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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
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暗黒城

 楽園への船にてある限りの苦痛をその身に受けましょう。

 血肉を奪われ、心を陵辱され、死すら剥奪され……その一切を喪失するまで堪え切るのです。

 そうすれば、いつか辿り着けるでしょう。

 私たちの楽園、要たる主のあたたかな膝元へと……。



 まだ上昇するのか、いったいどこへと向かっているんだ……いや? 頭上の円柱、その下部が口を開けた……!

 案の定か、あそこから内部へと入っていくようだ……が、暗いな、ほとんど真っ暗だ、ところどころ夜空の星のように小さな光が瞬いているだけ……って、うわっ! いきなり視界が開けたっ……?

 まっ、眩しい……が、ここは……いったい何だ? 一見してどこかの屋敷、あるいは教会のような……絢爛な装い……部屋の隅が金色の装飾で彩られている……俺の周囲も黄金の仕切りで円形に囲まれている……前方だけが通り抜けられるようになっている、あまり大きくない部屋だが先へと続いているな、十メートルほどの廊下、突き当たりには両開きのドア……。

 とにかく……この乗り物から降りよう、そうだ、この腕輪の事もある、早急にどうにかしなくては……!

「うっ……?」

 真っ白い石? の床に刻まれた紋様がある……が、一見して奇怪だ、ただ円が重なっているだけのものでしかないのに、不規則で部分的に異常な集合を見せている様が……忌々しいほどに不快な気分にさせる……。

 壁にも同様の文様が……どこも清潔そうなのに、天井には豪華なシャンデリアまであるのに……何だ、この見るに堪えないほどの不快感は……!

 ……だからか、自分にも腹が立ってくる……! 昨日の今日でまた皆と離ればなれとは、単純な罠に引っかかりやがって俺の馬鹿野郎め……!

 しかも暗黒城とは……あの図鑑にあった超危険個体だろう、それに姫だと? こんな場所の姫なんて間違いなくまともじゃないだろう、というかここにいるのは黒い聖女とやらじゃなかったか?

 いやいい、とにかく先へと進まないと、時間がない、部屋を出た先は……廊下だ、壁の境目……やはり金色の装飾で縁取られている、四方の角には茨が張った円柱の柱、その下で花々が咲き乱れ……人の形、彫刻のような植木鉢があるな、女体が仰向けになっている意匠、胴体が斜めに裂かれそこから草花が茂っている、四肢が艶かしい角度で伸びている、異様で悪趣味な装飾……だがっ? 何だ、いま動かなかったか……?

 ……いや、見間違いか? まあ、そうだろうが……。

 あるいは……床や壁の発狂的な文様で目が眩んだのかもしれない……そうかもしれない、彫刻が動くわけがないし、彫刻が俺を見つめているのも……。

 ……目の、錯覚に違いない……が……。

 今となっては……動いている、どう見ても……。

 それによく見ればこれは……彫刻じゃない……?

 ……いや、そんな馬鹿な、人体が斜めに切り開かれているんだぞっ、こんな事をされて生きているわけがない……! それともやはり精巧な作り物か……?

 ……肌が石膏のようで判別ができない……いや、今度はその口が……開いた……上から? ぽたぽたと……液体が口へと、舌に落ちている……。

 蛇……の装飾、その口から滴り落ちている……。

「おっ……おい、君……?」

 うっ……! 女が、僅かに微笑んだ……? 生命感がある……! 彼女はやはり生きているっ……!

 たっ、助けなくては、しかしどうやって……? こんな状態の人間をどうしたら……? それに彼女ばかりじゃない、他の柱の下にも同様に……老人や青年、中年くらいの女がいる……その誰もが黙って俺を見つめている……。

 その表情に悲壮感はない、救いの訴えは出てこない……俺もどうしたらいいのか分からない……。

 そうだ、いま最優先にすべき事はこの腕輪だ、解決できない事に時間を割いている暇はないはずだろう……!

 先へと進まねばならない、あの両開きのドアだ、ここは敵地だぞ、シューターを構えろ……!

 ……よし、慎重に、だが急がなければ、ドアの先は……広いな、広間だ、中央に透明な……ガラスか? 階段があり……左右に通路が伸びている、階段付近にはまたしても人間の植木鉢があるな……同じ顔、しかし男女? 双子か……いや待て! 上だ、上からだ、甲高い足音……!

 誰か降りてきている、真っ白い足……純白のドレス、金色の髪、青い瞳、開けた胸元……白いヴェールの美女だが……! 気を抜くな、敵である可能性は極めて高い!

「……動くな、何者だ……!」

「ようこそ、天の使いさま……。お待ちしておりました」

 なにぃ……? 奴のような妄言だな、あるいは一味か?

「わたしはエオ・エール・イラーと申します」

 だが……どこか妙だな、敵性はまるでなさそうな感じだ……。

 謎の女は優雅な足どりで階段を降りてくる、端正に過ぎる顔立ち、背筋が凍るほど美しい……が、警戒を緩めるわけにはいかない!

「待て、止まれ!」

 今度こそ警告が耳に届いたか、女は立ち止まる……。

「君は……いったい何者だっ?」

「エオ・エール・イラーと申します……」

「君が……」

 ここの姫、なのか……?

「こ、この腕輪に覚えはあるかっ?」

「はい」

 あるっ?

「外す事はできるかっ……?」

「はい」

 外せるのかっ? 罠では……いや、その場合なんらかの提案があるはずだが……。

 ただ、近づいてくるだけだ……。

「失礼いたします」

 女の手が伸びてくる、敵意はないように思える、爆弾から解放される機会は逃せない、任せるしかない……と、腕輪を擦った……? だけで! いとも簡単に外れてしまった……がっ? どういう事だっ、女が自身の手に装着しただとっ……?

「おいっ、そいつには爆弾が仕込まれているんだぞっ……?」

「はい、存じております。ときに、あなたさまのお名前は?」

 知っているって……ならどうして装着なんか……いや、それとも爆発のくだりは奴のはったりだったとか……?

「あなたさまの……お名前は……?」

 ううっ、澄んだ目で見つめてくる……!

「レ、レクテリオル・ローミューン……。あんたは蒐集者の仲間だな……?」

「とんでもありません……! なぜそのような……」

 うっ、目が潤んでいく……。吸い寄せられそうになるが……気を許すな……! 籠絡してくる腹づもりかもしれないぞ……!

「わ、悪いが、すぐに帰りたいんだよ……!」

「……どこへ、でしょうか?」

「な、仲間の元へ……」

「その必要はございませんよ、いずれここへといらっしゃるそうですから……」

 なに? いや、それはないな、そうするつもりなら俺を人質にして一緒に連れてくればいいだけの事だ、しかし奴はそれを試みもしなかった。

 ……やはり、怪しいな。

「なにか、お気に召しませんでしたか……?」

 しかし、この雰囲気……どうも敵という感じはしない……。

「……ところでこの植木鉢は人間なのか……?」

「はい、もちろんです」

「生きているのかっ……?」

「はい。私も長くそうしていました」

「……そうしていた?」

「はい。とても長い間、そうしていました」

 美女は微笑む……。何がそんなに嬉しいんだ……?

「ではご案内いたしましょう。てっきりすべてご承知と思っていたのですが……いえ、お忘れください。私ったら、さもしいですね……」

 承知、俺が? そんなわけもないが……。

 ……罠にしてはさすがにおかしい、かといってあまり正気なようにも見えない……。

 方向性は異なるが奴と同じなのかもしれないな……。何か突拍子もない事を盲信しているかのような……。

「……君はどうしてその腕輪の事を知っていたんだ?」

「ええ、その、聞き耳を立ててしまいまして……。なんとかお力になれないかと、お待ちしておりましたから……」

 聞き耳を……?

「君が、暗黒城の姫……?」

「まさか、まさか……。わたくしはそのようなご身分では、とてもとても……」

 ……まるで関係ないが、たまたま俺や腕輪の事を知って助けに来てくれたって……?

 にわかには信じられないが、疑わしくもないな……騙そうとするには言動が奇妙すぎる……。

 ……頼れる相手が一切いない状況だ、あまり無下にするのもよくないだろう。同行していればいろいろと情報が手に入るかもしれないしな……。

「ここの事を知りたい、詳しく説明してくれ……」

「そうですね……どこか落ち着ける場所でお話ししましょう」

 女は階段を降りて左手に曲がる、その先の廊下を進んでいく……左右にはドアがいくつも並んでいるな……って、右手に並ぶうちの一つが急に開いたっ? 男が現れたなっ、なりはボロボロだ、あるいは冒険者か? 頭髪は乱れ、髭も伸び放題、さらに血塗れの風体だが……。

「おいっ、あんたっ……?」

 怪我か、返り血かっ……って、あれっ? 一瞥しただけで去っていってしまった……。

 どうした、大丈夫なのか……? ドアが開きっぱなしだが……。

「……うおおっ?」

 なっ、なか! しっ……死体の山だっ! どっ、どれもがかなり損壊しているっ、臓物が辺りに散らばっているっ……! ものすごい悪臭、ちくしょうっ、何なんだこれはっ……!

「はい、私もしばらく死体の山にいたことがあります」

 なにっ……?

「なんだとっ……?」

 何だそれは、なぜ平然と、女は淡々と進んでいく……が、いったいどういう事なんだっ……?

 ……やはり、正気ではない……?

 どうする、ついていっていいものか、だが罠である感じはないんだよな、なんというか、普通でないだけで悪意はないというか……。

 くっ……他に頼れる人もいないしな……というか女が通路の突き当たりを左へ、姿を消した、追いかけないと……って、なにぃいいいいっ?

 あれはっ……転がってきたあれは首かっ……? しかも、あの女の……! 体も、放られるように現れた、首のない体……おびただしい鮮血が流れているっ……!

 ばっ、馬鹿な、死んだっ、殺されたっ? 曲がり角から白い……甲冑? に身を包んだ人影っ……! 手に血塗れの長剣がっ……!

 あいつの仕業かっ、しかしなぜいきなりっ……? いやどうするっ、彼女は死んでしまった、戦うべきかっ?

 だが、くそっ……腕輪を外してくれた恩義はあるが、ここでの交戦はあまりに危険だ……! 奴が仲間を呼ぶかもしれない、もしくは同様に好戦的な奴が現れるかもしれない、地の利もまるでない、冷静になれ、今は後退すべきだ、通路、逆側に逃げよう、奴は……追ってこない、いつの間にか姿を消したらしい……。

 ……そしてまたこの広間か、仕方ない、今度は逆方向の廊下を進むとしよう、そうだ、ひとまず落ち着けるような場所を探さないと……。

 ……こちら側も同様にドアが並んでいる、中を確かめるか? リスクはあるだろうが……身を隠す場所は必要だしな……。

 慎重にいこう……可能な限りドアノブを静かに回して……室内を覗くと……何だ? 夕暮れのように赤い……部屋、床は絨毯、クローゼットやテーブルなどの調度品も一通り揃っている富裕層の住まう部屋のような……いやっ? 奥だ……! 奥に何かいるっ? 並んで座っている……! 人のようだが頭は動物だっ? どれもが恐ろしく凶暴な顔つき、膝元には生首らしきものがぁっ……?

 こっ、こいつはどう見てもヤバい……! だがまだ動いてはいない、そもそも死体や人形なのかも……? いやどうでもいい、いずれにせよ俺が必要としている部屋などではない、ドアをさっさと閉めろ、移動しよう……!

 ……くそっ、いちいち何なんだよっ? なんであんなものが、ああなっているんだっ? まるで意味が分からん……!

 しかしどうする? 他の部屋も同様な感じなんだろうか? それはあり得るだろうが……しかし、隠れ場所になりそうなところは早くに確保しておきたい、存在しているのか分からないが……。

 ……仕方ない、もう少し調べてみるか、今度はこのドアを開けて……いや? 室内より音楽が……? 聞こえてくる……。

 ……どうする、開けてみるか? 音楽を嗜んでいるなら会話ができる相手かもしれないし……。

 またゆっくりとドアノブを回す……何かが見えるな、絵画? か……。それに、やはりいた、人……だが、体中が真っ赤だ……?

 あれは……皮を、剥がされているっ……? 性別が分からないが……血塗れで踊っている……!

 やめよう、あんなものと関わりたくない……! そっとドアを閉めて去ろう……!

 ……白い壁と黄金の装飾、絵画などの美術品……。優雅な雰囲気なのにドア一枚隔てた先は狂気の沙汰、ああ……頭痛がしてきたな……。

 この辺りは見込みがないだろう……通路だし、何者かに見つかりやすくもある、先へと進むしかないか……。

 廊下の先は反対側と同様に丁字路か、慎重に左右を確認しろ……よかった、何もいないらしい……。

 ……さてどちらへ行こうか、相変わらずドアばかり並んでいる廊下だしどちらも変わらない……がっ? 後ろだ、ドアの開く音っ……? ヤバい、角に隠れよう、いったい何が出てきた……?

 おっ……? 紳士風な髭の男……タキシード姿、まともそう……こちらとは逆側へ……って、あれは何だっ? 背中に何かある、触手のついた肉塊っ……? 不気味に鼓動している、さらにあれは何だよ、紳士? の後……ベルト? を体中に巻きつけた妙な塊……が、這いずりながら追っていった……。

 ……もはや、出てくるものみんな狂っていやがるな……。いちいち反応していたらキリがない、深く考えるのもやめよう……。

 隠れた拍子に選んだ左手の廊下を行くか……なにやら半開きのドアがあるが……中を覗いてもおかしなものが見えるだけだ、無視して……って、急に大きく開いたっ?

 なに……何やら少女? だ、メイドのような、俺を見ても反応しない……なにやら動きがぎこちないが……。

 ……ええと、メイドってことはあの部屋の掃除でもしていたのか? ということは今この部屋には誰もいないかもしれない?

 ……よし、覗いてみるか……。

「うっ……!」

 ななっ、なんだとっ? 室内に、ぎっしりとメイドたちが詰まっているっ……?

 なんでこんな、ぎゅうぎゅうに……? どれもが直立不動……危険そうな反応はないが……いずれにせよ入れないな……。

 はあ……ここでは僅かな正気すら期待しても無駄なのか……。

 ……とにかく安全確保を……って、今度は何だよ……前方から異常に細い奴が歩いてくるぞっ……?

 だがあれは……人間ではないっ! 頭も細く尖っている、しかし、だったら何なんだっ? 銀色の体、あるいは機械? 矛盾するようだが動きは生き物っぽい……。

 いずれにせよ近づきたくないな、廊下を戻ろう、また丁字路に戻ってきた、このまま直進するか……というか細い奴が追ってきている? 気がする、やや加速したような、先を急ごう……!

 ……といってもこの廊下の突き当たりにはドアがある、これはヤバくないか? その先がおかしな部屋だったら袋小路だ、あの細い奴と戦わねばならなくなるし、最悪、挟み撃ちもあり得る……!

 とにかく早めに確認だ、ドアを開けて……って、あれ? いや、よかった、また廊下だ、先がある!

 しかし異様ではある、両端が真っ赤なカーテンで覆われているし……裏には何が? いや、知りたくもない、どうせ進むしかないだろう……。

 それにしてもここの住人? はいったい何なんだ? 実に不気味な奴らばかりだ、それとも見た目だけで意外と話せる……いや、それはあまりにも希望的観測に過ぎるだろう、蒐集者に来させられた場所だぞ、あの白い鎧の奴みたいな輩ばかりと考えた方が無難だ……。

 それにしてもあの美女、奇妙とはいえ親切ではあった……。あんなに簡単に殺されてしまって……あるいは俺と関わったばかりに……いや待てっ、この音は何だっ?

 うっ……! 後ろから、カーテンが開かれているっ?

 うわわっ……何か分からないがきっとヤバい! 急ごう、カーテンの開く速さが上がっていく……マジで急げっ……? 開く速さがさらに上がって……ヤバい……! 何がヤバいのか分からんが突き当たり、またドアだっ、カーテンはすぐ後ろまで開かれているっ! 間に合うかっ……ドアをっ……通ってすぐ閉めろっ……!

 ……はあ、いったい何がどうなって……ううっ? ドアの向こうより悲鳴がっ……?

 ちっ、ちくしょう、いったい何だっていうんだよ……! もう少し意味の分かるものはないのか……!

 ああくそ……それで今度は何だ? 広間、なにやら彫像が並んでいるな、しかし……どれもが不気味な風体、まるで化物の博覧会だ……。

 ギロチンを担いでいる顔のない大男……両腕がノコギリ? の金属人間……操り人形を操る人形を操る人形……黒い円柱にごつい手足がついた怪人……体中に刃物が突き刺さっている赤いドレスの淑女……。

 どれもが悪趣味だ、妙な気配もするしさっさと先へ進もう……ドアがあるしな、はあ、背後が異様に気になるし、つい何度も振り返ってしまう……って、あれっ? 何かおかしいな、何だ……?

 そうだ、彫像が一つ足りないような……気がするって、マジだっ? 動いているっ、黒い円柱の奴が歩いてきているっ……? まさか像が動き出した……いや、そもそも彫刻じゃない……どころか! 他のも動き出しているじゃねーかっ……! 擬態していたのかっ? くそっ、さっさとあのドアから出ようっ……!

 はあ、次の部屋、いやまた通路……絵画が並んでいる、だが人影があるっ……! 体格がかなりいい、軽装の、仮面の女……絵画を眺めている……。傍らには大きなハンマー……。

 ……戻るわけにはいかない、ぐずぐずもしていられない、奴らがやってくるかもしれない、しかし、あれに近づいて大丈夫な気もしない……!

 廊下の幅はけっこうある、あれを振り回されても躱せるかもしれない、でかいハンマーだ、初動もそう速くはないだろう……。

 だが何もないに越したことはない、静かに……気づかれないのは無理かもしれないが……刺激しないように……後ろを通り過ぎよう……。

 静かに……こっそりと……くっ、近い……ある程度までいったら走り抜けようか……いや、まだだ、まだ動かないし……よし、もう少しで通り抜けられる……。

 よし、よし……反応しなかったか、よかった……先を急ごう……って、あれっ? あの大女、いつの間にかこっちを見ているじゃねーかっ……! しかも近づいてきたぁっ……?

「動くなっ……!」

 こうなったらシューターを構えるしかない、仮面の、猫のような意匠だ、大女は足を止めた……って、来たドアが開いたっ! さっきのニセ彫像たちが現れたぞっ……!

 くそっ、あんな奴ら相手にしていられん……! ノコギリの金属人間が妙にキビキビとした動きでやってくる……!

「ウギャルヤエー!」

 大女が叫んだっ? ハンマーでノコギリ野郎をぶっ飛ばしたぁっ……? 何だ、仲間割れか? あるいは仲間じゃないのか……とにかく好都合だ、さっさと逃げようっ……!

 通路の先……にはっ? 下り階段だ、よしここを降りてみるか……だが先も変わらんな、ドアの並ぶ通路……階層が変わったとてまともな部屋があるものか……試しに調べてみようか……。

 ……だが駄目か、やはり似たようなものだ……大小の水槽が並んでいる部屋、あれは何だ? 四肢や、内蔵か……? 人体の一部らしきものが浮いている……し、そのどれもがまともな状態ではない、何か変質しているような……。

 ……けっきょくまともな部屋はないらしい、先へ行こう、後ろから足音が聞こえるし、あるいは追われているのかもしれない……。

 ……突き当たりはまたドアだ、同じような場所ばかり……いやっ、ここはかなり広いぞっ……? 円形の広間! というか音楽が流れ始めたっ……? 周囲のドアが開いた、あいつらは何だっ? 異形の紳士と淑女たち……踊りながら入ってきた……こいつは舞踏会かっ?

 なにやら始まったらしいが……まあ、みな踊っているだけ、敵意はなさそうだ……。

 しかし妙に暑いな……気温が高い……いやっ? 来た方のドア、何かおかしいぞっ……?

 ううっ……! ドアが燃え始めたっ、焼け落ちる! さっきのニセ彫像の一体か! 黒い円柱の怪人っ! 何だこいつっ、体中から四方八方に火炎を噴射しているっ……下がらないと……って、おいおい踊っている者たちに引火しているぞっ? しかし誰も踊りを止めないっ? 叫んでいるのに懸命に踊り続けようとしているっ……? なぜ逃げないんだよっ……?

「やめろっ!」

 奴は倒す! 円柱野郎を……よく見たら背中にパイプが複数ある、あそこかっ?

 奴の動きは鈍い、旋回能力も低い、容易に後ろから狙えるぜっ……!

「くらえっ……!」

 当たった、パイプを切った……が?

「うおおおおっ……?」

 ばっ、爆発しやがった、天井までぶっ飛んだ、そのまま上を飛び回って……可燃物にでも引火したのかっ? ついに壁を突き破って姿を消した……!

 ははっ、放火魔らしい末路ってやつかよ……!

 ……それで、紳士や淑女たちは大丈夫か……? まだ踊っている、苦悶の声を上げているがまだ踊っている……いったいどうしてそこまで……って、ハンマーの大女だ、また現れたっ!

 ちっ……次から次へと、移動しないと! ここにはドアが複数あるようだが……もはやどこでもいいだろう……!

 ドアの先はまた廊下、だが左右が一面、上りの階段になっているな……。

 良し悪しを考えても仕方がない、どうせアテはないしな、とにかく姿をくらます必要がある。

「おっ……!」

 上った先には噴水……! 一見、綺麗そうな水だが飲んでも大丈夫か? いかんせんここは狂っているしな、水筒の水もあるし、今はいいか……。

 さて、先はまた上り階段……うん? 妙な音、あれっ? 噴水から手が出ている……?

 本当に次から次へと、今度は何だよ……いやマジでなぜだっ?

 どうしてっ? かっ、彼女はっ……?

 先ほど死んだはずだがっ……?

 間違いない、首が飛んでいたんだ、しかし……!

 同じ姿だ……美女は、ドレスを絞っている、水が滴る……。

「申し訳ありません……少し、席を外してしまいました」

 いや……もう、どこから指摘したものやら……。

「ええっと……いま妙な奴らに追われているんだが……」

「はい、どうでしょうか?」

 どうって……。

 何がだ……?

「いや、あの、なぜ噴水から……?」

「はい。溺死もよく経験しました」

 美女は微笑むが……やはり話が噛み合わないな……。

「と、とにかく、俺は……えっと、そうだ、外の景色が見たいんだ……」

 漠然とでも、ここがどうなっているのか知っておきたい。

「転落死もたくさん経験しました」

 美女はヒタヒタと裸足で歩き出すが……まあ、細かいことはいい。とりあえず生きていた? という事だけでも……。

 しかし、これからどうしたものか……。

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