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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
29/149

正しい痛み

 飢え、事故、病魔、諍い、暴力、別れ……。

 普通に生きていたって人はよく苦しむものだ。

 だからこそ、こんなところで余計に苦しむ必要なんてない。

 君のいう楽園への切符はさ、それほど高価なものじゃないよ。

 きっと、ね……。


 なんだ、ここはどこだっ?

 真っ暗だ、何も、見えない……。

「痛いのでしょう? そうでしょう、ね?」

 声がする……見えないのにわかる、妖しい笑みがある……。

「苦しいのでしょう? ええ、そうに違いないものね」

 ああ……。

 痛いし、苦しい……。

「私はもっと痛かったし、苦しかったわ」

 なに……?

 なんだ、なぜお前が……。

「ちょっと聞いたっ? あんたが苦しむほどにハイ・ロードの降臨が早まるんですってよっ!」

 降臨……だって……? そんなわけがないだろう……。

 そんなことをしても……ただの徒労だ……。

 いいや、そんなことで聖なる奇跡が起こるなんて、赦されるべきではない……。

「そうね、馬鹿げているわね、けっきょく痛めつける理由が欲しいだけなんだから」

 理由……なんているのか?

 なぜ、必要とする……?

 お前たちは加虐趣味のクソ野郎だ……。

 そうならそうで、いちいち言い訳なんかするな……。

「違いないけど! でも、あんたにはわからないわよ!」

 何がだ……?

 だがそれはそう、理解なんかしたくもない……。

「私たちにできることはただ、苦痛に意味があると信じて、ここで祈ることだけなのです……」

 嘘だ、そんなことは……。

 自身の苦しみに意義を求めているだけだ……。

 信仰があれば堪えられるって……?

 それを可能とし、よしとする信仰とは……?

 それは正しいものなのか……?

 だとするなら、それは正しさ……正しい痛みといえるだろうが……。

 でも、正しい痛みって、何だ……?

「各々あるがままにあれば、嫌でも痛感せざるを得ない生き方の相違……。例え痛みを伴うとしても、それはよいことです。よいことなのです」

 ああ……エリ、そうだな、それはよくわかるよ……。

 いわば……自然の成り行き、ありよう……。

 それは人生における岐路の話だけではない……。

 例えば獣に食われることだって……。

 それは恐ろしいことには違いないが、決しておかしなことではない……。

 生物はみな、何かを食って生きているのだから……。

 そういう、ことなんだろう……?

「そうだよ。だって私は、人間じゃないんだから」

「矛盾しているとは思っていました」

 うん? 誰だ……?

 でも、そうだな……。種族とか文化、価値観の相違から、いつでも仲良しこよしというわけにはいかないだろう……。

 それでも、分かり合えるとはいえなくとも、道が交わるときはある……。

 俺たちは……。

「……きなさい」

 ああ……もう少し、考えたいが……。

 闇から声が聞こえる……。

 深い、闇から……。

 顔が浮かび……。

 それは、ニッと笑った……。

「……起きなさいってば!」

 うっ……? あれっ……?

 ……ああ、くそ、夢か……。

 眼前に、相変わらずだ、意地の悪そうな笑みを浮かべた……アホ兄妹の妹がいる……。

「さーあ、今日もビリビリいくわよぉー!」

「ぐっ、ぐううっ……!」

 こいつ……! 飽きもせず電撃をくらわせやがって……!

「ふーん、まーだ反抗的なのねーあんた! 根性のある男もいいけど、いい加減受け入れなさいってのよ……!」

 くそっ……早くどうにかしないと……。

「……ね、前にもいったけど、私ってば、本当は拷問するばかりじゃないのよ。本物の信頼関係が築けたら、ちゃんとこの私を拷問させてあげるつもりなの……!」

 だから何なんだそりゃあ……?

 つーか、やるにしてもやられるにしても、けっきょく拷問なんじゃねーかよ……!

「そんなもん……他の奴と勝手によろしくしていろよ……!」

「なにいってんの、相手は慎重に選ばないとダメなんだから! わかる? 魂の問題なのよこれは!」

「うるせぇ、誰がお前なんかと……! さっさと解放しろアホが……!」

「な、なんですってぇ……!」

 またお怒りの様子らしいが、こんなことをされてへりくだる気にはとてもなれんな……!

「なによ! そうやって私を怒らせて! 誘ってるんでしょ? のってあげるわよっ!」

 ぐぅううううっ……! 本当に! 飽きもせずこいつはよぉおおお……!

 だが……! い、いい加減……馴れて、きたぜぇえ……! 強がりだけじゃない……気がする、この電撃……は! とどのつまり、俺が普段使っているそれと、本質を……同じくするはずだっ……!

 指先のそれだって……最初は痛かったが……徐々に馴れて、今は何も感じない、だとするなら……!

 ……と、電撃責め、止まった、な……? アホの妹、息を荒くして……傍らのティーセットで……一服していやがる……。

 ああ……喉が渇いた……。

「まったく強情よねぇ、あんたってば……!」

 紅茶を、かたむけている……。

「……あら、あんたも欲しい? いいのよ、喉かわいてるんでしょ? ろくに飲み食いしてないって話だし」

 うう……カップを、口元に近づけてきやがる……。

「……いらねぇよ」

「そんなわけないでしょ! ま、あんたのことだから普通の好意じゃ満足できないのよね! はいぽちっと」

 ……なっ、なんだ? 磔台が動く、前方に傾いて……!

「じゃあ水責めしてあげるから、好きに飲みなさいよ」

 なにぃいい……? そういうのも……って、床からでかい水桶が出てきやがったっ……?

「はーいゴボゴボー」

 ヤバい、今のうちに息を……おおおっ……!

 くそっ……こいつ、どれだけの時間、沈めるつもりだっ……?

 と、とにかく、冷静になるんだ、慌てると余計に息が続かなくなるっ……!

 冷静に、冷静に……。

 落ち着け、落ち着け……。

 頭上で何かいっているが、気にしては駄目だ……。

 冷静に、落ち着け……。

 そうすればそのうち……。

 じっと待て……。

 待て……。

 ……って、いやっ、いつまで沈めているつもりだっ……?

 ヤ、ヤバい、だんだん苦しくなってきた……!

 つーかおいこれ、こいつっ、このまま溺れさせるつもりじゃあ……!

 くそっ、身動きがとれないんだ、このままでは……!

 つ、続かない……!

 息がっ……!

 く、苦しくなって……!

 こ、このままじゃ溺れぇええ……!

「はーいザバーン」

 ……おおっ? 空気だ、いっ、今のうちに吸っておかないと……!

「どう、ちゃんと飲めた?」

「ばっ……馬鹿野郎、飲んでいたら死ぬわっ!」

「飲んでないの? じゃあはーいブクブクー」

 おい、待てまだ……!

 ……息が整ってないのに……!

 ヤバい、さっきより息が続かないだろう……!

 すでに苦しくなって……!

 息が、続かないぃいいい……!

「はーいザバーン」

 ああくそっ、空気だ! 思いのほか早かった!

「はーいガボガボー」

 ちょっと待てってコイツッ……!

 まだろくに空気吸って……!

「はーいザバーン」

 なんだ、いやに早い……。

「はーいガババババー」

 スパンが早い! またちゃんと息を吸う前に……!

 だがまたすぐに上げられるだろう、そのときに目一杯吸っておこう……。

 ……って、なんだ?

 どうしたっ……?

 さっきはすぐに上げたろっ……?

 なんで突然、こいつ……!

 ほとんど、息を吸っていないのに……!

 すぐに苦しく……なってくる……!

 ヤバい、今度こそ、ヤバいぃい……!

 はっ、早く上げてくれっ……!

 早く、早く……!

 早く……しないと……!

 これ以上は、

 無理……だ……!

 水、入ってぇえ……!

「はーいザッバーン」

「ガハッ!」

 くそっ……くそっ、くそっ……!

 今のはヤバかった……! 水が、肺に入る、寸前だった……!

 咳が止まらない、気管支が、引き裂かれるようだ、痛い……!

 咳のたびに頭痛が、鋭く……!

 ああ……! 目がチカチカする、鼻が痛い、咳が、止まらない……!

「どう? ちゃんと飲んだ?」

 このドアホ、それどころじゃあ……って、目の前にコップ、差し出された……?

「ね、施しはちゃんと受けた方がいいでしょ?」

 ……さすがに、これ以上……やられてはかなわん……。

 ……仕方ない、飲むか……。

「んっ……?」

 なんだか、甘い……? 果汁ではなさそうだが、香りがいい、かなり美味い……! ただの水じゃあないのか……!

「どーお? おいしいでしょー!」

 くっ……アホの妹、また意地の悪い猫みたいな笑みを浮かべやがって……!

「それじゃあ、一休みした後にまた楽しみましょうか!」

 ……しつけぇな……本当は殺す気だろこいつ……。

 だが今はとにかく休まなくては……。

 しかし、あれからどのくらい経ったんだ……?

 それほどでもない気もするし、何日も経ったような気もする……。

 まあいい、今はしばし、休もう……。

「ほら、起きなさいよ!」

 ううっ……なんだっ?

 またこいつか……さっき出て行ったばかり……。

 また眠って、いや、気絶していたのかも……。

「さーて、元気にいきましょうか!」

 このままじゃあ……マジでヤバいな……。心が折れる前になんとかしないと……。

 だが今は……とにかく電撃だ、こいつをどうにかするんだ……。

 ……できるはずだ……俺の魔術も、あのステッキのそれも、電気には違いないのだから……!

「なあにじっと見て……? 私を好きになってきちゃった……?」

 電気は電気なんだ、俺は電撃を扱える、だったら防御だってできる……はずだ。

「……私はね、最愛のひとを探してるの。心から信頼して拷問し合えるひとをね……。あんたはどうかしら? 私の体、どう責めるつもりぃ……?」

 ワルドの壁のように、自らを魔術で鎧うことだって……。

「ちょっと、どう責めるのかって聞いてるでしょ? すごいアイデアを提示できたら……試させてあげてもいいのよ?」

 俺の指は電撃で感電していない……だったら、それを全身に拡大することもできるはず……。

「こんな提案、他のにはしたことないのよ……? つまり……あんたは特別ってことなんだし……」

 やれる、いいや、やらねばならない!

 自分を信じろ、きっとやれるはずだ……!

 電撃だって、水責めだって、殴られ蹴られても……耐え切る力を手に入れるんだ……!

「ちょっと、聞いてるの? 私の恋人になれる一歩手前まできてるっていってるのよっ?」

 何だって試せるさ……! 今ここでは……!

「ねえったら!」

「……誰がお前のような女なんかと!」

 アホの妹、その瞳、燃え盛る……!

「この私がっ……!」

 ステッキ、調整しているのか、威力を上げているっ……!

「ここまで譲歩してあげたのにぃいいいいいいっ!」

「ぐぅううううううっ!」

 こっ、これまでよりっ、ずっと強い電撃ぃいっ……!

 だがっ、だがっ……!

 この衝撃もっ、痛みもっ、電気には違いないんだろっ……!

「うおおおおっ!」

「なによっ! 逃がさないわよ、絶対に逃さないからっ!」

 電気は電気ぃいいいっ……!

「あんたは私のモノなの! 決まったことなのよ!」

 同じ、同じもののはずだっ……!

「苦しいなら懇願しなさいよねっ! 私に魂ごと縋りなさいよっ……!」

 どう使われようと、電気は……電気だっ!

 電撃も、電撃……!

 電撃をぉおお……!

「おおおォオオオオッ!」

「無駄だって……あっ?」

 感じる……感じるぞっ、体が広がるような、あのときの傷……痛み、燃えるように熱いっ……!

「ななっ、何よいったいっ……?」

 これは、きたのかっ……? 体が熱い、力が! 力が湧いてくるぅううう……!

「なんなのよぉおおおおおおおっ!」

 電撃っ……だがっ、もはや痛みはないっ、それどころか力として流れ込んで、いや、体表を駆け巡っているようなっ……!

 まるで、雷の鎧を身にまとっているようなっ……!

 力が、どんどん強まっていく! 電撃を、電気を我がものとしているのかっ……? このまま操れるっ?

「おおおらぁああああっ!」

 電撃をォオオッ、返すぜぇええええっ!

「ななっ……ああァアッ!」

 稲光がっ、迸ったぁっ? アホの妹、ピンと仰け反ったまま痙攣している、煙がでている……!

 もはや、後のことなんか考えていられんっ! このままどこまでもやってやるぜっ……!

「うおおおおあああっ……!」

 腕が動くっ……鎖が、柔らかく感じるっ! 引きちぎれるかっ?

 ああっ、けたたましい音が鳴り始めた、警報だっ!

「レッ、レクテリオールッ! 何をしているんだっ?」

 ケリオスかっ……!

「てめえぇええっ! 許さねぇぞおおおおおおあああっ……!」

 もがくほどに、力が湧いてくるっ! 鎖……一部が弾け飛んだっ!

「や、やめろっ! そんなことをして……」

「そこを動くなぁあああああっ!」

 ぶっ……ちぎってやっ……たぁああああぞっ! 足もだっ!

「こなクソガァアアアアッ!」

 ……ぁああはははっ!

 い、一撃で、台がひしゃげたぜっ……!

 だがまだだ、まだ足りない、体が燃えるように熱い、今なら何でもできる気がする、なんだってな……!

「くっ、脱走だっ! みんな……」

 てめぇは逃さねぇええ……って、あっという間だ、一足飛びで奴の眼前にっ!

「ケリオオオオスッ!」

「なっ、なめるな、僕はァー!」

 遅いっ……! なんて遅い拳だよ、あくびが出るぜっ!

「おらぁあっ!」

 拳、顔面に入った……! どうだこの野郎……って、なんだっ? ケリオス、動きがいやに……ゆっくりだ、ゆっくり宙を舞っている……折れた歯と血しぶきすら、はっきりわかる……。

 どうしたんだこいつは……? もう一発、やれるかっ……?

「くたばれぃっ!」

 蹴り上げてやるっ……と、まるで綿でもつまっているかのようだ、ケリオス、真上に飛んでいく、天井に激突した……!

 こっ、これは……なんて威力……! ケリオスがどうとかじゃない、俺があまりに強化されているんだ、しかし、体が……熱い!

 異常な強化、活性化、まるで体力を火に焼べているような感覚……! これはあるいは、諸刃の剣なのではっ……? 体力が尽きたらどうなるっ……?

 くっ、チャンスだが懸念もでかい、暴れるのは後だ、まずは脱出しなくては……!

 ドアを蹴り破る、先は通路か、左右の部屋から拷問器具が垣間見える……どれも拷問室か、それに何か出てきたぞ、トゲトゲの体をベルトで巻いたような異形……!

 しかしな、そんな体をしていたってわかる、お前は今の俺より、はるかに弱い!

「邪魔だっ!」

 破壊したドアを掴む、やはり軽い! 振り回すことだって容易だぜ……!

「マッ……マテッ……!」

 何をビビッていやがる、待つかアホがっ!

 縦に投げたらまっすぐ飛んでいって……よっしゃ命中! 奴は動かない……が、他にもぞろぞろ出てきやがったな!

「邪魔だっつってんだろうがっ!」

 顔が縦に割れて口になっている、しかし見た目だけだ、横っ面に一撃で壁に激突、大人しくなったな……。

「いやに脆いな! それでも悪魔と呼ばれてんのかっ?」

 幾度も蹴りつけてやる、悲鳴が上がる、なんだおい! やるのは好きでも、やられるのは嫌いか? 他の奴らもビビッてかかってきやしねぇ……って、こんなことをしている場合じゃないっ!

「どけっ! それともやるかオラッ!」

 そそくさと逃げていく……が!

「おせーんだよっ! 邪魔だっ!」

 小突き回して道をつくるっ、急がないと、いやそうだ?

「おいお前っ、出口はどっちだっ?」

 石のように角ばってる奴だ、見てくれは尋常じゃないが、こいつ、明らかにビビッているな。

「ア、向コウ、デス……」

 ついでにぶちのめしてもいいが……いや、そんなことをしている場合じゃないっての、急げ、あまり時間がない気がする、というか俺の得物はどこに? えっと、また聞こうにも……近くに奴らがいない、逃亡騒ぎになっているのに誰も向かってこないのかっ?

 そうなら仕方ない、近くのドアを蹴り破り! おっといたな、なんか丸っこい、サンショウウオみたいな頭の太っちょだ。

「アアッ、何ですカッ?」

 何ですかじゃねーよ!

「おいっ、俺の武器はどこにあるっ?」

「ハア、ソレならタブン、S6ノ……」

「んなこといわれてもわかんねーよ! 案内しろっ!」

「ハッ、ハイィ……」

 早くしろ速くはやく!

「走れよっ! おっせーんだよ!」

「ハシッテますデショ……」

 こいつ、なんかポテポテしやがって、妙にムカつくなぁ……! 俺の活性抜きにしてもおっせーし……。

 そして何だ、道を戻ってんじゃねーか、めんどくせぇ……!

「急げよコラッ!」

「ハシッテますデショー」

 ムカつくな! 引っ叩いてやろうかっ?

「エエット、アー、ココですワー」

「……嘘だったらぶっ殺すぞ」

「ウソじゃねーですワ……」

「あとここで待っていろ、出口まで案内してもらう」

「エエー……」

 よしドアを蹴り破るっ……が、異形の二人、何か食っている……って、そりゃあアージェルからもらった保存食じゃねーか!

「テメーなに食ってんだぁあっ!」

 喉につまったか、咳き込んでいるっ!

「オラアア!」

 ふざけやがってっ、そいつはっ、俺がとっておいたっ、もんなんだよっ……!

 このままっ、壁や机と一体化っ、させてっ、やろうかっ……?

 はっ、ははっ……はははっ……はあっ!

 はあ……。

 はあぁ……くそが……!

 ……少し、やりすぎたか……?

 いいや、殺されないだけマシと思え……!

 ……しかし、いかんな、どうにも……怒りが制御できていないような……これも活性の影響か?

 ともかく得物は無事だった、回収していこう。

「よし、出口へ案内しろ!」

「ヒィー……メチャクチャやりますナァ……」

「テメーらにいわれたくねーんだよっ!」

 思わず引っ叩くが……なんか頭がプルンとしただけだ……。

 なんだこいつは……?

「ハヒィイイー!」

 ともかく走り出した、よし、さっさと出よう!

 しかし、かなり腹が減ってきたな、やはり時間がないんだろう、体力が尽きたら終わりだぞ……!

「エート、アト、ココまっすぐナンデ……」

「そうか!」

 出たぞ、吹き抜けのあるホール、ここは見覚えがあるぞ、ちょうどのあのアホの妹がいたところだ……!

「ウギュルアー!」

 おおっ? 下方に、あの猫仮面がっ! ハンマーで奴らをぶっ飛ばしている、十数人ほども周囲で倒れているぞ! もしや俺を助けに来てくれたのかっ……? よし、階下に飛び降りるっ……!

「ニェッ?」

「よぉしっ! 出るぞ!」

「オオッ! ウニァアー!」

 猫仮面、表のドアを蹴り開ける、よし脱出……いやっ?

 拍手が背中を叩く……!

 後ろで、デヌメクネンネス……手を叩いている……。

「おめでとう」

「あんた……」

「ああっ、ご無事でしたか……!」

 おっ、エオもいたのか!

「エオッ! 君こそ無事でなによりだ……!」

「あっ、あの男は……」

 エオは小さな悲鳴をあげ、身を強ばらせる……。

「い、行きましょう、あの男には敵いません……!」

 確かに、奴は強いんだろうよ……。

 しかし……!

 なんだか気にいらねぇなっ……!

「余裕ぶりやがってっ……!」

 シューター、今の状態なら、とびっきりのが出るだろうぜ!

「くらぇい!」

 撃っ……たぞ! これまでの比ではない衝撃っ! 当たれば真っ二つだぜっ……!

 ……って、なにっ?

 馬鹿な、刃を……! 指先で掴んだ、だとっ……?

「悪くない」

 ニッと笑む……!

「だめですっ! 早く逃げましょうっ!」

「あっ、ああ……」

 くそっ、倒せるとまでは思わなかったが、まさかあそこまで通じないとは……あれも魔術なのか?

 円盤がある、追っ手はない、無事に浮かび上がった……。

 ああ……助かった、ようだ……。

 間に合ったか……。

 気が抜けてきたら……なんか……疲れて、きたな……。

「よく、ご無事で……!」

「ああ……」

「初めてです、あそこから無事に戻ってこられた方は……!」

「ああ……助けにきてくれたんだろう……? ありがとう……」

 ……疲れが津波のように……。

 ……視界が、揺らぐ……。

「ああっ、お気を確かに……!」


 ……うっ、何か温かいな、というか柔らかい……。

 なんだこの、柔らかい、椅子……?

「ウニルオエ……」

 うん……うっ! 頭上に猫の仮面っ……?

「気がつきましたか!」

 エオだ……。

「クヤルオエー」

 猫仮面……が、抱いていてくれたらしい……と、目眩が……。

「ウギュッ!」

 おっと、猫仮面が支えてくれる……。

「おかわいそうに、ここまで痩せてしまって……」

 や、痩せる……?

 ほ、本当だ、手や腕が細くなっている……! 顔も、触れるとげっそりしているのが、わかる……! それに、ものすごい疲労感だ……しかも、全身が、半端じゃない筋肉痛……!

「ああ……何か力を出し尽くした……からだろうな……」

 猛烈に活性し、普段、出せないような力を出してしまったからだろう……。とはいえ、この程度で済んでよかった……下手をしたら死んでいたかもしれない……。

 つーか、腹が減った……! 凄まじい空腹感だ、一気に押し寄せてきやがった……!

「な、何か食い物は……」

「はい、集めておきました」

 見ると山ほどの木の実が……! それに干し肉なども……!

「おおっ、ありがとう……!」

 飛びついちゃうが、しかし、いくら食べても足りない、食べても食べても足りない……! 木の実も、干し肉もうまい、すごくうまい……! あれっ、でもこの肉って……。

「あの、この干し肉……」

「もちろん人肉などではございませんよ」

「だ、だよねー!」

「ここには動物もいます。外から補充してくるのです。その、もし脱出するならば、それらを地上より回収する際に……」

「というか、ここを墜とす」

 おっ、これあの黒い果実じゃないか……! 食っちゃったよ、でも美味いね、甘みと酸味が調和して……。

「あの……」

 味わってみると、干し肉も牛肉だな。本当、人のものでなくてよかった……。

「あの、もし……?」

「えっ、なんだい……?」

「あの……聞き間違いでなければ、ここを墜とすと……」

「ああ、うん、体力戻ってからね……」

「墜とす……」

「うん、奴らの戦力は大方わかった、たいしたもんじゃあない。動力源はどこにあるのか知っているかい……?」

「あの、えっと……」

「拷問室がたくさんあった。いまだ責め苦を受けている人もいるんだろう? 彼らも助けないと。だから墜とす」

「し、しかしそれでは……」

「君の信仰に影響が出る? でも、君は嘘つきだね」

「う、嘘つき……?」

 そうだ、エオとはきちんと向き合わねば。

「そうさ、君はこういっていたな、歯を食いしばってでも傍観すると。しかしそれは違う、なぜなら君は先ほど、俺を助けに来たからだ。それは傍観するような人間のすることではない」

「で、ですが……」

「俺は……君のように、痛ましいほど敬虔な女性を知っている。彼女は孤児院にて子供たちの世話をし、それを幸いとして暮らしていたが、内戦にて食料や薬が枯渇したらしくてね……子供が二人も亡くなってしまったそうだ……。それゆえに、いまはハイロードに眠るリザレクションという復活の秘術を求めて旅をしている……」

「リザレクション……」

「以前、彼女は正しい痛みについて語っていた。復活できたとしても、過酷な環境で育った子供たちは孤児院での生活を否定し、外の世界へ巣立っていくことだろう……ってね。それはある意味、彼女の生き方の否定だが、彼女自身、それを受け入れているんだ」

「正しい、痛み……」

「生き方の違いだね。不和も別れも、そこで生じるんだ。自然に起こり得る、受け入れなくてはならない痛み……」

「生き方……ですか……」

「……君のその苦行は、本当に正しいものなのかい? 普通に生きていたって辛く悲しいことはたくさんあるよ。ある地で慎ましく生活し、そして自然と生まれる苦痛を感じる。それは飢えだったり、他者との不和だったり、事故や病魔、親しい者との決別、死別……いくらでもあるじゃないか。それがここでの苦しみに劣るなんて誰がいえるんだい?」

 エオ、俯くが……。

「私は……間違っていたと……?」

「君の過去を聞けば……誰でも同情をするだろう。そして、君の幸福、信仰の成就を願わずにはいられない。でもね、同時に恐るべき強かさもそこには内在しているのではないかとも思えるんだ。君の苦痛が、その、あまり……意味がないとか、そういう話にもっていくのは憚られるんだね、自分がとても薄情な気がしてくるから……。でも、その薄情さを承知であえて口に出すなら、君の辛過ぎる背景には強い強制力があると思うんだ、特にこんな場所に閉じ込められてしまったなら……」

「私は……」

「君と奴らはまるで表裏一体だ。互いに切磋琢磨するように事態を深刻化させている。でも、やっぱり自然とは思えないんだよ、最初から苦痛を目指して生きているようで……」

 エオ、黙してしまったが……。

「君はもう充分に戦った。苦痛を信仰に捧げる生き方はいいさ、でも、これまでのようなおぞましい繰り返しは終えるべきだと俺は思うんだ……」

 エオ……今さら受け入れ難いのはわかるが……。

 しかし、やはりダメだ、こんなところで、あんな奴らに君の苦痛を分け与えるのは……。

「そう……かもしれない……と、考えなかったわけではありません……。私は……傲慢なのではないかと、普通以上に苦しんだという自負を持って……皆を導ける存在になり得るのだと……」

 エオの瞳が……潤んでいく。

「それは同時に、他者の苦痛を軽んじることだったと……いいえ、もっとはっきりいってしまえば、すぐに再生できるからと……いいえ、もっと、もっと残酷なことに、再生を経て、異形にならないからこそ私は……私は……」

 瞳から涙がこぼれる……。

「けっきょく、私は傲慢で薄情な……」

「いいや……見すごせなかったのが君なんだよ。いくら信仰の理屈で自身に言い聞かせても、完全なる傍観は不可能だった、それこそが君なんだ……。そして君の信仰はまだ何も否定などされていない。ここがなくなったって、楽園への船が失われるわけではないんだ。ただ、その信仰を利用しようとする悪党たちが滅びるだけ……そういうことさ……」

 彼女の涙を拭う……。猫仮面がエオを抱きしめた……。

 しばし、嗚咽が響く……。

 たとえ一部でも、これまでを否定するのは辛いことだろう。

 だがこれでいいんだ……。

 ……そうさ、また顔を上げたとき、君はこれまでよりはるかに強くなっているに違いない。

 その強さで、正しい痛みで信仰の船を漕いでいけばいいんだ。

 ……そう、そのためにも、まずは体力を回復させないとな。

 息巻いたものの、今の俺はろくに動けない……って、いっているそばからこれだ、何者か来やがったな!

 くそっ、敵だったら……いや、あれはっ?

 そんな、まさか、どうしてここにっ……?

「あらー元気そうねー。杞憂だったかしら」

「そうでしょうか……ずいぶんと消耗しているようですが……」

 やってきたのは、ル・スゥー!

 そして、レ・ホーも……!

「ハーイ! この前はありがとうねー!」

「なっ、なぜ、あんたたちがっ……?」

「なぜかしら、なぜだと思う?」

 て、敵……いや、敵意はない、ような……?

「えっ、というかその子、泣いてない?」

「ああ……いろいろあってね……」

「痴話喧嘩……?」

「はぁっ? なんでそうなるの……」

「おばさま、怪しくないー?」

「どうなのでしょう……」

「危険なときこそ燃えるっていうじゃない?」

「そういうもの……なのでしょうか……」

 なんか間違った方向へ認識が傾いている気がするがっ?

「いえ、彼女は……」

「……ええ、わかっていますとも……。ここは……私にとっても見知った場所なのですから……」

 なにっ……?

「まさか? あなたも裏教典の……?」

 ううっ……? なんだっ、レ・ホーの目が……光った?

 いやっ、反射か? 何だあの目は、黒いベール越しだからよくわからないが、黄金のように輝いている……?

 それにこの気配……! すごい密度だ……。

 エオは泣き止み、猫仮面ですら萎縮している……。

「裏教典は……悪しきものではありませんが……解釈が困難であるがゆえに……利用されている面はありますね……」

「……あなたは、いったい?」

「ここを破壊したいのでしょう……? ええ……お手伝いいたしましょう……」

 なんだって……?

「ほっ、本当……ですか? それは……ありがたいことですが……」

「えっ、そこまでやっちゃうんだ? サイッコー!」

 ピンク色のでかい銃を構えて嬉しそうだが……。

「えっと、ホーさん……しかし、どうして……」

「ただの感傷ですよ……。以前より暗黒城の最期は占われていました……。そして今がそのときだと、思っただけのことです……」

 そう、なのか……。

「私とて……このようなありさまを容認していたわけではありませんが……手出しは憚られました……。これの所有者は現在、クルセリアであり……」

 なにっ……?

「……彼女はいくつかの組織とつながりがあります……。これを墜とすということは、必然、それらと関係するということであり……」

 クルセリア、ワルドの宿敵か……。

 ここにそんないわくがあるとは……。

「……あなたにこそ、影響が大きいと思われますが……それを踏まえてなお、そうしたいと考えますか……?」

 そう、したいか……?

 よくわからないが……報復とかされかねないって……?

 それは正直、困る……。

 ……しかし、だからといって、このままでいいのか……?

 いいや、いいはずがない……!

「……俺は、べつに構いませんよ。こんなところ、潰してしまった方がいい……」

「そう、ですか……」

 うん……? よく見えないが、今、笑ったような……?

「……ですが、ここには奴がいます、デヌメクネンネスが……!」

「そのようですね……」

「あの男は強い……。正直、俺ではまるで歯が立たない……」

 レ・ホーの気配が深くなる……!

「あらぁ、今日こそ見ることができるかしら、大魔女の異名をもつおばさまの実力が……!」

 大、魔女だって……?

 ……た、確かに、凄そうな気配はひしひしと感じる……!

「もし、そのときがくればですが……」

 なんにせよ、これは頼もしい……!

 奴らの悪行にはほとほとうんざりだ、さっさとぶっ潰して自由になりたいもんだぜ……!

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