表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
35/149

フィンの戦士

フィンの戦士たるもの、里に降り掛かるありとあらゆる脅威を退けなければならない。

掟を破りし暴状、猛然たる魔物の強襲、そして他人種による侵攻……。

しかし、何者を相手にしようと、敵意に囚われてはならない。

それは心を鈍らせ、思考を狂わせ、やがては過度な死を求めるよう、人を変えてしまうからだ。

故に私は逡巡してしまう。我々の選択は正しいのか、本当に守るべきものとは、戦士とは何かが……分からなくなってきているからだ。

そんなとき、私たちの前に異国の戦士たちが立ち塞がった。

いい眼をしている。私はきっと、彼らと戦わねばならない。

戦士としての在り方を見出す為にも……。


                  ◇


 魔女が襲い掛かる魔物を蹴散らしていく様子を横目に進んでいくと……向こう岸に岩壁が現れた。しかも落石でもあったのか、大小の岩石が積み上がっている。

「ここよ、ここ!」

 魔女は岩石の上に降り立つ。そこってことは、もしや入り口が埋まってる感じなのか……?

「こっちじゃないわよ、川よ川」

 魔女は川を指差す……。

「そこの川底に人一人が入れるくらいの穴が空いているのよ、そこから入れるようになっているわ。正規の入り口はオルフィンがこうして埋めちゃったからね、労力に免じてそっちから入りましょう……と思ったけれど、別にいいか!」

 魔女が岩石を吹っ飛ばす! 破片が飛んできて危ねぇよ!

「川底のくだりは何だったんだよ!」

「気が変わっただけよ。じゃあ、奥で会いましょう」

 そう言い残し、魔女は現れた四角い入り口の中へと姿を消してしまった……。まったく、挙動がよく分からん魔女だなぁ……。ワルドと旧知ってことはいい歳だろうに、なんだか子供みたいだ。

 それにしても蒐集者だの魔女だの、超危険個体の奴らに引っ掻き回されっぱなしだよ。なんだってこんなにヤバい相手と出会ってしまうのか……。

 とはいえ、幾許かは感謝もしている。にわかには信じ難い話だが、万が一、魔女の話が本当で、大巨人を上手く制御できなかったとしたなら……最悪、外の世界が何もかも吹っ飛んでしまう可能性があるんだ、とても放っておくことなんかできやしない。

「ゆこう」

 ワルドが先んじて入っていく。よし、行くか……。

 内部は煉瓦造りのように、きっちりと組み込まれた構成で形作られている。意外と雰囲気は遺跡っぽいが……しかしこの地らしく、未来的な装いも加味されている。床と壁、壁と天井を繋ぐ線が緑色に輝いており、通路を照らしているのだ。

 しかも、壁中にびっしりと文字や……絵、いや図面だろうか? とにかく無数の情報が刻まれている。

「この壁の文字……オルフィンの里で見かけたものに似ているな?」

「ムゥー、ヨメル……カモ?」

「やはりフィンにゆかりがあるところなんだな」

「デモ、シランコトバ、オオイ」

 あるいは重大な情報が残されているのかもしれないな。だが、悠長に調べている時間はない。

 通路を進んで道なりに右折すると、左右にぽつぽつと入口が現れ始めた。警戒しつつ中を覗くと……本棚のようなものが幾つも並んでいる小部屋だ、なにか書物でも収まっているのかと調べるが、あったのは石版のようなもの、試しにひとつ引き抜くと……意外と軽いな、石ではないし金属のようでもない、そしてそこにはびっしりと文字が刻まれ……それがぼんやりと輝いている。

 記録にしたって妙に原始的だな……。なにより保存性を重視した結果のこと、なんだろうか……?

「こっちだ、見てみろ」

 廊下より黒エリの声、どうしたとそちらに向かうと……ぼろ切れを纏っている機械人間が倒れていた……。強力な攻撃で貫かれたのだろう、全身に穴が空いており、四肢も切断されている。

 状況からしてクラタムたちがやったんだろうが……弓矢でこの金属っぽい、硬い材質の体を破壊できるものなんだろうか……?

「銃もあるぞ」

 おおっ、黒エリがでかい銃を手にしている! しかもスゥーが持っていたものに近い雰囲気だ!

「貸してくれっ!」

「お前には重いかもしれんぞ」

 手渡しされると……本当だ、重いなぁこれ……! 気楽には振り回せない感じ……!

 イイ、ムウ、オヨ、ルー、ウーワキタッ……と最寄りの室内まで運び……みんなに注意を促して、試し撃ちだっ……! と思ったが、ここで撃っていいものなんだろうか? 書庫のようなものだし……。

「どうした、さっさと撃て」

「いや、壁を破壊しちゃったりしたらまずいんじゃあ……?」

「ここを守る衛兵が持っていたものだ、問題あるまい」

 なるほど、そうかもしれないな、誤射する可能性だってあるんだし……。

 よし、じゃあ撃ってみよう! と引き金を引いたが、反応がない……。

「うん? なにも出ないぞ、壊れているのか……?」

 見た感じ、そうとも思えないんだけれどな……。でも、何度試してもだめだ……。弾切れだろうか?

「貸してみろ」

 どうせ無駄だよと思いつつ黒エリに渡すと……撃てたっ? 赤い光線が室内を横断したぞっ!

「まじかよ、ちょっと、もう一度貸してくれっ!」

 しかし、やはり俺では反応しないので……泣く泣く黒エリに返す……。

「いらん。出力は自前のものの方が上のようだしな」

「ええ? でも、手から出るやつは腹が減るんだろ?」

 次の瞬間、黒エリに頬をつねられる!

「あいででっ! ちょっと、待って……」

 あっ、これやばい、本当に痛い……! 昨夜は耳だったからそれほどじゃなかったけれど、こいつはマジでやばい……!

「ま、まじ、まじで痛いって……! ごめんまじで、ちょっと……」

 お、おいおい、ぜんぜん離してくれそうにないぞぉおお……!

「ごめんエリちゃん……! まじで許してちょっと……!」

 そしてようやく解放されたぁ……!

 うおお、本気で泣きが入るくらい痛かったぞぉ……! どんな握力してんだよぉおお!

 心の中で泣いていると、思わず床に落としてしまった銃をフェリクスが拾っている……。

「あ、ああ……こ、これは重いねー……!」

 よろけながら撃とうとするが、やはり光線は出ないみたいだな……。

「僕も、だめー……。だ、誰かいる……?」

 誰も名乗り上げないので、フェリクスは床に置いてしまった。

「撃てないとしても」ワルドだ「持って帰れば高く売れるのではないかね?」

 そうだろうが……これはだめだな、さすがに重過ぎる。帰り道ならともかく、これからってときにお荷物を背負って、みんなの足を引っ張ることにでもなったら最悪だ……。

「いや、重過ぎて邪魔だ……。置いていこう」

 もったいないが、仕方がない……。

 その後も似たような通路や部屋が続き……所々で機械人間たちの骸を発見することになる。どれも最初に見た奴と同じくらいボロボロにされているな、徹底した意志を感じる……。

 そして壁にも戦いの痕が……といっても、手で拭うと下から綺麗な壁が現れたので、煤が付着しただけのようだ。さっき黒エリが撃ったときも傷は付かなかったようだし、なるほど記録を残すに相応しい強靭さだな。

「ムゥー、アニキタチ、ドコ?」

 アリャがあちこち覗き回っている。廊下は進むごとに幾つも分岐していき、代わり映えのしない装いも手伝ってか、クラタムたちに近付いている気がしないな……。こんなところで堂々巡りなんて避けたいところだが……。

「まったく、どうせなら奥まで案内してくれりゃあいいのに……」

 そのとき、低く重い音が……遠くより響いてきた……!

「……どこからだ?」

「ムコー!」

 アリャを先頭に俺たちは急ぐ! 廊下を駆け、左右に曲がり、道すがら現れた階段を降りていくと、やがて広間に辿り着いた……!

 ところどころ本棚が倒れており、石板も大量に散らばっている。いかにも戦闘があったって感じだな……!

 そこで肩に手が、見るとエリだ。

「あれを……!」

 うおっ、壁には様々な種類の機械人間や機動兵器の絵が! 中にはあの地下の警備兵の姿もあるぞ!

「奴らの……設計図、なのか……?」

「むっ? 機械人間……いや、人がおるようだぞ」

 おっとたしかに、左奥の方より呻き声が聞こえるな。近付いていくと、崩れた本棚や石版……の下敷きになっている人物の腕が見える! そしてそれは人間のもののようだ……!

 まさか、クラタムたちか? 俺は慌てて石版を取り除いていく……が、ワルドに止められる!

「な、なぜ止めるんだ?」

「待て、彼らが仲間を放置してゆくものかね?」

 思えばたしかに……。

「これは君たちが予想しておったバックマンなのでは……?」

 そのとき積まれていた石版が崩れ、下からはひどい土気色の顔、髭をたくわえた初老の男……。追っているフィンの戦士たちではなく、格好からして冒険者風でもない……。

 俺とエリは顔を見合わせる。助けて大丈夫なものか……? 試しに声を掛けてみようか……。

「あ、あんたは……?」

 男は掠れた声で、なにかを訴え掛けてくる……。フィンの言葉のようなので内容は分からないな。

「アリャ、こいつはいったい何と言っている?」

「マモル、マモル……イッテル」

「そうか……。きっと遺物のことだろうな……」

「予想が、当たりましたね……」

「ああ、たぶんな……」

 石版がまたも崩れる、そして顕になる満身創痍の身体……というか、でかい穴が幾つも空いているぞ……! 普通なら一つでも致命傷なのに……!

「いけない、治療しなくては……」

「待て」ワルドだ「こやつが敵にならん保証などないであろう。表層的には我々も侵入者に違いないのだからな」

 たしかに……でも……。

「心情的には、このままにはしておけない……」

 だが、衝動的な同情心でみんなを危険に晒す愚は避けたいところでもある……。まあ、俺たちとこの男の目的には類似するところがあると思うし……このバックマンが味方になる可能性がないわけではないが……。とはいえ、ここで賭けに出るのは厳しい、な……。

「私は構わんぞ」黒エリだ「助けたいのならばそうするがいい。よしんば戦闘になったとて、私が叩き伏せてやろう」

 俺はワルドを見やる。視線を感じたのか、彼は頷いた。

「しかし、僅かにも敵意を見せた場合……すぐさま排除するぞ」

 そしてエリが治療を開始するが……一向に傷口が塞がる気配は見受けられない。どうにも、上手くいかないようだな。

「どうだい?」

「多少なりとも、効果はありそうなのですが……」

 エリの腕前で塞がらんなら、無理、だろうな……。ワルドは唸り、

「これ以上はいかん、先を急ごう。時間はもちろん、エリの体力も惜しい」

「待って下さい、もう少し……」

「いかん。このような傷でも死しておらんのだ、そのうち再生する可能性はある。それに、ここでいたずらに体力を消耗してよいはずもないであろう」

 ああ……これ以上は消耗が過ぎるきらいがあるな。エリはしぶしぶ治療を止め、俺たちは石版をどけてやるに止まり、その場を後にする……。

 そして広間は長い一本道に続き、その先には……!

「うっ!」

 眩しい……とても広い大広間、だが本棚などはなく、角い柱が八本ずつ、四列並んでいる……。そして、中央の祭壇のような場所に三人の男と魔女の姿が……!

「間に合ったわね」

 魔女の声が広間によく響く……。

「クラタムッ!」

 アリャが叫んで、駆け出していった、俺たちもその後を追う!

 クラタムと一緒にいるのはゾシアムとレキサルだろう、がたいがよく、彩色豊かな衣服と金色の胸当てが目立つ男と、逆に地味な色合いの服を着た、もの静かな雰囲気を漂わせる長髪の男……。がたいのいい男が虹色の球体を手にしているが……まさかあれがシンの意思なのだろうか……?

 クラタムの服装も以前見たときとは変わっている……。緑色のマントにほとんど隠れているが、あの服は……インペリアル・サーヴァントが装備していたものや、ドラゴンレディーのそれに似ている。おそらく、遺物なのだろう……!

 クラタムはアリャを抱き留めると、こちらを見やった。

「この子を頼むと言ったはずだがな」

 うっ……? なんだ、なにかおかしい、ような……?

「君たち冒険者には常識というものがないのか? たしかにこの子は才能に溢れているが、見ての通りまだ子供と言える歳だ。せいぜい、宿の周辺での手助けに徹させるべきだろう」

 そうだ……言葉が流暢なんだ……!

「君は、片言なんじゃあ……?」

「ああ、そうか、そうだったな。君たちの文化を懸命に学ぶ原住民を演じていただけのことだよ」

 なにぃ……?

「いや、それより大巨人の話は本当なのかっ?」

「本当よ」魔女だ「まあ実のところ、意思は三つあるのだけれどね!」

 三つ……。三種類あるのか、それらを揃えて効果を発揮する……?

 クラタムは魔女を見やり、

「……あなたは我々の味方なのでは?」

「大方、ね」

 魔女は楽しそうに笑う……。

「まあいい、警告する、我々の邪魔をしないでくれ。曲がりなりにもアリャの仲間なんだ、なるべくならば殺したくない」

「そういうわけにはいかないだろう! 大巨人は世界を滅ぼす力を持っていると聞いた! そんなものを目覚めさせてどうするってんだよ!」

 そのときアリャがクラタムから離れ、そしてフィンの言葉で語りかける。しかし、クラタムの表情は凍てついたように動かない。彼女の想いはまるで通じていないようだ……。

 やがて業を煮やしたのか、アリャは飛び退いて俺たちの元に、そして弓を取り出したっ! まさか実の兄に矢を放つわけもないだろうが……それだけ本気ってことの意思表示なのだろう、空気が張り詰める……!

 クラタムはフィンの言葉で仲間と話をする……。そして魔女とも……。

 すると、魔女は壁に手をやり、それを引き上げた……! 奥に通路があるようだ……!

「シンの意思は三つ、遺跡も三つ。あなたなら止めるでしょう、ワルド?」

「無論だ……」

「この子たちを阻止できたら、決着を付けましょうか?」

 ワルドの気配が強大に膨れ上がるっ!

「ワルド、やるつもりかっ?」

「……うむ、どうにもあの男を残し、他は先を急ぐようであるな」

 静かな雰囲気の男を残し……クラタムたちが去ろうとしている! ワルドは荷物をその場に置いた……。

「ならばこそ、ここで先手を取る!」

「具体的にどうするっ?」

「二手に分かれる、私とアリャで彼奴らを強襲、あの遺物を奪取する! 君たちはあの男を倒し、できれば次の遺跡の場所を聞き出してくれ、それでいいか、アリャ!」

「ワカッタ! アニキ、ブットバス!」

「ふ、二人だけで魔女を含む三人とやるのかっ?」

 ワルドは俺の方を向く……。

「勝算はある、任せてくれるか?」

 ワルドの実力は確かだ、しかし今度ばかりは相手が悪過ぎる……!

 だが、こうしている間にもクラタムたちは行ってしまう……!

「待てっ、クラタァームッ!」

 クラタムはふと振り返るが……歩みは止まらない!

「くそっ、分かった……行ってくれ!」

「気を付けろ、フィンの超一流は恐ろしく強いぞ!」

「シヌ、ヨルサナイ、ブチコロス!」

 ワルドとアリャが駆け、クラタムたちを追うっ! だが残った戦士が立ち塞がった!

「行かせられない」

「邪魔だっ!」

 そのとき、猛烈な烈風がっ! フィンの戦士が吹っ飛んだっ……! それに俺たちも強風に飛ばされそうになるっ……!

 ……やがて風が止む、見ると壁が降りている、二人の姿はない、間に合ったようだな!

 それにしても死んだらぶち殺すって……こいつは死ねないな!

「馴れないことだ、不意を突かれるのもやむを得ないか……」

 フィンの戦士が柱の影より現れる……!

「そう、戦いは常々……最悪の選択に違いないのだ……」

 彼からは……未だ、敵意を感じない……。

「私の名はレキサル・シリバフィン……。憂鬱ではあるが、この戦いは私にとっても、重要な意味を持つことだろう……」

 レキサルはふと、柱に姿を消す……。

 そして、出てこない……。気配もない……。

 鋭い戦慄が全身を駆けるっ……!

「こいつは……マジでやらないと、やばいぜ……!」

 エリはその場に座る、そしてあのとき見たように、鳥のアーチをつくる……!

「エリッ……?」

「……こうするのが一番良いのです……。私には構わず、戦って下さい……」

「し、しかし……!」

「案ずるな、彼女は私が守る。フェリクス、無闇に動かず観察に徹しろ」

「了解さ!」

「分かるな、前線で戦うのはお前だ」

「ああ……!」

「見た所、かなりの強者だ。……死ぬなよ」

「もちろんだぜ……!」

 よし、やるぞ……とは思うが、気配がまったくない……!

 俺は探るように荷物をその場に置き……臨戦態勢となる……!

「どこにいるのかまったく……」

 そのとき、ほんの一瞬、奴の気配が! 振り返るとツバメが横切る、矢を咥えている……!

 あっ……危ねぇ……! 俺は柱を盾に隠れる……が、気配はもう感じない……とその時また奴の気配、右手をツバメが横切る……!

 くっ、くそっ、エリの鳥がなければ、もう二度も死んでいたことになる……!

 集中しろ、気配がまったくないなどあり得ないはずだ!

 奴の、奴の気配は……上、左かっ?

 しかし、また右をツバメが横切った! 馬鹿なっ? 逆方向から飛んできただと……?

「気を付けろっ! 射線が曲がっているぞっ!」

 ……射線っ? 矢の軌道が曲がってるというのかっ?

 そのとき、かすかに気配がっ! 右上かっ、一瞬、レキサルの影が奔っていった、だが右下より矢がっ! なぜそんな低空で飛んで来るんだっ……?

 なんとかかわす……までもなく、ツバメが横切り矢を奪う、またも助けられたか……!

「すごいな、なんと高度な魔術だ……」

 レキサルの声がする……。

「だが、同時に哀しくもある……。私はより躍起になって、君たちを排しなくてはならなくなったからだ……」

 やはり奴も……戦いたくはないようだな……。

「俺たちだってあんたと戦いたくはないっ!」

「だろうな……」

 また一瞬、影が見える! そして矢がっ……蛇行しながら飛んでくるだとぉっ? しかもエリの鳥が仕損じたっ! 俺は慌てて跳びかわすっ……が、足に衝撃!

 ちっ……やられたか! 幸い刺さってはいない、だが太ももから激痛! 傷はやや深いな、この服を切るほどの威力、落ちた矢を見る、鏃が三日月のように大きい、あれは直撃したらひとたまりもないだろう……!

 それにしてもエリの鳥をかわすとは……!

「おい、気を付けろ、鳥を掻い潜ってくるかもしれん!」

「ああ、危なかった……!」

 見ると黒エリが矢を手にしている、狙われたのはエリか!

「おいっ! まずは俺を倒しやがれっ!」

「……戦いには、冷徹な意志が必要だ……」

 黒エリがいてくれてよかった……! こいつは強いどころじゃないぞ、どう戦うっ?

 そしてまた矢、すごい蛇行だっ! ツバメたちが仕損じる!

「うおおっ!」

 跳んでかわそうとするが、今度は腕をやられた! くっ、蛇行のぶん、到達速度や命中精度が大幅に下がっていると思われるが、それでも見てからかわすのは難しい……ってなんだ? 腕や足の……怪我をした部分に鳩が張り付いている、痛みもひいていく……遠距離から治療もできるのか……!

 よし、これでまた戦いに集中できる、黒エリの光線が幾度も飛び交っている、レキサルはあれをかわすのか? 姿がまるで見えないし、いくらなんでも人間の動きを超えているぞ……!

 ……いいや、これは間違いなく魔術だな、しかも高度な……! 思えば当然だ、俺でもなんとか使えるものを、フィンの戦士が使えないわけもない……!

 それはともかく、このままでは防戦一方だ……! こうなれば門を開くしかない……! それも小さくでは駄目だ、拷問されたときのように、でかく開かなくては……!

 だが、一人でできるか? 電撃を生み出し……自分の胸に当てる!

 ……力を感じる、開いてはいる、だがいまいちだな……!

 俺は黒エリの元へ走る! 矢を受けたのか、フェリクスは膝を突き、鳩が集まっている……!

「おい、電撃をくれっ!」

「なに?」

「門を開きたいんだ、どかんと体にやってくれ! そうすればいまよりずっと対処ができる!」

「なんだか分からんが……」

 黒エリの手が帯電する……!

「やれるというなら、やってみろ!」

 全身に衝撃がっ……! おおおっ! 門が、開くっ……!

「よおしっ! 二人を任せたぞっ!」

 走り出すと、矢が這うように飛んでくる、より異常な蛇行で鳥たちを縫ってくる! だがいまは見える、充分にかわすことができるっ……と、思った刹那に衝撃っ……?

「レクッ……!」

 床が……襲いかかるように近付いてくる……が! 倒れている場合じゃない! なんとか転がる勢いを利用して立ち上がる、しかし視界が歪む、頭がくらくらする、なんだ、いまの衝撃……衝撃波なのかっ……? ちくしょう、余裕をもってかわしたはずなのに……! こいつはまさか……!

「きっ、気を付けろっ……! 矢が魔術を纏っているぞっ……! かわすのは困難だ、早期に撃ち落とせっ……!」

「そのようだな! フェリクス、分析はどうした!」

「だめだよ……ぜんぜん隙がないんだ! 居場所を追うので精一杯さ! 柱の上部を右回りに駆け回っている!」

 やはり上か、疾走する影が見える、門を開いていられる時間はあまりない、いくぞ……と、思ったと同時にまた矢がっ! さらに余裕をもってかわすが、衝撃波までは避けきれない! 体が痺れる、床に転がり体勢を整えるが、痛手は確実に蓄積しているっ……! くそっ! 余波だけでこの威力かよ……!

「終わりが見えてきた……」

 声が聞こえてくる角度が異常に広い! どれほど猛烈な速度で動いているんだっ?

「そしていまならば痛感できるだろう、この戦いは無意味だ……」

 レキサルはどこだ……? この状態なら見えるはずだ……!

「君たちは我々のことが信用できないのだろう。大巨人を操り、フィンへの攻撃を阻止するだけでなく、世界を焼き払ってしまうと危惧している……」

「ふん、その通りだ!」黒エリだ「貴様らの都合で滅亡させられては堪ったものではないからな!」

「無理もない。立場が違えば私もそう思ったことだろう……」

 くそっ、なんとか目で追えるようにはなってきたが、いかんせん速過ぎる! 魔術を使用していることを踏まえても人間の動きじゃないぞ……!

「あなたは……」

 エリだ……!

「大巨人の復活が、本当に正しいことだと思っているのですか……?」

「我々は手段を行使しているに過ぎない。選択肢は他にないのだ……」

「そもそも、なぜフィンが狙われるのですか……?」

「それは我々の方が聞きたいことだな……。あるいは彼らにも言い分があるのかもしれないが……我々の耳には届いていない……」

「理由が、分からない……」

「そうだ。人は事象に不明であればこそ強く恐怖を抱き、その感情はやがて激しい憎悪を呼び起こす……。いまとなっては対象への敵対心一色、最早、私には止められん……」

「あんたはそれを憂いている! なのに大巨人を使おうとする意志に加担してしまうのかっ!」

「総意は既に敵の排除へ傾いており……戦士ならばその意を汲む以外にないのだ……」

「オルフィンの皆様は何と仰っているのですか……?」

「彼らは何も知らないし、知ったところで何が変わるということもないさ……」

「大巨人以外で、俺たちにできることはないのかっ?」

「もう遅い……。後は我々の裁量を信じてもらうしかない……」

「それは難しいんだよっ!」

「ああ、分かっているさ……」

 どうする、いまの俺でもあの速さにはとても追い付けない、ならば動きを先読みして当てるしかないか、魔女のときのように……!

「それにしても興味深い魔術だ……。その鳥は敵意に反応して動いていると見える……。フィンの教えに通ずるものがあるな……」

「先ほどからペラペラと、余裕のつもりか!」

 黒エリは袖を捲る。すると腕の周囲に何やら巻きついているぞ! そしてそこから細長いものが飛び立つっ!

 あれは……スゥーが言っていたミサイルってやつに近いんじゃないか? まるで意思があるかのようにレキサルを追い、そして爆発が続くっ……!

 ……やったかっ?

 いや、奴の気配を感じる、かつてないほど大きい……! 想定外の攻撃に乱れたかっ……!

 後ろの、柱の、陰……から、くるかっ……?

 先んじて構える……世界がゆっくりに感じるいまなら、素早い連射も可能か……? どのみち一か八かだ……気配から先読みして撃つしかない……!

 撃つ! 柱の陰から現れた……撃つ! レキサルは一気に複数の矢を引いている……撃つ! こいつは不味い……撃つ! 矢が複数、飛んでくる……!

 くそぉおおお……! 最後の一発だ、くらえっ……!

 刃が飛んでいく……矢が飛んでくる……! よくて相討ちか……!

 だが、あの衝撃波の直撃となると……とても耐えることなどできないだろう……。

 ここで、終わりか……。

 約束を破ってすまない、アリャ……と、そのとき、肩に衝撃……! 黒エリッ……?

 視界が、黒エリが、遠ざかる、吹っ飛んでいるのか……?

 だが、代わりに、あいつが……! あいつの元へ、矢が……降り注ぐ……!

 そして、先ほどの比ではない……あまりに凄まじい衝撃波……!

「……っろエリィイイイッ!」

 背中に衝撃! 床、いや壁……! 端まで吹っ飛ばされたのか……!

 立ち上がろうとする……が、視界が歪む、膝が笑う……転倒する……たびに俺は何度も足掻いて……あいつのところへ……!

 あいつ、倒れている、矢が二本刺さっている……ちくしょう!

 急がなくては、体が軋む、だがそんなことは、どうでもいい……! 急げ……!

 ようやく側へ、矢は、肩と腹の辺りに……!

「くっ……ろエリッ……無事かっ……! おいっ……!」

 おおっ……目を、開いた……! そして黒エリは俺を見やり、そしてエリの方を向く……。

「お前……彼女……は、無事だな……?」

「あ、ああ……ああ!」

「そう、か……」

 黒エリは……頭を持ち上げ、刺さってる矢を掴んで引き抜く……!

「おいおい……大丈夫かよ……!」

「ああ、さほど、深くはない……」

「任せて下さい!」

 駆け寄ってきたのはエリ……!

「待て、警戒が先だ……!」

 黒エリは上半身を起こす……!

「想定以上に威力があり、少し驚いただけだ……。それより奴はどうした……?」

 そうだ、レキサル……!

「……フィンは闘争を好まない……。殺気は心身の自由を奪い、結果的に狩りを失敗させるからだ……」

 柱の陰から……声がする。まだ、やれるのか……!

 だが、弱々しい声……奴もまた、無事ではない……?

「矢を蛇行させるという行為は……いわば踊りに近い曲芸、遊戯なんだ……。その認識が敵意を弱め……なんとかその鳥の防御を掻い潜ることができたのだろう……」

「な、なにを、言っている……?」

「だが、その有効性を認めても……遊戯の矢で敵を仕留めることは望まない……。血に染めたくなかったんだ……。だから、君たちが生きていたことは……喜ばしい……」

 レキサルは姿を現わす……。右胸から肩口にかけて大きな裂傷が、血がたくさん流れている……。直撃はしなかったようだが、傷は深そうだ……。

「もう、終わりにしよう、遺物は追うんじゃない……。俺たちはあんたを殺したいわけじゃないんだよ……」

「戦士として……退くことは、できないのさ……」

 レキサルは歩き出す……。

 だが、手には何も持っていないぞ……?

「動くな、ここでやめるなら治療もする、生きて里に帰るんだ」

 しかし、レキサルは止まらない……。

「レキサルッ……!」

「撃てよ……」

 くっ、はったりか……? それにしては……。

「なにをしている、やれ……」

 黒エリが光線を、しかし彼はふらりとかわしたっ……?

「……なんだと?」

 光線を撃つ、撃つ! しかし、なぜか当たらない……!

「馬鹿な……痛手で照準が狂っているにしても、ここまで当たらないはずが……?」

 俺は立ち上がり、弾倉を取り替え、構える……。

「とまれ……レキサル!」

 やはりレキサルは止まらない……。

 くそ、仕方ない、狙って……!

 狙って……撃て、撃つんだ……!

 しかし、レキサルの顔には微笑みが浮かんでいて……俺には撃てそうもない……。

「ううっ……」

 彼はゆっくりと歩いてくる……。

 相手は素手だ、門はまだ閉まっていない、こ、拳ならやれる!

 俺は駆け出し……! しかし、すぐに足から力が抜けてしまい、転び掛かる……勢いで拳を突き出す……!

 しかし、それもまた空を切り……俺たちは接触、ともども倒れ伏した……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ