檻の中の獣たち
しかし、いまいち代わり映えしないな……。点々とした明かりの続く銀色の通路を歩くばかりだ……。
「ずいぶん歩くな……」思わず溜息をついてしまう「ここはどのくらい広いんだ……?」
なんとなく、蒐集者に尋ねる。すると奴は、
「直径、五百キロメートルよ」と答えた……。
……なにぃ? それってそのままボーダーランドの広さじゃないか……。
「マジかよ、この地の全体に広がっているって?」
「方舟を取り囲んでいるのよ」
「方舟……?」
船が……?
「……埋まっているのか?」
「ええ」
「……もしかして、シンが乗ってきた?」
「ええ」
「宇宙から?」
「そうよ」
へえ……?
そ、そう……なのか……。
まあ、あれが乗ってきたんだ、でかくて当然かもしれないが……。
「えっ……でも、なんでまたシンは外で寝ているんだ?」
「当然でしょう? ずっと船のなかにいるわけにもいかないし」
そりゃあ……そうか……? まあ、窮屈だろうしな……。
「じゃあ、なんで寝ているんだ?」
「動いていた方がいい?」
「それは……よくはないが……」
「そうでしょう?」
ううん……? まあ、そうだが……。
「というか、あの黒い鳥はなんだ……? 不要因子とは?」
「黒い、鳥……?」
エリが俺を見やった。蒐集者が答える……。
「あれが望む流れに邪魔な因子よ」
それは……超低密構造体のことか?
「しかし……さっきの奴ら、あいつらのなにがそれに抵触する因子になっているんだ……?」
「それは正確ではないわ。あの時、あの場所にいる彼らよ」
あの時、あの場所に……。
「いったいなんの話だ?」黒エリだ「黒い鳥などいなかったが……」
「待て、ちょっと説明し難いんだ。後でな」
そして蒐集者を見やり、
「……では必ずしも、あの要求に応える必要はないんだな?」
蒐集者は肩をすくめ「でも、応えるほどに力は与えられるわよ」
応えるほどに……。
「じゃあ、お前は……」
「お互いに都合のよい存在ということよ」
「お前の所業はあれの意思でもあったというのか……?」
「意思というより機能ね。あれはただひたすらにあるべき流れを求め、それを阻害する因子を消そうと働きかけるだけ」
「なにかしら陰謀のようなものがあるわけではない?」
「少なくとも、人間がもつ矮小な支配欲などはないでしょう」
つまりは機械の動作や現象に近しいものだと……? しかし……。
「ということは、俺が不要因子と見なされることもあり得るってことだな……?」
「そうよ。その時は素直に死を受け入れるのね。輪廻転生ができるならば死の恐怖も和らぐでしょうし」
それほどお気楽に考えられるかよ……。
「……だが、あの鳥たちの望む世界になったとして、そこになんの意義がある?」
「きっと、美しい世界でしょうね。構造的にそれは間違いないわ。きっとそこは善性に満ちた獣の王国となるでしょう」
獣の……?
「人間は……?」
蒐集者は俺を見やり、
「蜘蛛の巣にかかっている蝶々が可愛そうだなんて、汚らわしい考え方だと思わない?」
それは……。
それはまあ、そうかもしれないが……。
「汚らわしい者たちはレックテリオで生き残れるのかしらね」
なに……? レック、レクテリオ……?
「世界再生とは……人類社会の再生ではない?」
「どうかしらね。さあ、着いたわよ」
おっと、前方を堅牢そうなドアが阻んでいるな……。
「これはどうやって……」
……と、蒐集者が手をかざすとドアが静かに開いた……。そしてその先の通路は……足場だけ? 眼下には広大な空間が! 大量の……貨物が並んでおり、大勢の人間が動き回っている……。
「映る光景は映像よ。向こうからは見えないわ」
人々の流れの中心には巨大なドーム状の機械が……。
「あれがクリエイションマシン……?」
「ええ、でも、使用には許可が必要よ。なので許可なく接近すると警備兵がやってくるわ」
「それは避けたいな」
「場所が場所だけに凄腕よ、敵対はしない方がいいわね」
「そんな状況でどうやってつくるってんだよ?」
「書類を偽造するわ。彼らは要請書に従ってマシンに製造させているに過ぎないから、偽造書類さえあれば問題なく入手できるでしょう」
「その書類はどうやってつくるんだ?」
「偽造屋に頼むわ」
「偽造屋……。そいつはどこにいる?」
「この先よ」
この先……?
「重要書類が必要な場所の近くに偽造屋がいるだと……?」
「つまりは、それほど横行している行為なのね」
なんだとぉ……?
「現場が暴走しているのか?」
「つまりはそうね」
マジかよ……?
だがまあ、こちらにとっては都合がいい……。
通路をさらに進むと、また堅牢そうなドアが……。同じく蒐集者が手をかざすと、やはり開いた……。
すると突然、木造の廊下にっ……? 壁には窓……いや、そう見せかけた画面があり、自然の風景が映し出されている……。植木鉢だって置かれているぞ、いきなり雰囲気が変わったなぁ……。
そして蒐集者は近場の開いているドアの前に立つ。
「うあ? 誰だ?」
「カーディナルよ」
「カーディ……? その姿は?」
「どうでもいいでしょう」
入り口に近づくと、煩雑な机に座っているウォルの老人がこちらを見やった。白い口髭がもっさりとしている。
「誰だ?」
「彼に武器をつくってほしいの」
ウォルの老人はうなり、
「困るな、ここにおいそれと部外者を連れてこられては……」
「無駄なやりとりはやめましょう。やるのかやらないのか、やるなら対価を提示して」
老人はしばし俺たちを凝視するが、やがて立ち上がった。
「実は、いま大変なんだ」
「そうでしょうよ」
「奴らが本格的な調査に乗り出した。スパイがいるんだ」
蒐集者は笑い「それはあなたたちでしょう」
「悪は出し渋りをして権力を保持しようとしている奴らの方だ。クリエイションマシンがあれば皆平等に裕福となれるはずなのに」
「そういった議論をするつもりはないわ」
「待った」俺は割って入る「なんだいそれは?」
「そのままの意味さ。物資の供給量を操って格差を生み出している」
「なんでそんなことを……」
「奴らは社会維持に必要な階層構造だとぬかしているが、そんなわけがない。特権階級を維持したいだけだ」
蒐集者はうなり「あのね……」
「待て、その影響はもしや外界にも及んでいるのか?」
「もちろん、外界はもっとひどい。文明の進歩すら操作されているからな」
なんだと……? いや、そうだ、たしかユニグルがいっていたな、進歩率1850だとかなんとか……。
「君たちは檻のなかの獣なのだよ。もっとも」老人は自嘲気味に笑う「我々も文明に依存するならばこの地より出られないが」
なんという……。
「はい、そこまで」蒐集者は手を叩く「いまは余計なことを考えないの。必要なのは武器でしょう?」
「それはそうだが……」
蒐集者は老人を見やり、
「先ほど、数人の武装集団と衝突したわ」
「なんだと? 調査にしても過激だな……。人種は?」
「フィンよ」
ここでいうフィンはアリャたちのことではなく、外界人全般のことだろうな。
「そうか……よかった」
老人はホッとため息をついた。
「フィンだとなにがいいんだ?」
「ギマには話が通りつつある。だがフィンの元老院はこれを承諾しなかった」
元老院……。やはり奴らはその手合いだったか……。
「最悪、聖騎士団がくるな……」
なにっ……?
「聖騎士団だと?」
「元老院直属の実働部隊だからな、クリエイションマシン関連のこととなれば、奴らが動いてもおかしくはあるまい」
「それはレオニス・ディーヴァインたちのことか?」
「その名は聞いたことがある。あるいはそうかもしれんな」
マジかよ……。というかコマンドメンツの襲来から姿が見えないが、そもそも生きているのか……?
「……しかし、外界にいる者たちがクリエイションマシンの所有権を望んでどうする? 外に出すにもリスクがあるだろう?」
「部品として持ち出すのさ」
ほう……? 部品だったら安全なのか……?
「それならシン・ガードに襲われない……?」
「断言はできんが、これまでやられたことはない」
へえ、部品として運ぶだけで……。
……意外と監視が甘いな、しかしなぜだ? たしかに組み立ての行程は必要だが、結果的には同じことじゃないか……。
俺はふと、蒐集者を見やる……。
「シン・ガード・ラインって割といい加減なものなのか?」
しかし蒐集者は首を振り、
「いいえ、とてつもなく厳密よ。中央に近いほど、そして古いものほど強い監視に晒されているわ」
古いものほど……?
「もしかして……あのキングブルは……」
「そうよ、あれはシン・ガードがやったの。古い建造物を破壊したから」
なるほど……。逆にいえば、できたばかりの、しかも部品ともなれば重要度が低いってわけか……。
「……待てよ、ならなんでダイモニカスは許される? あれは決して新しいものではないはずだろう?」
「悪魔はもともと天使だった。だからよ」
なにぃ……?
「答えになっていないぞ」
「答える義務はないもの」
くっ……! だが、力づくでは無理だろうしな……。
「ただね」蒐集者だ「それは決して最悪なことではないわ」
「なんだと?」
「物事は見方によりけりよ」
また思わせぶりなことを……と、そこで老人が咳払いをする。
「よろしいか、いまはなにかと騒々しい。我々の防衛班にも機能に乱れが生じると懸念する。ゆえにだ……」
「まさか、聖騎士団とやり合えってのか?」
「駄目かね?」
おおい、マジかよ……!
「そんなことをしたら、元老院に狙われちまうよ!」
「いいわ、やりましょう」
おいいっ! この蜘蛛女、勝手に決めんなよ!
「ふざけるなよ! だって奴ら、元老院って世界の……」
「陰で暗躍する存在を、あなたは許すの?」
許す……? いや、許すだの許さんだのいっても……。
「ブラッドワーカーの親玉よ」
うっ……!
た、たしかに、そう思える状況が節々にあったが……。
「嘘だと思うなら自分で確かめたら?」
俺は……みんなを見やる……。
くっ……黒エリが笑みを浮かべている……!
「なるほど、元老院を潰すか、面白いな……。聖騎士団を締め上げれば拠点を吐くだろうか……?」
「シ、シス……それはさすがに……」
「奴らを潰せば、案ずることなくエシュタリオンに帰れるのではないか?」
フェリクスは目を瞬き「そ……そうなるのかい?」
「ああ」
そして名優の目に炎が宿る……。
おいおい、ちょっとやる気になっちゃっているのか……?
「加えて、レジーマルカにも潜伏しているに違いない。奴らは我々、プリズムロウの敵だ」
ああそうか、皇帝派の仕業じゃないなら、そういう話になるか……。
「あやつを育てたのも元老院であろう」ワルドだ「善良な組織とは思えぬな」
おおっと、ワルドもやる気なのか……?
「おかしいです」エリだ「皇帝さまはなぜ、帝国の後進たるホーリーンの援護を受けていないのですか?」
ええ……?
あ、ああ……いわれてみれば……そうだな?
「ビュージェンさんいわく、元老院は竜の血を望んでいるとのことです。そして竜の血はフィンと相性がいいらしく……彼らを襲っているのはホーリーン……」
なるほど、ホーリーンは元老院の意思の下、動いていると……!
というか、エリも割とやる気なのか……?
「ムゥー! ホーリーンハ、ユルサン!」
となれば、アリャはもちろんやる気満々と……。
えっと、マジでやる感じなの? 相手は元老院の実働部隊で聖騎士団だぞ……?
「えっと……やるの? みんな……?」
みんなは俺を見やる……。
「……やるのかっ? 聖騎士団に元老院の中枢を吐かせて、そこを目指しちゃうみたいなこと!」
みんなは一斉に頷く……!
本気か? 事態をちゃんと把握しているのかっ……?
「おいおいマジかよっ? 外界の黒幕くさい組織だぞっ? やるの本当にっ……?」
みんなは力強く頷くぅ……!
「本当っ? マジのマジで? ヤバいと思うんだけれどっ……?」
「あなたが臆してどうするの」蒐集者が笑う「大丈夫よ、やれるわ」
「いっやお前! 相手はどれほどの規模を持つ組織なのか……」
「規模は大したことないわ。精鋭ぞろいなだけよ」
「それだって充分やばいだろうがよ!」
「そうか」黒エリはため息をつく「アリャよ、レクはフィンを見捨てるつもりらしいぞ……」
「えっ……?」
「フェリクスがエシュタリオンに帰れなくともいいとさ……」
「い、いや……」
「エリも国に帰れるかもしれないのにな……」
「おい? なにそれ?」
「プリズムロウの面々も腰抜けと笑うだろう……」
「いやいや、待て待て?」
「このような気構えでは、どうせヴァッジスカルにも負けるだろう……」
「おおおい、負けねぇから!」
「口ではなんとでもいえるさ……。しかし奴は厄介そうだぞ、根性無しにはとてもとても……」
「いや、いやいやいや? 違うって違う!」
黒エリはちらりと俺を見やり「……なにが違うのだ?」
「俺はただ、ヤバさを説明しただけだっての! 軽率な判断でね? 後々みんなが後悔するんじゃないかと思ってね? そこを懸念しているわけでさ、俺は……元老院とか余裕だし? いや俺はね、俺はだよ? ほら予知とかできちゃうし……」
「なにっ……? それは本当か?」
「い、いやまあ、電撃でドカンとやればたぶん……」
「すごいではないか!」
「いや、まあ、そう……?」
「やるではないか! 素晴らしい!」
「まあ、まあね……!」
「ならばやれるな!」
「えっ?」
「やろう!」
「ええっ……?」
「やれるのだろう?」
「や、やれるけれど……」
「ならやろう!」
うっ……! ヤバい、持ち上げられて肯定しちまった……!
くっ……このままではまずいが……! ……しかし、黒エリの言う通りでもあるんだよな……。もしかしたら元老院を通じてフィンへの攻撃を止められるかもしれないし……フェリクス、あるいはエリも母国に帰れるかもしれない……? それに黒エリやワルドのわだかまりも解消できるかも……。
そしてなにより、ここでなにもしなかったら事態はなんら変わらない……。
それでいいのか? いいや……!
「……よし、わかった、やってみるか」
「そうこなくちゃ!」
蒐集者はひとつ、手を叩く……。こいつ、妙に楽しそうだなおい……!
「……しかし、そんなことをしている暇なんかあるのかよ?」
「そうはいうけれど、彼女らの居場所もわからないのに進んでどうするの? 戦艦墓場は広大なのよ?」
うっ……! たしかに、具体的な居場所まではまるでわからん……!
「……でも、お前、知っているんだろう?」
「いいええ? そもそも、探す必要なんかないわよ」
「なんでだよ?」
「狼煙が上がったら大乱戦よ、嫌でも発見できるわ」
「いや、その前にフィンの戦士を……」
「だから、どこにいるの?」
うう……!
「いまあなたがすべきことは、より強力な武器を手に入れることでしょう? そうしないと彼女らはもちろん、元老院にだって勝てないわよ」
くっ……!
「そして時間もないわ。斥候を撃破したんだから、近場にいる本隊がやってくる可能性が高い」
ぬうう……!
「ああ……きたらしいな」
きた……。
きたって、もうっ?
老人は手にしている端末を見ている……。
「部外者が戦ってくれれば最悪の事態になっても言い訳がしやすい。任せたぞ」
うおお、マジかよ……! 早速やるのかよ! 相手はレオニスか? それともアズラ? あるいは別の戦力か? どれにしたってかなりヤバいぞ!
というか事態の流れが急だろ! 妙に大人しくしているルナを見やる!
「ルナ、あんた! こいつとグルだろ!」
「突撃! 最前線!」
ルナは例のポーズをとる! 脈絡ねぇな!
「最前線、じゃねーよ! 俺たちを誘導したろ!」
「だって、スクープくれるっていうし……」
「お前、この……!」
前に出るが、ルナは「いやぁーお!」とかいってエリの後ろに隠れた……!
「争いは望みませんが……」エリだ「ともかく、いまは聖騎士団の方々と接触をしなくては……」
くっ……この猫女! 一癖ありそうだとは思っていたがよぉ……!
そして蒐集者とルナはハイタッチをする……!
「ちくしょう、覚えてろよ悪女ども! というかルナ! お前も手伝え! 強いんだろ!」
「うぇーあ!」
うぇあじゃねぇよっ……!
しかし相手は聖騎士団、戦いばかりが目的ではないにしても、絶対に一悶着あるだろこれ……!