ゼロ・コマンドメンツ
「さて、今回の話は以上だ。下も発火しそうだね、健闘を祈っているよ」
そろそろ去りそうだな、その前に一言、いっておかねばならないことがある。
「待てよ」デヌメクは俺を見やる「女性の部屋にはちゃんと断りを入れてから入るもんだぜ」
「違いない」デヌメクはニッと笑み、エリたちを見やる「失礼したね、ではまた」
そして消えた……。まったく、どこからともなく現れる奴だぜ……。
「神出鬼没だな」黒エリだ「まったく気配がなかった、いったいどうやって……?」
「それより、発火とか、気になることをいっていたな。下の協議もそろそろ限界か……?」
「かもしれん」ワルドは頷く「様子を見にゆこう」
そのとき、かすかに俺を呼ぶ声が聞こえた……ような、気がする……? それも……何度も呼ばれているような……?
そしてなにか……物音も……? なにかを叩いているような……いや、ドアを蹴破っているようなっ……?
ドン……! と音がし「……ク!」
またドン! と音がし「……レク!」
さらにドンッ! と音がし「……レクッ!」
こ、この声はアージェル? どんどんこちらに近付いてくるぞ……! なんだ、なんかえらい怖いんだけれどっ……!
「敵襲か?」
おおっと、黒エリが構える……!
「いや、違う違う、アージェルだ、ほら、地下の……」
「アージェルさんですか!」エリだ「無事だったのですね」
「あ、ああ……」
アージェルの声がどんどん近付いてくる、もうすぐそこまで来ている、このままじゃあ、この部屋のドアまで破られてしまうな……!
俺は先んじてドアを開ける、するとアージェルが飛び出してきたっ? そしてそのまま姿勢を崩し、転んだ瞬間に飛び跳ね、窓を突き破っていった……。
「……えっ、あれ……?」
そして下を覗き込むと、アージェルが驚いた顔で周囲を見回している姿が見える……。
「お、おーい……大丈夫か……?」
「ああっ! あー!」
アージェルはこちらを見て何やら叫ぶが、巨人の足音でかき消される……!
「おい、そこは危ないぞ! 中に入れっ!」
「えっ……? ああーっ?」
光線がアージェルを襲う、彼女は慌てて壁を駆け上がってくるっ……て、すげぇな! そして窓からこの部屋に飛び込んでくる……勢いでまた転倒、そのまま転がり、廊下に出てしまった……ところで、黒エリがドアを閉める……。
「いったい何事なのだ」
「いや、なんで閉めちゃうんだよ!」
そしてけっきょく、ドアが蹴破られてしまう……。
「レクッ! いたぁー!」
そして、噛み付かんばかりに俺に近付いてくるっ!
「なんで置いてくのっ?」
「いい、いや、べつにそういうわけじゃあ……!」
「あの、わんわんいってる女はなんなのっ?」
「な、なんなんだろうね……?」
「それより、いま、いま……何が起こったのっ……?」
それは俺が聞きたい……。タイミング悪くドアを開けてしまったのは俺が悪かったが、なんでまたそこから飛び跳ねて窓を突き破ってしまったんだ……?
「いや、まあ……というか、なんで片っ端から開けてきているんだよ……?」
「部屋の場所、聞いたんだけど忘れちゃったから……」
「早いなぁ!」
「知らないところだし、き、緊張するんだよっ……!」
気持ちは分かるが、人見知りにもほどがあるぞ……。以前は錬鉄騎士団の仲間を引き連れていたのに……ってそうだ、彼らはどうなったんだろう?
「そういや、錬鉄騎士団の連中はどうしたんだ?」
「……さあ?」
「さあって……」
そしてアージェルは室内を見回す……。
「……これ、レクの仲間?」
「あ、ああ、そうだが……」
俺は簡単に紹介をしていく……が、アージェルの瞳は不信の色に染まっている……。
「と、ともかく、地下に向かおうか……」
「待て」黒エリだ「嫌な予感がする、戦闘準備を怠るな」
たしかに、デヌメクの言葉は無視できないな。俺は部屋に戻り、スティンガーを拾っていく。そして近くにいた執事に頼み、地下へと向かっていく……。
そこでは昨日までと同じく、ブラッドワーカーを中心に、話し合いをしていたようだ。しかし、人の集まりはよくないな、グゥーやプレイメイカー、それにスゥーやキューの姿はない。フィンたちの姿もないし、聖騎士団はレオニス、ヘスティア、アズラだけだ。それにいま、皇帝派も揃って出て行くらしい。彼らが俺たちの側を通り過ぎるとき、蒐集者、スカーレットが俺に向かってウィンクをしていく……。
「なに、あの女……」
アージェルが呟く……というか、皇帝派の中に偽者がいるって話じゃなかったか……? 該当者らしい、ヨデル・アンチャールの姿はなかったが……。
いや、それより気配がやばいな……。特にカタヴァンクラーとレオニスのそれが荒々しく揺れ動いている……。
「話は平行線だな……」カタヴァンクラーが大きくため息を吐く「君たちはあれだな、随分と己の力に自信があるようだな。なるほど目の前の男は老人であるし、実力者たる側近も数人とくれば、そう驕ってしまうのも無理はないかもしれんが……」
「なんのまだまだ、そう卑下なさるな」
レオニスは肩を竦める……。
「……しかし、外にいるあの巨人が相手となるとどうかな? さしものの君たちも、そう優雅にしていられないと思うが……?」
巨人……? しかし、あいつは……。
聖騎士団の顔つきが変わる、これは……待てよ、まさかっ?
俺は思わず隣のエリを見やる、エリは目を大きくし、小さく頷いた……。
だ、だが、そうだとすれば辻褄が合う……というか、疑問は解消される、あの巨人が施設に傷を付けていないことに……!
そ、それにだ、光線だって俺たちに当たらなかった! あれは当て損ねたと思っていたが、あえて当てなかったのではっ? なぜなら、俺たちはカタヴァンクラーの身内を助けに行ったのだから……!
「いい加減、吐きたまえ」カタヴァンクラーの顔に凄みが出る……!「捻り潰すぞ、虫けらどもめが」
「随分と吠えますな」
レオニスの笑みに敵意が混じる! はっ……始まるっ……!
いや、待て、なんだこのどす黒い気配はっ……? 頭上から大量に、獣かっ……? いや、獣はこんな気配を持たない、ガジュ・オーとホーさんが立ち上がった……! やはり何か来るのかっ?
「みんな備えろっ! 大規模な襲撃があるぞっ……!」
ジュライールが俺を、そしてギマたちの方を見やり、笑んだ……!
「ギマの諸君には馴染み深いかな。白い悪魔たち、ゼロ・コマンドメンツのお出ましだよ」
なにっ? なんだそれは……?
「……貴様ら」レオニスが立ち上がる「奴らと組んでいたのか?」
「利害が一致しているからね」
「なんの利益がある?」
「どちらもブラッドワークだ」
「愚か者め……」ガジュ・オーだ「あやつらは禁忌の道をゆく外道中の外道、浅知恵は死より恐ろしい結果を招くぞ……」
「いけません……」ホーさんだ「来ますよ……端へっ!」
そしてみな一斉にその場を離れた、俺たちも壁際へ退いた……瞬間、天井から灼熱の柱がっ! あちちっ! 熱風がここまで……!
顔を覆った腕をどけると、眼前には先程までとはまったく違う光景が……! 床は燃え上がり、そして天井に空いた穴の上には複数の人影……。
「あいつら、あの姿は……!」
み、見覚えがあるぞ……! あの広場での大規模な戦闘、そしてその先の砦にいた白い服の……ギマたち!
「備えよ」
ガジュ・オーが、構える……! シューやオ・ヴーも臨戦態勢になった……!
「待て待て」
白い集団より数人、降りてきた……。その中央には白いフードを被り、銀色の鎧に身を包んだギマの老人……だが、す、凄まじくどす黒い気配だ……! 奴はその異様さと裏腹に、気安い微笑みを浮かべている……。
「我々はきゃつらを迎えに参じたのみよ」
「黙って渡せと申すか」
「さよう。それともここを戦場にするかな? 儂は構わんが」
一瞬のようで永い沈黙……の後、ガジュ・オーは構えを解いた……。
「よかろう……」
カタヴァンクラーはうなり「……ああ、やむを得ん、な……」
あっさり退くのも当然だ、あの白い奴らは広場や砦のとはまったく違う、気配だけで分かる、とんでもない実力者たちだ……。もしここで戦いになれば、一部の戦力以外はみんなやられてしまうかもしれない……。
「私も構わんよ」
次の刹那、光がはしった! そして振り返ると、ジュライールが……ブラッドワーカーたちの……首が、揃って落ちたっ……?
ばっ、馬鹿な、殺したのか……! いや、気配は消えていないような……?
「惜しいねぇ!」
ルドリックの生首が笑う、気付くと、奴らは白い連中の側に……! いつの間に、幻惑の魔術か……?
「しくじったか、やむを得ん、やるか」
レオニスがゆっくり動き、残像が……三つ、しかしそのどれもが異なる呪文を唱えているっ……? あれはどこかで……。
「おっほほ、よしよし」
ギマの老人が、ゼラテアを剣で貫いたっ?
「望みは叶えてやろう」
直後、ゼラテアがどす黒く変色し、咆哮が響き渡った……そのとき、ワルドが叫ぶっ!
「私の元へ集まれ!」
そして、早口で呪文を唱え始める! そしてホーさんがこちらに、
「急いで退避を……」
その刹那、白い何かがっ……? 気付くと、白い集団の一人が刀剣を抜いていた、しかし、その凶刃はホーさんが包むように構えている手の中で、止まっている……!
「デュラ・ムゥー……。お久しぶりですね……」
それは同じく白銀の鎧を着たギマの女だ、冷たい声で、
「随分と腑抜けたな」
「あなたは、まだ……」
そのとき、黒エリが動こうとするがっ……だめだ、こいつらはやばい、そしてほぼ同時に、女の片手がこちらに向いた、俺は黒エリに覆い被さり、直後に頭上を閃光がはしるっ……!
「なにっ?」
急いて顔を上げるとコマンドメンツの女が宙に浮いていた、そして吹き飛び、壁にめり込むが間髪入れずに飛び出し、突進してくるっ! しかし、その眼前に謎のリングが出現! そして女がそこを通ると、一瞬にして氷結し、床に墜落、いや着地したか、そしてすぐに動き出す……!
「ここは任せて……」ホーさんはこちらを見やる「あなた方はここを離れなさい……!」
ホーさんは床を指差す、その直後、床が崩れ、陥没したっ……?
「おおおっ……?」
俺たちは闇へ落下していく……! しかしエリの鳥が服を掴み、落下はゆるやかに……そして次の瞬間、頭上より轟音と激震……! その急変に何かを思う暇もなく、下方の光景が目に入る……。
こっ、ここは? 周囲はぼんやり明るい、ところどころ発光しているようだ……?
そして着地、足元は水たまり、ぼんやり照らされている岩の壁、ここは洞窟、なのか……? 地下のさらに下方にこんな空間が……。いや、それよりみんなは……。
「おい、みんな無事か?」
方々から返事が返ってくる。ひとまず、無事のようだな……。
「すぐさまゆこう」ワルドだ「最悪、追っ手があるやもしれん」
しかし、ホーさんたち、大丈夫だろうか……? だが、あの次元の戦いでは……少なくとも俺は足手まといに違いない。ここはいわれた通り、さっさとここを離れるべきだろう……。
それにしても……。
「……あいつら、あの広場にいた奴らとよく似た格好をしていたが……」
「うむ……。あやつらは極めて凶悪な集団で有名だが、あれほどの威圧感はなかった……」
「どうにも」黒エリだ「中央の老人が頭領のようだったな」
「ああ、気配が普通ではなかった。それにさっきのあれ、何をしたんだ……?」
「犠牲魔術だ」
ワルドがいった。犠牲、魔術……?
「その名の通り、何かを犠牲にし効果を発揮する魔術であるな。特に他の生物を媒介とするそれはあまりに非道として禁じ手となり、失伝したとも聞いたが……」
そういえば、ワルドの昔話にそんなのがあったな……。
「ともかく、すごい威力みたいだった……。グゥーたちはあの場にいなかったが、大丈夫だろうか……?」
「ホー様がいらっしゃいますし、なんとかして下さるとは思います」エリだ「ですが、他の方々は……」
聖騎士団の三人、か……。
「それよりいまは我々自身の心配をしよう」黒エリだ「ここは妙な反応が多いぞ」
「ムゥー!」アリャだ「ココ、ヤバイ。サッサト、デル!」
たしかに、この辺りには無数の気配がある……。すぐに脱出しないとな……。
そうして薄暗い世界を進んでいくと……獣の気配だ!
「くるぞ、備えろ!」
エリの鳥が周囲を巡る、その光でちらりと姿が見えたぞ、こいつは……モグラか? しかし、熊よりでかい……! そして妙に素早いぞ……!
「先手必勝っ!」
俺は光線銃を撃つ、すると甲高い悲鳴が、モグラはあっという間に壁の中へ消える……!
掘ったにしても速い! それに逃げたわけじゃなさそうだ、気配が戻ってくる……!
「先手必勝、いまのかっこいい!」
アージェル、そんな暢気にしている場合じゃないだろう……!
「左からくるぞっ! 壁から離れろっ!」
迎え撃ってやる、と構えたとき、上から激しい羽音が、昆虫のそれではない、しかし、これほど暗いところに鳥がいるとも思えない、ということはコウモリだなっ……と気を取られたとき、壁からモグラが飛び出した、しまった反応が遅れた……!
しかし、黒エリの飛び蹴りが炸裂……したように見えた、モグラは倒れる……がっ! コウモリがこっちにきそうだ、俺はスティンガーの盾を構えた……瞬間、でかい衝撃! 飛び付いてきたかっ……! 重い、相当にでかいぞこいつ……って、突然、軽くなった……? そして周囲にどさどさと大きなものが落ちる音……。
「強力な音波を与えてやった」ワルドだ「いまのうちに進むとしよう」
音波……? なにも聞こえなかった、が……?
「まだです、起き上がりました!」
モグラか、またこっちにやって来るみたいだ、エリの鳥たちが追い払おうと突撃しているようだが、あまり効いていないみたいだな。黒エリの蹴りをくらってすら起き上がるんだ、相当にタフなんだろう。
「とどめは僕がやるよー!」
おっと、フェリクスが光の刃を出した! だが、また何かこちらにやって来ているような……? するとなぜかモグラが向きを変えて、その何かの方へ向かっていく……?
「あ、あれー? どっか行ってしまったよー」
……どうしたんだ? まあ、去ってくれるに越したことはないが……。
「ミミズでも見付けたのやもしれんな」ワルドだ「よし、いまの内にさっさとゆこう」
そして俺たちはまた洞窟を進んでいく……と、先が明るい……? 急いで向かうと急に空間が開け、そこは……。
「鍾乳洞か……!」
乳白色のつららが無数に垂れ下がり、下には清涼そうな水が溜まっている……。そしてところどころに光の柱、どうやら地上の光が差し込んでいるようだな。それが辺りに反射して、周囲はかなり明るくなっている。
そして獣の気配だが……多くも近くもないな、ひとまずは安全なようだ……。
「さて」黒エリだ「この辺りは比較的安全なようだ。そこでいったん、状況を整理しないか?」
「状況を整理……? いま、そんなことをしている場合か?」
「いま、だからこそだ」黒エリは肩を竦める「事態が混迷している。集団行動を迅速に行うために、簡単な共通観念をつくりたい」
そういう、ものかね……?
「目下の問題は、あそこへ戻るか否かだ。私はもう、離れた方がいいと思う。余計な悶着が多過ぎるしな」
まあ、たしかに……。
「しかし、少なくとも一度は戻らないとならないぜ……」
「む、なぜだ?」
「バックパックを置いてきたからさ……」
「そんなもの……」黒エリはうなり「……まあ、それはそれで、痛いかもしれんが……」
「鍋はできないし、塩とかもないんだ」俺は肩を竦める「だから一度あそこへ戻るか、新しく調達するか……」
「むう」ワルドだ「たしかに、そこは問題であるな……」
「そう、だな……」黒エリは難色を示す「では、その後の話をしよう。バックパックを回収した後は、我々だけで動く。これに異論はあるか?」
「そもそも、向こうが放っておいてくれないって話じゃなかったっけ……?」
「あやつらの真意が推し量れんことが問題なのではないかね?」ワルドだ「避けようとしてばかりでは、いよいよ知る機会も減るであろう」
「しかしだな……」
「待て、そういやフェリクス、お前いろいろと動いてたんじゃなかったっけ……?」
「そうだねー」フェリクスは頷く「でも、真意までは分からないよー」
「そりゃそうだろうが……俺たちとウマが合いそうなひとはいたか?」
「うん、皇帝派はシンの復活を阻止したいって明言していたよー」
なるほど、それは当然か。世界が吹っ飛んだら帝国の復興もなにもない。あるいは一度、まっさらにしてからの方が早い……とも考えられるので油断はできないが……。
「わからんぞ」黒エリだ「それは建前で、いったん世界を破壊してから新たに創造する腹積もりかもしれん」
やっぱりそういう懸念はあるわなぁ……。
「そういえば、新たに女性が参入していましたが……」
「いや、あいつ蒐集者だよ……」
「やはり……」エリは目を細くする「たしかに、気配に覚えがありましたので妙だとは思いましたが……」
あの顔のことに関しては深く話す必要はないだろう……。しょせんは俺に対する嫌がらせに過ぎないことだしな……。
しかし一応、奴の衣服に灼熱蜘蛛の糸が使われていることだけは話しておく……。
「ふん、私には効くまいよ、皮も一緒に剥いでくれる」
ああ、ぜひともそうしてもらいたいね……。
「皇帝派に対する懸念は蒐集者とあの女に集約される。どちらもかなりの難敵だが、いずれ排除せねばな」
「シルヴェとは必ずしも戦う必要はないと思うが……」
黒エリはジロリと俺を睨む……。
「ふん、裏を返せば、他の戦力は大して脅威ではないということだ。それに積極的に襲ってくるわけでもない。現状に関しては大した脅威ではないだろう。次にギマ族だが、奴らはどうだ?」
「うーん、みんないい人だと思うなー」
「そいつは同感だ」
「意外だったんだけど、頭領さんとシューさんがよくしてくれたんだ。少し剣技を教えてくれたんだよー」
「へえ……! 俺もあの大将とちょっと話したけれど、傑物な感じはあったなぁ……。それにお前と同じくシューにも色々と教わったことはある」
「存外、話の分かる連中ではあるな」黒エリは頷く「ゼロ・コマンドメンツとやらとの対立から推測するに、奴らは我々と近しい雰囲気はある。もちろん、信用し切るわけにはいかないが」
まあ、そうかもしれないが……彼らは信用できると思うんだよなぁ……。
「そしてフィン族だが、奴らはどうだ? 私はあまり接触していないのでよく分からんのだ」
「うーん……」俺はちらりとアリャを見やる「正直、俺にもよく分からない……。ソリュウトとヨニケラに関しては友好的と思われるが……クラタムの師匠であるソルスファー・ゼロフィンは少し……」
「ゼロ、フィンか……」黒エリはアリャを見やり「アリャ、ソルスファー・ゼロフィンとやらはどのような人物なのだ?」
「ムゥー?」アリャは首を傾げる「クラタム、シショー、ヨク、ワカラナイ……」
「わからない?」
「モノシズカ、ヤサシイ、デモ……ヨク、ワカラナイ……」
物静かで優しい印象、か……。とはいえ、平気でアリャの命を懸けるんだ、冷徹な輩には違いないさ……。
「そうか……。そして、もうひとりいたな? その人物はどうだ?」
そういえばいたな、フィンは四人だった。しかし、あれ? どんな人物だったっけ……?
「覚えていないな……。誰か、会ったりしたかい?」
みな一斉に首を振る……。
「つまりはよく分からんというわけか」黒エリはため息をつく「アリャには悪いが、彼らは警戒対象だな」
まあ、な……。ヨニケラは善良だと思うし、ソリュウトも悪いようには見えないが……不穏な雰囲気は拭えない……。
横目でアリャの様子を伺うが、彼女はニリャタムを呼び出すときに使ったナイフを見つめており、特に気分を害した様子はないようだ。
「さてカタヴァンクラーだが、どうにも奴は狸だったようだな」黒エリは肩を竦める「しかし、こちらには何かと貸しがある。よほどのことがなければ敵対はしまい」
「ああ、どうにもあの巨人はカタヴァンクラーのものだったようだしな……。てっきりあの魔女の仕業だと思っていたよ……」
「うむ、あるいは単なる虚言だったのやもしれん」ワルドはうなる「あやつは思わせぶりな態度をよくする」
ちぇっ、まんまと騙されたってわけか? 魔術の力ならばともかく、ただの言葉で振り回されたんじゃ馬鹿みたいだぜ……!
「そして聖騎士団だが、奴らは何かと匂うな。フェリクス、何か気になることとかあったか?」
「クレイヴさんに剣技を教わったよー」
そういやそうだったな。というかこいつ、方々から教わっているなぁ……!
「それはどうでもいい」黒エリだ「他に気になる点は?」
「そういえば、団長さんがいたくエリさんを気にしていたなー」
「ああ、どうにも、セイントバードに興味があるようだ」
エリは首を傾げ「セイントバードにですか……?」
ワルドはうなり、
「ううむ……そうなってくると、あやつの言動にも珍しく信憑性が生まれるやもしれんな……」
セイントバードはもともと秘奥魔術ってやつか……。
黒エリは鼻を鳴らし、
「ふん、あるいは実力行使に出るかもしれんな。敵対を視野に入れた方がいいだろう」
聖騎士団とか……? しかし、彼らは相当な実力者だ、戦って優位に立てる相手とも思えないが……。
「最後にブラッドワーカーだが、奴らは論外だな」
それはいうまでもない。
「さて、こんなところか。まとめると、比較的、信用できそうな勢力はギマとカタヴァンクラー一派、一部のみ警戒が必要なのは皇帝派、警戒する必要があるのが聖騎士団とフィン族、明確に敵対しているのがブラッドワーカーとなる。異論はあるか?」
特に異見は出てこない。俺も大方は同意見だ。
「そういやさ、皇帝派のヨデル・アンチャールなんだが……」
偽者疑惑の話をするが、反応は薄い……。
「……それは、どうでもいいことではないのか?」
「い、いや、しかし、あそこにはシルヴェやディーヴォとか、話の分かる人物がいるし、皇帝だって……」
「だから、あの女の話はするな」
「いや、でもよ……」
黒エリはツーンとそっぽを向く……。
まったく、あいつの話になるとこれだ。とはいえ、俺だって蒐集者と仲良くしろといわれても首肯はできないだろうしな……。
「じゃあ……そろそろ動くか? 出口はどこだろう?」
「風の吹く方に行けって話、よくあるよねー」
「風、あるか……?」
指先を舐めて確かめるが……よく分からんな……。
「いっそ、天井を貫くか?」黒エリの手から光が発せられる「陽の光が差している以上、そう厚くはないだろう」
「いまはいかん」ワルドだ「一気に崩れる可能性がある。それは最終手段にしておこう」
……と、そのとき気配が近付いてくる、ような……? 敵か獣か、ともかく俺たちは身構える……!