人の引力
輓歌の地ではありとあらゆるものが奪われる。
肉体の誇り、気魂の均衡、他我への信頼、未知なる文明への所期……。
やがて悟るだろう。喪失こそ最後の救済、悲鳴のみが祈りだと。
そして憎悪するだろう、無情を是としたこの形貌を。
降り注げ天の火よ。業火は未だ、咎の底に達してなどいない。
「我が名はサラマンダー、その滴る咎をこの業火にて清めてやろう!」
突き出された槍っ……から、炎の渦っ? ヤバい跳べっ……と、なんとかかわせて……ねぇえっ? あちち、足元が燃えているっ……がっ? なんか水がはしってきた、消火される……!
「いきなりなによっ!」
スゥー、銃を撃つっ……ものの当たらんか! サラマンダーのやつ、すげぇ跳躍でかわしたっ、つーか女がいないっ? いや、スゥーの側面にいるっ!
「罪状を刻んでやろうっ!」
旋風がっ……! スゥーは吹き飛びっ……倒れるが同時にブルちゃんが女を跳ね飛ばしたぁあっ?
「スゥー!」
「ひとの心配なの?」
少年が頭上にいる、銃口もこっちに、ヤバいっ……!
「やりたくなんかないけどさ、そういう指示なんだ」
ぐっ……銃口が異様にでかい、くらったら……って少年、なんか垂直に落下したっ?
「死闘を知るべき齢でもないでしょう……」
おっ、いつの間にホーさん! というかさっきの水は彼女のか!
「重いっ……! なんだこれっ……?」
少年は動けないらしい、だがホーさんの頭上にサラマンダー! 炎の噴射っ!
「ホーさんっ!」
残るは丸焦げのっ……? いやっ、崩れて手のように変化したっ、サラマンダーの足をつかむ、落下先は黒い絨毯だっ! あの虫みたいな魔術か!
「ぬぅおおっ!」
奴め、全身に炎をまとった、蟲を焼き払ったか、また大きな跳躍で後退するっ……!
「さ、さすがは黒い聖女……!」
「なんなんだ、この黒いのはっ?」
今度は少年が蟲にたかられている、だが重さから解放されたらしい? 同じく飛び退いて距離をとった、そしてスゥーはっ? どこにもいない、ブルちゃんもいない、まさかあのまま落下したのかっ? というかホーさんもいないが……!
「奴らは……」
女だ、ややふらついているが、やはりあの程度ではやられんか……!
「どうしたのだ、逃げたか……?」
周囲にはデヌメクしかいない、つーかなんか明後日の方向を眺めているが……あんたは戦わねーのかよっ?
「楽観するな、気をつけろ……!」
「ふん、いつになく弱気だな」
やはりか、女がこっちに目をつけたらしい……が、俺だってやられてばかりじゃあいられんぜっ! こいつは人間相手のシロモノじゃあないが、やるしかないっ!
「ふっ……なんだそのおもちゃは?」
たしかに、普通に撃ったんじゃあ通じるとも思えん……。だが、無茶をしたからか、なんとなく感覚がある、いまの俺ならもっと強い電撃を放てると!
……よしっ、いける、そのはずだ!
いけぃ!
「くらぇえっ!」
電撃がっ……飛び散るぅうっ、猛烈な衝撃っ……! を、逃がしきれないぃいっ!
「ぐううっ!」
勢いでひっくり返っちまった、衝撃で腕が痺れている、ヤバい、早く態勢を立て直さないと……!
「クリストローゼ……!」
おっ、女が倒れているっ? 肩の辺りの装甲が吹き飛び、血を流しているようだ……! やったか……!
「なんということだ」
サラマンダーの奴、首を振っているが……。
「驕りは泥酔と変わらぬ醜態……。陛下のしもべとしてあるまじきことだ……」
「ま、待て……あのような男、すぐにでも……!」
女、クリストローゼが立ち上がる! まあ、そのくらいじゃあ終わらんわな……!
「よくも、やってくれたなっ……!」
「はっ、逃げるんならいまのうちだぜっ?」
『ダメよ』
おっ……? ブルちゃんだ、下から現れたが……スゥー、無事だったか……!
『ありがとう、仕返ししてくれたのね。でも私にやらせて』
いや、まあ、無我夢中なだけだったんだけれど……とかいってる間にブルちゃんの天井が開いた、乗っているのはもちろんスゥーだが……なんか目つきがえらく険しい、な……。
「無事、なようだな……」
「傷は浅いし、なんてことはないけどね……」
ううっ、声音もなんか怖いな……。
「ムカつくのよねー……。細かい傷をたくさんつけるような攻撃って……」
「ふん、しぶとい豚だ……」
「あんたは絶対に赦さないわよ……。ドラゴンレディーッ!」
うっ、スゥーが跳んだ、と同時にブルちゃんの後ろから何かが飛び出してきた、両者の影が合わさるっ……?
「おおっ……!」
着地したその姿、なんか全身を赤い鎧……のようなもので包んでいる! ドラゴンの名を冠してはいるものの、なんか犬猫みたいな雰囲気の、ある種、柔らかさのある意匠だな! むしろサラマンダーたちの鎧の方が爬虫類っぽい。
それはともかく、スゥーのは眼の辺りや体の各所が金色に光り輝いている、なんかすごく強そうだぞ……!
「最後に……何か言い残したことはある?」
「ほざけっ!」
クリストローゼの剣一閃! とともに音ならぬ音……つーか、ありゃあなんだっ? 床が大きく、V字型にえぐれているっ? スゥーはっ……?
「こっちよ!」
上か! ら、一瞬で降下! うおおっ、爆風がここまで!
「さよならよ!」
うおっ! 金色の光! から何か、一直線に吹っ飛んでいった!
砂煙のあとにはスゥーしかいない……。
「馬鹿な……」サラマンダー、仲間が飛んでいった先を見ている「これほどの……」
「くっ……くそお!」
少年だ! 銃を……サラマンダーに向けたっ?
「むっ、なにをしているっ?」
「えっ? ちょっと、かっ……体が、スーツが勝手に……!」
連続する銃声! だがサラマンダーには通じていないらしい。
「待って、僕じゃないんだっ!」
「先ほどの黒い群れか、制御を奪われたな!」
光線、いや熱線かっ? 周囲が薙ぎ払われっ……! うわちち、こっちにまで熱の余波がきたっ……!
「あんたも死にたいのっ?」
またスゥーが跳んだ、と思ったら一直線にサラマンダーに突っ込む! が、奴も槍を構えているぞっ! 両者が交差するっ……!
「うおおおっ?」
また金色の光ぃいいっ! とともにサラマンダー、ぶっ飛ばされたっ……勢いで弾んで、橋から落下していったっ……! どうやらまたスゥーが打ち勝ったようだな……!
「終わったようですね……」
おっ、いつの間にかホーさんがそばに! しかも、少年が一緒だ……!
「子供まで駆り出すとは……感心しませんね……」
少年は衣服姿だな、鎧は……ああそうか、蟲にたかられていたし、食われて擬態されていたとか、そんな感じなんだろう。
「な、なんで助けたのさっ!」
まあ子供だから……だろうな。というか、後ろからスゥーが近づいているぞ……。
「もちろん、晩餐に並べるためよぉ!」
「ひいいっ!」
「並べません……。そしてなぜの答えですが……あなたが子供だからですよ……」
「ぼっ、僕はガキじゃない!」
まあおきまりの言葉だがな、
「そういう奴こそガキなんだよ」
「うるさいっ! バーカバーカ!」
なんか悪態をつきながら走り去っていくが……?
「おいっ、一人でどこへいくっ? その姿じゃあ危ないだろっ?」
「逃げ帰るくらいの実力はあるんだよっ!」
本当かよ? そりゃあ魔術とか扱えるんだろうが……。
「大丈夫なんですか、あれ……?」
「撤退した同胞たちと合流するのでしょう……」
すごそうな鎧を身にまとっていたとはいえ、あれほどの攻撃を受けてまだ生きているのか。しぶといもんだ。
「おばさまぁ、傷治してぇ……。痕が残ったらいやーん!」
しかしホーさん、なにやら明後日の方向を見つめているが?
「ええ……ですが、少しお待ちなさい……。まだ終わっていないのですから……」
なにっ? まだ何か……と、拍手が聞こえてくる、またデヌメクかと思えばなんと!
「なかなかいい暇潰しだったわ」
あれは……クルセリア・ヴィゴット……! いつの間にかケリオスの船、その船首に座っている……! 体中に高価そうな装飾、そして宝石でも散りばめられているのか、銀のドレスが日光で輝いてチカチカまばゆいな……!
「隠れるのが上手くなりましたね……」
「でも見つかっちゃった。おばさまこそ、猟犬のよう」
「いくらあなたでも、こうなっては……やってきていると思いましたよ……」
クルセリア、肩をすくめてみせるが……。
「彼らと関係があるのですね……?」
「ああ、ニーヴェ……さっきやられちゃった子ね、私の弟子だったの。あんまり出来が悪くって放り投げちゃったけど」
何がおかしいのか、くすくす笑いやがる……。
「このような惨状になっていることへの、弁解は……?」
うっ……。
うううっ……!
うおおおおおっ……?
なんだっ……このっ……気配はっ……?
ヤ、ヤバい……。
ヤバい、気しか、しないぃ……。
「……あるわ、あるからやめて」
……さしものの、クルセリアも……表情がかたい……。
そりゃあそうだ、俺なんか、ゲロ吐きそうだしぃ……!
「というより、おばさまの時代がそうなだけ。これはもとからそういう戦争兵器なのよ。あなたは武器を棚に飾り、私たちは使った。まあ私はひとが使うに任せた、だけど、ともかく欺瞞的なのはおばさまじゃあない?」
……気配が、静かに、なっていく……。
ああ……なんだよ、そりゃ怒りは俺もわかるが、それにしたってこえぇええよ……。
……そう、なんか、おかしい気がする……。
ホーさんの気配と違った、なんか、なんとなく二つあったような……。
本当に怖いのは彼女の怒気、威圧……ではなく……。
いや……わからないが……。
「ですが……他者に遊ばせた罪はある……」
「そうかしらね。使った者の責任でしょうよ」
うっ、魔女の冷たい瞳、こちらを向いた……。
「悪いけど、その話はまたこんど。用事はこっちにあるの」
「……俺に? なんの」
「お前には」
うおっ! クルセリア、一瞬で眼前に! 首を……つかまれたっ……!
「お前には感謝しているのよ……。彼がまたやる気になったからね……」
うっ? 魔女、またも一瞬で……元の場所に戻ったようだが……。
「幻覚です……。気を確かに……」
げ、幻覚っ……? マジかよ、まるで現実としか思えなかったぞ……!
「ちっ、あんたって人間がさっぱりだぜ、そんなにワルドが好きなら……」
あ、あれっ? 空にいる……つーか地面に落下していくうぅううううっ……?
「うっ……!」
も、元の場所……? い、いまのも……?
だが……全身から吹き出る冷や汗は……まぎれもなく恐怖の証明だ……。
「いろいろと、複雑なのよ」
あの魔女、笑んでいるつもりだろうが……眼はぜんぜん笑っていないぞ……。
「からかいは、ほどほどに……」
「もう、いちいちうるさいの」
クルセリアはわざとらしく嘆息する……。
「じゃあ、いずれまた、おばさま。隣人さんと場違いな子犬ちゃんもね」
いってくれるじゃねーか魔女さんよ。……しかし、デヌメクとも知り合いなのか。魔女はふわりと飛び去っていく……。
「さあ、そろそろ地上ですよ……」
……えっ、ほんと? ああ、下方からめきめきと樹が曲がり折れる音、そして深い振動が辺りに響く……。
「もう、降りたんですね」
「はい……」
見下ろすと本当だ、暗黒城が着地している! それでもここからじゃあとても降りられないけれど……。
「さっすがおばさま! どうやったの?」
「ヴァーマナス・ヘルを放ち……ほんの少しずつ動力源と同化……その後……少しずつ壊していったのです……」
なるほど、蟲を放ったのはデヌメクを倒すためじゃなかったのか。
「さあ……もう、自由ですよ……」
「自由……」
そうか……ようやく出られるのかぁ! やったぜっ!
そういやエオやプモルシィは……? あ、ブルちゃんから降りてきた!
「エオ、プモルシィ、出られるぞ……自由だっ!」
エオもまた、眼下の森を眺めて眼を丸くしている。
「ええ、ええ……! なんだか、どきどきします……!」
「そうだよな!」
「でも、どこへゆけばよいのでしょう……?」
あっ、そうか、今後のことも考えないとな……。
「う、うーん……そうだな、俺が冒険者の宿まで……」
……っと、プモルシィだ、なにやらウニャウニャ、エオに話しかけているが……?
「あ、あの、プモルシィさんが……行き場がないのならお世話するとおっしゃっていてくれて……」
「へえー、そうか!」
「ですが、その貧弱な体ではやっていけない、食べて鍛えて鉄を叩くのだ……ともおっしゃっています」
「鉄を叩くって……?」
「プモルシィさんの故郷では鍛冶が盛んなのだそうです。日々、金属を叩いて様々なものをおつくりになられているとか……」
「へえ……でも、そうする意欲はあるのかい?」
「なんだか、楽しそうです」
「そうか……ならば、それもいいかもしれないな」
「はい、私、やってみようと思います! きっと、いままでにない生活が待っているのでしょうし、簡単にはいかないでしょう。でも、だからこそ……!」
「ああ、応援するよ……!」
「ありがとうございますっ!」
なんだ、いいことだが、えらく前向きだな。まあ、ようやく出られるんだ、気分も高揚するか。
……でも、なんというのか、エオは可憐な女性なのに……鉄を叩く生活を送れば、やがてプモルシィのように筋肉ムキムキになってしまうのでは……。
「私もプモルシィさんのように逞しくなってみせます!」
「そ、そうかい……」
「あ、それと、ここからプモルシィさんの里はわりと近いそうですよ。よければ寄ってほしい、お礼がしたいとおっしゃっています」
うーん、そうだな、この辺ってもうハイロードからかなり離れていそうだし……いったんお世話になって、準備を整えてからの方がよさそうではあるな。
それにクルセリアの言葉からして、どうやらみんなが追いかけてきてくれているらしい……! だが間違いなく疲弊しているだろう、みんなのためにもそうすべきだろうな。
「ああ、むしろこちらからお願いするよ」
その旨が伝わったらしい、プモルシィは笑いながら俺の肩を叩くが……なんか妙に重たい……!
「それであの……ホーさん、ここって、すぐに壊しちゃうんですか? 少し、仲間を待ちたいのですが……」
「ええ……闇雲に破壊するつもりはありませんよ……。多少、区画の分離をするだけです……。ここにいても危険はありません……」
「ああ、そうなのですか。ここの住人は……?」
「外へ出るもよし、残るもよし……。もし死を願うのならば……」
そうか……そうだな、異形になってしまった人たちが人里に戻るのは難しいかもしれない……。
まあ、ここには人の営みをするための設備もあるらしいし、あるいは……かなり希望的観測だが、もしかしたらここに小さな社会ができて、仲よく暮らせるのかもしれない。
いや、しかし……。
「……ですが、凶暴な連中はどうするんです?」
「すでに離脱しています……」
「なんですってっ?」
「クルセリアの手引きでしょう……」
マジかよ、しかしあの魔女、あいつらともつながりがあるのか?
そうか……あの野郎どもがよ……!
「お気をつけなさい……。あるいは、またあなたの前に現れるかもしれません……」
「ええ……」
くそっ、厄介なご縁ができちまったもんだな……!
「それはそれとして、ホーさん、ありがとうございます。あなたやスゥーがいなければ、俺たちはきっと……」
「いいえ……巡り巡ってはわたくしたちの因果……。そしてその渦は今後とも続くでしょう……」
わたくし、たち、とは……?
「ということは」おっとデヌメクだ、まだいたのか「パッと砕くわけではないのだね?」
「もちろんですとも……」
「まあ、それもいいさ。静かに朽ちるのを待つのもね。ではまた、黒い聖女、そしてレクテリオル君」
ニッと笑い、去ろうとするが……。
「待ってくれ、あんたは……いったい何者なんだっ……?」
「ただの隣人だよ」
またそれか……。得体の知れない輩だし、変にことを荒立てない方がいいに決まっているが……でも、何かいってやりたいなぁ……!
「なんだよ、暇人の間違いだろっ?」
……おっと、デヌメクの顔にうっすらと表情が現れた、ような……?
「なるほど、慧眼だ」
またニッと笑い、今度こそ去っていった……。
というか慧眼って、わりと当たりだったのか?
「さって、私も帰ろー!」
スゥーは伸びをする。いつの間にか治療してもらったようだな、傷はぜんぜん見当たらない。というか、服がボロボロで黒い下着が少し見えている……。
しかし、種族は違えども不思議なもので、しっかり美女に見えるんだよなぁ……。俺たちがいうほど猿ではないように、豚というほど豚でもない。肢体だって、とてもグラマラスで素晴らしいし……。
ホーさんだってそうだ、黒いヴェール越しでよく見えないがやはり美女に思えるし、なによりその瞳が蠱惑的だ、黄金のように輝いている……。
「なぁに? じろじろ見てぇ?」
「いやあ、種族が違えども、美女に違いないと思えるから不思議だなぁと思ってね」
「あら、嬉しいわ! あなたも美男子だと思うわよ!」
「ほう……それは光栄だね」
俺は鏡をろくに見ないからな、実感はないし、お世辞かもしれないが、いわれて悪い気はしない。
「じゃあ、またねぇー!」
「ああ、とても助かったよ! ありがとう!」
ブルちゃんに飛び乗り、手を振りながら颯爽と去っていった。
……ああ……。
……よし、終わった、な……。
ちゃんと生き残ったぞ、今回も……。
うん、なんだか、ひと山越えた感じがあるな……!
しかし、それはエオたちやプモルシィ、なによりホーさんやスゥーの助けがあってのことだ。ひとりではどうなっていたことか……。
でもまあ俺だってがんばったよな……! 自力で拷問室より脱出したし、暴れてもやった!
そう、拷問といえばあのアホ兄妹、とくにケリオスだ、まさかあいつがこんなところにいるとは……。あの宿には他にも怪しい輩が潜伏していたりするのだろうか?
……でも、今はいいか。空がとても青い……。あの怪人どもがいないのなら、ここで寝転んでいてもいいだろう……。
……あーあ、なんか眠くなってきたな……。さすがに寝るのは不用意にすぎるか……。また腹へってきた……。
みんなは無事なんだろうか……。まあ、ぶっちゃけた話、俺以外はかなり強いから……。
「レクさん!」
……うーん……。
「レクさんっ!」
ううーん……?
「起きてくださいっ!」
……えっ、なにがぁ……?
……って、うおっ? エオの顔がでてきたっ!
「おむかえですよ!」
おむかえ……? ……なんの?
「見えますでしょう? あの光が!」
光……?
「いきましょう、天国へ!」
えっ、なにがっ……?
て、天国ぅ……?
「はっ?」
なんだっ? ええっ……?
「逃さないっていったでしょ!」
アホ兄妹、の、妹……。
なんで……?
なぜっ? まだっ……?
「よく寝ていたね」
デヌメクッ!
ばかな……。
うっそだろ、すべて、すべて夢だった……?
ホーさん! ホーさんっ……!
助けてくれっ……!
ホーさん……。
「罪の所在はどこにありますか?」
あっ、ホーさんっ?
「あなたの罪の、所在はどこにありますか?」
なにが、なにを……?
……いや、
なんだっ……あれはっ?
ホーさん、のうしろっ……!
「……クさんっ!」
あれは、あの気配の……!
「レクさん……」
そう、あれこそ……。
「レクさん!」
まっ……魔物……!
「レクさんっ!」
「……はああっ!」
はあっ……!
ああああっ……?
なんだっ……今のはっ……?
ここは、橋の上、空は快晴……。
エオがいる……。
「レクさん、うなされていましたよ……?」
うなされて……。
ああ、ああ……。
夢、か……。
いや、夢っておい……。
いやいや、さすがにこえーよああいうのは……!
大丈夫だよな、生きている、拷問室じゃないっ?
エオいる、ホーさんもいるよねっ?
あれは、いないよな……?
「レクゥーッ!」
あいたっ! なんだっ? 殴られたっ、こわっ、マジで拷問室じゃ……。
「コッチ、イル!」
ああっ……?
あああっ……!
ああーっ、アリャじゃないか!
びっくりした、またあのアホ兄妹かと……って、アリャッ?
「おお……無事であるのか?」
「ブジ、ミタイ!」
見覚えのある煤けたローブ、わからないからこそわかる顔!
ワルドじゃあないかっ……!
「おおっ、ワルドも!」
「うむっ! よくぞ……生き残ったなっ!」
「お、おおよっ!」
「ええ、ええ! 心配しましたとも……!」
うおお、妙に熱い気配がぁあああ……!
「エ、エリ……!」
「心配しました!」
「あっ、ああ……」
「心配、しましたっ!」
「はっ、はいぃ……」
めめ、目がめっちゃこわい……!
でも、少し、泣いている……。
「ごめん……でも、大丈夫だったよ」
「ええ、もちろん、そうでなくてはなりません……!」
すまない、心配かけたな……。
「駆けつける前に墜としてしまったとはな。待てといったろう」
おっと黒エリだ、そういわれてもよぉ……!
そう、嬉しそうにいわれてもな……。
「しかし、あの女はまさか……」
黒エリ、俺のバックパック背負っている。
「あ、荷物、悪いな。ちょっと重かったろう」
「こんなもの、荷物の内に入らん」
受けとろうとしたが、反応が薄い……。
「……あの?」
「ふん、どうせ消耗しているのだろう? もうしばらく預かっておいてやる」
「そうか? すまないな」
「それで、ここはどうだった?」
「ヤバかった……。イカレ野郎の巣窟だった……」
「くる途中、そういった輩は見かけなかったが、不気味な造形物は多々あった。どういうことだ! レ・ホー!」
ううっ? 黒エリも知っているのか、ホーさんを……!
「待てまて、彼女は助けてくれたし、今やここの主人ってわけでもないらしいぜ……!」
「むう」ワルドがうなる「なぜあやつらの一員が君を助けたのかね……?」
「いやまあ、いい人だから……?」
「ええ、悪い方ではないと、私も思います……」
「ふん! どうだか……! 黒い聖女は混沌を呼ぶものだ……!」
ホーさん、ふと頷いた……。
「ええ、あなたもまた、渦の一部……」
「……なんだと?」
「ではまた……」
あっ、ホーさんが、すすっと消えた……。
「おいおい、マジで助けてくれたんだってのよ、あとスゥーも」
「スゥーとは、グラトニー7のル・スゥーかね?」
「そうそう、二人がかけつけてくれなきゃどうなっていたか……」
「ふん……! どうだか」
「なんでお前、そんなとげとげしてんのよ?」
「何年前になるか、ちょっとあってな……」
ふーん……? 詳細はあまり話したくなさそうだが……。
「……えっと、そうだ、あれだ、この近くに、あのプモルシィが住む里があるらしくて、どうにもお礼をしてくれるそうなんだ。みんなもここまできて疲れたろう、厄介にならないか?」
「うむ……」ワルドは頷く「たしかに、よいな」
「というかアリャ、彼女ってお前たちの仲間なんじゃないの?」
アリャは大きく頷き、
「ソウッ、オルフィン! ナカマ!」
オルフィン、やはりセルフィンの親戚みたいなもんか!
「オウッ! セルフィン!」
プモルシィもでっかく頷く!
「セルフィン、カリスル! オルフィン、テツ、ブッタタク! コウカンコウカン」
ほう、いわば貿易相手でもあるのか。
「むう! 鉄のオルフィン、聞いたことがあるぞ! 金属に関しては列強諸国より遥かに優れた技術をもつという!」
へええ、そうなのかぁ……!
「伝説の一族であるな、なるほどこの地にいたとは、見つからぬはずだ……!」
よくわからないが珍しいんだなぁ……!
「これは僥倖、ぜひとも里に伺いたいものだ!」
「そうか、じゃあ、決まりだな!」
それはそうと……エリがいつまでも目元を拭っている、が……。
「……エリ、そう泣かないでくれ……無事だったんだからさ……」
「無事で……ないなら涙も出ません……」
うう、そう返されると困っちゃうけれども……。
「困っているようだな、私に任せろ、お前はあっちへゆけ」
黒エリさんはエリ絡みになると途端に親切ですねぇ……!
というか、あいつの側に寄るとなにやらピリピリくるんだよなぁ……。俺に向かって何か変なもの発しているんじゃなかろうな……。
まあ、バックパックも背負ってもらっているし、今は黒エリに任せてやるとするか……。
「よし、じゃあいこうか」
出口までの道のり、各所は異形の人々でいっぱいだ。みな事態をうまく飲み込めていないようだな。
「不思議な場所であるな。城のような、迷宮のような、機械のような……」
「そうだ、ちょっと前まで、ここには黒い霧が立ち込めていたんだよ、ワルドのそれと関係があるんじゃないかな……」
「むう……?」
「そして、その、あの魔女が今の主人らしい……」
「魔女だと……? まさか……」
「ああ、少し前に、姿を現したんだ。すぐに立ち去ったけれどな……」
「むうう……!」
「なにぃ?」おっと黒エリさんがまたお怒りですよ「あの女、どんな痴れ者にここを明け渡したのだ……!」
まあ、順をおって説明するしかないわな。ワルドは終始うなって、黒エリさんはピリピリしまくっている……。
「ふん、また出たぞ」
出口らしきでかい門の近くに……ホーさんがいる。
「ホーさん……」
「ひとつ、忠告を……」
「忠告……なんですか?」
「あなたは……彼の興味を引いてしまった……」
「彼……デヌメクネンネス、ですね?」
「そうです……。あの男は……いわばとても重く黒い存在……。一度、引き寄せられてしまうと逃れられない、どこへ行っても……」
重く黒い……か。
「私も今ではこんなに……恐ろしい力を手にしてしまいました……。分不相応な、大きすぎる力……」
機械兵士を押し潰した力……それに食い荒らしては占領する蟲……。
……そう、味方をしてくれたからいいものの、彼女の魔術は背筋が凍るほどに強力で、恐ろしいものばかりだった……。
「ダンピュール様にお会いするとよいでしょう……。あの方は誰よりも身軽な存在……。きっとあなたの力となってくださるはずです……」
「ええ……できれば、お会いしたいとは思っていますが……」
「出会えることを祈っています……」
ホーさんは、エリへ向き合う……。
「やはり、中央へと向かうのですね……?」
「は、はい……」
「あなたもまた、重く黒い存在……。ですが、その重さこそが、大切な方をこそ、暗闇より引き上げられるのかもしれませんね……」
「そ、それはどういった……?」
「さあ、ゆくのです……。また、会いましょう……」
そう言い残し、ホーさんはまた、すすっと消えてしまった……。
「まったく、あいかわらず抽象的な話ばかり!」
黒エリのピリピリがビリビリしてきたな……。
しかし重く黒い、か……。ホーさんはデヌメクの奴と関わって強大な力を手にしてしまった……ことを悔いている、みたいな?
……よくわからないが、今はとにかく外へと出たい。大きな門が開いている、その先はすぐ森の中だ。
「ああ! やっと出られたー!」
清涼な風と青い香り……!
どうだ蒐集者め! 無事に生還してやったぞぉおおおお……!
「おっしゃ、いこうぜ!」
「……いや、待て!」
うおっとなんだ、黒エリが制止してきた。
「ど、どうした……?」
さっそく獣の襲来か?
「罠だ」
なにぃ? またかよ……って、かすかにだ……森の奥より、笑い声が聞こえてくる……。
薄暗い気配も感じるぞ……!
「はっ、お前の罠も大したことねぇーなっ……!」
挑発してやると笑い声が大きくなる、が、突如としてぴたりと止んだ……。
「驚嘆したよ」
「ここで決着か、この野郎っ!」
「まずは賞賛を、君はやはり……」
茂みの奥から、あのローブ姿!
「御託はたくさんだ! さあ黒エリちゃん、ばしっとチンケな罠をこらしめてやんなっ!」
「……少し、落ち着け」
黒エリの光線がはしる……と、ガチャガチャと刃物やら鉄球やらが暴れ狂う……! まったく、クソご苦労さんによぉ……!
だが、これで好きに動けるってもんだ!
「待つんだ、まずは賞賛させてくれ」
「あの世でやっていろっ!」
お前は赦さん!
人だろうがなんだろうが、微塵の躊躇もなくやってやる!
「仕方がないな」
くらえ新たな電撃の力……っと、奴め両手を広げていやがる……挑発のつもりか?
しかしあれは……銀色に輝く腕、手甲かっ……なんらかの機能があるっ?
「ではどうぞ! 存分にやりなさい、天の使いよ!」
迷っていても奴の思うツボかもな!
「おおおっ! くらえぃっ!」
くたばれぃっ!
発っ……射ぁあああっ!
さっきのよりさらに強いやつだっ!
刃、飛んでいく、当たる、ぶち抜けぇえええっ!
……えっ?
今、当たった、よなっ?
「そうだ、これは自罰だ……」
蒐集者、フードを脱ぐっ……ううっ?
なんだ、あいつ、顔を、剥がしたっ?
下から骸骨のような顔……いや、あれは……!
「お前、機械だったのかっ!」
胸にも確かに刃が突き刺さっている、だがさして効いていないらしい!
「いいえ、人間ですとも。今はこんな状態ですがね、ええ、少なくともここには肉がつまっている」
自身の頭を指でつつく……。だったら、そこにお見舞いしてやるぜっ……!
「レクッ、不用意に前へ出るな!」
大丈夫さ、エリの鳥がついてきている!
奴にはこの手で、スティンガーで!
「うぉおおおおっ!」
「さあ、きなさい!」
頭への一撃っ……だが、かすっただけか! しかしっ? 奴の右側には黒エリがいる、右手が輝く! 当たるだろ……って、何だぁっ? まばゆいっ、光線が奴の表面をはしっている、鏡のように光を反射しているっ?
「ああ、試験ですね」
奴め後退していく、逃がすか! リロード、またシューター、いくぞっ!
「いけぃ!」
よしっ、当たったような音、しかし……!
「これも、これも……」
防御されたか、刃は腕にめり込んでいるっ……! リロード……!
「ウニャルォオオオオア!」
プモルシィの一撃っ! 当たらないが、奴はバランスを崩す、そこに矢が複数、突き刺さった!
「やはり、そのようですよ……」
何をぶつぶついっていやがる!
「みな、立ち止まるのだ!」
うおっ、何かが大量に! 猛烈な勢いだ、蒐集者のもとへ降っていくっ?
これはっ……数多の石か! ワルドだな!
「素晴らしい……が、まだまだ……」
ちっ、頑丈だなこいつはっ……!
「あがくな!」
うおっ、黒エリの右肘が奴の後頭部に入った、次に左手が腹部に突き刺さる、吹っ飛んでいく!
「いい加減に……」
追撃だ! 黒エリの鞭、ぴんと張りつめた、槍になったっ?
「死ねっ!」
火を噴いた、ものすごい勢いで飛んでいくっ……当たったぁっ……?
「……惜しい、左腕を肩ごと抉っただけですよ」
くそっ、どこまでしぶてぇんだよ……!
奴め、視線を外していても見ているな、動きもふらふらしていて当てづらい、当たるには当たるが致命傷には遠い気がする!
どうにか、意表をつかないと……!
なんでもやってみるしかない!
プモルシィが振りかぶっている、今かっ?
「おいこらっ、カーディナルッ……!」
一瞬っ……注意が向いた、当たる!
プモルシィの一撃がっ……!
「ニャルォオオオオオオオッ!」
うわっ、ひどい金属の悲鳴っ!
ぶっ飛んだ、ボールみたいにとんでいった!
あはは、見事に当たったな……!
「よぉしっ、どこへ飛んでいったっ? 追撃だっ!」
どこだっ……?
……たしかこっちの方へ……。
「あっ?」
なにっ? 先は大きな川、奴は向こう岸に立っている……。
プモルシィのせいではない、さすがにあそこまで飛ばしたわけではないだろう。
……ちっ、やはり余力は充分にあったってわけだ……!
「し……仕留め、切れなかっ……て、天の使いよ……」
俺では渡るのに時間がかかる、だが黒エリなら!
「黒エリ! こっちだ!」
「……やはり君、わ、わた、しの……」
まだか、黒エリ!
「アゴガ……破損、し、シシ、コエガ……」
「いたか!」
きたか黒エリッ!
「ああっ、あの向こう岸……」
……には、もう、いない……。
残るのは森の静けさのみ……か。
くっ……! 奴を倒す絶好の機会だったのに……!
「……くそっ……」
黒エリはうなり、
「……なんとしぶとい輩だ。あそこまで大破してなお動けるとは……」
「……追えないか?」
「だめだな、奴は強力なチャフを使った」
「チャフ?」
「機能を妨害する兵器だが、エリまでも探索に苦戦していた、いろいろと手立てがあるのだろう」
「ただの人間ではないと思ってはいたが……」
「仕留め切れなかったのは残念だが、やむを得まい」おっとワルドだ「それより、無茶はいかんぞレク」
「あ、ああ……」
「そうだぞ、お前がさっさと始めるからだ」
「ああ……」
……あいたっ、アリャの体当たりか。
「アイツ、ブチコロス。デモ、ヒトリツッコム、ダメ」
「ああ……すまなかっ……」
……っと、膝をついちまった。くっ、さらなる威力の電撃を出せるようにはなったが、消耗も大きいってわけか……。反動で腕も痛いし……。
「消耗が激しいようであるな。少し休むとするか」
「いや……まだ、大丈夫だ……。とはいえ腹が減ったな……」
「そういうときこそ、あの保存食の出番であろう」
そうか、そうだな……。
……アージェル、か……。
あいつ、まだあそこにいるんだろうな……。まだ虫たちと戦っているのだろうか……?
「レクさん、どうかしましたか?」
エリだ、いつの間にかみんな集まっている。
「あっ、ああ、いや、なんでもないさ」
それにしても、蒐集者、もといカーディナル……か。妙に反応がよかったな。そう呼ばれたことが意外だったか?
ケリオスらとどんな関係があったのか、もはやわかりようもないが……。
……いや、考えてもしょうがないか。今はとにかくオルフィンの里だ。
なにやら歓迎してくれるそうだし、実はかなり楽しみなんだよな。どんなところだろう?