清めの儀式
馬鹿げているとは思う。
しかし、どこかで己が身を清める必要があったんだ。
これはきっと通過儀礼なのだろう。
そういうことも、たまにある。
「フトーツ……」
うっ! 頭に何か乗せやがったな……!
「フカーツ……」
一つ、二つだよ……! 何を乗せているんだ……? ちょっと動いているような……?
「ムッツ……」
いきなり六つに跳んだ! 三つだろ……!
「ヨッツ……」
おっ、今度は正しい! というかやはり動いている……モゾモゾうごめいているぅう……!
「ひいいっ!」
ボタボタっと落ちたのは、カエル……? カエルじゃねーか! アリャこの、ケタケタ笑っているんじゃないよ……!
「じっ、邪魔すんなよっ!」
「モウ……ムッカ!」
「三日だろ。悪いな、待たせてさっ」
「ワルイ!」
「なんだよ、悪かったよっ、もっと待たせるよっ、先に行きたきゃ行けよっ」
「ナニ! ワタシ、タスケ、イラナイッ?」
「いるっちゃあいるけれどっ、無理に待たせるわけにもいかないしな!」
「ハヤクスル!」
「だったら邪魔すんじゃねーよっ!」
「ヒマ!」
子供かよ! まあ、実際そんなもんだろうが!
「ワルドに遊んでもらえよ」
「ワルド、トショ……トショ……」
図書館に? でも彼は……。
「じゃあエリとかは?」
「エリ、シュギョー」
「おっ、俺だって修行しているんだよっ」
「ウソ! ネテル!」
「寝ていないよ、寝そうになるけれどなっ!」
「デモ、エリ、チガウ!」
「エリとは違う……? 違うってどう違うんだよ!」
「ニェェー……!」
頬を膨らませてどこかへ行っちまった。まったく、何なんだよ……。
でも、寝ている、か……。エリと比べてそれということは、何か本質的なところで違っているということなんだろうか?
とはいえ、ひとまずの期限が半年後だぜ? そんなにすぐ上手くやれてたまるかってのよ。工房のグリンもおっせーなぁ! とか好き放題いいやがるしさぁ……。
ちぇっ、こちとらそれなりにちゃんとやっているってのに、集中力を欠いちゃったなあ! いいや、休憩しちまおうかな……!
周囲には……みんなの姿はない……いや、すぐ側にアリャがいたっ? 俺の真似でもしているのか? もの静かに座しているからか、ぜんぜん気づかなかった……。
というか、こいつの方がよっぽど素地がありそうだ。その気になれば俺よりずっと早く魔術的なものを修得できるんじゃないのか……と、目が開いた。
「さ、様になってんじゃん」
「ナッテンジャーン」
さっきの怒気はどこへやら、笑って跳ね回る、なんだかんだいつも楽しそうだなぁこいつは……。
「……真面目な話、かなり時間がかかると思うぞ。したいことがあるなら俺たちに合わせる必要なんてないんだからな」
まあ、先日のことで恩義とか感じているんだろうが……。
「ワタシ、カリウド、イチニンマエ! ジブン、キメル、ジブン! ワルド、ツヨイ! レク、ヤバイ! エリ、ヤサシイ! ツイテク! イブツ、ミツケル!」
「お、俺がヤバいってなんだよ!」
「レク、チョーヤバイ」
より強調して言い直すなよ……!
「それにしても遺物か……。そんなものが必要なほどにヤバい状況なのか?」
「スゴク、ヤバイ。サト、フタツ、ミナゴロシ」
み、皆殺しだと……? それに二つも……?
「……まてよアリャ、皆殺しっていうのはみんなだぞ、みんな、殺されたって意味だぞ……?」
「シッテル、カナリ、ヤバイ……。ダカラ、ブチコロス、シカタナイ、ミンナ、ソウイッテル……」
里の総意になりつつある……。いや、そこまで追い詰められていたら当然の反応か……。
「残りの里はどのくらいあるんだ?」
「タブン……」
左手を開いて見せて……右手の指一本、
「ヤッツ!」
「残り、六つか……」
里がふたつ壊滅、そこまでの危機的状況だったとは……。一つの里にどれだけの人が住んでいるのか分からないが、いずれにせよ相当な人数が殺されたとみていいだろう。
アリャの反応からして、やったのはおそらくコークス人の国……ということは北西から中部にかけてのホーリーン辺りがクサいか……。
あの国は侵攻と開発に余念がないからな。ここ半世紀でかなりの強国に膨れ上がっており、追い返したのはレジーマルカくらいのものだ。それと関係があるのか、近年は勢力が南下していると聞く。おそらく、レジーマルカの勢力圏を避けつつ、資源が豊富なところを狙いながらの拡大なのだろう……。
セルフィンは……ちょっと人見知りらしいが義理に厚い民族だという。真摯に接すれば対話にも応じてくれるだろう。なのに皆殺しにまで至るとは、最初から彼らを排除するつもりで動いたか、かなり無茶な要求を突きつけて衝突したに違いない。
なるほどそんな事態を解決するには強力な兵器が必要、か……。
「……レク? レク!」
おおっと、なんだ、揺らすなよ……。
「な、なんだ……?」
「レク……コワイ、カオ」
「えっ? あ、ああ、ただの考えごとだよ……」
「イブツ、ミツケル! レク、タスケル!」
それはどちらの意味だ? まあ、アリャの助けになりたいのはそうだが、よく分からん兵器ともなるとな……。
「そうか、まあ……それもこれも強力な兵器が見つかってからの話だ。もしその時がきたら……よく話し合おう」
「ハナシ、アウ?」
「いっしょに考えよう」
「カンガエル……ウン、ワカッタ!」
切り株に飛び乗り、なんだまた修行ごっこか?
「ホラ、シュギョー!」
「はいはいよ……」
修行はいいが……なんか、じっと見られているような……。
「あの、見られていると集中できないんだけれど……」
「イツモ、シテナイ」
「してるさ、してるよ!」
「シテナーイ!」
くっ……! ならば見せてやる、俺の本気をな……!
……なんて思ったこともあったなぁ、あれから一週間は経ってしまったか。エリはとっくに何かの形が出てきているし、新型シューターもそろそろ完成するらしいのに、俺は……はあ、いつになったらできるんだろう? もう少し実感というか、成長している確信が欲しいなぁ……。
でも半年って話だし、逆にここであっさりできたら俺もわりと才覚ありってことになるけれど、そんな自覚は微塵もないからな……っと、何だ? なんか人の気配が……いや足音だ、人が複数、こちらの方向へ来る……?
こんなところに何者だ、衛兵か冒険者、まさか例のグラトニーズとやらか……いや、セルフィンらしい? 三人組だ、中にはクラタムもいる、こちらに気づいたな。
「やあ、どうしたの?」
「こんにちは、アリャを知りませんか?」
「ああ、アリャなら……」
いない……。さっきまで無駄に飛び跳ねていたのに……。
「狩人としてはそれなりに一人前とはいえ、まだまだ子供です。家族が心配しているとお伝えください」
「ああ、やっぱりそうなのか……。どうする、無理にでも帰した方がいいかな?」
「あれには頑固なところがあって、無理強いをしても無駄でしょうね。あなた方は奥地まで……?」
「いやあ、俺は弱いしあんまり……」
「そうですか、ならばさして問題はないでしょう。奥まで行こうとしたときには帰るよういいつけてください」
「ああ、そうするよ」
アリャは俺よりずっと有能だが、年長者の責任ってやつはどうしてもあるものだからな。
「それで、どうしたんだい? ものものしいね」
「ええ少し……大仕事が入りましてね」
「その、里が狙われていると聞いたが……そういうことでかい?」
うっ……三人の表情がやや、険しくなった……! しまったな、不用意に出していい話題じゃなかったか。
「……ええ、実に不可解な事態ですが……まあ、そちらもなんとかするつもりです」
なんとかする……できるのか?
「……それでは」
「あ、ああ……」
うーん……しかし、どこか妙なような? 俺の無遠慮な言葉に怒ったというより、何か……。
まあ事態が事態だし当然だろうが……っと、アリャが降ってきた。
「ココ、ナンカ、イタ?」
「ああ、お前のお兄さんが通ったよ」
「アニキ? ナンデ?」
「さあ、大仕事があるんだってさ。三人組だったよ」
「フーン……ホカ、ダレ?」
「なんか金色の胸当てをした体格のいい短髪の男と、緑色のローブをまとった線の細めな長髪の青年だったな」
「ナニッ?」
うおっ、何だ?
「タブン、ゾシアム、レキサル! フタリ、チョースゴイ!」
かなりの実力者だと? ならば同行しているクラタムもすごいんだろうし、つまりは腕のいい若手が三人揃って……あの雰囲気だ、あるいは……。
「お前、彼らがどこへ行ったのか確認しなくていいの?」
「アニキ、シゴト、ナゾ、オオイ。ワカラン」
そうなのか……ならまあ、いいか。俺が詮索することでもないしな、今は修行だ修行……!
……なんて意気込んだときもあったなぁ、あれから二週間か……。うーん、何の進捗もなく……。変わり続けるのはラウンジにいる面々くらいのもんだ……。
「レク、マダァ?」
机のランプを見つめる目がどこか虚ろだ。クラタムたちがまだ戻ってこないせいでもあるだろう。二週間も里を離れることはそうないらしいしな、不安なんだろうが……。
「……正直、まだまだかかると思う」
「何度もいうが」ワルドだ「魔術の習得は多くの者にとって簡単ではない。焦りは禁物であるぞ」
「ムゥー、マジュツ、ヒツヨウ?」
「新型の武器を使うためにはどうしてもな。前にもいったが俺に合わせなくてもいいんだぞ」
「ソウイウハナシ、シテナイ」
「じゃあどういう話なんだよ」
「ウウー……!」
威嚇されてもなぁ……。
「……エリ、君はどうだい?」
「なんとか形にはなってきました」
「へえ……」
「……正直、信じられん早さだ」ワルドはうなる「セイントバードは極めて高度な魔術、生涯をかけても初歩すら習得できぬこともあるというのに……」
すぐに覚えられそうっていっていたもんな。才能か適正か、とにかくすごいんだろう。
「つまりエリはかなりの特例といってよい。自身と比べてはいかんぞ」
「分かっているさ……」
でも実際、俺が足を引っ張っている形になっているからな。アリャは狩人として一人前、エリは天才、ワルドはいわずもがな、ぱっとしないのは俺だけだ……。
……というか、俺って別に必要じゃなくねぇ? 新型のブレイドシューターっていっても特別すごい武器ってわけでもないし、強力な魔術や狩人の能力、治癒やあの鳥と比べたらわりとどうでもいいというか……。
でも、かといってこのチームを抜けるか? いや……さすがにまだだよな? まだ判断は早すぎるだろ……。
しかし想定はしておかないと、今後も足を引っ張り続けるわけにもいかないからな、焦る必要はあるだろう。
言い訳はしない、やるしかない、明日こそできる、そう信じてやるしかないか……!
……などと決意して幾日経ったろう。いくら座っても、集中しようとしても心は無になんかならないし、成果もでてこない。今日で……通算二十六日目か、時間だけがただ、確実に過ぎていく……。
……辺りが薄暗い、空気が湿っている。ひと雨くるかもしれない空模様……。そのせいだろうか、いやに森が静かだな。風がなく、鳥も静かで、虫の声だけが幾ばくか響いているだけだ……。
……うん? 背後に気配があったような、アリャか? ……いや、その姿はない。勘違いだろうか? しかし最近、こういったことが多い気がするな、神経が過敏になっているんだろう、それになにより集中できていないんだ、だから周囲のことがこうも気になってしまう……。
……思うに、この修行方法は俺には合わないんじゃないかな。こうしているほど……どうしようもなく雑念がわき上がり、心を掻き乱そうとしてくる……。
そう、雑念だ……。
この執拗な煩雑さ……。
……ああ……俺はいつも追い立てられている、焦りが傍で威嚇している……お前は誰か、何者なのか、その問いかけは虚空にのまれ、どこへも辿り着かない……何の答えも返ってこない……。
……ああ、思えばこれまでいったい俺に何があったろう? 今、俺に何があるだろう? 行くべき場所も、帰る場所もない。そんな俺はもはや亡霊と変わりがない……。
故郷から逃げ、儲け話を真に受けてノコノコやってきたつまらない男、あてもなく彷徨う人界の影にしか過ぎないじゃないか……。
「私はあなたの存在に懸けて、あのことを過ちとは思っていないわ。でもね、彼女を傷つけたことには変わりがないの。だからね……そう、救われて欲しいとは思っている。身勝手なのは分かっているけれど、かの大いなる庇護の手によって、私たちは救われたいのよ……」
……母さんの言葉……。
……あのときの言葉が今になって脳裏に過る……。
そして繋がるように思い出してしまう、あの屋敷のことを……。
あそこは今、どうなっているのだろう? いや、いまさら捨てた故郷のことなど考えても仕方がない。あそこではあまり愉快なこともなかったし、母さんが亡くなってからはより一層、不気味な場所でしかなくなったのだから。
「あなたにはかの血が流れているのよ。だから胸を張って生きなさい。あの子たちより立派な名前なんだから……」
名前……名前が何だというんだ。あなたは女中であり父の妾で、俺はその息子であり屋敷の小間使い、腹違いの兄弟は俺を見下し、あの人は憤懣たる視線を向けてくる。召使いのみんなは優しかったが、同時に俺を、父の不祥事の証と好奇の目を向けていた。あなたとあの人のささやかな、そして恐ろしい確執をいつも話題にしていたことを俺は知っている。
あなたの葬儀を終えたあと、俺はすぐにあの屋敷を飛び出した。そうしなければならなかった。居心地が悪かったからだし、なによりあいつから逃げなければならなかったから……。
そして生まれなど関係のない、力こそがすべてのこの場所へと辿り着いた。そう、ここで俺は上手くやって、その証として道具屋を開くんだ。そこがきっと新たな居場所になるだろう。そしてそのとき晴れて俺は亡霊なんかじゃなくなるんだ。
そうさ……ここは夢の世界、存在への近道だ。俺ならやれる、あのときもそうだったろう、墓場より大発生したバックマンたち、俺は彼らをいくらか倒し、賞賛されたじゃないか。ガラクタを集め、即席でブレイドシューターを作り、それを使って……いわば彼らを踏み台にして俺はささやかな栄光を手に入れた。その経験は俺がここへやって来たことと無関係ではない。あのとき、俺にはすっかり理解できていた、戦いが必要だったんだ、誇りを取り戻すために……!
そしてここは獣の楽園だ、激しい生存競争の場であり、相手は純粋かつ気高き獣たち、俺がここへ来ることは必然だった、そうじゃないかっ……?
……そうだ、力が欲しいんだ! 俺はあの絢爛たるおぞましき沼でたくさんのものを奪われていた。そう、あれはいわば去勢だった、俺は俺でなくなっていた……!
だが、今ここで俺はすべてを取り戻す……! そうだ、そうじゃないか、そうするために俺はこの地へとやってきたんだ……!
そういま、今だ! 今、行かなければならない! 走らなければならない! 俺には獣たちが必要なんだ! お前たちの力が欲しい、そして新しい俺に生まれ変わるんだ……!
衝動を感じる、強い、強い、情動が……鼓動が激しく脈打っている……! 不快感はない、むしろ高揚している、ああ、これは今こそすべきことだ、俺一人だけで、これは俺の人生なんだから!
そうだ、立ち上がれ! そして行け! 走り出せ……!
今だ、今すぐに行かなければ俺は腰抜けのままだ!
びびるな、立ち止まるな、森を進めっ……!
そう、そうだ、このまま、橋を下っちまえ……!
「おい、お前! そんな軽装で行くのかっ……?」
通りすがりの冒険者、笑って応えよう、俺をおかしいと思っているに違いない、俺もそう思う、怖くないわけじゃない、でもさ、これは必要なことなんだ、先へと進むために……!
大丈夫だ、短剣くらいならある、俺ならこれだけでやれる! さあ、下り切ってしまったぞ、さらに道から外れ森へと入ろう、怖いか? いいや、大丈夫でなくてはならない、今、俺は怖れを乗り越えようとしているんだから!
……深い静けさだ、風が木の葉を揺らし、どこからともなく息づくものたちの出す音が聞こえてくる……。
何もいないようでいて、何かが確実にいる。生き物たちはみな潜んでいる。そんな中で、俺は、馬鹿みたいに我が身を晒している……。
……せめて腰を落とせ、潜むものたちの仲間入りをするんだ……いや、とっくに遅いか、視界の端、いつの間にか獣がいる。四足歩行、金色の毛並み、イヌ科のようだが大型犬より遥かにデカい、白い奴らが連れていたのとは異なる種、一匹か……運がいいな、ああいうのはよく群れるものだ……。
俺を、見つめている。吟味している。
動き出した。やれると踏んだらしい。威嚇はしてこない。むしろ逃げるな、といっている。
上手い、どこか不意を突くように足運びを早めた、静かに草をかき分けて……。
足はいい、噛んでいる内に短剣を突き立てられる、左手もいい、短剣を持つ手が自由ならばどうとでもなる。
だが首は駄目だ、しかし狙いは高確率で首だろう、だから首元の前に左手を置いておけば噛ませることができる、無傷で済む戦いじゃないのは百も承知だ……!
もう近い、くるっ、跳んだっ……! びびるなっ、左手を突き出せ、腕を噛ませ……ぐぅうっ! かっ……ませることはできたが、ま、万力のような力……! 分かる、骨すらそう保たない、だがこの短剣で……なにっ? 硬い、浅い、何だこいつはっ? 体毛、硬い、密度が濃い! あり得ない、くそっ、腕がっ、血飛沫がっ……! ぐああっ、このままでは腕がっ、肉が深く、持っていかれる……!
まずいっ、目に突き立てろ、いや躱しやがるっ? 動くなっ、この野郎ぉおお……っ音が、骨がっ……折れたっ……! 今度は引き千切られる、それまでにはっ……!
「ううっ……ぁあああアアアアッ!」
振り下ろせっ、渾身の力で! 振り下ろ……ぉおっ、刃がっ……折れたっ? こんなときに、くそっ、いっそ殴るしかないっ? せめて柄だっ、渾身の力で殴れっ、効くかどうか、だがやるしかないっ……!
殴れ、殴れっ……殴り殺せっ……幾度も、渾身の力でっ……だがこいつ、まだ離さないっ、くそっ、まだ……離さないぃ……がっ? 弱まってきた、噛む力が……! それに、どこか嫌がっているようなっ? 効いているのかっ……?
……ならば殴り続ける! 何度でも殴ってやる……! 諦めたらやられる、間違いなく、死ぬっ、殺されるっ……!
「やられてたまるかよォオオオッ!」
どれだけっ、固かろうとっ、頭蓋ごとブチ破ってやるっ! 振り絞れっ! 渾身以上の渾身で振れっ……振り続けろっ……! 諦めたら絶対に死ぬんだぞっ! 叩き割れっ……!
砕けっ、潰せっ! 絶対にそうするっ、そうしてやるっ……!
砕けろ、砕けっ……えぇっ? 何かっ、輝いたっ?
かっ……噛む力がさらに弱まった! 今だ! よりもっと、全力でっ……!
「うぉおォオオオッ……!」
殴打がっ、光るっ? 光るっ! 金色の体毛がっ、反応しているっ……?
なんにせよっ……これでいいっ! どうだっ、お前もっ、いつまでもはっ……ああっ、ついに腕を、離したなっ……! 次はこっちの……!
……えっ?
……まっ、待てよっ、どこへ? いくっ……?
……そんな、一目散に……!
……行って、しまった……!
……か。
……ああ……。
そう、か……。
終わった……か。
ああ……。
……ああ……いてぇ……。
……いてぇ、な……。
左腕が、すげぇ血塗れ……まったく、動かない……。
とめどなく、血が流れている……。
身体中にだって、無数の裂傷が……。
ああ、爪でやられたのか……。
はは、ずいぶんな有り様だな……。
でも、なぜだか笑えてくる……。
自嘲だろうか……? それも、あるかもしれないが……。
ほとんどは、勝ち誇りだ……。
……そう、勝ったんだ。
俺は勝った……!
ほうら、やればできる、じゃないか……!
ああ……でも、けっこうヤバいな……。
かなり、血が出ている……。
腕もそうだが、体の裂傷もなかなか深いらしい……。
体が重いが、戻らなければ……。
ことは済んだ……橋はすぐそこだ……。
宿まで、すぐに戻れる……。
……だが、羽音が聞こえるな。
あの甲虫か、血の匂いを嗅ぎつけてきたか……。
ああ、でかい甲虫が飛んでくる……。
ヤバいな……ヤバいが……。
あの大きさだ、よく見たら羽もでかい……高速で振動する羽が……何かに干渉したら……すぐに墜落するだろう……し、障害物が近くにあるときには……急旋回は難しい、かな……? 多分、な……。
細い木々の多い……ああ、あの茂みに隠れよう……潜り込んでこられるか……? きたら、またやるしかないが……ああ、幹にとまったな、じっと動かなくなった、やはりか……。
なんだ、冷静になれば、迎撃する必要すらない……。こんな状態になって……頭が冴えるのも、どうかと思うが……。
……よし、隠れながら橋へと向か……おお? 頭上を、矢が通っていった……? おいおい、またあの獣人か……? さすがに奴らは相手にできないぞ……。
だがまあ、俺はやった……。
ここで死んでも、勝ち逃げだ……。
「レクッ……!」
……おおっと、なんだ、アリャじゃないか……。その後ろにもワルドとエリ……。
なんだ、来てくれたのか……。
でも、意識が……。