錬鉄聖騎士団
廊下に線状の光が走っている。どうやら誘導灯の一種らしい、この通りに進めということだろう。
『奴らの進行方向より推測して、離着陸場跡地より侵入してくると思われる。敵戦力は十四、見た顔もいるな……ゼステリンガーか……』
ゼステリンガー……聞かない名だな。というか十四ってなんだよ、さすがにヤバいんじゃないか?
「……こちらにも都合がある。撃退の確約はできないからな」
「その場合、君たちへの助力は約束できんよ」
たしかに戦力の強化は必要だろうが……相手に戦意がない場合もあり得るからな。俺たちは山賊じゃあない、戦いに持ち込むには相応に理由が必要だ。そしてなにより、戦力差が大きいと判断できた場合にも戦いを避けねばならない……。
「みんなもだ、元老院の暗躍を阻止するという大義があるとしても、実際にやり合うとなると理由が必要だろう? 俺は無法者になるつもりはないからな」
みんなは首肯するものの、蒐集者は笑う。
「この地で無法もなにもないわよ」
「理屈ではそうでも遺恨はついてまわるだろう、誰しもお前のように業を背負いたいわけじゃあないんだよ」
「それが人生の妙味でしょう?」
外道が人の生を語るかよ……。
「……ともかく、現状においてはどうにか穏便に事を済ませる方法を考えないとな」
「だが」黒エリだ「奴らの拠点を聞き出さんとならんのではないのか?」
「オルメガリオス大聖堂だろ、その名を出して反応を見ればいい。大方、気配でわかるからな」
「……わかるのか?」
「大方な」
「ほう」黒エリはうなる「お前に嘘はつけんということか」
「その必要があるか?」
黒エリはふと考え込み、
「……思えばないな」
そうだろうよ、お前ってやつは俺に対していいたい放題だからな……。
「それはそうとさー」フェリクスだ「戦いになったとしても、撃退しないと強い装備が貰えないんだよねー?」
「ああ、それはそうだろうな」
「負けたら怪我したぶんだけ損するだけじゃない?」
それはそうだが……。怪我だけでは済まないと思う……。
「いっそ罠にはめるといいわ」
……そう、それはたしかに有効な手段だが……。
「しかし、それでは向こうの戦意を確認できないだろう?」
「どうしても正当性が必要なのね」蒐集者はわざとらしくため息をつく「でも、殺しは殺しでしょう?」
「……殺すという前提にはなるべく立ちたくないんでね」
「甘いわね」
「お前にいわれたく……」
……と、そこにルナが割り込んでくる。
「よおは、理由が必要ってことですよねっ?」
そしてルナは例のポーズをとるが、ほんと脈絡ねぇな……。
「もしも、どおしようもない感じになったら、私が理由をつくってあげますよぉ!」
「つくるって……どうするんだよ?」
「それはお楽しみってことで!」
いや、嫌な予感しかしないんだけれど……。
「……ともかく、敵の戦力と戦意を確認しなくては」
そして俺たちは誘導灯に導かれるまま階段を上っていき、突き当たりのハッチを押し開けた先は……がらんどうの室内だ。
切り裂かれ陥没した壁、分厚い金属のドアはひしゃげている。おそらく獣の仕業だろうが……どれほどの力が加わればああなるのか……。
そしていくつか鉄屑の散乱する部屋を通り、外に出るとそこは広場……。舗装された地面には亀裂がはしり、草花が顔を出している。もとは航空機が着陸するのに使用された場所らしいが……。
「……で、奴らはどこだ?」
「そろそろくるわ」
俺にはまだ気配を感じられないが、こいつはすでにわかっているのか? 虫型ロボットのような斥候を放っているのかもしれないが、単純に感知範囲が俺より広いのかもしれない。
……やがて、俺にも気配が感じとれるようになる……が、この気配はまさか……?
くそっ……! よりにもよって、なんであいつが……!
そして奴らの姿が視認できるようになってくると、他にも見覚えのある姿が目に入る。……あの大きな鎌の黒服、たしかギュザー・シュバルツ? 生きていたのか! さらに見知った白マントの集団、あれはツィンジィの……錬鉄騎士団にそっくりだ。ギュザーがいるんだ、当然といえば当然なのかもしれないが……しかし、オジロなど、他の連中は見当たらない……。そして先頭の男だ、あの顔はどこかで見たような……?
……さて、どうする? 奴がいるとなるとかなりの問題だが……ある意味、交渉はしやすい相手とも思える……。変に策を弄するより、真っ当に話した方がいいか……? 奴らが接近してくる……。
「よお、奇遇じゃねぇか!」
スクラトは片手を上げる。得物が変わっているな、青白い光沢のある大剣になっている。また無茶な戦闘をして壊したのだろう。
「……よう、スクラト」
白マントの面々は互いに顔を見合わせる……。
「お前たちも祭りに参加するのか? なんだかんだいって好き者じゃねーか、ええおい?」
祭りだと……? まあ、こいつにとってはそういう感覚なんだろうな。
「いや、たまたま、な……。しかし、運がいい。ちょっと、あんたに話があるんだ」
「おお、なんだ?」
「俺たちは元老院のもとへ行きたくてね。あんた、聖騎士団の一員なんだろう? 根城がどこにあるか知らないか?」
「ああ?」スクラトは首をかしげる「なんでそんなとこに行きたがるんだ? 陰気なクソジジイしかいねーし、つまんねぇーぞ」
「いろいろ、聞きたいことがあるのさ」
そのとき、とりわけ絢爛な白いマントを翻して、金髪の男が爽やかな微笑みを浮かべながら近づいてきた。
「失礼だが、君はレクテリオル・ローミューン君かな?」
「ああ……そうだが、あんたは?」
「私は錬鉄聖騎士団団長、ベリウス・ゼステリンガー。悪いが、そういったことは我々の口からは答えられないんだ」
「そうかい? じゃあ質問を変えよう。あんたたちとブラッドワーカーの繋がりは?」
白マントらは揃って苦笑する。答える気はまるでないようだな……。
では、もっと強く突かせてもらおうか。
「まあ、答えてもらえなくてもいいさ。あくまで確認のために話を聞きたかっただけなんだから。元老院の根城はホーリーンにあるオルメガリオス大聖堂なんだろう?」
そのとき、ゼステリンガーの微笑が消える。同時に、敵意が膨れ上がった……! なるほど、レオニスより正直だな。
「……その場所を、他の誰かに話したのか?」
前に出てきたのはやはり白マントの男、顔半分を黒髪で隠している。
「いいや?」
そんなことを聞いたとて真相はわかるまい。俺のように気配探知に長けているというなら話は別だが……。
「聞くところによると」ゼステリンガーだ「アージェル・マインスカッフが同行していたとか?」
アージェル……? ああそうか、この男……冒険者の宿で見たことがあったな。そしてアージェルが胡散臭いといっていた奴でもあるだろう。
それにしても錬鉄聖騎士団とはな……。錬鉄騎士団の上位組織かなにかなんだろうか?
「……ああ、一緒に行動していたよ」
「姿がないようだが、死んだのか?」
「生きているよ。帰投を望んでいるのか?」
「いいや」
ゼステリンガーは眉一つ動かさずにそう言い切った……。
こいつ……。
「ところで、君たちには抹殺命令が下っている。自ら姿を現わすとはこちらにとってこそ僥倖だ」
抹殺命令だと……! ホーさんの懸念が当たった、か……。
「話が単純になって助かる」黒エリだ「拠点の場所もその大聖堂で間違いなさそうであるし、貴様らは用済みだ。消えろ」
ちっ、待てといいたいが、抹殺とくれば対応するしかないか……って、そのとき電撃が! 振り返るとエリだ……!
「あ、あの、必要かと……」
ああ、最高のタイミングだ! 敵の数は多い、先手必勝!
そして時間がゆっくりと流れ……わかるぞ、すぐに顔半分隠した男が動く……ので、逆に先手を取ってやる! 男が駆ける軌道上に向けてシューターを先んじて撃つ……と同時にやはりだ、男が動いた、これは直撃するなっ!
「うおっ……!」
男は転がり、片膝をつく……! 奴の胸元に刃が突き刺さっているが、鎧で止められたか! 相当に硬いな、だが黒エリが既に奴の背後に回っている、足を掴んで持ち上げ……白マントどもに向けてぶん投げたっ……と同時に奴らの懐へ突撃、鞭の猛攻を見舞い……! 蹴りの連打をも加える……!
「ニェー!」
吹っ飛ぶ白マントたち、さらに空圧の矢の追い打ちっ! 奴らは無力に宙を舞い、さらにワルドの火炎放射がゼステリンガーを襲う!
「見事だ」
ゼステリンガーが風のように身を翻し、距離をとった!
「なにっ!」
黒エリの鞭が切られた、ギュザーの大鎌だ! そして奴はなにやら呪文を唱えている! これはなんだ? フェリクスが倒れている……黒エリが片膝をついている……ビジョンが見えるっ?
「いくよ!」
フェリクスが黒エリの加勢に駆ける!
「待て、フェリクス!」
ギュザーが跪いたと同時に、フェリクスが吸いつけられるように地面に倒れるっ!
「フェリクスッ!」
「こっ……これはっ……?」
フェリクスは立ち上がろうともがくが、またも地面に突っ伏してしまう……!
助けに……行きたいが待て、ギュザーは直接フェリクスを狙ってなにかを仕掛けたわけではないような……? 無闇に近づくのはヤバいか?
「ぬっ、よもやシャドウ・サクションかっ?」ワルドだ!「気をつけよ、影響範囲に入ると自らの影に吸われ、身動きができなくなるぞ! だが集中力の必要な魔術だ、あやつの気を散らせば術は容易に解けよう! その上、術の効果中は自らもろくに動けんはずだ!」
ギュザーは陰気な笑みを浮かべ「……よく知っている」
ならこいつで気を逸らしてやる! 俺はシューターを撃とうとするが……駄目か? 飛んだ刃も影に吸いつけられ、墜落するビジョンが見える……!
そして黒エリが片膝をついた! あいつも影響範囲内にいるんだ、しかし、まだ堪えているぞ! ギュザーも意外そうな面持ちだ。
「……しぶとい」
さてどうする、決まっている! 影の発生しない攻撃をすればいいんだ!
「アリャ! 風の魔術であいつを吹っ飛ばせ!」
「ニアー!」
アリャが空圧の矢を放つ……前にギュザーが動いた! さすがに反応がいいな!
そしてギュザーがまたも呪文を唱え始める! 奴の魔術は独特で厄介だ!
「させんよ!」
ワルドの光線! だが両手を交差させるギュザー、その眼前で光が曲がった!
「……むっ、当たっておらんかっ? かなりの手練れだなっ!」
「……骸を憐れむならば、悲壮な死を迎えないことだ……。最も哀しい声はいうまでもない……自殺者の影より発せられる嗚咽……」
……うっ? 俺の影が……勝手に動き……暴れ始めるっ……? そして、そこから発せられるこの敵意はなんだっ……?
「ワルド、影が……!」
「待て、この敵意はまやかしだ! 影を攻撃してはならん!」
ええっ? し、しかし……!
「その攻撃は自らに降りかかるぞっ!」
マジかよ、ただならぬ敵意だぞ……?
だが、ワルドを信じよう! 狙うはギュザーだ、奴は遠目で駆けている、動きを先読みするぜっ……!
四連射の刃が奴へと飛んでいく! だが、この軌道でいいのか? 奴の動きとズレがあるような……ってそうか、いくら先読みができたって、俺が正確に撃たないとなんにもならないんだ……!
ちっ、光線銃でやれば……いや、奴はワルドの攻撃を曲げた、通じるかどうか……ってなんだ、当たるビジョンが見えるっ? なぜだ……と思ったところに黒い影、黒エリだ!
「くらえっ!」
黒エリが飛んでいく刃を蹴った! それは軌道を変え、ギュザーへと向かうっ!
「うっ……!」
一発、入った! ギュザーの動きが止まり、片膝をつく……! おいおい助かったが、どんな速さだよ黒エリ!
「……意外に厄介だな」
ゼステリンガーだ、奴の周囲をエリの鳥たちが巡っている。なるほど、ああやって敵の戦力を削ぎ落とすやり方もできるのか。
「……身体能力の割に反応速度が異常だ。これは予知だな」
ゼステリンガーは俺を見やる……。
「そうか、君はカーディナルと懇意だったな、奴が指示を出しているのだろう?」
……そう勘違いするのも当然だ、奴らにとって俺は雑魚同然といった認識のはず。俺と奴の関係も知らないだろうし、たったひと月で予知の力を得たなど夢にも思うまい。あるいはそこの女が蒐集者だとわかっていないのかもしれない。そして耳の通信機でやり取りをしていると思っているのだろう。
「彼らの優先順位は低い。この場は撤退する」
ギュザーはよろりと立ち上がり「……了解」
「それではまた会おう、諸君」
そして二人は去っていくが、倒れている部下たちは置き去りか……。
それにしても……速攻が効いたな、下っ端を一気に倒せたのは運がいい……と、スクラトの笑い声がする……。
「ははは、なかなかおもしれぇ見世物だったぜ!」
見世物、ね……。
しかし気配でわかるぜ、戦いはこれからだって意味だろう……!
「よし、雑魚も片付いたことだし、やるか」
スクラトは背中の青白い大剣を手にする……!
「どうにも、お前は雑魚じゃなくなったみてぇだしな」
こいつ……。
やはり、マジでやるつもりだな……。
「忘れたのか? 俺も一応、元老院の雇われなんだぜ。雑魚どもがしくじった抹殺命令は俺が引き継いでやるって話だ」
「……そうか。一対一だな?」
「おお……」スクラトはやや意外そうな顔をする「おおよ! そうそう! なんだよ、わかってんじゃねーか!」
みんなより異見が噴出する気配だが、俺は先んじてそれを制す。
「ということだ、みんなは手を出すな」
「レクさんっ?」
ああ、いいたいことはわかる……。
「ぬう! そやつは普通ではない、いくらいまの君でも……!」
「同感だ」黒エリだ「そもそも数は向こうの方が上だった。減った分に合わせてやる道理などあるまい」
まあ、そうだろう……。みんなの意見はもっともだ……。
だが……。
だが、なんだろう、この異常に強い男が俺を見ている、認めているんだ、ビリビリくるのさ……。
「……すまないな、ここは任せてくれないか」
「な、なぜです? 目的はほぼ果たしました、ここで無理に彼と戦う理由など……」エリはスクラトを見やる「あなたも、命令に従順な方とも思えません、なぜ……」
「そんなの、やりてぇからさ」
「そ、そんな……」
「やる意義はある」エリは俺の方を向く「あるのさ……。俺にはもっと強くなる必要がある……」
そしてこいつは、強くなるのに必要な男だ。
「おおよ、俺とやったらそりゃあもう、ギンギンになれるぜ!」
「……だろうよ、お前は強いからな。コマンドメンツの下っ端や、あの巨漢との戦い、見ていたぜ」
「おお、そうか」
「あの強さ、男として尊敬するよ」
「おう」
あの広場での戦い、あの巨漢との決闘、そして地下通路での出来事……それらの光景が脳裏を過る……。
「……だが、気に入らねぇ部分がいくつもある」
「おうよ」
「ここまで揃えば、理由は充分だろう? みんな」
みんなは納得こそしていないようだが……俺の意を汲んで引き下がってくれた。そしてスクラトは凶暴な歯を剥き出しに笑む……。
「気に入らねぇからぶっ殺す。これは太古より変わらん獣の不文律だ。そしてイチモツがついているなら真正面からやる。これもまた太古より変わらん男の不文律だ。俺はなるべく敵が万全の状態でやりてぇ。やるって確約をするなら、お前の都合のいい時でいいんだぜ?」
「いいや、いまだからこそ、やる」
「ああおい!」
スクラトの極まった肉体が膨れ上がる……!
「ここ最近、からっきしでよぉ! 今日はいい日だぜ……!」
「そうか? なら最悪の日にしてやるよ!」
「おおおおよっ! いくぜっ!」