オルフィンの里
なんだよ、ウーワキタッてなんなんだよっ?
な、なぜだ、なんで、休息をするため……あわよくばだ、もてなしなんかを期待してオルフィンの里へとやってきたってのに……着いて早々だ、こんなに体を鍛えるはめになっているのは……なぜなんだっ……?
なんかひっきりなしに応援? されているし、つーかリズムもはえーしよっ……こんな、あとどれくらい、腕立て伏せをしないとならないんだっ……?
「イイ、ムウ、オヨ、ルー、ウーワキタッ!」
「ニァー!」
「イイ、ムウ、オヨ、ルー、ウーワキタッ!」
「ニェー!」
うっ、腕が震えるぅう……腰が下がるっ……! あ、あと、何回やればいいんだぁああっ……?
「イイ、ムウ、オヨ、ルー、ウーワキタッ!」
「ヨー!」
「イイ、ムウ、オヨ、ルー、ウーワキタッ!」
「ウェー!」
こ、これ以上はできないぃいい……! ああ、だめだぁ、力尽きた……って、なんだ起こされぇえええ……!
「ううっ?」
肉や豆……飲み物、なんか食事の皿が差し出されるがっ? いや、たしかに腹は減っているんだが、こんな運動の後にいきなりっていうのは逆にきついだろ!
……でも、なんかみんな見ているし……く、食わないと……。
……味はけっこういいな、これならまあ食えるかも……塩味と爽やかな香辛料の香り……。
……よし、飲んだし腹に入れた、これでいいのか……っと、なんか担ぎ上げられたぁっ……? そのまま運ばれてぇえ? 変な椅子に座らされぇ……今度は何だよっ? なにこれっ? この踏み板を……交互に足でこげって? おいおい鍛錬はまだ続くのかっ……?
「いやもう、疲れちまったよー!」
「ワグム、ニァ、モタニカミャー!」
「なにがっ? わかんねーよ!」
「ムア、モニラ、ミタニカミャー!」
ああもうちくしょう、やってやるよ! こげばいいんだろ、ギッコギッコとよぉ……くそっ、やっぱり重たいし……!
「イイ、ムウ、オヨ、ルー、ウーワキタッ!」
「ニェー!」
「イイ、ムウ、オヨ、ルー、ウーワキタッ!」
「ニョー!」
というかそのかけ声なんだよ、ウーワキタってなんなんだよ! なんかアリャが合いの手を入れているし、お前は鍛錬しなくていいのかよ、他のみんなはっ? なんで俺ばっかりっ……?
汗だくだが、女の子たちが拭いてくれる、それはまあ嬉しいさ、しかしマジでなぜこんなことをしなくちゃならないんだっ……?
「イイ、ムウ、オヨ、ルー、ウーワキタッ! イイ、ムウ、オヨ、ルー、ウーワキタッ!」
つーかこの里では老若男女、みんなガタイいいな! そりゃそうだ、こんなもてなしをしくさるんだもんな!
「イイ、ムウ、オヨ、ルー、ウーワキタッ!」
「ニァー!」
「イイ、ムウ、オヨ、ルー、ウーワキタッ!」
「ムェー!」
「イイ、ムウ、オヨ、ルー、ウーワキタッ!」
「ヤー!」
アリャお前ほんと楽しげだなぁーっ? というかほんともうそろそろ勘弁してくれないか、到着した時点でけっこうへとへとだったんだぞ、プモルシィはすぐに着くとかいっていたのに、けっきょく何時間も歩いたしさぁ……!
「イイ、ムウ、オヨ、ルー、ウーワキタッ!」
「ヤー!」
「イイ、ムウ、オヨ、ルー、ウーワキタッ!」
「ムゥー!」
「イイ、ムウ、オヨ、ルー、ウーワキタッ!」
「ニョー!」
ああっ……もうだめ! もういけません、いけませんよっ……はい限界……って、なんだまた飲み物だ、それでこれを飲んだら……やっぱり別の場所に運ばれて……今度はなにこれ? この二つの取っ手を握って……殴るように突き出すの?
「ヨン、バリ、ヨン、バリ、ヨーンバリッ!」
「ニエー!」
「ヨン、バリ、ヨン、バリ、ヨーンバリッ!」
「ニュー!」
「ヨン、バリ、ヨン、バリ、ヨーンバリッ!」
「ムァー!」
ヨンバリってなんだ……ヨンバリヨンバリ……。
『ヨン、バリ、ヨン、バリ、ヨーンバリッ!』
「オー!」
『ヨン、バリ、ヨン、バリ、ヨーンバリッ!』
「ムッホーイ!」
『ヨン、バリ、ヨン、バリ、ヨーンバリッ!』
「ヤァー!」
……なんだろう、おかしいな、だんだんと楽しくなってきた……ような、気がする……。
というか、疲れが抜けてきたような……? ああ、なんか楽になってきたような……っと、なんだ、また担ぎ上げられた、今度は台の上に寝かされたが? お次は……この重りを持って……腹筋運動をすればいいのか? まあ、なんか楽になったからいいけれど……。
『ウーン、バヤァー! ウーン、バヤァー! ウーン、バヤァー!』
いや本当に体が軽いけれども、これって大丈夫なのか……?
「ウーン、バヤァー! ウーン、バヤァー!」
またなんか変な魔術的なものが発動しているんじゃあなかろうな……!
「ウーン、バヤァー! ウーン、バヤァー!」
まあ、気は高ぶっていないし、大丈夫だと思いたいが……。
「ウーン、バヤァー! ウーン、バヤァー!」
だからウーンバヤァーってなんだよ……っと、また担がれた、今度は何がくる……って、
「……おいおい……」
……マジか、崖だが、わりと絶壁だが? 登っている姿がちらほら、でもこれ落ちたら……いや、下に網が張られている、クッションのようなものもある、これなら大丈夫、なのか……?
……いやもういい、考えては駄目だ!
「……おおっし、ここを登れってんだなっ!」
歓声が上がる! ああ、ああ、やってやるともさ! 岩壁は手頃にデコボコしているし、凹凸もしっかりしている、意外と登りやすいかもしれない! 妙に体も軽いしな、さっさとやっちまおう!
よし、どんどんいくぞっ! 登ってやるっ……! 実際、超こえーけれどもっ、下を見たら駄目だ、上しか見ない!
……下からさらなる歓声が、背中を押してくれる! 幾人かが一緒に登ってくるっ? 満面の笑顔だ……。
というか、実際やってみるもんだな、意外といけている感じ、でも素人だからな、とにかく堅実に、一手一手、確かめながら、無理に手を伸ばさない、足を上げない、遅くていい、いまの自分にできる範囲で……。
……くっ、だが、選択の範囲が狭いな、かかりが弱いところに頼る……ときどき無茶をしないとならない……。
……滑落していないのは、いまのところ運がいいだけかもしれない……しかし、あれっ? そろそろ頂上じゃないかっ? いける、いけちまうかも……!
だが焦るな、リスクを負うな、できる範囲で少しずつ……。
よし、よしよし……あと少し、もうすぐ……。
……もうすぐ! だがっ、慌てるな、絶対に慌てるな、ここでミスるのが俺ってやつだ、慌てるな、ぐうう、もう少し……。
もう少し、頂上にっ……手が、かかった……! 最後でミスるなよ! 登り……きっ……る!
「おお……?」
おおお……? 登ったか、登れたかっ? マジかよ、なんだかんだ二十メートルはあったろ、登りきったってのか、俺が……?
「うおおっ、やったぞぉー!」
途端に大歓声! あまりの勢いに倒れそうになるくらいだっ!
……でも、なんか、喝采に応えたいが……俺はもうダメだ? なんか……急に、体が動かなくなってきた……!
……と思ったらまた担がれて……坂を下っていく……? 崖下へと戻ってきたが……。
もう、さすがに鍛錬は無理だぞ……って、なんか加速している? どこへと運んでいる、つーかなにっ? 身ぐるみを剥がされぇええ……?
「うおおおっ?」
たっ、滝壺だぁーっ? 放り投げられぇえええっ!
「あばばっ! おいいい!」
みっ、水が冷たいぃいぃ! でも火照りまくった体にはちょうどいいっ? つーか、みな一斉に滝壺へ入ってきたぁっ? 大声で歌い出し始めたぁ……!
なんなんだ、すべての勢いが半端じゃねーな! 締めに水面を手の平で叩き始め、ウォー! と歓声っ……が上がったら? なんかみんなこっちに手を振りながら笑顔で去っていく……。
……ああ、ようやく終わったのか……? つーか、マジでなんだったんだよいったい……!
滝壺に残っている男たちは、なにやら筋肉合戦を始めたし……。胸筋、上腕筋、腹筋、広背筋、みなすっげームキムキだぜ、俺もここまでの旅でそこそこ鍛えられているつもりだったが、彼らは次元が違う……!
まあ、なんにせよ終わったらしいな……。じゃあ、さっさと出て休もう……って、着ていた服が見当たらない……手拭いと里の民族衣装みたいな衣服、そしてサンダルがあるが……これを着ろって?
……さて、着たはいいが……と、男がウニャムニャ、先を指差した? なんだ、ついて来いって……?
いい加減、休める場所であってほしいが……もう、足元もふらふらで、まっすぐ歩くのですらちょっと難しい……。
それでなんだ、住居ひしめく区画に来たな、オルフィンの家々は自然物を模った色彩豊かな布で覆われている、どれもが大きなテントって感じか。でも、こんなので獣たちから身を守れるのかね?
「ウム、ニャプラ、プー」
なに、着いたの? ここへ入れって? ……なるほどテントの中は厚手の絨毯が敷かれている、土足厳禁だろうな、素足が沈む気持ちのいい感触、寝床も用意されているし、部屋の端には俺たちの装備品が置かれてもいる。でもやっぱり俺の衣服がないな?
男は朗らかに去っていく。まあここで休んでいろってことだろうが、ああ休むとも! それはもう休ませてもらいますよ! 正直、もう、ダメだし……。
……そうだぜ……俺はそもそも休息するためにここへと来たんだ、なんでまた疲弊しないとならないんだ……。
ああ、睡魔が一気に襲いかかってくる……。
もちろん、争う気などない……。
「ううっ……?」
……あれ? ここはどこだ……?
……ああ、オルフィンの……。
「うーん……うっ?」
痛い……体がけっこう痛いっ? 筋肉痛というか、なんか節々が痛いぃ……! そりゃあそうだ、あんなに鍛錬をさせられちゃあな……!
「ぐうう……!」
体を起こすのも億劫だぜ……いつの間にか部屋の片隅でランプ輝いている、なんとかテントから出るが……空には星、夜になったのか……。でも灯りが各所にあって、周囲はわりと明るいな……。
しかしこの里、壁にも覆われていないようだが大丈夫なのか? 獣の襲来とか……。
「うんっ?」
なんだ? テントの端……壁部分……触れてみると布ごしでもわかる、めくると尚更だぜ、布の裏には分厚い金属製の壁が待ち構えているっ!
……なるほど、見た目とは異なり、実は相当な強度の建築物ってことか……! こいつは一本取られたぜ……!
「昼間は大変でしたね、大丈夫ですか?」
うん? ああ、誰かと思ったらエリだ。装いが変わっている、鳥の形をした模様に彩られた、ふわっとした衣服に身を包んでいる。俺と同様に着替えさせられたのか。それにしても……。
「似合うじゃあないか……! 可愛い!」
……っと、思わず口にしてしまった……。
エリは眼をぱちぱちと瞬き、頬を赤らめる……。
「夕食は……もう少し後だそうです。それまで温泉に入ってはどうですか? 筋肉痛に効果がある成分が含まれているそうですよ……」
うーん、ちょっと小恥ずかしい……。
「あ、ああ、いいね……」
「里の風習のようですね……。私もいささか疲れました……」
なに? エリも鍛錬させられていたのか?
「君もか、大丈夫かいっ?」
「ええ、ぜんぜん、レクさんほどではありません」
そうか? それならいいが……。
「……それで、みんなは?」
「みなさんも休息をなさっています。レクさんを除けば、エオさんがもっともがんばっていましたよ」
エオはムキムキへの道を歩もうとしているのか……。可憐なのにムキムキ、いや、別に相反する概念ではない、か……?
「そうだ、聞いたかい? 彼女の話を……」
「はい……。先ほどお話を聞きました、なんといえばいいのか……言葉が見つかりません……」
「苦しめば楽園へと行ける……。そんな話、教典には……」
「苦難は試練とよく解釈されます。おそらく、そこから発展させた信仰であったのでしょう……」
「そう、か……」
あるいは、あの異常な場所で生きていくために、そういった信仰が必要だったのかもしれないな……。
「……彼女はどうだろう、受け入れてもらえそうかな?」
「大丈夫だと思いますよ。今後は鍛冶のお手伝いをしながらここで生活をしていくそうです」
「そうか……それはよかった」
「ええ、幸せになっていただきたいです」
うん、俺もそう思うよ。
君に対してもな……。
「では、温泉まで案内しましょう。こちらです」
……ああ、いいね。エリはもう入浴を済ませたのだろう、肌や髪は艶やか、独特な匂いを漂わせている……。
そのうちに湯煙をまとう、二つの大きな建物が見えてきた。ふとエリは振り返り、
「やはりお体……大変そうですね? いっそ治癒しましょうか?」
「ああ、でも、こういう場合は自然治癒の方がいいらしいね」
「ええ、いまの私では鍛錬の効果までも打ち消してしまうかもしれません……」
「ときには必要な痛みもあるさ。自然に任せるよ」
エリは頷き、
「浴場は男女で別となっていまして、男湯はあちらです。ゆっくり休んでくださいね」
「ああ、そうするよ」
浴場の周囲には警備員らしき武装した者たちがうろついている。妙にものものしいのは安心して入浴してもらうためだろう。近づくなり、愛想よくウニャムニャと迎え入れてくれる。
中へと入ると籠の並んでいる部屋だ、ここに衣服を置いて入浴か。布で仕切られている先から、もわもわと湯気が漏れ出している。よし、服を置いて、さっさと入ろうか!
「……って、広っ?」
でかい浴場だ! 湯気で全貌は把握できないが、かなり広いだろう! 床は整然とした石畳、温泉独特の匂いが充満している。
よし、体を洗って入るとするか……!
「あぁぁああぁあ……」
ああーいい、これはいい! 疲れが口から出ていくみたいだ……湯が疲れた体に染み入るぜ……!
いやあ……これはいい湯だ、熱すぎもせず、ぬるくもない……個人的に絶妙な温度……。
……はああ……それにしても疲れたなぁ……。
……ああ、ああ、俺はよくやったよ、この地で、暗黒城で……。ヤバい場面はいくらでもあったが……いまはまだ、こうして、生きている……。
もちろん、ひとりで生き抜けたわけじゃない……。
みんなはもちろん、ホーさんとか、スゥーとか、意外な人たちに助けられて、いまはもまだ、俺は生きている……。
危険なこの地で生きて、こうしてぬくぬくと温泉に入っている……。
これは実際、不思議なことだ……。
すべてが意外、想像を軽く超えている……。
すべてが……。
すべて……っと、誰か入って来たか?
足音、湯気の中……誰かが……うん? こちらへと近づいてくる?
なんだ、俺と筋肉合戦でもするつもりか? 正直あんたたちには敵わないぜ……いや? うっすら見えた姿はずいぶんと肌が白いな、それに金髪だ? オルフィンの民ではない? というか、どこか覚えのあるような……?
「やあ、起きたのかい」
……あっ、そうだ、彼はあの砦で会った優男の青年、黒エリの仲間だ……!
「おっ、おお、あんたはあのときの? なぜここへ?」
「シスの要請で物資を届けにきたのさー」
「シス?」
「ビッグシスター、みんなはよく姐御と呼ぶね」
ああ、黒エリのことか。
「ところで僕はフェリクス・ハイランサーというんだ」
「えっ、ああ……俺は……」
そういや名前を聞いていなかったな。フェリクス、幸運が語源だったか。
「あの機動要塞を落としたんだって? 君はすごいねー」
「いや、俺は大したことはしていないよ。端で転げ回っていただけさ……」
「ところでさー、僕もついていっていいかなー?」
うん、いきなりなんだ?
「ついてくるって、俺たちに?」
「そう。情報収集の任務があるからさー、どうせなら一緒の方がいいかなって」
なるほど? なんの情報を収集しているのか知らないが、仲間はある程度多い方がいいだろう。黒エリの仲間なら信用もあるしな。
「そうか、俺は歓迎するよ。でも年長者であるワルドの承認は必要かな」
「ありがとう。まあ、仲間といっても情報収集のついでだからねー。邪魔ならさっと消えるよ、朝霧のように……」
「そんなこといわないでくれよ。俺だって決して大したもんじゃないんだから」
フェリクスは微笑み、
「僕は一見、普通だけど、中身はたぶん変わっているんじゃないかと思うよ。以前より五感の感度が段違いだからねー。まあ、実戦は控えめにいってもいまいちだけどねー」
「諜報特化だって?」
「そんな感じさー」
なるほど、たしかに見た目はまったく普通の人間だな。
「……そういやあんたたち、どういう経緯でそんな風になっちゃったんだい?」
「説明ついでに、僕の話をしていい?」
「うん」
「僕はずっと北西の国、エシュタリオンで俳優やってたんだけどね、薔薇将校という演劇をしたのをきっかけに、軍人に興味をもってね、なんやかんやあって軍隊に入ってしまったんだけど、なんだかよくわからない内に特殊諜報部という組織に加えられたんだ。で、そこの任務はこの地の情報収集でね……」
役者になれそうとは思ったが、本当にそうだったのか。それにしても俳優から軍人のくだりがあっさりすぎるというかなんというか……。
「たぶんねー、恨まれたんだよね、上層部の奥方や恋人に僕のファンがいたのではないかと、それで妬みを買い、死地に送られたんじゃないかと思ってるんだ。ほら、エシュタリオンは芸術の時代真っ盛りで、送る戦地もなかったわけだし、合法的に抹殺するにはここが適当だったんだろうねー。はあ、僕は生まれついての罪人なのかもしれない……」
へえー……?
「それで?」
「まあ遺物を回収せよと、いきなり無茶苦茶だよね。でも、同僚は皆すごく優秀でね、とにかく隠れるのが上手くって、森の中をコソコソ進んで奥の方まで行けたんだよ」
それはそれで凄いな……。
「そして目的地へ着いたんだけど、そこは虚無を形にしたかのような場所でね、建物とか道とか形は整っているんだけど、人っ子ひとり、魔物すらもいないのさー」
「へえ……」
「それで、目的の場所には大きな屋敷があってね、でも、運悪くというか、実際は必然だったんだろうけど、他国の部隊と鉢合わせになってしまったんだ。しかも、僕らがやってくる前に、複数のそれが衝突していたらしく、死体が散乱していて気味が悪かったよ」
「はめられたのか……」
「それに加えて、屋敷は罠だらけだったんだ」
「罠……」
「そのせいで僕の同僚たちが皆やられてしまってねー、とっても心細かったんだけど、それはどこの部隊も一緒みたいでね、だから生き残り同士、手を組むことにしたんだ」
「まさかそれが……」
「プリズムロウの前身だねー。そうして僕らは力を合わせて脱出しようとしたけど……お察しの通りそれは失敗してね」
「……蒐集者」
「部隊のみなはそうなんだけど、僕らはアテナとかいう淑女にやられちゃったんだよ。シスの知り合いらしいけど、聞くと猛烈に不機嫌になるので関係は謎さー」
アテナ……。
「掻い摘むとそういうことなんだ」
各国の部隊が同時期に動いてそこへ集まった……。自然のままではあり得ないことだな、つまりは何者かが操作したんだ……。そして国を超えた組織といえば……。
「インペリアル・サーヴァント……?」
「おっ、よく知ってるねー」
「いや、最近知った名をいってみただけだよ。暗黒城で奴らに襲われたんだ」
「そうなのかい? 僕らがこの地へ送り込まれた理由にはそれもあってね、皆には共通点があったんだ」
「それは?」
「帝国を復興しようと暗躍している勢力が母国に紛れ込んでいることに勘づいていた者たちさー。まあ、僕は後から入ったし、その辺りにはぜんぜん詳しくないけどねー」
「なるほど、つまりは口封じ的な意味合いもあったと」
「そうなんだろうねー。ちなみに、アテナはインペリアル・サーヴァントの一味らしいんだ。シスがそんなことをこぼしていたのを聞いたことがあるよ」
へええ、微妙に話が繋がってきたぞ……と、長話していたらのぼせてきたな。そろそろ上がるか……。
「宴会をするようだねー。いいときに来たなー」
「あんたは鍛錬させられてないの?」
「いいや? なんでそんなことするの?」
……温泉のお陰か、筋肉痛が和らいだような気がする。フェリクスに案内され、ほかほか気分で宴会の場に向かうとたくさんの絨毯が敷き詰められている広場だ、やはり多くの料理が準備されている。そろそろ宴が始まりそうな雰囲気か?
「オー! ルクロス、ルクテリウル、ロォーミュウゥン!」
えっ、なに、俺のこと? なんか族長っぽい立派な格好の、ものすごいガタイの老人だ、プモルシィとともにやって来て……俺の肩を抱いてウニャムニャと話を始めた。そして喝采……なにやらすごい扱いのような……!
そして宴が始まった、プモルシィは好き放題ウニャムニャ話しかけてくるがオルフィンの言葉はぜんぜんわからんのだよ、アリャを呼んでもご馳走に夢中で気づいてくれないし、しょうがない、エオを呼ぶが……彼女もまたギクシャクとした動きでこっちにやってきた……。
「すまない、このプモルシィちゃんは何をいっているの……?」
ふたりはウニャムニャと言葉を交わす……。
「どうにも彼女は族長さまのお孫さんだそうで、とても感謝していらっしゃるようです。それに加えて暗黒城は不吉の象徴でもあったらしく、それを落としたレクさんを勇者として讃えたいそうです」
「ええ? で、でも、どっちも俺も手柄じゃあないぜ……?」
「そうでしょうか? レクさんが引き金となり、あの結果に至ったのだと私は解釈しています」
もう、そういうことになっちゃっているわけね……。まあ、変に否定してこの雰囲気に水を差すのもなんだが……。
「……まあ、それより君だが、ここでやっていけそうなのかい?」
「はい! といいましても、しばらくは体を鍛えませんと簡単なお手伝いもできません……。いまはもう、身体中が筋肉痛で……」
「俺もだよ……!」
思わず笑い合う。エオの笑顔がとても眩しいな……!
「レクさんの仰りたかったこと、いまは実感できます。この痛みは間違いなく、よい痛みです。やがてこの里の礎となり得る体をつくるための段階のひとつ……未来が見える、正しい痛み……」
「ああ、そうだな、そうだ……」
しかし、この儚く可憐なエオがいずれムキムキになっちゃうのか……。
「本当に、ありがとうございます……」
「こっちこそ、君の助力あってのことだよ!」
「よくわからないけど、いい話だねー」
「さあ、いまは楽しもう!」
「はいっ」
というかこのフェリクスをワルドとかに紹介したいんだけれど……彼はもう、けっこうな勢いで酒を飲んでいるらしいな、瓶の中身がフード奥の闇にどんどん消えていっているし……先にエリたちに話を通した方がいいかもしれない。
それでだ……いたいた、アリャの近くにエリがいて……黒エリもいる。あいつだけオルフィンの衣装を着ていないようだが……というか口元を覆っている仮面が左右に開いている……! あそこ開くんだな、まあ開かないと飯が食えないか。
その素顔に多少の興味が湧いたので……じりじり近づいてやろう……っと黒エリ、こっちを見やった……が、
……おお、べつに意外じゃあないが……。
まあ、美人なんじゃ、ないの……?
「なんだ?」
「……い、いや、その仮面、開くんだなぁと思って」
「開かんでどう補給するのだ。これは装備品だよ」
首元に手を回すと、ガチリと仮面部分が外れた!
「へぇー、体の一部だと思っていた」
「ふん、この体と融合した武装の追加装備、といったところだな」
「へええ……ってそうだ、このフェリクスだけれどさ」
「ああ、同行したいと」
「そうさぁシス、この辺りの調査は進んでいないし、いい機会だと思ってねー」
「そうだな、任務を効率よく遂行するためと考えればよい機会ともいえる。私は許可しよう」
「ありがとう!」
「逆にお前はよいのか? これは弱いぞ」
「いや俺だって弱いし……二人はどうだい?」
エリは快諾する。アリャはすごい勢いで飯を食っているし、まるで聞こえていないようだが……まあ断らんだろうな。
「ああ、僕は歓迎されているんだね。でも同時に恐ろしいよ、可憐な二人が僕を取り合ってしまう未来が……」
くるかそんなもん!
「それよりお前だ、よくあの機動要塞で生還できたな?」
「そりゃあまあ、俺はしぶといし?」
「……生還率は極めて低いと算出されていた。可能な限り急いだが、結果的に遅くなってしまい……すまなかったな」
えっ、なにこのひと、なんで唐突に謝ったの?
初対面でしばいたことにはまるで謝罪ないのに……!
「い、いや、楽勝だったよ、なんか電撃の……攻撃、くらったせいか電撃に強くなったっぽいし! やっぱり俺って電撃の才能あるかもー……?」
「……やはり相応に何かあったな」
「いや、余裕だったさ、並み居る敵をばったばったとなぎ倒して……」
「嘘が混じっている。すべて正直に話せ!」
ううっ……なんだよこいつっ?
「いや、いいだろ、無事に生還したんだからさ!」
「いいから話せ……!」
くっ、なんだってこいつ、こんなに詰め寄ってきやがるんだ、べつに生きていたんだからいいだろぉーがよ!
「……でだ、サーヴァントの奴らをホーさんたちが倒して一件落着な感じだよ!」
……圧に負けて、けっきょくぜんぶ話しちまった。
エリと黒エリは難しい顔をするが……。
「なによっ? 無事だったんだからいーじゃんか!」
黒エリは頷き、
「そうだな。驚くほどの僥倖だ」
「……さっきから何を神妙な。冒険してんだからそりゃヤバいこともあるさ! 当たり前だろっ?」
「まあ、そうだが、ただ……」
「ここは謝っておくのがベストだよー」フェリクスだ「シスたちはきっと、君が死んでいると覚悟をしていたんだと思うよ。その感情の置き場の話じゃないかなー」
「それは……」それは、心配させたかもしれないが「まあ、そうさな、悪かったよ……」
「いえ、すみません」エリだ「ええ、とても怖かったものですから……」
それは……。
そう、なのか……。
だったら、なおさら悪かったよ……。
「うん……ごめん……」
「いえっ、ですから、謝らせたいわけでは……」
「いーや」黒エリだ「お前は軽率だったぞ、反省すべき点はある」
「だから悪かったっつーのよ!」
「おやおや、君はそうとう気に……」
うっ! なんだっ? フェリクスが崩れ落ちたっ……?
「おいっ?」
「どうやら酒に酔ったらしいな」
こ、こいつっ? なにかしやがったなっ?
「だ、大丈夫かっ……?」
「星が……輝いてるよー……」
酩酊のような状態、だがもちろん酒じゃない。
さきほど一瞬、鋭い風が吹いた。殴られたか、しかしめだった打撲傷はない、顎をかすめる鋭利な一撃だろうか……? そういう技で人は簡単に沈むと本で読んだことがある……!
「おまっ……なんで……」
「オオー……! スゲー、クッタ!」
不自然に崩れ落ちている男を枕にアリャは寝転ぶ……。お腹パンパンなご様子で満足げだね……!
「よしよし、やっとるかぁー?」
今度はワルドがふらふらしながらやって来た、べろんべろんな感じだが……?
「クイマクッタ……! ハライッパイ……!」
「うむうむ、それはなにより……。えっと、レクはどこへ行った……?」
「ここにいるよ……」
「おっ、いたか、この馬鹿者め!」
おおっ? またかよ!
「なな、なにっ?」
「君な、君な、あのときなんといった?」
あのとき、あのときって……?
「暗黒城へ向かう直前だ、なんといった!」
なんと……なんと?
「なんていったっけ……?」
「追うなと抜かしたであろうがこの馬鹿者めっ! 君は仲間をなんと心得る! 追うに決まっておるだろうが、この馬鹿者め!」
あいたた、拳骨が幾度も降ってくる!
「ごっ、ごめんごめん、悪かったよー!」
「私はなぁ……私は……」
ワルドはふらふらとして……その場に座っちゃった……。
「仲間に死なれるのはもう……嫌なんだぁ……」
ワ、ワルド……。
「嫌……なんだぁ……」
そうしてばったりと倒れ、たぶん、眠りだした……。
ああ……なんというか……。
心配させてすまない、ワルド……。
すまない……みんな……。
「……すまない。でも、大丈夫だよ。俺は死なないから……」
エリは頷き、
「もちろんですとも。さあ、寝床へ……」
……運ぼうと思ったら里の女性が現れ、ウニャムニャとワルドを抱き起こした。
「ああ、ありがとう。手伝うよ」
女性はウニャンと微笑み、断った。そしてワルドを寝床へ引きずっていくが……。
一応、俺たちも見にいくか……。
「悪いね。でも、運ぶなら手伝ったのに……」
……って、あれっ?
えっ?
さっきの女性、いない……。
「はらっ?」エリも辺りを見回す「えっ……?」
ワルドはいる……寝床でいびきをかいている……。
「先ほどの女性は?」
「いない、ね……」
出口が他に? いや、ざっと見た感じひとつだけのようだが……。
なんだ、おかしいな……。
「レクさん、あれを……」
うん? 大きなバックパック……の側にワルドの鞄が……開いている。そこから見慣れぬ短剣? が窺えるが……。
「あの鞄……先ほどまでは開いていなかったはずです」
なに?
「……探られた……って?」
「わかりませんが……」
輩だってのか、なるほど姿を消した理由にはなるが……。
「おい、二人とも」おっと黒エリだ「こっちだ、アリャの兄に関する話が聞けた」
「なに?」
「早くしろ」
なんだいきなり、クラタムの情報がここで? いや、近しい種族っぽいし、情報も集まるか。宴会場に戻るが……アリャが髭もじゃの男に詰め寄っていて困らせている。
「なんだ、クラタムの動向がわかったって?」
黒エリは頷き、
「どうにも、この里に寄ったらしい」
「おお、そうなのか」
「この近くには渓谷があるらしく、そこにある遺跡へと向かったらしい」
「渓谷……そして遺跡か……」
「なんでも、その遺跡は禁忌の場所らしいがな」
エリはアリャを制止、髭もじゃの男は困り顔のまま去っていった。
「急展開だが……次の目的ははっきりしたな」
「そうですね……。ですが、禁忌の場所へとは、どういうことなのでしょう?」
どういうことか……まあ、無闇に想像しても意味はないが……。
「遺物、かもしれないな……」
「セルフィンを守るため……?」
「そう、狙われているセルフィンの里を守るため……」
「たしかに、それはあり得ることですね……」
「どうする? ワルドは遺物の繁用を止める立場だ、あるいは衝突することになるかもしれない」
「ですが、アリャは追うに違いありませんよ……」
そうだろうな、兄貴に遺物、間違いなく行くことだろう。
だとするなら、俺たちも行くしかないだろうな。アリャを一人でなんて行かせられん。
「……アリャ、行くんだな?」
「イク!」
「俺たちも行くよ」
アリャは俺を見つめる、そして寄りかかる……。
「ヤバイ……ヨ?」
「ああ、わかっている」
アリャは少し微笑み、
「……アリガトウ!」
なにをいまさら。仲間だし、当然さ。
しかし、クラタム君たちはいったい何を……。