好奇心はレクを殺す
いや、本当に他意はなかったんだ……。
ただの好奇心ですよ、本当に……。
「クラタムが……?」
ワルド、しきりに頭を揉んでいるが……案の定、二日酔いだろうな。
「そうなんだ。この先の渓谷にある遺跡に向かったらしい」
「……そして、遺物を探しに行ったやもしれぬと……」
断定はできないが、おそらくはそうなんだろう。
「アリャはもちろん行くだろう、ならば俺たちも……」
「うむ……しかし、彼らが向かってずいぶんと経つそうではないか。目的はすでに果たしておるのではないかね……?」
「もう里に戻っているって?」
たしかに、その可能性はあるわな。
「行き違いになるかもしれない、か……。でも、またこの里に寄っていないのは少し変じゃないかい? 遺跡がヤバいところなら大なり小なり疲弊はするだろうし、里に戻る前にここで一休みしそうなものだよ」
「ううむ、一理ある……。入手した遺物が盗まれることを警戒した……という可能性もあるが、この里の民の気質や、盗んだ後のことを考えればあり得そうには思えんしな……」
「つまり、まだ探しているか……」
「あるいは……」
考えたくないことだが、それもまた、あり得ることだ……。
「そうなれば急ごう……と言い出すのが君なのだろうが、ひどい筋肉痛なのではないかね?」
ああ、実はかなりね……。
「でもまあ、それはエリに治してもらえるよ」
「ここは準備を整えるに絶好の場所といえる。心身装備ともに万全の態勢にすべきであろう」
たしかに、その通りだ。どこでどんな獣に遭遇するとも限らないんだ、急ぎすぎて自らの命を縮める愚は冒さないに限る。なんだかんだ、シューターの刃もけっこう減ってきているしな……。
「……すまないなアリャ、出発はもう少しだけ先になるかもしれない」
こうなるとまた騒ぎ出す……と思いきや、意外と静かだな?
「……レク、イッショ、ワカッタ」
「俺と一緒……で、わかった? なにが?」
「アセル、イソグ、ヤバイ」
……ああ、まあ、そうね。
「ジュンビ、カンペキ、スル!」
「ああ、そうだな!」
なにやら英雄扱いされているお陰で対価を要求されなさそうな雰囲気だしな、やはりこの機会は大事にすべきだろう。
そうなると……そうだ、シューターの刃とか、つくってもらえないかな? あと、そろそろ本体のメンテナンスも必要だろうし、道具とか借りたいな。
……となると、細かい説明ができないとならないか。エオに通訳頼みたいが、どこにいるんだろう?
まずは探しに行かないとな。彼女もまたひどい筋肉痛なようだし、あちこち動き回ってはいまい……っと、いつの間にかフェリクスがついてきている。暇なのか?
「そういやエオ知らない?」
「見てないねー。どうしたの?」
「シューター関係のあれこれ頼みたいから、通訳してほしいんだ」
「じゃあ僕がやってあげるよー」
「なに? え、言葉わかるの?」
「セルフィンの言葉とほとんど同じだからねー」
「へー、勉強したのか」
「いや、なんかよくわからないけど、一定期間その言語圏にいるとわかるようになったんだー。改造されたからかなー?」
へえ……? 便利だが、改造でねぇ……。
「じゃあ、通訳頼むよ」
「お安い御用さー。じゃあちょっと聞いてくるよー」
……本当だ、なんかウニャムニャ、里の人と話している……。
「えっとね、向こうの方に凄腕の人がいるらしいよー」
「じゃあ、そこへ向かおうか」
鍛冶屋だ工房だといっても里全体がそんな感じの雰囲気だからな、通訳がいないとそもそもどこに頼んだらいいのかわからないな。
それでなんだ、凄腕がいるらしい……ああ、きっとあれだ、ひときわ大きい、工房というより工場のような雰囲気だ。無骨な金属製の建物が鎮座している、多数の作業台に作業員たち、五十人はいるか、すごい力で真っ赤になった金属を叩いては火花が飛び散っているが、上半身裸のままで熱くないのかね……っと、なんかこっちを見るなり、みんな集まってきちゃった……!
「や、やあ、ちょっとこれをね……」
……って、説明するなり我よ我よとシューターを取り合い始めちゃった! そんなに弄りたいのか? とか思っているうちにもっていかれてしまったが……スティンガーまで……。
「おやおや、大人気だねー」
「まあ、積極的にやってくれるのはありがたいが……」
少し不安だが、任せたならあとは待つしかないか。
「さて、どうしようかー。その辺見てまわる?」
どうかな、体も痛いし、のんびり休むのも悪くないが……それはそれで暇だろうか。もう少し有意義なことをしたいが……どうしよう?
「うーん、魔術の訓練でもするかな? ワルドはどこへ行ったろう?」
テントだらけのなか、一度見失うと探すのが面倒だなぁ。
「あ、いたよー」
本当だ、いたいた、気怠そうに鍛錬器具をコツコツ叩いている後ろ姿がある。
「ワルド、ちょっと話があるんだけれど……」
先日、暴走したからな。その辺のこと相談したいんだよな。
……つーか、なんかワルド、ウーンバヤーの器械で訓練を始めたが……?
「魔術の制御は……よく門に例えられる……。そしてその門の開閉は……基本にして深奥……生半にはいくまい……」
なんかがんばっているが、体力つけたいのかな?
「……ワルドでも暴走したりするの?」
「しない、とは言い切れん……。優れた魔術師ほどそうはならないが、強力な魔術ほど、暴走のリスクは上昇するであろうな……」
「凄腕でも暴走することがあるってことか……」
「うむ……。むしろ、凄腕と認識されておる魔術師こそ……熟達していない場合が多い……」
「そうなの?」
「強力な魔術を扱えるのだから……さぞ扱いが上手いのだろうと認識されがちだが……実際的には不安定な場合が多いのだな……」
熟達していると評価されていることと、すごい魔術が使えることはまるで別の話、下手したら相反すらするってことか……。
「だとしたら、強力な魔術はどうやったら使えるようになるんだい? ……やっぱり才能?」
「いまのところ……それがわかりやすい……答えであるな……」
うーん、俺のような凡才にはなんにも面白くない話だな……。
というかワルド、鍛錬をやめるなりこめかみを揉んでいるが……。
「まだ二日酔いなのかい? そういうのは魔術で治癒とかできないの?」
「エリに頼んだのだが……そもそも飲みすぎがよくないといわれてしまってな……。その通りだと反省をしつつ、じっと苦しみに甘んじているわけだ……」
まあ、たしかに一理あり、か……。
「それで……そのエリは?」
「その辺で修行をしておるはずだが……」
そうか、じゃあ……俺もそうしようかな。電撃の威力が上がればシューターのそれも上がるはずだしな。
しかし、俺的に座るような修行ってあんまり意味なさそうなんだよな。けっきょくそれではなんにもならなくて、あの狼と無謀にもやりあってこの電撃の魔術をようやく手に入れたんだし……。
……それにしても、この、指から電撃って……どういう仕組みなんだろう? ウナギに似たでかい魚にそういうのがいるって話を聞いたことがあるが……。
魔術は古来から存在しているんだよな。使える者は限られ、ときには尊敬され、また恐れられる。評価は文化圏によって様々だという。
俺はどんな立ち位置なんだろう。指からちょっとだけ電撃が出ますって、ほぼ普通の人だよな。
まあ、わずかながらに成長はしているようだけれどな……。あの拷問のときからか、いくど使っても消耗は感じないような気がするし……。
だが依然として攻撃方法としての価値はほとんどない。シューターを動かすスイッチにすぎない……っと? なんだ?
いつの間にか……猫がいる。けっこう大型だ、ヤマネコの類か? 灰色の毛並み、青い目、綺麗なやつだな……。
「うおっ?」
なんだっ、飛びかかってきたっ? かわしたが……! 敵性があるのかっ?
いや……どうだろうか? どうにもそうは見えない。猫の表情はわかりづらいとされるが、俺はけっこうわかる方だ。敵意や捕食の意思はなさそうに思える。ああ、ひとつ鳴いた、猫らしい、かわいらしい声だな。襲う相手にそういう風に鳴きはしないはずだ。
「なんだ? 撫でてほしいのか?」
手を差し出す、普通に近づいてきた、顔を手に埋める、かわいいが……ずいぶんと人懐こいな? ここの飼い猫、か……。
「どうした? 食い物ならないぞ、他に当たってくれよ」
……っと、二人の少年が現れた、ウニャムニャと話しかけてくる、飼い主かな。
「はいよ」
猫を差し出すと少年たちは笑顔で受け取る……が、するりと手から逃げて、俺のところへ戻ってきた?
なんだ? 猫は好きだが、俺になにか用なのか? 撫でてやっても、べつにそうしてほしいようには見えない。
「ほら、飼い主のもとへ戻れよ」
今度はちゃんと少年の腕の中に収まったか。ウニャムニャいって去っていった。
さて……どうしたもんかな。どうすれば手早くこの力を強化できるのか。できたとして、どのくらいのものになるのか。
いや、それよりいま現在のこの威力で何ができるのか考えた方が建設的かもしれない。そうさな、取っ組み合いだと多少は使えるかもしれないな。不意に、首とか敏感なところにくらわせたりできれば相手も驚くだろう、隙がうまれるはずだ。
しかし獣に通じるかな、こんな、指先だけの小さな電撃で……って!
「うわわっ!」
なんだっ? また猫っ? さっきのやつっ?
なんなんだ、またも飛び込んできやがった!
危ねぇじゃねーか、いまバチバチやっていたのに、電撃に当たったらそれなりに痛い思いをしちまうぞ……!
そしてまた少年たちが現れたし……。
「なんなんだよ……」
懐かれることには悪い気もしないが、こっちはこっちでいろいろ考え中なんでね。
「じゃあな、その子たちと遊んでいろよ」
猫はなんだか不満気だが……? けっきょく少年に抱かれていったな。
……さて、どうしようかな。体も痛いし、寝転がりながらいろいろ思案してみるかな……。
……とかやってる間にもう三日か、あんまりいいアイデアが浮かばないなぁ。電撃といってもチンケなもんだからな、そこまで用途の幅が広いはずもない、か……。
筋肉痛はだいぶよくなったがそれでもまだちょっと痛いし、あんまり動きたくないが……これはこれで暇だなぁ……。
「今日もゴロゴロしてるのかい?」
フェリクスか……。
「好きでこうしているわけじゃないんだよ」
「そう? ところで、できたらしいよー」
「おっ、そうか……」
シューターを預けたままだが、いったいどうなったことやら……。
「よっし、いってみるか」
工場は今日も騒がしいな……って、こっちを見るやまたみんな集まってきた!
「お、おお……。それで、どうなったんだ……?」
……って、あれっ? 渡された、これってシューター?
た、頼んだのは調整だったはずだがっ? なんか全部、金属製になっていやがるんですけれどよっ?
し、しかし、妙に軽い? 鋼じゃあないのか? なんか内部にバネが内蔵されているようだが……。
つーかこれすごくねぇ? リロードも異様に軽くなっている、一秒もかからずにできそうだ……!
刃もだ、ずいぶんと多くつくってくれたらしい、百枚はあるんじゃないか……? どうにも薄くなっているようだが……そのぶん装填できる枚数は上がっているようだ、十枚になっている。
おまけにスティンガーまで様変わりしちまっている、ほとんど使っていないのにあれまぁ……。刃が太く、今度は長方形の盾がついている、これまた軽いし……!
「な、なぜにこれほど軽い? 強度は大丈夫なのか?」
「どうにも特殊な合金らしいねー。強度は鋼より強いそうだよ。でも、なんの金属かは教えられないってさ。秘伝のものらしいねー」
「ま、まあ、すごいことはわかる……」
だがまずは試射してみないと……。
「試し撃ちは……」
……と、用意がいいな、指さされた方向に的がある。
「よし、じゃあ……」
撃つっ……が、あれっ? なんだっ? 反動が……。
刃はたしかに射出されている、的に当たっている、だが反動が……。
「こいつは……どういうこった……」
……なんだこれは、凄すぎないか? 性能が、段違いだぞ……。スティンガーもかなり反動が軽減されているし……。
しかし、鋳造、精錬技術のみならず、この設計技術……。
……なんだか、おかしくないか? いや、おかしくなんかないか……。
そうだ、この地にはあんな地下施設や空飛ぶ要塞まであるんだ、高度な技術を学ぶ機会はいくらでもあるだろう……。
「性能はどうかなー? って聞いてるよー」
「あ、ああ、性能はとてもすごい……最高だよ」
オルフィンたちは一斉に盛り上がる……。
どうりで一目見ただけで任せろと騒ぐはずだ……。
「……フェリクス、この技術をどうやって手にしたのか、聞いてくれるか?」
「わかったよー」
尋ねるなり、なんかすごい勢いでウニャムニャと話し出したが……。
「……神話?」
「そうらしいよー。ずっっと昔にね、神の使者が技術を伝え、それを継承しているらしいねー」
具体的な知識の入手経路を隠しているのか、それとも伝承者がいて、彼らは無垢にそれを受け取っただけなのか。
……しかし、少し奇妙かもな。遥かな昔からこんな技術がこの里の中だけで眠っていた、なんてあるか? どこかで外部へと露出したんじゃないか?
そう、外界へ……。
……外界へ?
……まさか。
「どうしたんだいー?」おっと、フェリクスだ「気になる部分は調整するってさー」
「あ、ああ、いや、大丈夫、充分だよ。ありがとう、これで戦力は大幅に上がったって伝えてくれ」
その言葉に彼らは大喜びだ、無邪気な表情が並ぶ……。
「強い武器が手に入ったし、ここのひとたちも喜んでるし、よかったねー」
「ああ」
それはそう、そうだな。無闇に想念を膨らませるところじゃない。単純にだ、喜ぶべきだろう。
「そういや、前のシューターは?」
「まだ、バラバラにしたままだそうだよー」
分解しちまっているのか。まあ、この特殊な板部品がないと意味がないしな、グリンには悪いがお役御免ってことか……。
ありがとう、本当に助かったぜ……ブレイドシューター一号!
「よし、景気づけにもっと試し撃ちしてみようか!」
視線が集まる中でやるのはなんかこそばゆいけれどな! でも今のうちに新シューターに馴れておかないとならない。
……といっても、なんかこう、妙に体にフィットするからか、以前のよりも自在に操れるくらいだ。二十メートルほどならほぼ外さないだろう。
「よし、それじゃあそろそろでかいの一発、いってみようかな!」
フルパワー電撃での一撃だ! あの的なんか吹っ飛ばし……
「おおっ……?」
……っうう、腕の上に猫っ? いきなり、上から降ってきた、バランスよく、立っている……!
こいつっ、先日のやつか!
「……おいおい、危ないぞ!」
猫、にゃあとひとつ鳴く……。
そして、毛並みが逆立っていく……!
目の色が変わる!
帯電、しているっ……?
「お前は、まさか……!」
しかも、なんだっ? 妙に、力が湧いてくるっ……? 猫の方も、どんどん毛並みが、質感が! 金属的光沢を上げていく……!
なんだこれはっ? 何をしているっ?
電気っ……? 俺たちの体を駆け巡っているっ?
……こっ、これで……。
これで、撃ったらどうなるっ……?
この力、俺たちの力で撃ったら、どれほどの威力に……。
猫も、足で何度も踏む、まるで撃てといわんばかりだが……。
「な、なんだいー? その猫?」
うっ……!
危ない、そうだ、周囲に人がいるんだ。
「あ、ああ、この猫……先日ちょっとな……」
「へー、なんかメタリックな猫だねー」
……っと! 猫が消えたっ? いや、跳んだのかっ?
高い! 軽く十メートル以上は跳んでいるっ……!
しかも着地後、一瞬で消えた……! すさまじいスピードだ……!
「どっかいっちゃったねー」
「あ、ああ……」
「そろそろ戻ろうかー? 小腹がすいたよー」
「ああ……」
なんかいろいろびっくりだが……悪いことは起こっていない。でも……ちょっと気になることが多いな……。
「あれ、エリさんがいるよー」
……えっ、なに? ああ、本当だ、木陰に座って……あれはいったい?
目をつむり、両手を広げて……上向きの手の平から、輝く鳥が出ては入っていく、アーチ状に……。
しかも、よく見ると鳥の形状が以前より複雑化しているな。ハトのようなもの、ツバメのようなもの、フクロウのようなもの、何種類もの鳥がいる……。
「セイントバードは……」
おっとワルドだ、いつの間に背後に。
「そのものが高等魔術ではあるが、遥か上の次元が存在するという……」
「そうか……よくわからないなりに、すごいだろうとは思うよ、あれは……」
「彼女はとっくに私など超越し、独自の領域へと入っておる。あそこまで進んだ者を見たのは初めてだ」
そうなのか、やっぱりすごいなぁ……っと、エリの目が開いた。
「あ……みなさん、いらっしゃったのですか……」
少し、恥ずかしそうにはにかむところが可愛らしい!
「ああ、見ていたよ、すごそうな感じだった!」
「えっ? いえいえ、ひたすら闇雲にやっているだけですので……」
やっぱり謙遜しちゃうが、エリは間違いなく魔術の天才だろう。
「それよりみなさん、準備は整ってきましたか?」
「俺は……こんな感じだよ」
「あら、ずいぶんと様変わりをしたようですね」
「そうなんだ、俺もびっくりしているよ」
「ほう?」
ワルド、いつものように杖でシューターをコツンとやった。
「むう? まるで別物ではないか」
「……ああ、以前のものよりずっと性能がいいんだ。しかも、ごく短時間でつくってみせた。すさまじい技術とは思わないか?」
「この地には未知の文明が眠っておるからな。そこから転用された技術があってもおかしくはない」
「そう、そしてその転用範囲は外界にも及んでいたら? いいや、いっそこういったらどうか。文明はこの地から伝播した……とか」
エリはうなり、
「……この地こそが、人類のふるさとであると?」
「ああ……」
「そうなのかもしれませんね」
うん? わりとあっさり受け入れるんだな。あるいは世界観がまるで逆転するかもしれないって話なのに。
そしてこう思わざるを得ない。ここがもし原初の地なら、なぜ人は外界へと向かい、そして技術の衰退を招いたのか……。
「そろそろ服をもらいに行かない?」
フェリクスだ、でも、なにそれ?
「なんで服を?」
「なんかね、衣服に金属繊維を混ぜ込んだ名産的なのがあるんだって。軽量で防御性能も高い優れものらしいよー」
「へえ? それはまあ、いいが……そもそも俺たちの服はどこへいったんだろう?」
「参考にするって話だし、そのお礼じゃないかなー」
つまりはこのシューターと同じってことか。
「そうか、じゃあいったん集まってその服を見せてもらおうか」
そうなると黒エリはどこへいったんだって話になるな。どうせエリにくっついているんだろうと思っていたが……。
「そういや黒エリ知らない?」
「なんかあちこち見て回ってたけどねー」
この里なかなか広いからな、探し回るのも面倒なんだよな。
「黒エリちゃんは迷子か……しょうがねぇなあ、じゃあ……」
先に……って!
「うおっ?」
なんか降ってきたっ……つーか黒エリかよ……!
あの猫といい、いきなり降ってくるなよ……! 獣の強襲だと思うじゃねーか!
「ななっ、なんだよ、近くにいたのか!」
「いいや、しかし私は耳がよくてな」まさか「誰ちゃんが何だって?」
げげっ、やはり聞かれていたか!
「いや……黒エリさんはどこへいらっしゃっているのかなーって話をしていただけですよ……」
「そうか?」
なんか妙な圧を感じる……。
「ま、まあ、とにかく服屋へいこうぜ」
「服だと?」
「なんかいいのくれるんだってよ」
「なぜだ?」
いや、知らねぇけれどよ……。
つーか服のくだりは聞いていなかったのか、変なところだけ鋭敏だなこいつ……。
「なんか、お礼のつもりなんじゃないの」
「ふん、ここの連中は世話焼きのようで、どこか自慢しいな感じがするな」
「俺にはむしろ案じているかのように感じるな。こいつらそんなしょぼい装備で大丈夫なのか、みたいな」
「両立するだろう、私たちの感想は」
まあ、そうだが……。
「いずれにせよ、装備がグレードアップするなら願ったり叶ったりだ。行ってみようぜ」
それで服屋だが……これまた似たようなテントばかりでよくわからんのよな。
「フェリクス、またちょっとそこらの人に聞いてくんない?」
「わかったよー」
それにしても通訳できるって実際、めちゃくちゃ有能だな。俺も家柄的にけっこういろんな国や地方の言葉を学んできたが、さすがにこんな奥地の民族言語はわからないからな。
「あっちだよー」
はてさてそれで……あったあった、横長のテント、服が棚にたくさん並んでいるな。店員らしき女性も明るく迎えてくれる……が? なんか様子がおかしいような? にこにこしているが、汗がだらだらだ……。
「どうしたんだ……?」
店員はなんかウニャムニャ必死に話し始めたが……。
「……フェリクス、なんだって?」
「ええっと、なんか服をバラバラにしてしまって、まだ直していないらしいよー」
ああ、これもシューターと似たような話ってわけね……。
「いや、まあ、新しい服がもらえるなら俺は別に構わないけれど……みんなはどう?」
「私も特に問題はありません」
「私も構わんよ、どうせボロであるしな」
ほっとしたのか女性はウニャーッ! っと喜んだ、途端に饒舌になり始めたな。
「今度はなんだって?」
「冒険用の強靭な服がよりどりみどりだし、自由に選んでってさー」
そうか、じゃあ、まあ、俺は着慣れた格好がいいけれど、ジャケットとかあるかな……って、あれっ? エリがズボンを選んでいる……?
「あれエリ、そういうのなんだ?」
「はい? ええ、以前よりこういう格好でしたから……」
マジか、ローブを着ていたからわからなかった。中は男装のような格好だったんだな。
しかし最終的な姿は以前のエリらしいローブ姿だ。乳白色の生地に橙色の鳥の模様があってかわいらしい感じ……。
アリャは黄色い花の模様が入った緑色のジャケット、緑色の葉っぱの模様が付いた黄色っぽい茶色のズボン、そして身を隠すためと、茶色いマントも手にしたか……って、いつの間に現れたっ?
つーか弓が変わっているな? 金属製になっている、それに腰に短剣を携えてもいる。
「お前、どこへ行ってたんだよ?」
「ムゥー? ソコラヘン」
まあ、あちこち跳ね回っていたんだろう。それでワルドは……奥から出てきた、深い青のローブ姿になっている、顔が見えないから服装が変わると別人みたいだな。
さて、俺は……っと、店員がウニャッと服を寄越してきたっ? 黒いズボンに白いシャツ、それと炎の模様が付いた赤いジャケットか。
「なんでも、石と火と灰の心象、つまりオルフィン流に仕立て上げたものらしいよー」
へえ? そんな心意気も嬉しいが、求めていた服装に近いので選ぶ手間が省けたことが助かるな。
着て見せるた途端にウニャー! と店員が喜んだ。なんだか照れるな……。
「ふーん、みんな、なかなかいいねー」
フェリクスだ、鮮やかな青に白い線が入った服を着ているが?
「お前、あの軍服いいの?」
「さすがにボロボロになってきたからねー。そろそろ捨てていいんじゃないかなー」
え、軍服だぞ、なんかこう、栄誉とかそういうのないのか……?
……というか黒エリも服を選んでいやがるな、さっきなんか文句いっていたのに……。
そしてなんだ、どういう服を選ぶんだ、もちろん黒い服だよな……っと、よしよし、黄色い線が入っているもののやはり黒いジャケットか、下も黒いズボンだな、いいぞ、そこで黒以外の服にされると黒エリとは呼びづらくなるからな……。
そして、軍服を綺麗に畳んで仕舞ったか。いや、そういうもんだよな、普通……。
「でもあれだねー、こうして見ると、どことなく一体感があって、仲間って感じがするねー」
そうか? まあ……そうかもな。
「よし、みんな装いも新たになったな」
「うむ、みな準備は整ったであろう」ワルドだ「そろそろ出発するかね」
そうだな、クラタムたちのことが気になるしな。
「ああ、いつ出発する?」
「アシタ、スグ!」
「じゃあ、それでいいかいみんな?」
そろって頷く……黒エリ以外は。
むしろなんか不満気くさいが……?
「……そうと決まれば今日はゆっくりしよう」
……って話だったのに、夜、出発を告げたからだろう、今宵も宴会が始まってしまった……。ワルドとかさっそくがぶがぶ酒を飲んでいるし……明日も二日酔いになったらさすがに困るぞ……!
「それで……」
おっと、黒エリが隣に座ってきた。
「アリャの兄を探しに行くのだな?」
「ああ、そうだ。つーかなによ、お前、文句ありそうに見えるが……?」
「ふん、遺跡と呼ばれる場所はどこも恐ろしく危険だ。聞くに彼らはたった三人で向かったそうではないか」
「そうだな……」
「期待せん方がいいぞ」
「ダイジョーブ!」おっとアリャもやってきた「アニキ、ゾシアム、レキサル、チョー、スゴイ」
「やはり一流なのか?」
「ワタシ、テンサイ、イワレル! デモ、ゼンゼン、カナワン」
アリャが敵わないと言い切るなら、やはりあの三人は相当なものなんだろう。なら大丈夫さ、きっとな……。
それにしても遺跡か……。どういうところなんだろう? また機械人間とか、未知の存在と戦うことになるんだろうか? いや、それより渓谷に向かうそうだし、変な魚とか川辺から元気よく飛び出してきそうだぜ……。そしてでかい沢蟹とかも出てきてハサミを振り回してくるんだ、きっとな……。
あーあ、なんというかもっと静かな冒険をしたいね……。
「どうした、元気がないな」
黒エリさんはずいぶんと元気よく食べていますがね……意外と大食らいなんですかね……。
「……そういや、お前って光線とか出してるけど、あれやると腹とか減るの?」
「減るぞ」
「ああ、やっぱり減るんだ」
「減る」
そうか、減るのか……。まあ、どうでもいいけれど……。
「そういやお前って、どのくらい頑丈なの?」
「さあ、例えば、銃で撃たれてもほぼ平気だな」
「ああ、やっぱりそういうの平気なんだ」
「平気だ」
そうか平気なのか……。まーどうでもいいけれど……。
「じゃあ、逆に光線とかくらっても大丈夫なの……?」
「なんの逆か知らんが、高熱、凍結、通電、酸やアルカリにも強いぞ」
「おいおい、なんにでも強いのかよ」
「強い」
そーか強いのか、どうでもいーけれど……。
「あれっ、お前って胸、柔らかいの……?」
「固そうに思えるか?」
「なんとなく……」
「そうでもない」
「そうでもないのか……」
「そうでもない」
そうか、そうでもないのか……。
「……でさ、思ったんだけれど、今の質問、ヤバいよな?」
「そう思うか?」
「いや、他意はないんだ、本当に、好奇心で……」
「好奇心か」
「そうなんだ……」
「好奇心は猫を殺す……古い諺だ。お前の墓標に彫ってやろう」
そうか、俺はこんなところで死ぬのか……。
まあ、どうでも……よくないぃいいい……!