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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
44/149

怪鳥乱舞

 廊下に出ると仮面の執事と鉢合わせになる、彼の身振りは大きく、狼狽のていだ……。

「き、緊急招集です! 獣の襲来があるらしく、その対策に関する簡単な作戦会議を講堂にて執り行うそうです! さあ、こちらへ!」

 執事は追従を促し、俺たちは小走りに進む彼の背を追う。

 廊下を進んだ先には解放されている観音開きのドア、中には長机が二列並んでおり、各々の勢力が既に着席している。そして奥にある講壇にはカタヴァンクラー、俺たちが最後のようで、着席と同時に話が始まる。

「時間がない、大まかな作戦を説明する。先ほど、所内にヘルブリンガーの設置が確認された。このままでは大挙として獣が押し寄せてくる事態は必至、そこでだ、諸君らに敵勢力の撃滅を依頼したい。請け負わない場合はすぐさまここより発つことを推奨する」

 カタヴァンクラーは懐より懐中時計を取り出し、見やる。

「五分ほど、相談の時間を取る。参戦か否か、この場で決断して頂きたい」

 ざわめきが起こる……。さて、俺たちはどうしたものか……。

「ここに魔物がどっと押し寄せるんだよねー?」フェリクスだ「ちょっと危ないんじゃないかなー」

「参加した方がいい」黒エリだ「顔役とやらの姿勢を見ておくべきだ。あまりに危険と判断できた場合は、頃合いを見て脱出すればいい」

「顔役の姿勢ってなんだ?」

「タダより高いものはない、ということだ」

「ああ、飯の代金としては……」

「そうではない」

 頬に黒エリの指が押し込まれる……。

「タダより高いものはない。この価値観がよく通じる者ほど組する意義が見出せる、という話だ」

「ど、どういうこった……っていうか指……」

「先ほど、見返りの話がなかったろう? 緊急事態ゆえに後回しは当然だが、現状だけで見れば、我々は無償で動く立場というわけだ」

「だ、だから飯を……って指をね……」

「一飯ごときで釣り合う事態か。だが、ちょうどいい好例だな、こういった採算度外視の価値観を持つ者は人格者かお人好しと相場が決まっている」

「指、指……!」

「つまりはこの件の見返りがいかほどのものかで、あの顔役と組する意義を見定めることが出来るというわけだ」

 黒エリはようやく指を離す……。

「異論はあるか?」

「そうだなぁ……。見返りがどうこうってことより、自分たちだけ逃げ出すのはバツが悪い感じがしてなぁ……」

「そうですね……。ここで他人事にしてしまうのも……」

「うむ……まあ、一応は共闘の形をとっておるしな……」

「ドッチデモイイ」

「みんながそう言うなら仕方ないねー」

 俺たちは参加するという方針に決まった。他はどうだろう?

「さて諸君、よろしいかな? 辞退をするのならば、すぐさま退室して頂きたい」

 周囲を見回すが……どこも出ていかないな。

「ありがとう、心より感謝する。さっそく作戦内容の話に移るが、我々は獣を三箇所にて迎え撃つ方法を提案する。具体的には北南の大ホールと屋上、これらを主な戦場とし、あえて解放する。そこで魔物を迎え撃つというわけだ」

「解放するだと?」皇帝だ「なぜ、そのような危険を冒す?」

「獣の死体を屋外に放置する訳にはいかんからだ。周囲の獣を強く惹きつけてしまうからな。ゆえに獣の死体を迅速に回収、処理しやすい場所で戦ってもらいたいのだ」

「ホールを突破された場合はどうする?」

「そうならぬよう、尽力して頂きたい」

 おいおい……。だがあの爺さんの言う通りでもある。諸刃の剣だが仕方がないだろうな。

「ゆえにだ、南北の大ホール防衛隊、そして屋上のそれに分かれてもらうこととなるが……諸君らの戦力が把握し切れぬゆえ、配置に関しては得意分野や人員の数などを鑑みて、各々柔軟に対応して頂きたい。なお、屋内地図を配布するので参考にしてほしい」

 仮面の執事よりこの施設の地図を受け取る。一階は南北の大ホールと先に一戦交えた講堂、それに東西にも大きめの空間があるな。二階から五階はどれも似た様な構成で、時計のように十二の部屋に分かれ、中央部にここのような大部屋が幾つかある形となっているようだ。

「では、これより作戦を開始する。諸君らの実力をもってすれば、この危機も容易に回避できると期待している」

 そう言い残し、カタヴァンクラーは颯爽と退室していった……。

 えっと、もう始まっているってことなんだよな……。

「ワルド・ホプボーン」

 おっと、オ・ヴーだ。

「既にフレイムチャーマーが確認されている。奴には武具より魔術が有効だ。凍結の魔術は扱えるな?」

「うむ……」

「貴様は私と来い。敵との相性を見極め組んだ方が効率がいい」

「お主とか? しかし……」

「これはおそらく、日を跨ぐ長期戦になるぞ。かなりの数の魔物が予想されているので、戦うも休むも各々の戦闘スタイルにより異なってくるだろう。既存のチームに拘るとやがて対応出来なくなる可能性が高い」

「長期戦だって? どのくらいなんだ?」

「最低、一週間は様子を見るべきだろう。妥当な線で二週間」

「二週間も……? その根拠は?」

「確たるものはない。ヘルブリンガーはかける対象、呪印の種類や距離、そして術を持続させる時間によって効果が大幅に変わる。その上、魔物の移動速度も加味せねばならんからな、実際問題、いつ終わるかは断言出来ない。だが、奴らが特級の魔術師でない限りはなにを仕掛けてくるかある程度の予想は付く。それゆえの一、二週間というわけだ」

「へえ……?」

「さあ、ゆくぞ」

「……どうするかね?」

 オ・ヴーの言う通りなのかもしれないが……混乱に乗じて後ろからグサリ、なんて可能性は捨て切れないからな……。

 しかし、ここで非協力的な態度はよくない、か……。名目上は仲間だしな……。ましてやグラトニー7の一人だし……。

「……よし、行ってくれ。二週間ってのが本当なら、各々の有効な持ち場を考えた場合、結果的にバラバラになってしまう可能性は高いと思うしな……」

「うむ、そうかもしれんな。だが……」ワルドは小声になる「あまり周囲を信用するな。不意打ちに気を付けるのだぞ……」

「ああ……」

 ワルドも俺と同様の懸念を抱いているようだな……。

 そうしてワルドはオ・ヴーとともに撃退に向かった。さて俺たちはどうするか……と、グゥーが声をかけてくる。

「おしレク、俺たちは得物からして遠距離が得意だから屋上がいいと思うぜ」

「屋上か……。でも、俺のはあまり遠くの相手には当たらないぜ」

「遺物を貸してやるよ」

「マジかよ」

「いいですか、ボス?」

 ガジュ・オーは頷き、部屋を後にしていった。

「やっぱりお前、割と信用されてるな」

 ええ? されてる、のか……。

「でも、それはもう少し後でだ。今は自前のしか用意がないんでな。すぐ仲間を呼んで武器を持ってきてもらうから、それまでは軽く手を出す程度にしとけよ。で、あんたも来てよ」

 グゥーはエリに向かって言った。

「あの鳥の魔術は飛ぶ相手には特に有効そうだし」

「分かりました」

「エリがゆくなら私もゆく。射撃にも自信があるし、強襲にも対応できるからな」

 黒エリならそう言うわな。

「しかしグゥー、エリの魔術をよく知ってるもんだな?」

「ああ、観てたし」

「観てたぁ? 俺たちの戦いを?」

「そう、観察ロボットでな」

「ロボット……?」

「あるんだよ、小型の、虫みたいな機械が」

「虫みたいな……」

「覗き趣味なのよ」スゥーだ「根暗よねー」

「ばっか、観察と分析って言えよ。情報は最強の武器足り得るんだぜ、それはお前にもよく分かっているだろ」

「ま、レクが暗黒城に連れて行かれたのを知ったのもその趣味のお陰だし、根暗も良し悪しよねー」

 スゥーはウィンクし、スキップで退室していく……。

「彼の役割はあくまで観察と分析……」ホーさんだ「任務に徹すればこそ、観察対象に接触することは好ましくありません……。もちろん、私たちに伝える義務もありません……」

 ホーさんは僅かに微笑み、退室していく……。

「ああ、そういや遠回しになんか言ってたね」キューだ「この前会ったあいつがどうしたとかさ」

「私情を挟めぬゆえにか、難儀なものよ」ア・シューだ「ま、私には興味がなかったが」

 二人は去っていく……。

「お前……俺を助けようと?」

「ば、ばっか、単に見てて面白かったってだけだよ。だってお前たち、ろくにハイロードを歩いてないんだもん」

 言われてみれば、訳の分からん進み方をしているわな……。

「というかあれだ、お前たちのシリーズ、街の連中にもわりと人気なんだぜ」

「シリーズ、人気……?」

「冒険者の活動を記録したものさ。それに色々と手を加えて娯楽にしてるんだ」

「ご、娯楽だとぉ……?」

「不謹慎にでも思えるか? だが、これはお前たちにとっても利があることなんだぜ」

「ど、どんな?」

「親近感が生まれることだよ。さっきホールでお前の真似をしていた奴らがいたろ? あれはまあ馬鹿にもしているんだけど、多少なりとも親近感がないとああはならないぜ」

 う、うーん……。確かに、知らぬがゆえの恐れや敵意よりはマシかもしれないが……。観られるってのはあんまりいい気分はしないぞ……。

 でも、そのお陰で今があるとなれば、そう無下にも出来ない、か……。

「ま、まあ、実害はないようだしなぁ……」

「そうか! よし、じゃあ、行こうぜ!」

「待て」

 見るとフィン……の、ヨニケラだ。そしてアリャにウニャムニャと向こうの言葉で話しかける。

「……どうした?」

 アリャは俺を見やり、

「ジッセン、キタエル、イッテル」

「鍛えるだと? こんな状況で?」

「この子はかなり有望だと聞いている。しかし、今の実力ではこの先は危険だろう、教えられることは教えておきたい」

 なるほど、これからさらなる危険が予想されるしな……。同胞の、しかもまだ子供みたいなもんだ、気にならない方がおかしい。

「そうか……。アリャはどうなんだ?」

「ムゥー……。レク、ヤバイ、シンパイ」

「お、俺の心配はいらないよ」

「ホントォ?」

 ぬう、こいつ、俺を何だと思ってるんだ。

「ほ、本当だよ、ほら、鍛えてもらってこいっ」

「ムゥー……」

 アリャは訝しげに俺を見ながらヨニケラたちと部屋を後にする……。

「よし、じゃあいくか」

「待った、僕はどうしたらいいかなー。射撃武器は持ってないし」

 フェリクスか……。

「そういやお前って分析力に長けるんだったよな?」

「うん、まあ、そういう役割が多いねー」

「だったらさ、後方支援でもしながら情報を収集してくれよ。今後のためにも、他の勢力の戦力はもちろん、性格的な面も知っておきたいからな」

「ああーなるほどねー。分かったよ、任せて!」

「でも気を付けろよ。誰がどんな企てを持っているか分かったもんじゃないからな」

 フェリクスは頷き、去っていく。あいつは人見知りしないというか、すぐに人と仲良くなれそうな気質の持ち主だからな。情報収集もそうだが、案外、勢力同士の円滑剤として活躍できるかもしれない。

 しかし、黒エリは難色を示す……。

「あれを一人で遊ばせるのか?」

「戦わせるよりいいだろうと思ってな。あいつには友好の才能があるような気がするし」

「ふん……否定はせんが、人は歪なものだからな。どんな逆恨みを買うか分からんぞ。幸せそうな人間を嫌う者は存外多いものだからな」

 逆恨みだって? そんな馬鹿な。

「とはいえ、他の勢力の情報は必要か」

 黒エリはまた指を俺の頬に……。

「さっきからそれ何だよ……」

「なんとなくだ」

 なんとなくね……。

「よし……じゃあ今度こそ行くか」

 俺たちは一旦、各々の部屋に戻り戦闘の準備、そして屋上へと足を向ける。昇降機があるらしいが、すべて止めてあるらしい。それゆえに階段での移動だ……っておい、いつの間にやらアテナがいる……! な、なんでこっちに一人……?

「あれ、あんた、皇帝のお守りはどうしたっ?」

「なんかわりと守りの姿勢らしくって、つまんないから抜け出してきたんだわん」

 わんって……。すごいしてやったりの表情だが……。

 黒エリは鼻を鳴らし、

「野良犬の誇りはおろか、飼い犬の忠義もないのか」

「餌をくれたからって主人と見なすとは限らんわん」

 あの、今後もその口調でいくんですか……?

「久しぶりに楽しそうだわん。皇帝のお守りなんかやってられんわん」

 蒐集者にせよこいつにせよ皇帝も大変そうだな……。俺たちは階段を上り、屋上へ……。

 そこはだだっ広く、円柱状の簡素な塔屋以外には何もない。へりに多少の防壁があるくらいだ。

「うーん、何にもねぇなあ」グゥーが大きな鞄を背負って現れる「多少の遮蔽物くらいはあってもいいもんだけどな」

 グゥーは鞄からかっこいい兜のようなものを取り出し、被る。そして何やらぐもぐもと独り言を……いや、会話だろうか?

 なんだ、もしかして誰かと話しているのか……?

「なにそれ、誰かと話してたの?」

「そう。プレイメイカーの仲間と」

「へえ……」

 驚嘆だが……遺物と思えば疑う気にはなれないな。

「グゥー、お仲間はどのくらいで来るんだ?」

「分からないなぁ、あいつらのことだし。ひとっ飛びで来れる距離だからそうはかからないと思うが……まあ、ドラゴンまでには間に合うだろう」

「ド、ドラゴンだって……?」

「ああ、ヘルブリンガーとやらの性質からして、アーマードラゴンが来ると踏んでいるんだ」

「アーマー……ドラゴン。そ、それはどんなやつ?」

「鈍重鈍感、そしてとてつもなく強靭なやつさ。だからヘルブリンガーとやらを仕掛けるのも容易かもしれないって思ってさ」

「へえ……」

「普通なら大した脅威じゃない。好戦的でもないし、逃げるのも容易いからな。でも建造物が狙われた場合は話が別だ。ここまで到達したら簡単にぶっ壊されるぞ」

「マジかよ、そいつはやばいな」

「やあ諸君」

 現れたのはレオニス・ディーヴァインとアズラ・オマー、そしてヘスティア・ラーミット……。

「あんたたち……三人だけかい?」

「そうだ」レオニスは頷く「どうにもここに来たがる者が少ないようだな。真っ先にやってくるのは飛行する魔物なのだが……」

 レオニスは笑み、肩を竦める。

 それにしてもこの男……ただならぬ気配だな。実戦が近いせいか、強者の匂いがぷんぷんしてくるぜ……。

「しかし君には驚いた」アズラだ「人ならざる者に知り合いが多いじゃないか」

 人ならざる、か……。

「そう違いはないさ」

「もちろんだ」レオニスは大きく頷く「同種の他者より異種の友、なにも不思議なことはない」

 ああ、そうさ……というところで来たな、多くの気配を上空より感じる……って、そんな馬鹿な! 何十、いや、ゆうに百を超えるかっ? 総じて暗雲のような影となっている……!

「ああっ?」グゥーも目を丸くする「なんだあの数はっ?」

「わあ、楽しそうだわん!」

 対しアテナは嬉しそうだな……。

「膨大な数だな……」黒エリだ「エリは塔屋の中へ。そこからセイントバードを放ってくれ」

「えっ、ですが……」

「わざわざ的になるつもりもないだろう?」

「はい……」

 エリはしぶしぶ塔屋の中に隠れるが、絶対にその方がいいな。

「私はこの入り口付近を守る。レク、お前は……」

「おっと待て待て、そこに居られると邪魔になるな」グゥーはでかい銃を手にしている「俺、塔屋の入り口に隠れて狙撃したいんだよ。他に隠れられるところないし」

「むっ? 動きながらでは……難しいか、その銃では」

「ああ、こいつは狙撃銃だからな。まあ、そこのエリさんは俺が守ってやるよ」

「むう……」

 黒エリは逡巡していたが、ふと俺を見やる。

「よし、では代わりにお前を守ってやろう」

「いや、自分の身くらいは自分で守れるよ」

「いいからさっさと塔屋の向こう側に回れ」

 なんだよ、アリャといい黒エリといい、俺ってそんなにやばそうに思えるのか……?

「飛行系のドラゴンは来ていないようだな……」

「まさか」

 アズラの呟きにヘスティアはフッと笑む。その様子からして……ドラゴンが飛んで来る心配はない、みたいだな……?

「どうやら尖兵はランサーレイヴンのようですね。まあ、妥当な線でしょうか」

 ランサー……レイヴン? ランサーバードの親戚か? まだ遠目なので断じれないが、大鴉と呼ばれるだけあって一羽一羽がけっこうでかそうだな……。

「機銃はどうした?」レオニスは周囲を見渡す「屋上にあるのだろう?」

「一先ずは我々に任せるつもりなのでしょう」

「相変わらずケチ臭い爺様だ。少しくらい撃たせてくれてもよいだろうに」

 いやに呑気だな……それとも余裕なのか? ランサーレイヴンの暗雲が……ゆっくり上昇していく、そろそろ来そうな気配だなっ! アズラ・オマーが剣を抜いた……!

「おお……絢爛な剣だな」

 やや幅のある金色の剣……の剣身には丸い彫り物が並んでいる……。

「これは装飾ではない」

 そして彼は呪文を唱え始めた……!

「面を撫で、背を押し、肩に触る。凍えを呼び、熾しを助け、時の流れを語る。そして今、我が剣に力を貸し賜え……」

 なんだ、剣が何かをまとい始めたっ……? そして刃が輝き始める……!

「そ、それはいったい?」

「風で剣身の風車を回転させ、起動している」

 魔術で起動……? もしや、魔導兵器ってやつか……!

「面白いだろう」レオニスだ「遺物には魔術で起動するものがある。そしてそれは大概、時代遅れの形状をしている。だが性能はそこらの遺物より上なのだ」

「な、なぜ……?」

「非魔術師に使わせたくなかった、あえて枷を付けたなどの理由が考えられる。その風塵剣は典型的で、魔術師とて生半可な力量ではその真価を発揮できん。それぞれの風車に可能な限り均一な風力を与えねばならんからな。それは一流と称される魔術師でも難しいことだぞ」

「レオニス様」

 ヘスティアの語調は咎めるようだ……。

「問題あるまいさ。知ったところで扱える者などそうはいない。さあてくる……ぞっ?」

 いつの間にかエリの鳥たちが辺りに舞っており、レオニスはそれらを凝視している……ってレイヴンの群れが来たぁっ!

 奴らはまるで砲弾のように無数に降り注いでくるっ! エリの鳥が向かっていくが、凄まじい数だ、完璧に対応出来るはずもない! 黒エリが光線を発し、撃ち落としていく、俺もやらなくては、自分自身にバチッとやって、門を少しだけ開くぜっ!

 そして撃つ、撃つ、しかし弾かれたっ? 強靭なクチバシのせいか! だが軌道を逸らすことは出来た、レイヴンは近くに落ち、突き刺さるかと思えば……そのまま床を滑走! すごい速さで遠ざかり、また飛び立って前方の群れに合流していく!

 マジかよ、隙がないぞっ!

「レクッ! 下にも注意しろ!」

 うおっ、別のが滑りながらこっちに来るっ! 撃って逸らし、黒い砲弾が横切っていく! くそっ、上から下から……!

「いやっほう、だわん!」

 アテナが滑走するレイヴンを蹴っ飛ばし、他のレイヴンを巻き添えに倒していく! いやに楽しそうだなおい! そしてグゥーのものだろう、塔屋の向こう側より赤い光線が奔りレイヴンを確実に撃ち落している。あいつもかなりやるもんだな! エリを任せても安心だろう!

 それよりこっちだ、鳥のお陰で襲来の脅威は半減しているが、それにしたって数が多い!

 刃を三連射、羽を削いだ! レイヴンはバランスを崩し、今度こそ撃墜、そして再装填! やれるにはやれるが余裕はまるでないぞ!

「おいレク、生きてるかっ? その得物じゃ限界があるだろ、あんまり無理するなよ!」

 向こうからグゥーの声……!

「ばっか余裕だぜこんなの!」

 なんて、つい大口叩いちゃったけれど、実際、あんまり大丈夫じゃないな!

 しかし、大慌てなのは俺だけだ、意外とみな落ち着いて対処をしている……どころか、アズラの周囲には両断されたレイヴンの死体が散らばっている……。シューターの刃ですら破壊できない強固なクチバシも、あの剣と彼の技量の前には紙切れ同然なのか、しかも剣から刃のような光線が飛んで、上空のレイヴンをも切り刻んでいるし……。

 レオニスとヘスティアは塔屋の近くで腕を組み、火炎やら光線やらの魔術でぼちぼち戦っているだけだ……。手を抜くほどに脅威じゃないのか、むしろエリの鳥に注目しているほどだ。

 いや、そうだ、意外と脅威ではない……。砲弾みたいに飛んでくるのは怖いが、あれこれ考えるほどには余裕がある……。

 そう、なぜ気付かなかったんだ、奴らは一方からしか攻撃してきていない! さっきだって、滑走後、わざわざ群れに合流していったじゃないか!

 ……考えてみれば当たり前のことだ、交差して攻めたら互いに激突する恐れがあるもんな! 本能か学習かは知らないが、そういったルールの下、奴らは攻撃を仕掛けているみたいだ!

「おい、奴らは一方からしか攻撃してこないようだぜ!」

「そのようだな! 衝突を避けているのだろう!」

 やはりそうか、かなり速くとも一方から来ると分かっていれば大したことはない! そして有効な攻撃方法も思い付いたぜ! クチバシは強靭で弾かれるが、シューターを横に、つまりは刃が縦になるよう撃てば……!

 俺は撃つ、当たった! レイヴンの片翼が千切れ、墜落する!

「よし、やった! 余裕……」

 じゃないな……下方に飛び出した形の妙な影が複数、接近してきている……。

「気を付けろよ諸君」レオニスだ「メナスキャリアーだぞ」

 キャリアー? おっとまたレイヴンがくる、しかしもう通じないぜ、撃ち落とす!

 そしてメナスキャリアーとやらが近付いてくる。これまたでかい鳥、首が長く赤と白の羽毛で、大きな足に何か……掴んでいる、運んできているっ?

 奴らが俺たちの頭上に、そして何かを投下してきたっ!

「何か降ってくるぞ!」

 落ちてきたのはトゲトゲの玉……で、パカッと開いて虫になったぁ! あっちでは黒い玉、向こうでは虹色に光る玉、やはりダンゴムシのように開いてこっちにくるぅう!

 思わずシューターを撃つ、刺さるが致命傷ではないようだ、固いな……ってところにまたレイヴンの襲来! 黒エリがカウンターの蹴りを食らわす、レイヴンが砕け散ったぁ!

「おいっ! さらに増援だ!」

 グゥーの声、見ると遠くに煙……いや、小さな何かの群体、そして存外遠くないぞ!

「キラーバーディだな」レオニスだ「あれは面倒だぞ。ヘスティ、頼む」

「はい!」

 ヘスティアは両手を広げ、呪文を唱え始める!

「天より舞い降りる脅威を迎え……」

 ダンゴムシが丸まり、そこにレイヴンが滑走、衝突! 玉が弾かれまくって訳の分からんことなって……こっちに飛んで来る! だがまたも黒エリが蹴っ飛ばし、彼方に向かって飛んでいく!

 というか小さい鳥の群れがこっちに向かってくるぞ! おいおいあれどうすりゃいいんだよ!

「あ、あれちょっとやばいと思う!」

「ああ、一旦、塔屋に……」

「……羽ばたけ炎の翼!」

 空に一線、光が奔り……そこから炎が大きく羽ばたいた! そして落下する多数の群れ……。

 うおお、なんだそりゃあ! そんなにいいものがあるならさっさとやってくれよっ!

 しかし魔物はまだまだいるぞ!

「ファイアーブラストか! 備えろ!」

 えっ、なに? どこどこ?

 ……空から火の玉、いや炎の鳥が飛んでくる! そして熱線を照射、他の怪鳥もろとも周囲を薙ぎ払うっ!

 次から次へと、しかもあんなのどうすりゃいいってんだっ? 今度はこっちに来そうだ……!

「まずいっ!」

 熱線がこちらへっ? 黒エリが飛びついてくる……ってあちちっ! 周囲が、レイヴンの死体が燃えている、いや、それより黒エリだ、俺を庇ったんだ!

「おっ、お前、大丈夫かよっ?」

「ああ……なんとかな。この体は熱にも強い……」

 いやでも燃えてる燃えてる、黒エリの背中が燃えてる! ついでに俺の足元も燃えてるっ……!

「消さないとっ!」

 俺は上着を被せて黒エリの火を消す! つうか足がめちゃくちゃ熱い……って、キャリアー自体が突っ込んできた、その大きな足で黒エリを捕まえ上昇していく!

「何だ貴様っ!」

 黒エリがキャリアーの細長い首を握り潰した……って落下してくる! 慌てて受け止めるが、あまりの衝撃に支えきれず転倒してしまうっ……!

「こら、無理をするな! 私は大丈夫だ!」

 あいたた……ってレイヴンが滑走してくるぅ!

「うわわ、ちくしょうっ!」

 黒エリを突き飛ばし、俺も転がって躱そうとするが背中に衝撃、すごい勢いで床を奔るうぅうっ! クチバシに服が引っかかったのかっ?

「何すんだこらっ!」

 レイヴンに渾身の肘打ち! ギャアと喚いて暴れる暴れる、エリのフクロウがレイヴンに頭突きをする、腕力勝負なら俺にも分があるってアイタタ! 小さい鳥が腕に足に噛み付いてる、さっきので全滅していなかったのか! 掴んで叩きつける、というかダンゴムシが塔屋の上からやってきてるぅ!

「邪魔だ!」

 黒エリがダンゴムシを蹴っ飛ばし、レイヴンに恐るべき拳をお見舞いした!

「無事かっ?」

「ああっ……余裕過ぎて欠伸が出るよ! お前こそマジで大丈夫なのかっ?」

「問題ない、行くぞ」

「本当かよ……」

 急いで戻ると、アテナが笑っている……。

「はははっ、そのくらいじゃ効かないわん!」

 ア、アテナが熱線の直撃を食らいながらも動いている……。レオニスたちも怪訝な表情だ……というか、俺の足にエリの鳥がくっ付いているな、火傷の痛みが徐々に軽くなっていく……。

「……何だあれは? 魔術を使っている節がないが?」

「さあ……」

 アテナが炎の鳥を捕まえた……!

「美味しそうだわん!」

 おいおい……! 炎の鳥をそのまま食ってるぞぉ……!

「わりと美味いわん!」

 美味いって、マジかよあいつ……。

「あいつ、何なんだ……」

「普段は澄ましていたが、性根はああいう輩だ。しかし戦闘に関しては天性のものを持っている。手強いぞ」

「……戦うことになるのか?」

「おそらくな……」

 まだ怪鳥はたくさん残っている……というかまだ来るぞ……! とんでもないデカさの飛行物体……。あれはまさか、蝶なのか? 羽ばたいてはおらず、すぃーっとこっちにやってくる……。

「む、まずいな。あれの鱗粉は毒性が高いと聞く」

 レオニスが構える!

「散ってもらうか」

 そして手から光線を放ったっ! あえなく蝶は散った、か……。

 あれはワルドのものに近い魔術……ってまだ来る! ふわふわしたクラゲみたいな何かだ……!

「ビジョンジェリーか。戦闘中では厄介だな」

 同じく光線でレオニスが落としていく。ついでに他の怪鳥もどんどん落としていく。というかまだ何か来るぞおい……。

 今度はカニヴァービートルの群れだ……。これまた百をゆうに超える……とんでもない数だ! さらにまだ別種の何かが数種類……終わりが見えない……!

「数が多過ぎますね」ヘスティアだ「これではかえって利が損なわれます」

 利が、損なわれる……?

「ど、どういうことだ?」 

 ヘスティアはこちらを見やり、

「この砦を攻略する場合、飛行系の魔物はあまり戦力になりません。内部へ侵入したところで、行動が大幅に制限され、的になるだけですからね」

 確かに……。

「ゆえに、主に地上の戦力で攻め、飛行系はその補佐、という形がもっとも効率がよいのです」

「加えてだ」レオニスだ「一度に大量の数を寄越せば空が渋滞する。そうなればどうなる?」

 空を見ると、魔物同士が互いにやり合っている!

「こうなれば戦略も何もない。そして、我々のように広範囲魔術を扱える者がここにいるなら……」

 レオニスの片手に光の渦が生まれる! そしてそれは空に飛び散り、魔物達を引き裂いていく!

「一網打尽だ」

 す、凄まじい……! というか、だからなんでそれをさっさとやらないんだよ!

 さっきからエリの鳥ばかり見ているし、この数でも大した脅威じゃないんだろうな。でも、だからこそさっさとやってくれよ。ケチ臭いという意味ではカタヴァンクラーを笑えないぞ!

 それにしても魔物同士の戦いが激化しているな。どうにも怪鳥たちとカニヴァービートルは相性が悪いみたいだ、互いに食い合っている……。

 まあ、こちらとしては助かるが……。

「この戦略はあまりに愚か過ぎる。何かあったな」

「一斉に発動させてしまったように思えますね」

「ああ、魔女がやったらしいよ」

「なに?」

「さっき、俺たちのところに魔女がやってきたんだよ。それで発動したとかなんとか言っていた。なんでもこれを仕掛けた奴は彼女の弟子だったらしく、計画も筒抜けだったんだと」

「魔女とはクルセリア・ヴィゴットかね?」

「そう」

「なぜそのようなことを?」

「さあ? 今までにも数回会ったが、何を考えているのかさっぱりだ」

「ほう……。しかし、君たちのところにな?」

「仲間が旧知なんだよ」

「……親しいのか?」

「逆だな……仲間の方は魔女を憎悪している。向こうは好意に近い感情があるようだが……」

「ほおお……!」

 レオニスは大きく頷く。彼にとっては面白い話だったのか……? それにしても、戦ったのかとは聞かないんだな……。

「ともかく、当分の脅威は退けたらしい」黒エリだ「後は魔物の同士討ちを見届け、残りを掃除するだけか」

 ヘスティアは黒エリを見やり、

「あなた……大丈夫ですか?」

「む? ああ、問題はない」

 いいや、大ありですよ黒エリさん……。服が燃えて、特に背中が露わとなっている……。

 しかし、何というか見事だな……。基本的に黒く、どこか硬質的な雰囲気だが、ところどころ白くもなっており、その対比が妙に美麗だ。

「なにを見ている」

「いや、なかなか綺麗じゃないか」

 俺の頬に黒エリの指が深々とめり込む……。ほ、褒めたのに……。

「あ、あの、よろしければ俺の上着をどうぞ……」

 上着を渡してようやく頬が解放された……。うう、けっこう痛かったぜ……。

 でもあれだな、わりと本当に黒いんだな……。首元は黒いが顔は白いし、ほんの一部だけかと思っていた……。

 ということはあれか、黒エリって呼び方もよくなかったか。あくまで服が黒かったからそう呼んでいただけなんだけれど……。

 ……怪鳥とカニヴァービートルたちの争いが終わり、残党を片付けたときには日が暮れかかっていた。これ以上の襲来もないようだし、今日は終わりでいいよな……? と、そこにエリが駆け寄ってくる。グゥーも銃を担いでやってきた。二人とも無事なようだな、よかった!

「だ、大丈夫ですかっ?」

「ああ、私はなんら問題ない。しかしレクは火傷をしたようだ。背中にも鳥が張り付いている」

 えっ、ほんと? 気付かなかった。

「そんな……! すぐに治療を!」

 火傷は割と軽度に見えた。しかしこれはエリの鳩が今まで治療していてくれたお陰だろう。治療が終わると、他の鳥たちもエリの元へ帰っていく。

「ううむ、これは大したものだ……!」レオニスは唸る「ヘスティ、君はここまで出来るかね?」

 ヘスティアは目を伏せ、

「……いいえ」

「ここまでのセイントバードは初めてだ、素晴らしい!」

 そしてレオニスはエリの側へ……。

「いきなりだが、聖騎士団に加わらないかね?」

 えっ……?

 な、なんだそりゃあ……?

「えっ……あの……」

 当然、エリは困り顔だが……それに構わずレオニスは勧誘の文句を並べやがる。

「いや、待て待て、彼女は俺たちの連れだ。勝手な言い分を寄越されても困るな」

「その通りだ」黒エリだ「何を横からごちゃごちゃと……」

「そうだろうとも、無理は承知だ。しかしそれを踏まえてもなお、彼女の力はそうさせるに足る魅力がある。君たちがなぜここにいるのかは知らないが、元老院を味方に付けた方が目的は達成しやすいのではないかね?」

 そうとは……言えるかもしれないが……。

「まあ、いますぐでなくともよい、考えておいてくれ」

 か、考えろってなぁ……。

「また何かくるな」

 アズラだ。た、確かに、また何か飛来物が!

「あ、いや、あれは俺の仲間だ」

 グゥーが前に出て手を振る。そうか、プレイメイカーの仲間か、また何かやばいのが来たのかと思っちゃったぜ……!

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