ゼロの洗礼
これはゼロへと至る闘争である!
砕け散れ英雄たちよ、虫けらのように!
バックパックを枕にしたからかなんだか顎が痛い、疲れも抜けた気がしない……そしてなんだろう、向かいの席から厳格な雰囲気が漂ってきているような……?
「三度だ」
魔術師の一言、語調がなにやら厳しいが……。
「……何がだい?」
「三度、私は君の頭を杖で小突いた。しかし、君は起きなかった」
「ええ? なんでそんな……」
「警戒心が足りぬな」
「でも、寝ていたんだぜ……? それにここは安全だって……」
「寝込みが深すぎる。そのような調子では次に目覚める時は魔物の腹の中やもしれんな」
ぬう、そいつは困るが……。
「まあよい、そのうち嫌でも研ぎ澄まされるであろう。さて、今日はどうするつもりなのかね?」
「どうって……待つしかないかなぁ」
「セルフィンか……。たしかに最近よく見かけるようになった。試験の時期にしてはやや早いと思うが……」
「ああ、長老の孫だかを探し回っているとか聞いたな」
「ほう、それは大事であるな。ならば多数のセルフィンが動くはず、あるいは近隣に駐屯しておるのやもしれん」
近くにいる? じゃあ……。
「……どうしてここで寝泊まりしない? 便利なのに」
「セルフィンは同胞以外にあまり心を開かぬからな」
やはりそういう壁はあるのか……と、ケリオス・ホーメイトだったか、昨日話した職員の青年がこちらへやって来た。
「昨日はどうも。少々、よろしいでしょうか?」
青年の傍らには……見慣れぬ風体の女の子が? 明るめの褐色肌、顎くらいまでの髪が……おおまかに金髪っぽいが、その光沢が朝日で七色に輝いている……。
猫のようにぱっちりとしている目、その瞳も髪と同じく七色に輝く……。草木の文様が描かれたマントと、そこから木製の弓が顔を出している、見たことのない人種だが、あるいは……?
「もしや、ホプボーン様があなたのお仲間に?」
「え? ああそう……」
「それは好都合です! こちら、ご希望でしたセルフィン族の方ですよ」
やはりこの女の子が目当ての狩人なのか……! しかし十代の半ばほどに見えるぞ、ちょっと若過ぎないか?
「彼女のご希望はホプボーン様の方なのですが、すでにお仲間でしたのなら問題はありませんね。どうぞ仲良く、よい冒険を」
問題っていうか……なんか早々に去って行っちゃったが……少女は魔術師を凝視している……。
「イソグ、オネガイ、アル」
片言か。構成単語の違いによる難解さはよくあることだが、ここまでは珍しい。本来はまったく異なる言語を使用しているんだろうな。
「長老の孫に関わる用件であるな」
「チョーローマゴヨーケン? トニカク、タスケ、イル!」
「よかろう、ゆくとしようか」
「ハナシ、ハヤイ!」
「おっ、えっ、行くってどこへ?」
「無論、この先の地、ボーダーランドへと」
はっ……?
「覚悟はできておるな」
覚悟って、えっ……?
「えっと、いま?」
「そうだ」
「この子を助けたら……」
魔術師は首肯し、
「恩を売ればセルフィンへの顔つなぎになるであろう」
「そ、そうか……」
そうなのか……。
……って、ええっ? 行くって、いま? いまって今、もう? うっそマジで? 今の今から行くのっ? これといって準備してませんがっ?
「ワタシ、アリャタム・ミコラフィン! ヨロシク、タノム!」
「ワルド・ホプボーンだ。こちらこそよろしく」
いや、俺ってここへ着いたのが昨日の夕方なんですけれどよっ?
「ソッチナニ?」
来たばかりなんだけれどもっ?
「……ナマエ」
なにより心の準備ってもんが……。
「ナマエ!」
そんな、いきなり……。
「ナマーエ!」
かなりヤバいところだって……。
「ニェエエー!」
あいった、なぜに体当たりっ……?
「ナマエ! オシエル! ワタシ、アリャ!」
えっ、名前っ?
「あっ、ああ……俺は、レクテリオル・ローミューン……」
「レクテニャムニャム? イソグ! デンラ、クタバル!」
くたばる? 少女は駆け出していく、ワルドも動き出す……。
「どうしたのかね? ゆこう」
……どうしたも何も、マジかよって、寝起きだしなんならまだ眠いし、準備とかまったくなんにも、うおお、本当にっ……?
「イソグ! デンラ、ブチコロサレル!」
ぶち殺されるって、そりゃあ俺の方じゃないかって、いいのか? こんな初心者がいきなり、行っていいものかっ……?
「いやあの、俺が行って大丈夫なのっ?」
「無論、手助けはするが絶対などないよ」
まあ……。
それは、そうだよね……。
「イソーグ! デンラ、オッチヌ!」
「どうする、やめるかね?」
行かない、やめる、逃げる? いつかは向かうところなのに、セルフィン、いい狩人らしい、知り合っておいた方が得らしい、そのお願いを断って、好機を逃すことに……。
……そうしてどうなる? いつかは、いつかは行くんだ、だったら今だって……いや今ってこたないだろうっ?
「ハヤーク!」
「ああくそっ、マジかよっ!」
「うむ、ゆこう!」
少女の身のこなしは軽やか、それに次ぐ魔術師だって足が速い! 前が見えないはずなのに、まったく仔細ないらしい……!
「ち、ちょっと、待ってくれよ……!」
くっ、足がちゃんと動いてくれない……! ああ、気後れからだろうさ、なんかもうガックガク……! 緊張の根がびっしり、吐き気するし、バックパックも異様に重く感じる……!
二人は……正門と逆、だから裏門か、だよな、奥へ進むんだもんなあ……!
「がんばれよー!」
なんで門番の兵士はそう朗らかなんだっ? こっちは旅の疲れもとれないままに、
「開門!」
いともたやすくかの地への道が開かれちゃった……! 一見は普通の山道に見えるが……!
二人はどんどん進んでいく、ああくそ、ついて行かないとよっ……!
「というかさ、ホプボーンさんっ?」
「ワルドでよいよ」
「俺もレクでいい、あの……」
「ワタシ、アリャ!」
「あっ、ああ、それでだ、どこからがその、ボーダー、ランド? なんだい……?」
「すぐそこだよ」
「すぐっ? なに、もうヤバいのっ?」
アリャが飛び跳ね、
「ヤバーイ!」
ヤバいのかよ! でもなに、雰囲気からしてあんたらは余裕な感じだよねっ? この辺りとか楽勝ですからみたいなっ!
「なに、何がでるのっ? どんな怪物が……」
「先入観は捨てよ」
あの職員と同じようなこというのね! いいだろ、大まかにさぁ……とかいっている間に前方が明るくなってくる、森が切れるのかっ……?
「うおっ……!」
出た先は崖の上! だが、下方に向かって立派な石橋が続いているぞ……! 眼下は一面の森、その遥か先には……とてつもなく巨大であろう山脈がうっすらと……。
「厳密には、この橋を下り切った先がボーダーランドといえる。そしてそこから続く山道がハイロードであるな。そこでは何が起こるか分からん、気を抜いてはいかんぞ」
「りょ、了解……」
「ハヤク、イク!」
ああもう、こんな状態で行ってどうなっちまうんだ、というか生きて帰ってこれるのか、それとも……。
「レク、セルフィンが増援を求めるということは、恐らく破壊力が必要な事態なのだろう。強大な魔物がいるか、あるいは大量のそれがひしめいておるのか……」
……えっ、なにそれ? 強大、大量?
「そうでもなければ、セルフィンのみで解決できるはずであるからな」
「……それはつまり、ヤバいってこと?」
「うむ」
うむ、じゃねーし……。
「イソーグ、ハヤクッ!」アリャが飛び跳ねている「デンラ、クタバル、チョーヤバイ!」
「ときにアリャよ、困難な事態となってどれほど経つのかね?」
「コンナン?」
「どこかで立ち往生をしておるのではないかね?」
「タチ、オージョー?」
「駆けつけるべき場所にどれほど長居しておるのか、という話だ」
「ナガイ……」
「助けたい人がさ、同じところにずっといるのかってさ」
「イル! タカイトコ、イル! ズット!」
「むう」ワルドはうなる「ということは、魔物が多く集まっておるであろうな」
「イル! ドンドンデテクル、ヤバイ!」
マジかよ、どれだけいるんだ……って、なんかまた体当たりしてきたし……。
「レク、ワルド、コブン?」
「いや、子分じゃあないな……」
「マジュツ、ツカエル?」
「使えない……」
「フーン……。ソレ、ナニ?」
なに、ああ、シューターか。
「これは刃を飛ばす武器だよ」
「ヤイバ……トバス」アリャは首をかしげる「ホカ?」
「他は……爆弾や短剣などはあるが……」
「バクダン! ブンナゲル!」
まあ、必要に応じてな……。
「コウスル、チガウ、ヤバイ、イソーグ!」
俺はあまり急ぎたくないが……でも走ってりゃあもちろん橋がすぐに終わって……着いちゃった、ボーダーランド……。
一見しては、やっぱりただの山道だが……。
「ここからはすごい獣とか出たりする……?」
「うむ、気を抜いてはいかんぞ」
「そ、そう……」
「ニェッ?」アリャが急に立ち止まる!「ナンカ、ヤバイ!」
うおっ、マジかっ?
「どこだっ? 何がくるっ?」
「ムゥー? ワカラン、デモ……!」
「魔物の気配かね?」
「アシオト、ニンゲン? ホカ、オト、ナンカ、オカシイ……!」
ワルドがなにやら唱え始めた! それは魔術かいっ? さっそくかいっ? 何がどこから……。
「むう、たしかに、前方から何かが来るようだが……」
「チガウ、ウエッ!」
「……上だと?」
いや、上ってか、周囲に光る鳥たちがたくさん飛び回っているんですがよっ……?
「ここっ、これ……」
「それは私の魔術だ、敵の攻撃より身を守ってくれる。万能ではないゆえ過信はしてくれるな」
ええっ、魔術なのか! 光る、鳥の! これが、身を守ってくれる……?
「マジュツ、スゴイ!」
魔術って火とか水をぶわーって出すだけのもんじゃないのか! とか思っている間にワルドはまた何やら唱え始めている……と、今度は光の壁が現れた! おいおい、何に備えているんだっ?
「ヤバイ、クル……!」
……おおっ? 山道の先から複数の……人影! 走ってくる! 人間くさい、もしや追われているのかっ……?
「あ、あれは冒険者じゃ……?」
いや、違うようなっ? マスクらしきもので顔は分からない、見たことのない意匠の鎧だ……それに大型の銃器? を携えている……そう、冒険者というより軍隊、部隊のような……。
「ニェエー! スッゲー、ヤバイ!」
何が、あいつらが……ああっ? マジで何だっ! 爆発っ地震っ? でかいぞっ、あいって転んだ……って、あれっ……?
なんか……樹々が宙を、舞っている……豪風、辺りが砂塵だらけに……! 光の壁に守られ、対岸の騒ぎだが……。
……しかし、あれは本当に何だ……?
……人影? いや、だが、でかい……。
「あれは、いったい……?」
いいや、分かった、あれは……。
巨人、だ……。人間の背丈を遥かに超えた……人型の、それは、巨人という他ない……。
甲冑を着込んだような風体、巨大な剣と盾? を背負っている……。
おいおいおい……。
これは、そうだな、確かにヤバいわ……。
こっちを見た……目? が青く、光る……。
砂煙の隙間、謎の黒い集団だ、あの爆風の中まだ健在だったのか? 巨人を見上げ後退し始める、いや、銃を向けたっ……やり合うつもりなのかっ? 巨人も彼らを見下ろして……うわっ! 閃光だっ、まぶしい……!
……くそっ、俺は、俺たちはまだ生きているのかっ? とっくにくたばっているなんてことは……ないよな?
視界が戻ってくる……どうやら、大丈夫だったらしい……。
人影も、巨人の姿も、もはやない……。
ただ、吹き飛んだ樹木と凄まじく抉れた地面だけが残されているだけだ……光の壁も消え、ワルドはうなる……。
「……この地でたびたび見かける巨人……だったようだが、その戦力を間近で見るのは初めてであるな……」
「俺たちは……見逃されたのか? 敵ではない……?」
「味方ではなく、敵になることはある。中央部の守護者とされているが……」
「守護者……?」
「宿の周辺においても見かけるとの噂はまことであったか……」
しかし、やられた人影は何だったんだ? 冒険者、いや、その括りなら俺たちもやられたはず、原因はまた別のことにあるのだろう。何か、巨人の逆鱗に触れるようなことをしたとか……。
「アブナカッタ……」アリャはへたり込む「ヨカッタ……ヨクナイ! デンラ、ヤバイ! アタマ、カチワラレル!」
あんな光景を見せられた直後によく動けるな、俺はちょっとマジで足腰が動かんのだけれども……。
「驚くのも無理はなかろうが急がねばならん、ゆこう!」
いや、そうなんだろうが、普通びびりまくるわ、あんなもん!
「あ、あれは、そうそういない奴なんだよなっ……?」
「おらんし、もし戦闘になったとて絶対に勝てん。終わりであるな。ゆえに気にしても始まらんよ」
なんだその理屈は……。
「ニェー! キケン!」
はっ、なにまたっ? おおっ、弓を構え、射ったっ……?
「なっ、今度は何っ?」
「甲虫であるな。カニヴァービートルらしい」
「ええっ……?」
甲虫って……本当だ! なんかすげーでかい? 巨大な虫……みたいなのがこちらへ向かって飛んできているぅっ……?
おお、俺も、迎撃しないと、まだ遠い、慌てるな、落ち着け、火薬と刃を装填だ、素早く正確に、そして構え、狙うぞ……!
「落ち着いて撃ちたまえ、あれには容易に勝てるぞ」
そうかい! そうだったら本当にいいんだがなっ……!
照準よし、いけるかっ!
「いけっ……!」
撃った……! まっすぐ、あたぁあああ……った? でかい虫は、墜落したようだっ!
「ナカナカヤル、デモ、ワタシ、ウエ!」
アリャが指を差す先に二匹の甲虫、どちらも頭部あたりに矢を受け沈黙している……!
おお、確かにすごい、ああも正確に射抜くとは! まだ子供みたいな年齢だろうに、ずいぶんと長けているらしいな!
それはそうと、飛ばした刃を回収しないと……二十五枚しかないからな……それに甲虫の観察もしておきたい、どういう虫なのか……。
……うーむ、外見はずんぐりとしたクワガタ虫、しかし体長は大型犬ほど、でかいな。こんな体でよく飛べるもんだ……。
甲虫らしく相応に堅そうだが、シューターで撃ち抜ける程度、やれなくもない……か。
……うん、そうだよな、さっきのはあくまで例外、怪物だ魔物だといっても生き物なら火薬で射出する刃にそうそう耐えられるはずもないんだ……。ワルドやアリャも頼りになるし、大丈夫だ、いけるはず……。
だが油断はできない、事前に再度装填しておかなければ……さっきは慌てちゃったしな……。
「ヨシ、イソグ!」
……ああ、なんだか足の震えも収まってきた……よし、ちゃんと走れるぞ! やれるさ、大丈夫だ……!
「モウチョット!」
物音がする、ああ、けっこう獣が集まっているんだったか、ああ、喧噪に変わってきた、まだやっているってことは長老の孫だかは生きているようだな。
大丈夫だ、正直まだ怖いが大丈夫、やってやれないことはない、落ち着いて脅威を正確に排除……って、あれ? 喧騒が……轟音に……? ちょっと待て、いったいどれほどの規模の戦いなんだ……?
「レク、戦場へと出るぞ! 集中するのだ!」
声、悲鳴、激しく硬質的な音、戦場って何だよ? 道が一気に開けるっ……!
「こっ、これはっ……?」
マッ、マジで戦場の有様じゃねーかっ! 多数同士の激突っ……! 冒険者とセルフィンの混成、それと争っているのは……獣の大群だっ、犬、狼? のようなものの群れ、それに人型の……何だあの人種はっ? みな真っ白な服、鎧に身を包んでいる、奴らが獣をけしかけているのかっ?
「デンラ、アソコ!」
なにっ? うっおお、巨木に巨大な獣の白骨が絡まっている、そのてっぺんか、なるほど小さく人影が見える、だが今はそれどころでは……! 各所で爆発が起こり血肉が飛び散っている、人間と獣の死体が散乱している……! 冗談だろ、この戦いに参加しようってのかよっ……?
「ニェエエッ! フエテル! ハヤク、ブチコロース!」
「しかしワルドッ?」
彼は呪文を唱え始め……周囲にまた光の鳥たちが……! ああくそ、やっぱりやる気なのかっ……?
「レク! イソーグ!」
「し、しかし……」
「警戒しろ! 接近しておるぞっ!」
なにっ、マジだ、右手側より人影が複数こちらへ……って、おおっ? 白い奴ら、本当に異人種だ、顔がどことなく……俺たちとは違うっ!
「レク、惚けるな! あれは獣人種、蛮族だ! 敵であるぞ!」
顔が、あるいは豚? のような! だが人間だ、そう見えるがっ? 知性だってありそうな、つーかなんで攻撃してくるっ? 剣や棍棒、戦斧などを所持している、叫びながらこっちに突っ込んでくるっ……!
「ヤバイ、ブチコロス!」
でも人間じゃねーのかよっ? いや、だからなんだ、向こうの殺意は本物だ、撃たなければこちらが殺されるっ……が!
「止まれっ! 止まらねば撃つぞ!」
「レクッ、躊躇などするなっ!」
くそっ、やはり止まらない! 奴らは叫び、武器を掲げるっ!
「アアアアルゥ! ギッマアアアアッ!」
「忠告はっ……! したんだぜっ!」
いけぃ! 狙い充分、当たっ……いやっ? 刃が、弾かれたっ? 剣でか、火薬で撃っているんだぞっ……?
「ゼロッ、ゼロッ、ゼロッ……!」
ぐっ……ヤバい、再装填しなければっ!
「ニェエエエエ!」
アリャの矢、突撃者たちに突き刺さっていく、よろめいた、だが突進が、まだ止まらない!
なるほど真っ向では難しい、ならば低めからでどうだっ?
「くらぇいっ……!」
低めに狙う……! となれば跳んで躱そうとするだろうがそれは甘い! 飛ぶ刃の軌道は射出口の調整で変化させることができる! ホップさせることもなっ! 懐に食らいつけっ……!
「ゼロッ、ゼッ……!」
狙い通りに刃が昇った、腹部に入った……! どうだ、さすがに……いやっ? 足は止まったがまだやる気らしい……っと、アリャの矢が襲撃者の額を射抜くっ! さすがに倒れ伏したか……。
他の白服は? 焼け焦げている、矢を何本も受けている、どちらも沈黙している……。
ひとまず……いやっ、さらに三人! こちらへ駆けてきやがる!
今度の奴らは返り血で真っ赤だ! 笑っている、何がおかしいんだ……と、複数の光弾が飛び、奴らを弾いたっ? ワルドが放ったものらしい!
しかし、どいつもまだ倒れない、鎖を振り回し……俺へと投げてきたっ! 伏せるが、そうするまでもなく光の鳥が弾き飛ばす、頼もしいなこの鳥は! よし再装填、お返しだ……って、足に違和感? 見ると蔦、いや触手が……絡まっているっ? その先、口を開けた樹木の幹がっ? うおおっ、引っ張られるっ……!
「アアールッ、ギマァアアアア!」
ちくしょう、白服が迫りくるっ! でかい剣と盾を持っている! アリャの攻撃を盾で受け止め光弾を避ける身のこなし、すぐに応戦しないとヤバい、しかし引き摺られていてそれどころじゃない! ともかく触手を切らないと、懐の短剣だ、触手に立てる! 木が叫んだ……!
「ニァー! レクッ!」
なんだっ? うおっ、白服が近い……って眩しい! なんだ、光線だ! ワルドの魔術だ、獣人の盾が灼け爛れ投棄される、その隙にアリャの矢が、しかし掴んだだとっ? そのままこちらに投げつけてきたっ……かわせないっ! せめて腕で防ぐ、いや、光の鳥が矢をさらっていった!
「かあっ!」
ワルドの光線! 白服を狙うが、奴らは機敏にかわす、三人ともまだ健在だ、声を高らかに、笑いながら後退していく……!
くそっ、遊んでいやがるのかっ? 俺のはともかく、ワルドやアリャの攻撃を除けるのはヤバいな、それに狼の群れが怖い、まだこちらには流れてこないが……そうか狼か、群れの統率者がいるんだな、白服の中に……!
「ニェー! ウエ、ヤバイッ!」
上だと? マジだ、あれは鳥かっ? でかい、急降下したっ? 死体に突き刺さっていくっ! いやっ、こっちの陣営にも急降下している! さっき見た甲虫も辺りを飛び回っているし……! つーか、いつの間にやら触手がまたもこちらに伸びてきている! しつけぇな! 動きが遅いのに、遅いからか? 光の鳥が反応していない! 本体をやらないとだめか、再装填……そのお口に撃ち込んでやるっ!
よし、叫び暴れているところを見るに効いたらしい……と、また眩しい! ワルドの光線が頭上をはしっている、大樹に群がる獣、でかいトカゲを薙ぎ払っているんだ、というかその中にひときわ巨大な、象のように馬鹿でかいトカゲの姿があるぞ……! あんなのいたかっ? いまは大樹に張りついていて動いていないようだが……。
「レク、ウエー!」
そうだあの怪鳥だ、すぐに装填しないと! 来てみろ、くるっ! 突っ込んでくる! ならば撃ち落とすまでだっ……が、外した! だが向こうも外したか! 地面に突き刺さった! 槍のような長いくちばし、暴れて引き抜こうとしているが容赦はしないぞっ!
思いきり蹴っ飛ばす! と見事に宙を舞った、が! うおおっ? 大蛇が口でキャッチしたっ? いつの間に現れたんだ……って、なんか俺の方を見ている、這い寄ってくるぅう……ところにワルドの火炎放射だ! 大蛇はうねりながらものすごい速さで茂みへと消えた、たまたまとはいえなんで鳥を食わしてやった俺を狙ってくるんだよっ……てところに光の鳥が! 通り過ぎる、口にはまた矢だ、射られたのかっ?
……いたっ、また白服だっ、弩を持った奴らが森に潜んでいる……!
「矢を射ってくる奴らがいるぞ!」
「ワタシ、ヤル!」
「放っておけ!」ワルドだ!「セイントバードの前にはあやつらの矢など通じん! それより魔物の数が多すぎる、このままでは押し切られるぞ!」
たしかに、このままじゃジリ貧だ……!
「迅速に目的を果たし、撤退すべきであろう! そこで提案だが、より強い防御魔術をかけるゆえ、長老の孫殿を救出してきてもらいたい!」
ワルドが呪文を唱える、光の鳥たちが大きくなった!
しかし、あの獣だらけの大樹に上るって、本気かよ……!
「ムゥー?」アリャは首をかしげる「コノトリ、マモルマジュツ、ツッコンデ、タスケルッ?」
「そういうことらしいが、俺は木登りはそんなに得意じゃないぞ……!」
「ワタシ、ノボル、トクイ!」
「よし、ではアリャに任せよう! 我々は敵を引きつける役割だ!」
「わ、分かった……!」
「イッテクル!」
アリャはさっさと森へ消えていった、裏から登る算段らしい、して、残る俺たちはだが……ええいままよ、アリャが単身乗り込んでいっているんだ、光の鳥もいるんだし、年長の俺がびびっていてどうする!
しかし、前線はひどい有様だ……! 向こうの自陣営周辺は地面が複雑に隆起しており難しい足場になっている、獣や謎の白服たちがそれを乗り越えようとしては矢や銃で迎撃されているところを見るに、こちらにはあまり不利ではないらしいが……。
「ワルド、地面の形状が複雑だが俺には戦術の意図がよく分からない、どう戦えばいい?」
「むう、魔術によって突貫の壁を形成したようであるな。つまり確たる計算の上ではないらしい。魔物の行動を鈍らせてはおるものの、同時に自陣の行動力を制限してしまっておる」
つまり地形の乱雑さによって互いに機動力が減衰しているってわけか。だから白い奴らは包囲しようとし、あの急降下してくる怪鳥を……あるいは呼び寄せた?
「いずれにせよ、長老の孫を救出せねば終わらん。よって、互いの戦力が手薄な大樹と逆方向、向かって右側へと奴らの気を引くべきであろうな」
「なにっ? まさか、俺に突っ込めって?」
「そうだ。広場の右沿いより突撃し背後をとるふりをするのだ。しかしその際、森へはなるべく入らぬ方がよい。足場が悪く、転んでは危険であるからな。行き来するべきは平らな地面が多く残っておる右側だ。爆弾はあるのだな?」
「あるけれどマジかよ、あっという間に囲まれてぶっ殺されちゃうよ!」
「もし奴らが釣られず、余裕があるようならばそれを奴らの陣営に投げるとよい」
「いや、だから……!」
「おそらくは大丈夫だ、セイントバードが守ってくれよう」
おそらくって何だよ! 命は一人ひとつずつなんだぞっ?
……でもアリャが、女の子が決死の思いで突っ込んでいるんだ、ああっ、くそっ! ここでやらないなんて、ちくしょう!
「……ああっ、くそっ、ふざけんなよ!」
「左側には寄るな、あくまで右側で動くのだ。バックパックは預かろう」
「くそっ、くそっ!」マジでなんてクソだよ!「……よぉし、いくかっ!」
「うむ! 気張りたまえ!」
なんか声音が嬉しそうだなぁっ? ああちくしょう!
「頼むぞワルド! そしてその鳥たちよ!」
……いくぜ、行くぜっ! 右沿いをっ……全力でぇ、突っ走っちゃうぅううう……ううぅうっ……あああっ? 思った以上の数がっ? 狼みたいなのが急に動き出したっ、数が十とか二十とかこっちへ、ひいいっ! 爆弾って、点火する暇なんかねーよっ! だってもう、すぐ後ろにっ、もう走るだけぇええ! 狼が跳びついてきているぅう、たぶんワルドの鳥が迎撃しているぅう、ワルドリが助けてくれちゃってるぅううう! 上から怪鳥が強襲してくるぅう……いやっ、これ普通に死ぬんじゃっ? マジ死ぬって! 止まったら死ぬっ、絶対死ぬっ、ワルドリがいたって死ぬっ、なんならもう死んでるわ! つーかどうするっ? 広場が終わる、左手には行けない、右手は鬱蒼とした森、入るなっていわれたし、コケたらほんと死ぬっ、じゃあそのままハイロード進んで行っちゃう? バカその後どうすんだよ! 樹に登るかっ? いや俺はさして素早くない、モタついたらケツ噛まれて死ぬっ! じゃあどうする、どうするってんだ!
ああ……そうかっ? いや嘘だろっ? マジか、でもいっていたしな、行き来するって、本気かワルドあんたおいっ! いや、仕方ねーだろ、そうするしかない! マジかよちくしょう! ワルドを信じるしかないっ! 振り返って! 追跡してくる敵の群れを! 突っ切るしかないっ! そうっ、それがかえって安全! 安全! ぜったい安全! 安全だから! 妙案! いける! やれる! 大丈夫! ふざけんなよマジでっ! 他に手はない! 信じらんねー! 他に手はないんだよっ、やるしかねぇだろっ……!
ああもうこのバカっ、いくぞっ! 方向……転換! だっ……って、おおお狼たくさん流れる横に流れていくううぅう……いったん態勢を立て直すつもりだろうがぁああ……後続だった奴らはさすがにそのまま跳びついてくるよなぁあああっ、でもっ、ワルドリが吹っ飛ばした! 弾く! 引っ叩く! あはは、ぶっとばしてる! 狼たちすげぇ顔! 牙を剥き出しで! ひいいっめちゃくちゃ怖いよぉっ、でも来た道を戻れているぅうううがっ……おいおい白いのが三人! さっきの奴らっ? 待ち構えているじゃねーか! そりゃあそうだよなぁっ! ワルドリは奴らをもぶっとばしてくれるかっ? 分かんねー! 狼とは体重が違い過ぎるだろうしなっ、いや! 奴らの背後にワルドの姿っ……!
「タイミングに合わせ、跳ぶのだっ!」
何がっ、なんでっ? ワルド、下方に杖を突いた? 地面が、水面の波紋のようにっ? 盛り上がっていく、力がっ、伝わってきているっ? 白の三人組も気づいたようだが遅い! ははっ、足元をすくわれ思い切り転倒しやがったっ! だが波紋はまだ衰えていない! タイミング、跳べっ……! よしっ! 飛び越えられた、続いて白い奴らの頭上をもっ……跳べっ! うおっ、危ねぇ、越え際に剣を振り回しやがって尻の穴が増えたらどうする! だがよおおし! 生還したぞっ! 戻ってきたぁああああっ……!
「素晴らしいぞ! よくやった!」
うおっ! ワルドの杖が、光る!
「一直線上に敵の半数ほどが集約した、最大効率である!」
なにがっ?
「目をつむっておれ!」
光がっ……! 強まる!
うおおおおっ? つむっていても眩しい!
おおおっ……! なに、すごい目くらまし? いやっ、あの盾を溶かした、いわば光線じゃないかっ?
たぶん、あれのすごいやつ!
きっとそう……っと、眩しいのが? 収まっていく……。
……終わったのか?
「目を開けてよいぞ」
開けてもまだチカチカするが……よし、敵は……おおおっ? 一直線に、すげぇ、焼けている! 狼たちがみな倒れ伏しているぅうううっ……がっ! 白い奴ら、まだ生きているだとっ……?
奴らはぐもぐもと、言葉だな? 何かを言い残し、森の方へ姿を消していく……。
「……むう! あれに耐えただとっ?」
ワルド的にも意外だったようだな……。
「おおおおっ!」「今だっ!」「叩くぞっ……!」
おっと、こちらの陣営から雄叫びが、一気に攻勢へと切り替えたようだな! 敵陣が一気に瓦解していく!
しかし巨体がっ、落下! 大樹に張りついていた馬鹿でかいトカゲだっ! 急に参戦してきやがったぁっ?
「ぬう、あれはいかんな!」
形成された壁もなんのその、乗り越えているっ! さすがに気圧されたのか味方も後退していく様子、だが自ら形成した地形に阻まれ迅速には動けないらしいっ……!
「ヤバい! 加勢しないと!」
「うむっ!」
だがどうする、弓も魔術もあまり効いていないらしい、シューターだって通じるかどうか、いやっ、そうだ爆弾だ!
「ワルドッ! 鳥で奴の進行を止め、さらに口を開けっぱなしにできるかいっ?」
「やってみせよう! しかし駆り出した分、我々の防御も手薄になるぞ! 周囲には気を付けよ!」
「ああっ!」
ワルドリたちがいくつか合体しさらに巨大化! でかいトカゲに突っ込んでいくっ! よし、接近できるなっ!
「がははははっ! ようやく楽しめるぜー!」
おっ、何だっ? 謎の剣士がいち早くトカゲの前に立った! そりゃあ好機だろうが、ちょっと邪魔だよ!
「どいてくれっ、俺がやる!」
「あん?」
よしっ、ワルドリがトカゲの口に入り込んで開けてくれている! すぐに点火だ!
「あっ、お前、ちょっと……」
「くらえぃっ……!」
ありったけの爆弾っ……いくつかは口に、他はトカゲの周囲に!
「爆発するぞっ!」
炸裂っ……したがっ、意外とショボイッ? あれっ、けっこういい爆弾だって聞いたのになっ……?
だがっ……だが! トカゲは鳴き叫んで退散していくぞっ……? そうだよな、びっくりしたし、痛かったろうっ? 今日はもう帰んなよっ!
「よし! ほらあんたも、自陣の方へ!」
「あっ、あーああ……」
俺もいいだろう、退がるぜ! 白い奴らも狼も追撃してこない、そうだアリャはどうなった、無事なのかっ? おおっ、大樹の上に、あれがそうだろうな、他の人影と一緒、長老の孫か? 合流できたようだ……が、あれはっ? 人間並に大きい……カマキリのようなっ? カマキリィ? にしてもでかくないかっ? 囲まれている……! ワルドリが守っている中、反撃しているようだが敵の数が多い、簡単には脱出できないようだ……!
しかし、あの高さではここから援護もできない、どうにか助力できないものか……あっ、いや? セルフィンの一人だろうか、疾風のように駆け上っていく姿、いや駆け上がるってほぼ垂直をっ? だが大樹の幹の途中で跳んだっ……? 空中で矢を、複数射るっ……!
いったいどういう、なにっ? 矢の軌道が曲がったっ? カマキリらの方へ、向かって……吹っ飛んだっ……! カマキリらが、バラバラにっ、爆発かっ? ともかくアリャたちへの包囲がなくなった……!
「うむ、そろそろよかろう! 撤退が始まっておる、我々も動くとしよう!」
「ああっ、そうだな!」
……さて、敵陣はどうだ? やはりか、身構えてはいるものの攻めてくる気配はないらしい。奴らとてかなりの痛手を被ったろうしな。
……終わるのか、そうだ終わろう、終われ、なんだっていうんだこの戦いは……! なんのためにここまでの……いやっ? あれっ、さっきの剣士! 奴らに突っ込んでいったっ……?
なんだあいつ、戦いは終わりらしい雰囲気なのに、いや、だからこそなのか? 身を呈してみなを安全に退避させようとしている? あるいはやる気の失せた敵に畳みかけようと? しかし、いずれにせよ単身で何ができるっていうんだ……。
「おいっ! 一人じゃヤバいぜっ、一緒に……」
「ああー! さっさと行けやっ!」
そうはいっても……と、肩を叩かれる、ワルドか。
「ワルド、あいつ……」
「放っておこう」
「でも……」
「なんにせよだ、今は急を要する。撤退中は無防備になりやすい、より疲弊の少ない者が護らねば。あやつが何であろうと構っていられん。アリャも戻ってきたぞ」
「ヨー!」おっと本当だ!「オワッタ、ニゲル!」
「長老の孫は?」
「ニゲタ!」
そうか、ではここにいる意味もない、問題はあいつだが……助太刀はできんな、ワルドの魔術がなければ俺なんかあっという間にやられちまうだろうし、そのワルドも撤退する味方の護衛をしないとならない。
それに、さっきの甲虫どもが死体に集まってきている、ここに留まっていてはかなり危険だ。
……無事でいろよ、謎の剣士よ。
「サッサト、スル!」
「あっ、ああ!」
よし、宿へと戻るぞ……!