ヘルブリンガー
「王が跡継ぎを決めようとしている。それは単なる噂に過ぎなかったが……」
ワルドはそこで言い淀み、立ち上がった。
「……どうしたんだい?」
「小休止を入れよう。用を足してくる……」
そして、そそくさと部屋を後にしてしまった……。
これはあれだな、さっき酒飲んでたし、それで尿意が近くなったんだろうな……。室内はため息のような空気に包まれる。
「お話はそろそろ佳境なの?」スゥーだ「暇だしもっといろいろ話してくれてもいいんだけれど」
まあ、今日は特にすることもないしなぁ……。
「昔話もよいが」黒エリはスゥーを見やる「この状況に関する話も聞いておきたい。まず、あの老人は何者なのだ? どうにも権威者のようだが」
おお、それは俺も聞きたかった。グゥーの提案からここへ来たものの、誰がどういった人物なのか分からないことが多過ぎる。
「あのお爺さん、名前なんだっけ?」
「コルネード・カタヴァンクラーだよ」グゥーが答える「まあ、この地の顔役ってところだな。行き場をなくした奴の世話をしたり、どうしようもない悪党を投獄したりしてるらしい」
「投獄だと?」
「うん、ここの地下が牢獄になってるとか聞いたな。まあ結果的に尻拭いをしているわけで、いろんな勢力に顔が効くんだ」
黒エリは首をかしげる。
「こんな場所で司法の真似事をする意味などあるのか?」
「さあな」グゥーは肩をすくめる「ついでに説明しとくと、この地には大まかに三つの勢力があるんだ。立法主義と反立法主義、そして中立って具合にな」
「立法主義だと……?」
「まあ、種族間を超えた共通の法ってやつ? そういうものが必要って主張をしてるのさ、あの爺さんは。例えば、こんな時のためにね」
「しかし、魔物に法など通じんだろう」
「そうそう、だからさ、ここで俺たちだけがそんな法を遵守してもしょうがないってのが反立法主義の主張なのさ。決まりごとなんか種族や所属の中でだけで充分だ。それを超えた対立の結果は自然のあるがままに生死が決定付けられればいいって具合にな」
確かに……そうかもしれないな。この地においては俺も魔物も対等なんだ。そういう意味においての一体感は否定したくないところではある……。
「なるほど。そしてもうひとつ尋ねるが、あの犬や蜂のような人種は何者なのだ?」
「いちから説明しようか。この地にはギマ族、ウォル族、パム族、ディモ族、フィン族、リューン族とアテマタ族がいるんだ」
「存外いるものだな」
「あんたが尋ねたのはウォルとリューンのことさ。ウォルは犬みたいな奴ら、リューンは蜂たちのことで、これは正式な名称じゃないんだけど、あいつらなに言ってんのかさっぱり分からないから、羽音からリューンと勝手に呼んでるんだよ。あとパムは猫のような奴らで、ディモは竜っぽいの、アテマタは機械人間だな。あとフィンは言うまでもないよな」
ふとアリャを見やると、居眠りをしている……。
「へええ……。でもさっきいたのは爺さんの取り巻きで、民族代表としては来てなかったよな?」
「まあ、奴らの縄張りは中央やその付近にあるしな、あんまり危機感ないんじゃないか」
中央に住んでいるのか……。それはつまりとても強いってことだろう。敵対しないように注意しないとな……。
「彼らは好戦的じゃないのか……?」
「ディモはでかくて強そうだけど一番温厚だな。アテマタもルールさえ守ればまず襲ってこない。パムはなんだか……よく分からん奴らだから何とも言えないな。距離感さえ把握できれば仲良くなれるそうだが……。あとリューンにはあまり近付かない方がいい。特に巣へ近付いたらやばいぜ」
俺たちはその巣の中を通って来たんだけれど、やっぱりかなり危険だったんだな……。
「ウォルは一見話が分かりそうに見えるが、同時に一番気が抜けない奴らでもある。組織力も高いし、この件にもいきなり噛んでくるかもしれないぜ。気を付けておけよ」
なるほど、覚えておこう……。
「そういや、俺たちはここへ来てよかったのか……?」
「世界の存続に関わることだし、この会合には誰が来ても場違いじゃあないさ」
そうか……と頷いたそのとき、ノックの音……。ということはワルドじゃあないな。
「はい? どうぞ……」
そうして入ってきたのは……。
馬鹿な……!
な、なぜ、ここにいるっ……?
「あっと、騒がないで。お願い」
魔女クルセリアは微笑み、カーテシーをする……。
「な、なぜ……ここに……」
「昔話をしていたでしょう? だから来ちゃったの」
き、来ちゃったって……。ここはいわば敵陣真っ只中だぞ……?
「ど、どうして、その話をしていると分かったんだ……?」
「盗聴魔術よ。彼のローブにこっそり印を仕込んでおいたの。泥酔はするものじゃないわよね。彼って師匠の影響なのか、お酒好きなの」
泥酔、オルフィンの里でか……? しかし、そんな気配は微塵もなかったぞ……。
「盗聴って、盗み聞きにしても距離があるだろうに……」
「できちゃうのがこの魔女さまなのよ。ここ、座っていい?」
「あ、ああ……。どうぞ……。
魔女はドア付近にある椅子に綺麗な姿勢で腰掛ける……。いつの間にかエリの鳥が室内を歩いているな……。
そしてふと、黒エリの意味ありげな視線に気付く。ここでやるか? とでも問うているようだ……。
……いいや、様子を見よう。俺は僅かに首を振る。
「あなた……エリちゃんだっけ? 私の弟子になりたい?」
何だ、いきなり……。
「い、いえ……」
「セイントバードは高等魔術と認識されているけれど、その実、秘奥魔術なのよ。その辺で見受けられるのはすべて出来損ない。実質、失伝してしまっているのね」
「そう、なのですか……」
「でも、ここまでのものは極めて珍しい。よく独学で成長させたものね、それもこんな短期間で。図書館のときはもっと稚拙だったのにね」
「は、はい……」
「あなた、とても才能があるわよ。おばさまや私に匹敵するかもしれない。そこでコツを教えてあげる。いい? コツとは文字通り骨のことでね、魔術の強大さは対応する骨の大きさに決定付けられるのよ」
骨の、大きさによって……?
「人体を形成する骨の数は約二百と言われているわ。つまり魔術師は最大で約二百の魔術を習得できるの。でもまあ、実際は骨をまたぐことも多いからそこまで細分化して覚えてるひとはいないけれどね」
「……つまりは、セイントバードに、より多くの骨を割くべきと仰っているのですか……?」
「そうそう、頭のいい子は好きよ」魔女は微笑む「骨をまたぐのも才能よ。例えばお前」
魔女は俺を指差す……。
「お前、普段は指先からバチッと電撃を発することしかできないのでしょう?」
ぐっ……! まあ、そうだが……!
「そして後は……フレンジィバトラーもどきくらいのものかしら?」
「そ、それが何だってんだよ……!」
「魔術の強大さは対応する骨の大きさによって決定付けられる。でもね、さっき言ったように、骨をまたいで性能を拡張することができるのよ。これが才能の定義のひとつ。きちんと拡張していないと、何かのきっかけで無理矢理またぐといった、暴走に近い状態となり、体への負担も大きくなる。これは身に覚えがあるんじゃないの?」
あ、ある、な……。
「お前の状況を説明するとね、指先の骨の一部に電撃のコードが刻まれていて、そこから特に規則だってない、何だかよくわからない謎のコードがひっそりと全身に広がっている状態なのでしょうね……!」
突如、魔女は笑い出す……! な、何がそんなに面白いんだよ……!
「だ、だから、何かのきっかけでその謎コードが一気に走ると、身体中の筋肉を変に叩き起こしておかしな活性をしちゃう訳なのね……!」
た、確かに雑なのかもしれないが……あれだって役立ってはいるよ……!
「ちゃんとした魔術師はね、骨に刻まれたコードも美しいものよ。活性なら活性に相応しいコードの刻み方があるの、それをイメージしなきゃ」
「いや、んな、俺だってねぇ……!」
「そこで朗報。謎のコードはよく謎の効果を発揮するから、もしかしたら化けるって可能性もゼロじゃあないの。あの賢者バンビュールもそうらしくってね、いわく才能ゼロだったそうだけれど、必死に修行して、そのうち全身に意味不明なコードが刻まれちゃったのね、そうしたら……」
「そ、そうしたら……?」
「ね、ゲームしましょうよ。彼がいつ気付くかゲーム。気配を消しているからバラしちゃだめよぉ?」
「はっ、えっ? そうしたらどうなったんだよ!」
「そろそろ戻ってくるみたいなの。気配を消すから」
次の瞬間、ただでさえ微小な魔女の気配が消えてしまった……。目で確認しないとほとんど存在感がない……。
それにゲームだとぉ……? 視界のきかないワルドを騙して遊ぶってのか? そんなもんに乗るかっ!
ややして、ワルドが戻ってくる……。
「すまんな、少し迷ってしまい、執事を探す手間もかかってしまった。さて、話を続けるとするか……」
「いや、あの、ワルド?」
「うむ?」
「その、落ち着いて聞いて欲しいんだけれど……」
ふと、ワルドの気配に威圧がこもる……!
「……彼奴がおるのか?」
よ、よく分かったな……。
「ああ……」
「ふん、こういったことはたまにあったのだ。彼奴の話をすると、まるで聞いていたかのように現れることがな……!」
「もー、さっそくバラしてるしぃー!」
魔女は可愛げに腕を回す……。対し、ワルドは完全に臨戦態勢になっている……!
「お待ちなさいよ、ここで無下にしてもいいことないわよ、重要な忠告をしに来てあげたんだから」
「忠告だと……?」
「でもまあ、それは後でね。さあ、昔話の続きをして?」
続きって……そんな状況じゃあないだろう……!
「じゃあ、私がしてあげましょうか」
なにぃ? ワルドは臨戦態勢のままだぞ……!
「そう、あれはあの噂から始まったのよね。王が跡継ぎを決めようとしているって。それは単なる噂に過ぎなかったのだけれど、王宮内に大きな波紋……いいえ激励ね、とにかく次なる王座はランディールに、そのような声が湧き上がってしまったの」
おいおい、本当に始めやがったぞ……!
「ワ、ワルド……」
「……何を話すか、聞いてやろうではないか……」
「それも当然、彼は聡明かつ清々しいひとって評判だったの。まあ、聡明っていっても単にまともってだけよ、穏当な采配を好む気質が王宮内の雰囲気と合致していただけ。でもまあ他がイマイチだったからねぇ、ある意味、当然かもねぇ」
魔女は一人で楽しそうだ……。
「長兄のスィールは自称合理主義だったけど、単に冷淡で高慢な愚か者だったし、次兄のクレトは勇敢という名の無謀さに酔いしれたお馬鹿さんで、思慮が水溜まりより浅かったから論外、それに三兄のソージャンだっけ? ひどい道楽者で、部屋の片隅に溜まっている埃より軽薄な男だったわ、もちろんこれまた論外よ」
おおい、かなり辛辣だな……。
「というわけでランディールでほとんど決定だったのだけれど、残念ながら彼は継承権の低い第四王子だったの。で、それを覆すためには名誉が必要だった」
「名誉って……?」
「この地へ赴き、勇者の証を持ち帰ることよ」
「勇者の証……?」
「この地にはゴッディアの記念碑があるのよ。そしてそこに刻まれている言葉を記録して帰ること、それが勇気を示す証となり、名誉なことだったってわけ」
「この地に記念碑が……」
「名誉なくして王座に着いちゃったら、上の王子たちの大いなる妬みを買うからね、そしてそれが暗殺にでも繋がれば王宮、ひいては国の危機ってことで、どうしても特別性を証明しないとならなかったのよ」
へえ、そういうものなのか……。
「まあ、そんなの建前だったのだけれど」
えっ、なんだよ……!
「ランディール王子はあんまり王座に興味がないひとでね、まあ国が安泰なら何でもいいんじゃないかっていう、反吐が出そうな平和主義者だったの」
そのとき、ワルドの杖が床を叩く!
「無礼な口調は慎め……!」
「はいはい」魔女は肩を竦める「でも臣下たちの強い要望もあって、それに応えることにしたのね。そうして王子を中心とした兵団が結成されることとなり、私やワルドもその一員となったわ。で、ここで話しておかなきゃならないのだけれど、実は王子は、いや王宮内の若者の多くがそうだったのだけれど……私に惚れちゃってたわけなのよねー。それで、これがさらに話をこじらせる要因となったの。というのも、私に恋慕していたのは他の王子たちも同じだったから。つまり、彼らにとってランディールは王座に最も近く、そして最大の恋敵でもあったのね。まったく、困っちゃったわよ」
何が困っちゃっただ、そういう任務だったんだろ……。
「私もね、それなりに苦労したのよ。あわよくば妃の座をって女たちの妬みを買っちゃってね、怨嗟の込もった視線がもうひしひしと……!」
「わお、ドロドロの渦中ねぇ!」
俺にとっては嫌な話だが、スゥーはウキウキだ……。
「私には任務があるしぃー、まんざらでもない態度をとならくちゃならなかったのよね、でもそれで王宮内に恋の嵐が吹く……ことはなく、あったのはネチネチとした嫌がらせよ、根も葉もない噂話から始まり、私物の損失や損壊、暗殺まがいの邪悪な事故すらも起こったわ」
ああ……この話は聞きたくないな……。
「でもそんなの諸刃の剣よ、怨嗟に淀んだ精神は魔術師にとって格好の餌。あらら不思議、彼女たちには不幸が起こり続け、ついに錯乱してしまい、王宮を追い出されてしまいましたとさ」
うう、嫌な話だ……。
「でも、もっとも恐ろしかったのはスィールの嫉妬だったの。彼は計画を練っていたわ。ランディールの栄光を阻止し、私を誘拐し、それを助けて万々歳っていうね。で、それを成すにはどうしたらいいと思う? もちろん暗殺集団を仕掛けるわけよね。そして私たち、ランディール一行が出立して数日後……森の中にて謎の戦力に襲われることとなったの。一応、盗賊のような風体ではあったけれど、動きが殺し屋のそれってすぐに分かるあたりまだ甘ちゃんだったわねぇ」
「むう、やはりあれは暗殺者であったのか……」
「暗殺って……そこまでするものなのか……?」
「するわよぉ。考えてもみなさい、末弟に王座を許した長兄なんかいい恥さらしじゃない。額に無能って書いて外を歩き回るようなものよ」
「でも、兄弟だぞ……?」
「それがなに?」
なにって……。まあ、俺だって、あの兄妹とはいろいろあったが……。でも、殺すなんてとてもとても……。
「私たちは暗殺者の襲来を退けながらツウィンジィへと向かったの。それまでの旅の疲れを癒そうってね。そして、そこである事件が起こったの!」
「……事件?」
「王子が私に求婚してきたのー!」
「あらぁ!」スゥーは目を輝かせる「素敵じゃない!」
「こーんな大きな宝石の付いたネックレスを手渡してきてねー」
魔女は指で輪をつくってみせる。
「それでどうなったのっ?」
スゥーが前のめりだ。ということはギマにも結婚という概念はあるんだろうな。
「そりゃあ承諾するわよ、任務だもの。生きて帰った暁には盛大に挙式を挙げようってね、面倒だけれど、任務だものね」
「……任務だと?」ワルドだ「そのときにはとっくに放棄する気であったのだろう……?」
「いいえ、まだよ。そういう考え自体は以前よりあったけれど、そのときはまだ実行しようとは思っていなかった」
「なに? では何がきっかけであのようなことを……!」
「ツウィンジィでのこと、覚えている? 橋の上でのことよ」
「橋の上……? ……ああ、あのネックレスを指で回して遊んでおったときか。あのときは見間違いかと思っていたが……」
「そのとき私が尋ねたわよね、ランディールとの婚姻についてどう思うのかって」
「さあな……」
「あなたは喜ばしいことだと答えたのよ。だからさらに尋ねたわ、何が喜ばしいのかって。するとあなたは、互いに愛情が芽生えたことだと答えた。私は不思議に思ったわ、なぜそう言えるのかって」
「……覚えておらんな」
「それを追及すると、あなたはこう答えたわ。婚姻をするなら当然あるべき感情だって」
「……何が言いたい?」
「あなたの言葉でふと思ったのよ。そういえば、ランディールに愛情なんか欠片もないかもって」
「任務で動いておったのだからな」
「ええ、でも、両立できた方がいいでしょう? だから気になって尋ねたの、愛とは何なのかって」
愛、か……。
「覚えておらんな」
「でしょうね。でも、あなたはこう言ったのよ。それはどうしても捨て切れないものだって……」
捨て切れないもの……か。
そのとき、ワルドが立ち上がった……!
「……まさかっ! そんなことで、皆殺しにしたというのかっ……?」
「私はいろんなものを捨てることが出来たわ。未練もなく」
「わ、私の……せいだと言うのか……?」
「私があなたの言葉ひとつで、すべてを捨ててみようと試みたって?」
魔女は笑い出す……。そしてふと、真顔になった。
「そうよ」
ワルドから威圧感が消え失せ……そして彼はよろめき、椅子に沈む……。
「これは必要? いいえ、いらないわ。これはどうかしら? どうでもいいわね。じゃあこれは……?」
魔女は首を傾げてみせる……。
「意外と残らないものよね」
そ、そんな馬鹿な、ワルドの一言がきっかけとなって……任務を捨てたまではいいとしても……仲間を殺したってのはどういうことだよ……?
いや、待てよ、それにこの魔女は……。
「あ、あんた、あんたは確か……一国を滅ぼしたって……」
「ええ、そうよ」
「そ、それは……ゴッディアなのか?」
「そうよ」
ああ、やはり……。なるほど憎むはずだ、故郷を滅ぼされたんだ、許せることではない……。
「話は前後するけれど、ツウィンジィを出た私たちは冒険者の宿に辿り着くこととなったの」
お、おい、まだ話を続けるのか……。
ワルドは虚脱したかのように俯き、椅子に収まっている……。
「その頃からそこは一攫千金を狙う冒険者たちがひしめく魔境の入り口だったわ。粗暴な輩も多くてね、この地を踏む前にいくらか悶着もあったけれど割愛。何人か仲間も増えて、私たちは勇んでこの地を踏んだわ。でも、説明するまでもなくここはこういうところでしょう? 兵団の人員も一人欠け、二人欠け……あっという間に半分以下の七人になってしまった。でも、ここで魔術師部隊の研究が真価を発揮することとなるのよね、そこからは一人も欠けずに森の中を進んでいけたわ」
ワルドは俯いたままだ……。
「そうして遂に私たちは記念碑の前に立ったの。それは六角の柱で、ガラスのような透明な材質で出来ていた。そしてその中に、文字が彫られた金属板が入っていたのよ。そこに何が書かれていたと思う?」
魔女は俺を見やる……。
「な、何だよ……?」
「解鍵の魔術へ至る道筋よ。具体的には、あるお店の名前があった。アピスの乾物屋ね」
解鍵の……? それってさっきの……。
「なんと、そこで解鍵の魔術を習得することが出来るそうなのよ。アピス家は王宮とゆかりの深い一族でね、彼らこそが紅の門の番人だったってわけ。灯台下暗し、わりと驚きよね」
大臣を死なせてまで禁じたはずの魔術が……王宮内ではないにしても、すぐそこに存在した……?
「アピスはよほど信頼のおける一族……と思うでしょう? いいえ、ゴッディアの真なる支配者……というより監視者かしら? ともかく、紅の門を守るその一族こそが先の事件の黒幕だったのよ。大臣の事件後、私に任務が追加されたわ。王妃になった暁にはアピス一族を消せってね」
なにぃ……?
「まあ、何にせよ試練は折り返し、後は国へ帰るだけ……。私が実行に移したのはそこでよ、そのための仕込みも万全だったしね」
「仕込みだと……?」
「召喚魔術、特に魔物などの脅威を引き寄せるそれはヘルブリンガーと呼ばれているわ。機械兵士なんかはすぐに飛んでくるから便利よね」
機械兵士……。そういやデヌメクも呼び寄せていたな……。
「なぜだ……」
ワルドのか細い声……。
「なぜ、私だけを……」
「それはもちろん、愛ゆえにでしょう?」
スゥーがいち早く答える……。魔女は彼女を見やり、
「そう思う?」
「ええ!」
「そうなのかしらね」
「自覚がないの?」
「正直、よく分からないわ」
「そうよぉ」
「そうかしらね」
「少なくとも、特別視はしているわよ」
「そうね、そうだわ」
「ええ、分かったところで死んだらいいわ」
スゥーが拳銃を取り出し、撃った!
しかし、魔女が指先で止める……! これは俺のシューターをも止めたときと同じだ……!
「これも一種の召喚魔術と言えるかもしれないわね。軽く小さいものほど吸い付きやすい。銃弾なんかお手の物よ」
これもまた、デヌメクがやっていた技だな……!
「正確には指先の間の空間に吸い寄せるの。コツは円錐状に場を形成すること。反射神経で止めている訳じゃあないのよ」
「あら残念」スゥーは肩を竦める「ごめんねぇ、立場的にやっておかないと」
「いいのよ」魔女は銃弾を捨てる「でも、これっきりにしてね。私が安心してここにいられるのも、おばさまがお昼寝をしているからなのよ。もし騒いで起きちゃったら私は退散するわ。そうしたら、せっかくの忠告を聞きそびれちゃうわよ?」
不意打ちに怒る様子はまるでないな……。
「さて、本題に入りましょうか。実はこの施設にヘルブリンガーが仕掛けられているのよ。呪印は新しいからついさっき付けたものでしょうね。主な狙いはカタヴァンクラーと地下の監獄、そしてついでに、ここにいる邪魔者をも始末するって感じみたい。あと、寝込み合わせて発動するつもりらしいわよ。おばさまがお昼寝をしているのも夜間の襲撃に合わせてのことかもしれないわね」
「何だと? あんたがやった……って訳じゃなさそうだが……」
「ええ、仕掛けたのは私の弟子よ。ゼラテアっていう、ニーヴェよりはましな子だったわ。まあ、落第生には違いないのだけれどね。計画も私に筒抜けだし」
ついさっきってことはあの騒動のどさくさに仕込んだんだろうな。つまりはあれは陽動ってわけで、これからが本番ってわけか……!
「……弟子は捨てても殺さないんだな」
「捨ててみようかと悩むほどに優秀であればねぇ……」
捨てる価値すらないってのかよ……。
そこでグゥーが魔女に尋ねる。
「それってもしかしてブラッドワーカーの女?」
「ああ、そんな組織に所属しているらしいわね。血が好きな子で、いろいろとおいたをしているみたい」
つまり、奴らはブラッドワーカーで確定というわけか……。
「ちなみにヘルブリンガーは既に発動しちゃった後なの。あの子にとっても、あなたたちにとっても予想外でしょうけれど、ほら、私は一応、フィンの子たちの味方ってことになっているから」
「なにっ……? 発動って……」
「しかも、私直々のおまけ付きよぉ!」
「マジかよ……! 何が来るんだっ?」
「それは後のお楽しみ。じゃあまたね? ワルド……」
魔女は立ち上がり、ドアに向かうところで……黒エリが立ち阻んだ。
「それでどうする、やらんのか? 状況的に見て、圧倒的にこちらが有利だぞ」
「ちょっとぉ、親切に忠告しに飛んできたのに、それってひどいんじゃなーい?」
「逃がしてやれ……」
おっと、ワルドだ……!
「此奴は近いうちに、必ず私がやる……。だが、今は……済まぬ」
どうしても自身の手で決着を付けたいみたいだな。気持ちはよく分かるが……。
ワルドの意を汲み、黒エリは道を開ける……。
魔女はまじまじと黒エリを見やり、
「あなた、面白い体をしているわね。それだけでも強力な兵装だけれど、追加装備もあるはずよ。遺跡をよく探してみるといいわ」
「ふん、そのように余裕ぶっていると、いつか足元をすくわれるぞ」
「かもね」
そうして魔女は部屋を後にした……。
いったい何だったんだ……ってそうだ、ヘルブリンガーだ……!
「さっき衝突したのにまた始まるのかよ……!」
「早急に皆様にお伝えした方がよろしいのでは……?」
「ああ、すぐに……」
そのとき、廊下から慌ただしい足音や話し声が聞こえてくる……!
おいおい、もう始まりそうなのか……?