今宵はマッドネス
任務は完璧に遂行せねばならぬ!
わかるか! 任務は! 完璧に! 遂行せねばならぬ!
蟻の一穴が命取り!
いわんやすべてが急所である!
5! 5! 6! 5! 8! 5! 2!
わかるか! わからんかっ?
でぇいいいいいいいいいいいいいいいっ!
でいっ!
でいっ!
でいっ、はい?
ええ、今宵も月が綺麗ですな。
砦は全部で七つあるな、全てを調べるのはあまり現実的じゃない、どれか一つを選んでの調査となるだろう。
「それじゃあ、どの砦にしようか?」
……特に挙がる手はないか。情報が少なすぎるもんな。
「私はどこでも構いません」
「ドコモ、オナジ」
「無作為でよいであろう」
「うーん、じゃあ……」
なんとなく端は嫌なんだよな、襲撃があったとき最初に狙われる可能性が高いし、二つ目は先の理由で一つ目を避けるだろうと読んだ何者かに狙われる……とか考え始めるとキリがないのでなんとなく三つ目あたりにしてみようか……。
「左側手前から三つ目なんてどうだろう?」
「ええ、よいと思います」
「ドコモ、オナジ」
「うむ、では三つ目にするとしよう」
砦は堅牢そうな石造りだ、かなり古そうだが崩落の懸念まではしなくてもいいだろう、三階建て、大まかに大中小の三段重ね構造、各所にノコギリ型の狭間がある。
「罠があるかもしれません、先行調査をしましょう」
エリの鳥たちが窓から入っていったな、俺たちもその方法でいいかもしれないが……各所の出入り口は確認しておいた方がいいか。
正面に構える観音開きのドアはかなり錆びついている、永く開かれていない感じだな、押しても引いてもびくともしない。
他に入り口はあるか……? 左側面にはないな、裏手には……回れないか、そこまで道が通っていない、その先は湿地だ。
「ムコー、ドア、アルッテ」
右側面か……ああ、格子戸に守られている金属製のドアがある。格子戸は普通に開いたがその奥のドアが開かない、こちらは正門と違いあまり錆びていないようだが……。
「どうにも閂が下りているようですね、あの子たちが外します」
ああ、向こう側から音がした、押すとドアが少し開いたな。
「私が音で探知してみよう。ゆっくり開けたまえ」
「ああ……了解した」
ドアを……ゆっくりと押し開いたが……とくに何も起きないな。ワルドも各所に杖を当てているが、これといって何も見つけていないようだ……。
内部は……通路がまっすぐに伸びている、右手より日光の直線が幾つも横断していて多少は明るい、小部屋が幾つも並んでいるらしい、さて問題は罠があるかどうかだが……。
「エリ、怪しいものは……なさげかい?」
「はい……ですが対人用の罠があの子たちに反応していないだけかもしれません」
「そうか、じゃあワルド」
「うむ」
引き続き、反響で地形を調べられるワルドに頼ろう。杖を幾度も突いて調べているが……。
「……どうだい? 大丈夫そうかい?」
「うむ、今の所はな……」
「あの子たちも……入念に探してくれていますが、それらしいものは……」
通路の右手に並ぶ小部屋には……損壊した寝床や机のようなもの、それに武具の残骸が散乱しているな、これといってめぼしいものはない、左手には大きめの入り口が一つだけ、ワルドがそちらへ向かったな、ついて行こう……。
「ここは……」
いわばホールか、端に大きな机の残骸や崩れた武具など、やはりガラクタが散乱しているばかりだな。暖炉の名残もあるようだが……いろいろ詰まっていてすぐには使えそうにない。
「むう、断言はできぬが……一階はとくに何もなさそうであるな」
「よし、じゃあ、上へと行ってみようか……」
階段は……先の通路の突き当たりか。慎重に上るが……二階も一見して何かがあるような雰囲気じゃないな、構造は一階と似通っており大部屋ひとつと複数の小部屋、内部はやはりガラクタばかりのようだ……。
「うむ、ここも安全そうではあるな」
「はい、何の反応もないようです」
「よし、じゃあ三階だな……」
最上階も同様だ、部屋の数が減っていること以外はこれといって変わったところはない。屋上へと続くであろう階段は損壊していて上れないな。
「エリ、屋上を調べられるかい?」
「はい、任せてください」
鳥が向かい、すぐに戻ってくる……。
「何もないようですね」
「そうか……懸念したが大丈夫らしいな。ではそこの広間を今夜の宿にしようか」
「ええ、そうしましょう」
大きい窓があってわりと明るいし、なぜだか一、二階より多少は綺麗な気がするしな。
「さて……飯はどうしようか?」
干し肉とかはあるんだが……っと、そうだ!
「そういや、こいつは何なんだ……?」
思い出した、いつの間にかバックパックに銀色の何かがたくさん入っていたんだった……!
「ムゥー、ナニソレ?」
「分からない、いつの間にか入っていたんだ……」
手の平に収まる程度だが妙にずっしりとしているな……。金属ではない、何かが梱包されているようだが……?
入れたのはおそらくアージェルだろう、あの声だけの奴かもしれないが……それにしたってなんでこんなものを……?
よく見ると切れ目があるな? ここから……外装を剥く事ができるか? ああ、綺麗に裂けた、中から茶色い物体が出てきたな、一見して焼き菓子のような感じだが……?
「オオー? ニオイ、ウマソウ!」
ああ、やはりお菓子のような甘い香りがする……。
「食べもの……っぽいけれどな」
「ぬう、口にして大丈夫なのかね?」
どうかな……どうだろう? アージェルというよりはあの声だけの奴を疑わないとな、奴が仕込んだ可能性はある……。
でもこのバックパックにしこたま詰め込んであるこの感じ……どことなく不器用というか、あいつらしい感じがあるなぁ……。
「まあ……試してみるよ」
少しだけだ、少しだけかじってみよう……っと、何だこの食感は、なんというかすごく重たいな、どっしりとした密度がある感じ……!
そしてすごく甘いぞ……! しかも唾液でけっこう膨らむ……!
「大丈夫ですか……?」
「ああ、お菓子みたいにすごく甘い……」
「ナニ!」
アリャが飛びついてくる!
「クレ!」
「ま、待て! いったんはここで止めておく!」
「ナンデッ?」
「おそらくアージェルが入れてくれたんだろうが……もし、あの声の野郎の仕業なら毒が入っている可能性もあるからな。まあ待てよ、大丈夫なら後でやるから」
「ムゥー……!」
「いや、一口くれんかね。すでに開けたものでよいよ」
「えっ、いやまだ……」
「仲間に毒味役などいらんさ」
そうはいっても万一の事も……って、アリャにかじられた!
「ホーウ、ウマイ……!」
あぶねぇな、俺の指ごと食う勢いだったぜ……!
「おいおい大丈夫かよ……!」
「ワタシ、ドク、ツヨイ! アト、ヤクソウ、アル」
だからってなぁ……と、ワルドも食ったな……。
仕方ないか……。
「なるほど……これはおそらく保存食の類いであろうな」
「保存食か……」
「稀に見つかる事があるのだ、開封しなければそうそう腐るものではない。なかなか貴重であるぞ、後々の為にもなるべく取っておくとよいかもしれん」
うん、もし安全なものならな……って、いってる側からこれだ。エリも黙って手を出してくる……。
「もう二人が食べちゃったよ」
「私もお腹が減りました、ください」
まったく、こういう時に限って食べたがるんだもんなぁ……。
自分だけ蚊帳の外は嫌なんだろうし……しょうがない、もう一つ開けるか……。
「あら、おいしいですね。果物のような香りがあります」
そしてこういう時にこそ本当に美味しそうな顔をするし……けっきょくまたみんなで分け合うことになってしまった。
仲間意識も大事だが冷徹な合理性も必要だろう。そういう意味で今回は中途半端でよくなかったな……。
「……それじゃあ、明るいうちに食材を……」
……うん? アリャ、窓の外をじっと見つめている?
「どうした、何かあったか……?」
「ンー……アッチ、ヒト、イル」
「なに? どこ?」
指差す方向……斜向い側にある砦の一つ、か……。
「……他の冒険者かな?」
「ワカラン。ウゴキ、ヘン」
「変……か」
「どうしたのかね?」
「なにやら人影があるって話だけれど……」
「他の冒険者ではないのかね? 無論、味方とは限らんし相手によっては魔物よりも脅威になるやもしれんが……藪をつついてなんとやら、干渉がない限りは放っておくとしよう」
「そうだな、じゃあ行くか」
また裏口から外へ、周囲は静かだ、問題はなさそう……だが、あれは人か? 遠目、橋の端だ、湿地を見つめているような人影がある……。
「ああ、マジでいるわ、人っぽいな?」
こっちに気づかないのか、無視しているのか……まるで動かない様子だが……。
「ヨー!」
うおっ、アリャお前!
「おいおい、無闇に話しかけんなよ……!」
「ムゥー?」
……しかし、人影は反応を見せない、な……。
「動きはないが、こちらに気づいたとみるべきだろうな。どうする?」
「放っておくべきであろう」
「ですが、どうしてあんなところで立ち惚けて……いえ?」
動き出したな、急に踵を返して……そのまま砦の一つに入っていった……。
「アソコ、ヒト、イッパイ、イル」
「なに?」
人が、いっぱい?
「あの砦にか?」
「イル」
「たくさん……いらっしゃるの?」
「イル。サッキ、マド、ミエタ」
うーん、ここからじゃぜんぜん分からんな。
しかしいっぱいいるのか、ツィンジィみたいな軍隊かな……。だとしたら無闇に手を出してきたりはしなさそうだが……。
「まあ、今は無視して食料を調達しに行こうか」
「うむ、そうしよう」
湿地帯が近いせいかキノコがたくさん生えているのを見かけたが……俺はキノコの知識に疎いからな、どれが食えるんだかさっぱり分からない。その辺りはアリャに任せて俺は山菜や薪になりそうなものでも集めるかな……と、エリの鳥が肩にとまった。
「一応の護衛兼、はぐれた時の案内役です」
「おお、ありがとう」
手分けしないと効率が悪いが、あまり離れても危険だしな。
さて、何か食べられそうな動植物は……うーん、あまり見かけないなぁ、山菜の知識は多少あるものの、この辺りのものは初見のものが多くて何がなにやら……。
昨日アリャが狩ったウサギみたいなのがいたらいいんだが……と、何だ? やや煙たいな? この辺りだと山火事は起きにくそうではあるし、あるいは……誰か焚き火でもやっているのか?
……確認しておいた方がいいか、匂いはこっちから……ああ、誰かいるみたいだな……って、またお前らかよ! 白い格好ではないがまた例のギマだ、四人いるな、こちらにはまだ気づいていないらしい……。
これまた冒険者のような風体、なにやらキノコを枝に差し……火であぶって……その上からカラフルな容器を揺らし……? 塩か何かをふりかけているのか? そして食べている……。
まあ、目立った武装もないようだし警戒する必要もなさそう……というかっ? おいおい、一人がなんか苦しみ出したっ……?
あ、泡をふいてばったりと倒れた、痙攣しているっ! なんてこった、毒にやられたか……!
あれはマジでヤバそうだな、どうする、エリかアリャを呼んできてやった方がいいのか、いや、なんか倒れた奴を羽交い締めに起こした……上で! 腹をぶん殴ったっ……? 大量の吐瀉物が出てきたぁ……!
なんて荒療治だ、さらに瓶を口に突っ込み何かを飲ませている……ようだが、おお、なんか症状が治まったらしい……解毒薬か? 相応に準備をしているんだな……。そもそもよく分からないキノコを簡単に口に入れるなといいたいが……。
うーん、彼らにはちょっと興味があるが、気づかれても面倒だろうしな、そろそろこの場を離れよう。
しかし、ギマたちはわりとどこにでもいるなぁ、住処はどこなんだろう? いろいろ知りたいがさっきも出会い頭? で喧嘩をふっかけられたしな、もしかしたら俺たちのような人種が嫌いなのか……あの七人からはとくにそういう印象を受けなかったけれどな。
それはそうと……やっぱり見知った山菜はないなぁ、ウサギとかも見当たらないし、薪になりそうな小枝でも拾うしかやることがない……。
うーん、もう戻るか……。
「オオ、モドッテキタ」
おや、すでにみんな集まっている。
「何かあったかい……」
「キノコスゲーイッパイ!」
うおお、麻袋にキノコがどっさり! 他にも山菜みたいなのもいっぱい入っているぞ!
「すげーな、キノコ名人かよ。俺なんか枝しかないや」
「ワタシ、スゴイ!」
「ああ、それじゃあ砦へと戻ろうか。というか、向こうにまた例のギマがいたよ」
「むう、またおるのか……」
「白い奴らじゃないけれどね」
「マタ、ギマイル?」
「ああ、そういやお前、前から知っていたんだよな」
「ギマ、シッテル、ヨクミル」
「あの白い連中は何なんだ?」
「ワカラン、アタマ、オカシイ」
まあ、あの様子ではな……。
「しかし奇妙であるな、私も長くこの地で活動しておるがね、あの凶賊たち以外にあの亜人種がおるとは知らなんだ。しかし今度の冒険では途端によく見かけるようになった」
「そうなの?」
「うむ、どうにも偶然とは思えんが……」
ワルドはなにやら考えているようだが……。
「まあよい……ともかく戻って休むとしよう」
今のところ体調はおかしくない。遅効性の可能性もあるだろうが、悪影響があるならもう何かしら症状が出ている事だろう。
あるいは安全なものの中に危険なものが混ざっている可能性もあるが……そんな事を言い出したらキリがないしな。
……それにしても、この辺りはいやに静かだな。気配は多数感じるが湿地は未だ沈黙を続けている……。なんとなくカエルみたいな獣が出そうと思っていたが、襲撃の気配はない……。
「妙に静かだな……。ここいらの獣は大人しいのかね」
「砦を建造しておるからな、戦闘もあまり頻繁ではないのかもしれん」
なるほどな。まあ戦いはなるべく避けたいし、何もないに越した事はない。
さあ、そろそろ日が傾いてきたぞ、空が橙色になってきた、湿地帯は夕日を反射し、きらきら輝いている……。
「出払っている間に罠を仕掛けておるやもしれん。また私が調べよう」
なるほど……?
「うむ、ものの配置に変化はなさそうであるな」
なんだ、配置まで覚えているのか? すごいな……。
しかし、食料を探している間に奴がこそこそやってきて罠を仕掛けるかな……。あり得はするだろうが、どこかマヌケっぽいというか……。
「……よし、怪しいものはなさそうだ。大丈夫であろう」
まあそうだよな、よし、ようやくのんびりできるか……!
「さて、キノコ鍋になりそうだが……このキノコたちは本当に大丈夫なんだよな?」
「ムゥー! ワタシ、ミワケ、デキル!」
「もちろん信用はしているが……」
「オシエテヤル!」
なにやら黒いキノコを取り出し、
「コレ! ウマイ!」
美味い……? 次に黄色いキノコを取り出し、
「コレ、スゴクウマイ!」
いや、それはいいけれど……次は白いキノコだが、
「コレ、マズイ! ケド、スゲー、カラダ、イイ!」
いや、味や栄養というより毒キノコの見分け方のコツとか……。
「コレ、ソコソコ、ウマイ! コレ、エット……」
あっ、こいつ今ものすごい速さで窓から投げ捨てたぞっ……?
おいおい判別が怪しいのがあったんじゃないのかっ? ギマの奴らのような惨状は簡便だぞ……!
「……ワカッタ?」
「今のキノコがヤバそうってのはな……!」
「ダ、ダイジョーブ、ハラ、ブッコワス、ダケ」
腹をぶっ壊すのは大丈夫とはいえんだろ……!
「そういやキノコを調理するっていっても焚き火はどこでやる? 屋内でやると煙が充満しそうだけれど……」
「むう、目立つであろうが、屋上でやるしかあるまいな」
「階段が崩壊しているので私が運びましょう」
……屋上は本当になんにもないな。でもなかなか見晴らしがいいや。こういうところで食べる飯もいいもんだ。
「さて、鍋の準備をするか」
火起こしはわりと面倒だが魔術師がいると一瞬だな。水もエリが出してくれるし、アリャが手早くキノコや山菜を刻んで塩をふり、あとは干し肉も入れてしまおうか。あっという間に鍋ができあがった。
「……さて、毒味役が先陣を切るか」
「ムゥー! ダイジョーブ!」
お、けっこう美味いね! キノコと山菜と干し肉と塩だけだが、なんか色々な出汁が出ている感じだ。体も今のところ問題はない……。
「美味いうまい、さすが狩人だな!」
「ホトンド、マチガイ、ナイ!」
ほとんど……?
「マジで大丈夫かよ、さっきだってなぁ……」
戒めを含めて先の話をせねばなるまい。
「……って事があったんだ。毒キノコは本当に洒落にならんぜ……!」
「ムゥー! コンカイ、ダイジョーブ!」
なんか言い回しがなぁ……。
まあ大丈夫そうだ……って、もうみんな食い始めているし……。
……さて、食い終わったらなんだか眠くなってきたな。日もだいぶ落ちてきているし、さっさと片付けてもう眠ろうかな。
「よし、じゃあ三階へと戻ろうか」
「ニエッ!」
おっとアリャ、階下へ飛び降りたな。じゃあ俺も、
「駄目です」
……エリの鳥でそっと降ろされる。
いやまあ、今朝の印象があるんだろうが、このくらいなら大丈夫だよ……。
「よし、じゃあ休もう……といっても見張りは必要か、俺からやろうか?」
「ワタシ、ヤル! レク、ネテル!」
「そう? 眠くなったら起こしてくれていいよ……」
あーあ、いろいろあって今日もなんか疲れたよ……。
それにしてもアージェル……。
あいつは本当に、あんなところであんな奴と……。
うーん……。
……うっ? おお、暗いっ?
ああ……眠っていたか、夜か……。
窓から月明かりが差し込んでいる、窓辺には……アリャか。ワルドとエリは寝ているな。
「アリャ……ずっと起きていたのか? 見張り代わるぜ」
「ウゥー……アソコ、ヘン……!」
あそこ、あの砦か……。
人が沢山いるらしいが……。
「何かあったのか?」
「ムゥー……」
……一見して何もないようにしか見えないけれどな、明かりが点いているわけでもないし……。
だが何者かがいたのは事実……。
「アッ……! ナンカ、デテキタ……!」
なにっ、本当だ、うおおっ……? 十数……いや数十と……ぞろぞろ大量の人影が出てきただとっ……?
「ヤバい、隠れろ……!」
窓の端に身を隠そう、見つかったら面倒そうだ……!
「むっ……どうしたのだっ……?」
ワルドも起きたか……!
「向こうの砦から大勢、出てきたんだ……!」
「なんだとっ……?」
「どうか、しましたか……」
エリも起き出した。
「あれだよ……一つの砦からあんなに人が出てきたんだ……」
「はい……?」エリもこっそり覗く「……あれは、軍隊? いいえ、どうにも……」
この砦で生活をするならば詰め込んでも三十人くらいがせいぜいだろう。しかし人影はいまや四、五十人はいる、あれでは密集しすぎて生活圏として成り立たないはずだ。
しかもエリの言う通り軍隊っぽくもない。まるで幽鬼のようにぞろぞろと、散漫に歩き回っている……呻き声のようなものも聞こえるし、普通の人間の行動には見えない……。
「もしやバックマンなんじゃないのか、あれは……?」
「そうかもしれませんね……」
「ぬう、ならば昼間の者もそうであったのだろうか……?」
声をかけても反応がなかったしな……。
「でも、襲ってくるような気配はなかった……」
「とにかく……今は静観する以外になかろう……」
奴ら、どこへ向かうわけでもなく橋を行ったり来たりしているだけだが……?
「よぉおおおおぉーしっ! ではまず点検、開始! 暗証番号はいつもの通り、5! 5! 6! 5! 8! 5! 2だ!」
うおっ、でかい声、何者だっ? それに点検だとっ……?
まさか……? ああっ、下から物音っ? 裏口のドアかっ? 叩かれているっ……?
やはり砦の調査か……!
「ぬうううううっ? どぉーしたっ? また扉を開けられなくなったのかぁああああっ?」
開かないのは当然だ、裏口には閂がかかっていたしな……!
「まったく貴様らはぁー! 格子戸は引く! 扉は押す! 引いて押すのだ! それだけのことが……」
なんだ……? 静かに、なった……。
「……がぁああああああッ? ななっ、なぁーぜ開かないっ……?」
なぜって、閂が下りているから……。
あれっ? 別に変じゃないよな? 最初からそうだったし……。
「引いて押す! 引いて、押すっ! 押して引くっ? 引いて押す! 押す! 押すっ! おおおおっす! こんちゃーっす! ごめんください! 引いて、押す! 押して引くっ? なぁーんで開かないんですかねぇえええええっ……!」
なんでって……いわれてもなぁ?
エリも不可思議そうな顔をしている……。
「警報! けーっけけっけっ、ケイッホォウー!」
金属音のような駆け足っ……?
「エィアァッ!」
さらにガキンと金属音、ドンッと近くで物音っ!
「とりゃあんっ!」
また金属音と、着地音か! 近づいている、跳んで上ってきているっ……! もう、窓の外にいるかっ……!
「姫、賊が侵入しておるようです!」
『そんな、なんということでしょう……!』
えっ、何だ、姫っ……? もう一人いる? しかし声音は似通っているぞ、声を高くしているだけのような……?
「今ここに立てこもっておるようです!」
『まさか……いつの間に……』
「狙いはあなたさまでしょうな、なんという身の程知らず!」
『こ、怖いわ……!』
「案ずるなかれ、この近衛騎士ボイジルが完璧にお守りいたしましょう!」
『暗証番号は?』
「もちろん5565852でございます!」
……こっ、こいつっ、一人二役やってんじゃねーのかっ? こっちが怖いわ!
それに暗証番号ってなんだ……?
『どうかお気をつけて……』
「お任せください! よぉし貴様ら、周辺を包囲せよ! 決して逃すなよっ!」
ちっ、ヤバいな、包囲されたか……!
「覚悟するがいい逆賊よ! 血祭りにあげてくれよぉーぞっ!」
うっ……! 窓から頭が出てきたっ……? 暗くてよく見えないが……!
「ほおおう、やはり匂うな、匂うな匂うな、匂うなぁあ……? ぷんぷんぷーんときておるわ、間違いない、何者かが侵入しているぞっ!」
ついに入ってきた……! しかし部屋の隅は真っ暗だ、向こうからは見えないはずだが……明かりでも使われたらヤバいな……!
「何者か、いるのかっ!」
うっ! 奴の肩口、蜂人間が使っていたような指向性の強い明かりが……! 光の輪が奴の前方を照らしている……! こっちに向けられたら一発で見つかるな……!
しかしどうする、相手は人間っぽい、話せば分かってくれるか……? いやでもバックマンのような、なにやら様子のおかしな連中と一緒にいるような奴だ、しかも一人二役だし、あまり正気にも見えない……。
つーかまた頭のおかしな奴かよ、どうなっているんだ……!
「どうした侵入者め! 我輩が成敗してくれるぞっ!」
おっ、意外とツメが甘いな、隅々まで調べずに他の部屋の探索を始めた……向こうの小部屋を見回っているらしい?
「……さあて、どうしたものか……」
「……困りましたね……」
向こうからでかい物音がする……。
「どうした! 我輩に恐れをなしたかっ? はははっ! 追い詰めてやるぞぉー!」
声が遠くなっていく、充分に見回ったつもりになったのか、今度は階下へ向かったらしいが……ワルドとアリャが音もなくこちらにやってくる……。
「……むう、いろいろと厄介であるな……」
「ああ……。ここにいてはまずいが、外は外で面倒そうだぜ……」
「……小部屋の方へ移動せんかね……同じ場所を二度、調べんやもしれん……」
「……そうだな、この部屋を精査していないことに気づくかもしれないし……」
静かに、速やかに端の小部屋へと移動しよう……。
「ここにも、ここにもいないかっ? いい加減出てきたらどうだっ? 卑怯なるぞぉー……!」
階下より物音が……。瓦礫をどかしているんだろう……。
「いないっ! ここにもっ……? キェエエイ! 姿を現せぇええええええぃっ!」
うわわ、物音どころじゃない、なにやら破壊するような音まで聞こえてくる……。
しかしあれじゃあ、やはり対話も難しそうだな……。
「……鳥たちで……誘導をかけてみましょうか……?」
「……ああ、それは妙案だな……」
「……むう、魔物の仕業に見せかけようといいたいのかね……? しかし、閂がかかっていた事を気にしておるようだが……」
「……そうそう、閂って最初から下りていたよな……?」
「はい……!」
「……どういうことだ? 食料探しに行っている間にやって来ていたのか……?」
「……もしくはただの勘違いかもしれんぞ……」
勘違いで探し回られても困るんだが……あの様子じゃその線も充分にありそうだなぁ……。
「……話せるかな? あまり正気じゃなさそうだが……」
「この地に狂人は多いからな」
多いで済ませられる頻度じゃないんだが……。
「……ワタシ、ソトデル、オトリスル……」
「……そんな危険を冒すなら……いっそみんなで脱出した方がいいと思うぜ……」
……なんて相談している間にも奴の奇声が聞こえてくる……。
「……ェエイッ! いるのはわかって! わかって! わかっているのだっ、わかってるの! わかっちゃぁああああああああっ……!」
いよいよ語調がおかしくなってきたぞ……しかもまた三階に上がってきた……って、うおっ! 部屋の前を歩いていった……! ちらっとしか見えなかったが、軍服っぽい出で立ちだ……。
「そうか、そうだったか! 上だな? そうだろう? そうなんだろうっ? えいやぁんっ!」
激しい金属音、屋上へ向かったか……。
「……っんにもぉなぁいだとぉおぉおおおおっ? ななななぁーっぜぃないのぉっ? ふぉんとにいないっ? 前! 右! 右! 後ろ、いなぁーいいいいぃいいいいっ……?」
そうそういないない、というか左はどうした? あと焚き火の跡もあるはずだが、それには気づかないのか……と、また三階へと下りてきやがった、再度、通路を駆け抜けて行ったぞ……!
「いないわけがナァアーイッ! ナイッ! ナイッ! キャァアアアアアアアアッ!」
叫びながら階下を走り回っているようだが……なんかもう、めちゃくちゃだなぁ……。
「イルイルイルゥッ! 絶対イルゥウッ! 論理的合理的背理的世間的にあり得ないィイイイイッ! 閂がかかかかかってイタンダモン! イルッ! イルッ! 絶対ここにっ、イルミネーションッ、ナイッ! ナイッ! 間違いナイッ! 5! 5! 6! 5! 8! 5! ニィイ!」
最後ちょっと笑わせにくるのやめろよ……!
ああくそ、早く諦めてくれないかなぁ……。
「……このままだと見つかるかも……」
「……そうですね……」
「……アタマ、オカシイ……!」
「……ううむ、余計な戦闘は避けたいがな……」
人間だろうしなぁ……。
「……ァアアァアアアァッ!」
ああ、また走り出したみたいだ……。
「ここかっ? ここなのかっ? ここだなぁっ? 『ここよねっ?』 ここだっ!」
うわっ、またひとつひとつ見て回っているらしい……! ここもヤバくなってきたな……!
「ここにも、ここにも、こーこーにもっ? いないの? いないかな? 『いるわよね?』 いるのだろ? いるものな? いるわな? いた? いない? ……いないィイイィイイイッ!」
声が近くなった、また接近しつつあるか……!
「ここかっ? ここかっ? ここかぁっ?」
まずいな、ここにいては……!
「いるのだっ! いるっ! 逃がさんぞっ! 『逃げないでねっ?』 絶対に逃がさんっ! 『逃げるなっ!』 ここかっ? ここなのかっ? それとも……ここなのかァアアァッ……ッキャァアアア!」
どうやら三階へと上ってきたようだ……!
「ここだっ! ここかっ? ここだなっ! ここっ? ここに違いない! 『ここだわ!』 追い詰めたぞ! 最後だ、ここカアァアアアッ……!」
……危なかったな、あのままでは確実に見つかっていただろう。先んじて外へと脱出しておいてよかった。裏手には道が通っていないからバックマンらしき連中にも見つかることはない。エリの鳥には本当にお世話になるな……。
「いッナァアアアアァーイッ……!」
また絶叫が……。何がそこまでそうさせるんだよ……。
「モウイイッ! モウイーイッ! 訓練を始めっめェエエェエエエー!」
おっ、ようやく諦めたか? よかった、四人を浮かばせているんだ、このままではエリが消耗してしまう。
「助かったよエリ、砦へと戻ろう」
「はい……!」
「いつでも脱出できるよう、次は階段側の小部屋に潜むべきであろうな」
そうだな、あんな様子じゃ不意にまた来るかもしれないしな。
さて小部屋に落ち着いたが……今夜はもう静かに休息させて欲しいもんだ……。
「もちろん見張りは必要だな、交代で休むとしようか……」
エリは最優先で、あとアリャにも休んでもらわないと……。
それにしても……まだ外から奴の絶叫と不気味な呻き声が聞こえてくるな……。
「違う、ちっがーァアアアウッ! そこはコウターイッ! ゼンシンするナァーッ!」
訓練をしているようだが……バックマン? を兵隊にしてどうするというんだ……?
「ヒヤァアゥッ! チガウといっとろォーガァッ! 後退だっ、コーターイィッ!」
ああ、うるさい……。
まったく、なんて夜なんだ……。