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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
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抱擁と推理

 ……いい匂いがする。安全な寝床、いまは清潔な部屋、そして食事……黒エリがつくっていたのでいささか心配だが……おそらく食べられるであろう朝食の前に、俺は頭を抱えていた……。

「スティンガーが……」

 スティンガーの刃がボロボロになっている……。あのとき、ヴァーマナス・ヘルに食われたんだ……。

「こら、朝っぱらから辛気臭いぞ」

 顔を上げると黒エリだ……。黒いエプロンを着て、レードルを片手に微笑んでいる……。こいつ、昨日からどうしたんだ……?

「ほら、朝食だ、こい!」

 黒エリに引きずられて食卓に……。すでにみな、席に着いている。各々の前にはパンにスープ、サラダと立派な朝食が並んでいる……。

「これ、お前が……?」

「ま、まあな……」

「九割はシスがつくったんだよー。でも、残り一割の功績は偉大だねー」

 黒エリがジロリとフェリクスを睨む……。

「あ、でも、九割はシスだからねー……」

 ……つまりは、あんまり美味そうでないものをエリがここまで仕上げたと……。

「まあ……とにかく、美味そうじゃないか」

「そうだろう? ともかく座れ」

 そうして席につき……朝食が開始される。パンにはレーズンが入っており、この赤いスープは……トマトをベースに炙った肉や玉ねぎ、あとよくわからないが歯ごたえのある野菜が入っている。

 そして葉野菜が中心のサラダには、ゆで卵を潰した類のソースがかかっている。……総じて、実に美味いな。

「美味いな、美味い」

「そっ、そうだろうっ?」黒エリが身を乗り出す「うむ、いや、家事というものは存外に奥深く……難儀したが、今後は積極的にだな……」

 急に家事に目覚めるなんて、そんなに昨日のエリが怖かったのか……? まあ、いい傾向だとは思うが……。

 そうして俺たちは食べながら最近の出来事について話す。

「大巨人の復活かぁ」ボゥーは切ったパンにサラダを挟む「それを阻止しようと? ご苦労様なことだな」

 ……うん? なんというか、あまり危機感がないようだが……?

「なんだか……あまり驚いていないようだな?」

「そういう話はよくあるんだ。でも、大抵はなんにもなしさ。三つ集める前に死んで、あの玉はいつの間にか元の場所に戻っている。その繰り返しなんだ」

 ……なんだって?

「えっと、つまりは、とても困難なことなんだな?」

「その玉の一つが中央部の施設にあるっていうんだろう? なら困難極まるだろうな、中央の奴らは次元が違うから」

「しかし、この件に噛んでいるのは魔女クルセリアなんだぞ?」

「ほーお?」

「知らないのか? とてつもない実力者なんだ」

「ふーん。まあ、極まった魔術師とは幾度か会ったことがあるけどね……」

「それほどでも、中央の獣に敵わないと……?」

「うーん」ボゥーはうなる「まあ、中央の獣っていってもピンキリさ、弱いのもいる。だから、そこそこの実力者でも中枢近くには行けることもあるだろうさ。でも、重要なものがある場所には大抵、信じられないほど強大な奴らがいるんだ、そいつらを退けてシンの意思とやらを手に入れる? それが重大なものほど、不可能に近いと思うね」

 そんなにか……。

「まあ、最高クラスの実力者たちが相応に集まればなんとかなるかもしれないが、魔女だろうがなんだろうが、一人二人じゃさすがに厳しいと思うよ」

 最高クラスでも数人じゃ厳しい、か……。

 もしそうなら、なんだか、おかしく感じるな……?

 そもそもこの件の発端は魔女とフィンにあったはず。そしてそれに乗っかる形でシンの意思が争奪されるという話だった。これが最初から無理筋の話だとしたら……?

 フィンはわかる。彼らは現状、脅威に晒されており、伝承の通りにシンの力を求め、賭けに出てもおかしくはない。しかし、クルセリアほどの魔女がそんな分のない勝負をするだろうか……?

 いや、そもそも、なぜカタヴァンクラーのところへ集ったんだ……? いままではなんとなくそういうものとして受け入れていたが、聖騎士団との衝突を見るに、圧倒的な権威があるわけでもないらしい……。

 ……その謎を解く鍵はやはりあの巨人だろう。あれはどこからきたか、もちろんアテマタだ、彼らが力を貸している可能性は高い。

 つまり、カタヴァンクラーはアテマタと繋がりがある、この地の有力者なのは、そのせいではないか……?

「カタヴァンクラーとアテマタに繋がりが?」

「そこだ」ボゥーは人差し指を立てる「あんたらの話からしておそらくそうなんだろうと思う。不思議だとは思っていたんだ、妙に権威を持っていることが」

 そしてボゥーはアテマタを見やり、

「その辺、どうなんだい?」

「はい、その通りです」

 ……あっさり肯定したな。

「だろうな、奴が現れたのは二十年ほど前だ、その程度の期間で権威を得られるもんか。後ろ盾もなく偉そうに振る舞ったって、叩き潰されるのがオチなんだから」

「しかし、アテマタとの繋がりがそれを可能にした。彼らはやはり一目置かれる勢力なんだな?」

「そうだな」ボゥーは頷く「……そういや、何かあったとき、各勢力のトップにアテマタから打診が入ると聞いたことがある。これについてはどうだい?」

「わたしは知りません」

 こちらは否定か……。

「うーん……」ボゥーは訝しげにアテマタを見やり「やはり、アテマタが噛んでいるとは思うんだがな……」

「だから各勢力より実力者が集った……?」

「おそらくは」

「ウォルやパムなどがいないのは?」

「もし、バックがアテマタなら、カタヴァンクラーに面通しする必要は必ずしもないんじゃないか? 後で参加してくる可能性もある」

 なんだとぉ……?

「それがやばいってんで、俺たちはあの要塞に向かい、カタヴァンクラーの依頼をしぶしぶ受けて戦ったんだぞ……?」

「その辺の事情は複雑怪奇でわからんし、探るのもやばいんだ。昔、ものは試しにと憶測だらけの番組をつくったが、お上からお叱りを受けてクビが飛びそうになった」

「うーん、俺たちはグゥーから面通しを勧められたんだけれどな……」

「そうなのか?」ボゥーは身を乗り出す「それは面白いな」

「どういうことだ?」

「言えるのは、グゥーさんの独断ではないってことだ。もっと上からの命令で動いたに違いない」

「上から……」

「だが、こういった件に絡むなら面通しは必須だろうさ、新参が無知のまま横槍を入れてもいいことはない」

 なるほど……少なくとも、グゥーが言っていたことは事実らしい。

「まあ、知り合いは多い方がいいだろうさ、ここは単身でどうにかなる場所じゃないし、少数でも似たようなもんだ。ときには敵とも組んで問題を解決することだって必要だろうよ」

 敵とも組んで、か……。

「そう、かもしれないが……」

 そんな話をしつつ俺たちは朝食を食べ終わり、しばしの食休みをした後、掃除を開始する。昨日のこともあり、今日はみんな協力的だ。一日で、少なくとも放送局はきれいになった。

 そしてそれから二日後の朝、俺たちは生命線となるバックパックなど、旅の道具を求め、この先にあるらしいギマの町へと出発することにする。

「いろいろありがとう」

 ボゥーは肩を竦め、

「こちらこそ、様々なネタを感謝するよ。またいいネタがあったらいつでもきてくれ。出口はこっちだ」

 俺たちは放送局を通り、入ってきた入り口と逆側より外に出る。そこもまた同じく森の中、だが、あの岩壁の反対側のはずだ。

「助かったよ」探検家は握手を求め、俺はそれに応じる「もうすぐ相棒の同胞が迎えにきてくれるだろう」

「お世話になりました」

 アテマタは手を振る……。

「あんたはどうするんだ?」

「もちろん、探検を続けるさ」

「一人で大丈夫なのか?」

「ああ、元は一人だしな」

「そうか……死ぬなよ」

「そう願いたいね」

 そして俺たちは放送局を後にし、ギマの町へと足を向ける。

 朝日が樹々の隙間より草むらに落ちている。静かな森だな、獣の気配が少ない……。

 そうして歩くこと半日……獣の襲来もなく、俺たちはまたも岸壁の前に立った……。

「貰った地図によれば、ここがそうらしいが……?」

 同じ岩壁でも放送局より遥かに高く、険しい。やはりどこかが開くのだろうか……?

 しばらく周囲をうろうろしていると……気配が集まってきたな、これはおそらく人間のものだ、合図をし、エリの鳥が飛ぶ……! そして俺は気配のある方へ声をかける……。

「……あんたたちと敵対したいわけじゃない。ただ、旅に必要な道具が欲しいんだ……」

 森はさざ波のような音を立てる。何者も返答をしない……。

「頼む、死活問題なんだ……」

 やはり返答はない……。やはり、だめなのか……?

 ……と、そのとき、茂みより物音がした、そして人影が……!

「……お前、お前たち、レク一行だな?」

 おっと、ここでもあの番組の影響が……?

 そして人影は四つ、どれもがヘルメットに迷彩服ってやつを着ている、そして手には大型の銃が……。

「なぜこんなところに? 誰に聞いた?」

「いや、誰にも……。この岩壁をどうしたものかと思っていたところだ」

 しかし彼らは納得しない様子だ……。

「……ふん、放送局の連中だな、まあいい。それで何の用か、改めて聞こう」

「旅に必要な道具が欲しい。バックパックから鍋まで、いろいろだ」

「……なるほど」

「さっきも言ったが、死活問題なんだ」

 兵士たちは互いに顔を見合わせる。

「……よし、上に掛け合ってやる。しかし、条件があるぞ」

「……なんだ?」

「この場所をギマ以外に話すな」

「それはもちろん……話さないさ」

「この誓約を破った場合、お前たちは制裁対象になる」

「ああ」

「よし、ついてこい」

 そして先ほどと同じように岩壁が開いた……。兵士たちは俺たちの前後に立ち、そのまま内部へ……。

 中はコンクリート製で、簡素だった。通路の両端には長いガラス窓が、そこからは同じく迷彩服姿の兵士たちの姿が窺え、誰もが俺たちに厳しい視線を送っている……。

 ……ふと、ドアの一つが開き、ヒゲのギマが現れた。軍服を着ており、険しい視線が俺たちに向けられる……。

「よくきた、歓迎しよう」

 意外にも、受け入れてくれるようだ。しかし、彼の表情はまるで緩まない……。

「聴取の時間を取る。こっちだ」

 そして俺たちは個別に聴取を受けることになる。俺の前にはシルヴェみたいな髪型の女性だ、やはり軍服を着ている。彼女は俺に氏名や所属、生まれ故郷のことなどを訪ねつつ、謎の機械を俺に向け、そこから発せられる光を当ててくる……。

「……はい、確かに、ご本人のようですね」

 ……ご本人?

「いまので、確信が得られたのかい……?」

「はい」

「それで、交渉はしてもらえるのかな? 主に道具に関して……」

「はい」

「……代価はどうなるんだい? 持ち合わせが多くないというのもそうだが、こちらの貨幣は使えないんだろう?」

「先ほど問い合わせがありました。ここに来訪した場合、ジ・グゥー氏が支払いをなさるとのことです」

「……なにっ、グゥーが?」

「氏は現在、中央病院にて入院中です」

 なんだと……!

「奴らにやられたか! 具合はどうなんだっ?」

「命に別条はないとのことです」

「そうか……」

「それでは、これをどうぞ」

 黄色く、大きな丸いバッジが渡される……。

「これは?」

「胸など、目立つところに付けて下さい。いかなるときも外さないように」

「ああ……」

「これより町の中をご案内致しますが、単独での行動は慎むようにして下さい。その場合の安全は保障できません」

「ああ、もちろん」

「では、廊下へどうぞ」

 そして俺はまた廊下に……みんなの姿もある。

「これより、街へとご案内致します。先程も申し上げたと思いますが、あなた方は異邦人、落ち着いた行動をお願い致します」

「ああ、まずは病院へと案内して欲しい……」

「了解しました」

 そして俺たちは廊下の先へ、そこには兵士が守る重厚なドアが……。俺たちが近付くとそれはゆっくりと開き……そこは……!

「まさか、こんな……!」

 大樹の側には背の高い建造物が寄り添うように建っており、その下ではたくさんのギャロップが縦横無尽に走っている。大量の看板、踊る女の映像、そして道をゆくギマたちはみな清潔そうな衣装に身を包んでいる……。

 彼らはふとこちらを見やり、一瞬、ぎょっとした目をするが、特に騒ぐでもなく、道を歩んでいく……。

「こちらです。私はソ・ニュー伍長、以後よろしくどうぞ」

 案内は俺の聴取を担当したギマの女性がするようだ。俺たちはキビキビと歩んでいく彼女の後についていく。その先はギャロップの走る道……。

 ふと、側にてぐもぐもと声がした。見るとギマの若者たち、みなラフな格好で、手足に派手なアクセサリーを付けている。

 ソ・ニュー伍長はぐもぐもと彼らに何かを言い放つが、若者たちは数歩下がるだけで、好奇の視線は未だ俺たちを捉えている。敵意はないようだ、単に珍しいんだろうな……。

 ふと、一台の白いギャロップが俺たちの前で止まった。乗車を促され、俺たちは乗り込み、車は走りだす……。

「スゲー……」

「……すごい、ですね」

 アリャやエリの呟きはもっともだ、いかにも未来的な建造物に、行き交うギャロップ、道はきれいに舗装され、ゴミひとつ落ちていない。道には様々な……店なのだろう、派手な装いの建物が並んでいる。そこら中にある文字列は当然、読めない。

「そろそろです」

 おっと、もうか。街並みに見とれて時間があっという間に過ぎてしまった感覚がある。

 ギャロップはトンネルのような場所に入り、内部のガラス張り……の壁の前で止まった。俺たちは降車し、入り口らしき場所に向かうと案の定、それは自動的に開く。

 内部は大きなホールとなっており、たくさんの椅子が並んでいる。そこには具合の悪そうなギマの老若男女が腰かけている。彼らは俺たちを見ると、やはり目を丸くしたが、とりわけ騒ぐ者はいない。

 俺たちは受付らしいカウンターに向かう。そしてソ・ニュー伍長がぐもぐもと話し、看護婦らしいギマの女性が頷くと、柵の付いた円盤がやってきた。案内人に促されそれに乗ると、円盤は浮き上がり、上階へ運ばれていく……。

 そこはおそらく五階辺りだろう、円盤が止まった。そして俺たちはグゥーの病室へと向かう……。

 ソ・ニュー伍長がドアの前に立ち、なにやら操作をすると、軽妙な音程を奏でてそれは開いた。そしてそこにはベッドに横たわるグゥーが……!

「おいっ、無事かグゥー!」

「よお……」グゥーは俺を見やり、力なく笑う「まあまあ、だな……」

「重傷のようだが……」

 見ると、グゥーの脇腹に機械のようなものがくっ付いている……。

「ちょいと抉られてな……。まあ、すぐに治るさ……」

「抉られただと? 本当かよ……?」

「再生治療を受けているから、完治はするけど」おっと、ミィーがいた「今回はさすがに危なかった……。近くに街があってよかったよ……って、どうしてここに?」

「旅に必要な道具を求めてきたら、グゥーが入院しているって聞いてね……。そして、他のみんなは無事なのか?」

「ジューさんも入院してるよ。まあ、骨折くらいだからすぐに退院できるかな。フーとローもなんとか無事、もう退院したんだ」

「……スゥーやホーさんは?」

「スゥーさんも大丈夫。たまたま外出してたから。ホーさんはわかんない……。ものすごい激戦だったし……」

「そうか……。じゃあエリ……」

「はい」

「あっと、治療魔術は必要ないよ」

「えっ、なんで?」

「欠損までいくと治療魔術はある意味、逆効果だもん。傷口は塞がるけど、再生まではしない。それとも再生魔術も使えるの?」

 俺とエリは顔を見合わせる……。

「だったら医療に任せて」

「は、はい……」

 そうか……治療魔術はあくまで傷を塞ぐためのもの……。失った部位が再生するわけじゃあないと……。

「再生魔術と仰いましたが……」エリだ「それはどこまでできるのですか……?」

 ミィーは首を傾げ「どこまで?」

「治療魔術では、切断された手足を繋げ直すことは可能です。再生魔術では、失った手足を再生することが可能なのですか?」

「うん、そうだよ」

「どこまで、可能なのですか?」

 ずいと前に出るエリにミィーは仰け反り、

「え、えっとね、脳髄の完全再生はほとんど無理かな。記憶がなくなったり人格が変わる場合がほとんどだから。あとは再生の材料になる血肉の多くが失われている場合も難しいかな。手足の一本が吹っ飛んだ、内臓の一部が吹き飛んだってくらいなら再生できると思う」

「そうですか……」

「でも、再生魔術の使い手はほとんどいないから確かなデータじゃないんだ。とくにギマの界隈じゃ知ってる人は稀だと思うよ」

 なるほど……少なくとも、万能な魔術ではないというわけだ。

「ともかく、グゥーはそのうちよくなるんだな?」

「ああ……」グゥーは親指を立てる「明日にでもな……」

「いや、それは無理だから」ミィーはため息をつく「ここじゃ設備が少なくてね、順番待ちを含めてもちょっとかかるかな」

「そうか……まあ、ゆっくり休んでいろよ」

「それはそうと、よくここまで来れたね?」

 俺はこれまでのことを話す……。

「えっ、交戦したのっ?」ミィーはうなる「で、倒したの……!」

「まあ、なんとか撃退したが……」

「うーん、あれとはやりあわない方がいいよ……」

「こっちだって望んで戦っているわけじゃないしな……というか、奴ら、いったい何者なんだ……?」

「わかんない。危険な集団としか……」

「そうか……って、そうだグゥー、金を出してくれたんだって?」

「ああ……当然の報酬だろ……?」

「当然の?」

「お前たちで稼がせてもらってるからな……」

 ああ……なるほど、そういうことしてたんだ、へぇー……。

「じゃあ、有り難く受け取っておくかな!」

 グゥーは力なく笑い「そうしとけ……」

「で、ジューだが、彼女の病室は?」

「ああ、案内してあげる」

「そうか、じゃあ、またなグゥー。急ぎで見舞い品を忘れたが、なにか必要なものはあるか?」

「いや、いまはいい……。準備を整えたらまたこいよ……」

「おうよ」

 そして俺たちはグゥーの病室を後にし、次はジューの元へ。ドアが開くと、彼女は目を丸くする。

「おわっ、レックじゃない!」

 ジューは飛び起き、あいたたと身を捩らせる。

「おいおい、骨折しているんだろう」

「わあ、どうしてここにいるの?」

 俺は事情を話す……。

「へえー、運命の糸ってやつ?」ジューは笑う「といっても近隣でバックパックを手に入れるにはここしかないし、わりと必然かぁ」

「それより大丈夫なのか?」

「ああ、私は骨折五ヶ所くらいだから」

「五ヶ所……」

「骨折ならばすぐに私が……」

「えっ、ああ、いいのいいの」ジューは両手を振る「すぐに治るし、ちょっとここで休みたいから」

「そう、ですか……?」

「それよりぎゅってして! そしたら元気になるから!」

 ジューは両手を広げる……。

「えっ、いや、あの……」

「あっ、ちょっとごめん、二人っきりにしてくれない? 大切なお話がありまーす!」

 みんなは顔を合わせ、アージェルが前に出てくる……が、怪我人の頼みだ、仕方ない。俺はみんなに席を離れてもらう……。

「……で、話って?」

「はい!」

 ジューは両手を広げる……ので、俺はそれに応じる……って、うおお、大きな胸が柔らかく……! だがそのとき、ジューが小声で話し始めた。

「……ねぇレック、なんだかおかしいと思わない?」

 ……なんだ? こんな状態でひそひそ話とは……誰かに聞かれてはまずい話でもあるのか……? 俺も小声で返す……。

「……おかしい? そりゃあもう、いろいろとな……」

「そもそも、なんでみんなあそこに集まったの? それより、どうしてカタヴァンクラーなの?」

 ああ、ジューも気になっていたのか……。

「……カタヴァンクラーの後ろ盾にアテマタがいるからだって話だ……」

「あ、やっぱりそうなの……?」

「そうか、君はあの場にいなかったな……。あのデカブツはカタヴァンクラーのものだ……。そして後ろ盾の件はアテマタ自身の言葉でもある……」

「わお、予想通り……! 要塞に攻撃をしていなかったもんね……!」

 さすがはジュー、気付いていたか。

「アテマタがカタヴァンクラーを通して方々に声をかけたようだ、魔女を止めろと……」

「どうしてなの……?」

「わからない。ただ、アテマタはシンの意思にアイテールを阻害する効果があると推測したようだ……」

「へえ、そうなの……」

「いや、まだ断定はできない……。後者のアテマタは独自に推測したようだが、前者のそれの思惑は依然として不明のままだからな……」

「つまり……前者と後者に情報の差異がある……アテマタにもいろいろいるってこと……?」

「そうかもしれない……。それで、なぜギマの上層は俺たちを呼んだんだ……?」

「うわお、そこまで推理しちゃってるの……?」ジューは小さく笑う「たぶん、蒐集者対策……?」

「なに……?」

「あなたが人気なのは、蒐集者とやり合って生きているからってことも大きいの……」

「予知ができると知っていたのか……?」

「うん、さっき知った……。上はもっと以前より知っていたでしょうね……」

「奴はアイテール伝播を辿って未来を予知できるようだ……」

「道理で誰も倒せないわけだよ……。デヌメクネンネスと蒐集者はこの地の権力者に嫌われているんだ、気ままに場をかき乱すから……。排除できる可能性があるならなんでも利用するよ……」

「だが、アテマタは蒐集者に好意的だったぞ……?」

「そうなの……?」

「ああ、敬服している……。なんでも、極めて純度が高い転生者らしい……。転生者の話は聞いたか……?」

「うん、じゃあ……レックたちを呼んだのは……誰が接触を?」

「グゥーだよ……」

「グゥーなの……?」

「ああ、顔合わせをせずにこの件に絡んだらやばいって言っていた……」

「そうだったの……? ええ、それは確かでしょうね……」

「ギマの上層はガジュ・オーではないんだよな……?」

「違う、意思決定は元老院だよ……」

「元老院……? 聖騎士団のそれとは違うよな……?」

「違うと……思うよ……たぶん……」

 たぶん……か。

「そうか……。ならば異様に好意的なのも納得がいくな……。正直、門前払いされる可能性は高いと思っていた……」

「そうだね……普通は入れないね……」

「いくら俺たちが視聴数を稼ぐといっても、軍属には普通、通じないだろうからな……」

「まあ、私としてはその方がいいけど……」

「俺たちにとっても助かるさ……。しかし、思惑は無視できない……。単に蒐集者の排除ってだけなら頼まれなくてもやるつもりだが……」

「計画があるって……?」

「かもな……」

「何が考えられる……?」

「それは……情報が少な過ぎてな……」

「だよね……」

「ただ、この事態はどうやら、大して切羽詰まっていないようだ……。この街ではどうだ……? あの件が話題になっていたりはしないのか……?」

「ないね……」

「外界は吹き飛んでも構わないと……?」

「そんなことはないよぉー……。私みたいに興味ある人だってけっこういるんだし……」

「少なくともニュースになっていない……」

「うん……」

「外界の連中が近くで交戦したりしているのに……?」

「そうだね……」ジューはうなる。

 どういうことだろう……? ニュースにもなっていないのはさすがに不思議だ……。

「シンの意思を集めるには、中央にまで行かないとならないらしい。しかし、それはかなりの至難だそうだ……。楽観的に考えれば、放っておいてもあの魔女たちが自滅する可能性があるくらいにな……」

「うーん、うん……。中央は危険だしね……」

「事実、急いでいないよな、どの勢力も……。まるで焦っていない。おかしいんだよ、考えるほどに……」

 ジューはうなり、

「もしかしたら、物事はもっと単純なのかもしれない……」

「……どういうことだ?」

「中央の攻略、そのために人員を集めたのかも……」

 中央の、攻略……?

「ま、まあ、たしかに、人は集まったが……でも、そうしたいのなら普通に声をかければいいんじゃないか……?」

「でも、それで各勢力が同時に動くかな……? それより相応の理由をつくった方が集まりやすいんじゃない……?」

「建前を用意したから動いたって……? その違いは……?」

「仲良く攻略しようと、不届き者を止めようじゃ、動ける範囲は違うでしょう……?」

「どう、違う……?」

「後者は別に、仲良くしなくていい……」

「まあ、事実、仲違いをしているしな……」

「それでも彼らは中央を目指すことには違いない……。ううん、もっと言えば、仲間同士で組ませるより、敵対させながらでも、ひとつの目標に向けて動かした方が成功率が高いと判断したのかも……。そして応じた方も、そうやって動いた方が得があると判断したとか……」

「あくまで目的が同じなだけ……?」

「だってそうじゃない……? レックとか、仲間が傷付いたら足を止めちゃうでしょ……? それは素晴らしいことだけど、目的達成において合理的な判断ができないとも言えるし……って、別にレックを悪く言ってるわけじゃないよ、私はそっちの方が好きだし……!」

「いいさ、わかるよ、利害関係で組んだり離れたりできる集団の方が効率的な場合もある……。でも、バックがアテマタなんだろ……? 彼らはこの地に精通しているのでは……? なぜ外部の人間を含め、兵隊を確保しようなんて考えるんだ……?」

「……どうかな、アテマタですら知らないことは多いのかもよ……? 中央に行きたいけど、シン・ガードの壁が越えられないって可能性もあり得るし……」

 そういや、風の都のアテマタも言っていたな……知らないものは知らない、と……。

「う、うーん……。だから俺たちに任せると……? でもアテマタはシン・ガードにも敬服しているようなんだ、それじゃあ事実上、謀反になるんじゃないか……?」

「そうなのかもよ……。どころか、彼らだって、本当の意味で転生者に敬服しているわけじゃないのかも……」

 た、たしかに、その可能性はあるが……疑い始めたらキリがないな……。

 ……と、そのときドアが開いた、フェリクスだ。

「そろそろいいかいー?」

「あ、ああ……」

「仲良しはいいことだけど、いろいろ危ないと思うなー」

 そこで気付く、俺たちは抱き合ったままだ……!

 慌てて離れたところで危なかった、エリたちも入ってくる……!

「うーん、レックのお陰で、だいぶ楽になったかなー!」

 ジューはそう言って笑い……視線は俺の方へ……。

「……それで」黒エリの視線が厳しい「何をしていたのだ?」

「なにを……なにをって……」

 俺はごまかしつつ、先ほどの話をみんなに話す……!

「むう……」ワルドはうなり「断じるのは危険ではあるが……興味深い推理ではあるな……」

「利害で動く共同体か……」黒エリだ「複雑な手段は制御が困難だ、どう転ぶかわからんぞ」

「ですが、私たちだけでは限界があるのでは……」

「そうだよねー、敵対しているようでも、仲良くやれるかもよー」

「ヨク、ワカラン!」

 そう、よくわからんが……俺たちはすでに、地獄の釜に入っていることは間違いない……。

 さて、どう動いたらいいものか……。

「どうでもいい……」

 ふと、アージェルがため息をついた……。

「……ともかく、いまはバックパックと道具だ、これを調達しないと……。今後については、またよく話し合うとしよう……」

「よろしいですか」ソ・ニュー伍長は首を傾げてみせる「では、必要なものを入手しにいきましょう」

 そして俺たちはジューの病室を後に、再び街へと踏み込む……。

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