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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
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決意の時

「必要なものは旅道具ですね」ソ・ニュー伍長だ「では量販店に向かいましょう」

 病院より出た俺たちは、またギャロップに乗り込む。実質ただ同然で道具を入手できるとは嬉しい話だ。最初は勝手に撮りやがってと内心思ったものだが、あの番組はなにかと俺たちの手助けとなってくれているんだよな。

 そして車体が動き出し、未来的な風景が流れ始める。相変わらずギャロップが地上や空中を縦横無尽に駆け巡っており、アリャなんかはその様子を口を開けて眺めている。

「それにしても……よく衝突しないな?」

 俺の呟きを聞いた伍長は、

「コンピュータで制御されていますから」

 コンピュータ……。放送局でざっと仕組みを聞いたあれか。ようは機械でできた人工の頭脳と呼べるものらしく、なかでも意思を持たないものをよくそう呼ぶようだ。

「そのコンピュータは……しくじったりしないものなのか?」

「はい。ヒューマンエラーを中心として、問題点がまるでないとは言い切れませんが、少なくとも各々が運転するよりはよほど安全と言えるでしょう」

「なるほど……」

 そして到着した先は巨大な建物、一面がガラス張りで、そこから色とりどりの商品が並んでいる様子が窺える。

「ここです」

 伍長の後を追い、俺たちが入店すると客なのだろう、店内のギマたちはやはりギョッとした表情を見せる。しかし、伍長と胸のバッジに視線が移ると、彼らの眼差しは好奇の色へと変わっていった。そして一斉にぐもぐもとひそひそ話しを始める……。

 ……あまりいい気分ではないが、少なくとも敵意がないだけマシというものだ。いまのところお目にかかってはいないが、きっと外界の人間を毛嫌いしている者だって少なくないはずだろうしな。

 そんなことを考えている内に、煙みたいにもわっとした髪型の男が近付いてきた。彼は伍長に駆け寄り、何やらぐもぐもと話し合いを始める。なんだろう、表情が明るいし、抗議とかそういうことではないようだ。もしかして店員、なのかな……?

 煙みたいな髪型の男は、黄色いふちの眼鏡をクイッと上げて、ぐもぐもっ……! と声を上げた。言葉の節々にレクレク言っているところからして、例の番組の視聴者のようだな。

「オログマゥー!」

 おっと、男が俺に握手を求めてきたっ? 驚いたが、明らかに好感による行動だ、断る理由などない。とはいえ、ぐもぐもとギマの言葉で畳み掛けられても何を言っているのかよくわからないので困った……というところで伍長が翻訳してくれた。

「あなた方が出ている番組のファンのようですね。どうにも、ある種の商品に関しては支払いは不要とのことです」

 ……支払いが、不要?

「それは、グゥーが肩代わりするって話だよな?」

「いいえ、まったく不要という話です」

「なに? なぜ?」

「広告になるからです」

「広告だと……?」

 ああそうか、俺たちが番組に出ているということは、俺たちが使う商品はそれだけ多くの人の目に入る、つまりは宣伝になるってことだ。それで売れ行きがよくなったりする……という算段があるわけだな。まあ、こちらに損はない、これまた断る理由もないだろう。

 そして店員の男はぐもぐも騒ぎながら先へと促してくる。その先には……おお、いくつものバックパックが並ぶ一帯だ、ざっと見た感じだけでも十数種類はある。店員がぐもぐも言い、幾つかのバックパックを指差した。

「ガオポル社、もしくはローブレント社の製品にした場合、支払いは不要とのことです」

「なるほど……? しかし、命が懸かっている俺たちからすれば、金額が許す限り、なるべく高性能の道具がいいんだけれど……」

「はっきり申し上げまして、どれも似たような性能です」

「……そうなの?」

「製造に使用しているのは同じ機械ですから」

「へえ……?」

「あとは用途の違いやデザインによる好みがあるだけです」

「そう、なのか……?」

 だとするなら無理にグゥーの懐を痛めつけることもないか。俺は支払いがタダらしいバックパックを見せてもらう。未来的な都市とはいえ、基本的な形状は外の世界のものとそう変わらないな。肩掛けの付いた大きな袋に複数のポケットが付いた構造だ。

 しかし性能自体は格段に上だろう。軽いし、何の繊維でできているのか、かなり強靭そうだ……。

「これは……いいものだな……」

「はい」伍長は頷く「どれも極めて高性能かと思います」

 そうか……どれを選んでも高性能、か……。

 そうか……。

 でも、なんだろうな、なんだろう……。

 なんでだか、笑いがこみ上げてくる……。

「どうかしましたか?」

 伍長は首を傾げ、みんなは互いに顔を見合わせる……。

「……どう、したのですか?」

 エリが心配そうに俺を覗き込む……。

「いや……なんだか、おかしくてね……」俺はエリを見やる「俺はさ、ここに遺物を見付けにきたんだ、道具屋を開く資金にするために、この、獣だらけの土地に、決死の覚悟で……」

「はい……存じています」

「しかしどうだい、ここには外界より遥かに進んだ文明があり、道具屋があり、しかも、とても高性能の道具がタダで手に入るっていうんだ、これがおかしくなくてなんなんだ……?」

 俺は伍長を見やる。

「あんたたちにとっては、俺たちはさぞかし後進の人間に思えるんだろうな」

 伍長は唸り、

「ですが、あなたたちには広大な土地があるでしょう。我々の世界は直径約五百キロの土地だけです」

「……ではなぜ、ここから出ない?」

 伍長は眉をひそめる。そして、

「ジャミングは周辺機器に影響を及ぼすがゆえに使用できない。ここからは放送を禁止する。この警告を無視した場合……」

 放送を……? なるほど、いまも撮影が続行されているからか。ということは、放送できないことをいまから言おうとしている……?

 言い終わると、伍長は真っ直ぐに俺を見詰める……。

「なぜこの地より出ないか? なぜならある種の遺物を持ち出すことができないからです。つまり、この生活を捨てなければならない。それは多くのギマにとって困難なことなのです」

 そういえば強力な遺物は持ち出しができないんだったな……。

 いや待てよ、ということは、本音を言うならば、彼らは外に出たいのか……? そして彼らが外に出れば、その文明を俺たちも享受できる……? だが……シン・ガードに阻まれてそれが実行できない……。

「もしかして、外界への自由な行き来はこの地の住人の悲願なのかい……?」

「……そうかも、しれませんね」

 なるほどな、当然か……。それにしても、中央にせよ外界にせよ、シン・ガードが大いなる壁となっているようだな……。そしてだからこそ、自由に外界へ出るために、まずは中央を攻略する必要がある……? 例えば、中央にシン・ガードの拠点があるとかって理由で……。

 とにかく攻略したいから人を集めたというジューの推理はやや飛躍しているとも思えたが、なんとなく、そういった発想には説得力があるように思えてきたな……。

「話は以上です」伍長だ「ここからはまた放送を許可する」

 もう少し話したかったが、どうにも伍長にはそのつもりがないようだ。立場上、あまり問い詰めることもできないし、またも引き下がるしかない、か……。

 そしてその後、俺たちはギマが誇る高性能の道具を見て回ることにする。汚水を真水に変えるろ過器や、太陽光や水で発電できる機械、超軽量防護スーツや、極めて長持ちする保存食などなど……。

 ……保存食、か。俺は近くにいたアージェルに近づき、声をかける。

「……うん?」

 アージェルはオレンジ色のゴーグル越しに俺を見やった。

「……その、あの保存食、助かったよ」

 実際はほとんど食べないまま、バックパックごとなくしてしまったが……。

「ああ、そう。あれ、喉が渇くよね」そして彼女は笑う「それよりこれ、似合う? なんか視界がクリアに見えるんだ」

「ああ……。そういや、そんなワンピースのような服のままでいいのか?」

「うーん、いまのところ不便ではないけど、冒険する格好ではないよね」

「向こうに服もあった、見にいこうか?」

「ああ、そうしようかな」

 そうして俺たちは服を物色することにする。そういやいまの服は借り物だったな。元々着ていた服はどうなったろう……と、そこにアリャの体当たり。

「フク、アタラシー」

「ああ、冒険用だろうしな、きっとどれも高性能なんだろう。お前も選んだらどうだ?」

「ウーム……?」ふと、アリャがアージェルのゴーグルを見やる「オッ、ソレ、カッコイイ!」

「これ? かけてみる?」

 ゴーグルを貰い、アリャは早速、装着する。

「オオー! ナンカ、ヨク、ミエル!」

「そうなんだよ、不思議だよね」

「スゲー!」

 アリャはそう言って走り去っていった……。

「おい、店内で走り回るんじゃないぞ!」

 しかし当然、アリャは聞く耳を持たない。そこら辺にある帽子や手袋などを好き勝手に装着しては走り回っている……。

「あの子はどうしてここに?」

「フィンの里を守るための遺物を探しているのさ。そして、あいつの兄貴が、今度の騒動の中心となっている魔女と手を組んでいる」

「へえ……? じゃあ、あの背の高い女は?」

「黒エリか? エリが気に入ったらしくてな、付いてきたんだ」

「ふーん……。で、そのエリってひとは?」

「リザレクションという復活の魔術を求めている」

「復活の?」アージェルは首を傾げる「あんまり意味ないんじゃない? 高純度転生者なら放っておいても復活するだろうし、そうじゃないなら……」

「その辺の事情はよくわからんよ。だが、彼女は……自身に最大限の努力を強いているんだ」

「……で、レクもそれを手伝っているの?」

「えっ? あ、ああ、もちろん……。しかし、本音を言えばすぐにでもこの地から去ってほしいよ。リザレクションを手にするには中央のさらに奥まで行かねばならないらしいしな……」

「それはちょっと……難しいんじゃない?」

「ああ……」

「それでも行くって言ったら、行くの?」

「……どうかな」

 アージェルは、俺をじっと見詰めてくる……ので、俺は顔を逸らす……と、いつの間にか、すぐ側にギマの女が……? 長い金髪、白い肌、着ているジャケットも白く、ところどころに金色の刺繍が施されている。彼女は僅かに首を傾げ、微笑んだ。

「あ、どうも……」

 言葉は通じないと思うが、できるだけ印象良く振る舞わなければならない……。女は衣服を眺めながら、

「なぜ、我々がこの地より出ないか? それは遺物を持ち出すことができないからなのです。つまり、貧弱な装備で外界へと赴かなくてはならない。それではフィンと戦争になった場合、数に劣る我々が不利となるのは明白でしょう?」

 なに……? 女は俺たちの言葉を話し、それにこの話題は……。

「ゆえに我々はアテマタの聖戦士が形成する壁を攻略する必要があるのです」

「あ、あんたは……?」

「彼らは何を考えているのかわからない。遺物が持ち出せないと言っても、常に運搬が阻止されるというわけでもないのです。現に、強大な遺物が通過した例も報告されていますからね」

 そう、なのか……?

 いや、それよりこの女は……?

「そこで相談ですが、我々の同胞となりませんか? カバトの席が空きましたし、あなたならばふさわしい」

 な、なにぃ……? カバト、だと……!

「我々は高純度転生者で構成されています。戦い死しては転生し、確保された骨により経験を蓄積、そして力を蓄えるのです。その目的はもちろん、中央の攻略」

「お前……!」

「我らと共に戦い、死しては人生を取り戻すのです。それにあなたの特性は有用です。雷獣サンダーコールは中央でもとりわけ強大な獣、あれに対抗できる戦力がほしい」

「ゼロ・コマンドメンツ……!」

「さあ、一緒に来て下さい」

「なんだと? 下らんっ……!」

「例えば」女は周囲を見回す「このフロアに我が同胞が多数含まれているとするなら?」

「なにぃ……?」

 そのとき、周囲の気配が膨れ上がるっ……! どれもが敵意を含んでいるようだ、どうにも、ハッタリではないっ……?

「お仲間の無残な死体を見たくはないでしょう?」

「……できるってのか、俺の友はみな強いぜ! カバトがどうなったか知っているだろう!」

「彼は何かと特異ではありましたが、特に強くはありませんよ。なんせまだ三度しか転生をしていませんから。純度の高い転生者ほど魔術に疎いという話は知っていますか? 少なくとも十回は転生しないとね……」

 十回だとぉ……?

「なにこの女」アージェルだ「やるならやっちゃおうよ」

 女は嗤い、

「勝ち目があるとでも? だとしても、この街で暴れては……事実がどうあれ不利になるのはあなたたちの方なのでは……?」

 くっ、確かに……!

「待てアージェル……。いまはなにかと動けん……!」

「悪い話ではないでしょう? 我々と共にこの地で戦い続け、やがて死に、そして転生しては遺骨より過去を取り戻す。そうしていつか強大な力を手にすることができるのですよ?」

「そして中央を攻略、さらには中枢に……? そこにはなにがあるってんだ……?」

 女はまた嗤う……。

「まあ、強大なる遺物もあるでしょう。しかしなにより重大なのはオリジン・コードが刻まれた骨……」

「なに?」

「偉大なるコードです。別名、ハイ・ロード・コード」

 ハッ……ハイ・ロード、だとぉ……?

「そんな、まさかっ……?」

「ああ、敬虔なのですか?」

「俺ではない、しかし……!」

「我々高純度転生者こそ、ハイ・ロードの力を継承するにふさわしい。そうは思いませんか?」

「だ、だが、継承できるのは自身の骨からだけだろうっ……?」

「オリジンの意味がわかっていないようですね」

 ハイ・ロードって、あの、エリが言っていた要たる主のことだよな……? じ、実在していたのかっ……?

「もしかして、リザレクションのような秘奥魔術を得るには、そのオリジン・コードとやらが必要なのか……?」

「リザレクション?」女は首を傾げる「あら、リザレクションを欲しているのですか?」

「あ、ああ……」

「それならば、我らが頭領が扱えますよ」

 なにっ……!

「と、頭領って、先ほどカタヴァンクラーの要塞を襲撃したギマの老人かっ……?」

「そうです」

 まじかよ、なんということだ……。リザレクションを扱えるのが、よりにもよってコマンドメンツの頭領だとぉ……?

「それは、本当なのですかっ……?」

 振り返るとエリ、そしてみんなの姿が……!

「復活させたい者がいるのならば、それこそ我々の元へ来ることがなにより手っ取り早いでしょう」

 ぐっ……確かに、中央の話を聞けばこそ、さらに奥にある中枢へと辿り着ける可能性は限りなく低いように思える……。ならば、敵とはいえ、扱える者に頼った方が……。

「待て」ワルドだ「そやつが事実を述べているという確証などなかろう」

 そう、調子よく話を合わせているだけなのかもしれないが……しかし、これから仲間にしようっていうのに、いきなりそんな不義理をかましてどうなる? 逆効果じゃないか……。それにこの女の気配には微塵のブレもない……。確実ってわけじゃあないが、信憑性は肌で実感できてしまう……。

「信じられぬのならばそれもいいでしょう。ですが、リザレクションを扱える者など頭領をおいて他にはいないかもしれませんよ。それにあのお方は心が広い。我らに組みするならば、一人や二人の復活など、お手の物でしょうね」女は肩を竦める「逆に言えば、これ以上の好機はないとも言えるでしょう。あなた方ごときが中央を進むなどとてもとても……」

 くっ……! しかし、この女の言うことも一理ある……。そうだ、これが……これこそが、実質、唯一の機会なのでは……?

「不要です」エリだ!「お引き取りください」

 なんだとっ……? これは絶好の機会なんだぞっ……?

「……エリッ!」

「よいのです」

 いい、なにがいいっていうんだ? ここはもっと逡巡すべきところだろう、最大限の努力を誓えばこそ……!

 それとも……やはり、やはりそうなのか? 実のところ、何が何でも復活させたいわけではない……? それより求めるは贖罪、この地で死ぬこと……?

 もしも、そうだとしたなら……エリの死は時間の問題だ……! なればこそ、何が何でもここで答えを出させる必要があるのでは……!

「よ、よくなんかないだろう……! 俺が奴らの元へ行けば、君の望みは叶うかもしれないんだぞ……!」

「なにっ?」ワルドだ「正気かっ?」

「もちろん……!」

「むうう……! それほどまでに……」

「待て、どういうことだ?」黒エリだ「いきなり何の話なのだっ?」

 そこでワルドが黒エリを制す!

「いきなりではない! ここは彼に任せろ……!」

「な、何を言っている? 奴らに与して望みが得られるとでも?」

「彼女の言う通りです……!」エリが語気を強める「きっと、悪事に利用されてしまうだけに違いありません……!」

「焦点はそこじゃあないだろう、少なくとも君の場合は!」

「わ、私の……?」

「エリ、君は、本当に子供たちを生き返らせるつもりがあるのか……?」

「えっ……?」

「ないならいい、いいんだ。人を生き返らせるなんてやはり不自然なことだ、俺はその答えを心から尊重する」

「レ、レクさん……?」

「しかし、もしあるのなら! いま、ここが決意の時だとは思わないかっ? はっきり言おう、中枢へは行けない! ワルドの敵討ちは上手くいくかもしれないし、フィンを救う遺物も発見できるかもしれない! でも中央を進み、中枢へ到達するなど不可能だ、それは君にもわかっているんだろう……?」

 エリは数歩、交代する……。

「やるならここでだ、ここなんだ! そしてやらないならすぐにこの地より去るべきだ、こんな危険なところにいないで、どこか平穏な土地で、その治癒の魔術で人々を癒しながら……そうさ、また孤児院でもやればいいじゃないか! その方がずっと平穏で……」

 俺はエリの両肩を掴む……!

「わかるだろう、中枢へ向かうのは自殺行為なんだ……! それともそれが本当の望みなのかい? いまでも贖罪の死を望んでいると? いいや、駄目だ、それは駄目だ! 誰が赦しても俺は赦さないぞ、それだけは駄目なんだ……!」

「わ、私は……」

「待て!」黒エリか「贖罪の死とはなんだ……!」

「エリは大なり小なりそれを望んでいる……! そして、このままでは本当にそうなりかねない! だからこそ、どこかで決断してもらわなくてはならない! それがいまなんだよ!」

「こ、子供たちの件で、か……」黒エリはうなる「しかし、贖罪の死など、聞いていないぞ……!」

「俺はいま、君の本心が聞きたい! 子供たちを復活させるために最大限の努力をするか、それともその誓いを反故にして、外で平穏に暮らすか……!」

「わ、私は……! 私は……」

 エリの瞳に涙が溜まっていく……。しかし、ここが正念場なんだ、このままでは遅かれ早かれ彼女は死ぬ、死んでしまう……!

「わ、私は……あなたに……」

「俺は大丈夫さ、殺されはしない! 考えてもみろ、たかが俺を殺すためだけに、奴らがこんな策略を練るか?」

「違います、行けば、きっと望まぬ殺しに加担させられます……! そして、その後に約束を守ってくれるかどうかもわからない……!」

「だが、このままでは君は死ぬ! 俺もな!」

「な、なぜ、あなたが……?」

「俺も、君と一緒に中央へ行くからさ……」

 エリの瞳から大粒の涙が……落ちた。

 俺のために泣いてくれるのか……? だったら、さあ、言うんだ、言ってくれ、諦めてこの地を去ると……。

 そうだ、もともと、できるとは思っていなかったんだろう? 君は死の罰を受けるためにこの地を踏んだ。しかし、贖罪というなら他にいくらでも方法があるはずだ。償いたいなら生きて償うんだ。それが正しい痛みなんだ……!

 ……悪いな、とんだ荒療治だが、君が子供たちを復活させるために努力してきたように、俺も君を死なせないために、努力をしなくてはならない、そうしたいんだ……。

「……わかりました」

 エリは濡れた目でまっすぐに俺を見詰める。

「すべては、私の力が及ばないことが原因……。あのときも、そしていまも……」

 ……なに?

「……証明が必要なのですね? 中央でもみなさんを守り切れるという……」

「……いや、そういうことでは……」

「セイントバードには可能性があります。鳥たちの環が、天上より降臨を促す……」

「……なんだって?」

 そしてエリから大量の鳥が……。

 それは環を描き、回り始める……!

「……エリ? な、何をしている……?」

「感じませんか……? この先に何かがあるのです……」

 鳥たちは回る、回り続ける……。

 そして……鳥たちから、いや環の中心からか……? そこから、とてつもなく……巨大な気配がっ……?

 ばっ、馬鹿な、なんだこの気配はっ……?

 あまりの圧に、俺も、みんなも、後ずさりする他ない……!

「……少しだけ時間を下さい。この力を得て必ず、私が皆様を守り切ってみせます。そのための努力は惜しみません。お約束します」

「エ、エリ……」

 違う、そうじゃない、俺が言いたかったのは……。

「お、俺は、君に、望まぬ戦いに身を投じてほしくないんだ……! 外の世界で幸せになってほしいだけなんだよ……!」

「私もそう思っています。あなたに対して……」

 だからって、そんな、巨大な力が扱えるとっ……?

「これは……意外な収穫だ」ギマの女は嗤う「そして未だ未完成、恐るに足らず。では脅迫に移りましょうか。我らに付いてこなければ、お仲間はおろかこの建物に入る者すべてを皆殺しにしますよ」

 な、なにぃ……?

「させません、絶対に……!」

 鳥の環が大きくなる……!

 しかし、これは、いままでのセイントバードとは違う……! おそらく、不用意に使っていい力ではない……!

「無駄な抵抗はよして下さい。すでに包囲されているのがわかりませんか?」

 うっ……! 周囲の気配が接近してくる……!

「ハッタリはそこまでです」

 おっ……! 女の背後に伍長、首元にナイフを突き付けている……! いつの間に……!

「あら、相変わらず気配断ちが上手いですね、ニュー……」

「接近している気配はまやかしです。それがこのセラ・ルーの力……。騙されてはいけません」

「まやかしだって……? この気配が……?」

 セラ・ルーは嗤い、

「確かに私にはそういった力がある。ですが、本当にまやかしでしょうか? 今回は本物かも……」

「いいえ偽物に違いありません。単身で何をしに?」

「そのままですよ。彼はサンダーコール攻略に役立つと判断し、接近したまでです」

「サンダーコールだと……?」

「まあいいでしょう、用件は伝えました」セラ・ルーは笑む「ではごきげんよう」

 そのとき、強烈な閃光が! ……そして気付くと、立っているのは伍長だけ……。

「……逃したか」

 伍長はナイフを仕舞う……。しかし、どこかほっとした顔付きだ……。

 鳥たちは姿を消し、巨大な気配も感じ取れない……。それにしても、あの力はいったい……?

「エリ……」

「私は甘かったのでしょうね……」エリはそう呟いた「どこかで、どうにかやれると……楽観していたのでしょう……」

「……もう一度言うが、中央に向かったところで死ぬだけだ……。君は、復活を諦めるべきだ……。贖罪の方法なら他にもある……」

「レクさんこそ、お一人で蒐集者を打ち倒せるとお思いですか……?」

「……俺のことはいい」

「よくありません。あなたは自らを犠牲にしようとしました。ならばこそ、あなたの問題もまた、私の問題なのです」

「そう言って、中央へは一人で行くつもりなんだろう?」

 エリは顔を逸らす……。

「……俺は、君にここを去ってほしかった。君には幸せになってもらいたいし、実際、その条件は整っている。君は人を癒せるし、それで稼いで孤児院を運営だってできるだろう。それに外の世界の暴漢なんかセイントバードに太刀打ちできない。君は救い助け、守ることもできる……」

「もし、あなたの言う通りに外界へ戻ったとして、いつかまた、会いに来てくれると約束してくれますか……?」

 いつか、また……。

「ああ、もちろんだ!」

「うそです」エリは断じた「あなたはきっと死ぬ、死んでしまう。肉体の話ばかりではありません、あの蒐集者に取り込まれ……あなたは死んでしまう」

「そ、そんなことは……」

「あなたはまるで私を聖女のように見ています。ですがそれは大いなる誤謬です。私は……執着心が強い貪欲な女に過ぎない……」

「エリ……」

「だからこそ、願いを叶えるために力が必要なのです。そう、足りないのは力なのです。いま、それを強く、強く痛感しました。私はそのための努力は惜しみません。私は有用です、必ずお役に立ちます。いまは……この答えで納得して下さい……」

 くっ、あの女は既に去ってしまった後だ……。話を引きずっても仕方がない、か……。

 と、そこに体当たり、アリャか……。

「ハナシ、ヨクワカラン。デモ、ケンカ、ヨクナイ。ミンナ、イッショ、ガンバル!」

 アリャ……。そしてフェリクスが肩を竦め、

「そうだよねー。互いを想ってのすれ違いは虚しいよー」

 そう、かもしれないが……。

「とはいえ、時には衝突もよいさ。なるようにしかならんこともある……」

 ワルドの言葉には重みがある……。しかし……。

「言いたいことは色々とあるが……。いまは装備の充実を優先させよう。それこそ生き残るためにもな……」

 黒エリ、そうだな……。そうすることにおいては何の対立もない……。

 ……そして俺たちは伍長に助言してもらいつつ、装備を整えることにする。バックパックはガオポル社の製品にし、他にも様々な道具を買い込む。後は個々の装備か……。

 俺は合成繊維でできているらしい赤いジャケットに黒いズボン、そして指出しのグローブを装備、さらにゴーグルを首に掛ける。靴も強化ブーツで、とても頑丈そうだ。

 アリャは大分様変わりしたな。緑と黄色を基調としたツナギ、肘や膝にプロテクターが付いている。手には黄色いグローブ、足も黄色いブーツ、それに帽子付きのゴーグルを装備、さらには新しい弓を手にしている……!

「へええ、弓もあるのか」

「ナンカ、ツヨソウ」

 弓は……手触りからして合成樹脂……だったか、そういったものでできているようだ。性能も高そうだな。

 そしてエリの服装も大幅に変わっている。黄色いズボンに白いコートのような上着姿……! さっきのことでなんとなく近づき難い気分だが……よく似合っている……。赤いブーツもどこか可愛らしい……。

 さらに黒エリは黒いツナギ姿に……白を基調としたジャケットを羽織って、ちょっと白い黒エリとなっている。グローブやブーツには金属部分が目立つな、あれでやられたらとても痛そうだ。

 フェリクスはまたも青いジャケット、青が好きなのか? そして白いズボン姿だ。というかジャケットが俺と同じ種類だな、ブーツはやっぱり青い。

 アージェルは……ワンピースを脱ぎ捨てて白いツナギ姿だ。こっちはアリャのやつの色違いか。それにスニーカーとかいう軽妙な靴を履いている。

 そしてワルドだが……! フードが付いた紫色のジャケットにゴーグルとマスク姿だ……! しかし当然、ゴーグルの下は真っ黒で何も見えない……。そして下は黒いズボン、ブーツ……。なんだか随分と見た目が変わっちゃったなぁ……。

「……よし、準備は完了か?」俺はみんなを見回す「じゃあ、とりあえず……病院へ戻ろうか」

 俺たちは謝辞に加え、騒いだことを店員に謝罪するが、彼は気にしていない風で快く送ってくれた。そして店を後にし、ギャロップを待っている間……黒エリに袖を掴まれる。

「……先ほどの話、本当か?」

「先ほど……?」

「エリが死ぬためにここへ来たという話だ」

「あ、ああ……。正直なところ、いまはどう思っているかわからないが……少なくとも当初はそういったつもりだったらしい……」

「贖罪……。彼女の考えそうなことだな……」

「だから、中央へは行かせられない」

「そこは同感だな。それに……」

 黒エリは指で俺の頬を突いてくる……。

「お前が奴らの言いなりになるのもつまらん。ゆえに私からすればどちらも間違っている。どうせなら奴らを倒し、リザレクションを持つ輩に強制させるとか、そういった発想をしろ」

「そ、そんな上手いこといくわけねぇだろ……!」

「中枢に到達するよりは楽かもしれんだろう?」

 まあ、そうかもしれないが……。あの頭領を倒すなんて正直……想像できないな……。

 そんなこんなでギャロップがやってきた。俺たちは乗り込み、また病院を目指す……。

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