アイテールの糸
流転の地ではありとあらゆるものが与えられる。
樹木からは木の実や木材、獣からはお肉や体毛、川からは鮮魚、鉱物だってたくさん採れるらしい。
でも、なんといっても遺物とかいうすごい道具だ。これがあればフィンを脅かす脅威を退けられるんだって話だ。
そう、力が必要なんだ。弱き者はその善悪を問わず、生きることも活かすこともできない。それが自然の掟だ。だから、弱い私がここで命を懸けること、賭けなくてはならないことはなんにもおかしなことじゃない。これもまた乗り越えるべき試練なんだ。
そして私は幸運にも力を手にすることができた。これで生きることも、活かすこともできる。お兄様を止め、レクを助けることだってできる。そしてもっと強くなって、フィンを守ることだってできるかもしれない。
でも、なんだろう……? ニリャタムからは、すごく、すごく懐かしい感じがする……。力とは別の意味で、すごく大切なもののような気が……。
◇
アリャの分身は絢爛な装飾が描かれている金色の弓を取り出し……波のようにうねっている七色の矢を持って、それを引く……!
た、確かに強そうな感じだが、果たしてその矢で通じるのかっ? 結晶の巨人がアリャの分身に向けて右手を突き出した、それと同時に矢が射られるっ……!
矢は巨人の胸部に……刺さったようだが、どうやら浅いようだ、やはり通じない……? と思ったそのとき、巨人の結晶が溶け出した! そして、内部の骨格部分が露出し始める……!
「オオー?」アリャは巨人を指差し「トドメ、ブチコロス!」
『ムチホロス!』
今度は剣のようにでかい矢を背中より取り出したっ! そして弓を引くが、しなるしなる、弓がもの凄くしなって……射った! と思ったら爆発っ……? と同時に猛烈な衝撃波が突っ走ったっ! あいてて、結晶の破片がこっちにまで飛んでくる!
……そして衝撃波が収まり……見やると、巨人はおろか……その背後に積み重なっていたでかい結晶の柱ごと吹き飛んでいるっ……? そして、大小の破片が頭上から降り注いでくる……。
ほ、ほとんど見えなかったので確信は持てないが、あの射られた矢が、途中で加速したのでは……?
「と、とんでもないぜ……!」
というか、あんなに威力があるなら最初のやつは必要なかったのでは……などと思っていたそのとき、吹き飛ばした後の瓦礫の下から……なんか出てきたっ!
あれは……でっかい、亀だっ? 大きな結晶を積んでトゲトゲしくなっている甲羅を背負い、露出している爬虫類の部分は金属のような銀の光沢がある……! そして甲羅が輝き出したぁ……!
「モ、モゥトータスだっ! まっ、まずいっ!」
クレイヴが叫ぶっ! ああ、どう見ても危険の兆候だ! ほぼ間違いなく光線か何か撃ってくる感じだなっ!
「ニェエー! ヤバイッ!」
そこでワルドが俺たちの眼前に立つ!
「なんの、光には光だ」
ワルドがライトウォールを張った! そして一面に無数の光線が迸るっ! おおい、手当たり次第かよ!
しかし光には光、ライトウォールが光線を防いでいる……! そしてディーヴォが転がるようにこちらへやってくるっ……!
「こっちだ、急げっ!」
間一髪! 光線に当たらずにディーヴォはここまで辿り着いた……!
「すまん、助かる!」
「無事のようだな……! まじで洒落にならんぜ、あの亀はよ……!」
というかっ、周囲にある結晶のせいで亀の光が曲がってとんでもないことになっている……! 魔物とか獣っていう次元じゃないぞ、これこそ超兵器じゃないか……!
「ワルド、耐えられるかっ……?」
「うむ、なんとかな!」
さすがワルド……って、おいおいおいっ……! 亀が放っている無数の光線が……徐々に収束し始めているっ……?
「光が……! ちょっと、こいつは……!」
「う、うむ……。まずい、な……!」
ワルドがライトウォールを重ねる! そして聞いたことのない呪文を唱え始めた……!
さあどうする……って、あんなの相手に策もクソもない! 光が……どんどん収束して……ついに一本の光の柱になった……! そして、徐々に、こちらに……倒れてくるうぅっ!
「くっ、くるぞっ!」
「……これは、終わりかもしれんな」
このディーヴォ、いいガタイしてるくせに早々に諦めるんじゃ……って、俺たちの前に人影が降り立つ、アリャとその分身だっ!
「おいっ! 壁の裏にこいよっ!」
「……ニリャタム、ヤレル!」
やれるだって? まじかよ、いくらなんでもあれはまずいだろっ……!
しかし、アリャとその分身は本当にやるようだ、背中から刀剣を抜く……! どうにも背中に四つの矢筒と三つの鞘、都合七つの武器を背負っているようだ、そして今回抜いた得物は片刃の刀剣、さっきの矢と同じく七色に……ぼんやりと輝いている……?
しかし、本当にやれるなら頼もしい……。アリャの分身は踊るように刀剣を回し、まるで渦のような、花びらのような盾らしきものを作り出す……!
「コレ、ヒカリ、ハジク?」
『ミカリ、モジク』
そして……眩しい! 亀の光線が既に……頭上に近いところにあるからだっ! もう目を開けていられん……!
だが、瞼の裏からでも分かる、光が踊っているような感じ、俺たちがまだ光に焼かれていないところを見るに、あの渦のような盾が光線を防いでくれているようだ……!
……そして、光が収まっていく……のが分かる……。恐る恐る目を開けると……アリャの分身の、腰まである長い髪……。アリャ、それにワルド、ディーヴォの姿も、みんな無事だったか……!
それで亀は、亀はどうした……? と見ると、甲羅部分だけが残っている……というか、手足を引っ込めているのか……?
「ムゥー? カメ、ヒッコンダ」
『フッコンダ』
「どうやら……戦意はなくなったようだな……」
「カメ、ムカツク、ブチコロス?」
「いや……あれだけの攻撃をしたんだ、あいつも疲弊しているはず。襲ってこないならもういいんじゃないか……?」
「ムゥー……? ジャア、ユルス」
『ヌルス』
やれやれ、なんとかなったか……。一時はどうなることかと……ってクレイヴはっ?
「あれっ? クレイヴはどうした?」
「向こうだ」
ディーヴォが指差す先を見ると、奥の方からクレイヴが現れた……。よかった、無事だったみたいだな。
俺はふと、アリャの分身を見やり、
「それにしても、すごいな、彼女は……」
「ニァー! ニリャタム、ツヨイ!」
『マタシ、ツモイ!』
二人は抱き合う。なんだか分身というより友人同士みたいだな……。
「しかし、この子はいったい……? アリャが操る分身か何かと思ったが……もしや、独自の人格を持つ個人、なのか……?」
仮面の戦士は一歩前に出て、俺を見つめる……。
『マタシ、ニリャタム』
「ニ、ニ……ニャ、ニリャタム……」
な、なんか、ニリャタムって言い辛いなぁ……。
『ニリャタム、アリャ、ヤモル』
「コレ、レク!」アリャは俺を指差す「レク、ヤバイ、マモル」
「いや、俺はそんなに……」
『リク……レク、ニバイ、ヤモル』
ニリャタムの目を見つめていると……やはり知性がある輝きをしている気がする……。だとするなら彼女は、傀儡ではない……?
そしてニリャタムはアリャにウニャムニャと何やら言い残し……砂のように崩れ、煙となって消えた……。
「……不思議だ、何もないところからよくもあんなものが……」
「具象魔術は確かに高度だが……」ワルドだ「扱える魔術師はある程度はいる。私も鏡などを作り出せるしな。しかし、数日という短期間で、しかも人のような存在を作り出すなど明らかに普通ではない。彼女の師が歓喜するのも分かろうというものだ……」
「ニリャタムみたいなのは、かなり特別なのかい?」
「うむ……」
「そもそも、なにもないところから何かを生み出すって時点で相当不思議だけれどな……」
「アイテールだろうな……」
ディーヴォが呟く。……アイテール?
「……なにそれ?」
ディーヴォは俺を見やり、
「……大昔に比べ、現在の大気は濃厚と聞く。光線という軌跡が見えるのもアイテール干渉によるものだとか」
「アイテール、干渉……?」
「アイテールはある種の電磁波に反応するらしい」
で、電磁波……っていうのは、かなり最近になって提唱され始めた概念のはずだが……もしかして、この地じゃとっくの昔に周知のこととか……?
「そしてアイテールは魔術とも深い関係があると聞く。それに、気配の探知に関してもな」
……なに? 気配の探知も……?
「俺は魔術における、武器としての才には乏しいが、気配を知る感度にはやや自負がある。これはアイテール伝播による感度が高いせいだと解釈できる」
アイテール、伝播……。
「えっと、空気中のアイテールってやつを伝って、各々が気配を察し合ってるみたいな話?」
「そうだ」
そしてディーヴォは魔術が不得意で、気配を知るのはけっこう得意なクチだと……。なんかそれって俺と似ていないか? 妙に親近感が湧いてくるぜ……!
「その知識は……」おっとクレイヴだ「いったいどこから……?」
「どこということもない。知れるときに知ったことに過ぎん」
意外……と言っちゃ失礼だが、この男はけっこうインテリっぽいな。外見の印象だけで人を判断してはいけないってやつだ……と、俺の肩にディーヴォの手が乗った。
「レクテリオル・ローミューンと言ったな……?」
「あ、ああ、長いからレクでいいよ」
「唐突だが、ヨデルにおかしなところはなかったか……?」
ヨデル? ヨデルって、ヨデル・アンチャールか……。
「鼠にのまれたと聞いたが、無事だったようだ、としか……」
「気配に異常を感じなかったか……?」
「気配に……? うーん、彼と接触したのはものの数分だからな……。差異を覚えるにはまだ……」
「そうか……」
「……なにか、おかしいのか?」
「ああ、気配が違うように思える。ごく僅かだが……。あるいは、ヨデルは既に死亡しているのではないかと……」
「……なに? じゃあ、今いる奴は……?」
「カーディナルが泳がせようと、な……」
なにぃ……? 偽物だとでもいうのか?
「いや、ぶっちゃけた話、あいつはあまり信用しない方が……」
ディーヴォは首肯し、
「人外の者だというのだろう?」
「……やはり、知っていたのか」
「問うたら終わり、それが不文律だそうだ。詮索せねば、彼は我々にとって大きな力となってくれるらしい。そもそも我々が元老院の手から逃れ、今日まで生き残れたのは彼の功労が大きいからだと聞いた。ならば俺も従う他あるまい」
「……そうか。ところで、あんたはなぜ皇帝派に?」
「……俺はこの地に薬を求めてやってきた。弟が難病でな。当初はいち冒険者として挑戦していたが、やはり即席の面子では限界がある。そんなときにスカウトしてきたのが彼らだ」
「そう、か……」
なるほど、人を蘇らせる魔術があるらしいし、あらゆる病を治す薬くらいあってもおかしくはないな。
しかし兄弟のため、か……。いい奴じゃあないか……。
「そろそろ行こう」クレイヴだ「制限時間は定められていないが……のんびりしていいわけでもないだろうしな」
確かに、さっさと済ませたいって意見には大賛成だ。
そして中心部に向かって歩き出すが……徐々に結晶のサイズが大きくなっていくな。さらに人工的に成形されたかのような結晶がちらほら見受けられ始める。壁のような平たい結晶や獣の形をした彫刻、人の頭を模った残骸も転がっている……って、アリャが拾ってきた……。
「ヒト、アタマ!」
「拾ってどうするんだ、捨ててきなさい」
「ニェーイ!」
アリャは頭を放り投げて笑う……。こいつはどこでも楽しそうだなぁ……。
しかし……妙な気配が増えてきたな。この異様な薄さは昆虫系かもしれん。あいつらは本当に怖いからな、ここは慎重に進んだ方がいいだろう……と思っている側からクレイヴはわりと急いた足取りでどんどん先へと進んでいく。
「この先に地下への入り口があるはずだが……?」
「待て、妙な気配が多い、もっと慎重に……」
「しかし、奴らはまともじゃないんだ、業を煮やしてなにを始めるか分かったものじゃない。急がねば」
「お前も気配が分かる気質か」ディーヴォは俺を見やる「この気配には覚えがある、恐ろしい奴だったが、案の定、ここを住処にしていたのだな……」
「……なんの話だ?」
「スィンマン……。極めて危険な魔物だ、姿が見えない」
「なにぃ?」
「スラッシャースリムに似た種で、まったく透明というわけではないが……かなり視認し辛い」
今度はカマキリの親戚か……! ただでさえ怖いのに姿まで見えないとは……!
「ムゥー……! ナンカ、イル……!」
アリャも勘付いているようだな。
「ニ、ニリャタムに頼れないのか……?」
「ニリャタム、レンパツ、ムリ」
だろうな、あんなにすごい戦力がほいほい出せるとは思えない……って、なんだ? 後ろになにかっ?
振り返るが、誰もいない……。スィンマンとやらか? 念のため目を凝らして辺りを見回すが、何もいないようだ……と思ったそのとき、結晶の背後にちらりと影が……? 今度こそカマキリか? それとも別の獣……?
「レク、どうしたのかね?」
「あ、いや……。敵、かな?」
「むう、確かに微かな足音は聞こえるな。しかし、妙に位置が把握できん……」
「……まずいかもな、ここでやった方がいい」
ディーヴォは斧を構える……!
「奴らは好機を待つ。人とは比べものにならない忍耐力でな。ここで力を示さねば延々と狙われるかもしれん」
そいつは同感だな。俺も構える……!
「待て」クレイヴだ「無駄な交戦は……」
「既に戦いは始まっている。こうして構えるだけでも牽制にはなっているのだ。むしろ警戒心のないお前が……」
「うわっ!」
おおっ、クレイヴが転がってきたっ? 見ると服の襟元が切れ、中に着ていたスーツが露わになっている……!
いかにもカマキリの仕業って感じだな、スーツのお陰で命を繋いだか……!
「なっ、なんだ?」
「言ったろう、スィンマンだ」
既に通り魔の姿は……ないようだな。しかしまずいぞ、他の獣の気配まで……辺り一帯から近付いてくるっ……?
「むう? 気配は感じるが、足音がせんぞ?」
「フワフワ、イッパイ!」
……あれは、先日も見たな、ふわふわ浮かぶクラゲ、ビジョンジェリー……だったか。確かレオニスが幻影を見せるみたいなことを言っていたな、ここの幻影はとどのつまり奴らの仕業なのか……?
「スィンマンに幻覚クラゲか、最悪の組み合わせだな」ディーヴォはうなる「威嚇は後にした方がいいかもしれん。後退しつつ、やってくる奴らを撃退していこう」
クラゲを撃つと容易く地に落ち、動かなくなった……。倒すのはまったく苦じゃないが……いかんせん数が多いな。ワルドが広範囲に炎を噴射するが、まだまだ何十匹と来るぞ……!
「上だっ!」
頭上を見上げるとさらに大量のクラゲたちが! いつの間にあんな……!
「だから言ったろう、さっさと奥に行こう!」
俺たちはクレイヴを追い、奥へ進む……。すると結晶の砂が途切れ始め、ひし形の文様が描かれた床になっていく……。いつの間にか建造物に入ったようだ。そしてその先には幅の広い階段が……。
「ここだろう! 内部は広いと聞いた、はぐれないように!」
階段の各所には小さな明かりがあり、そこに照らされている部分が白くなっている。なるほど、あの光で透明と不透明のコントラストが形成され、移動に支障がないよう出来ているんだな。それに観光地らしいし、美観を考えてのことでもあるかもしれない。
「オオー、ナンカ、キレイ!」
「ああ……ただの観光ならよかったな」
そして階段を降りると大広間、中央には樹木のような形の、見事な結晶がある……。
「スゲー! キレー!」
「ああ、すごいな……。というか、ここからどっちへ?」
道は前後左右の四方に伸びている。個々の角にはやはり白く見せる明かりが、ああいうのがないと角に衝突するかもしれないな……。
「そうだな、前に進んでみよう……」
おっとやっぱり手探りなのね……。まあ、仕方ないか……。
それにしても内部もやばい気配だらけだぜ……! 獣の種類も超強力な亀やら見えないカマキリ、幻覚クラゲときたもんだ。これほんと無事に帰れるのか……?
「レク……」
うっ? 背後から声が……? しかし、振り返って見ても、何もいない……。
しかし、あの声にはどこか、聞き覚えがあるような……。
「ムゥー? ナンカ、イタ?」
「い、いや……? 気のせいだ、進もう」
そして歩を進めた途端にまた、
「レク、なの……?」
こ、この声は……! また振り向くと……波打った髪型、高価なドレス、冷たく妖しい微笑を浮かべる……見知った姿が!
「エ、エジーネ……!」
エジルフォーネ……。俺の、腹違いの妹……。
げ、幻影にしても……なぜあいつが……?
「レク、どうして? あなた、あなた……」
き、奇怪だが……幻影と分かっているなら気にする必要などない……! 俺は先を急ぐ……!
「どこへ行くの? どこへ……」
ええい、構うか、俺は先に行くんだ……!
「また階段か、ともかく奥に行ってみよう。スクラトさんはどこに……」
みな階段を降りていく。俺も後に続くと、いつの間にか側にエジーネが……!
「待って、待って、また何も言わずに去っていくの?」
ああ、うるさい! 挨拶は一応していこうと思ったさ! でも姿が見えなかったから……!
「話があるの、とても大事な話が……」
こっちは、ない……! 悪いが、さっさと消えてくれ……!
「バランスが崩れたの、バランスが……」
バランスだと……? いったいなんの……?
い、いや、しょせんは幻影、クラゲが俺のことを知っているわけもなかろうし、これは俺の脳が生みだした幻覚とかそういうのだろう、夢と同じだ……。
「私たちは確かに愛憎に歪んでいたわ。でもバランスは取れていた。それはそう、きっと些細なやり取りで、かろうじて……」
「くそっ、ワルド、幻影が見え始めた! 結晶のせいかクラゲか分からないが……!」
「むうっ! 気にせず進めるかね?」
「ああ、大したことはない……!」
階段を降りるとまた広間だ……。エジーネはどこまでも追ってくる……。
「これは夢ね、あなたの夢は幾度も見たわ、幾度も……。いつもそうやって、逃げていくの、いつも……」
逃げるさ、どう接していいか分からないからな……!
「むっ……? 右手と後方より獣の気配がするな」
「そうか? ではまた前進するとしよう」
俺たちはまた前進する……。
「ねえ、知っている? 母は彼女のことをそうは嫌っていなかったわ。ただ、そういう対応をしなければならなかったのよ。彼女と仲良くするべきではないと思っていたの、そういうバランス。戦争で両陣営が膠着するのと同じ、歪んだ平和のバランス」
幻影のくせに……。妙に知った風な口を利くなこいつ……! それとも、無自覚のまま俺がそう思っていたってことなのか……?
「あなたは私を苦手としていたわね。高圧的な兄様には真っ向から言い返すのに、私のいじわるに対しては何もしなかった。私は相応に傷付いていたのよ」
くだらん……! なにを身勝手なこと言ってやがる……!
「いいえ、一度だけ、あなたは激高したことがあったわね。あのときは嬉しかったわ。なにをされてもよかった」
背筋が凍る……。俺は、こんなことを考えて……? いいや、俺は彼女をどうしたいとも思ったことはない……! むしろ、得体の知れない恐怖すら感じていたくらいだ……。
「これは夢、夢よね、あなたは去ってしまったのだから。だから、今だから、本当のことを言うわね……」
本当、なにが本当だっていうんだ……。
これは幻影で、本物は今頃、故郷の屋敷でせっせと着飾っているんだろうよ……!
しかし、なんだか気になり……足を止め、振り返ってしまう……。
するとエジーネも立ち止まった……。そして俺をじっと見詰め……震える唇が、開いた。
「彼女を殺したのは、私よ」