息子の使命
ありとあらゆる……なんて、だらだらと語るつもりはねぇ。
俺は最強への道を歩んでいくだけだ。親父の名誉とお袋の冥福にかけて……。
◇
刃を再装填、スクラトは剣を構える。
「一撃で終わるなよ!」
「あ、待った」
スクラトはつんのめる。
「ああっ? なーんだよっ!」
「ここじゃあ、倒れている白マントたちを巻き込んでしまうだろう。向こうでやろうぜ」
「あ? ああ……」
べつにどうでもいいだろうがよ、とでもいいたそうにスクラトはこの場を離れていく。
「そして、さらなる力を発揮するにはもっと強い電撃が必要だ。おいスクラト、このくらいはいいだろ?」
スクラトは振り返り、
「ああ? なんでもやっちまえよ」
「よし黒エリ、頼んだ」
「なんだ、私か?」
「ああ、強烈なのをどんと頼むぜ!」
「……まったく、どうなっても知らんぞ!」
そして電撃が……! 体を奔るっ……!
こっ……こいつは……放電してしまいそうな勢いだ……! かなりきてるぜっ……!
「よおおぉし……! 待たせたなスクラトッ!」
「やっとかよぉ! 待たせたぶん、粘れよなっ!」
ビションが見える! 真っ向から袈裟斬り、続いて横に払ってくるっ? そしてさらに……!
「いくぜっ!」
やはりまっすぐ突っ込んできた! 身を引き、初撃を余裕をもってかわ……そうとしたがっ! 疾いっ! ぎりぎりだ、やばい! 次は払い斬り、横に跳びっ……反撃しなくては、しかしそんな暇はない、次は斬り下ろし、からの水面斬り!
「くああっ!」
転がりかわす、直後に跳ぶ! スクラトの驚いた顔、ここで反撃だ、くらえぃ!
宙で五連射! だがスクラトは後退しながらも、全部弾きやがったっ?
……そして奴は距離をとる、再装填だ……。
「……なんだぁおめぇ? マジでやるじゃねーか!」
……それはこっちの台詞だ。予知と肉体活性をもってしても対処が困難だとは、完全に想定外だぜ……。
接近戦はまずい、だが近距離ですらシューターの刃を弾くんだ、距離があってはいよいよ当たらんだろう。いっそこれは捨てて、光線銃でやるか? 軽量化にもなるし、対応力も上がるはずだ。
そして俺がシューターを手放すと、
「あ、そりゃ悪手だな。そっちの刃のやつの方がいいと思うぜ、攻撃範囲がずっとでけぇし」
……なんだと? 光線の方が遥かに速い、射線だってすべてを読めるはずもない。
……だが、スクラトが自身に有利な働きかけをするとは思えない。あるいは……。
「まあいいか、てめぇの選択だっ! おおら!」
くるっ……って、このビジョンは、剣を投げてくるっ? そしてそれを追うように走ってくるだとっ?
そしてスクラトがマジで長剣を投げてきたっ! 高速で回転し飛来する長剣、光線で撃ち落と……せない! すべて弾かれてるっ! くそっ、止められん、かわすしかない! 屈むか? いや、滑り込みの蹴りがくるビジョン、横に跳ぶしかない? だが、それも……ともかく動かなくては!
横に跳ぶ、スクラトは剣に追い付きそれを手にし、またこっちにぶん投げてくるっ……!
「うおおおっ……?」
ぎりぎり転がりかわす、剣が地面に突き刺さる、またスクラトが剣を手に、地面ごと斬りながらこっちにくるっ!
くそっ、なんて強引な攻撃! だがこの距離で光線をかわせるかっ……いや、また剣で弾くビジョン、あの剣……! スクラトの技量と相まってか、明らかに相性が悪い!
「だからいったろ! そいつは俺に通じねぇ!」
だが速射ならばっ! モード変更!
「くらええええいっ!」
光線の乱れ撃ちっ! さすがのスクラトも防御に足が止まる、だがそれにしたって異常だ! いくら幅の広い剣とはいえ、光線だぞっ? すべてを弾いているとは、常人を遥かに超える眼の良さ、完全に銃口の動きを見切られている、このままではヤバい、幸い足止めには成功している、いまの内にシューターのところまで走る……!
「おお、そうしろそうしろ、レーザーライフルじゃあ俺には通じねぇ!」
奴め、余裕のつもりかシューターを拾うまで攻める気がないようだ、後悔するなよ!
そして光線銃を捨て、改めてシューターを拾う!
……だが、こいつにしたって奴と相性がいいってわけでもない、やはりというか、いや、想像以上に人間離れしているあの身体能力……どうやって攻略するっ?
考えている時間はない、また一直線に突進してくるビジョンが見える! 一気に距離を詰める気だな、近づけては駄目だ、とにかく撃ちまくって距離を離し……って、ビジョンが変わった! 撃っても奴は巧みに曲線を描きながら掻い潜ってくる? くそっ、当たらないのかっ……? それにビジョンが唐突に変わることもあるとは……!
「おっしゃ、いくぜっ!」
くる! どうする、どうする……?
ともかく撃つしかない、五連発だ! しかし変化後のビジョンの通り、奴は曲線を描いてこれをかわす! す、すぐさま再装填! さらに五連……ってもう眼前にいるっ……!
駄目だ、かわし切れんっ……!
「うあああっ!」
撃ちながらかわしっ……! 地面に転がる……!
「うっ……!」
脇腹に……違和感、濡れてきている……。
き、斬られたか……!
「おおう、ぶっ刺したと思ったがなぁ、やるじゃねーか」
い、痛みは思ったより強くない、傷が浅いのか、それともこれから激しくなるのか……ともかく、急いだ方がいいな……!
「勝負はついた!」
黒エリの声、エリの鳥も周囲を飛んでいる……。
「貴様の勝ちでいい! これ以上は無意味だ!」
「ニアー! モウ、オワリ!」
待てよ……ここで終わりだと……?
それにスクラトも……納得はしないだろう……。
「ああっ? 馬鹿が、生殺与奪は勝者にあんだよ! いや、それ以前にこいつが負けを認めてねぇじゃねぇーかっ! 男の戦いに女が口を挟むんじゃねぇーよっ!」
そう、そうだ……。
俺は……。
俺は、まだ、負けていない……!
「……エリ、鳥を下げてくれ」
「で、ですが……」
「頼む、ちゃんと……」俺は、立ち上がる……!「勝つからさ」
「レ、レクさん……」
そして鳥は去り……スクラトは笑う!
「だよなぁ! てめぇはまだ負けてねぇ! そして」スクラトは剣を構える「俺も勝ってねぇ」
まずいな……。
スクラトの気配が……静かに、鋭利になった……。
まだ本気じゃなかったのか……。
だが……少しだけ、わかってきた……。
俺の予知は思った以上に曖昧だ……。
スクラトの一直線の突進は、それを迎撃するという意思の介在によって曲線を描くそれに変化した……。つまり、俺の対応次第でビジョンは数多に分岐していくんだ……。
『未来という、無数に枝を伸ばす大樹』
俺の頭上を黒い鳥たちが飛んでいる……。
『その先にあるのは命を繋ぐ希望か』
『それとも、死の転落か』
つまり……これはくじ引きなんだ。いかに短い時間で多くのくじを引き、当たりを引き当てるか、これが俺の予知のやり方……!
時間がない、刹那も惜しい、どう動く! 真っ直ぐ撃つ、屈んで、右寄りに、左寄りに、上寄り下寄り、この場で戦う、それとも移動する……? それに、超振動ナイフもある! 近づかれたらどうする、受ける、かわす、すべてを想定し、くじを引けっ……!
「いくぜ」
ここまで引いたくじでの当たりは……この場を離れ、走ること! 倒れている白マントたちの場所まで行けば、倒れている奴らが邪魔になってスクラトの機動力が落ちる、遠距離攻撃ができる俺にとっては有利な展開……!
だがそれは白マントたちを巻き込み、犠牲にするということ……。俺が多くの好機を得る代わりに、スクラトの暴風に巻き込まれて奴らは死ぬ……!
『それでよい』
『好機は増える』
『対等に戦える』
『なにかを成すには』
『犠牲が必要だ』
だがっ……! だが、それは、できないっ……!
奴らは敵だ、俺たちを殺そうとした、利用したっていいはずだ。
だが……できない。ということは……接近は許すしかない。つまり、奴の間合いで、あの長剣を前に、この超振動ナイフで……やり合うしかないっ……?
『生き残るために』
『すべてを利用しろ』
『さもなくば』
『我が身を勝利に捧げねばならない』
スクラトがくる、手が震える、接近戦での当たりは……これしか見えない……。右手にシューターを、そして左手にナイフを手にする、奴は真っ直ぐ、強い、速い、接近してきたら……。
……それを、やるしかない。
「馬鹿が! 短小で太長に勝てるかっ!」
瞬く間にスクラトが距離を詰めてくるっ! そして迫りくる青い剣っ! この一瞬の最善は……大きく身をそらすこと! ……そして、その時に重要なことは、この身を犠牲にする覚悟をすること。
そうして初めて、スクラトの剣がほんの僅かに鈍る。
宙に舞う可能性……。それが唯一の勝機……。
だから、かわす際に左手を上げておく。同時にシューターを手放す。
兇刃が左腕を通り、可能性が宙を舞う。あの左手を……ナイフを持った左手を手にし、スクラトに向けて振り下ろすっ! 首筋から胸へかけてナイフが突き刺さった!
「ぬっ……おおおおっ!」
まだ終わりではない! この程度では、鈍りはすれども止まりはしない! 勢いに任せて倒れ込む、返しの刃、大剣が頭上を通っていく、そして倒れた先、右の手元にはシューター……!
手に取り、構える……。
スクラトと眼が合う……。
よう、意外とやるもんだろう……?
覚悟しろ、ここですべてをぶっ放すっ!
「させるかよぉオオオオオッ!」
「うおおおおおオオオオオッ!」
力を解放っ! 稲光が炸裂し、スクラトの動きが止まるっ! さらに渾身の、五連射撃だっ……!
電撃をまとった鋼の獣が飛び出し、スクラトにくらいつくっ……! 全弾、命中かっ……!
そして奴は宙を舞い……!
弧を描いて、地面に落下……。
そして……そのまま、動かない……。
倒れたままだ……。
立ち上がらない……。
や、やったか……?
やった……!
俺は一気に脱力し、倒れ伏す……。
空には黒い鳥たちが巡っている……。
勝つために犠牲にしたのは、俺の腕……。
黒い鳥たちは笑う……。
よほど愚かに見えたのか、それとも……って、なんだ? 瞬きをした刹那に、黒い鳥たちがエリの鳥に変わった……? なくなった左腕のまわりに集まってくる……。そして運ばれてくる左腕、それは元の位置に、そして鳥が分裂し、小さくなって……傷の周囲をものすごい速さで回る……!
こ、これは……。
そうか、繋げてくれる、のか……。
そうだったな……できるっていっていた……。
鳥は徐々に増え、腕を包むように大小の無数の鳥たちが巡っている……。
そしてエリ……エリが駆け寄ってくる。すまない、また心配をかけたろうな……。
だが、俺は勝った……。
勝ったんだ……。
勝っ……た、はずなのに、スクラトの気配が激増するっ……?
ばっ、馬鹿な、渾身の五連だぞ、動けるはずが……!
いや、生きているはずが……!
だが、間違いなくスクラトは立ち上がっている……!
そして胸に、首に、顔に深々と突き刺さった刃を……引き抜いている……!
だが……! だが、あの姿はっ……!
「この姿になるのは久しぶりだぜ……」
でかい、背丈が五割ほど増している、さらに隆起した筋肉が服を破いている、そしてあの顔は、あれではまるで……!
「お……お前は……」
「動かないで……」
エリが……側に、奴の前にはみんなが立ち塞がる……。
「我慢の限界だ」黒エリだ「まだやるつもりならば、我々が相手をするぞ!」
「ムゥー! レク、カッタ!」
スクラトは小さく笑う……。
「ああ……この勝負、お前の勝ちでいいぜ……」
スクラトの声は深く、気配も重い……。
俺の勝ちだと……? ふざけやがって……!
「この姿は……気にするな。深手を負うと勝手に表に出ちまうんだ……」
黒エリはうなり「貴様はいったい……?」
「そうだな……いいだろう、教えてやる。俺の真の名はタンジャハラ・ソール・イジグヤット……」
なに……?
イジグヤット……だと?
「なんだと?」ワルドだ「まさか、竜の血の……イジグヤット王なのか……?」
「それは親父だ……」スクラトは恐ろしい声で笑う「だが、最強の男はもういない……。俺が殺した……」
ス、スクラトが……。
「勘違いするな……全盛期の親父は俺より遥かに強えんだ……。まさしく最強といっていい存在だったと、みな口々に語っていたものさ……」
「じゃあ……なぜ……?」
「原因はお袋と……そして俺だ」
スクラトは親指で自身を指す……。
「お袋を愛し、鬼神は人になった。そしてお袋を亡くした後は、息子の死をひどく恐れるようになった。だから、俺が引導を渡してやったのさ……」
「な、なぜ、自分の父親を……」
「……他の奴らに取られたくなかった。親父の名誉を守るのは息子の役目だろう……?」
そんな……。
……いや、理解は、できなくもない……。
「気をつけろ、女は男を弱くさせる……。より強くなりたければ、深追いはするな……」
黒エリは鼻を鳴らし、
「ふん、母がいなければ貴様も存在せんだろうに」
「お袋の罪は息子たる俺が親父を超えることで浄化される……。だからこそ……」
スクラトは空を見上げる。
「俺はもっと強くなりてぇんだ……」
スクラトの姿が徐々に戻っていく……。
傷はすでに、見当たらない……。
そして、奴はにっと笑った。
「いい戦いだったな。お前はまだまだ成長するんだろ? 俺のライバルリストに入れとくからな」
ラ、ライバルリスト……?
そしてスクラトは剣を拾い、
「そうそう、元老院のジジイどもは、いつもオルメガリオス大聖堂にいるわけじゃねーぞ」
なに……?
「そうなのか……?」
「最重要拠点には違いないが、普段は散り散りだ。大聖堂には年に数回、ホーリーンの暦で、一月、四月、七月、十月に集まるんだ。具体的な日付に関しては知らねぇ」
なるほど……いわれてみりゃそうか、ずっと山奥にこもっているわけもない……。
「それじゃーな、またやろうぜ!」
スクラトは剣を掲げ、去っていく……。
またやろうってなあ……! 勘弁願いたいぜ……!
……それにしても、父の名誉と母の罪、か……。
気のいい男、戦いを楽しむ男、使命を背負う男……。
そのどれもがあの男の側面だ。意外に複雑な奴だぜ……。
そして孤高の光に満ちたその背中は遠ざかっていき、やがて見えなくなっていった。