大食い対決!
「すごいねー。普通、あんなに食べられないよー」
二枚の大皿にパンが山のように積まれていく……。フェリクスの言う通り、とんでもない量だ。いったい何個あるんだ……?
「ファットドッグは各五十個、制限時間は十分だぅ! もちろん先に完食した方が勝ちだぅ!」
「五十個っ? そんな数、不可能だろっ?」
「ビッグ・ジョンの記録は八十二だぅ! このくらい序の口だぅ!」
まじかよ……!
「ワ、ワルド、さすがに無茶じゃないかな……!」
「任せろ」
この量を前にしても怯まないのか……って、どこからか軽妙な音楽が流れてくるっ? そしてギマたちがぐもぐもと歓声を上げ始めた! さらにその中から青と白のタキシードを着た奴が現れるっ。
『歓声が、悲鳴が、そして腹の音が鳴り響くファットドッグバトル!』
あれは司会のようだな……。声を大きくするらしい棒状の機械を片手に持っている。
『今宵は名誉の死を遂げたブ・ギュー、ザム・モー両氏への鎮魂を祈り、親善試合をする予定でしたが、それを少しだけ変更し、ド・フー選手対ワルド・ホプボーン選手の一騎打ちを開催致します! では、まずは黙祷を……』
ギマたちが急に静かになった……。そういや鼠に巻き込まれたって話があったな……。
『さあ、いつまでもくよくよしてはいられない! 楽しく賑やかに彼らを送りましょう! そうすれば、またギマとして転生するに違いないのですから!』
ギマたちはまた歓声を上げる。なるほど、こういう鎮魂の仕方もありかもな……。
『それでは両選手のご紹介です!』
ド・フーとワルドが席に立つ……!
『敵はビッグ・ジョン、ただ一人! 他の奴らは道行くついでに踏み潰してやるぜ! 大食いの新星、ド・フゥウウウゥー!』
歓声が沸き起こる……!
「肩慣らしだぅ!」
『対するは、どれだけ食べても腹八分目! 魔術を使ったら反則なんだからね! ワルド・ホプボォオオオォン!』
またも歓声が! 俺も声援を送る!
「そのような真似はせん!」
『さあ、両者席に着いた! 飲み物はいくら飲んでも結構です、吐いたら即敗北、相手を吐かせるような行為も反則負け、あと先も言いましたが魔術を使ったと判断され次第失格です! よろしいですね!』
「もちろんだぅ!」
「うむっ!」
『今回用意しましたファットドッグは、ギマが誇る一流料理人、デ・キュー氏が手がけた一品です! これは普段より食が進むのではないでしょうかっ?』
そういや、7じゃないギマも俺たちの言葉を話せるんだな。まあ、ここへ来るんだから当然か。言葉が通じないと誤解が起こるかもしれないしな。
なんて考えている間に勝負が始まりそうだ! 両者、じっと身構えている……!
『レディー……! ファイッ!』
両者、素早くファットドッグとやらを掴み、食べ始めたっ……といってもワルドは顔が見えないので闇に吸い込まれているような感じだがっ!
『おおーっとワルド選手、ちゃんと食べているのか判別がつかないっ! 公式大会だと試合後に入念なチェックが入るでしょうっ!』
「むぁたしはむれつなむぁねはへん!」
ワルドが不正などする訳がない! 実際、食べるのに必死でなにを言っているのかさっぱり分からないし……!
『おおっとワルド選手、その自信に違わずなかなか速いぞっ! しかし悲しいかな、フー選手の激走にはやや遅れるぅううっ!』
た、確かにド・フーの動きは玄人っぽい! 先にソーセージを食べ、残ったパンを二つに引き裂いて片付けるやり方、それに奇妙なリズムをとってパターン化をしているようだ!
「ワルドッ! リズムだ! リズミカルに食べるんだ!」
「ぬっ、ぬむっ!」
そして両者ともに妙なリズムを取り始めることになったが……やはり一日の長があるド・フーの方が上手い気がするぞっ……!
『さあ二分経過、ワルド選手は十個、フー選手は十二個、思いのほか接戦だぁー!』
「むだむだむたぬらしだぅ!」
ド・フーの速さが上がった! なんと飲み物にパンを漬け始めたぞ、そこまでするのかっ? フェリクスは嫌そうな顔をしている……!
『さあ、フー選手の本領発揮かっ! 差は徐々に開き始めたぞー!』
「むぅわけんっ!」
『ワルド選手も懸命に追うぅううっ!』
「むっ、むぐっ?」
あっ、ワルドの様子が変だ、そして胸を叩く……!
『おっ? おおっーと、ワルド選手、喉に詰まってしまったかぁー? 大食い選手たるもの喉に詰まらせてはいけません! あまりに危険そうな場合は強制的に救護され、その場で失格となりますっ!』
「ワ、ワルド、無理をするなっ……!」
ワルドは水を飲み、咳をする……! な、なんとか喉に通ったようだな……!
『おっと間一髪、喉に通ったようです! 水はいくらでも飲んで結構ですが、飲み過ぎると胃が膨れてしまいます! この辺りのバランスも考えていかないといけません! さあ、五分が経過しました、ワルド選手二十二、フー選手三十と差が明確になってきたぁあああー!』
ギマの陣営から大きな歓声が! くっ、さすがに逆転は困難か……?
『とはいえ、初心者でこれはかなりの勢いだと……っと、ワルド選手もソーセージとパンを別に食べるという戦法に変えたようです! フー選手から学んだかぁっ?』
いや、どうだろうか? この騒ぎの上に必死で食べているんだ、ド・フーの戦略を把握している暇なんかあるんだろうか……って、ワルドがパンを手で潰しているっ?
『おおっと水を使わず潰す作戦かっ? しかし、小さくなったからといって食べやすくなる訳ではありません! むしろ密度が増えて小さな巨人となる可能性すらあります! もちろん喉にも詰まりやすくなるぞぉー!』
「むぐぅうぐぅうううっ!」
噛んでいる! たぶんものすごい勢いで噛んでいる!
『おおっと酷使している、顎の筋肉を酷使しているようですっ! おそらく鬼気迫る形相をしているに違いありませんが、こちらからはまったく見えませんっ!』
「うぐむむぅうぅうっ!」
がんばっているだけあってなんだか速くなっている気がするぞっ!
「速度上がってるぞ、負けるなワルド!」
「うむぐっ!」
『さあ、残り時間も少なくなってきました! ワルド選手三十を超えたかっ? フー選手には及ばないにしても、これはかなりのハイペースだぞっ!』
確かに、とんでもない早さだよな……! 俺ならどんなにがんばっても二十個にすら届かないだろう……!
「むっ……?」
そのとき、ワルドの動きが止まった……! ま、また喉に詰まったか……?
「むむむむむっ!」
と思ったら動き出した!
「むむっ……?」
ま、また止まった?
「むむむむむ!」
動いたっ!
「むむむ?」
止まった?
「むむむむむむっ!」
ま、また動いた……!
というか、ちょっとやめてくれよ、止まっては微振動して、笑いそうになっちゃうぜ……!
「ぐふぅっ!」
うお、ド・フーの口からパンの破片が飛んだっ……? あいつも笑いそうになっているのかっ……?
『ワ、ワルド選手、おかしな挙動は止めてください! 故意に笑わせる行為は禁止です!』司会も若干笑っているし『そしてフー選手、たとえ小さな破片とはいえ、あまり繰り返すと失格が見えてきますよ!』
「む、むらわせるもはむきょむだむ!」
し、しかし、ワルドに笑わせようとする意図はないだろう、きっと必死に咀嚼しているからに違いない!
だ、だが、ワルドの挙動がどんどんおかしくなっていく……!
「むっ、むむっ、む、むむっ、むむっ?」
なんかもうぶっ壊れた機械人形みたいになってきている……! いったいなにをしているんだっ……?
「むっ、ヴむっ? ヴむむっ、ヴッむむヴッ?」
なっ、なんか声っていうか、異音が混ざってるんだけどっ?
「ヴッヴ、うヴッヴ、ヴむ、むヴッ!」
まじでなにやってるんですかワルドさんっ! その音はなんですかっ? 出していい音なんですかっ?
「じふっ! じふふっ!」
ド・フーが変な音を立てながら口を押さえている! 笑いをこらえているのかっ?
「ヴヴッむ、ヴヴ、ヴッヴヴッ!」
「じふっ! じジッ! ジジふっ……!」
「ヴヴッ、ヴヴッ?」
「ジジッフ、フゥ!」
「ヴッヴッヴッ!」
「ジフッジフッ!」
「ヴヴ!」
「ジッジ!」
なんかもう異音しか聞こえてこないがっ……! ヴヴ語とジジ語で会話しているみたいになっているがっ……!
「ジ、ジフッ……ジフッ……」
うわわ、ド・フーの顔がどんどん赤くなっていく……! あれはあれですね、限界なんですね……!
そしてフェリクスが目を瞑っている、この後なにが起こるかわかるもんね!
「ヴヴッヴ!」
「ジジッジ!」
「ヴヴッ!」
「ジジッ!」
「ヴヴヴッ! ……ヴッ?」
「ジげふっ!」
うっわ、ついに吐きやがった!
『うおっ、おおっ……? はっ……吐いた! 吐いたぁああああぁっ……! 五十個手前でまさかの大噴火っ! そしてこの量は失格に相当するぅううううっ!』
「むぁ、むぁつんだぅ! むまのはむしだぅ!」
『おっとフー選手、抗議かっ? しかし、これはどうでしょうっ? 確かにワルド選手の挙動は奇妙でしたが、笑わせる意図があったと断定するにはまだ早いっ……早いですよね?』
「ヴヴッヴ……ヴぅ?」
ワルドは終了にいま気付いたようだ……。あの様子じゃ笑わせる意図なんてものは微塵もないな……。
『判定のため、納得のいく理由があるかどうかワルド選手に聞いてみたいと思います! さてワルド選手、先ほどの、えっと、ヴヴッなどという声はいったいなんだったのでしょうか……?』
そうだ、なんだったんだろう? これはぜひとも知りたい……!
「むう……? ああ……あれは速く食べるための実験であるな」
『じ、実験、ですか……?』
「咀嚼には無論、歯を使う。ゆえにある波長の声を出し、歯を振動させればパンを噛む速度が上がると思ったのだ」
は、歯を振動させていた……?
『ほ、ほう……? それで、効果のほどは……?』
「よく分からん」
『よく、分からない……』
「うむ。初めて挑戦したのだ、これより伸びる技術か否か、断定は早かろう」
『ええっ……と……』
ま、まさかそんな意図が……。というか、これから伸ばしていくつもりなのかっ……?
『ど、どうでしょう、キュー氏?』
デ・キューは腕を組んでしばし考え込む……。そしてふと顔を上げ、
「ありだね」
『あり、ですか……』
「あり」
『ま、まあ、それなりに根拠というか理由があるようなので、やはりワルド選手の勝利ということになります!』
ド・フーは悔しがり、吐き散らした机を叩き悔しがる! いや、それ汚ねぇからなっ?
それにしても、周囲の歓声の中、ワルドはいまいち納得がいかないようだな……。こちらへ戻ってくる。
「むう……吐いたとはいえ、やはり彼の方が数段上手であったな。勝ちと言われてもいまいちピンとこん」
どうにも勝因に自覚がないようだ……。
「ま、まあ、それでもすごいじゃないか。俺はとてもあんなに食べられないよ」
「うむ、満腹には着実に近付いていた」
「着実に……」
「着実にな」
何だか、まだ余裕がありそうだなぁ……。
「あれじゃあ、ビッグ・ジョンにまた負けるな」おっとグゥーだ、いつの間に「変に周囲を気にするから気が散ってやられちまうんだよ」
プレイメイカーたちも一緒だが、ジューの姿はないな。
「お前、ブラッドワーカーに勝ったんだって? やったな」
「やばかったけどな。借りた遺物、役に立ったぜ」
「そうか! エネルギーは足りたか?」
「エネルギー?」
「ああ、やっぱり言い忘れてたか。あれの弾数は速射モードで約二百、アサルトモードで約五十、狙撃モードで約十発なんだ」
「モード?」
「あ、それも言い忘れてたか! それは攻撃モードを三段階に切り替えられるんだよ」
「そうなのか、どうやって?」
「ここにある」
グゥーはグリップの近くを指差した。なるほど、たしかにスライドするスイッチがあるな。
「へえ……。そういや弾薬の交換は?」
「ない。電撃の魔術で充電するんだ」
「充電……」
「お前向きだろ? とにかく攻撃の合間にバチバチッとやってればいい」
「バチバチッとね……」
「しかし、もうブラッドワーカーどもが攻めてくるとはね。こっちも三人仕留めたぜ」
「仕留めた、戦ったのか?」
「ああ、お前が鍵をもらいに行った直後、変な奴らが現れてな」
「被害は?」
「ない」
「私がいたのが運の尽きだね」おっとジューが現れた「レック、けっこう危なかったんだって? だめだよ、無理しちゃ」
「ああ……うん」
「そうなのか? お前たちならそう苦戦はしないと思ったけどな」
「一対一だったからな……」
「へえ、なんでまた?」
「まあ、因縁がある奴で……ちょっと気が高ぶって……」
「無論、加勢はしようとしたが」ワルドだ「不覚にも蒐集者に止められてしまってな……」
「ああ、やはり奴もグルだったのか」
「いいや、違うな。奴は敵を死に至らしめた。関係はあるかもしれないが、奴らの味方をしているようには思えない」
「ふーん……」
「彼奴は言っておったよ」ワルドだ「成長の邪魔をするなとな。どうにも好敵手には手強くなってもらいたいらしい」
成長……ね。
「それにしてもあの魔術……あれは極めて危険であるな。対抗手段がない」
「ああ、例の痛みを与えるやつだな……」
「痛みを……?」ふと、ジューの顔付きが変わる「ああ、どこかで読んだことあるなぁそれ……」
「知っているのか?」
「たぶん、ね……。フォル……トゥムなんとかだったような……。強制的に激痛を与える魔術……」
「そういうの、姉貴は無駄に詳しいよな」
「無駄ってなによ」
ジューが拳を振り上げると、グゥーは素早く後退したっ!
「でも、そうだ、それは確か、使用時に自分も苦しむはずなんだ。だから、なんだそれって思ったのをよく覚えてる……」
じ、自分も……? ではあのときも、そうだったのか……?
しかし奴のことだ、そんな代償に臆するとも思えないな……。
「むう、それが本当ならば、一方的に不利とはならんかもしれぬがな……」
「それはそうと」ジューが俺の腕をとる「夕食に来たんでしょ? 向こうで一緒に食べよう!」
「むう、食べていなかったのかね?」
「ああ……。対決に夢中だったし……っておいおい!」
ジューのすごい力で腕を引っ張られ、カウンターの席に……。思わずグゥーを見やると、すごく気の毒そうな顔でこちらを見ている……。
「さあ、何にする?」
「いや、あの、えっと、そもそもさ、どうして俺なんだいっ?」
ジューは大きな目を瞬き、首を傾げる。
「なにが?」
「いや、なんで異種族の俺にそんなに興味を抱くのかって思ってさ……」
「もちろんあなたの生き様を見てね、純粋にいいなって思ったからだよ」ジューは微笑む「でもね、あなたが思う以上に、私たちは遠い存在じゃないんだ」
ふとジューは周囲を見回し、小声で話す……。
「これはグゥーも知らないことなんだけどね、実は……私たちの祖父はフィンなんだ……」
……なにっ? フィンだって……? ということは、俺たちの同種族と……。
「母系……特殊優性……」
「覚えていてくれたんだね、あれは本当のことだよ。だから、祖父の系統の親族はみんな変身の魔術が不得意なの。その代わり、こういうのは得意」
ジューの手からぽっと火が……。
「ギマは普通、そういう魔術が苦手なのかい?」
「うん。まあそれでもまったく使えないなんてことはないし、個人差ももちろんあるけど、種族間において無視できない差はあるんだ」
「へえ……」
そういや、グゥーは魔術が不得意って話だったな。もし彼らの魔術が主に変身魔術を指すなら、そういう評価になっても不思議はないか……。
「もちろん、これは内緒だからね」ジューは微笑む「他種族と混じり合ったなんて知れたら、偏見の目で見られちゃうから。私なんかもともと変人扱いだし、居場所がなくなるに決まってるんだ」
「しかし、そんな大事なことを俺なんかに……」
「ちょっとは本気度が伝わったかな?」
ジューは微笑む……。
「それとも、もう仲間の誰かとそういう関係なの?」
そういう、関係……。
ふと、頭にある顔が過る……。
「い、いや……。なんというか、申し訳ないけれど、ちょっとそういうことは考えている余裕はないな。今を生きるのに精一杯だからね……」
「実は、こっちも言うほど答えを求めてないんだ」ジューは困った顔で笑う「もしそういう関係になったら、身の振り方を本気で考えないとならないからね」
誰にも知られないようにしなくてはならないってことか……。俺だってそうだな、外じゃギマも魔物なんだ、それと添い遂げたなんて知れたらただでは済むまい……。
「スゥーもあなたのこと気に入ってるようだけど、そうそう本気ではないと思うなぁ……」
「むしろ、食べる方に興味があったりして……」
ジューは笑い、
「そうだね、それもロマンチックかも」
えっ、マジかよ……!
「いやいや、勘弁してくれよ……!」
「もちろん殺して食べようなんて思わないけど、食べて自分のものにしたいって気持ちはギマにとってよくあることなんだよ」
「そう、なのか……」
「嫌いな相手は死んでも食べたくないもん」
それはまあ、よく分かる……と思ったそのとき! 背後から轟音がっ? 振り返ると首のない死体……! 服装からして仮面の執事……! ということは敵襲かっ!
「ここまで入ったとはな」
し、しかし現れたのはカタヴァンクラー……だ。白髪と口髭に返り血が付いている……。
「聞けっ! 賊が姿を変えて忍び込んでいるぞっ! ただちに炙り出すのだっ!」
なにぃ……? 室内は騒然となる……。
「食事も控えろ! 毒が盛られている可能性があるっ!」
ええっ……? 俺まだ飯食ってないんだけれど!
「ふーん、偽者探しかぁ……。面白そうじゃないっ?」
なぜだかジューはウキウキだ……。だが真面目な話、こいつはかなりまずい状況なのでは……と、更にでかい振動っ……! 部屋ごと揺れたぞっ! 今度はいったい何だ……!
「なるほど、勝負に出たか」
カタヴァンクラーはそう呟き、口元を上げた……。