毒魚襲来
「地下へと続く昇降機はあそこです……」
ホーさんが示す先には格子付きのドア、その両脇には執事たちが立っている。彼らは丁寧な仕草で俺たちを迎えてくれた。
「ご入浴ですか? どうぞごゆっくり」
格子とドアが同時に開く。すると中はごく小さな部屋、なるほど昇降機だが……内装が金色を基調として絢爛だ。それに森や山々を象った彫刻が施されている。
「さあ、どうぞ中へ」
促され、俺たちは昇降機に乗る。すると執事が一人、付いてきた。
「下へ参ります」
執事は操作盤に触れ、昇降機は下降していく……。
それにしても、この下降の際の何とも言えない感覚……あの地下のことを思い出してしまうな……。この事態が収まったらまたあそこへ行くのか……。アージェルは無事かな……。
「着きました。どうぞごゆっくり」
ドアが開くと……眩しいっ! 大理石で出来た床、そこに敷かれる赤い絨毯、短い階段が前方に続き、その先には様々なゲーム台らしきものが並んでいる。これはあれだな、雰囲気から察するにカジノってやつだろうな。
「ふん、こんなものを守っていると思うと馬鹿らしくなってくるな」
黒エリはこういうものが好きではないようだな。まあ賭け事はのめり込むとヤバいけれど……あくまで遊びの範疇でなら、そう悪いものでもないと思うが……。
「どうぞ、こちらへ」
下方から執事がやってきて、俺たちを誘導する。俺たちはカジノを通り抜け、その先にある赤いカーテンをくぐった。するとほんのり温泉特有の匂いがしてくる……。
それにしても、最近よく風呂に入っている気がするな。間違いなく臭い冒険になると覚悟をしていたが……。
さらにカーテンを幾つかくぐると、広めの部屋に出た。そこはカーテンで二分に仕切られており、銀色のバスケットが黄金の台に乗って規則正しく並べられている。
「ご入浴ですね」
おっとまた執事が現れた、しかも声からして女性のようだ。
「男性は左手、女性は右手にどうぞ」
女性三人は右に、俺は左に分かれる。
「我々どもは衣服の洗濯ないし補修をも承っております。ご着替えがありませんのでしたら、貸し出しをも承ります。ですが、状況が状況ですゆえ、貸し出せる衣服には制限があることを予めお伝えしておきます。ご希望の方はバスケットの中にあるプレートより洗濯・修繕希望を上に、ご明示下さい」
へええ、いたせりつくせりだなぁ。まあ、体を清めた後に小汚い服を着たくもないしな、有難いことだ。
で、この銀か何かで編まれたバスケットに服を入れて……その上にプレートを置いておけばいいんだな。
そうして衣服を脱いでいると、カーテンの向こうから声が聞こえてくる……。
「ほう、あなたは……失礼かもしれないが……存外に、お若いのだな」
「幸か不幸か……歳を取るのが遅いのです……」
おっとホーさんのことか? 俺はヴェール越しにしか顔を見たことがないのでよく知らないが、意外と若いのか? でも何というか、雰囲気的に落ち着きがあるし、それなりに歳を取っているようにも思えるがな……。
いやでも、あの魔女もいい歳だろうに俺より歳下に見えなくもないしな、若さを保つ術とか、そういうものがあるのかもしれないな。
なんて聞き耳を立てているのも何だな、さっさと脱いで浴場に向かおう。俺は裸になり、ガラスのドアを開けて浴場に入る。ものすごい湯気で奥までは見えないが、湯船はとんでもなくでかいと見える。そしてやはり巨大なカーテンが浴場を横断しているな。仕切りはこれだけなのか? これでは容易に向こうへと行けてしまうだろうに……。
まあ、行ったら命の保証はないだろうが……。
辺りを見回すと、端の方に湯が流れ落ちている場所があることに気付く。どうにも石鹸の用意もあるようだ、まずはあそこで体を洗った方がいいみたいだな。
俺は石鹸で体を洗い、綺麗な体で広大な湯船にどぼんと浸かる。ああ、湯船が広いと疲れも取れやすい気がするなぁ……! そしてなんとなーくカーテンに近づきたくなるのは男の性、しかし覗きなんてしない、黒エリの殺人パンチも怖いが、エリの軽蔑はもっと怖いしな……。
「それにしてもギマ族はスタイルがいい……」
「そんな……ことはありませんよ……」
「まるで雨上がりの月夜に輝く黒薔薇のようだ……」
「いえいえ……私など……」
向こうから声が聞こえてくるが……おいおい、黒エリの奴、なにをそんなキザ男みたいなこと言ってやがるんだ……?
「あなたも朝露に思い耽る白百合のように美しい……」
「えっ……? あ、あの……」
「レジーマルカの冬は厳しいが、同時に俗世を超越した美を人に宿らせるのだな……」
「え、えっと……」
おいおいおい、これのどこが奥手なんだよ! そこらの軟派男よりクサい台詞を並べやがって……って、奥に人影のようなものが……? 先客がいたのか?
なんとなく……すいすいとそちらに向かうと……。あっ、あれは皇帝と、たぶんサラマンダーだ……。
「むっ……貴様か」
サラマンダーは俺を睨む……。鎧のせいであんまり分からなかったが、短髪で精悍な顔つき、顔を横切るように大きな傷痕がある。
「よ、よお……」
「寄るな、向こうへゆけ」
「いや、よい。少し、話がしたい」
「話……?」
「フェリクス・ハイランサーのことだ」
「フェリクス……? あ、ああ……」
そういや前にも気にしていたな?
「あやつは、馴れ馴れしく近付いてきおったのだ」サラマンダーだ「そしてあろうことか、陛下を女子扱いしおった!」
うわ、あいつぅ……! 皇帝が男だって聞いていなかったのか……って、ならば間違えるのも仕方ないよな、本当に男なのかすら疑わしいし……。声だって女っぽいし……。
「待て、そのことはよい」
「し、しかし……」
皇帝は俺の方を見やり、
「薔薇将校を知っているか?」
薔薇将校……。ああ、以前、そういう演劇をしていたって言っていたな。だが知っているかと聞かれればさっぱり知らん。
「し、知らないな……」
「傑作であった。なぜ役者を辞め、軍人になってしまったのか……」
「そ、そうだね……」
ああ、なるほど……。道理で名前を知っている訳だ。つまりは役者フェリクスのファンなのか。
「……彼は、ここで何をしているのだ?」
「特に目的はなさそうだけれどな。なんとなくで軍部に入って、ある部隊に配属されて、その任務の一環でここへやってきて、死ぬような目に遭って今に至るみたいな感じだとか……」
「ほう……?」
そういや、あいつのいた部隊が死地に追いやられたのってこの皇帝派の連中のせいじゃなかったっけ……?
「というかあんたら、エシュタリオンの諜報部を嵌めてこの地へ追いやったりした……?」
二人は顔を見合わせる……。
「いいや、なぜだ?」
「いやさ、あいつが所属していた部隊がこの地へ送り込まれたのは、あんたらの策略だって疑いがあるんだ……」
二人はまた、顔を見合わせる。
「……陛下、不敬な表現をお許し下さい」
「うむ」
サラマンダーは俺を見やる。
「……我々のシンパは徐々に増えつつあるものの、一国を操作するには未だ及ばん。特殊な任務を請け負う部隊ならばなおさらにな。つまり、先の問いの答えは否だ」
なに? 皇帝派の思惑じゃない、だと?
言い逃れだろうか? しかしここで不敬とやらをやらかしてまで俺なんかに嘘を付く意味などないのでは……?
「元老院しかあるまい」皇帝だ「奴らなら充分に可能だ」
元老院? あいつのいた諜報部隊は皇帝派の暗躍を調査していたはず、なぜ元老院が彼らを死地に送り込む? 皇帝派を庇うようなものじゃないか。
「……あんたたちと元老院は犬猿の仲と聞いたが?」
「その通りだ」サラマンダーは頷く「百年以上前からな」
うーん……彼らの話が本当なら、諜報部隊はなんで死地に送り込まれたんだろう? 考えられるのは元老院の暗躍を皇帝の仕業と思い込まされていた、みたいなことだが……。
まあ、誰がどれだけ本当のことを言っているのか分からんからな、考えても仕方がないかもしれないが……。
「どうやら元老院の暗躍に巻き込まれたようだな。数奇なことだ」
「そもそも、その元老院ってなんなんだ? 各国の有力者の集まりとは聞いたけれど……」
「どこにでも起こり得る、力の習慣に過ぎん」
「三幕の台詞ですな」
「うむ」
三幕……? 演劇の話をされても分からんよ……。
「そこにいらっしゃるのは……」おっと、カーテン越しに声「フェルガノン皇帝ですね……?」
ホーさんだな……。しかし、徐々に、気配が、重くなっていく……!
「その気配……」
「私はレ・ホー……。暗黒城を占有しようとしていたとか……」
「黒い聖女、か……!」
サラマンダーは明らかに臆しているようだ。ホーさんがここで仕掛けるなんてことはないだろうが……今はちょっと気配が怖い……。皇帝の顔も強張っている……。
「……確かに、そのような計画は、あったが……」
「暗黒城のことを誰から……? ニーヴェルカ・イスランフですか……?」
「なぜそれを……?」
「ゼラテア・ワギルスの関与もありましたか……?」
「ゼラテア……」皇帝は唸る「ケリオス・ホーメイトがその名を口にしたことがあったと聞いたが?」
サラマンダーは首肯し、
「はい、確かにこの耳で聞きました。もっとも、奴ははぐらかしましたが」
ケリオス……! それにゼラテアって……。
「ケリオスはブラッドワーカーと関係が?」
皇帝たちは俺を見やる。
「ブラッドワーカーだと……?」
「……なるほど、やはりあの無法者たちはブラッドワーカー、これで彼奴らの素性も判明しましたな。あの兄妹は他の組織とも繋がっていた。しかも、悪名高きあの裏組織……!」
「クリストローゼにも背信疑惑があったな。やはり双方の排除は賢明であったか」
背信だと……? 道理であっさり処刑しやがると思ったぜ……。
「よく分かりました……ありがとうございます……。暗黒城のことはお忘れなさい……。あそこは今後……ささやかな集落となり、いつか朽ちてゆくことでしょう……」
そうして重苦しい気配は消えた……。
おお、怖かったぜ……! 皇帝とサラマンダーも心なしかほっとした顔をしている……。
それにしてもささやかな集落、か……。落ち着いた場所になってくれるといいが……。
「ときに」皇帝だ「カーディナルと親しいようだが」
「し、親しくは、ないな……」
「どこで知り合ったのだ?」
どこでって言われてもなぁ……。事実を話してもいいが、それはとどのつまり敵対しているというニュアンスを含むことになる訳で、それは同時に皇帝派が俺たちの敵になる懸念に繋がる……。皇帝が蒐集者の正体を嫌悪するならばその限りではないが、そもそも俺の言うことを真に受けるか……? いいや、可能性は低いだろう……。
「も、森の中で……」
「この地にて知り合ったのか?」
「あ、ああ……」
皇帝はふぅんと頷く。まあ、嘘は言っていない……。
「なぜ、暗黒城にいた?」
「罠に嵌められて誘導されたんだよ……」
「たまたま居合わせたと?」
「誰が好き好んであんなところに……」
皇帝はまたも、ふぅんと頷く。
「なぜ、ここに来た?」
「この件に仲間の身内や仇が関係していてな……」
さらに、ふぅんと頷く……。
「まあ、貴様らは敵性が低いようであるし、あまり警戒し合っていても利はあるまい」
皇帝が立ち上がった! そういや胸があるくさいし……と思ったが、体に布を巻いている……。
しかし、やはり胸があるような……。
「何を見ている」
うっ、サラマンダーの目付きが厳しい!
「言っておくが」皇帝だ「私は女ではない」
「え? あ、ああ……男湯にいるんだ、もちろん」
そして二人は去ってゆくが……本当に男なのか? あるいは女で、あれは影武者とか……?
しかし、もしそうならもっと慎重に胸を隠すだろう……。どういうことなんだ……? アレを潰されたら女になってしまうもんなんだろうか……?
遠ざかるサラマンダーの傷跡だらけな背中を眺めながら首を傾げていると、
「魔物だ!」
突如、黒エリの声が浴場に響き渡る! ここで魔物だとぉ?
「何だ、どこから入ってきたっ?」
えっ、おいおい、やばいんじゃ……って、光線? らしき光が辺りを奔っているようだっ!
「光線を撃っているのかっ? 誤射は勘弁だぞっ!」
「私からはお前が見える、そこを動くな!」
そうなの? というか、光線のせいだろう、カーテンが破れてきているぞっ……?
「ええい、ちょこまかと!」
えっと、なんだ、どうしたらいいんだ、加勢するにしても得物はない、取りに行くか? しかし黒エリは動くなと言った、確かに誤射されては敵わない……って、湯船の上に何かいるぞ、でかい虫、大きなアメンボだ! うわわ、裸一貫でどうしろっていうんだ、湯面をスイスイとこっちに来るぅう!
「そこか!」
光線がアメンボを砕いた! でもまだ……気配を感じるな、とても薄いが……。
「まだ何かいるようだぞっ……?」
「ああ、大きな魚がいる!」
魚ぁ……? と、確かに、ギザギザした大きな影が、泳いで来ている!
「おい! 俺の目の前にその魚がいるんだが……!」
「少し待て!」
待てってなぁ……! でも言う通りにした方がいいか、得物はないし、使える魔術だって小さい電撃程度のものだ、肉弾でやるにもギザギザしているくさいし……って、エリの鳥たちがやってきたな、俺の周囲を旋回している。
「むっ、その魚に触れるな! 毒があるようだぞ!」
なにぃ……? やっぱり触っちゃいけないやつか!
俺は後退するが魚は追ってくる、もう湯船から出よう! そして飛び出し、様子を窺っていると……眼前を鳥が素早く横切ったっ? 何だ、攻撃されたのかっ? 湯気でよく分からない、というか、ものすごい勢いで鳥たちが動き始めたっ! よく分からんが、こいつはヤバそうだな、慌ててその場を離れる……!
「湯船から出るな! 毒針を発射してくるぞ!」
なにぃ? そういうことは早く言ってくれよ! 俺はまた湯船に戻る!
「針は高速で飛んできているようです!」エリの声だ「気配も薄い様ですし、鳥たちを過信しないで下さい!」
「湯に入り、姿勢を低くしていろ! この毒魚は上方に向けて針を撃つ習性があるようだ!」
「鳥たちを放ってから攻撃が活発になりました! もしかして、飛ぶ鳥を落として捕食する習性があるのかもしれません!」
防御にエリの鳥は必要だが、それがかえって攻撃を誘発してるってのか? 鳥のことは信頼しているが、万が一もあり得る、ここは彼女らの言う通り、大人しくしていた方がいい……!
「湯の中にいたら大丈夫なんだなっ……?」
「水中の相手には撃ってこないようだ!」
発射するにも水中じゃ抵抗も強いだろうしな、ともかく後は鳥に任せて時間を稼いでもらうしか……。
鳥たちが幾度も湯の中に飛び込む、湯気で視認し辛いが、気配はあるな、けっこうな頻度で俺に向かって来ているくさい……!
おおい、早くしてくれぇ……!
「よし、片付いた! レク、動くなよ!」
こちらに向けて光線が奔る! 湯気でよく分からないが、どんどん倒しているみたいだ! というかカーテンがボロボロだが、この後起こるであろうことは不可抗力、湯気でよく見えないし、もし見えちゃっても俺に罪はない……と思ったその時、光線が大きく奔り、カーテンの上部を横に切り裂いたっ! 何でだ、魚は下方だろっ……? と頭上を見ると、おおお、ヤモリみたいなでかい爬虫類が何匹か、いつの間にやら壁に張り付いているぞぉ……? しかし黒エリの攻撃が奴らを薙ぎ払う! ああ、さっさと片付けてくれてよかった……。
でも倫理のカーテンは既にボロボロ……って、自重で破れ始めている……! ああ、目を瞑っていた方がいいか? でも、まだ魔物がいるかもしれないし、一応は警戒をね……と、思っていたその時、カーテンが不自然に動き、破れ切って、こっちに覆い被さってくるだとぉっ……? やばい、逃げないと……!
しかし、湯船ではそう早く動けん、とか思っている間にカーテンに呑み込まれる! 思わず手で支えようとするが、変に重い! 湯船に押し込まれそうになる、押し返しても手応えがなく、カーテンはお湯を吸ってさらに重さを増し、変に破れているせいか、体に纏わり付いてもくるっ! おいおい、こいつは地味にやばいんじゃないかっ……?
「レッ、レクさん!」
「あっ、いけませんよっ……」
おおっ? 布がさらに重くなった、湯船に押し込まれる! 押し返せないぃい!
息が……! こいつは冗談抜きで不味い……! ど、どうしたら……と、何かが、誰かが俺に触っている……。
布を引き裂く音……? そして、急激に体を起こされる、湯船から出られたっ? 空気が吸える! そして咳が出る……! というか前が見えない、なにこれ! カーテンはもうないはずだけれどっ?
手を動かすと何かに触れた感触、そのとき頬に衝撃っ……またお湯の中に! 溺れかけ、また助け起こされる!
「なっ、何だいまのは!」
「済まない、弾みだった」
くっ、黒エリか? なんの弾みだよ! まだ前が見えないっ! 頬がすごく痛い!
「あの、目が、見えないんだけれど……!」
「申し訳ありませんが……ダークモアで視界を奪わせて頂きました……」
「えっ、なぜ……?」
「こちらが裸だからです……」
「あっ、ああ、そうですよね……って、目ぐらい瞑りますよ!」
「ふん、どうだか」
「ばっか、男がみんなそういうもんだと思うなよな……!」
……と言いつつ、内心、期待していなかった訳ではないんだけれどな……!
「ああ……そうですよね……」ホーさんの声だ「これは失礼を致しました……。今、解除しましょう……」
おおっと、今度は目を瞑らないと……!
「あ、あの、大丈夫ですか……?」
すぐ側に裸の三人がいるんだろ、それはちょっといろいろ大丈夫じゃないなぁ……!
ふと頬に感触、これはエリが治療してくれているのか……? ということはめちゃくちゃ近くにいる、裸なのにっ……? と、そこで俺の両手がガッシリと掴まれる!
「な、なんだよ!」
「弾みと称して不埒なことをせんとも限らんからな」
「ば、ばっか、そんな失礼なこと……」
というか黒エリも近いよねこれ! でも動けないし目を開ける訳にもいかない! すっごい生殺し……!
でも、例え自由でもそういう行動に出れないのが俺なんだよなぁ……!
「そ、そういや、あのカーテン、不自然に動いたんだけれど、まだ魔物とか、上の方にいるんじゃないか……?」
「いない」
「でも、明らかにおかしな……」
「うるさい」
あっ……犯人はこいつか! さてはあれだな、俺に彼女らの裸を見せまいと、カーテンを使って視界を潰しにきたんだな!
「お、お前、死ぬところだったろうがよ!」
「まあ……軽率だったことは認めるよ」
そんなことをしなくとも、湯気で奥までは見えないってのに……。
「はい、終わりました……」エリの手が離れる「すみませんでした、助けるつもりが、かえって窮地へ……」
「いやいや、なんてこたないよ!」
そうか、カーテンが急激に重くなったのは、駆け付けたエリが踏んじゃったからか……。
「さて……そろそろ出ましょうか……」
「合図をするまで目を開けるな」
女性陣が去ってゆく音……そして少し経った後、
「目を開けていいぞ!」との声……。俺は目を開く……。
ああ……何だったんだ……っていうかさぁ! 湯船に魚の死体がいっぱい浮いているんだけれど……! 心なしか湯船も濁っているような気もするし……!
はあ……俺もさっさと上がるか……。
というか、でっかいカーテンがズタボロでお湯の中だけれど、いいのかな……? まあ、不可抗力だし、仕方ないよな……。
そして風呂から出ると服が変わっている……? ああそうだ、洗濯と補修を頼んだんだったな。代わりに白い下着と、緑色のジャケットと黒いズボンが入っている。それに着替えてカジノに戻ると、みんなが待っていた。ホーさん以外は服が変わっている……というかエリが黄色いワンピースを着ているぞっ! しかも髪を編んでおらず、この点も目新しい……!
こ、これは……!
「いいじゃないか!」
「は、はい……?」
「いいじゃないかぁ!」
「え、えっと……この格好ですか……?」
「いいじゃ……」
あいった! また黒エリのチョップだ!
「何するんだよっ!」
「やかましい」
「さっきからボコボコ殴りやがってさぁ!」
見ると黒エリの格好も変わっている……が、やっぱりジャケットにズボン、どちらも黒い。
「さあ……戻りましょう……」
「あの……」エリだ「破れたカーテンのことは……」
「防衛のための戦いですし……構わないとのことです……。すぐに取り替えて下さるそうですよ……」
まあ、緊急事態だったしな……。
それから俺たちは部屋まで戻ってきたが、まだワルドたちの姿はない……。
「私たちは一旦、自室に戻る。お前も食べるなり寝るなり補給をしておけ」
「ああ……」
休むっていってもまだ夜も更けてないしなぁ。ちょっと……ホールの様子でも見てこようかな……?
俺は遺物の銃を手に、階段を降りてホールへと向かう。すると戦いの喧騒が……聞こえてこないな? とても静かだ……。
ホールを覗くと、やはり魔物の死体がたくさん、執事たちが片付けている……。他に目に入るのはオ・ヴーや皇帝派の巨漢……そしていたな、ワルドだ。壁に寄りかかって、座っている。
「ワルド……」
「むっ、レクか、無事であったようだな。屋上の方はどうであった?」
「すごい数の魔物がやって来たけれど、なんとか撃退できたよ」
「そうか」
「ここも……終わったんじゃないかい? 休んだ方が……」
「いや、外にいるのだ……」
「いるのか、どんな魔物だい?」
「それがな、機動兵器なのだ、とても巨大な……」
「なにぃ……?」
「動きが不可解で、ここを離れられん……」
ホールの入り口からは夜風が入ってきている……。いやに静かだが、本当にいるのか……? と訝しんだその瞬間! 爆音が轟き、床が揺れたっ……? そして入り口から甲冑のような、機械の腕が伸びてくるっ! でかいぞ、前腕がホールの半分を大蛇のように横切った、皇帝派の巨漢が立ち向かわんと阻むが、当たる直前に躱すっ! 応戦するのは無理だと悟ったんだろう……!
「な、なんだありゃあっ!」
腕であれだとするなら全体は本当にでかいんだろうな! こんなのが近付いて来ていたら屋上にいた俺たちが気付かないはずがない、ということはついさっき来たんだろう……!
「ど、どう戦うっ?」
「どうもこうもない」おっと、オ・ヴーだ「敵意は強くないようだ、放置しておいていいだろう」
ワルドは唸り、
「しかし、手でまさぐってくるところを見るに、害がないとは思えんな」
「害があろうがなかろうが、あれを倒すとなると戦争になるぞ。そこまでする義理などないだろう」
「まあ、その点は同感であるが……」
「して、貴様はなぜここにいる?」オ・ヴーは俺を見やる「持ち場が落ち着いたのなら休め」
黒エリのみならずオ・ヴーにも言われてしまうとは……。
「ま、まあ、そうなんだけれど、ワルドが戦ってるのにさぁ……」
「それでは散り散りになった意味がないだろう」
「分かっているさ……。それはそうと、この状況、どうするんだ?」
オ・ヴーは口元を上げ、肩を竦める。
「先も言ったが、戦う益は薄かろう」
「でもよ……」
「なぜそこまで気にするのだ? カタヴァンクラーと懇意なのか?」
「い、いいや、別に……」
「ならば我が身をまず先に案じるのだな。私は休む」
そう言い、オ・ヴーは去っていってしまった……。
「行っちゃったな……」
「ううむ、実際問題、あれは相手に出来んし、魔物の増援もひとまずは途絶えたようであるしな……」
「じゃあ、後は執事たちに任せて休んだ方が……ってそうだ、アリャは?」
「……おらんのか?」
「ああ、屋上も、向こうの大ホールにもいない。フィンたちと行動しているはずだけれど……」
「むう? あるいは離脱するなどということは……」
「いや、修行するってだけだと思うけれど……」
「そうか……。あるいは森の中、かもしれんな」
「森ぃ……? かえって危なくないかい、それ?」
「どうかな、ブリンガーにて狙われておるのはあくまでここであるからな」
「ああ……」
「それに森はフィンにとって馴染み深い場所、かえって安全やもしれん」
「なるほど……納得できるな」
まあ、手練れが一緒なんだ、そうそうヤバいこともないか。
よし、じゃあ戻るかぁ……ってそうそう、フェリクスはどうしたっ……?
「忘れてた、フェリクスは?」
「幾度か気配はあったが……」
おいおい、その辺でやられたりしてるんじゃないだろうな……。
「仕方ない、探しに行くか。ワルドも休んできなよ」
「むう、一人で……」
「大丈夫だよっ」
「そ、そうかね?」
「なんでみんな俺の単独行動を案じるんだ? 大丈夫だよ、遺物もあるし!」
「むうっ? 遺物だと?」ワルドは杖を突く「確かに、異質な形状の武器がある様であるな。どうしたのだ?」
「グゥーが貸してくれたんだ」
「ほう……? ずいぶんと気前がよいな」
「けっこういろいろ持ってるみたいだし、一個くらい大したことないんじゃないかな?」
ワルドはひとつ唸り、
「……レク、君は本当に彼らを信用しておるのか?」
「えっ、ああ」
「そうか……」
「な、何だよ、何かあったのか?」
「……いや、オ・ヴーが君のことを少々、案じておったのでな」
オ・ヴーがぁ……?
「俺を? あいつとはそんなに話したこともないけれど……」
「そうであろう? いささか不思議に思うてな」
オ・ヴーがねぇ……。案じてくれるのは嬉しいが、なんであいつがという疑問はあるわな……。
「まあ、ともかくフェリクスだな。ちょっと探してくるよ」
「うむ、気を付けるのだぞ……」
分かっているって! まったく、みんな気にし過ぎなんだよな、俺だってそこそこ成長している……ような気がするし!
それにしてもあいつ、どこに行ったのやら……。