太古の鼓動
やってきたのは……人影、か……。大きなバックパックを背負っている……冒険者風の男……。気配からして、敵対者ではないようだが……? 男は手を振りながら、どんどん近付いてくる……。
「レク」肩を叩くのは黒エリ「あれをどう見る?」
「うーん、敵意は感じないが……」
「そうか、だが警戒は必要だな」
「おい、俺の勘を信じるのかよ?」
「だめか?」
「だめだな、お前まで信じるとたるんでしまう」
黒エリはにやりと笑み、
「貴様っ、そこで止まれっ!」
その一声にて、男は立ち止まる。
「あっ……怪しい者じゃないよ!」
「それはこちらが決めることだ! 何の用だっ?」
「何のって……」男は足踏みをし「た、助けて欲しいんだよぉっ!」
俺たちは顔を見合わせる。そういう話になると無下にはできないが……。
「エリ、鳥たちを頼む」
「はい」
エリの鳥が舞ってから、男の接近を許す。大きなバックパックを背負い、汚れた灰色の服、頭にはへこんだヘルメット、口元は無精髭で覆われており、頬がこけている。
「……貴様は何者だ?」
「オレはオルツ・グリコンってんだ、探検家だよ!」
探検家か……いかにもって風体だな。
「やはり、悪い奴には見えないけれどな……」
ワルドは頷き、
「あまり猜疑を重ねても始まらんな。話を聞いてみよう」
そうして今度は俺たちから探検家に近付いていく……。
「……助けて欲しいって、どうしたんだ?」
「ここから出たいんだけど、一人じゃ無理なんだ」
出たいのは俺たちも一緒だ。
「何か、障害があるのか?」
「出口付近には魔物がたくさんいて、オレだけじゃきっと逃げ切れないんだ」
なるほど、単純かつ切実な問題にぶち当たっているわけか。
「出口を知っているのか?」
「ああ、案内するよ!」
「ということらしいが……」
黒エリは腕を組み、
「おかしな真似をしたらどうなるか、わかっているな?」
探検家は頷き、
「ああ、ああ、どうにでもしてくれ、このままじゃ、遅かれ早かれここで終わりなんだ。それより、助けてくれるなら相棒を迎えにいかないと」
「相棒?」
「ああ、ここの古株だよ。もう一年以上、ここにいるらしい。向こうにいるんだ、一緒に連れていく」
俺たちは先を促す探検家の後をついていく。その際に、俺たちのことを簡単に説明する。
「へえ、あの要塞からきたのか」探検家は頷く「最近ここの原住民が騒々しいことと関係があるのか?」
ロード・シンを巡る現状を説明するが……いざ自分で説明してみると、なんだか荒唐無稽な話に思えてくるな……。
しかし、探検家はむしろ得心したかのように神妙に頷いた……。
「天より来たる大巨人、か……」
「……あんた、知っているのか?」
「ここじゃよく聞く話さ」
「へえ……存外、周知のことなのか……」
「知らぬは外の人間ばかりってね。オレも最初は信じられなかったけどな」探検家は肩をすくめる「すべてはロード・シンから始まったらしい」
「宇宙からやってきたって話か?」
「ああ、宇宙へ旅立った古代人が遣わした使者とも、宇宙の大罪人とも言われているな。壮大な話だ」
探検家は屈託もなく笑う。
「それで、あんたはここでなにを?」
「なにってこともないな、探検したいからしてるだけ。そして出られなくなった」
「どうしてだ?」
「いざ出ようとしたらでかい魔物に出くわしてな、洞窟内に戻ってもしつこく追ってきて、その際に辺りを破壊しやがってさ、出口ごと埋まりやがった……」
「そうか……」
「最悪だよ、いままでで最もアンラッキーだ。他の出口は危険過ぎて近寄れないしさ、もう、一ヶ月近くここにいるんだ……」
そんなにか……。
「よく生き延びられたな?」
「相棒の力を借りてな。彼はアテマタなんだ。半壊していて動けない」
「アテマタ……!」
「担いでは素早い行動ができないし、魔物に追われたら終わりなんだよ。彼は置いていけって言うけど、それもなんかさあ……」
いい奴、だな……。
「いやほんと、あんたたちがきてくれて僥倖だよ」
「いっそ、天井を破壊したらどうだ?」
「なに?」探検家は仰け反る「正気かあんた?」
「えっ、なに、やばいの……?」
「やばいもなにも……鍾乳洞を破壊って、ここがどれだけの時間をかけてできあがったものなのか知らないのか?」
「し、知らない……」
「話によると一億年以上らしい。破壊するなんてあり得ない!」
「そ、そんなにぃ……? し、しかし、命には……」
探検家はうなり、
「はっきり言おう。この鍾乳洞の価値はオレたち全員の命より重い。ここを破壊するくらいなら死んじまった方がいいさ」
その言葉に、俺たちはうなる……。
「それに、天井は以外と厚く、しかし脆いらしい。生き埋めになる可能性も相応にある」
う、うーん……!
「じゃあ、どうやって出るんだ……?」
「向こうに地底湖がある。相棒はそこからきたらしいんだ。さて、この上だ……」
探検家は鍾乳洞の壁を上っていく。追っていくと横穴が、そこにはなるほど……胴体と右腕しかない機械人間がいた……。
「どうも」わりと平気そうにアテマタは話し出す「事情はご存じでしょうか? 助けて下さい」
「それはいいが……地底湖に向かうんだって?」
「そこにわたしが乗ってきた潜水艇があります。破壊されている可能性もありますが」
「潜水……艇……?」
「水の中を潜れる船らしいよ」
「ほお……。では、そこまで連れていけばいいんだな?」
「はい、お願い致します。お礼はなんなりと」
「よし、相棒はオレが担いでいくから、どうか守ってくれよ」
そうして俺たちは地底湖へ向かうことになる……。彼らがこれまで生き延びただけあり、この辺りには獣の気配が少ないな……。つららのような石と、澄み切った水面の世界が続き、ところどころに日光の柱が立っている。
「静かで……」エリがつぶやく「神秘的な場所ですね……」
「ああ……。きれいな場所だね……」
ふと俺たちの視線が合い、思わず微笑む……が、黒エリとアージェルの冷たい視線を感じる……! そしてアリャの体当たりだ。
「ムゥー、ケハイ、アル……!」
……たしかに、前方より多くの気配を感じるな。おそらく地底湖にたくさん潜んでいるんだろう。凶暴な魚とか多そうだな……。
いや、待てよ……? すぐ近くにも……?
足を止めると、みんなが振り返る……。
「どうかしたかね?」
「いや……なにか……」
「センサーに反応」アテマタだ「メルティジェルの接近を確認」
「なに?」
「ジェル状の生物です。対象物を捕らえて包み、溶解させて吸収します」
「……どこにいるんだ?」
「肉眼では視認が困難です。電撃が有効」
俺たちは水から離れ、岩場に立つ。そしてワルドが水面に向けて電撃を放った! すると、前方の水面が不自然に持ち上がる!
「あれか……!」
ワルドが幾度も電撃を放つ! するとやがて、不自然な盛り上がりは潰れ、残るはただの水面のみ……。
「やったのか……?」
「はい。先に進みましょう」
なんだか……無難に終わったようだが、いまのはなかなか危なかったのでは……? このアテマタがいなかったら確実に襲われていただろう……。
そして先へ進むと、やがて空気の湿りが強くなってくる。鍾乳洞の道は途切れ、行き止まりに……いや、上部に穴が空いているな。俺たちはエリの鳥で上へ、腰を低くし、狭い穴を通り抜けると……突如、景色が開けた……!
「ここが……そうか」
目の前にはとてつもなく広大な空間、半径五百メートル以上はあるぞ……! そのほとんどが水面で、歩けそうな場所は地底湖の縁だけだ。ここでもやはり日光の柱が水面を照らし、そこでは泳ぐ何者かの影が窺える……。獣の気配もかなり多いな……。
「……で、どこに潜水艇とやらがあるんだ……?」
「向こう岸です」
向こう岸、気配の多さからして遠く感じるな、なにも起こらなければいいが……。
俺たちは穴から降り、地底湖の縁に立つ。幅は十メートルほど、あまり派手には動き回れないな……って、アリャが湖面に近付いていく……。
「おいおい、なにが出てくるかわからないんだ、あんまり近づくんじゃあないよ」
「ハラヘッタ、サカナ、クイタイ」
こんなときに、なにを言っているんだ……?
アリャは湖面を凝視している……。なにか、嫌な予感がするな……。
「おい、湖面に近づくなってのよ。ここは気配が多いって、さっき自分で言ったばかりじゃないか……」
「ムゥー……!」
アリャはまだ凝視している……。そんなに魚が食いたいのか……って、遠くに……何か、いるな……? あれはなんだ……? 爬虫類のような……?
「そら見たことか、なにやら出てきちゃったじゃないか、さっさと戻って……」
……って、爬虫類らしき頭が……どんどん上へ……? な、なんだか、すごく首が……長いんだけれど……?
「オオー、スゲー!」
あ、あれは、ドラゴン……なのかっ? それともトカゲの一種……? とにかくやばいことだけはたしかだっ!
「やっ、やるかっ?」
俺たちは構える、首の長い奴はスゥーッとこっちへやってくるっ……!
「あれは伝説の首長竜!」探検家は飛び跳ねて言った「おい、傷付けるなよ!」
「はあっ?」
「太古に絶滅したとされる恐竜だよ! この地で再生されたものだろう、あれも俺たちの命より百倍重い!」
またそれかよ!
「じゃ、じゃあ、どうするってんだよっ?」
「逃げるしかないだろー!」
まじかよ、でも、逃げ切れるのかっ……?
俺たちは走る、首長竜とやらが追ってくる……! そのとき、水面が荒れ、でかい魚が飛び出してきたっ! あれは前に見たな、こっちへ向けて降りかかってくるぞっ!
「アリャ、お望みの魚だぞ!」
黒エリが光線で撃ち落とす、ワルドも同じく魔術で落としていく、しかし、そうしている間にも首長竜が近付いてきているぞっ! 俺はシューターを構える!
「おい、攻撃するなよ!」
いや、そんなこと言ってもな……っと、首長竜は墜落した魚の方へ頭を伸ばしたぞ……?
まあ、当然か……。そっちなら確実に食えるものな……と安堵したのもつかの間、アリャが首長竜の方に近付いていくっ……? まさか、魚を狙っているのか……?
「うおおい、なにをしているんだよっ?」
「サカナ、クイタイ……!」
「やめろ、おい!」
だめだ、自分に正直なアリャは止まらない……!
「エリ、魚をとってやってくれ……」
「や、やってみましょう……!」
エリの鳥がアリャの狙う魚に集まり、それを咥えてこちらへ、しかし、首長竜は横取りさせんとばかりに頭を伸ばす!
「ニァアー!」
うわわ、アリャが首長竜に蹴りをくらわせたっ! 火に油を注ぐなってのよーっ!
「くそっ、エリ! 魚を頼む!」
「あっ、なにをっ?」
俺は駆け出し、恐竜に向かって光線を……当てないように撃つ! すると恐竜は驚き、アリャに向けた頭を引っ込ませた!
「いまだ、戻れっ!」
「ニァー!」
アリャが戻ってくる、エリも魚を手にした……が、重さで尻餅をつく、魚は黒エリが代わりに手にした。
「もういいだろっ! いくぞっ!」
俺たちは駆ける、しかしご立腹の首長竜が追ってくるぅ……! エリの鳥が気を引こうと周囲を舞うが、まったく関心を示していない……!
「このままじゃこっちがやばい、どれほど希少なのか知らんが、やるときはやるぜっ?」
「待て待て、潜水艇はもうすぐだぞっ!」
たしかに、前方に何かが浮いているな! しかし、距離が絶妙に危険だ、乗り込んでいる間に食われるかもしれん!
俺は振り返り、また光線を撃つ!
「先に乗り込んでいろっ!」
「無理はするでないぞ!」
「わかっている!」
みな潜水艇に乗り込んでいるようだ、首長竜は俺を凝視している……! くるか……?
そのとき、光の槍が湖面に消え、湖面が大きく揺らいだっ!
「レク、早く!」
アージェルの一撃か! というかこれやばいだろっ、揺らぎは大きな波となっているっ! あれにさらわれたら終わりだぞっ……!
俺は走る、しかし潜水艇までもが大きく揺れていて乗り込めない……!
まずいな、こいつはかなりやばい……と、そこに光明が、エリの鳥たちが集まりでかくなる、そして大きな足で俺の肩を掴んだ!
そして俺はエリの大きな鳥に運ばれ船内へ……とは容易にいかない、入り口がすごく揺れているので着地は危険だ……!
どうしたものかと思っていると、黒エリが上半身を出す、そしてこっちに両手を突き出した……。
受け止める気か、いけるのか? エリの鳥はゆっくりと船の方へ……。
「よし、いまだ落とせ!」
鳥が離したっ! 俺は入り口付近に着地、しかし揺れてバランスを崩すっ……が、黒エリに掴まれ、異様な腕力で引きずり込まれるぅ……!
そして船内に落ちる、いってぇー! しかし、助かったか……! みんなに助け起こされる……。
「お怪我は?」
「い、いや、大丈夫だよ」
「まさかあんな事態になるとはな」黒エリはアージェルを睨み「なにをやっているのだ貴様っ……!」
「だ、だって、あんなことになるなんて……」
アージェルは自身の力を把握していないんだな……。修行なしで手に入れた力だ、当然か……。
「待て待て、それより脱出だ、いけるか?」
「はい」アテマタは操縦席らしきところにいる「進航は可能のようです」
「よし、いってくれ!」
そして潜水艇は動き出す……が、船内が大きく揺れたっ! そして壁には首長竜の姿がっ……! この船もスカイギャロップみたいに外の様子を映し出すことができるらしい!
「おい、もっと速く進めないのかっ?」
「進航は可能ですが、点検をしていないため、出力を出し過ぎるわけにもいきません。ですが大丈夫ですよ、この程度の衝撃では壊れません」
そ、そうはいっても、揺れる揺れる、俺たちは素っ転び、床や壁に衝突、エリの鳥がクッションになってくれるものの、アリャの頭が俺のわき腹に炸裂し、ワルドの杖が頭に当たり、探検家に足を踏まれ、アージェルが掴まろうとしたのか引っ掻かれ、どこだかを掴んだと黒エリに頬をつねられそうになるが、そこでフェリクスと衝突、難を逃れた……ところでエリが飛んでくるっ……!
おおっと危ない、俺は彼女を抱きとめる! そして船内はまだまだ揺れる、いったいいつになったら終わるんだよ……!
「船内は揺れております。みなさん、席に着いて下さい」
いや、それを先に言ってくれぇ……!
俺たちは首長竜にさんざん弄ばれ……ようやく、揺れは収まった……。
「あいつ、ようやく諦めたか……!」
「あいたた、とんでもない揺れだったねー」
「むう……。しかしエリのお陰で大した被害はないようであるな」
「ああ……。そしてレク、お前、いつまでそうしているつもりだ……?」
いつまでって……と見ると、胸の中にエリがっ……! 互いに視線が合った……ところで、黒エリの咳払い……!
「おっ、おお、すまない、とっさのことで……!」
「いっ、いえいえ、助かり、ました……!」
そうして俺たちは笑い合うが……やはり黒エリとアージェルから、冷たい視線が降り注いでくる……。
「浮上しましょう」
おっ、ついに地上に出るのか……って、そのまま空を飛んでいるっ……?
「あなた方には大変お世話になりました。我らの基地へご招待しましょうか? それとも、どこか適当な場所へ降ろした方がよろしいですか?」
「だったら……戻ってもらおうか?」
俺の提案に、みな渋い顔をする……。
「どうせならば」黒エリだ「オルフィンの里へ向かうべきだろう。向こうはあの事態の上、これよりアーマードラゴンまでくるという話なのだろう?」
「で、でも、そうなら助けを……」
「不要であろう」ワルドだ「あの巨人がカタヴァンクラーのものだとするなら、アーマードラゴンとも戦えるであろうしな」
なるほど、たしかに……。
「そもそも、全滅している可能性もある。その場合、向かっても無駄骨やもしれんよ」
……それは考えたくないな。というか、グゥーとかが心配なんだよな……。しかし、俺だけ行っても大した戦力にはならないし、みんなは行く気がないらしい……。
そんな俺の気持ちを察してくれるのはエリのみで、他のみんなは彼らの安否をさほど重視はしていないようだ……。黒エリはアテマタに行き場所を伝える。目的地はやはりオルフィンの里のようだ……と、そのとき! 猛烈な衝撃がっ……?
「被弾しました、墜落します」
アテマタが淡々と言った……。被弾だとっ?
「なっ、何にやられたんだっ?」
「不明ですが、おそらく狙撃かと」
狙撃ぃ……? 潜水艇は踏ん張るが、やはり下降していく……。
「近くの跡地に向かいます。衝撃に備えてください」
跡地っ……? そして衝撃っ……! しかし、墜落にしてはマシな落ち方か……。
「追撃の可能性は高いと推測します。離脱しましょう」
俺たちは潜水艇から出る、くそっ、なんだってんだ!
「センサーに反応、やはり何者かが接近してきます」
なんだと? ……た、確かに、すごい速さで接近してくる……嫌な気配、まさかこいつは……!
「くそっ、奴らだ! 戦闘準備をしろ!」
「奴らとは?」黒エリは遠くを見詰める「まさか……!」
少しして、頭上から二つの影が降りてくる……! 白い姿、やはりゼロ・コマンドメンツとやらか……!
白いマントにフード、銀色の鎧……。顔にも銀色のマスクを付けている……。
「遅れてすまない、すぐに殺してあげるからね」
なんて優しく、不気味な声……。
「いいや、百時間かけよう……。苦痛をしっかり骨に刻めるように……」
そしてなんと、おぞましい気配だ……!
くそっ、やるしかないのか……!