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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
25/149

虚空への祈り

 その祈り、

 飽くなき祈りへの欲求……。

 ああ、祈りは善いものだ。

 祈りはどこまでも、

 どこまでも、虚空へと向かってゆく。

 いつまでも、

 永遠に届かない手紙……。

 しかし、

 そうであっても、

 どうであっても、祈りたいだろう?

 祈りたいはずだ。

 そうだ、祈るがいい。

 朽ちてより、その魂すらも砂となるまで……!



 うっ……? 寝起きの感覚、広間が明るい、窓から日光が差し込んでいる、もう朝なのか……?

 室内には誰もいない……いや、あれ? 交代で見張りをするって話じゃなかったっけ……皆はどこだ……?

 ああ、外から話し声が聞こえるな、見るとエリに……しばき女か、狭間のところで話している……。

 あーあ、まだ眠いなぁ……頬杖ついてぼんやりしていたらまた寝ちまいそう……というか、窓のすぐ下にアリャがいるじゃん。

「よおー、おはよう」

「オー、オハヨー」

「ワルドは?」

「ウエー」

「上……屋上か?」ここからじゃあ見えないな「昨夜は交代しなかったよな?」

「シタ」

「した? 俺はしていないぞ」

「ウム」

「うむって……」

「ヨク、ネタ?」

「ああ……おかげさまで」

「ウム」

「うむ……」

 よく分からないが、そのまま寝かせておいてくれたらしい……。

「お前、ちゃんと寝れたの?」

「ウム」

「……そろそろ出発するの?」

「ウム」

「うむ……」

 なんだよ気を遣われたのか? 治療時に寝たからそれほど疲弊はしていないんだが……。

 うーん、空は快晴、清々しい朝だ……っと、上からワルドが飛び降りてきた。もういい歳だろうに身軽なもんだな……。

「よし、準備はできたかね?」

「ああうん、悪いね、交代できなかったみたいで……」

「構わんよ、思う事もあるであろう」

 うーん、アージェルの事を気にしているからだろうな……。

「あの」おっとエリだ「彼女が途中まで同行したいそうです」

 うん……?

 ……彼女、彼女ってまさか、そのしばき女かぁ……?

「……なぜに?」

 しばき女は肩を竦め、

「話の途中だからだ」

「話とは?」

「神の実在について」

 神の、実在だと……?

 ああまあ、尼僧のようなエリと話し込んでいるんだ、そういう話題にはなるか……。

「何だ、不服そうだな?」

 まあ、いや別に……。

「いやぁ……いいんじゃ、ないですか……?」

「ではそうしよう」

 なんだか妙な展開になってきやがったな、俺をしばいた事はさておき、敵性などはないようだが……。

「えっと、ついてくるのは……お前だけ? それともお仲間も一緒なのか?」

「私だけだ」

「お仲間は了承しているのか?」

「ああ、単独行動はそう珍しい事でもないからな」

「むう」ワルドだ「昨夜の動きを見る限り、おぬしは戦力として期待できるらしいがな」

「無論だ」

 確かに身のこなしはかなりのものだろう。どのくらい機械と融合しているのか知らないが常人のそれとは比べものになるまい。

 ……マスク以外だと手と首が機械っぽいな。まあそれ以外が軍服で見えないともいえるが。

「して、聞くところによると蒐集者に狙われているらしいな? 奴の罠で我が隊は壊滅した。始末するならば手を貸してやろう」

 なに? そうなのか……。

 ならまあ、いいか? 戦力として期待できるし、ワルドも反対していないみたいだしな……。

「ところでアリャはどう思う?」

「ウム」

「うむ……」

「ヨカロウ……?」

 さっきからそんな調子だが……もしやワルドごっこ……?

「うむ……じゃあ、好きにしろよ」

「お前はそう思っていなさそうだが?」

 何だよ、歓迎でもしないとご不満なのか?

「いや、蒐集者をぶっとばしてくれるならなんでもいいよ」

「そうか……」

 ……そうだが、なんだこいつ?

「まあ、その、なんだ……」

「……何だよ?」

 ……ああ、分かったわかった、

「鞭でしばいちゃってごめんって話だろ?」

「いや、そうではない」

 即座に否定すんなよ! そこだけは真顔で即座に否定するんじゃねーよ! 俺が謝罪にこだわるなんかこう、ねちっこい奴みたいになっているじゃねーか! あいたた、肘がズリッてなって怪我しそうになったわ!

「どうした? ものすごく何かいいたそうだが」

「そう見えるんならそうなんでしょうねぇ……!」

 ああもう、えらく相性悪そうだなぁ、こいつとは……!

 はあ……それはそうと、今日はどうするんだろう?

「……そういや、昨夜はごたごたがありすぎたよな、みんな休めたかい? 必要ならもう少し休むというのもありかと思うが……」

「むう、あまり進めておらんし、やや急いだ方がよいかもしれんな」

 急ぐ……?

「そう……?」

「とはいえ、体調はなるべく整えた方がよい。君たち、疲れは残っておらんのかね?」

「疲労ですか? 私は問題はありません。アリャは大丈夫?」

「ダイジョーブ!」

 うーん、元気だなぁみんな……。

 俺はまだちょっと眠いかも……。

「……じゃあ、行こうか?」

「うむ」

 厄介ごとに巻き込まれた上にしばかれてあれだが、なんだかんだ敵性がなさそうなんだよな、このプリズムロウとかいう連中は。もう一日くらいゆっくりするのもありかと思ったが……。

 まあいい、よし準備をして出発するかぁ……!


「うーん……! 爽やかな空だな……!」

 外に出るとやっぱり開放感が違うなぁ……! 風も穏やかでなんだか気持ちいい……!

 朝日に輝く淑やかな水面が広がっている。湿地帯は相変わらず静かでなによりだな。

「いい朝ですね」

 エリが微笑む……が、何だろう? どこか元気がないように見えるが……?

「うん、昨夜は眠れたかい?」

「ええ……」

 やっぱりどこか元気がない気がする。もしやあのしばき女が関係しているとか……?

「どうしたんだい? もしや、あいつと何かあったの……?」

「いえ……そうではありません。なんといいますか……」

 うーん、言い淀んでしまった……。

 どうしたんだろう? 危機感めいた雰囲気は感じ取れないし、脅されているとか、そういう類いの事態ではないようだが……。

 ……いや、やっぱり睡眠不足とか?

「エリ、疲れが取れていないなら正直にいってくれよ」

「えっ? ああいえ、そういう事ではないのです。すみません……少し時間を下さい」

「え、ああ……もちろん……?」

 彼女の中で整理が必要な事……もしや、さっきいっていた神の実在についてとか、そういう話か?

 まあ、エリは普段から色々と考え事をしているようだしな、力になってあげたいが無闇に詮索するのは無粋な気もするし、その手の話はあまり詳しくもないしな……。

「どうしたのかね?」

 ワルドたちが待っている。

「ああ、いま行くよ」

 ……しっかし、橋の一部が変色しているな。昨夜の惨劇のせいだろう、派手にやらかしてまぁ……。

「ボイジルだったか、あいつはどうなったんだ?」

「ふん、その辺りで漬けられているだろう」

「まだやっているのか? つーか、あいつはなんでまたあんなに突拍子もない感じなんだよ?」

「さてな、元々そうだったか混ざっておかしくなったか……。ともかく加入の時点ですでにあんな調子だったよ。勤勉なのはよいが融通が利かんのでな、ときどき無害な冒険者まで襲ってしまうのが難点だ」

「まあな……」

 実際、マジで迷惑だと思うぞ……!

「最近また妙な者どもを見かけるようになってきた、過敏にもなっていたのだろう」

「妙なって……?」

「首なしの怪物だ」

 首なし……! 奴の兵隊かっ!

「警備に熱心なようであるが」ワルドだ「そもそもここはおぬしたちの領地という訳でもあるまい」

「そう表明する資格はあると思うがな。ここは以前、罠だらけだったが我々がすべて取り払ったのだぞ。獣を筆頭にそれ以外の脅威をも排除しているしな」

 なるほど、だから静かなのか。しかし……。

「……罠って、やはり蒐集者のか?」

「そうらしいな、この辺りは奴の狩り場だったと聞いた。つまりここから先は罠だらけの可能性がある」

 そうか、ここから先が……。

「さて、立ち話もなんであるな、そろそろゆくか」

「というか、急いでいるのはどうしてなんだい?」

「……引き止められるか試したのだ」ワルドは小声になる「我々を襲うつもりならば有利な地形に留まろうとするであろうからな」

「なるほど……」やはりワルドは慎重だな「でも敵性はなさそうだよ」

「鞭で叩かれたのにかね?」

「……いやまあ、そうね……」

 敵対心はむしろ俺に対してのみというか……っと、近隣の砦から人影が現れたぞ、あれは昨夜の大男ヘキオンと……もう一人は初見だな、青い軍服を着た金髪の青年だ……かなりの美形、他の者とは違い、ぱっと見ただの人間のようだが……?

「行くのか姐御。心配はしてねぇが一応、気をつけろよ」

「ああ。留守は任せたぞ」

「聞こえないかい……?」

 うん? 青軍服の青年、遠くに何かあるのか……?

「忍び寄る暗雲の吐息が……」

 視線を追ったものの、何もない青空が広がるばかりだが……。

「えっと、どういうことだ……?」

「機動要塞が接近しているってよ」

「機動……要塞?」

「空に浮かぶ要塞だ。もし着陸しててもあまり近づくなよ、連れ去られることがあるらしいからな」

 連れ去られる……空に浮かんでいるぅ?

「マジかよ、そんなものまであるのか……」

 まあ確かにボートリスとか浮いていたしな、建造物が浮くこともあるのかも……。

「というかあんたたち……みな軍人のようだが任務を続行しているのかい?」

「いいや、外に居場所がないだけだ。母国に遺物や情報を持ち帰り表彰されてもな、いかんせんこのなりだ、世間に溶け込めんのなら意味がねぇだろう。研究材料になる気もねぇしな」

 確かに……放ってはおかれないだろうな。

「あんたは……とりわけ機械の比率が多そうだが」

「ああ、八割が機械だ」

 ……見た目はかっこいいフルプレートといった感じだが、つまりはほとんど生身の部分が残っていないということになる……。

「当面の目的としては……まあ、領地の拡大、ゆくゆくは建国かねぇ……」

「建国……! できるのか? そんなこと」

「可能か不可能かはさして問題じゃねぇ。人には居場所と生き甲斐が必要って事だ」

「ああ……それはそう、分かるよ」

「そんな顔しないでおくれよー。悪いことばかりでもないのさー」青軍服の青年だ「ここでは狂乱の淑女たちに追いかけられることもないし、嫉みの対象になることもないからねー」

 なんか半ば自慢にも聞こえるが……ヘキオンは小さく笑い、

「まあ、楽しんでいるには違いねぇ。開拓と建国ほど面白いこともねぇからな」

 おっと、顎で先を促された。

「ほら、もう行けよ。さっきから仲間が呼んでるぜ」

 あれっ、本当だ、遠くでアリャが飛び跳ねて呼んでいる……。なんだよ、ちょっと待っていてくれてもいいじゃん。

「ああ、じゃあまたな」

「せいぜい気をつけな」

「いつでも寄っておくれよー」

「ああ……また無事に会えたらいいな」

 なんだ、やっぱりいい奴らっぽいじゃないか。

 さて、皆を追いかけよう。

「オソーイ!」

 ……っと、合流した途端にアリャの体当たりか。

「すまんすまん」

「ハナシ、ワカラン、ツマラン」

 うん? 確かに……エリとしばき女がまた何か話し込んでいるな。

「エリ、ナンカヘン! セツメイ!」

 ああ、こいつも何か感じ取っているんだな……。

「なあ、何の話をして……」

 ……うっ?

 何だ、こいつ……? しばき女……か?

「貴様はどうだ? 神の実在を信じるか?」

 神の実在……? やはりそういう類の話か……。

 しかし、なんだか……。

「……そりゃあ、まあ、いたら面白いとは思うさ」

「信じているかと聞いている」

 信じているか……? でも実在かぁ、目の前にすごい存在がドーンと出てきて、とてつもない奇跡とかを起こすみたいな?

 伝説とかにはありがちだが、実際に目の当たりにした事はないしなぁ……。

「まあ、どちらかといえば……信じていないかな? いや、断固として否定したりもしないが……」

「実在しないというのだな」

「ああ……まあ」

「存外こういった、何も考えていない輩こそがひとつの答えに辿り着いているものだ」

 おっとエリの前でそんなにはっきり言い切っていいものか……いや? 意外にも頷いただと……?

「そうです……神と称される存在は、必ずしもおわすとは言い切れないのです……」

 おお……? エリは破門の身だし教義に関しては色々と思う事があるのかもしれないが……そういうところは真っ直ぐに信じているものと思っていたけれどな……。

「えっ、でも、エリは敬虔なんだろう?」

「存在の定義によってはまた異なった視点が現れるとは思いますが、私たちがお互いを認識する事と同義において、目の前に神なる存在が現出するかという問いかけに対しては……未だ、肯定する理屈を持ちません……」

「ま、まあ、そりゃあ……そうなのかもしれないが……」

 というかこのしばき女、マスクでよく分からないが少し……笑みを浮かべていないか……?

「でも見た事がないからって……いないとも断定できないだろう」

「いいや、いてはならんのさ。祈ればこそな」

「なんだそりゃあ?」

「神が目の前に現出したとき、祈りが変質するのだよ」

 ……なに?

 よく分からないが興味深い言い回しではあるな……?

「なるほど神の顕現は信仰者の悲願に他ならん。そして信仰者ほどよく祈るものだな? しかし神の実在を前にしたとき、己の祈りがどう変化するのか考えた事はあるか?」

 祈りが、変わる……?

「例えば貴様が冤罪の憂い目に遭い、処刑される可能性に晒されたとしよう。そのとき、とくに信仰を持たぬであろう貴様でも祈ることぐらいはするはずだ、神さま助けて下さいと、闇雲にな」

「まあ……そういう気分になる事もあるかもな」

「そこに、少なくとも貴様にとって神とも思える存在が現れたらどうする?」

「そりゃあ……助けを求めるだろうな……」

「そうだな、神を前にしてこそ、祈らんな」

「なるほど……? 確かに祈りおいて神との……なんだ、関係のようなものができていた? のに、いざ前にすると祈らなくなってしまうってわけか……」

「そう、貴様の祈りはただの懇願に変わった事になる」

「そりゃあそうかもしれないが、それが問題なのか? 祈りと懇願って似た所もあるだろう?」

「貴様は例えば、私に何かして欲しいときにわざわざ祈るのか?」

 ああ、なるほど……。

「神の顕現によってこそ忘却されるのだとしたら、祈りとはそもそも何だと思う?」

 祈りとは、何なのか……。

 確かに、このしばき女に……俺は祈らない。

 てんでそんな気にはならない。

 嫌だからとかではなく、なんだか不自然に感じるからだ。

 しかし、お願いはする事もあるだろう。

 別にしたくはないが、少なくともこちらは不自然ではない。

 その違いとは……。

「存在の有無……か! 祈りそのものが不在の承認になるんだ……」

「ほう、存外に賢いではないか」

 た、確かに……そう、例えばこのしばき女が死んだらどうだろう? 祈りの対象になる事もあるんじゃないか……? 冥福を祈るってよくいうしな……。

 それは、あり得る……。

 そうだ、いないからこそ、祈れるのかも……。

 だとするなら、祈る対象は存在していない……。

 存在し得ない……?

 いや、まだそうだとは断じれないだろう……とは思うが、俺には反論するほどの知識も意欲もない……。

 とはいえ……このまま引き下がるのも癪だな、なによりエリの為にも……。

「しかし……うーん、いやまあ、本当にそうかぁ? 別にさ、神を前にしても祈ったっていいんじゃないかと思うけれどなぁ……」

「神を前にして直接、語りかけぬ意義があるのか?」

 ええ……? 意義ときたか……。

「あ、あるかもよ? 祈って関係をつくってきたんだし……別に目の前で祈ったっていいじゃん……。ほら、王様に騎士がかしずくみたいにさ」

「それは敬意や忠誠の表明だろう。いずれにせよ意味合いが変質しているぞ」

 ううむ……。

「顕現する前と同様にだ、ふるまえるのかと聞いている。例えば、会いたいからと手紙を出し続け、ようやく出会えたとしよう。そのとき貴様はなおも手紙ばかりでやりとりをするつもりか?」

 ううっ……。

「それは機会を用意してくれた相手に無礼ではないのか?」

 ぐぐっ……!

 こいつ、待ちかねたように畳みかけてきやがるな……!

「ま、まあ、そうかもしれんが……? 手紙に例えられるなら祈りの機能? も似たようなものでいいんじゃないか? 姿が見えないときには祈り、もし現れたら普通に話す、それでいいじゃん……」

「ふふふ、祈りは通信手段に過ぎんというのだな?」

 そりゃあ……。

 流れ的にそういう事になるかな……?

「まあ、多分……」

「いうなれば、でたらめな宛先の手紙とでもいうべきか」

「でたらめ? 普通に神さま宛じゃないの?」

「例えば、貴様とエリが神へ手紙を出すとする。そのとき封筒に書く宛先が同じになると思うか?」

 うっ……。

 なんだろう……? 同じになるとは思えない……。

 でもまあそれは単に……。

「俺は信仰をもっていないしな、その差異というか、そもそも宛先なんか知る由もないというか……」

「では何らかの信仰を始めるとしたらどうだ? 貴様やエリを含む、ある集団が揃って書くべき宛先を決めるとしたら?」

 なに? それってつまり……。

「宗教、そしてその教義か……」

「そうだな。その宛先に対応する郵便受けがあると思うか?」

 あるのか……ないのかは断じれない。

 だが素朴な感じ方として、ある宗教の教義、ある集団の取り決めに過ぎない宛先が神の所在地を的確に記しているなどとは……俺にはとても思えない……。

 だが……。

「それでも、あるかもしれないだろう……? 向こうが意を汲んでくれるかもしれない」

「そうだな、そうかもしれんな」

 なに? そこを肯定するのか?

「だがそれでは教義に従う意義などあるまい」

 うっ……! 確かに、神が都合よく意を汲むのならそんなものどうでもよくなるかも……!

「差出人の袋小路に辿り着いたな。そして案の定、手紙を受け取る側を想定し始めた。神の振る舞いに言及したな」

「え? あ、ああ……」

「数多に異なる宛先の手紙が辺りに散らばる事になった。ではそれを拾うのは一人か、それとも複数だろうか?」

 一人か、複数か……。

「……神が数多に存在するという考え方なら、それはそれで……いいのでは?」

「そうだな、素朴な信仰だが完結はしている。そしてもう一つ、手紙は永遠に届かず終わるという解釈もある。そのどちらも一旦の決着をみせるが、では一人だとしたら?」

 一人なら……。

「まあ、その手元にいろんな手紙があるというか……」

「手紙を拾い集めたというのか? 我が家に投函されたものではなく、辺りに散らばっているものを」

 ええ……?

「その存在は何を考えているのだろうな」

 なにって……。

「いや知らんよ、神さまなんだろうし……」

「それは思考放棄、問題の棚上げだな。忘れるな、これは祈りについての議論だぞ、人間の問題だ。人間から見てその神はどういうものかという話だ。さあ答えろ、自分へ宛てられたものではない手紙を拾い集める、他ならぬ貴様が想定したその神は何を考えている?」

 ううっ……!

 何って……まあ、ゴミとして捨てるために集めているなら届かないのと一緒だしな、他の意図としてはやはり読もうとしていると考えるべきだろうが……その理由とは……?

 やはり意を汲むためという解釈はできるが、それだと教義を信仰する意義と相反するのでエリのような信仰者の立場を擁護できないし……。

 ……とするなら、なんだか……。

「まあ、ちょっと変わっている? ような……」

「そう、なにやら奇妙な存在だな。あるいは拾った手紙を自分へ宛てたものだと思い込んでいるかもしれない」

 まさか?

「狂気的、だと……?」

 それは……。

 そう、いう事になるのかもしれない……。

 だがそれでは神とはいったい……?

 いや……。

「……待てよ、話の流れからそういう懸念が生まれているだけで……そう、俺たちの解釈が捻れて袋小路に入っているだけだろう」

「そうだよ、無い知恵を絞った挙句に落とし穴にハマっただけの事だ。しかし、祈るのは他でもない我々だろう、無視はできまい」

 ……そして話は振り出しに戻る、か……。

 祈りは不在を承認し、手紙を拾う者を想定すれば懸念が浮かび上がる……。

 多神的な、あるいは無神的な考え方だと一応の決着はみせるが……それだと本懐であるエリ擁護からちょっとズレるんだよな……。

 ホワイトサムの神は唯一の存在だし……。

「最初から手紙など出さねばよいのだ。そうすれば不在を承認せずにいられるし、宛先はもちろん、手紙を拾う者に案ずる必要もなくなる」

 こいつ、やはり笑っているな……? マスクをしていても分かるんだぞ……!

「しかし祈りたいだろう? 祈りたいはずだ、そうだ祈るがいい」

 うっ……?

 だがこいつっ、やはり何か変だっ……?

「朽ちてより、その魂すらも砂となるまで……!」

 こいつはいったい……!

 何者なんだっ……?

「お前もしや、しばき女じゃないな……!」

「ははははっ……!」

 ううっ……!

 まさか、マジかよっ……?

「……とまあ、冗談はさておき」

 なにっ……?

 何がっ……?

「エリ、そう悩むことはない……。障害は多々あれども、その上で信仰してこそではないか?」

 なに、何がよ……?

 冗談? そりゃあ……。

 そう、だろうさ……?

 エリは俯いたままだが……。

「ですが、私は……」

「……あるいは絶望の予感を覚えているのだろう。しかし私はいないもの……いないとすっかり認めてしまったものへの祈り、これをむしろ信仰の極地と考えているのだよ」

 エリは肯定も否定もしない……。ただ、悩みながら歩みを進めるばかりだ……。

 しかし、いないものに祈るって……そんな雲を掴むような事をして意味などあるのか……? 報われるのか……?

 いてくれると思わせてもらえるだけで充分だって、それすらも否定するっていうのか……? それが信仰の極地だって、そんなこと……って、また体当たり、アリャか……。

「何だよ、今ちょっと……」

「ムゥー! ワカラーン!」

 そうだった、アリャに説明するために話に加わったんだもんな。でも、俺にも分からないんだよなぁ……。

「まあそう……分からんって話をな……」

「ニァー!」

 あいって! 強烈な体当たりをくらった!

 だって俺にもよく分かんねぇんだもんよ……!

「さて、今は眼前の問題に対処すべき時であるぞ」おっとワルドだ「また森に入る、気を抜いてはいかん」

 ああそうだ、今は特に気が抜けない状況なんだった……。

 奴め、ここで仕掛けてくるか……?

 しばき女が一歩前に出た……。

「先にもいったが、この辺りは奴の庭だろう。最近とくに獣の反応が少なくなっているしな。ゆえに私が先頭に立とう。私は常人よりもはるかに五感に優れているし、罠の知識もある」

 獣が少ない、嫌がって近づかないようになった……か。

「止まれ」

 うっ? 何かあったか……!

「あったぞ」

 しばき女、手が発光したっ? つーか光線だしたっ!

「おおっ? お前、魔術も使えるのか!」

「いいや、これは機能だ」

 機能……? ああ、機械的な……?

 なるほど、地下の警備マシンと似たような技術か……?

 まあなんでもいい、光線を辺りに照射している、罠を破壊しているんだろうが……どういうものかよく……いやっ? 木陰より何かでかいものがギラリと回転したかっ……? 一瞬の事だったがあれは刃だったようなっ……?

「何だあれはっ?」

「見ての通り、罠だよ」

「あ、あれが奴の……!」

「糸を地面に張り巡らし、それに接触すると凶器が稼働するという仕掛けだな。単純だが効果が高い」

 ヤバいな、こんな林道で糸って、いちいち確認するのも一苦労だぞ……。

「ワルドはどうなんだ?」

「ぬう……把握は可能だが知覚しづらいな。私だけでは移動の遅延は避けられんかったであろう」

「というよりも、どうやら罠の多くが解除されているようだ。起動のための糸、それらの大半が切断されている」

「……へえ?」

 あるいは他の冒険者がやったとか……?

 いずれにせよ、ざまあみろって……いやっ?

 何だっ? やや先でかっ、轟音だ! 爆発音だろうっ……?

「うおおい、誰か引っかかったんじゃないかっ?」

 急がないと……って、あいてて! 肩を掴まれた、すげぇ握力だ……!

「何だよ、しばき女!」

「待て、罠のせいとは限らんし、そうだとしてもかかったのが人間とも限らんだろう。下手に急ぐとお前が死ぬぞ」

「それはそうだが、そうもいっていられないだろ! 俺たちの巻き添えになったのかもしれないし……!」

 いやマジいてて! 肩が痛い!

「それと、しばき女とは……?」

「ちょっ……それより急ごうぜってよ!」

 よ、ようやく離した、マジでいってぇーな! どんな握力だよ!

 ……だが、言い分はもっともだな、慎重に急がないと……!

「あっ……!」

 見えてきたっ、道端に人が複数、倒れているっ……! 動いているのは灰色のローブを着た人物のみ、しかし体は部分的に赤く染まっている……! 近くには抉れた地面の跡がいくつも……!

「おいっ! 大丈夫かっ……?」

「ちっ、近づくなっ! ここはとくに危険だぞぉっ……!」

 そうはいっても、どうすりゃいい……!

「糸は見分けられていたはずだっ……! それ以外の何かが稼働の仕掛けになっているらしいっ……!」

 なんだとぉ……? 糸以外に起動のスイッチがあるのか……!

「これは地雷だろうな」

 ……地雷? 聞いた事があるぞ、踏むことによって起爆する地中の爆弾だったか……。

「しばき女、お前って地中の……」

 ……あいって! 何だ小突くなよ!

「しばき女がしばくのは当然の事だろう……!」

 うっ……! さすがにお怒りのようだな……! 

 だが今はそれどころじゃないだろうっ?

 ええっと……。

「違った、その……」こいつエリなんだっけ……?「エ……いやそう、黒エリよ、お前、地中のものが見えるのか……?」

「黒エリ……?」

 何だよ、まだお気に召さないのかよ……!

「いやっ、今はいいだろ、他にはないのかっ?」

「……見た感じは、ない。連鎖的に爆発したのかもしれんな」

「怪しい糸もないよな?」

「ないが……まだ待て、詳しく……」

「いやっ、出血が多そうだ、すぐに治療しないと……! まずは俺が行く! エリ、後から来てくれ……!」

「レッ、レクさんっ?」

「待たんかレクッ!」

 作動した罠は俺たち用のものかもしれんだろう……! あの男まで死なせられないぞ……!

 だがしかしっ、これは怖い! まだ何かあるのか、それともないのか本当の所は分からんしな……! 一歩一歩が……ってぇえっ? 何だっ? 後ろから何かっ……いやしばき! じゃない黒エリかよっ……! 担がれているぅうっ、エリも同様だっ……!

「おいおいっ……!」

「私ならば少ない歩数でゆける」

 すげぇ速い……って、うげぇ! 急に止まって衝撃がっ……!

「ふん、悪いな、エリへの衝撃をお前に流したが……それも本望だろう?」

 ほ、本当かよ……!

 わざとやったんじゃないのかっ……?

 だが、いずれにせよ無事に辿り着けたぞ……!

「それにしても、エリまで連れてくるのは危険じゃ……」

「確率の問題だ。私が視認できないほどの高性能地雷がまだ複数残っており、私の少ない歩数で運悪くそれを踏み抜くのはどのくらいのものか、というな」

 極めて低い確率だと判断したからか……。

 いや、今はとにかくだ!

「おいっ、大丈夫かっ?」

 男は動かない……意識を失ったか、それとも……。

「ふん、すでに事切れているのではないか?」

 揺らしても、うんともすんともいわない……。

「エリ、頼……」

「あっ……?」

 えっ……?

「なにぃいっ?」

 おいっ……! 何が起こったっ? 黒エリッ、一瞬で、ローブの男を吹っ飛ばしやがったっ……?

「おいっ?」

「レクさんっ! 右手に!」

 えっ、なに……なにっ? 右の手首、腕輪がっ……?

 何だこれっ……? いつの間に……!

「えっ……これは……」

「いけませんね、失敗してしまうところでした!」

 うっ……ローブの男、老人か……!

 立ち上がっている……!

「やはりというべきか、容易くはありませんな……!」

「なっ……ななっ……」

「しくじったな……!」黒エリは舌打ちする「短時間とはいえ、この私の目を誤魔化すとは……!」

「もちろん、動いてはいけません! その腕輪には強力な爆弾が仕込まれているのですから!」

 ばっ……馬鹿な? あいつ……! いつの間にか声質が変わっている、あの声はまさか……!

 ……そう、蒐集者のものだっ……!

「もうすぐ迎えが……そうら来ましたよ……」

 辺りが暗く……? いやっ、ずっ……頭上に……! でかい、馬鹿デカい、黒いものが浮かんでいるっ……?

「さあ、走りなさい……!」

「な、なにっ?」

「走るのですよ、この道を……」

 ま、まさか……?

「どうしたっ、さあ走れっ! 今から六時間後にそれは爆発するぞ! 暗黒城の姫に解錠を乞うがいい!」

 あっ……暗黒城だとっ……?

 超危険個体、のっ……?

「なっ、なぜこのようなっ……!」エリが叫ぶ!「わ、私が代わりに……!」

「いいや彼です、彼でなくてはなりません!」

「ウウゥー! ブッチコロースッ!」

「外道めが!」

 アリャとワルド、いつの間にここまで……!

「それとも一戦、交えますか? 彼の命を賭して!」

 ううっ……! 死体……と思われたものたちが動き出した、こいつら奴の兵隊かっ……!

 だ、駄目だ、この場は完全に奴が掌握している、ここで戦っても俺が人質に、皆が不利になる可能性が高い……!

「見せてみろ」黒エリ……!「……エリ、腕を切り落としたとして、繋げられるか?」

 ええっ……?

「不可能ではありませんが……未だ精度が低く、動かなくなる可能性があります……」

「そうか、それでもやるか? すぐではないが、いずれ機械化はできるぞ」

 き、機械化……!

「でも、電撃は右手でしか……」

 しばらくシューターすら撃てなくなる、いやそもそも機械化後に撃てるのか……?

「それは肌にしっかり吸着し機能を保っています! 無理に外すと爆発しますよ、この一帯、吹き飛ぶほどに! 暗黒城にて外した方がよいかと思いますがね!」

 蒐集者、俺を指差しやがる……!

「さあ、何をしている、走れっ! 時間が惜しいだろう!」

 俺は……俺は……。

 走るしか、ないのか……?

「彼奴らはそう待ってくれんぞ! 飛び去ってしまえば完全に手遅れだっ……!」

 くそっ……ちくしょうっ……!

「み、みんな……!」

 ……駄目だ、ここで下手に頼っては皆がヤバくなる……!

「や、やるだけやってみるから……! とにかく、俺のために無茶はするなよっ……!」

「そんな、レクさんっ……!」

「レクー!」

「ぬううっ……!」

 バックパックは置いていこう、武器と水筒と、アージェルの携帯食をいくつか、持っていく……!

「じゃ、じゃあな……! ちゃんと戻ってくるから……!」

「もののついでだ」黒エリ……!「あれを落とすか。よく周囲を飛び回っていて目障りだったのだ」

 ふっ……!

「……ははっ! そうするか……!」

「少し待て、加勢にゆくからな」

 お前が? 来てくれるっていうのか……。

 そんな……はは、いきなりどうした……!

 まったく、なぜだか笑えてきちまうぜ……!

 あーあ、ちくしょう……!

 だが今はとにかく! 走るしかないんだろっ……!

 ちくしょう! ちっくしょぉおおおおっ……!

 頭だけ機械のでかい獣っ……奴がその背に乗って横並びになるっ……!

「さあ走れ、天の使いよ! 急いて死地へ駆け込む心境は苦しくも切ないものだろう! しかし、自覚があるだけマシだ! 多くの者は一寸先の死すら見えていないのだからな!」

「おっ、お前ぇえええっ……!」

「叫べっ! おお、主よ我を救い賜う! この悪魔を罰し賜う! 何をしている、叫ぶのだっ……!」

「お、お前ほどのクソ野郎はどこにもいねぇっ!」

「誰かがやらねばならんことだ!」

「ほざけっ! お前はただの殺人鬼だろうがっ!」

「否定されなければやっている意味がない! それに問題なのは偉大なる主もまた、この所行を否定しているかどうかだろう! お前の苦痛や死が黙認され得るものでよいものかっ? いいや、よいはずがない! わたしは断固としてお前の悲惨を否定し、天に向かって糾弾しよう!」

「何をいっていやがるっ! 余計なお世話だゲス野郎っ!」

「いいや! 問題なのはお前の不運ばかりではない! これは人類の命運を握る試みなのだ! 我々は厳粛に問い質す必要がある、天に向かってな! 死と苦痛を数多の肉体に刻み! 屍体を悲惨の形に組み替え! それを折れた骨で打ちつけ積み重ね! そうして建造せしめし絶叫の塔に登り天へと向かうのだ! さすれば主ももはや無視はできまい! そうだ、これこそ、この地上でもっとも多くの痛みを知る我々の使命なのだっ!」

「これまでひどいことなんていくらでもあったさっ! でも神なんか現れなかったじゃないか! 神はいないか、いても俺たちに興味なんかないんだろっ!」

「ならばお前の行く末は暗黒での狂死以外にあるまい! しかしどうだ、その眼に真の絶望は未だ映っていないぞ! それは心のどこかで主の恩恵を期待しているに他ならんからだろう! 自覚せよ、お前に残されたる希望は主の大いなる慈悲だけだっ!」

「いいや、俺の希望は仲間だ、人間だ! だから俺も皆の希望として最期まで足掻いてやるさっ!」

「仲間による希望など無力と残酷によって容易く瓦解するものだ! わたしはその光景を幾度となく見てきた! だがよかろう天の使い、いいや儚きひとりの人間よ! それを証明したくば、暗黒城より見事生還してみせよっ!」

 くそっ! だが、ああ! やってやるさっ……!

「あれだ! あの円盤に乗るのだ!」

 道の真ん中、ボートリスに似たものが……! くそっ、いわれるままだ、これに乗り込むしかない……!

「これでいいのかよクソ野郎っ!」

「ああ……今度こそ生きては戻れまい。さようなら天の使いよ……」

 円盤がゆっくりと、浮かび始める……!

 奴は……笑いながら、老人の顔を引っ剝がしっ……? 地面に投げ捨てたっ……! あれが素顔ではなかったのか……!

 顔を拝んでやりたいが、すでに高度があり過ぎる……。円盤は頭上の黒雲へと近づいていく……。

 こ、これが暗黒城……! そしておそらくヘキオンたちがいっていた機動要塞とやらでもあるんだろう……! どす黒い霧のようなものに覆われている、よく見えないが……円柱のようなものが下方にたくさん突き出しているな、所々、光が走って線となっているのは何の機能なんだ……?

 くそっ……またも皆と離れ離れかよ、しかも今度は一人だ、たったひとり……。

 いや、諦めては駄目だ、とにかく生き残らないと、この腕輪を外して……脱出しないと……!

 そうさ、絶対に生き抜いて……皆の元へと戻るんだ……!

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