表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
4/146

眠れる未来遺産

 デンラがまたやらかした! 大変なことになった、あのおかしなギマたちに目をつけられたなんて、あの風穴は禁忌の場所なのに!

 ……でも理由はわかる! わかるよ、遺物が目的だったんだって、わかってるんだ。わたしたちを救うために、あと自分の名誉のためにそうしたんだってね!

 でもそのせいでまたわたしたちを狙う勢力が増えちゃった! こうしちゃいられない、すぐにでも強い遺物を手に入れなきゃ!



 皆が互いに支え合い、退避の列が山道に続く。なかには遺体を担いでいる者もいる。まるで敗残の模様だ、長老の孫が関係しているという話だが、いったいどうしてあんな惨状に発展したのか……と、列の進行が止まった?

「……どうした?」

「ぬう、いったんここで治療を始めるらしいな。どうにも宿までもちそうにない者が複数いるようだ」

「そうか……俺にもいくつか包帯や薬の持ち合わせはあるがな」

「魔術によって癒すこともできる。引き続き周囲の警戒を頼んだぞ」

 そういうことができる人がいるという話は耳にするが……本当だ、幾人かが傷口に手をかざしているようだ、一見して怪しいまじないだがワルドも同様の行為に続いているしな、きっと本当なんだろう。

 治療者たちはあちこち往復しているものの、徐々にその足取りが重くなっていく……消耗があるのか? あの行為で体力を……?

「ヨー」おっとアリャが肩を当ててきた「マジュツ、スゲーナ」

「あれは……あれで良くなるのか?」

「ナッテル」

「マジかよ、すごいな……」

 すごいが、いったいどういう原理なんだ? 何もないところから何かの効果が発揮されるなんて……当たり前の認識とズレがあるじゃないか。

 ……いや、水と塩水の違いが一見で分からないように、本当は何もなさそうなところにも何かがあるのか? そうさな、そう考えないと辻褄が合わないが……。

 しかし、いったい何がある……?

「レク、ススム!」

 おっ……? ああ、もう終わったのか?

 そうらしい、前列から動き出している、マジか、もう終わったのか……と、ワルドが戻ってきたな。

「それでは……ゆくとしよう」

「早いなぁ、もう済んだのかい?」

「完了してはおらんよ、今はある程度までだ。とはいえ早いというのはそうであろうな。一人、凄腕がおるようだ」

 なるほど……それはそうとワルドの息が荒いな? あれほどまでの破壊力、防御力を見せてなお消耗の様子はなかったのに、今は明らかに疲弊している様子じゃないか。

「大丈夫かい? ずいぶんと疲れているようだが……」

「うむ……私は治癒の魔術があまり得意ではなくてな……効果が薄いわりに消耗が激しいのだ……」

「攻撃の方はそうでもないって?」

「うむ、攻防に関してはな。こなした修行の質の違いであるな」

 なるほど、魔術にも練度があるってことか。

「ムゥー……!」

 どうした? アリャが後ろを気にしているな。

「……何か、来ているか?」

「ナイ! デモ、ケイカイ!」

 ないのかよ。だが確かに、あの白い奴らの追撃はないらしい。あの剣士、無事であればいいが……。

「それにしても……あの白い連中は何なんだ? あの獣の群れも奴らに手懐けられていたようだが」

「うむ、しばしば見聞きする獣人、凶賊であるな。グラトニーズと呼ばれておる」

「グラトニーズ……」

「彼奴らのみならず、魔物どもは際限なく集まってくるものだ、喧騒や血の匂いを辿ってな」

「しかし、どういう経緯でああなった?」

「デンラ、クソバカヤロウ、ワルイ」

 糞馬鹿野郎ってなぁ……。そういやこの子、口悪くねぇ?

「それは例の長老のお孫さんか? どうしてあそこに?」

「クソバカヤロウ、ダカラ!」頬を膨らませているなぁ「カリュウド、カリスル、ヤバイ、シカタナイ。ヤバイナカマ、タスケル、アタリマエ。デモ、イヌジニ、ユルサレナイ!」

 よく分からないが、例外的な事情でああなったのか……?

「まあ、セルフィン同士が助け合うのは分かるが、どうして冒険者たちまであそこに……?」

「君と同じであろうな、セルフィンとの交流を目的に手を貸したが、思いのほか大事となったらしい」

「そうか……」

 でも、宿はあの事態を認知していなかったのか?

「アリャ、さっきの戦いのこと……宿の職員に話したのか?」

「ショクイン?」

「俺たちに会わせてくれたひとに、さっきの戦いのこと、話したか?」

「ムゥー……? シタ。タタカイ、ヤバイ、テキ、ブチコロス」

 まあ、ちゃんとは通じなかったんだろうな……。

「そうか……そういやアリャの言葉使い、ちょっと粗暴じゃないか……?」

「ソボウ……ナニ?」

「ひどいってことだ」

 アリャは飛び跳ね、

「ナニッ! コトバ、ベンキョーチュー、シカタナイ!」

「上手い下手じゃなく、表現の問題だな」

「ヒョーゲン?」

「言い方が荒っぽい」

「アラッポイ?」

「雑だってことだな」

「ダカラ、ベンキョーチュー、シカタナイ!」

「堂々巡りか……」

「ドウドウ、ナニ?」

 うーん、おそらく……学んでいる相手に問題があるのか?

「そろそろ橋だが、警戒を怠らぬようにな」

 ああ、先頭が橋にさしかかった……っと、何だ? ワルドの足下に何か落ちた?

「あれっ? 何か落としたよ?」

 布の袋のようだが……。

「おおっ! おおーっ!」

 なんかワルドが声を上げたっ?

「なっ、何、どうしたのっ……?」

「さ、財布が出てきた……なくしたと思っておったのに……」

 ああ、財布だったんだ。前の人たちびっくりして振り返っちゃっているが……。

「よ、よかったじゃん……」

「うむ……」

「ヨカッタジャーン」

「うむ、うむ……」

 ……どうやら、橋を渡った先で解散するようだな、セルフィンの面々は冒険者たちと挨拶を交わし、仲間の遺体を背負いながら続々と去っていくが……。

「アリャたちは宿を使わないのか?」

「シタイ、クサル、スグカエル。ワルド、レク、タスカッタ、アリガトウ。モノスゴク、カンシャスル!」

「うむ」

「まあ、すごい経験になったし……」

 な……と、何だ? なんかセルフィンの青年がこちらへ駆けてきた……と思ったらアリャとウニャムニャ口論が始まったが……。

「アッ、コレ、ワタシ、アニキ!」

 アニキ、ああ、お兄さん? アリャと同じく暖色に輝く瞳、凛々しい顔つき、そして褐色の肌だが……髪は黒いな、美しい入れ墨が腕輪のように左腕に彫られている。各部に革製の鎧、背負っている弓はアリャのものより大型だ。

「お礼が遅れて申し訳ありません。私はクラタム・ミコラフィン」

 おっ、こっちはかなり流暢だな、荒々しい表現でもないし。

「勇敢なる貴男たちの名前と姿、セルフィンに伝え広げます。もし我々の助力が必要ならば遠慮なく声をかけてください」

「ああ、ありがとう」

「たび重なり申し訳ありませんが、同胞を埋葬せねばなりません……。今日はこれにて失礼いたします」

「ああ、そうだろうな、どうぞ急いで……」

 アリャに一言残し、クラタムは速やかに去ってゆく……のと入れ替わりで少年がやってきたが……もしや彼が例のデンラ君か? 服は破け擦り傷だらけ、ぼろぼろの風体だ……がっ! おいおいっ! アリャの鉄拳がその顔をえぐったっ? 少年は弧を描いてぶっ飛んでいくっ……!

 なんだえらい豪腕……じゃない、大丈夫なのかよっ……?

「おいおい……!」

 怒る怒る、えらい剣幕でアリャが少年を責め立てるが……! セルフィンたちに止める者はいない……。

 うーん……ならば俺が止めることもできないな。少年は俯き、何かを言い残して走り去っていった……。

「アノ、クソバカヤロウ!」

「いったい……どういうことなんだ?」

「アイツ、ゾクチョー、マゴ! トクベツアツカイ、イヤ! ダカラカッテ、シタ!」

 勝手の内容が分からないが、ともかくそうしている内にあの凶賊たちに襲われてしまい、やがて大規模な衝突に発展したみたいな感じか……。

「……レク、ヤド、モドル?」

「え、ああ……アリャは帰らないのか?」

「イッタン、カエル。デモマタ、クル」

「まだここいらに用事でもあるのか?」

「カリ、カエス。ワタシ、テツダウ」

「えっ、いや、しかし……」

「いかん」ワルドは語調を強める「君のような娘を我々の都合で連れ回すわけにはいかん」

 アリャは首をかしげ、

「エット……ダメ、イッテル?」

「ああ、若すぎるからな」

「ワタシ、コドモチガウ! イブツホシイ! サガス、ナカマ、イル!」

「遺物、か……」

「ソレ、スゴク、ヒツヨウ」

「なんでまた?」

「スゲーヘイキ、アル、キイタ。ソレホシイ」

 すごい兵器だって……?

「い、遺物は文化遺産みたいなものとか聞いたが……? 兵器になるようなものなんてあるのか?」

「さよう……」

 うっ、ワルドの声音が厳粛になる……。

「近代の兵器よりよほど危険なものが大量に眠っておる……」

 なにっ……?

「なんだって? 古い文明なんだろ……?」

「いささかそうは形容し難いな。あれらはまるで……未来からやってきたかのような……」

 未来からぁ……?

「どういうことだ? 詳しく聞かせてくれよ」

「……いや、私の口からはなんともいえんよ……」

「ええ……? なんだよ勿体ぶって」

 ワルドはうなり、

「……この話は無闇に冒険心を駆り立ててしまう。そして急いだ先に待っているものは常々、幸福な未来ではないものだ。そもそも君は深追いをするつもりがないのであろう?」

「まあ……それはそうだけれど……」

 しかし、気になるなぁ……! 未来的なものが古来の土地より発見されるって、なんかこうロマンがあるじゃないか……!

「それはさておきアリャよ、君には狩人として優れた腕があるではないか。それだけでは足りぬ危機が迫っておるとでもいうのかね?」

 アリャは首を傾げ……ふと俺を見やる。

「遺物を欲しがるわけは? セルフィンがなんかヤバいのか?」

「ワケ、ヤバイ! セルフィンヤバイ! テキ、スゲー、ヤッテクル……!」

「魔物か……」

「マモノチガウ、ヒト」

 アリャは、怪我人を運んでいる冒険者の一人を指差すが……?

「え、あいつが?」

「チガウ。アイツ、ニテル、ヤツ」

「彼と同じ人種の者が、君たちを脅かしているというのかね?」

「オビヤ……」

「悪いことしてるのかって」

「シテル……!」

 あの冒険者はコークス人だな。やや赤みが強い肌で金髪が多い人種だ。大陸の北西部に多く、近年では勢力を増し、生活圏が南下しつつあって悶着が増えているとか聞いたな。

「なるほど近年は文明開化も目覚ましい。その陰で強引な開発も多いと聞く。先住民との衝突もな」

「だから遺物で反撃ってわけか。理解はできるが……」

「だとしても、我々に関係があることかね?」

 まあ、それはな……。

「ない、かな……」

「そうであろう?」

「ニェー!」

 おおおっ? 掴みかかって……揺らすな揺らすな!

「オネガイ、タノム! イッショ、サガースッ!」

「いやいやっ、なんで俺たちなのよっ?」

「ムゥー! イブツサガシ、ダメ、イウ!」

 じゃあ……まあ、そうなんだろうよ!

「なら家で大人しくしていろよ……!」

「ニァアアアアアアアアアッー!」

 揺れ揺れ揺れ揺れるっ……やっぱり力つぇえなっ……!

「わわかった、分かった、揺らすなよっ……!」

「ワカッタッ? ワカッタノッ?」

「ああ、ああっ……」

 あああ……ようやく揺れが、止まったが……。

 頭が、くらくら……するぜ……!

「……安請け合いしたのではないのかね?」

 うっ……今度はワルドだ、静かな圧が……。

「……いや、ワルドがダメというなら……」

「ニェエエエエエエエエエエエエッー!」

 いやちょっと……まって待って!

「わかった、分かったからっ……!」

 ああ、何だこの板挟みは……!

「お前この、ダメっていってるのはワルドなんだからワルドにやれよ……!」

「ニエッ……?」

 うっ、二人の視線……いやワルドのは分からないが、それがたぶん交差したんじゃないかっ……?

 二人が……じりじりと対峙をし始める……!

「……いかんぞ」

「……ニェー……」

「……そういったことは年長に任せ、君はまず、狩人としての腕を磨くべきであろう」

「……ニェェエー……!」

 なんだか、拮抗しているっ……? 自分でいっていてよく分からないが、何かがっ……?

「ぬう、この気配! 本気のようであるな……!」

「ニェエッ……!」

 気配で本気度が分かるのか?

「よいのか、命がけであるぞ……!」

「ニェー……! ニェエエ……!」

 アリャはニェーとしかいっていないような気がするが……対話になっているようだっ……?

「……いっても分からぬか……!」

「……ニェェッ……ェーイ……!」

 ……おっと、ワルドが構えを解いた!

「……確認だがアリャよ、君は一人前なのだろうな?」

 アリャは胸を張り、

「イチニン……ソウ! ワタシ、スゴイ! テンサイ!」

 アリャは左の袖をめくり……おお、二の腕に模様があるな、クラタムのと似ている。腕輪のように、動植物を象った微細かつ美麗な文様がある。

「彼女の腕に刺青はあるかね?」

「ああ、ある……」

「ならば、少なくとも狩人として一定の水準に達しておるということか。声音と背丈からして、そう齢を重ねてはおらんだろうに……大したものよ」

 弓の腕前も相当なものだしな。クラタムのものは更にもう一、二列分くらい太かったし、さらに凄腕なんだろう。

「ぬう、約束はできんが本格的な出発まではまだかかろう。それまでに見極めさせてもらうぞ」

「ムゥー?」

「まあ、もしかしたら、いいかもしれないから様子を見るってさ……」

「イイッ? イイッ!」

「もしかしたらな、おそらくな」

「モシカシタラー!」

 お前、意味分かっているのか……?

「ともかく我々も宿へと戻ろう。アリャ、君はいつ戻ってくるのかね?」

「ウーン……ムッカ」

 アリャは指を三本立てる。

「それは三日だな」

「よかろう。では三日後に合流しよう」

「ワカッター!」

 アリャは飛び跳ね、軽く体当たりをしてくる。

「レク、マタネー!」

 ……速いな、あっという間に姿を消してしまった。

「ふう……よかったのかい?」

「それは私が尋ねたい。よいのか、あの子はまだ子供であるぞ」

「よくはないが……だって、揺らしてくるし……」

「……むう、君はいたく気に入られたようであるな。あの様子では突っぱねたとしてもついてくるであろう」

 どうかな、押し通すには俺の方が易しと思っただけじゃないか。

「でもさ、仮にアリャ自身はいいにしても、身内とかはどう思うんだろう? 親御さんとかさ、許してくれるのかな……?」

「よくは思わぬであろうな。しかし一人前の証があるのだ、彼女の意思は尊重されることであろう」

「そういうものなのか……」

 ……って、おおっ? なんだっ、いるじゃねーか、最後まで残っていた剣士っ! いつ戻ってきたっ?

「おいっ、あんた!」

「あん? ……ああー! 横取りの兄ちゃん!」

 ええ? 横取り?

 いやっ、こいつ、血まみれじゃねーか!

「あんた、怪我はっ?」

「ああ? ねーよそんなもん」

 では返り血か? まさかあいつら相手に……?

 ……いいや、ない話ではない、よく見りゃすんげぇ体だ、剣士は痒そうに赤い髪と口ひげを撫で、

「なんだ、俺がやられるとでも思ったか? 無用な心配だな、俺はスクラト・タンジパウ。クソ強い男だ、覚えとけ」

「ああ、俺は……」

 ……それにしても丸太のような腕だな、背中には馬すら両断できそうなでかい剣、こいつは確かに、相当な……。

「すまない、少しいいかい?」

 うん? 黒い肌の男だ、知らない顔だが……。

「初めまして、私はドワ・ヒップル。先ほどの戦いで、君たちの周りを飛んでいたあの鳥だが……君の魔術かい?」

「いや、使い手はこっちのワルドだよ」

「そうか、実は頼みがあってね」

「習得かね?」

「そうらしい。つまり私ではなくてね」

 ワルドはうなり、

「あの魔術は難易度が高いゆえ、安易に承諾はできんな」

「そうか、まあ、詳しいことは本人にいってあげてくれ」

「あんだ、デルスか?」

「いや、例の候補者だよ」

「ああ? 知らねぇー」

「……いつの間にか先の戦いの場にいたんだ。消耗しきったのか先ほど昏倒したが、それまでしきりに気にしていてね」

「けっ、お優しいこった。ついでに俺の報酬を増やしてくれや」

「それは私の権限ではどうにもならないな」男はこっちを見るなり微笑み「悪いが後で会ってあげてくれないか?」

 俺にいわれても……だが、

「……そこまでいうなら、会うくらいはいいんじゃないかい、ワルド?」

「まあ、うむ……」

「ありがとう。それでは」

「またな、次は邪魔すんなよ!」

 ぐははははっ……と笑い、宿へ戻っていくが……スクラトか、強そうな男だな。

 ……それはそうと……ああ、生きて戻ってこれたなぁ……。遭ったことを思えば奇跡的にも思えるぜ……。

「……本当に助かったよ、ワルドがいなきゃどうなっていたことか」

「なんの、君の活躍でことが迅速に収拾したのだよ」

「あの鳥のお陰さ」

「それは結果論であるな」

 ワルドは宿へと歩いていく……が、ええ? あるいは鳥の防御が貫かれていたって……?

「おいおいワルド……!」

 ……でもいいか、助かったんだしな。こうして生きて宿に戻り……またこのラウンジ、この席に落ち着けただけでありがたいことだ……。

 あっという間の出来事だったが……というか、本当にそうだな! 時計を見たらまだ午前中だし!

「十時前! まだこんな時間なのか……」

「朝方に出たからな。少しはこの地に慣れたかね?」

「そうさな……少しは、多分ね……」

 無知ゆえの恐怖心が少しなりを潜めたのは事実だけれど……慣れてはいないな、さすがにな……。

 それにしてもこのワルドという男……当初こそ何者かと訝しんだものだが、どうにも人格者らしく、強力な魔術師でもあるらしい。そしてだからこそ疑問が膨らんでくる。なぜこれほどの男が俺なんかと一緒にいるのか……?

「なあワルド……」

「なにかね?」

「くどいようだが、なぜ俺なんだ?」

 相変わらずワルドの顔は見えない……。

「あんたは本当に凄い。魔術師のことはよく知らないが、恐らくかなりの手練れなんだろう。さっきの戦いだってワルドの魔術で戦況が大きく好転していたしな」

 ひとつ、咳払いをする……。

「しかし、だからこそこう思わずにはいられない。なぜ俺のような実力者でもない新参者と組んだのか……。昨夜から不思議だったが、先の戦いで疑問が膨らみ切ったんだ。どうか答えてくれ、なぜ俺なんだい?」

 喧噪の中の静寂……。

 やかましいようで、静かだ……。

 ……ややして、ワルドが口を開く。

「……勘だよ。まあ、その特異な武器に興味を惹かれた、体力がありそうだ、そのような細かい理由もあったが……なによりこう感じたのだ、この男は死に難い、とな」

 死に、難い……。

「強き者と死に難い者が同一なわけではない。私が欲しいのは死に難い仲間だ」

「俺が……?」

「ただの勘であるからな、保証するものは何もない。楽観されても困るぞ」

「そりゃあ……お気楽になる余裕なんかないさ」

 死なない仲間か……。それを欲するということは裏を返せばこれまで幾度も失ってきたということ……だろうか。

「……でもさ、そういう話をするなら俺だって同じだよ。仲間に死なれちゃ困る。とてもつらいだろうしな……」

「そうだな、あまりに当たり前のことだ」ワルドは首肯したようだ「これでは答えにならんかね」

 ……どうかな、いや……。

「……すまない、充分だ。疑っているわけじゃあないんだが……ええと、なんだろう……」

「そうか」ワルドが、微笑んだような気がした「さて、起きて早々あれほど動いたのだ、空腹であろう。食事にするとしよう」

 ……そうだな、そうだ。確かに腹が減ったよ、飯だメシ!

「ここの飯は安いよなぁ! びっくりしたよ」

「うむ! 味もよく、実に結構なことだ!」

 おお? なんだウキウキかい? つーか足取り軽いなっ! えらい早歩きじゃないか、食堂まで一直線!

「うむ、着いたな!」

 いやほんと、なんかマジで嬉しそうだがっ?

「はい、いらっしゃい。ご注文は?」

 黒い巻き毛の給仕だ、昨晩もいたひとだな。はだけた服装で周囲の男たちの視線を釘づけにしているが、今の俺たちは色気より食い気、さて何を食おうか? 今朝は胃が溺れていて飯どころじゃあなかったが、今は砂漠のようにカラカラだぞ。とはいえ持ち合わせの問題もある、無難にパンとソーセージと野菜のスープ辺りにしておこうか……って、ワルドがなんかえらい数の注文をしているようだがっ? あれもこれもと、そんなに頼んで大丈夫なのっ……?

「おいおい、そんなに食えるのかっ?」

「問題はない」

 けっこう大食漢なのかな……とか案じている間にどんどん来るぞ、肉を挟んだパンや野菜のスープやステーキ、煮込み料理などなど……ここは出てくるの早いからな!

 ……だがっ? その食の軍勢がっ……いともたやすくワルドの闇に吸い込まれていく……!

「よ、よく食べますなぁ!」

「最近……あまり食べていなかったからな……!」

 食べていなかった……ああ! 財布をなくしたと思っていたらしいからな……!

「それに私の場合、魔術を使用する際に……体力を必要とする……! それはもっぱら運動による疲弊と同じ意味を持つゆえに……食事や睡眠によって回復するのだが……!」

 うん? 私の場合、なのか。

「違う場合もあるの?」

「ある……それは、魔術の体系によって異なる……!」

 ほう……?

「じゃあ、たくさん食って回復しないとな!」

「うむ……!」

 ということは昨夜は我慢していたのか? あんなに凄い魔術を扱えるのに、財布を落としてろくに飯も食えないとは……。

「あの財布、物音の反響で見つけられなかったのかい?」

「あまりに身近にあるものは……かえって見つけ難いものなのだ……!」

「なんか適当にその辺の獣を狩ればよかったのに」

「そうしようと思ったが、何も現れんかったのだ……」

「そ、そう……。いってくれれば奢ったよ」

「いや正直、気恥ずかしくてな」

 まあ、初対面の相手にたかるのはな……。

「しかし不思議ではある……我が身とはいえ、いったいどこにあったのか……!」

 うーん、普段使わない内ポケットにでも入っていたとかそんなところだろうが……。

「しかしよかった、あの財布には……」

 財布には……。

「……財布には?」

「いや……こっちの話だ」

 なんだ、宝物でも入っていたのか?

 ……それにしてもよく食うなぁ、けっこう年配だろうに……ってあれ? そういやいくつなんだろう? 話し方からして、わりと歳を重ねているようには思えるが……。

「そういやワルドっていくつなの?」

「いくつ……」ワルドは首をかしげる「ううむ……あのとき……だから……六十くらい?」

 くらい? ってなんだよ。なんだか口調が緩いな、腹が満たされてきて気が緩んだか……ああ、本人もそれに気づいたらしい、オッホンと咳払いし、背筋を伸ばして食事を再開する。

「六十でそんなに食べるなんて大したもんだ」

「そうなのだ」

 いまさら厳粛な声音を出されてもね……。

「思えば不可思議な話だ。この齢ともなればあちこちガタがきていてもおかしくないはず。なにゆえ私はこれほどまでに食すのか?」

 そんなこと聞かれてもなぁ……。

「……ところでだ、話は変わるが、君は今日それなりの数の爆弾を投げておったな?」

「え? ああ……勢いで全部使ってしまったよ」

「火薬などもここで手に入るぞ」

「そういや、ここは設備が充実しているらしいね」

「各国より助成金が出ておるらしいからな。そして要人も時々訪れる。ここが立派なのは、彼らを迎え入れるにふさわしい装いにする必要がある、という一面もあるのだよ」

「要人だって……?」

「冒険者にとって至極便利な宿というのは表向きの顔だ。裏は様々な思惑が錯綜している魔窟でもある。もし遺物を入手し、しかし売らないつもりならば決して吹聴してはならんぞ。奪われる……どころか殺される可能性すらあるからな」

「そこまでか」

「売るにしても、あまり欲張ってはいかん。交渉が難航すればやはり不幸な出来事が起こると聞く」

「それは……恐ろしいな」

「各国の代理人も潜伏しておる。彼らは冒険者のふりをして遺物を入手する機会を窺っておるそうだ」

 なるほど……いわれてみればそうだな、どこの馬の骨とも知らぬ冒険者たちのためにこれほど整った設備を提供するなど普通ではあり得ないことだ。相応に裏があってもおかしくはない……。

「話を戻すが、君は火薬が切れると困るのではないかね?」

「ああ……困るな」

「向こうで補充することは難しい。しかし火薬を大量に持ち歩くのも危険であるぞ、炎を扱う敵を想定せねばな」

「いわれてみればその通りだな……。向こうじゃ、何が起こるか分からない……」

 火薬が尽きたら終わり、か……。ああ、ボンクラだな俺は、そんな当然かつ致命的な要素を軽んじていたとは……!

 先ほどのように大量の獣を相手にすることもあるかもしれない、そんなとき、火薬が尽きたからお手上げなんて話にならない。

 その点ワルドの魔術は飯で補給できるから便利だな、威力も凄まじいし……。

 そういやアリャはどうなんだ、弓矢だって消耗するだろう、矢は折れたりもする……いや、折れてもまた作ればいいのか、樹木は潤沢にあるんだしな。そう考えるとそちらも便利なものだな……。

 いや、そうだ、弓か……! その機構で刃を射出すればいいんじゃないか? ああ、銃を参考にし過ぎていて視野が狭かったな、そう、それも弩だ。あれなら火薬はいらないし、威力もある……!

「そうだ、ここでこのブレイドシューターを改造することにしようかな! 火薬を使わない弩にするんだ、威力は下がるだろうけれど、火薬切れよりマシだと思う……!」

「むう、指摘しておいてなんであるが、あまり突貫のアイデアに傾倒するものではないぞ」

 それはそうだろうが……火薬問題の指摘は実際、かなり的確なんだよな……。

「そうだな……まあ、いろいろ考えてみるよ。それで、ここに工作ができる場所とかあるのかな?」

「奥に工房があったはずだ」

「ここは本当、なんでもあって助かるね」

「どこの国も魔物を打ち倒す武器の開発には余念がないからな。ボーダーランドは大いなる実験場でもあるのだ」

 まさに魔窟か……。しかし、俺にとっては恰好の環境といえるだろう。道具屋を開くったって実際、何の構想もないんだからな。インスピレーションってやつの刺激にもなるかもしれない。

「よし、じゃあ食事が終わったら……って、もう食べ終わったのか!」

 あれほどあった料理が……綺麗さっぱり消えているだとっ……? 十人前近くはあったと思うがっ……!

「よくもまぁ……」

「まだ満腹とはいかんがな」

 マジかよ、底なしかっ……?

 ま、まあ、ともかく食事が終わった、じゃあさっそく工房に向かうとするか!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ