縺れる心
……何だと? 母さんを殺したのが……このエジーネ……だと?
いや、いやいや、待て、これは幻影……だから、俺が内心思っていたことの発露に過ぎない……のでは……。
……しかし、あり得る……というか、納得ができてしまう……。
そう、エジーネが犯人だとするなら……あの女、いや、あの人がそうであるより、余程すんなりと……憎むことができる……!
「すごい目付き……。私が憎らしいのね、そうでしょう?」
「……あまり考えまいとしていたが……いま、はっきり分かった……。俺はお前が嫌いだ……反吐が出る……!」
エジーネは一瞬、目を見開き、そして憎悪に細めた。
「……そうでしょうよ、だから私は悪戯しなくちゃいけなかったのよ、嫌われるようなことをしなくちゃ辻褄が合わないもの! いい加減理解すべきだわ、全てはあなたの理不尽な嫌悪に発端があったのよ!」
なにぃ……? 何を言ってるんだこいつは……!
「下らんことをっ! お前が一方的に嫌らしい悪ふざけを繰り返してきたんだろうがっ……!」
「違う! 最初はあなただった! あなたが、わたしを、最初から、嫌っていたっ!」
「知ったことか、そんなもの! 自己を正当化している内にそう思い込んだだけだろうっ!」
「いいえ! 最初からとてもよそよそしかったわ、兄様とは遊んでいたくせに! ああ、でも、そうね、そうよ、あなたの罪は二次的なものよね、真に邪悪なのはあの女よ、きっと、あの女があなたに吹き込んだに決まってるっ……! ええ、間違いないわっ……!」
エジーネは……ふらふらと後退する……。
「そうよ、悪いのは、あの女なのよ……! だから、あれは当然の報いよ……!」
「馬鹿なっ! まさか、そんな下らん妄想からあんなことをっ……?」
「何が下らないのよ! 愛の育みを阻害する行為は何より邪悪だわっ……!」
「妄想を基盤に語るなっ……! 実際に見たのか、聞いたのかっ?」
エジーネはヘラヘラと笑う……。
「分かるの、分かるのよ、女同士ではね……」
「答えになっていない……! けっきょく見聞きしたわけじゃないんだろうが……!」
「お父様が死んだわ」
うっ……? な、なに? なんだそれは……?
「つい先日よ、あの女が死に、あなたが出て行って、あの家のバランスが完全に崩壊したのよ……」
「お、親父がっ……?」
いや待て、これは幻影だ、そんな馬鹿な……。
「お兄様では力不足だわ、彼は高慢で愚かだもの、そう遠くない未来に家は没落するでしょう。私は相続した証券をすべて売り払ってこの泥舟から降りるわ、それでも一生裕福に暮らすには充分な額がある。もちろん、あなたの分もあるのよ……」
馬鹿な、親父が、これは、幻影だろ……?
「な、なぜ、そんなことに……」
「事故だけれど、暗殺かもしれないわ。最近、無茶苦茶だったもの、元より危うかった周囲とのバランスが崩壊したのかもしれない。お兄様がやったのかも」
あいつが……? いや、むかつく奴だが、そんなことまではしないだろう……!
「ねえ、いまどこにいるの? 噂だとボーダーランドに向かったそうだけれど、生きているのよね? だったらすぐに帰ってきて、遺産はあなたの分もあるのよ、とても、すごい額が……」
こ、これが俺の頭から出てきたとするなら……俺は、こんなことを願っているのか……? それとも何者かが俺を陥れようと邪悪な幻影を見せているのか……? それとも、それとも……。
信じたくない、信じたくはないが……なんだこの異様な胸騒ぎは……!
「もう、行くのか」
ふと思い起こされる、別れ際の表情……。豪気な親父のあんな顔は始めてだった……。だが、あんなに悲しそうにしていたのは、母さんが死んだせいだろ……? 俺のことはさほど気にしていなかったじゃないか、ゆっくり話したことだって片手で足りるくらい、最近でも、酒を交わしつつの、嘘なんだか本当なんだか分からない話をしただけ……。
「あの家はもうだめよ。でも、私たちなら再起もできる。まったく別の事業を始めてもいいし、なにもしなくても……」
あの親父が……。
目から、涙が溢れてくる……。
いや、これは幻影……ただの幻影……。
惑わされるな……。
しかし……。
「ニェー!」
背中に衝撃! 俺は床に手を付く……!
振り返るとアリャ……か……。
「レク、オカシイ!」
おかしい……? ああ……いや、でも……!
「ま、待て、いまこいつと話を……」
「ダレモ、イナイ!」
いない……? 前を向くと、本当だ、誰もいない……。
ああ……幻影、だったな……そういえば……。
しかし……あれは本当に幻影なのか……?
俺の頭から出てきた妄想だと……?
本当に……?
「レク、ゴメン、ダイジョーブ?」
眼前にアリャの胸が……。抱き締められる……。
「コワイヤツ、モウ、イナイ」
「あ、ああ……」
そう、そうだ、あれは幻影、幻影に過ぎない……。
大丈夫だ、落ち着け、あるいはそう、心の恐怖心が形になっただけだろう……。
そうだ、大丈夫なんだ、きっと、きっと……。
……って、待て待て、なんだこの構図は、俺は慌てて立ち上がる……!
「いや、あの、もう大丈夫だ……! ああ、ちょっと腹立たしい幻影を見ただけだ、それだけだ……」
……振り返ると、ワルドたちが目の前に……。そうだ、俺はいまクリスタルジオサイトに、危険な場所にいるんだ、優先すべきは眼前のこと、幻影に心揺さぶられて足手まといにはなりたくない……!
「大丈夫かね? どうにも、深刻そうであったが……」
「あ、ああ……。ちょっと、苦手な奴の幻影を見てしまって……」
「少し、休むかね?」
「い、いや、必要ない、大丈夫、いけるよ」
「いまの一撃は悪くない」ディーヴォだ「クラゲの幻覚は一撃を見舞えばすぐに消えると聞く。次また見た場合は、俺が目を覚まさせてやろう」
いや、あんたにやられたら死んじまうよ……!
「私も、先ほど一瞬だが……幻影を見た」クレイヴだ「あれはただの幻覚ではないと聞いたことがあるが……まあ、少なくとも、頭で分かっていても、心が反応してしまうことは確かだ、お互い気を付けていこう……」
……ただの幻覚ではない? いや、だめだ! いまは目の前のことだ、あれこれ気が散っていると死んじまうぞ……! ここにはやばい奴らがたくさんいるんだ……!
「それにしても、スクラトさんたちはいったいどこへ? 広そうだといっても屋内には違いない、そうそう遠くへは行っていないはずだけど……」
あいつらのことだから心配はいらないと思うが、ここは戦闘力以外の面でもやばいからな……。よし、アイテール伝播とやらを頼りに、気配を探ってみるか……!
しかし、どうやって探るんだろう? いつも気が付いたらって感じだからな。なんとなく、こう……えっと、うーん、あれ? 徐々に、なんか気配が近付いてくるぞっ……? でかい、しかもこの気配は……!
「おい、気を付けろっ! たぶん、左からくるぞっ!」
左方より剣戟の音が近付いてくるっ! そして飛び込んできたっ、猛烈な刃の旋風が二つ、スクラトとア・シューが戦っているっ……!
「だっから、俺の獲物だっつっただろーがっ!」
「もたもたしているからだっ!」
そして部屋を横切っていった……。
なにやってんだ、あいつら……。
「むう……困ったものだな」
「アイツラ、アホ」
「じゃあ……行こう、か……」
クレイヴは項垂れ、先へと進んでいく。止めたりする気はないわけね……。まあ、あの間に割って入りたくもないが……。
そして進んだ先は廊下、両端に小部屋が並んでおり、そこにはやはり複数の結晶やら鉱物が並んでいるようだ。まるで展示だな、観光の名の通り、博物館か何かの側面もあるのかもしれない。
「それにしても、意外と中には獣がいないな。なんとなく、気配はするが……」
「先の案内役が守っていたのやもしれんな」
「ああ……それはあり得るな」俺はディーヴォを見やり「透明カマキリの気配はするかい?」
「ああ……。ゆっくりとつけてきている」
まだきてるのかよ! しつこい奴だ……!
「さあ、先に進もう」
廊下の突き当たりは幅の広い階段になっている。螺旋を描くように延々と続いているようだな。クレイヴは中央の隙間から下を覗き込み、
「ここから一気に下まで行けるようだ」
そうして俺たちは階段を降りていく……。しかし、どこまで続いているんだ? 半透明な場所が多くてよく分からん……。
そうして五分ほど下りていくが……なにやら気配がするな、しかも存在感が圧倒的だ……! 下から来るのか……?
「何か、来るぞ……!」
隙間から下を覗いてみよう……っておい、おいおいおいっ! あれってまさか……!
「ドッ……! ドラ、ゴン……」
クレイヴが絶望の声を洩らす……。
結晶の世界で遠近感がさほど明確ではないが、体長は十メートル近いか……? 四速歩行、円錐状に鋭い頭部、さっきの亀と似たような銀色の体が結晶の鎧で覆われている……。
歩調は優雅だ、気品のある動き……。奴は顔を上げ、こちらを見やった……! その瞬間、鋭い気配が俺を貫くっ……!
その瞬間、鈴の音色のような音がした……。
「……あれとは戦えない。気配がその辺の獣とはまるで違う……」
「もちろん、逃げる」クレイヴだ「さほど大型ではないようだが、戦っていいことなどないだろう」
俺たちは階段を引き返し、近隣の踊り場より通路に出た、下方からすごい速さで気配が追ってくるっ!
「やばいぜっ! マジで追ってきてるっ!」
「全力で逃げる! はぐれるなっ!」
俺たちは走る走る、もちろんドラゴンが通れなさそうな細い道を選んで走る、しかし気配は一向に引き離せない! まるでここの構造を熟知しているかのように……!
そして気付くと隣の部屋にっ? き、巨体が並走している……! こいつは逃げられないのでは……!
しかし、どうにも壁を突き破ってはこない……ようだな? そうだ、そういえばこの地下には破壊された箇所がない。あんなにでかい奴が好き放題に獲物を追うなら大なり小なり壊れる場所が出てくるはず……。つまり、奴はここに気を遣って俺たちを追っている……? そしてそれは同時に、高い知能を意味する……!
「おい、奴は壁を突き破る気はないようだぞっ! 闇雲に逃げるより、計画を立てよう!」
「……そうかも、しれないな」
クレイヴはふと俺を見やり、足を止めた……。もちろん、ドラゴンの足も止まる……。
……一枚の壁を隔てた先にドラゴンの姿……。獣のようにうろうろするわけでもなく、ピタリと止まって、微動だにしない……。
こ、こいつは不味い……。佇まいが明らかに獣のそれではない……。極めて高い知能があることは確実だ……!
「ど、どうする……?」
「このままではまずいな、二手に分かれよう……」クレイヴだ「そしてさらに追われたグループがまた二手に分かれる……」
「ひ、一人を犠牲にしろってのか……?」
「それとも戦うかい……? ドラゴンがすべて強大とは限らないが、もしそういう個体だった場合、全滅の可能性は高いぞ……」
「奴の戦力は不明なのか?」
「ドラゴンは育った環境で様々な形に変化する。それでも傾向は出るので分類は可能だが、厳密には一匹たりとも同じ個体はいない。そして直感だが、この個体は恐ろしく強い……」
残念ながら、それは大正解だぜ……。
「むう、では我々三人と君たちで別れることにしよう」
「ワルド?」
「やむを得ん。我々の方に来た場合は三人でなんとかしよう」
くっ……仕方がない、か……。
「よし、いくぞ、さん、にい、いち……!」
俺たちは同時に二手に分かれる! ドラゴンは一瞬左右を見やるが、俺たちの方に来たぁああっ!
そうだろうと思ったよ、こっちの方が人数多いからな!
「やはりな、だが秘策はある!」
「あるのかっ?」
「光で目潰しをする! 先にゆけ、振り返ってはならんぞ!」
ワルドは減速、そして後方から猛烈な光がっ! どうなったっ?
「ワルドッ?」
ワルドはすぐに追いついてくる。
「成功だっ、足が止まったぞ!」
そうか、やったぜ……と、振り返った瞬間、猛烈な光がっ! 眩しい……って、ところに硬質な衝撃、壁にぶつかったっ? そして思わず転倒してしまう……!
あ、あいてて、それに目がチカチカしてよく見えない……!
くそ、ドラゴンも似たようなことをしてきやがったのか……? まんまと嵌ってしまった……!
そして、気付くと、気配がすぐそこに……! 星が瞬く視界に辛うじて映るのはドラゴン、銀色の細長い頭部は兜のような結晶に覆われ、青い瞳が理知的な輝きを見せている……。そして、結晶の牙が生えた口が開かれた……!
俺は光線銃を構えようと手を伸ばす、しかし既に、牙が眼前にある……!
く、くそ……! こ、今度こそ終わり、か……!
……とはいえ、こんなに綺麗なところで、しかも相手はドラゴン……。
ああ、そうそう悪くはない終わり方か……? もっとずっと酷いことになる結末も覚悟の上だったからな……。
……しかし、こんなことを考えているのはなぜだろう……?
意外と落ち着いているな……心がざわつかない……。
普段より、ある程度の覚悟はしていたからか……?
まあ、俺の番がきたってだけのことだしな……。
そんなことを考えている間に、ことは終わっていた。
甘噛みを終えたドラゴンは小さく笑い、去っていく……って、
えっ……?
ええっ……?
な、なぜ無事なんだ? 助かった、のか……? いったいどうして……?
……いや、そもそも、襲われてはいなかった、のか……?
そうだ、思えば気配に敵意がなかったように思える……。ドラゴンだっていうんでびびったが、気配だけで考えるならそれはむしろ美しいものに感じられた……。
そうか、食われる直前、いやに冷静でいられたのはそのせいなんだ……。俺はそれほど諦めがいい訳じゃあない……。
そしてふと気付く、ワルドたちはどこへ……?
いや、あれだけ慌てていたんだ、知らずに先へ行ってしまったに違いない……。くそ、またいらぬ心配をかけちまってるだろうな、俺……。
ともかく探しに行かねば、ワルドたちの気配は……えっと、下の方かな? ドラゴンのと思しき気配もあるし、今も追われているのかもしれない。ともかくそうと思える方に向かうしかないな……。
先に進んでいくとまた階段が、やはりかなり下まで続いているようだ。
ドラゴンの件もあるし、あまり下りていきたくはないが……行くしかないか……。
そうして下りていくが、階下の部屋に逸れる道はなく、下りの階段だけが続いている……。下りても下りても続いていく……。
う、うーん、こいつはちょっと不味くないか……? 一人でここまで潜って……あのドラゴンだって本当に無害なのかは分からないし、戻ってワルドたちを追った方が……。
しかし、そう懸念していた矢先に階段は終わり、眼前には通路……。そしてその先に無数の何かが並んでいる、ような……?
だが、ここはやばい気がする……。
また幻影が見えそうな……。
頭に響くような、奇妙な感覚が……迫って、くる……!
次の瞬間、眼前に人影がっ? いつの間に!
そして影は、これまたいつの間にか現れていた椅子に腰掛ける……。
『人が想像し得るものは、すべて現実化できるのだろうか?』
なにっ……? 気付くと周囲に幾人もの人影が……! みな椅子に座って、ぐるりと俺を囲んでいる……!
「なに? なんだと……?」
『できたとして、その先は? 我々はいったいなにを求めて進歩してゆくのだろう?』
「なにを、言っている?」
『そこに答えなどなく、その必要もないさ』
別の方向から声が……。これは何だ? 俺に問いかけている訳ではないのか……? そしてまた、他方から声が……。
『少なくとも、ありとあらゆる苦しみからは解放されるべきだ』
『そうだな。我々は原始より追い、そして逃げてきた。もうイタチごっこは終りにしよう』
『しかし、その先は? ゆるやかな停滞が待っているだけなのでは? 広がりきった宇宙の孤独を誰が知りたい?』
『人類の終焉を恐れているのかね?』
『終焉すらなかったら? 終りの兆候も合図もなく、ないことに気付くことさえない』
『それこそ、永遠だ』
人影の一つに見知ったような顔が、あれは……アージェル? いや、似てはいるが、違う……。
ふと、アルテミスの名が浮かんだが、その根拠となるものは一切ない……。
『永遠は人類において致命傷になるだろう。よく考えてみるがいい、その生に縋ることに、いったいどれだけの意味があるのかを』
『輪廻とて同じことだろう?』
『完全など、永遠の強者など存在しない。輪廻においてこそ、人類は新たな可能性を掴めるのだ』
『それを証明するためにあんな馬鹿げたものを? 我々と戦争でもしたいのか?』
『まさか』
『我々は懸念をしている。君たちが死を強制しようとしてるのではないか、とな……』
『少なくとも、輪廻はその恐怖を克服できよう』
『聞いたか、まさに脅しではないか! そのうちオートマタをけしかけてくるぞ!』
『万能を称する者がなにを恐れる?』
状況は騒然となり、そのうち幻影は消えた……。
い、いまのは、いったい……?
いや、それよりここにいたら……また幻影が襲いかかってくる気がしてならない……。
……だが、その懸念は同時に、中枢に近いとの確信も俺に囁いてくる。そうだ、ここで逃げ帰っても仕方がない。少なくとも先に何があるか、確認しておかなくては……。ワルドたちも気掛かりだし、モタモタしていられない……。
俺は通路を進む……。すると先に無数の突起が……延々と続いている広大な部屋……。なんだこの、トゲトゲの海は……?
トゲトゲに触れようとすると、遮るように硬質的な感触が……! トゲの先端付近に目に見えない何かがある……?
見えない物体といえば……ファンタズマクリスタル……?
ということは、もしや、このトゲトゲのすべてにクリスタルが……?
トゲの先端にあるのは、透明な球体……? それをすくうように掴むと、あっさり俺の手の中に……。
すごい、確かにほとんど視認できない、触れることはできるのに……。
後はこれを持って帰ればいいのか……と思ったそのとき、周囲に数多の気配がっ! なんだっ? 何者かが……!
慌てて周囲を見回すが、なにもいないようだ……? 透明カマキリのように見えない敵……ってわけでもなさそうだし、よくよく感じてみれば、どの気配もわりと遠くにいる気がする……。
これは……まさか、俺の感度が上がっているのか……? ファンタズマクリスタルによって……?
タイミングといい、そうとしか考えられない……。
……と、ともかく目的のものはおそらく手に入った。後はみんなと合流して帰るだけだ。今なら気配もよく分かるし、合流も容易だろう。
しかし、さっきの幻影はいったいなんだろう? さすがに俺の頭から出てきたものとは思えない。かといって無意味な幻影とも思えない……。
考えられるのは過去の記録……だろうか? ということは、幻影は俺の頭から湧いてきたものではない……?
だとするなら、さっきのエジーネも……?
いや、そうとは限らない。なにも断言はできない。それによしんばあのエジーネが本物で、言い分が本当だとしても……俺はこの地より出ていくなんてできない。少なくとも今はまだ……。
だからこそ、あまり深く考えない方がいい……。そう、その方がきっと、いい……。
さて……気を取り直して戻る……前に、試しておくことがある。
ここに来た途端にいろいろな幻影が見え始めて、その中核となるのがおそらくここ、そしてここの重要物がこの見えない結晶……。
ということは、ここではもっと色んな記録が見えたりするのかもしれない。この世界の秘密を知ることも、エリの求めるリザレクションの情報だって……。
幻影を見るのは正直怖いが、手掛かりを目の前に逃げ帰ることは避けたい……。
ワルドたちの元へ急がなくてはならない、幻影の言うことを真に受けてはならない、情報を集めなければならない……。
矛盾した想念が渦巻くなか、俺は見えない結晶を握り締め、念じ始める……。