性能ってのが戦略、戦術を組み立てる上で基盤となるわけだなっ! だからよっ! その手からいい加減に電気をビャッと出すばかりじゃどうしようもねぇと俺様は忠告してやるわけだっ! ならどうすりゃいいと思うんだよっ?」

「ど、どうするかって……まあ、手の平とかより指先からの方が安定しそうな気がするなぁとは思っているよ……」

「そうだっ! 天才の俺さまはおめぇがそういうに違いないと予想したわけだがっ、大当たりだったようだなっはははっ!」

 いや、そういう考えがあったんなら事前に相談しろよ。もし手の平からしか出なかったら作り直しじゃん……。

「いいかっ、射撃に関して重要な部分は先っちょにしかねぇっ! ようはあの遺物と刃とおめぇの手しかいらねぇんだからなっ! だから、やろうと思えば全体をかなり小さくできるっ! できるがっ、それじゃあ反動がやべぇっ! だからそれを体で吸収しねぇーと痛い目みるだろうと、優しい俺さまは気遣ったわけだなっ!」

 確かに、以前見た激しい吹っ飛び具合からして片手などで気軽に撃てるものではなさそうだな。

「だからよっ! こいつはあえてでかくしてんだっ! 技術的に小型化が難しかったわけじゃねーよっ!」

「べ、べつに疑っちゃいないよ」

 しかし……大雑把そうな雰囲気の男だがさすがに技術者、いろいろと考えてくれているんだなぁ……。

「これは、刃が内部に入っているが、再装填は……」

「おおよっ、ここを引けば……」

 ガチャリと一枚が前部に移動し、装填されたっ!

「すっ、すげぇ! ワンアクションで再装填かよっ?」

「なははははっ! だろっ?」

 このグリン、こんな独特なものをここまで昇華するとは……!

 天才ってのは自称の範疇に収まらないな……!

「おっしゃっ! さあ、撃ちに行くぞおらっ!」

 よぉし、行くか……!

「でも、どこで?」

「外だな! ついてこいや!」

 まあ当然か……と、店先にみんながいる。

「ナニソレ、スゲー!」

 なんだよ俺の新たな武器が気になるのかい?

「これから試し撃ちに行くんだ!」

「オオー、ミタイ!」

「よし、ついてこいよ!」

 グリンに連れられ着いたのは……奇しくもあの野ざらしテーブルのところか。なるほど、なんでここにこんなのあるの? とは思ったが、森の中、遠目に射撃用の的が彫られている岩が見えるわ。

「よしっ、まずはカラ撃ちしてみろっ! 持ち方はこうだ!」

 まず、尖端の機構付近を握るように持ち、その際、電撃を出す人差し指を突き出す形にする、そして残った手で銃把を掴み、銃床を肩で受け止める姿勢となる……か。格好としてはやはりライフルっぽい感じになるかな。

「可動部に人差し指を巻き込むなよっ! よし、やってみろっ!」

 よし、構えて……指先から放電だな……!

「おらっ! 早くしろっ!」

「せ、急かすなよっ!」

 見られていると妙に緊張するが……いけるだろう、指先からぁ……電! 撃っ……ててっ! あいって、すっ転んじまった……!

 びっくりした、思いのほか反動でかいなぁ……!

 ちぇっ、なんか後ろからケタケタ、アリャの笑い声が聞こえてくるし……。

「おうおう、だらしねぇなっ! 無事かっ?」

「お、おお……!」

 強烈な反動だが覚悟していれば耐えられるさ、今のはちょっとびっくりしちゃっただけだし……!

「よし、次は装填しての射撃だ! 今度は転ぶなよっ!」

 レバーを引けば自動で装填されるが……いいなあこれ、便利なのもそうだが、ガチャリ……ってこの感触が堪らんね……!

「次は目標を定めるぜ! あそこに岩の的あるだろ! 今度はちゃんと当てろよ!」

「おおよ!」

 的は二十メートルほど先、よし、構えて……。

「早くしろっての!」

「わ、分かっているっつーの!」

 ええい、撃つっ……が! やはり反動は強烈……! でも今度はちゃんと耐えたぜ!

 そして刃だが、命中したか……おおっ、すごい威力だ、岩に刃が突き刺さっている!

「ぬーう、まあまあ狙えてるな……。よし、そいつを見せてみろっ!」

 なにやら点検を始めたな、舐めるように見つめているが……心配性なのは技術者としては長所だろう。

「……よしっ! 千発だなっ!」

「せんぱつ……?」

「千発撃つんだよっ! それで損耗の度合いを見るんだっ!」

「えっ、そんなに撃つの?」

「あったりめぇだろぉーがっ! 壊れやがったら持ってこいやっ! すぐ改良するからよぉっ!」

 千発もかぁ……。

「ああ……分かったよ」

「じゃー、俺は行くぜっ! サボんなよっ!」

 のしのしと去ってゆくグリンだが、ふと振り返る。

「実はもうひとつ、いいのを思いついたんだっ! ゆっくり千発撃てやっ!」

「もうひとつって?」

「楽しみにしてろっ!」

 何だいったい……と、なんか背中にぶつかってきた、やはりアリャか。

「マッタカイ、アッタ」

「へへ、いいだろ!」

「ワタシ、ユミ、サイコウ!」

 うん……? いつの間にか前のとは異なる弓になっているな? けっこうでかいし草花の装飾が入って立派な感じだ。それに弦が二本ある……?

「お前その弓……引けるの?」

「デキル、ツヨイ!」

 まあアリャは見た目より力があるからな……っと? ワルドがブレイドシューターに杖でコツンとやった。例の反響で形を把握しているのかな?

「ワルドはこういうのどうだい? 電撃が出せるなら当然、使えるんだし」

「うむ……興味深いが、あまり他の武器に頼って意識が散ってもいかんのでな」

 ほう、そういうものなのか……。

「よし、それじゃあしばらく撃っているよ」

 さあて、射撃訓練を再開するか!


 ……などと意気揚々に始めたものの……十発も撃ったら何これ、かなり疲れてきちゃったなぁ……。

「うーん……なんだかえらく疲れてきた……」

「うむ、最初はそういうものだ、使うほどに馴れてゆくさ。何度もいうが焦ってはいかんぞ」

 ぬう、千発までけっこうかかるかもなぁ……。でも焦燥にまみれた瞑想よりはずっとマシだぜ……!


 ……とはいえもうダメ、あれからたった十発か、計二十二発でへろへろになってきちゃった……さすがに休もう。

 あれ、ワルドは……どっか行っちゃったのか。まあ、射撃訓練に付き合う必要もないしな……と、エリがやってきた。なんか盆を持っているな?

「どうぞ」

「おっ、お茶かい?」

 ありがたい、甘い紅茶で一息だ……。いやぁ、エリはなにかと優しいなぁ……って、あいてっ? 何か頭に当たった、木の実……?

「クッテ、カイフク」

 アリャかよ。

「いや、ありがたいけれど、手で渡せよ……」

 アリャはウヒヒと笑って森に消える……。まあ最近はけっこう静かだったしな、笑っているだけましか……。

「あの子は」エリは微笑む「いつも楽しそうですね」

「ああ、俺をイタズラの実験台だと思っているんだ」

「心を開いているからこそですよ」

 そうかなぁ……?

「それはそうと魔術って……」

 いや、俺のは魔術か? 呪文を使わないのは神秘術だっけ? まあ何でもいいか。

「けっこう疲れるなぁ……大して撃っていないのに異様に怠い感じになってきちゃったよ……」

「ええ……魔術の疲労は運動のそれと同様にすぐには回復しないものです。単純に食べて眠るのがよいかと……」

「そうかぁ……」

「一旦はよいのではありませんか? 宿へ……帰りましょう」

「そうだね、そうしよう。アリャ、戻るぞーっ?」

 ……特に返事はないな。あいつは別に宿だけが根城ってわけでもないし、まあ好きにするんだろう。よし、戻るとするか……。

 それにしてもエリは消耗しないのか? 修行しているのはあの高度らしい鳥の魔術なんだろう? まさかまた強がっているわけじゃないだろうな……?

 ……さて、ラウンジへと戻ってきた……が? なんだ、エントランスにまた人がたくさん、でも今度はみな冒険者だ?

「ええっ、なにこれ?」

 ラウンジの席はほぼ灰色一色、なんだこの連中はっ……?

「レクレク」

 おっとアリャだ、ここにいたのか。

「アイツラ、ジャマ。セキ、ナイ」

「みたいだな……」

 白の次は灰色か。他の冒険者たちは明白に彼らを敵視しているらしい、なにやら顔を腫らしたり鼻血を出してる者もいるしな、一悶着あったばかりといったところか。職員たちの姿がないが、何をしているんだ?

「次から次へとわいてくるな」

 おおっと? いつぞやのスクラトじゃないか。

「雑魚が徒党を組んでも無駄なのによ」スクラトはふとエリを見やり「あんた……なんか鳥の魔術が使えるんだって?」

 なに? なぜそのことを……知っている、いや、気にするんだ?

「……はい」エリもやや怪訝そうな顔つきだな「勉強中ですが……」

「そうか、レオニスの野郎があんたの事で……」

 おっと、いつぞやのドワ・ヒップルが割り入ってきた?

「お久しぶりです。何かと良好そうですね、安心しましたよ」そしてにっこりと微笑み「よいお仲間に恵まれましたね」

「ええ、それはもう……」

 なんだ、また勧誘するつもりか?

「ウウー!」

 ……おっと、アリャがなにやら一方をじっと睨んでいる……その先にいるのはあのとき見かけたコークス人か。

「どうした嬢ちゃん、俺に文句でもあるのか?」

 敵意の視線に気づいたコークス人が詰め寄ってきた! やばいか、仲裁しないと。

「いや、すまない、あんたがどうこうって話じゃないんだ。こいつコークス人をちょっと苦手としていてね……」

「ふん、ホーリーンにでもやられたか? ここ最近、各地で無茶してるって噂だからな。だが俺には関係ねぇよ」

「もちろんだ、申し訳ない、気を悪くしないでくれ。ほらアリャ、引くんだ……」

 アリャをエリに渡すと大人しくなった、な……。

 ……それにしてもホーリーンは方々で遺恨を残しているようだな。とはいえ、侵略に加担していないコークス人からすれば理不尽な話だろう。

「どうした?」またドワ・ヒップルだ「悶着ではあるまいな」

「違うさ」コークス人の男は肩をすくめる「俺はデルス・スケイン。こいつらの連れだ」

 彼もスクラトの仲間なのか。

「もし、向こうで会ったら協力するとしよう。あの嬢ちゃんにその気があれば、だがな」

「ああ、ぜひとも頼むよ」

 やや強面だが話してみればいい奴そうだ……と、ドワ・ヒップル、今度はスクラトに耳打ちをしている。

 彼らには……エリの言う通り、何だか妙な雰囲気があるな。態度こそ気安いが信用はやや危険、か……?

「そうか、仕方ねぇな」スクラトは俺を見やり「じゃ、用事があるんでな、またな!」

 そして彼らは去っていくが……スクラトの背にある剣、相変わらずの迫力だ。獣相手に接近戦は危険だろうが、彼はあれでやり合っているんだろうか?

「あの、これからどうしましょう?」エリだ「とりあえず、落ち着ける場所を探しませんと……」

 無意識の行動なのか、エリの手はアリャの頭を撫で続け、そのアリャはといえば先の怒りはどこへやら、今はご満悦の表情だ。

「そうだなぁ……ところでワルドは?」

「分かりません、図書館でしょうか? 最近よく足を運んでいるようですが……」

「情報収集をしているとかいっていたな」

「どうにも、人を探しているとおっしゃっていましたが……」

「人を……? まあ、ともかく行ってみようか」

 図書館は相変わらず人が多い。ワルドはいるのかな……と、いつかの司書を見つけた。以前のように台車で本を運んでいる。

「あの、赤っぽい色のローブを着込んだ魔術師、見なかったかい?」

 司書は目を瞬き……突然、にんまりと微笑んだ?

「ええ、奥から五番目の本棚にてお見かけしましたわ」

「あ、ありがとう……」

 彼女は微笑みを絶やさず、また本を運んでいく……。

 いや、聞いておいてなんだが……この人数の中、ずいぶんとしっかり把握しているもんだな……?

 まあいい、教えてもらった場所へ向かおう……と、はたしてあの司書がいった通りだ、五番目の本棚の前にいた、なにやらひっきりなしに床を杖で突いているが……?

「……ワルド?」

「うむ……。ラウンジが埋まってしまったそうであるな」

「ああ……それより何をしているんだい?」

「ああ、人探しをな……」

「知り合いかい? 手伝うよ」

「いや……つい先ほども気配を感じたのだが、すぐに消えてしまってな……」

「最近ここにいるようだけれど、ずっと人探しを……?」

「情報収集もかねてな。ここではただ耳を澄ましているだけでたくさんの話が耳に入ってくる」

 なるほど、そういう意味では便利だろうな。

「それで、いったい誰を探していたんだい?」

「件の魔女だ……」

「魔女……? そういえば、探しているとか……」

「うむ、この黒霧の魔術をかけた張本人よ」

 なにぃ……?

「マジかよ、どんな容姿なんだ?」

「おそらく若い美女であろう……としかいえんな」

「じゃあ、名前は……?」

「……名は、クルセリア・ヴィゴットだ」

 クルセリア……ヴィゴット……。

 あれ、どこかで……?

「それは……先ほどの司書さまではないでしょうか……?」

 ああ……。

 ああっ! 確かにそんな名前だった!

「そっ……そうだ! 今そこに……!」

 ……って、意外にもワルドは驚かないな?

「えっと、探しに行かないのかい……?」

「捉まるまい。下手に追ったとて徒労になるばかりであろう。もしやここで決着かとも期待して遊びに付き合ったが、どうやらからかっていただけのようであるな」

「でも……」

「決着は向こうで、というわけであろう」

 向こう、ハイロードの先か……?

 まあ、本人がそういうのなら仕方ない、が……。

「そうか……で、どうする? ラウンジがだめなら上階の部屋も埋まっていることだろう。どこへも行くところがないし、ここの隅にでも居座るかい?」

「やむを得まい、そうするか」

 やれやれしょうがない……大理石の床は見た目こそいいが硬くて冷たいなぁ。でもまあ、屋内ってだけでもマシか……って、このアリャ、めちゃくちゃ寄りかかってきて重てぇな……! 左がエリなのに、そっちに倒れちまうよ……!

「……そ、そういやエリ、リザレクションに通じるような情報はここになかったのかい……?」

「……断片ですが、いくらか興味深い内容はありました。今はその内容からいろいろと推察をしているところです」

「そうか……あると思うかい? この地に……」

「はい、もちろんです」

 そうか……と、エリは美しく首を傾げる……って、思えば近い! すごい近い! 瞳が、その輝きがとても奇麗だ……。

「えっ、えーと……ああ、何か読もうかなっ……?」

 ……ああくそ、だからガキじゃあるまいし何を慌てているんだってのよ俺はよぉ……!

 ……はあ、立ち上がってしまったし、何か本でも探してくるか。都合のいい支えを失ったアリャがニエニエ文句を垂れているが捨ておこう……と、また白い奴らがいるな。

 大きなテーブルを囲っての作戦会議らしい、いったいどういう感じの攻略をするつもりなのか……。

「何だ貴様は?」

 ……っと、近づき過ぎたか……!

「ああ、いや、ただの通りすがりですけれど……」

「……んん? 貴様、ツィンジィの者か?」

「いや、違いますけれど……」

「……ならば関係ないだろう。失せろ」

 口調は固いが若い女だ。金髪の方編み込み、そして青い瞳、白マントの下は軍服か、他の奴らと比べて身なりがやや立派だな。偉い人だと厄介だし、速やかに退散しよう……!

「いやはや失礼を……」

「いや、待て」

 ……うっ、何だ?

「……ま、まだ何か?」

「貴様、向こうに行ったことがあるのか?」

「向こう? ああ……一度、ほんのちょっとだけ」

「……ふん、ならいい。消えろ」

 ……聞き耳を立てたのは悪かったけれどさぁ、そんなつっけんどんにしなくったっていいじゃないかよ……! 向こうではあれだ、互いに助け合わないとだなぁ……って、おっと待てよ? なんかちょっと良さげな台に置かれている書物があるぞ? ……おいおい何だこれ、魔物図鑑だってよ……!

 へえ、面白そうなものを見つけちゃったな、こいつを読んでみるとしようか……!

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