悪人とは
「……でさぁ、あいつらボロボロでねぇ!」
「そうなのかい」
「ソラスちゃんも、わりと疲れてるんじゃないのぉ?」
「そうでもないよ。快適とは言い難い場所だったけれど」
「一ヶ月くらいだっけ?」
「三ヶ月だよ」
なっ……なにぃ? ルドリックの野郎が平然とテーブルに腰掛けてやがるっ……! そして奴の隣にいる優男……もしやあいつがブラッドワーカーの頭領、ソラス・ジェライールなのかっ? 波打った茶色の長い髪、赤紫色のモーニングを着て……優雅にワインを傾けていやがる! さらには栄光の騎士の姿も、あいつまで解放されているのかよ……! 何やら、すごいしかめっ面でグラスを見詰めているけれど……。
周囲のテーブルにはフィン以外の勢力が集結している。それにバーカウンターの奥にはカタヴァンクラー、両手をついて項垂れているが……まさかシルヴェが言った通りなのか……?
「レク、こっちだ」
テーブルのひとつにワルドとフェリクスだ、俺はそこへ向かい、腰掛ける。
「おいおい、どういうことなんだこいつは……」
「どうやら、カタヴァンクラーの身内が人質に取られているようであるな……」
本当に脅迫してきやがったとは……。というか、神妙な雰囲気のなか、スクラトだけが元気よく飯を食っているな。こんなときによくもまあ、毒の件は済んだのか? やや遅れてレオニスとヘスティアが現れ、着席する。
それにしても、殺気の籠った高密度の気配が辺りに立ち籠め、奴らに向けられる視線も同様に厳しいものだってのに……当の本人らはいたって穏やかに談笑しているな、何なんだこの構図は……。
そう思いつつ奴らを見ていると、ふとルドリックの野郎と視線が合った……!
「あっ、あいつあいつ、あいつらにやられたんだ」
ルドリックはこちらを指差し……俺はつい、武器に手を伸ばしてしまう……!
「おおっと、空気を読みなよぉ? 俺様を攻撃したら、そこのお爺ちゃんの……子供、孫、ひ孫……?」
ルドリックは戯けた調子で首を傾げるが、次の瞬間には凶悪な笑みを浮かべ、親指で首を切る仕草をする……!
「まあなんでもいいけど、そいつらの頭がディナーに並んじゃうことになるよ! なんかどこかでそういう料理あったよね、頭開いてさ、あれは羊、いや猿だっけ?」
くっ……! この野郎……!
「もういいだろうっ!」聖騎士団の席、クレイヴだ「さっさと出て行って、人質を解放しろっ!」
「焦ることはないさ」ジェライールはチーズを食みつつ言った「僕は交渉に背いたりはしない。今後の仕事に響くからね、約束は違えたことがないんだよ」
「貴様らのような非道なる者どもの言葉を信じろとっ?」
「交渉すら、する気がないのかい?」
ジェライールは赤いワインを回す……。
「なるほど、それもいい。ではさっそく……」
「まっ、待て! しないとは言っていない……!」
「こんな駆け引きは時間の無駄だね。僕はどちらでもいいんだ」
こいつ……あるいはここで死ぬことにもなりかねんというのに、なんだあの余裕は……! 何か策でもあるのか……?
「では、交渉の前に要求の確認といこうか、ミスター・カタヴァンクラー」
カタヴァンクラーは重々しく顔を上げ、口を開く……。
「お前たちを見逃せ……ということだな?」
「それに加えて、クリスタルジオサイトに向かい、ファンタズマクリスタルを取ってきてもらいたい」
「なにっ……?」
「君たちの腕前は聞き及んだ。今ここで有志を募って、明日にでも取りに向かって欲しいな」
クリスタルジオサイトに……ファンタズマクリスタル……。ジオサイトってなんだ……?
「……集まるとは限らんぞ」
「君の人望が試されるね」
カタヴァンクラーは周囲を見回し、
「……みな、済まない、としか言いようがない……。まさか居場所を突き止められるとは……しかも、このような輩どもに……」
そこでクレイヴが立ち上がる……!
「……貴様たちの言いなりになるのは癪だが、人質に罪はない。私が行こう……!」
クレイヴはレオニスを見やり、
「よろしいですよね、団長?」
レオニスは頷く。
「いいだろう。だが、気を付けるんだぞ」
「はいっ!」
「では、私もゆこう」アズラだ「万が一もあるかもしれない」
「いや、君はここで待機だ」
アズラはレオニスを見やり「……なぜです?」
「気持ちは分かるが、感情で動いてよい数には限りがあるとは思わないかね? 今はとりわけ重要な任務を任される身だろう、分別を付けるのだ。それともクレイヴが不覚を取るとでも?」
アズラは眉間に一層深い皺をつくり「……いいえ」
「まずは一人目」ジェライールだ「他に有志は?」
おっと、皇帝派の大男、ディーヴォ・アッバゥだっけ……? 彼が手を上げた。何となく意外だな……?
「よし、二人目。他には……」
「ああ、君も行ってきなよ!」
ルドリックの野郎が……俺を指差すっ!
「君は俺様を撃とうとしたからね、当然のペナルティでしょ? まあ断ってもいいけど、その場合は……分かるよねぇ?」
くっ……マジかよ、あの野郎……! だが、人の命が懸かっているんだ、選択の余地はないか……!
「ちっ……! 分かったよ、行くさ……!」
「さっすがぁ!」
「では、私もゆこう」
ワルド……。フェリクスも口を開こうとするが、ワルドに止められる。
「ワルド、すまない……」
「何を言う、これは必然の成り行きだよ」
「これで四人か。他に行きたい人はいるかい? あそこはとても綺麗な場所だよ」
だったらお前が行けよクソ野郎がっ……!
「ああ、くそ……!」グゥーが手を挙げる!「俺も……」
「レックが行くなら、私も!」ジューもだ!
「ふん、私もっ!」スゥーもかよ……!
「ぬしらはいかん」おっと、ガジュ・オーが止めた「シュー、ぬしがゆけ」
「承知」ア・シューは笑む「ちょうど奴らのけしかける獣にも飽きていた頃です」
グゥーたち三人が抗議の姿勢を見せるが、ガジュ・オーの重厚な一瞥で黙ってしまう。でも、ありがとうみんな……。気持ちだけで充分さ……。
そして、おっと、スクラトが立ち上がった……!
「雑魚ばっかり寄こしやがって、クソ雑魚どもが! つまんねぇーから俺も行くぜっ!」
しかし、聖騎士団からは一人って……と思ったが、レオニスはあっさり容認する……。なぜだろう、あいつは正式な団員じゃないとか……?
「これで六人か、充分かな」
「私の側近も一人付けよう……」
カタヴァンクラーだ、そして犬みたいな顔の男がやってくる……。
「ソマ・ウーウだ。不条理極まる問題だが、どうか力を貸して頂きたい」
彼は鎧みたいなツナギを着ており、拳銃らしきものが腰に二つ、ぶら下がっている。強そうな男だな。
「よし、七人もいればなんとかなるだろう。さて、ファンタズマクリスタルの外観だが……これは見えないとされている」
見えない……だとぉ?
「極めて透明度が高くてね、肉眼だとうっすらと見えるか見えないかってところらしい。しかし、物体としては存在しているのだから、持って帰ってくることはもちろん可能だよ」
目には見えない……。見付けるのに苦労しそうだな……。
そうして俺たちはさっそく明朝にここを出発することとなる……。何て急な話だ、腹が立ってくるぜ……!
俺は憤まんしつつ、部屋に戻る……。エリはまだ目が覚めていないようだ、黒エリたちに事情を説明する。
「そうか、人質をな……。やむを得ん、か……」
「名指しだからな……。それに、人質を解放させることだって奴らとの戦いだ、意義は大きいぜ」
黒エリはため息をつき、
「元はといえば私の落ち度、すまないな……」
「い、いや、見破って返り討ちにしたとしても結果はそう変わらないと思うぜ……? というか、まさかお前も行く気じゃないだろうな?」
「むっ? 当然だろう」
「いや、お前はここに残れよ。誰がエリを守るんだ」
黒エリはエリを見やり、
「ああ……そうか、そうだな……」
「どうにも……全快まではそこそこ掛かりそうだし、その間はお前が頼りなんだ。もちろんフェリクスもな」
「うん、任せてよー!」
「シルヴェにも頼めるかい?」
「うん? まあ、いいけど、わん」
「こやつの助力などいらん」
「いや、ここだって何が起こるか分からない、頼らせてもらおう」
「うーん、クリスタル何とかも楽しそうだけど……レクの頼みなら聞いてやるわん。でも、心配なのはむしろお前だわんよ」
「……ふん、それは同感だな」
「だ、大丈夫だって……」
と言ったものの、先ほど痛い目に遭ったばかりなので胸は張れんな……。
「そうだシルヴェ、クリスタルジオサイトってどんなところだろう?」
「知らんわんね。調べてみるわん」
シルヴェはまた眼鏡を取り出す。
「ちこちこっと……わん。ジオサイトっていうのは……どうにも観光地のことみたいだわんね。クリスタルがいっぱいある……おお、けっこう素敵な場所みたいだわーん……」
「観光ぉ……? なんだか平和そうな響きだが、ともかくクリスタルがいっぱいあるところなんだな?」
「そうみたいだわんね。でも、かつてそういう場所だったっていうだけのことで、現状は……それなりに獣がいるようだわん」
だろうな……。奴らだけじゃ難しいからこそ、俺たちを使おうとしているんだろうし……。
「それで……ファンタズマクリスタルってやつも調べてくれないか?」
「ファンタズマ……あったわん。透明度が極めて高く、目に見えない結晶らしいわん。何やら様々な使い道があるようだわんね。使いようによっては、人の思考や記憶を見ることが可能になるみたいだわん」
「へえ……? そんなもので何をする気だ……?」
しかし奴らのことだ、ろくなことに使わないだろうな……。
「なるほど……。あ、あと、リザレクションとセイントバードを調べてくれないか?」
「うーん? いいわんよ、ちこちこっと……わん!」
しかし、シルヴェは眉をひそめる……。
「うん? 詳細不明だわん……。おそらく私のもつ権限では見れないわんね」
「へえ……? そうか、ありがとう」
リザレクションは分かるが、セイントバードまで……。やはり、なにか重大な意味をもつ魔術なんだろうな。
そこでノックが、ドアに向かうと執事だ、食材の鑑定が終わったらしい。毒草がこっそり混ざっていたようだが、毒薬などの痕跡はなく、すぐにでも調理が再開できるそうだ。
「よし、ひとまず飯だな。持ってくるよ」
「おお、いっぱい頼むわーん!」
階下に降りると厨房はさっそく大忙しのようだ。メニューを聞かれ、早めに出来そうなのをと頼んだら大量のファットドッグが出てきた……。いや、別にいいんだけれどね……。
他の料理はワルドとフェリクスに任せ、俺はまず、紙袋いっぱいのファットドッグを持っていく。
「おお、ファットドッグだわん!」
シルヴェはケチャップとマスタードを大量に付け、大喜びで食べまくる……! 黒エリはエリが心配なのか、食欲はあんまりないようだな。まあ、エリが起きたらしっかり食べればいいさ。
そんなこんなで食事を済ませた後、俺たちは自室に戻ることに、さて風呂にでも入ってくるか……と思ったそのとき、ノックの音が……? 出るとカタヴァンクラー……と、大きな鞄を持った執事だ。
「少し、よいかね……」
「あ、ええ……」
やる気だったさっきまでとは別人のように憔悴している……。よほど大切な人が人質となっているんだろうな……。
「言わんとしていることは分かる」ワルドだ「最善は尽くそう」
「ああ……奴らの好きにはさせませんよ」
「ありがたい……ありがとう……」
カタヴァンクラーは頭を下げる……。
「私には敵が多く……幾度となく家族は脅威に晒されてきた……。ゆえに、これ以上なく入念に死を偽装し、遠い国へと逃がしたのだが……まさか見付けられるとは、それもあんな下種どもに……!」
「お気持ちは、察します……」
「ああ、いや、申し訳ない、もっと実際的な話をしに来たのだ……。装備を提供したい……」
執事は鞄を開く、中には黒いツナギのスーツが……!
「これは、遺物……?」
「耐熱、耐寒、そして耐衝撃、斬撃にも高い強度を誇る装備だ……。これで万全という訳にはいかんだろうが、役立ってくれるだろう……」
「……いいんですか?」
「ああ、もちろん……。そして火器も用意した、好きなものを使ってくれ……」
大型、小型の銃にナイフや刀剣のようなものまである……。しかし、いまはグゥーに借りたやつがあるしな、あれこれ欲張っても重量がかさんでは体力を消耗するばかり、それでは意味がない……。
「じゃあ、このナイフだけ……」
「む、それだけでよいのか……?」
「馴れない武器はかえって危ないですからね」
「なるほど、確かに……。だが、よいものを選んだな、それは超振動ナイフだ……。切れないものはそうそうない……」
こ、これが超振動ナイフってやつか……。シルヴェの言葉からしてこれなら効くんだよな、相当な鋭利さを発揮するに違いない……。
「私もひとつ、借りよう」おっとワルドが、珍しい「打撃に特化した武器はないかね?」
「それならこのメイスなどどうかね……?」
カタヴァンクラーが取り上げたのは、トゲの付いたハンマーっぽい武器だ。
「スイッチを入れれば伸びる。重量は軽いが、やはり先端が超振動化して敵を容易に粉砕するだろう……」
「ほう……有難く借り受けよう」
「……改めて嘆願する、奴らの要望を聞き入れ、あの子たちを取り返してくれ……!」
俺たちは承諾し、カタヴァンクラーはよろめきながら部屋を後にしようとする……。
「あ、あの、ちなみに人質となっているのは……」
「孫夫婦とひ孫だ……」
「ということは小さい子も……?」
「まだ、二歳だ……」
そんな子供をっ……! あの野郎ども……!
「戦いはなるべく避けたいが……奴らに限っては違う……! 絶対に叩き潰してやる……!」
「気持ちは分かるがな……」ワルドだ「憤怒は諸刃の剣、特に搦め手が得意な奴らにとってはな」
「ああ、ああ……! わかって、いるさ……!」
……しかしその夜、不安と怒りでなかなか寝付けず……はぁ、俺はいったい何をやってるんだろう、けっきょく感情を持て余しているじゃないか……。ワルドの忠告を反芻しなければ……。
下で水でも飲んでくるか……。
執事に頼み、昇降機で階下へ……。そして地下のバーに向かうと、カタヴァンクラーが酔い潰れていた。きっと不安で飲み過ぎたんだろう、執事たちがどうしたものかと困っている……。
「あ、申し訳ありません、醜態を……」
「いや、気持ちは分かるさ……。君だって辛いんじゃないのかい? この状況で何人もの……」
「ええ、ええ……! 怒りと哀しみでいっぱいです……!」
ああ、ひどいもんだ……。というか、何でこんなにひどいことになっているんだっけ……?
そもそも、あいつらはどこから来たんだろう……? 地獄の底から来た悪魔だとでもいうなら納得もいくが、同じ人間には違いなく……しかしまるで理解の出来ない人種……。
いや、もしかして同情できる境遇でもあるのか……? 話をすれば片鱗でも理解できるのか……?
それに、先ほどは叩き潰すと豪語したが……それはつまり、身を守る為とは違う……いわば信念を基軸にした積極的な戦いであり……あるいは殺しにも繋がる行動だ。それをする覚悟が俺にあるのか……?
分からない……。アデサの時だって受け身の戦いだった、俺は奴の殺意に好機を見出して、復讐心のようなものを満たしただけに過ぎない……。
俺は、どうしたい……? 本当は、どうしたい……?
「まだ、起きておったのか」
おっと、ガジュ・オーだ……。よく見ればカタヴァンクラーの隣にもグラスがひとつ……。
「明朝にも向かうのであろう、早々に休むがよい」
普段なら臆してすぐに立ち去るところだろうが……。今は何か……そういう気にならない……。
「奴らって何なんでしょうね……。なぜ、あんな生き方が出来るのか……。倒して然るべき敵なんでしょうか……。それとも……」
「弱者である」
ガジュ・オーは即答する……。
「じゃ……弱者……」
「及ばぬがゆえ、満たされぬがゆえに鬱屈し、心までも惰弱ならば外道に走ることもあろう」
「た、確かに……」
「しかし、好き好んでそのような道を歩み続ける者はそうおらん。内心、己が所業を悔い、そして責め、ときには止む無きこととして肯定し、またも悔やむ……。外道に慣れてゆくのも、そのような葛藤の繰り返しがあってのことである」
ガジュ・オーはカタヴァンクラーを見やる……。
「とどのつまり、ひねくれ者なのだな。それは憐憫の情を呼び起こす有様であっても、邪悪とは断じれん」
「で、では、奴らも……」
ガジュ・オーは深く、息を吐く……。
「しかし、まったくもって異質なる者も中にはおる。同情心を解せず、利用価値のみで他者を判別し、そのことになんら悩まぬ者たちがな」
「異質な、者……」
「彼奴らがそうであるかどうかは分からぬ。あるいは人心を期待したとて、まるで無駄になるやもしれん。だがな……」
ガジュ・オーはふと、穏やかな表情を見せる……。
「その苦悶、大切にせい。たとえ報われなくとも、な……」
そう言い残し、ガジュ・オーはカタヴァンクラーを担いで行ってしまった……。
この苦悶を大切に、か……。どういう意味なのかいまいちよく分からないが……少なくとも無駄なことではないらしい……。
いずれその意義が分かるときがくるのだろうか……? だが、少なくとも先ほどまでよりは、もやもやが晴れた気がするな……。
そして俺は水を一杯もらい、部屋に戻る。さあ、さっさと寝ないとな、睡魔の足音が聞こえそうな今がチャンスだ……。
ああ、明日はクリスタルジオサイトか……。面子が面子だし、どうなることやら……。