終末の大巨人
翌朝、俺たちは皆と別れの挨拶をし、里を出た……ところで、エオに呼び止められる。
「レクさま、お気を付けて……」
「ああ、大丈夫さ!」
「あの、こんなときになんなのですが……」
「えっ、なに?」
「その、あ、悪魔たちのお話……覚えていらっしゃいますよね……?」
「……ああ」
「先日、夢を見たのです、お話しした、あのときの夢……。そうして跳ね起きたとき、思い至ったのです、先日の男の声には聞き覚えがあったのではないかと……」
「男って……デヌメクネンネス、それとも蒐集者かい……?」
「蒐集者、です……」エオはうなる「ですが、問題は彼そのものではなく、彼が呼んだ名です……」
「名前……?」
「はい、ルド……某という名の男があの悪魔たちの中心人物でした……。赤子を……笑いながら手にかけたのも彼です……」
そいつが……! 悪魔と呼ぶにふさわしい下衆野郎だな……!
「ああ、わかった……! 見付けたら徹底的に叩き潰してやるさ!」
しかしエオはうろたえ、
「いえ、いえ……私が言いたかったのは、関わり合いにならない方がいいと……」
「いいや、ぶっ飛ばすよ」
エオは慌てるが……やがて、小さく頷いた。
「ところで、デヌメクネンネスも奴らの一味なのかな?」
「どうなのでしょう……? 私も以前はそう思っていました。彼は時折、まるで見回るように暗黒城を歩くのです。そして彼の歩みを止める者は悪魔たちにもいませんでした……ので、首領か幹部かと……。ですが、先の応対を見るに、そうではないのかもしれませんね……」
そうか……。けっきょくよく分からん奴ってことか……。
「ともかく、彼らはあまりに危険な存在です、もしかしたらまだこの地にいるのかもしれません、どうかお気をつけて……」
「ああ、わかった! なあに、大丈夫さ!」
そうして寂しそうに微笑むエオと別れ……俺たちは渓谷を目指し森に入っていく。
「ふん、悪魔か」黒エリは鼻を鳴らす「始末名簿に入れておくか」
「えっ、そんなのあるの……?」
「ある」
俺は入って……ないといいなぁ……! ワルドは唸り、
「聞くに、蒐集者と無関係ではないようであるな。衝突することになっては厄介やもしれん」
いいや、望むところだぜ、殺された人々の仇を取ってやる!
だが、いまは渓谷……フィンの戦士たちの安否が気になるし、心なしかアリャの歩調が速い、急がなくては……!
そうして森を進んでいくと、またみの虫がぶら下がっているのを見付ける……。
「おいアリャ、あのみの虫がいるぞ」
アリャはそっちを見やると、あっさりと射抜いてしまった!
「なっ、なんで?」
「アレ、チガウ」
「違う……?」
「アレ、ブラーンブラン、ニセモノ、ブチコロス」
ああ、そうなの……。そういや以前にも、あっさりと倒していたことがあったかも……。
「あれはスナッピーの偽物、キラースナップだねー。近付いたらガブリだよー」
「ほう……」俺はフェリクスを見やり「……というかさ、お前の装備ってその細身の剣と銃だけなんだな……」
フェリクスの腰からは剣と拳銃がぶら下がっているのみだ。戦力としてはやや貧弱に思えるが……。
「ご先祖が高名な騎兵だったそうだけど、馬はともかく槍は苦手でねー」
「そうなのか……」
「そしてなにか聞こえるよー。たぶん魔物だねー」
「ええっ?」
言われてみれば気配を感じるな……。けっこうな速さで、かなりの数が接近してくるような……!
しかも、なにやら樹木を伝ってきているのか、遠くの枝が揺れまくっている……!
「頭上からだな!」
エリの鳥、光の梟が飛ぶ! さっそく新しいのを出しちゃう感じかい? そして魔物の影は俺たちの周囲を取り囲んだ!
枝の隙間から伺える姿は……でかい猿だ! 白い体毛、顔は赤く、ところどころ青い模様が入っている!
「これはバンディット・エイプだねー!」
「よぉし、やってやるぜ!」
猿たちが……いまにも襲ってきそうだ、だが以前のようには焦らないぜ、俺の右手にはアリャ、余裕で撃ち落とすだろう、左手にはフェリクス、常人よりも強いに違いない、背後の三人は言うまでもなく問題ない、しからば前方に集中、そして猿が飛び掛かってきたっ!
胸を狙って撃つ、当たった! 猿は眼前に落下、とどめに後頭部に一撃、完全に沈黙……って、フェリクスがやばいっ! 首根っこを掴まれ、爪の餌食になりそうっ……だが、鳩みたいなのが猿の目を覆う! よし、スティンガーでっ……って、フェリクスが投げ飛ばされて俺に飛んでくるっ!
「おおっと……!」
俺は抱き留め、ええっと邪魔だ、横に放り投げて猿に二発撃つ、倒れたな!
「それは弱いぞ、お前が守ってやれ」
えっ、そうなの? 上からまだ降ってくる、一発撃って強襲を阻止、とどめの二発目……って、刃がない、そういや五発までか、猿が三匹突っ込んでくるっ、しかし光の燕が奴らの眼前を横断、怯ませたいまがチャンスだ! スティンガーで一体貫く! 二体目が闇雲に爪を振り回すのを盾で防ぎ、蹴り上げっ……三匹目が飛び掛かってくる、梟が横っ腹に突撃し吹っ飛ばす、そこにアリャの矢で追い討ち、蹴っ飛ばした奴はどこへ? 樹に登っている、弾倉を交換! 撃ち落としてやるぜっ!
「目障りだっ!」
猛烈な炸裂音が辺りに響くぅっ? 赤い何かが暴れ狂っている……って黒エリの鞭かよ!
「もっとしばかれたいかっ、猿どもがっ!」
うわぁ……黒エリの周囲の猿がすごい怯えた顔して後退していってるよ……。あれすっごい痛いからな……戦いともなれば俺が食らったのよりずっと痛いだろう……!
しかし、どこからか野太い咆哮が、すると猿たちは鞭の荒波に自ら飛び込み始める!
猿の大将が退くなと命令しているのかっ? こいつは行っても退いても地獄だな……魔物とはいえ同情しちまうぜ……!
いや、待てよ、大将か……。
「さっきから猿の大将らしき奴が吠えているぞ! そいつを倒せば猿たちも退くかもしれないっ!」
「うむ、そうであろうなっ!」
「少し待って下さい、いま探します!」
光の梟が辺りを旋回し始める!
「よし、動きは見切ったよ!」
フェリクスが前に出て、細身の剣を抜く……。おいおい、大丈夫かよ……? 猿が襲い掛かるっ!
「ここだっ!」
おっ! 爪を躱して心臓の辺りをひと突きだ、やるじゃないか……! と、思った瞬間に猿にぶん殴られたっ? だが、光の鳩が守ったのでなんとか無事のようだ!
「ふっ、決まったよね……?」
いやそこ格好付けるところじゃ……って、今度はこっちに突っ込んできた……が遅いっ! 奴の口に向かって撃つ!
「目標はあそこです!」
エリが指差す、ワルドが炎を噴射、叫び声とともに一際でかい猿が落ちてきたぁっ!
「ブチコロース、ヨッ!」
うっお、太い矢が大将の脳天を射抜いた、あれは死んだな……。そして次の瞬間には猛攻は止み、残党たちはあっさり逃げ帰っていった……。光の鳥たちが消える……。
ふう……撃退したな……と思った刹那、背筋が凍る、何かくる、身を屈めた頭上を刃が通る!
カ、カマキリ野郎かっ! 撃って頭を吹っ飛ばす、危なかったぜ……!
「オオ、カマキリー!」
本当、あのカマキリだよ! いつの間に……!
「だ、大丈夫ですか……!」エリが駆け寄ってくる「ああっ、また同じ過ちをっ……」
「い、いや大丈夫、余裕だよ……。その、ピーンときたんで、欠伸をしながらかわしたさ」
「そんな……」
「うむ、見事な回避であったぞ」
ワルドは賞賛してくれたが、実際のところやばかったな……! あのカマキリ、気配がほとんどないんだよぉ……!
猿との戦いではそうでもなかったが、いまは心臓バックバク……! エリは心配そうに俺を見詰めるが、俺は平静を装い、撃った刃を回収、血を拭い弾倉に戻す……。
「そ、それにしてもフェリクス、大丈夫かよ? 首を掴まれていたけれど……」
「ちょっと痛いけど問題ないさー」
それを聞いてエリはさっそく治療、感激したフェリクスは彼女の手の甲に口付けをしようとするが、鞭でしばかれた! いいぞ黒エリ!
「こやつは分析能力に長けるので、時間を与えるほどに強くなる特性がある」
「でも、さっき仕留めきれなかったぜ……?」
「詰めが甘いのだ。膂力も貧弱だしな。つまり、強くなったとて、けっきょくは弱い」
弱いのかよ!
「だから戦いはいまいちだって言ったじゃないかぁー」
「だが、弱点を見抜く能力そのものは戦力となるかもしれん」
ほう、弱点をね……。そう聞くと期待はできそうだが……。
その後、森を進み……斜面を登っては降って、午後にはようやく森が開け、件の渓谷らしき場所に辿り着いた。ここまでで、魔物の襲撃は猿だけで済んだか……。
綺麗な川の……両端には柱のような巨岩がたくさん転がっており、ごく簡単な迷路のようになっている……。
歩くのはそう困難ではない感じだが、物影が多いな。魔物の不意打ちが怖い。俺たちは巨岩の上を歩くことにする。足場は狭いが、周囲を見渡せるぶん安全かもしれない。
「おや、カエルかなー?」
少し進むと、フェリクスの言う通り、グェーコグェーコとカエルの声が聞こえてくる……。そして現れたのはでっかいカエル、背丈が俺くらいある! 川辺に近い巨岩の上にて一匹、赤い線が入っている背中をこちらに向けている……。
まあ、あれは放置してもいいよな……と、思った側からフェリクスが近寄っていく……!
「おいっ、無駄に刺激するんじゃないよ!」
「たぶん、ロングタンだよ。顔が見たいなー」
なに言ってんだあいつ? フェリクスがつま先でカエルの背中をつんつんする……! するとカエルは跳躍! 巨岩の下へ姿を消した。その際に水音がしたので川に入ったんだろうな……と思った瞬間、でかい魚が現れフェリクスを襲う……! が、ぎりぎり転がってかわす、そしてさらに他の巨魚も俺たちの方へ飛び掛かってきた……!
俺たちは飛び退いてかわし、巨魚は眼前に墜落、バタバタ喘いでいるが……そのうち尾で地面を叩いて跳躍したっ! そして川へ戻ったらしい……後に、バリバリと嫌な音が聞こえてくる……。
「いまの見た? あのカエル、長い舌で魚を捕えて食べたよ!」
いや、ここからは見えない……し、別に見たくもない……。
「あっ、こっちを向いたよ! でも足を掴まれた!」
おっ、なんだって? 駆け寄るとフェリクスの足を桃色の触手……じゃない、カエルの舌か? それが眼下の川辺より伸びて……その先には牙だらけの口を開けているカエルがいるぅ……!
「た、助けて!」
フェリクスが引き摺られる、慌ててスティンガーで舌を切る! すると残った舌は本体の元へ、その後カエルは川の中へ姿を消した……。
「いやあ、びっくりしたよー」
「俺はお前にびっくりだよ……」
「ありがとう、先に進もうか!」
まったくこいつは……。みんなも呆れ顔だ。
そうして巨岩の上を歩いていくと、今度はでかいトカゲ……の形だが、半透明で表面がぶくぶくしている奴が下から登ってきた……。そいつはこっちを向くと、頭部が膨らむ! そして水の弾を吐き出したっ! 一応、スティンガーの盾で防御したが、それほど脅威ではない感じだ。
「やる気かっ」
シューターでお返し、刃はトカゲを貫通! しかし、奴にとっては屁でもないようだ……?
「モノじゃ効かない? ワルド、頼んだ!」
「うむ!」
炎を浴びせるとトカゲの体から水蒸気が! 流石に効いたのか、奴は巨岩から降りて姿を消した。
「よし、追い返した……」
と思ったら水の弾……いや、小さいトカゲだ! そいつらが頭上からやってくる! 下方から放たれ、弧を描いて降ってきているんだ! しかも、そいつらが小さい水の弾を撃ってくる!
しかしぜんぜん痛くないな、この服のお陰だろう……と軽んじた側から頬にくらう。生身の部分だとちょっとだけ痛い。
「大したことないが面倒だな。やっちゃってくれ!」
ワルドがいま一度焼き払う! しかし、次から次へと降ってくるぞ!
「ムゥー! シタ、ニゲル!」
俺たちは巨岩から飛び降り、岩陰に隠れる。頭上から小さいトカゲたちが追ってくる!
「うざったいな、さっさと行こう!」
「うむ、本体は川のなか、流石に炎も届かん!」
「ならば、感電させてはどうだ?」
黒エリが巨岩を縫って進み、川の方へ! しかしそこへ水の弾の連射! 黒エリはそれらを鞭で弾き、川へ手を突っ込む!
「感電しろっ!」
川が光った……! 瞬間、何匹もの巨魚が一斉に空に飛んだっ? さらに細長いでっかい虫みたいなのが出てきたぁ、貝のようなものが回転しながらそこらを走り回るっ! そして謎の触手が暴れ狂う、おまけに黒いザリガニのようなでっかい奴が這い出てくるぅう!
「うおおっ? なんだこれぇ!」
「……すまん」
じっとしてはいられない! 回転しながら辺りを走り回る貝を飛び越え、細長い虫を撃退し、巨魚が川へ戻っていくのを見送り、あっ、黒エリが貝を掴んでザリガニにぶつけた! 甲羅がすっごいへこんでザリガニは瀕死だ、あいつが攻撃すると相手が可哀想に思えるのはなんでだ? というか、トカゲの奴はどうなった? まあ、どうでもいいか!
そうして先を急ぐと突如として巨岩地帯が終わり、途端に歩きやすい川辺になった。
どうやら追ってくる魔物もいないようだ、と一息つくと……今度は女のものらしき悲鳴が聞こえてくる……?
「えっ、おっ? 悲鳴っ?」
「聞こえますよね……?」
「ぬう? あの声は……!」
遠くから女が走ってくる……! そしてその後ろからは蟹だよ、沢蟹か? でかいのがいっぱい追って来てるぅうう!
「あれぇー! 助けてぇー?」
しっ、しかも、女はあの魔女、クルセリアじゃねーのかっ?
「えっ? あっ、なにこれ、どうするのっ?」
「無論、もろとも仕留める!」
「もろとも?」黒エリだ「あの女は敵なのか?」
「ああ!」
ワルドの気配が大きくなる! 鏡のようなものが大量に現れたっ!
「強めにやる、みな、目を瞑れ!」
「あっ、ちょっと助けてって……」
目を瞑るが、瞼越しでもまぶしい!
「くっ、当たらんだと?」
「私にはね! お返しよっ!」
目を開くと、大量にいた蟹は既に残骸に、中空に魔女が浮いている、そしてその手にはバチバチと電撃が、さらに川の水が持ち上がってうねっている! まさか、川の水を使って感電させる気なのかっ?
「いかん、水流にのまれるな!」
「もう遅いわよお!」
「遅くはない」
黒エリの光線が魔女を狙う! 当たった、いや、掠ったか?
「……やるわね、強い子は好きよ!」
水流がくるぅう! エリの鳥が!
「みなさん、つかまって!」
「私は問題ない」
「俺もいけるぜ!」
「レ、レクさんっ?」
電撃は電撃だぜっ! 水流に触れると全身に電気が、押し流される! しかし門がでかく開くぜ、こんな水流には負けないくらいにな! あらゆる動きがゆっくりに感じる、俺は流された先にある樹木の幹を駆け上って跳ぶっ!
黒エリの光線を魔女が防御している、ワルドの操る石が飛んでいる、アリャの矢を魔女が掴んだ、先読みしろ、全力シューターだっ!
「くらえぃっ!」
刃が魔女の行き先にかち合った……! と思ったが、光の盾に阻まれたか!
「素晴らしい噛み合わせ! 隣人さんが気にするだけあるわね!」
川から氷の刃が飛び出し、魔女を襲う!
「あなたは相変わらず愚直な魔術ばかりね!」
魔女はうねるように動いて刃をかわす!
「私を敵と見なしている内は永遠に敵わないわよ!」
「ぬかせっ!」
「あなたは私の前では途端に弱くなる! 殺すならばほんの少しの力でも充分なのにね!」
魔女は笑いながら、みんなの攻撃をかわし続ける! なぜ、これほどまでに当たらないんだっ?
「あの坊やに少しは学んだら?」
魔女はもの凄い速さで低空を飛んでくる! だがいまなら対応できるっ……が、速さの割に敵意を感じない……?
まあ、撃っておくけどなっ!
「やはり、やるわね!」
……当たったか? いや、刃を手にしている! 魔女は急速に俺に近付き! 眼前で止まって、刃を差し出してくる……。
「はい、返すわよ」
俺は刃を受け取り、
「どうしたら……こんなことができる……?」
魔女は笑む……。
「やはり似ているのは表層だけ……。中身はまるで違うわね」
ワルドの仲間の話か? 当然だ、別人なんだからな……!
「ともかく、なかなかよく先読みをしてくるじゃないの。さて、ここで問題! なぜ、あなたやあの子たちの攻撃はかわされなかったのでしょう? 特に、熟練のワルドの攻撃がまるで当たらないのはなぜでしょう?」
あの子たちって……アリャと黒エリか?
俺と彼女らの共通点……。
飛び道具を使う……? いや、そんなことじゃないだろう……。
「分からない……」
「もうちょっとがんばりなさいよ」
そう言われても……ってなんだこの状況? みんなも様子見しているし、エリの鳥が俺の周りに集まってきている……。
「ヒントは私の発言にありまーす」
この魔女の発言……? そういえば、敵と見なしている内は……みたいな話をしていたような……。
そう、そうだ、もしかして、敵意なのか……?
それならばあり得ることだ、アリャや黒エリはこの魔女のことをよく知らない。知らない相手にそこまで敵意を抱けるわけもない。しかも黒エリは美女が好きだから、なおさら敵意は抱かないだろう、単に立場で戦っただけ……。
「敵意が……あまりないから?」
「正解! 賞品はお花畑でーす!」
気付くと、俺は花畑に立っていた、数多の色の、無数の花がどこまでも続いている……。
では、俺もそうなのか……? 魔女に敵意を抱いていないから、かわされることはなかった……?
でも、ワルドの話によれば、この魔女はかなり危険な存在だったはず、あの辞典にも超危険個体とあったし……。
しかし、それはあくまで知識にしか過ぎない……。細かい事情までは知らないのだ。ゆえに俺だってこの魔女を敵とは見なしていないのかもしれない……。
気付くと、元の場所。魔女は微笑んでいる。
「見た所、お前は凡才のようだけれど……魔術の資質とは別の部分で素晴らしいものを持っているようね」
「な、なに……?」
「宿敵と仲間に拘泥する彼にはそれがまるで見えない。なるほど、容姿はきっかけに過ぎない、か……」
「なんの話だよ……」
「そうだ、それより大変なのよ!」
魔女は手を叩く。
「フィンの人たち、あの遺跡を攻略しちゃいそうなの!」
なにっ? ということは、みんな生きているってことか?
「本当、すごいわねぇ! でも、あそこには大変なものが眠っているのよ!」
「大変なもの? それは……?」
「終末の大巨人……。ロード・シンの意思よ!」
「終末……?」
「この大地を真っ新にしちゃえる、無敵の存在よ!」
なっ……なにぃ……?
「急がないと大巨人を目覚めさせちゃうわよ、そうしたら、みーんな死んじゃうかも!」
「な、なぜ、そんなものを……!」
「彼らはフィンの伝承に沿って行動を開始しただけよ。一族が危険に晒されたら、大巨人を復活させてしまいなさいっていうね」
「あ、あんた強いんだろ、止めてくれよ!」
「私は別にいいもーん」
「い、いいって、そんなわけが……」
「ないと思うお前たちが止める、それが筋というものでしょう? そもそも、オルフィンの里へ向かわせたのは私なのよ、感謝してもらいたいわね」
「あ、あんたが……?」
「当然でしょう、暗黒城を操る権限を持っているのは私なのだから」
「じゃあ、蒐集者はあんたの……!」
「早とちりしなーい」魔女は肩をすくめる「その辺は全部、計算外だったのよ」
「どういうことだ……?」
「蒐集者が介入したのも、おばさまがやって来たのも、暗黒城にオルフィンの子がいたのもね。予定では暗黒城に陣取ってるお馬鹿さんたちを一掃して、お前たちと遊ぶついでにオルフィンへって思っていたけれど、けっきょくほとんど何にもしないで結果だけは予定通りになっちゃったってわけ、これも必然の流れなのかしらね」
「それでもあんたの思惑通り……しかしなぜ、助けてくれる?」
「なぜって……面白いから?」
魔女は屈託もなく、そう言い切った……。
「人が立場の相違で争うのって楽しいでしょう。どちらかやられちゃったら悲愴で感動するでしょう。そういうことよ」
そういうことって……。
「気に入らないかしら? でも、行くしかないのがお前たちでしょう? 分かったらほら、行きましょうよ、ほらほら!」
つまりは全部お遊びってことか……。もやもやするが、いまはクラタムたちの動向の方が気掛かりだ……!
俺はみんなの元へ、事情を説明する。アリャは絶句した顔で呟いた……。
「ダイ、キョジン……。セカイ、オワル……」
「やはり、知らされてはいないか……」
「当然よ、フィンでも極々一部の人しか知り得ないんだから」
「思った以上に切迫したお話ですね……」
「そうよ、だからさっさと行きましょうよ。ワルドもそんな顔してないでいまは私に感謝したら?」
ワルドは一言も発しない……。心情は何かと複雑なんだろうな……。
「ほらー、行くんでしょ、早くしなさいよ、ここでまごまごして彼らが攻略しちゃったら馬鹿みたいでしょ、ほらほら案内してあげるし、障害は蹴散らしてあげるから!」
魔女はふわふわ浮きながら先に行ってしまう……。
「罠の可能性は……?」
「……言った通りであろう、我々とフィンの戦士をぶつけたいのだ。性根の腐った魔女めが……」
表層こそ静かだが……憤怒の炎が燃え盛っているな……。
「ワルド……」
「分かっておる……。いま優先すべきは彼らを止めること、私憤は抑えるつもりだ」
「……止めるって、彼らと戦うつもりかい……?」
「あるいは、そうなるであろうな」
「でも本当かな、あの話……」
「分からん。だが、あの女はまるきりでたらめの嘘は吐かん。大巨人ではなくとも、恐ろしい遺物がある可能性は高い」
「どのみち、戦いになる可能性は高い……」
「うむ……」
しかし、クラタムたちと本当にやるってのか……?
だが、ロード・シン、終末の大巨人……。もしそれが嘘でも、フィンの戦士がひと月以上もかけて攻略するんだ、あるいは強大な遺物があるのかもしれない。
「アリャ、いけるか……?」
アリャは足元を見たまま、答えない。
そうだろう、元気なままでいられるわけがない……。
しかし、アリャは顔を上げ、逆に俺を気遣うように、笑った……。
「ダイジョーブ、ナントカ、ナル!」
そうだな、なんとかなる……いいや、しなければならない!
俺はアリャに軽く頭突きをし、
「よし、なんとかするぞ! やばいことなら止めて、みんなを生かしたまま帰すんだ!」
アリャは目を瞬き……やがて力強く、頷いた。