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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
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決戦の地へ

ありとある有り様の花畑には獣が潜み、被る苦痛は人知を超える力となって人を天へと導いていく。

多幸・薄幸・残酷・虚無の対照が世界に色を与えるからこそ、数多の苦痛も永続することだろう。だがそれこそが、天への道を確約させる、決して閉じない煉獄の環であるのだ。

……などと奴のように達観してみせようとしても、眼前の叫喚を見過ごすことなど俺には出来ない。

例えそれが自身を苦しめる結果になるとしても、この戦いに身を投じ……彼らを止めなくてはならないんだ。


                  ◇


 爛れた甲板、靴底が溶けて粘つく、燃える塵が舞っている、黒い煙を帯びた幾つもの影、焼け焦げた肉の匂い、獣たちの気配、唸り声……。

 黒い煙より人影が、弓を構えている姿……!

「クラタム、もうやめろ……! この状況で潰し合ってどうなるっ……!」

「……黙って、散れっ!」

 くる、光が収束しているっ!

「レキサルッ! 身を隠せっ!」

 砲身に身を隠す、無数の閃光が飛び散るっ……! 舞う獣たちが貫かれた、そしてさらにくるか、これはゾシアムの貫通矢だっ……! 俺は跳ぶ、矢が砲身をぶち抜き、甲板の縁まで抉っていく!

「くそっ、どうなってる! 当たらんぞっ……!」

「奴は一寸先を読む! だが身体能力が追い付いていない、お前の矢の速度なら当てられる!」

「だが、この獣どもが邪魔をして……!」

 ゾシアムの周囲に獣が集まっている、よし、このまま先手を取り続けるぞ! まずは砲身を駆け上がり視界を確保……いや、ランサーイーグルが飛来してくるか、それにブレイドジャガーが駆け上がってくる!

 このビジョン、このタイミングだ、砲身の上で身を翻す、飛び出してきたジャガーとちょうど背を合わせる形になる、そのまま構え、イーグルを撃ち落とす!

「邪魔だぜ!」

 そしてジャガーを蹴り落とす、視界を確保した! 下方で獣を払うゾシアムへ向けてシューターを撃ち続ける!

「うおっ、おおおっ……!」

 不意打ちになったか、ゾシアムは転がるように船体へと身を隠す、しかしレキサルの矢が追尾していく、そして炸裂っ! ゾシアムの周囲にいた獣たちが吹き飛ぶ、奴に直撃こそしていないようだが、痛打にはなったはずだ! 奴の乱れた気配が遠ざかる、体勢を立て直すつもりだな、しかし移動が遅い、レキサルが追撃していく!

「無事か、ゾシアムッ!」

 クラタム、自身の心配をしろ! ブラッドベアーがお前の頭上にいる、駄目だ、このままではやられる!

「くそっ!」

 俺はベアーを撃つ! 巨体が転がり落ちた!

 クラタムを倒さねば、しかしアリャのためにも、生かして連れ帰らなくては……!

「お前……」

 俺を見るクラタムの瞳が憎悪に燃える!

「お前ぇえええっ! 情けのつもりか、ふざけるなっ……!」

 クラタムの手に強い光が収束! しかし、視えるビジョン、こいつはなんだっ? まさか、全方位射撃なのかっ?

 すぐに身を隠せる場所は? 砲身の中、いいや、入り口が開かんか、船体へ入る? これも駄目だ、間に合わん!

 クラタムが球体を射出する、そして、そこから無数の矢が周囲に降り注がんとしているっ……!

 ちっ、これを躱すにはここしかない! ブラッドベアーの懐へ向けて駆ける、ベアーは豪腕を振り回す、軌道が見える、なんとか躱し、その懐へ、そして光の矢が降り注ぐっ!

 ブラッドベアーは悲鳴を上げる、済まんな、倒れるベアーから離れる、まだ息はあるようだ。そしてクラタム、これほどの魔術を駆使しているんだ、消耗しているに違いない! 現に気配が弱まっている!

「クラタァームッ!」

 物陰に駆けていく姿が、体勢を立て直すつもりのようだな、しかし逃さん! 進行方向に先んじて速射する、クラタムがこちらを向く、そして撃ち返してくる、こいつは得意の速射か! だが弾数ならこっちも負けていない、視える、真っ向から撃ち落としてやる!

「うおおおおおおっ!」

 宙空で無数の光が飛び散る! 眩しい……が、視えるぞ、軌道が見える! 合わせ方が分かる!

「いい加減にっ……! くたばれえェエエエエエッ!」

 連射速度が上がっている、まだこんなに撃てるのかっ! だが、ここで押し負ける訳にはいかんっ!

 無数の瞬き、視界が白く包まれていく……!

 頼れるのはビジョンだけ、集中を欠いたら無数の矢で跡形もないだろう……!

 しかしまだか、まだ撃てるのか……! クラタム、この青年はこの齢でこれほどの……! 視界は既にないに等しい、白い世界……!

 だが、限界は着実に近付いている、徐々に、徐々に連射速度が下がってきている、白い世界に色彩が戻ってくる……。

「くっ……! なぜだ、なぜっ……! うおおおぁっ!」

 一際眩い閃光が迸り……急に視界が開ける……。

 そしてクラタムの姿が、がっくりと膝を突く……!

 あれほど撃ち続けたんだ、さすがに限界だろう……。

「くそ……!」クラタムは力のない拳で甲板を殴る「くそっ、くそっ、くそぉおおおおおっ……!」

 俺も消耗が激しい、片膝を突く……。

「戦いは終わりだ……終わろう。ニリャタムも……そう願っているはずだ……」

「なぜだ、なぜ、今になって赦される……!」

 クラタムは甲板を殴り続ける……。

「戦士の誇りを捨て、こんな遺物なんかに頼ったのも……俺は、赦されぬがためと思い、力を得たというのに……!」

「クラタム……」

 いや、なんだ、奴の瞳、戦いの炎は消えていない……!

「くそっ、くそっ……! こんな、なんの業も抱えていない奴なんかに……!」

 そしてクラタムは天上に両手を掲げ……吼える!

「くそぉおおおォオオオオオオオッ! お前に縋ってやるっ! 来い、破滅の使者よっ……!」

 ……なんだ? 何か来る? なんだあれはっ……!

 あれは……って、あれ?

 頭上には、シャンデリアがある……。

 それにここは、ベッドの中……?

 ……今のは、夢?

 ゆ、夢かぁ……って、見やると傍にエリがいる!

「あ、あの、おはよう……ございます……」

 決まりが悪そうなのは俺が驚いたせいか。

「その、お呼びしてもなかなか返事がなかったので……」

「そ、そうかい……」

 ……体が湿っているな、寝汗が酷い。手で額を拭うと指に汗が纏わり付いた。

「おはようございます」

 おや、ニューの姿もあるな……。

「おはようございますわー!」

 テーもか、今朝も元気だね……。

「それにしても」エリは唸る「とても、うなされていましたよ」

 うなされていた、のか……。汗だくだしな……。

 でも、あれ? 夢って、何の夢を見ていたんだっけ……?

 何かそう、とても切羽詰まったものだったような……。

「今日は出発の日ですよ。体調はいかがですか? その寝汗、もしや風邪などひいたのでは?」

 手拭いが差し出される。俺は上半身を起こし、それを受け取った。

「ああ……ありがとう。いや、問題ないよ」

 あれから数日、充分に食べて休んだので体力は大方、戻っている。病気を患っている悪感はない。

「いよいよですね」ニューだ「戦艦墓地は中央部を除けば、最も危険な場所の一つです。お気を付けて……」

「ああ……」

 戦艦墓地……ヴァッジスカルの書き置きに示されていた場所であり、その名の通り、廃棄された戦艦が数多く眠る地であるらしい。地形も相当に入り組んでおり、危険な獣も多いという。

 なるほど迂闊には近付けない場所だ、奪取したシンの意思を隠しておくには最適だろう。魔女とフィンたちはそこに潜伏しており、三つ目の意思を手に入れるため、入念な準備をしていると思われる。俺たちも急いでそこへ向かわねば……。

「朝食をとった後に出発するそうです。もし、体調に不安があるのなら、すぐに相談して下さいね」

 そう言い残し、エリは部屋を後にした。さて、俺もそろそろ起きるか……って、なんだ? ニューとテーが黙したまま、俺を見詰めている……。

「……なんだい?」

 するとニューは俯いてしまった。

「……いえ、その」

 テーの方はにっこりしながら「いいええ!」

 なんだいったい……? 用件があるのは明らかだが、何か言い辛い内容だったりするのかな……?

「なんだい? 用があるんだろう?」

「はい……」

 頷くものの、後に続かない……。

「……何度も言うけれど、君たちには本当に世話になったな」

「そんなことは……」

「死線を見極める技量は流石ですわー!」

 実際、瀬戸際だったらしいな。みんなはその点を強く問題視していたが……やはり彼女らに落ち度があるとは思えない。

「君たちも大なり小なり責められただろうに、はっきりと釈明をしなかったみたいだな」

 ニューは唸り、

「感情的にも、体感的にも……理解は難しいかと思いましたので」

「それに面倒ですわー!」

 いやあ、面倒ってなぁ! そいつは損だよ、まったくもう。

 だが、思い返せばそうなんだよな、あのやり方はまったく間違っていない。そもそも、俺が力を手にした経緯がどれにしても……。

「なあ、ちょっとした疑問というか、答え合わせをしたいんだけれど……」

「はい、なんですか!」

「その、俺って魔術の才能とか全然なくてね、ほんのちょっとだけ使える電撃の魔術も、瀕死になってようやく手に入れた力なんだよ」

「そうだったのですか!」

「まあ攻撃面はともかく、防御面はそこそこ進歩していてさ、今じゃ電撃をくらっても平気になったりしているんだけれど……」

「それはそれは!」

「でも、その体質を手に入れたきっかけも電撃での拷問でさ、そして今回のあれだろう? その良し悪しはともかく……こう、修行らしい修行というより、痛い目に遭ってこそ力が伸びている気がするんだよ」

「仰ることは分かります」ニューは頷く「そうです、アイテールに関する能力は心身の損害において、その力をよく発現させるものなのです。伝播関係の能力は特に……」

「損害、だって……?」

「アイテールはよく痛みに宿るものなのですわー! 些細なものから深手まで、ありとあらゆる痛みにです!」

 へ、へええ……? そいつは初耳だが……。

「でも、なぜ痛みで……?」

「そこまではわかりませんわー!」

 そうか……。

 しっかし、痛みにねぇ……?

 だが答え合わせは出来た。やはり俺が力を得た経緯には苦痛が関係している、そしてそういった点において、二人のやり方はむしろ合理的だったんだ。

「……さあ、あのお話をしましょう」

「……うん、わかっている」

 ……それはともかく、やはり、何か言いたいことがあるようだ……。

 しかし、こいつはまさか……? まさか、またしてもああいう話なのか……? 俺はギマの女性にかなりモテるのか?

 まあ正直、ニューは凛としていて綺麗だし、かなり悪い気はしないんだよね……。

「あ、あの、ニュー?」

 ニューは顔を上げ「は、はい」

「えっと、何か、俺に言いたいことでも……?」

「ありますわー!」おっと、テーだ「とどのつまり、わたくしたちは家族ということです!」

 家族ぅ……? いきなり家族までいくのか……?

「か、家族……って?」

「魂の家族です!」

「魂の……?」

 ニューは少し顔を赤らめて俯き、

「その……魂の交流をした者たちは、そういう関係にあるのだと……個人的に思うのですが……」

「お、おお……」

 ということは、あの光景、あのやり取りをニューも体験していたってことなのか……? 俺だけが見た夢ではなかったと……?

「そ、それでその、お兄さま、と、お呼びしてもいいですか……?」

 ええ……? お、お兄さまぁ……?

 お兄さま……。

 えっと、それってどういう立ち位置……?

「うーん……?」

「あの、いけませんか……?」

「あっ、いやその、慕って……くれているんだろうし、ああ、素直に……嬉しいよ、その、まあ、君の……」

「わたくしたちのです!」

「き……君たちの、兄でも、いいさ、まあ、それは……」

「本当ですか!」ニューが顔を綻ばせる「よかった、テー!」

「よかったですわねー!」

 な、何だかよく分からないが、これは人として尊敬されたという話のようで、異性のあれこれではなさそうだ……! 今回は見事に俺の空回りな感じ……!

 くっ……! ちょっとマジで悔しい……!

 一通り喜んだ後、ニューはまた凛とした表情に戻る。

「それではレクお兄さま、これよりしばしのお別れとなるでしょうが、何かあった時はご一報下さい。家族の一員として馳せ参じますので。これは通信装置です」

 ニューは手の平を差し出してくる。その上には、親指程度の小さな機械があった。

「ニューへ通信、テーへ通信といった風に発音すれば、自動的に私たちへと繋がります。また、翻訳機能もあり、異文化の言語を自動的に翻訳するよう、調整してもあります」

「へええ……! こいつは便利なものだなぁ!」

「耳の上部に付けておきましょう」

 耳に挟むような形で通信機が装着されたようだ。特に違和感はない。

「ありがとう、そっちがヤバい時には遠慮なく俺を呼んでくれよな」

「わかりましたわー! レク兄さま!」

 何だかよく分からんままに、シスターズが本当のシスターズになったとは……。

 というか、勢いでさらっと済ませてしまったが、これってけっこう重大な決定だったんじゃないのか……?

 ま、まあ、決して悪い子たちじゃないし、慕ってくれるのは素直に嬉しいしな……後悔は特にない……。

「ちなみに家族はわたくしたちの他に、ホーさまとムゥー姉さまがいますわー! これで五人です!」

「五人もか……。男性の家族は初めてだな」

「そうですわねー!」

 ホーさんはともかく……デュラ・ムゥーもいるのか……。なんでお前なんぞが! とか言われそうだなぁ……。

 それにしても老婦人は違うんだな? あくまであの世界でのことを共有していないとならないんだろうか。

「後はお父さまだな。……レクお兄さまがそうでもよかったが」

「それは……どうでしょう? 年齢的に兄さまが妥当ですわー」

 いや、待てよ、ということはデュラ・ムゥーも伝播に関する能力を持っているのか?

「そういえば、あの方はどうなのだろう? 優しいし、とても思慮深い。ホーさまの態度が辛辣なのが気に掛かるが……」

「あの方は……魂の世界に行けないそうですわ」

「そうなのか? でもあの方はホーさまの……」

「だからこそ、おかしいのでは?」

「ああ、そうか、そうだな……」

「ちょっといいかな?」

 尋ねると、二人は俺の方を向く。

「デュラ・ムゥーも予知とか使えるの?」

 テーはにっこり笑い、

「何らかのアクセス能力はあるはずですが、予知は使えないはずですわー! ですが! お姉さまもニューを発見できるのです! つまり探知精度が極めて高い! 範囲も五十メートル前後と、わたくしの五倍はありますわー!」

 予知能力こそないらしいが、ニューを見付けられるとは……!

 しかし、アクセス能力ってなんだ……?

「アクセスって……?」

「予知が出来るのはアイテール構造体とアクセスしているからですわー! そしてアイテール構造体の機能は予知情報を提供するだけではないそうです!」

「へえ……?」

 アイテール構造体とは超低密構造体のことだろうな。予知能力はそれに接続して得られる力なのか。そしてデュラ・ムゥーも何らかの能力を構造体より得ているらしいと……。

「……他にも似たような力を持つ、めぼしい人物はいるのかい?」

「極まっているのは蒐集者と呼ばれている方ですわねー! あの方の生き様はともかく、その能力はおそらく最上級と断じれるでしょう!」

 やはり奴の名は出てくるか……。

「なるほど……他には?」

「それに……先日いらっしゃった……どなたでしたっけ?」

「ヴァッジスカルだ」

「そうでした、その方もかなりツワモノだと、昨日ユーさまが仰っていましたわー! なんでも、超広域かつ精度の高い探知能力があるらしいのです!」

 なるほど、俺の元へ飛んできたのもその能力のお陰か……。

「超広域かつ精度もかなり高いって? その上、予知能力があるとか、そういうことは……」

「ないと思いますわー! 伝播に関する能力には範囲、精度、特殊効果の三要素があり、何かが特化していると、他の要素がおろそかになってしまうものなのです! 例えばわたくしの場合、探知精度が高く予知が出来るぶん、探知範囲はとても狭いのです! おそらく脳の処理限界ゆえにでしょう! ついでに記憶力もありませんわー!」

「そ、そうか……」

 だからいつも楽しそうなのかな……。

「ただ、発想は天才的ですよ」ニューだ「身内だからという理由を抜きにしても、敵にしたくないという意味ではトップクラスですね」

「ほう……」

「純粋な練度を別にすれば、能力の評価は大方、探知範囲にて推測できます。探知範囲が狭い相手は高い探知精度を持ち、特異な能力をも保有していると考えていいでしょう」

「狭いの定義は?」

「私はおおよそ百メートル以下を狭いと評価しています。広い場合はキロメートル単位で探知できるとの話ですので」

 そこまでか! そうだな、俺も大方……百メートルくらいが限界くさいしな。

 それに、思い返せば、蒐集者は首なしどもを操っていたんだよな。探知範囲が広いならそんなものを使う必要もないだろうし、加えて奴には予知能力がある。つまり奴の探知範囲はそう広くないと推測できる訳だ。あるいは俺と同じ百メートル前後ってところなのかもしれん……。

 それにヴァッジスカルだ、超広域かつ精度も高いとなると、予知などの特殊能力を保有していない可能性が高いようだ。それに駒がどうとかという発言からして、どうにも策謀家らしい。どのみち厄介な存在には違いないだろうが、単体ではそう危険な相手ではない……?

「しかし、ご注意を!」

 おおっと、なんだ?

「魔術や伝播関係の能力が実力のすべてではありません! ゆめゆめ敵を軽んじませぬように!」

 うっ……! そ、そうだな、確かにそうだ。

 状況はきっと混迷するだろう。一対一の勝負なんてこれまでほとんどなかったし、きっとこれからも少ないはずだ。戦力の保有量がそのまま強さに直結する訳ではないよな、忠告、有り難く受け取っておくぜ……!

「ところで、お腹が空きましたわー!」

 そうだな、俺もだ……。

 そして俺たちは朝食の席に座る。ああ、こんな立派な食事ともしばしのお別れだろう。今の内に味わっておこう……と柔らかい炒り卵を口に運んだところで老婦人が口を開いた。

「戦艦墓地への足には脱出用のロケットを使用するわ。ただし、直接には行けないの、墓場とはいえ、機能が生きている部分もあると聞くし、あの女のことだから迎撃装置の準備をしているに違いないもの」

「迎撃……」俺は唸る「撃ち落とされちゃ敵わないなぁ」

「なるべく目立ちたくないだろうし、ミサイルはないわね……。おそらくレーザー砲かしら? それに先の理由から、あまり遠距離まで迎撃範囲に設定しているとも思えない。おおよそ半径五キロから十キロってところかしらね。でも、安全性を考えて、二十キロ辺りに着陸させるようにした方がいいわね……」

 二十キロか……。そこそこの距離だな。

「着陸後のルートは任せるけれど、戦艦墓地の周囲にはいろいろとあるわ、気を抜かないでね」

「……いろいろって?」

「うーん、いろいろよ、未知の施設や獣の巣穴とか。ともかく一日で着くとは考えない方がいいわね」

 うーむ、前途多難が今から懸念される、か……。

「まあ、あなたの探知能力で何とかなるでしょう?」

 いや、でも……そんなに変わったかなぁ……? という感じもあるんだよな。以前より成長しているとは思うが……いまいち実感がない。

 食事を終えた後、俺たちは準備を整え、また屋上へ……。そこで老婦人が執事に命じると、屋上がグゥーンと開いた! そして何やら発射台らしきものが斜めに伸びてきたぞぉ……!

「さっきも言ったけれど、これは脱出装置でね、乗り心地は良くないけれど、そこは我慢してね。八人乗りだからみんな乗れるはずよ」

「あ、私は用事があるのでここで」

 ふと、アージェルが手を挙げる……。なんだ、離脱するのか?

「用事って何だ? 単独行動なんかして……」

「それは秘密」アージェルは人差し指を唇に当て、微笑む「大丈夫、後で追い付くから。それまで無事でいてね」

「いや、でも……」

「いいさ」黒エリが制してくる「好きにさせろ」

「し、しかしよ……」

「大丈夫、知り合いが来てくれるから」

 知り合いだと……? 人見知りのアージェルにか……?

 声だけだったあいつか? それともメオトラ? あるいはアテマタ……だろうか?

「具体的に、誰だ……?」

「あなたは私に興味ないんでしょ?」

 うっ……! 突き放すような言い方だ!

「でもいいんだ、今はね。もっと戦力を集めて、あなたを助けてあげたいだけ」

 た、助けるって……。

 アージェルは手を銃の形にし、俺に向ける……。

「アージェル?」アリャが首を傾げる「イカナイノ?」

「ごめんね、ちょっと別行動」

 エリは心配そうな目をアージェルに向け、

「アージェルさん……」

「またね」

 アージェルは銃の形にした手をエリに向けて、撃つ仕草をする……。

 ま、まあ……同行するアテがあるってんなら……仕方ないが……。どう動くかは個人の自由、強制する権利なんかないしな……。

「さあ、そろそろ発射するわよ」老婦人が手を叩いて急かす「急がないと出遅れるわ」

「気を付けて、お兄さま」

「レク兄さま、お気を付けて下さいまし!」

 妙な視線を一身に受けつつ、俺は……俺たちはロケットに乗り込む。内装は白くシンプル、そして狭い。座席は縦に八つ、アージェルはもちろん、老婦人や魂の妹たちも別行動なので乗り込むのは六人だけだ。黒エリが咳払いをする。

「……今のはなんだ?」

 これはもちろん、俺への問い掛けだよな……。

「いやあ、話せば長くなるからさ……」

 それにしてもアージェル……。あいつはこう……心配になるんだよな、危なっかしいというか……。

 まあ、そういう意味じゃ、俺も大差ないがな……。

 そしてロケットは起動し始めた……と思ったら急加速するっ? 体が背もたれに押し付けられるぅうう……!

「おおおっ? 大丈夫かこれっ……!」

「むうう、そう願おう!」

「着陸はできるのかっ?」

「どっ、どうなんでしょうっ?」

「なるようになるしかないさぁあああー」

「ニェエエエエエー!」

 少しして……加速が止まった……? そして振動っ……! 外壁が剥がれっ! パラシュートが開いた! 下方にも透明なクッションが開き、俺たちを包む……!

 そして遠くに見えるぞ……あれが戦艦墓地か? 森の中に銀と灰色の一体がある……。

 そして眼下は森……いや、灰色の建造物らしきものが……見えるな。よし、着陸だ……!

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