スコトマハンティング
着地の振動は思ったより小さいな。よし、まずは周囲を探るとしようか……。
……ううん、獣はそこそこいるな。だが、接近してくる気配はないようだ……って、黒エリが屈み込んでいるな。
「どうした? どこか痛めたか?」
「見ろ」地面の蔦が引き剥がされた「この場所ですら、ただの森ではなさそうだ」
確かに、硬質的な材質の地面が顔を出しているな。それに黄色いラインが引かれている……と、何の音だ?
『お兄さま、聞こえますか?』
おおっとニューからの通信か。いきなりポーンと音がしたから何かと思った。
「ああ、どうかしたかい?」
『着地点を確認しました。その一帯は兵器の製造工場があった場所で、防衛システムが一部、生きているはずです。お気を付けて』
「そうなのか? 分かった、注意するよ」
『ですが、製造機械もまた、生きていると思われます。つまり強力な武器の入手が可能なのです』
「ほう、そいつは悪くない話だな」
『宝の山な訳ですね。だからこそ、不穏分子が多数、占領している可能性が極めて高いとの懸念があります』
「なるほど……。犯罪者とか」
『はい。あるいは……』
「……あるいは?」
『不穏分子を隠れ蓑に、軍人が紛れ込んでいると思われます』
「なにぃ……?」
いや、しかし……兵器の製造工場なんだ、当然といえば当然だろうか……。
『その一帯は各勢力が領有権を主張している危険地帯です。そして……』
……なんだ? 何か音が……遠くか?
「レク、見ろ……上空だ」
空をゆっくり飛ぶ影が……。ギャロップ……ではないようだが……。
『その音は、ヘリコプター……!』
「ヘリ……?」
『ブレード状の羽根を旋回させて浮力を得る航空機の一種です。ギャロップよりずっと旧式ですが、ギマ軍が好んで使用する場合があります』
「じゃあ、あれは軍隊なのかっ?」
『はい、あえて目立つ機体を持ち出してきたということは、武力介入の正当性を主張しているはずです。ということは、ウォルの部隊も投入されるでしょう。ギマとウォルは共同戦線を張ることがよくありますから』
「共同戦線……? 何がどうなっている……?」
『分かりません。ですが、ギマとウォルの交戦ではないと断じれるでしょう。標的は別に存在するはずです』
やはり、魔女とフィンなのかっ……?
「俺たちが軍と接触したらどうなるっ……?」
『分かりません……。お兄さま方はギマのメディアにおいて、やや知名度があります。即、攻撃してくることはないと思いますが……』
くっ、攻撃される可能性がない訳ではないってことか……!
「しかし、軍はどんな名目でやって来ている? 確か、外界での活動には相応に理由が必要なんだろう?」
『それは重要ですね。とても重要です。調べてみましょう』
「調べる? 君だって軍人なんだろう、あまり詮索しない方がいいんじゃないのかい……?」
『私が軍において必要とされているのは、どこにでも入り込めるからです』
ああ……なるほど、あの気配断ちだものな。どこへでも容易に侵入できることだろう。
『軍の上層は私の有用性と脅威を充分に認識しています。ゆえに、私が望めばきちんと説明して下さるでしょう』
……うん? ニューって伍長だったよな? 言っちゃ何だが、階級としては決して高くはない。上がわざわざ事情を説明してくれるのか……?
「……納得できなかった場合は?」
『させて下さるはずです』
……どうにも、特別な待遇があるのかもしれないな。あるいは階級も表層的なものでしかないのかもしれない。
しかし、考え出すと色々と奇妙な点が思い当たるんだよな……。例えば、ひと月もあの屋敷にいたこととか……。
「ニュー?」
『はい』
「君はそこにひと月もいて大丈夫なのかい?」
『……それは』
「あるいは、何か特殊な任務が与えられている……?」
『……はい。内容は話せませんが』
……なるほど、俺たちに付いて来たことは、ホーさんに関する件のついでではなかったってことか。
しかし、俺たちに、なぜ……?
『とはいえ、話したとてさほど驚くような内容ではないと思います。誤魔化すつもりではなく、あまりお気になさる必要もないと思います』
驚くような内容ではない……? ああ、なるほど!
「そうか、蒐集者の抹殺か! 俺の特性を利用して奴の首を君が獲るということだな!」
ニューの返事はない、当たりだろうな、ひと月も俺の修行に付き合ってくれたんだ、任務があるならなおさら、善意だけで出来ることではない。
そういや蒐集者の奴にしても、修行を手伝うみたいなことを言っていたくせに、ほとんど接触して来ていないんだよな。奴自身、俺とあの二人の組み合わせを脅威と見なしていたし、おいそれと近付けなかったと見るべきだろう。そう考えるとアーマードラゴンの時はチャンスだったのかもしれないな……。まあ、先手を取られていたし、決して有利な状況ではなかったが……。
『お兄さまの答えが的を射ていようといなかろうと、この件については話せません』
「ああ、いいさ」
『ともかくお気を付けて……。それではまた』
そして通信は切れる。さて、どうしたものか……。
みんなが俺を注目しているし、まずは説明をするか……。
「軍だと?」案の定、黒エリは眉をひそめた「そんなもの、相手には出来んぞ」
「事態はさらに混迷してきおったな」ワルドだ「だが、我々の目的は変わらん」
「そうですね」エリは頷く「私たちは自身のすべきことをするだけです」
「でも、こっそり行こうねー。無闇に戦う必要なんかないんだからさー」
「クラタム、ゴージョー。ツレカエルノ、タイヘン」
まあ、どのみち行くしかないわな。
というか……そうだ、この翻訳機があれば……!
「おいアリャよ、フィンの言葉で話してみろよ」
「ムゥー? ナンデ?」
「これ翻訳機だから、お前の言葉がすっかり分かる!」
アリャは首を傾げ「ホントォ?」
「ほんとほんと」
訝しげに俺を見詰めるアリャだが、もそもそと口を開く。
「レクはさ……そそっかしいんだから気を付けたほうがいいよ」
……おおお、マジだ! ちゃんと分かるぞ……!
「……ワカッタ?」
「……分かった。だが、俺はそこまでそそっかしくないぞ」
アリャは目を大きくし、
「じゃあさ、言っておくけどさ!」
おおっと、何だなんだ?
「ヒゲ、ちゃんと剃った方がいいよ」
なにぃ……? 触ってみても、ヒゲはちゃんと……。
「……いや、今朝はちゃんとやってるだろう?」
「ここ!」
アリャは顎の辺りを指差す!
「ここ、いっつも、いっつも、ちょっと残ってる!」
本当かよ……マジだ、けっこう剃り残しがある……。
「他にも剃り残し、結構ある。それがね、じわじわっと気になるんだよなー!」
そうか……気になるか……。
しかしそれって今、言うことかぁ?
「いや、それは別に翻訳しなくても伝わることだろう。もっとないのか、複雑な言い回しとかさ」
「ええー?」アリャは首を傾げ「ない」
「ないのかよ!」
「嘘、本当はある。いっぱい」
アリャは笑い……しかしふと、真面目な顔付きに。
「でも、それはこの戦いが終わったらね。私はクラタムとゾシアムを助ける。レクは悪者の悪意を挫いて」
……そうだな、彼らを連れ帰る、それが俺たちの目的だ。そしてワルドは……あの魔女と決着を付ける。
「……そうだな、よし、行くか!」
「その前に」おおっとワルドだ「君たちに謝らねばならぬことがある」
ええ? いきなり何だ……?
「……ワルド?」
「済まぬ。本来ならば年長たる私が率先して君たちを守るべきであった。剣技の修行もまるでしておらんかったしな」
ああ、そんな話もあったなぁ……。
「いいさ、何だよ、そんなこと……」
「私は君たちを見殺しにしてきた」
ワルドは俺の方を向く。
「つまり、今まで本気で戦ってこなかったのだ」
……本気でなかった? 実力を隠していたってことか?
ああ、そうか……。
「……魔女との決戦のために、魔術を温存していたんだな?」
……おかしい、とまでは思わなかったが、少しだけ不思議ではあったように思う。かなりの実力者であろうワルドが光魔術ばかり使うことが……。
だが、その理由もすぐに察することが出来る。あの魔女はどうにもワルドを盗聴、監視していたようだしな、おいそれと手の内を晒すことは出来なかったんだろう。
「君たちを信用していたと言えば聞こえはいいが……」
「いいさ、けっきょく無事だったんだから」
「そういう訳にはいかん。だが……この負い目は行動によって返させてもらおう」
……別にいいのにさ。あの魔女が相手なんだ、隠し玉は多い方がいい。
「つまり、得意な魔術は別にあると?」黒エリが肩を竦める「奥の手があるのは良いことだが、隠し続けるということはその分、腕が鈍るということではないのか?」
「いいや、その心配はない。常に鍛錬しておったからな」
ええ、そうなのか……?
まあ、そうならそうで問題はなさそうだが……。
「よし……じゃあ、今度こそ行くか!」
……っておい、またもや何だ? 何かやって来る気配があるぞ……!
しかしどうにも獣っぽくないな、こいつは人か? まさかいきなり軍隊が……?
いや二人だな、軍の部隊にしては少な過ぎる数だ。盗賊などの類か……? それにしてはまっすぐやって来るなぁ……。
黒エリも気付いたのか、遠くをじっと見詰めている。
そして一直線に走ってくる影がふたつ……。男女だな、男の方は何か抱えている、火器かとかと思ったが違うな、あれには見覚えがある、放送局で見たカメラによく似ているぞ。ということは……。
「また放送局の人間みたいだぜ……」
「ということは、民間人ですか……?」
そしてあれは……! フィンでもギマでもないな! 片方はウォルだが、もう一人は……猫みたいな容姿だ……!
「あっ、かわいい……」
エリが呟く……。お初だな、あれはパムに違いない。
「突撃っ!」パムの女は飛び跳ねる!「最前線っ!」
その、桶の水をぶちまけるみたいなポーズは何だ……?
「どーもぉ、あ、言葉通じます?」
「あ、ああ……」
「突撃っ! 最前線っ! で、お馴染みのスコトマハンター、ルナでぇす!」
ルナと名乗るパムの女だ、俺へと真っ直ぐ近寄って来た……って、めちゃくちゃ近い、顔が近い!
猫そっくりの大きな目、耳は大きいが横に垂れており、白い体毛がふわっとしている。くりんとしている毛髪も白い。赤いスカート姿だが、上半身は防護服を着ている。
……これは、そうだ、メオトラの素顔によく似ているな。そういやミィーがパムがどうとか言っていた。やはりメオトラはパム系だったんだ。大きさはぜんぜん違うが……。
そして後ろの男は黒い体毛のウォルだ。黙ってカメラをこちらに向けている。やはり防護服を着ているな。
というか、ルナってどこかで聞いた名だな……? どこだっけ?
「あなたはレクレクさんですね! おっ初ぅー!」
レクレクさん……って、このひと落ち着きがないなぁ! ひっきりなしに俺の周囲を跳ね回って……マイクロフォンだったか、棒状の機械をこっちに向けてくる……。
「それで、何をしにここへっ?」
何、なにって……。
「し、知り合いを助けに……?」
「へえー! どなたですっ?」
「いや、というか、何が起こっているんだ?」
「それを探るのがっ!」パムの女はまたポーズを取る「スコトマハンター! ルナッ!」
うーん、元気だなぁ……アリャよりやかましい……。というかスコトマって何だ……?
「うわー! パムだ!」アリャが大声を出す!「珍しいー!」
「そおいうあなたはセールフィンですね!」標的がアリャに移る「どおしてここへっ?」
「兄様を連れ戻しに来たんだ!」
「そおなのっ? そのお兄様はどおしてここへっ?」
「なんか変な魔女と組んで、シンの意思? とかいうの集めてるんだ。それで、この先で潜伏してるらしい」
「シンの意思……?」
うっ……? 何だこの女、気配が……?
「……そっかー! 無事に連れ帰れるといいですねー!」
「うん!」
そしてまた標的が俺に移る!
「あのあの、私たち二人だけなんですよー!」
「え? あ、ああ……」
「なのでなので、ご一緒してもよろしいですかぁー?」
一緒だって……? この二人と?
「いや、しかしこの先は危険で……」
「突撃、最前線!」パムの女はまたポーズを取る「危険は承知です! というか私は強いので死にませーん!」
ええ? 本当かよ……。
「と、ところでルナさん、軍隊がやってきているんだけれど、パムの部隊も来ていたりするのかい?」
「ルナって呼んで下さーい! ルナルナルゥー!」
「あ、ああ……」
「それで、パムのですか? それはあり得ませんよ、パムは軍を持っていませんから」
「……へえ? そうなんだ?」
「協調性がないからな」おっとウォルの男だ「みんな好き勝手に生きているのがパムなんだ」
「ガチガチの集団主義に言われたくないなー。ま、いいや! さあ行きましょう!」
「いや、マジで危険なんだよ……?」
「大丈夫ですよ、このカメラ、特注品ですっごく頑丈ですし。こいつが死んでも撮影は続行できます」
いや、そういう意味じゃ……。
「いいんだよ」ウォルの男だ「ルナが死んでもニュースになるんだから」
「絶対あんたが先だと思うけどー!」
どっちが先とか、何だこのコンビは……。
まあ、仕方がないか、あんまりもたもたしていられないしな、ヤバくなったら勝手に撤退するだろう……。
「じゃあ、危なくなったらさっさと逃げてくれよ。よし、時間が惜しい、今度こそ出発しよう」
……って、袖が引っ張られるが、やっぱりパムの女か……。
「……なに?」
「あのあの、周囲に怪しい建物ありますよ?」
「そうか? でも、ヤバそうな気配はない、襲撃もないさ」
「じゃなくて、遺物とか探さないんですか?」
「そんな時間はない。目的の人物がここを発っては困るからな」
「ここを? それはないでしょう!」
ふと、目が合った。猫らしく、瞳孔が縦に長い……。
あれ? そういえばニューもそうだったな、テーもか?
いや、今はいいか……。
「……なぜ、そう言える?」
「包囲網が敷かれているから出られませんよー!」
包囲網、か……。
「……どうかな、魔女と呼ばれる凄腕の魔術師がいるんだぜ、いくら相手が軍人でも、出し抜くくらいは出来るんじゃないか?」
「クルセリアですしねー。でもぉ、隠れ場所なら他にもあるじゃないですか、きっとここに留まる理由がありますよ」
……クルセリアの名を知っている?
いや、凄腕の魔女だ、知っていてもおかしくはない……。
「クルセリア・ヴィゴットを知っているのか?」
「はいー、まあ、知り合い程度ですけど」
「そ、そうか……」
へえ、知り合いねぇ……。
でも放送局の人間だしなぁ、不思議ってほどじゃないか……って、待てよ? クルセリアのことを知ってはいても、なぜここにいることを知っているんだ? そこはいささか、奇妙じゃないか?
「待った、なぜ、クルセリアがここにいると知っている?」
「それは話せませんよー」パムの女は屈託もなく笑う「情報源との信頼関係にヒビが入りますから」
うーん、そういうものか……。
しかし、魔女がここを動かないだと、本当か? いったいどんな狙いがあるっていうんだ……?
……もしや、この状況そのものとか? 老婦人が言っていた懸念の通りに交戦が起こり始めているのか、単に各勢力を潰し合わせるつもりなのか、あるいは戦艦や遺物を求めているのか……。
どれもあり得そうなものだが、確証はまるでない……。
「ともかく、ゆっくり探検しながら行きましょうよ!」
袖をぐいぐい引っ張られる……。
「待て待て、君の意見にしたって憶測に過ぎないだろう?」
「そんなことありませんよー!」パムの女は頬を膨らませる「ギマは特に正当性にこだわりますし、ああして目立たせている以上、すぐには行動に移さないものなんです。不法占拠者への警告から始まり、入念なスキャン、そして捜索と、決まった段取りを踏むので……一週間は余裕あるんじゃないですか? クルセリアが深部にいるならもっと掛かるでしょうし」
クルセリアが深部にいるなら……?
いつの間にか、軍の標的がクルセリアってことになっていないか……? 俺たちの目標はあの魔女たちだが、軍のそれはまだ確証がないはずだ……。
……この女、かなり詳しいな。それとも単に話を合わせているだけか……。
「……ウォル軍はどう動く?」
「ギマと衝突したくないでしょうし、足並みを揃えるはずですよ」
……うーん、ギマの軍隊に関する情報はそれっぽいな。ニューから聞いた話と矛盾しない。それにウォルと共同戦線を張るらしいし、やはりこの女、事情通だな。ということは、多少は余裕があるということになるが……。
「というかですね、このまま真っ直ぐ突っ込んだんじゃ、確実にギマの部隊に見付かって面倒なことになりますよ? まあ、すぐには攻撃してこないはずですけど、標的にされたら延々と追跡してきますからね」
パムの女は俺の手首を両手で掴み、小首を傾げる。
うーん、不可解な点はあれども、嘘くさくはないな……。気配にも敵意がある訳じゃなさそうだし……。
「……いや、確かに、地上を進んで行くのはヤバそうなんだよな……」
「だから言ってるじゃないですかぁー! いろいろ探検していきましょうって! 隠し通路とかざらにありますから、かえって近いですよー!」
「……あんたらは単に、面白い絵が撮りたいだけだろう?」
「もちろんそおですけど、それとこれとは関係がないじゃないですかぁー?」
うーん……と、そこで肩を叩かれる、黒エリだ。俺たちはパムの女より離れた。
「……話に乗ろう。奴らとて死にたい訳ではあるまい。前線で撮影をしているのなら、多少なりとも事情通だろうしな」
「……まあ、そうだな、俺たちには判断材料が少ない。しかし、まだ余裕があるという話を信じるのは危険だぜ、あるいは明日にでも交戦が始まって、クラタムたちがヤバいことになるかもしれない」
「まあ、待て……」黒エリが身を寄せてくる「……クラタムらの安全を優先することは大きなリスクだ。基本的に敵対しているし、無事に連れ帰るのは至難だろう」
「……何が言いたい?」
「理想に燃えるのはよせという話をしている。冷静に、状況を考えてみろ。クラタムは仕方ない、魔女は死んだ方がいい、ヴァッジスカルとやらは殺した方がいい、軍は敵に回さない方がいい、仲間の命は当然、最優先……。これが妥当ではないか?」
「おいおい……」
「あの女は一週間と言ったな? 結構ではないか。その間に魔女やヴァッジスカルが死んでくれたら最高だ。クラタムらが死んだ場合は残念だが、やむを得まい。ともかく、我々はこの戦いに深追いしなくてよくなるのだ」
「あのな……」
「アリャに顔向け出来んか? 向ける対象が生きていればいいがな。深追いするということはそういうことだぞ、いい未来を夢想するな。現在の無事を喜び、未来に懸念しろ」
……いろいろと言いたいことはあるが……くそっ、かなり冷静な意見だな……。クラタムを早々に諦めれば俄然やりやすくはなる……。
「……まあ、一理あるな」
「悪い状況下だ、諦めこそ最善の場合もある。分かるな?」
……黒エリは決して冷淡ではない。これは仲間の安全を最優先しての提案だ……。
「……ああ」
「相談、終わりました?」
見ると、側にパムの女が立っている……。
「さあ、行きましょうよお!」
そして妙なコンビはどんどん先へと進み……近場の建造物へ入っていってしまった……。
「はあ、ずいぶん躊躇なく入っていくなぁ……」
「ふん、命知らず共め」
仕方ない、後に続くか……。
はてさて、内部は……と、ずいぶん荒れ果てているな。床が砕け、草がほうほうと生えている。窓はただの穴に過ぎない。散乱している残骸はテーブルや椅子だったものか、何らかの機器の部品も見受けられる。
「ありましたよ、こっちー」
声は隣の部屋からか。あんなに騒がしくて、よく今まで無事だったな……。
「……何があった?」
「ハッチを大発見! さっそく入ってみましょう!」
「いやいや、地下はヤバいぞ、慎重に……」
パムの女は躊躇なく開き……開くのか?
「うわーおう!」
そして降りて行ってしまった……。
うおお、マジで大丈夫かよあいつら……!
「くっ……やむを得ないか!」
下への階段は……意外と綺麗だな、破損してはいないようだ。そして階下は真っ暗ではないだと……? 暗いことには変わりないが、緑色の明かりが所々に、一応は視界が効く、か……。
それに何だ、この空間は……? 人間大の直方体……並びは均等、やはり緑色の光を発している……。
往々にしてこういう色は平常のサインだ。つまり、この辺りは問題なく活動している……?
……そして、接近してくる気配があるな。お出ましか、蒐集者の奴だ。奴とデヌメクに限ってはどこに現れようと驚きはない。
「……何の用だ?」
笑い声は、やはりスカーレットのもの、そして直方体の陰より現れるが、衣服が違うな……? これは形状からして軍服……なのか? 顔は相変わらずエジーネのままだが……。
「ようこそ多目的工場へ。ご案内致しまーす」
なーにがしまーすだよ……。みんなは身構えるが、その必要はない、今はな……。
「それにしても素晴らしいわね。たったひと月でこの次元の気配断ちを感じ取れるようになるとは。彼女たちの修行は相当効果的だったようね」
ふん、ヴァッジスカルより分かり難いが、やはりニューよりはマシってもんだ。
「修行を手伝うと言っていた割に姿を見せなかったな? それほどニューたちが脅威だったか?」
「余計な茶々を入れるのも良くないと思っただけよ」
「はっ、お役御免には違いないだろう?」
「そう角を立てないの」蒐集者は笑う「修行はこれからよ。ちゃんと私たちの戦い方を教えてあげるから」
俺たちの……?
「あなた、予知は?」
「予知ぃ……? 出来てたまるかよ」
「いいえ、あの世界に至ったのなら、出来るはず」
あの世界だと……?
やはりあの青年は……。
「そしてあなたは花を動かしたわね」
「花……? ニューのことか……?」
「多幸の側に置いてあげたらその人物も幸福になると? 違う違う、人界はそのような単純な道理で動いてはいない。それに多幸が延々と続く訳もないし、その必要もない。多幸、薄幸、残酷、虚無、すべては……」
「……等価だと言いたいんだろう? ならばなぜ、残酷を貪る?」
蒐集者の顔から笑みが消えた……。
「……いや、今はこんな話をしている場合じゃないな。それより、いったい何が起こっているのか……」
「……こんな話?」
……うっ! 蒐集者が顔に手を掛けた! やばい、こいつは怒る流れだ! こんなところで妙な説教なんか聞きたくないっ!
「ああいや待て待て! 無下にしている訳じゃあない! この話はまた後でな!」
蒐集者は不満気に俺を睨むが、手を下ろした……。はあ、これ以上、面倒なことになってたまるか……。
「よし、それで、何が起こっているんだ? お前なら知っているんじゃ……」
「知らなーい。どーぞ、こちらでーす」
言動がえらくいい加減になりやがったな……。そっぽを向いて歩き出したし……。
「レク」フェリクスだ「あの人ならいろいろ知ってると思うなー。嫌かもしれないけど、どうにか聞いてみてよー」
それはそうかもしれないが……! うああ、マジかよ、あいつのご機嫌取りなんかしたくねぇええええ……!
……だが、どうしても状況は知っておかなくてはならないか、特に軍隊は敵に回したくないしな……。
でも、やっぱりご機嫌取りは嫌だ……って、怪しい気配が出てきたぞ! しかもこいつは獣じゃない、不法占拠者か、あるいはそう見せかけた軍人か……!
「……いるな」
「いるわね」蒐集者が振り返った「軽くひねってあげましょうか?」
「……やるにしても、殺すなよ」
「ああら、どうして?」
「お前なら、殺さずに制することが出来るんだろう?」
「そうしたいなら自分でやったら?」
蒐集者が……糸を飛ばした? 俺の頬にひっつく……!
「強烈な電撃で活性すれば、多少は視えるようになるんじゃない?」
そして、電撃がっ……! 体を突き抜けるっ……!