ブランブラン、ボーン!
ブラーンブラン!
ブラーンブラン!
ボーンボン!
ボーンボン!
やはり後ろ髪を引かれるな……。さっき会ったばかりだし、高慢ちきな面もある変わった女だったが……いっときは共に死線を潜り抜けた仲ではあったからな……。
「さて、また森の中であるが……ここはどの辺りであろう?」
「ワカラーン!」
「となればアリャ、君の出番であるな」
「ウーイ!」
アリャはすいすいと樹木に上っていく……と肩に手が、
「何を落ち込む、彼女は己の意思で残ったのだぞ。君が気に病むことなどありはせんよ」
そうかな……いいや、
「でも、あの声の奴はイカレている。いつかアージェルを殺すかもしれない……」
「あの状況下で何ができたというのかね? 戦う意義などなく、留まる益もない。ならば即時の脱出以外に道などありはせんよ」
そうだな……アージェルにも思うことがあるらしく、いろいろと示唆はしていたし理解を望んでいたのかもしれないが……俺が優先したことは皆との脱出に他ならない……。
「加えて逆でもある」
「……逆って?」
「地下を管理しておった輩はこれまで兵を外部に進出させてはおらんかった。ゆえにあの娘に従順な方が危険という見方ができよう。妙な野望を抱いて世界へと侵略を仕掛けたらどうなることか」
ああ……。
あんなところで生きるにもいつか限界がくるだろう。そういう可能性は……ゼロとはいえないかもな……。
「謀反の兆しはかえって好都合だ、私にはな。彼らには延々とあの場所で大人しくしていてもらいたい」
その意見にも一理はある……が、
「ヨー!」
うおっと! びっくりした、目の前に落ちてくるんじゃないよ!
「ムコー! ミチ、アル! ……ヨッ!」
おっと、いきなり放ってくるなよ、これは……黄色い木の実? そこらになっている果物か。見た目はオレンジにやや似ているな、皮を剥くと……中身はあまりそれっぽくない、たくさんの房に分かれてはいるが、色は黄色っぽい乳白色だ……。
「ソレ、ウマイ!」
「あ、ああ、ありがとう」
……うん、確かに美味いな。甘く瑞々しくて……柑橘系の実のようだが味は梨に似ているかもしれない、動き回って空腹だったしありがたいな。
「へえ、美味しいなぁ」
「ええ、初めて食べる果物です」
「うむ、これはなかなか……ぬう? 待て、よもや妙な場所に出ておらんかね?」
うん? ……おおっ? 本当だ、いつの間にか……なんかでかいみの虫? みたいなのが周囲にいっぱいぶら下がっている……!
「でかいみの虫っ……? どっ、どんな感じだ、これは?」
「やはりあの魔物か、さしたる脅威とはされておらんが……」
みの虫って、普通に考えれば芋虫だし……確かに危険な要素はなさそうだが……。
「ブラーンブラン! ブラーンブラン!」
ぶらんぶらんっ……? どうした、アリャが体を揺らして踊り始めたが……?
「な、何をやっているんだ?」
「ブラーンブラン! ブラーンブラン!」
うっ……? みの虫たちもぶらんぶらんし始めた……。
「ボーンボン! ボーンボン!」
なんか……ぶらんぶらんしているから近くの奴とぶつかって……踊り始めたな。徐々に甲高い、笑い声のような音も聞こえてくる……。
「むう、動きが妙であるが……? アリャは何をしておる?」
「さあ……」
でも何か、ブランブランのボーンボンが周囲に伝播していって、動きがだんだん激しくなっていくぞ……!
「ブラーンブラン! ブラーンブラン! ボーンボン! ボーンボン!」
「アリャ! 何をしてるんだお前はっ?」
いやっ……なんだ、笑い声が迫ってくるっ……!
「いかんっ!」
みっ、みの虫がすぐそこに突っ込んできている、避けきれん、体当たりをくらうっ……! がっ? なんかすげー柔らかい……って、みんなが下にっ……? いや俺が空中にいるんだっ……うおっ、また柔らかい感触がっ? また弾かれたかっ、おいおいっ、何なんだこいつはっ……?
痛くないしむしろ気持ちいいがっ、どういうことだっ、みの虫に弄ばれているぅう……!
「たっ、助けてくれーっ!」
「ウヒョー!」
な、なんかアリャも宙に舞っているし……!
「おいおいっ、これっ、マジでどうなっているんだよっ?」
アリャはめちゃくちゃ楽しそうだが聞いちゃいねぇ……!
「アリャいわくっ!」
ワルドの声がする! どこだっ?
「危険はないらしいがっ!」
ワルドも同じく宙を舞っている……!
「でもおぉっ、いつ終わるのでしょおぉっ?」
エリも舞っているっ……!
ほっ、本当に大丈夫なのかよっ? これでいきなり放り出されたらヤバいし……樹木に激突してもかなり痛いぞ!
というかよく見たら獣らしきものも巻き込まれていないかっ? 鹿みたいなのや、毛むくじゃらの何か、トカゲみたいなの、つーかギマとかいう人種もいるっ?
「ブラーンブラン! ボーンボン!」
「アリャ! 本当に大丈夫なのかこれっ?」
「ダイジョォォォォブッ!」
本当かよ! 視界があちこち目まぐるしくて酔いそうだがっ……!
でもなんか徐々に勢いが落ちてきているような気がする、ようやく終わりか……? 高度も下がってきている、周囲の状況もよく見えてくる……って、あっ! いま下方でアリャとエリがぶつかった、いや、互いに抱き合って地面に下りたようだ、それにワルドが毛むくじゃらの奴に蹴りを入れてっ、かっこよく着地したっ! ということは俺も何か獣……って、ギマの奴じゃねーか! 白服ではない、武器を持ってもいない、しかしどうにもやる気のようだっ? なんでっ? 殴りかかってくるっぽい! マジかよ、だったらこっちも対応しないとっ……!
うおおっ、ぶつかるぞーっ!
「ああああっ?」
「デオォオッ!」
……拳がっ……交差……したはずだが……い、いつの間にか地面に、顎の辺りがいてぇ……! 明るいのか暗いのか、くらくらする……視界が揺らぐ……奴はどうなった……? ああ、自分の足を……叩いて……必死に立ち上がろうとしている……!
くそっ、負けるか……! 俺が先に立ってやる……! バックパックが重い……今は下ろしとけ、一瞬、意識が飛ぶほどの威力……なかなかやるじゃねぇか……だが、俺の拳も重かったろう……?
ちくしょう、足が笑う、だが、負けてなるものかっ……!
「うおおおお……!」
「ニギギギギィ……!」
ここっ……根性だぁああ……! よぉおおし、立った! 俺が先に立った! 奴は負けを認めたのか、倒れ込んだっ……!
「おっしゃあ! 勝った……」
……って、足に衝撃っ? あいたっ、転ばされた、足払いか、こいつ不意打ちとは卑怯な……って、覆い被さってくるっ? だが捕まるか、逆に飛びついて奴の首元に腕を、胴体に足を回せ!
「やるかこのっ!」
膂力だけが戦いじゃないんだぜっ……て、うおおっ! すっげー力だっ! こんな優位な体勢でもひっくり返されかねんっ!
ヤバい、逃がしてなるものか! いてて、腕に爪を立てるんじゃねーよっ……!
「させるかよぉおぉ……!」
「ムギュアァアア……!」
まだ耐えるのかこいつっ……このままだと締め落とさないとならない……いやっ、タップし始めた? なんだ、降参かっ?
本当だな? この野郎……というかまるで失神しそうにないし、俺も疲れてきたし……まあいい、手を離してやろう!
奴は転がって咳をし、鼻水を流している……どうやら戦意はもうないようだな……。
……だがお前、いったいどこの何で、なにゆえに殴りかかってきたんだよ……と、今度は何だ? ぐもぐもいっているがあんたらの言葉は分からん……なんか紙切れのようなものを差し出してきたが……。
「……な、何これ?」
あれっ? こいつは……昨日見たばっかりの顔だ、ル・スゥー……だよな? なにやらスカートが風に煽られ、ぶわっとなっているのを両手で押さえている構図のようだが……。
それにしてもこれは……写真なのか? とてつもなく鮮明で色鮮やかだし、なにより動いているぞ……!
……というかおい? なんかとぼとぼ去っていくが、この写真は何なんだ、戦利品か……? いやこれすごいけれど、別にそれほど欲しくもないんだが……?
「ま、待てよ! こいつは返すよ、おい!」
うおっ? なんかすごい速さで戻ってきた!
「ああ、ほら、返すよ……」
写真を受け取るや、なんかぐもぐもいいながら元気に去っていったが……?
……えっと、それでけっきょく何だったんだ……? なぜに俺はあいつと勝負したんだ……。
「見事である」
振り返るとワルド!
「素手の勝負とみてあえて手を出さなかったが……よくやったぞ」
いや? そんな立派なもんじゃないが……? そもそも意味が分からないし……。
ほら、エリとアリャはなんか微妙な顔をしているし……。
「あの……なぜにあのような事を……? どうにもあの危険な集団の一員ではないようでしたが……」
「わ、分からない……。向こうから殴りかかってきたんだ……」
「そう、ですか……」
「うん……」
ああ、エリの治癒で痛みがすっと消えていく……。いやほんと、マジでなんだったんだ……。
「というか元はといえばアリャのせいだろ、何だよあれっ?」
「ムゥー? タノシイ!」
動機はそれだけか……。でもまあ弾んで殴り合いをして、少しは気が紛れた、ような……?
ああこいつ、だからか……。
「ま、楽しかったかといえば……そうかもな」
「ダロー?」
「しかしアリャよ」ワルドだ「大して実害がないとはいえあのような勝手をされても困るのだぞ」
「ムゥー!」
「それはそうと、そろそろよい時間であるな、今夜の宿を探す事にしよう」
え、もうそんな時間か……。
ああ、俺は治療で寝ていたからな……だとしたら皆の消耗も大きいだろう。
「うん、そうしよう」
……よし、まずはハイロードへ戻って、またアリャに例の樹を探してもらおうか。それに周囲から妙な気配を感じる、いつ何の襲来があるか分からないしな、気をつけないと……。
……なんて身構えていたが、一時間近く歩いてけっきょく何も起こらなかったな。この辺には獣が少ないのか? でも気配は沢山あるように思えるけれどなぁ……。
まあいい、とにかくまた戻ってきたぞハイロードだ。でも今はそれより……。
「あれは……」
さっきから水辺の音が聞こえていたが、すぐそこは川……ではなく沼、いや湿地帯みたいだな? けっこう広大なようだぞ、大きな石橋がかかってもいる、そして……。
「……砦のような? 建造物があるな……」
橋の両端には砦……なのか? 石造りの建造物が断続的に並んでいるな、あそこが利用できるならあの樹を探さなくてもいいだろうが……。
「こんな所があるんだな」
「攻略のための拠点だとされておるが詳しいことは分からん。砦にはよい記憶がないが……どうするかね?」
そうなんだよな……。
「罠を仕掛けるとしたら」エリだ「格好の場所ですね」
まさしくそう……。
「デモ、アノキ、チカク、ナイ」
ないのか……。
「うーん、宿は必要だしな……」
「ぬう、慎重な調査は必要かと思うが……利用できるのならばそれに越した事はあるまい」
よし、じゃあ……。
「大丈夫そうなら使おうか。駄目なら仕方ない、例の樹を探そう」
危険でここに泊まれず、樹を探す時間を考慮すると時間はあまりない、モタモタしていると日が暮れてしまうしな、さらに晩飯も調達しないとならないし、意外と忙しくなってきたな。
「よし、まずは罠の有無を確認しよう」
蒐集者の脅威はこれからだしな、気を引き締めていかないと……。
はあ、今夜もゆっくり休めるんだろうか……?