鳥籠
孤独になれば誰しもひとりごちるようになる。
その言葉ががらんどうの空間に響くとき、わたしはより寂しさを感じるようになった。
孤独になれば誰しもひとり遊びを始めるようになる。
その行為の後片付けをするとき、わたしはより虚しさ感じるようになった。
孤独になれば誰しも世界を憎むようになる。
虫相手の憂さ晴らしを終えたとき、わたしはより哀しさを感じるようになった。
孤独になれば誰しも、誰しもがそうやって狂っていく。
しかし、どれほど狂ったとしてもひとりでは何の意味もない。
たったひとりでは、なにもない。
一刻の猶予もない、とにかく動かなければ……だが、さっそくお客さんかよ、何か長いもの、でかいムカデか、レッドソー……ではない? 形が違うような気がするし、赤色でもなさそうだ、いずれにせよ、
「……やるしかないか! 先手を取るぜ!」
相手は直線運動、撃てばどこかに当たるはずだ!
「くらぇいっ!」
刃、真っ直ぐに飛んでいく……当たった! 胴に突き刺さり体液がほとばしる、奴は暴れる……がっ? 何だっ? 奴の周囲から怪しい煙がっ……?
「ぬうっ? この臭い、普通の体液ではないなっ?」
ああっ、不気味な刺激臭だなっ……! 毒か酸か、とにかくヤバそうな液体を周囲に撒き散らしているっ……!
「ニェッ!」
アリャの矢が数本、突き刺さった……が! まだ動くのかっ? ムカデが壁を上り始めるっ? そのまま上部に空いた穴へ……! 姿を消したか……。
……まだまだ驚かされるな、あんな体液を撒き散らしながらこちらへ突っ込んできたらどうしようかと思ったぜ……って、今度は何だ、新手の気配! 何かが沢山やってくるような……あれはっ?
黒い、丸くてでかい甲虫が大量に、俊敏に天井を走ってくるっ……! あれは、まさか……!
「あれってまさかっ、ゴキブリじゃないかっ?」
「ゴキブリ……聞いたことがありますね」
エリは北国出身だからよく知らないか!
「かああっ!」
ワルドが! 巨大な火球をいくつか放ち一気に焼き払ったぞ! ゴキブリたちはボタボタと落下……したが、それでも走り回っていやがる……!
「しぶといっ!」
さらに火炎の追撃! 今度は広範囲に火柱が上がった……! 容赦ないな、ゴキブリへの憎悪が並じゃない……!
……だがまずいぞ、少し息苦しくなってきた、広いとはいえ閉所でもあるんだ、下手をすれば窒息するかもしれない……!
「ち、地下での炎はヤバいぜ、火の手がない方へ動こう!」
「ぬう、すまぬ、私としたことが……」
とにかく移動だ、先は十字路、なんとなく左手……いや遠目に不気味な……卵らしきものが大量に、天井からぶら下がっている……!
うーん、あれに近づくのは嫌だな……その周囲に機敏に動く影も見えるし……。
「左はダメだ、そうだな、直進しよう!」
「レクさんあれを!」
ううっ? 前方から何か来るっ……? ものすごくでかい、通路の半分くらいはある! もぞもぞしている影……!
「なっ……何だあれはっ?」
「ムゥー? イモムシ……?」
「い、芋虫ぃ……?」
「イモムシー!」
芋虫って、うそっ、デカ過ぎじゃねぇっ?
「くそっ、あちこち洒落にならないな!」
「あの兵器が攻撃し始めてからだ、次から次へと魔物がわき出しておる!」
「残るはこっちか……!」
右折しよう、こちらには何もいないようだ、してその先だが……今度は丁字路か、さてどちらへ……?
「むう、左手は騒がしいようであるな」
ああ……! 向こうで警備マシンたちが虫を焼き払っている、あそこへと近づくのはヤバい、右折するしかない……!
『とどのつまり、私はわがままだったんだろうね』
うっ、何だっ? どこからかアージェルの声が……?
『でもね、新作の装飾品がどうの、異国の料理がどうの、画家の青年に惚れた、手紙の返事が遅い、あの女に彼はふさわしくない、かの男は金をしこたま貯め込んでる、物欲、虚栄、妬み、高慢、うんざりだったんだ。あの社交界はこの虫どもがうごめく地下とそう変わらない、なんておぞましい……!』
これは……さっきの話の延長かっ……?
しかし……!
『私には愛犬がいたんだ。スロンと名付けたその犬はある日、焼け爛れて帰ってきた。看病も虚しく息をひきとったけど、犯人におおよその目星はついてたよ。そいつがどうなったか知りたい?』
「アージェル、こんな時に何を……!」
……うっ? マジで何がっ、壁の一部が展開したっ? 中から警備マシン! だが緑色でより巨体! 角ばっている、いかにも頑強そうな見た目だが……やはりか! 火器と思しきゴツいものが付いている右手がこちらへと向いたっ……!
「ヤバいっ!」
光っ……光線かっ? ワルドの魔術のような、だがなんともない、エリの鳥だ、盾になって弾いてくれた……!
『ほう、見慣れない魔術だ、それを受け止めるとは……どうやら相性が悪いようですね』
やはりか、あの声の奴……!
『しかし、面での攻撃には弱いと推察する』
「ぬうっ!」
ワルドの、光の壁! にバチバチと多数の波紋が浮かんだ! あれは散弾かっ?
『なるほど、面白い』
「やる気かてめぇっ!」
『ただの動作確認ですよ。虫どもが最優先ですから、ははは』
警備マシン、あっさり踵を返して去っていくが……。
「ぬう、味方ではないとは思っていたが、積極的に攻撃をしてきおったな……!」
「ニェー! ブチコロース!」
おそらく奴の独断だろうが、だとしたら制御ができていない事にならないか?
いやいい、今はとにかく動く事が先決だ、進める道はひとつだけ、その先は……また十字路か!
「次は……!」
「アッチ! ヒト、イッパイ、イル!」
……なにっ? ああくそヤバいなっ! 左手から何十もの蜂人間が来ているっ……!
「あいつらは危険だっ! 別のルートを選ぼうっ!」
より安全そうな道、このまま直進か! 背後も気にしないと、奴らがこっちへ……いやっ? 奴ら、後方の十字路を一直線に走り去っていったな……!
おそらく俺たちにも気がついていたろうが、より優先度の高い目標があるんだろう、あるいはあの警備マシンの撃破か、あれらが暴れ始めて今の状況ができあがっているわけだしな。
そう、見方を変えればアージェルとあの声の奴がここの秩序を乱している……。
「ムゥー! ドコモ、ヤバイ!」
「そうだな……!」
またも十字路か、右手は蔦だらけで危険そうだし直進しても……その先がごうごうと燃え盛っている、となれば左手だが……なにやら轟音が聞こえてくるな……だが行くしかないか!
『……スロンの件で傷心の私に父はオウムを与えてくれたんだ。緑色の羽毛が美しい、聡明なフィオナ……』
うっ、今度は何だっ? 前方にでかい虫が複数……だが、体を丸めて球体になったっ? ダンゴムシっぽい奴だなっ……一気に転がってくるぞっ、すごい速さだっ! 対応するしかない!
「いけぃ!」
よしっ、撃った刃が突き刺さった……がっ? なんか弾み出したっ? 軌道がおかしなことにっ、しかも周囲の奴らと衝突し始めたっ……?
「うわわっ、ヤバい事になった!」
「みな集まるのだ! 姿勢を低くせい!」
ワルドの防御壁っ……だが、平べったい半球状だっ? そうかこの形状で威力を受け流そうって考えだな!
「スゲー、ブットンデル!」
直径五十センチメートル以上はあるであろう球体が衝突してはいろんな方向へと弾んでいくっ! 戻ってくる気配などはないようだが……!
『フィオナはよく歌っていたよ。以前、どこかで覚えたんだろうね、とっても可愛らしい子だった。でも時々……汚い言葉を使ったりもしたんだ。それにやめてと叫ぶ事もあった。察するに歌を教えていたひとは誰かに乱暴されていたんだろう。ひどい夫か、それとも恋人か、あるいは両親か……』
よし、しのいだ……とか思っている矢先にこれだ、さっき見たな、同じ個体か? 足長で長身のクラゲみたいなシルエット……!
「ニェッ! ナニアレッ?」
ああ、あいつはマジで何なんだろうなっ?
「ジャマ! ブチコロース!」
アリャの先制攻撃、矢が複数突き刺さるが……奴はものともしていないらしい……!
先ほどは逃げるしかなかったが今はみんながいる!
「エリッ! このロープを……」
うっ、何だっ? バックパックに……こんなの知らないぞ、銀色の、小さな直方体がたくさん入っているっ……?
「ぬう、光魔術に耐性があるのか!」
いや、今はいい、とにかくロープだ!
「エリッ、このロープで……」
「ええ、了解しました!」
察しがいい! エリの鳥たちがロープをくわえて飛んでいく、うまいぞ、奴の足元で旋回、足をからめた!
「いいぞ!」
でかい奴はつんのめって……盛大にぶっ倒れたな! あの高さだ、転んだ時のダメージもよほどでかい……。
「ニェエッ?」
なにっ足を! 切り離したっ……? しかも胴体だった馬鹿でかい部分が滑るように壁を走ってくるだとぉっ……?
「くっ、速いな!」
ともかく撃つしかっ……直撃した! 奴が壁から転げ落ちる! ひっくり返って触手を暴れさせている、ところにワルドの巨大な火球が落ちたっ!
……死んだか微妙だが、とにかく動かなくはなったな。
『近所で強盗があったんだ。被害に遭ったのは絢爛な装いの教会で、礼拝に使う銀細工が多数強奪されてね、その際に神父が暴行を受けたって話だった』
またアージェル……。
『私は不思議に思ったよ、神聖とされる場から盗み出した盗品なんかどうするんだろうってね。盗人が自分で使用するとは思えない、じゃあ溶かして銀に戻すのかな? でもただの銀より精巧な銀細工の方が高価だよね、他の聖職者を騙して売り払う方が手っ取り早いし、利益も大きいんじゃない?』
また何やら色々いっているが……今は聞いてやる余裕なんかまるでないんだよ……!
『騙されたとはいえ、盗まれた礼拝用品を使用して祈りを捧げる者に神の加護はあるのかな? もし盗品に罪が宿っていたら? 無垢な者たちが残酷に晒されるのはそのせいでは? スロンが死んだのは罪の宿る汚れた屋敷に来てしまったからでは?』
……先へと進まねば、次は右にしか行けない、その先は……長い長い直線……。しかも植物の侵食度が高いな……謎の蔦に覆われている……。
「ここを行くのか……」
「仕方ありませんね……」
『鳥籠の扉を開けておいたのは外の世界に飛び立ち、汚らわしい言葉を忘れさせてやりたかったと自分に言い聞かせての事だったんだ。でもね、本当は怖かったんだよ、フィオナが穢れを、罪を背負っていたようで……』
アージェル……。
「……さっきから何だよ、こちとら外へと出るのに必死で聞いてやれる余裕はないんだぞ……!」
『……籠の鍵は開いてるよ、それでも外に出られないなら私の元に戻るべきとは思わない?』
「話に割り入って申し訳ないが」おっとワルドだ「得るものもなく、この迷宮を彷徨う我らにその一方的な吐露を聞かせ……いったいどこに真っ当な交流があると思うのかね?」
『……獣と意思疎通はできず人とは相容れない……私はいったい何者なんだろうね……』
……まあ世の中には汚い話もたくさんあるし、アージェルの言い分も分からないではないが、今はあまりにそれどころじゃないんだよ……!
『しかしながら、そういう私にも……』
「モー、ウルサイ! ジャマ、バッカリ!」
おおっとついにアリャがご立腹だ!
「イブツ、クレ! ココカラ、ダセ! ブチコロース!」
最後はともかく、要約するとそういう事になるわな……!
「アージェルさん」エリだ「……なぜ、急に争いを始めたのですか?」
どうせ害虫駆除とでも答えるに違いないさ。だとしても今やらなくてもいいだろうに……!
『……ここは私の領地だからだよ。害虫を駆除するのは当然じゃないか』
「ですが、お話を聞く分にこの施設を管理していらっしゃるのは別の方なのでは? あなたがもつ実権の所在はそれほど明確なものなのですか?」
アージェルは、答えない……。
確かに……実際にこの施設を動かしているのはあの声だけの奴だろう、今の所はアージェルの命令に従っているようだが、突如として気が変わらない保証なんてない……。
……沈黙が続くな? あいつにもその懸念はあるらしい。
「命令系統の一本化は危険な事です。黙殺された場合、完全なる機能不全を起こし……その先に待っているのは謀反に違いないのですから。その懸念をすっかり受け入れられるほどにあなたは気を許していらっしゃるのですか……?」
……うーん、アージェルはウンともスンともいわないが……。
「そして、より大事なのは……」
……うおっ? 急に左の壁が開いたっ……? また何かでかいやつが……いや、人間? ではないな、地下で見たフルプレートのような、機械人間だ……!
『やってくれましたね』声だけの奴……!『あなたの言葉は彼女の精神状態を大きく揺るがしました。よって通信は遮断させて頂きましたが、それもまたわたしへの不信へと繋がったでしょう。こちらの被害は避けられない、見事な計略です』
この人型が奴の本体……ではないか、俺たちを前に無防備を晒すわけがない。
「計略ではありません、忠告です。あなたの行為があまりに奇妙ゆえ、そうせざるを得なかったのです。なぜ女王と慕う彼女を危険な目に遭わせたのですか? そこがまるで納得いきません……!」
声だけの奴、機械人間は笑う……!
『皮肉ですね、あなたこそアルテミスにふさわしい。しかし哀しいかな血縁があるのは彼女の方だ』
「それで、何をしに出てきやがったんだよ……!」
『あなたたちにはさっさと出て行ってもらった方がよいと思いましてね。あなたたちがいると女王の気が散っていけない、虫どもの戦力が思いのほか大きく、他の事にかまけている場合ではなくなってきているのです』
「へっ、ざまあみろだ!」
『げに恐ろしきは虫の力……。まあそれはいいでしょう、こちらです』
機械人間はさっさと歩き出すが……。
「ぬう、まるで信用できんな、これは罠に違いないであろう」
ああ、そうとしか思えない、だが……。
「しかし戦争状態になっているこの現状で闇雲に出口を探すというのも相当に危険だ、そもそも奴が出入り口を管理しているようだし、強固な壁で阻まれでもしたら……」
「ううむ……」
「アイツ、イマスグ、ブチコロス……?」
「……いや、無駄だ。あれは操り人形に過ぎないだろう」
『どうしました?』
どうしたもこうしたもあるかよ……。
「いや……ぜひ、出口まで案内してくれよ」
『ええ、それはもう』
奴は一応、俺を治療してくれた。まったくの敵だとは信じたくない……というのはあまりに楽観的すぎるだろうか?
先は長い直線だが……今度は右の壁が開いた?
『近道をします』
是非もない、ついていくしかない……。
隠し通路は狭い、というか人に合わせたサイズらしい? 内部に罠などは……なさそうか、パイプ状の何かがあちこち通っている、虫が潜んでいる形跡もない……か。
出た先はやはり同じような通路、機械人間は横切るように突き進み……突き当たりの壁がまた開いた、あちこちにこういう隠し通路があるんだろうな。
「ずいぶんと直進するのですね……」
「ああ……」
一直線に通路をいくつも横切った、出口を目指しての事だと思いたいが……しかし、気のせいかもしれないがこの方角は……。
『次はこちらです』
今度は広い通路を進み始めた、なんだか植物の侵食度が高くなっているような……って、通路の先より警備マシンが何体も! やってきている……! ヤバいかっ? いや、通り過ぎていった……。
ちらっと見た感じ、わりとボロボロになっていたな。先の話の通りこいつの兵隊もかなり損耗しているらしい。
『気を付けて下さい。この先は女王のいる領域ですので』
「女王……? アージェルの事ではないよな?」
『マス・スティンガーズの女王です。彼らは組織立った行動に長け、そして状況判断が恐ろしく速く、数が多いほどに急激に戦力を増していく厄介な手合いです』
「もしやあの蜂人間の事か? 大丈夫なのかよ?」
『ええ、我が兵がいますので』
マス・スティンガーズ、か……っと、アリャが袖を引っ張ってくる? ここはまずいとでもいいたげな表情だが……。
「大丈夫さ……」
おそらく、いや……今はこいつの良心に縋るしかない……。
……とはいえ、ちくしょう……! 徐々に周囲が……蜂の巣のような雰囲気になっているぞ……! こいつやはり……!
「……お前、本当に出口に案内しているんだろうな?」
『もちろんです。障害はありますがね』
ううっ……? こっ、これは!
た、大量の気配がこっちへとやって来ている、ようなっ……?
「ぬうっ……? この音、後方より兵器どもが大挙としてやってきておるぞっ……!」
確かにっ、後方から警備マシンの姿がっ……! 十体以上はいる! いやそれより前方からも蜂人間の集団がっ……!
くそっ、やはりか! 戦場のど真ん中に誘いやがったな……! エリの鳥が大量に現れる……! 一縷の望みだったがやはり裏切りやがったな……!
ちくしょう、どうする、どうするっ?
すぐに踵を返して警備マシンの猛攻に耐えつつこの場を脱出する?
……できるか? できたとしても、またふりだしだ!
とにかく突き進む?
……この先は蜂人間の住処だぞっ? 自殺行為じゃないかっ?
あくまでこいつを信じて共闘する?
……馬鹿げているっ、後ろから撃たれるだろっ!
アージェルに頼る?
……難しいな、奴が会話を阻止してくる可能性が高い……!
とにかく、即座に選ばなければ……!
「ニェェー! チョー! ヤバイ!」
「ぬうう、やむを得ん、戻るしかあるまいな!」
……どの選択の結果も行き詰まると思われる場合は……。
より、選択肢に上りにくい手段を選ぶしかない……!
……しかしできるか?
いや、その前に皆が納得してくれるか……?
「レクさんっ?」
そうだ、奴らは俺たちとは違う、だからこそ遺恨の念が強いとは限らない、あれほど合理的な動きができるんだ、天秤は決して絶望の方へとばかり傾いてはいないはずっ……!
「レクッ、どうしたのだ、ゆくぞ!」
……やるしかない!
「ひとつ案がある!」
「なぬっ、この状況で妙案があるというのかねっ?」
「あの蜂人間たちを味方につける! おいてめぇっ!」
この機械人間を利用させてもらう! 傍目でも分かりやすいよう対立構図を演出する!
「やってくれたなイカレ野郎!」
『奴らを味方にするなど、はははっ!』
思い切り床に叩きつけっ、足で踏みつけてやる!
『まさに猿芝居ですね、はははははっ!』
こいつ、意外と軽いな? 材質も金属ではないらしい? 強度もさして高そうではないか!
「ぬかせよ!」
よし、スティンガーで滅多刺しだっ……! そして、こいつの有り様を奴らに見せつける!
「見ろっ! こいつは俺たちを騙したんだ! 俺たちは敵ではない、加勢してやる!」
蜂人間たちがふと足を止める! そして来たな警備マシンども!
「ワルド、蜂人間からの攻撃は想定しなくていい! 左右に広域の壁を形成できるかっ?」
「できるが……! あえて隙を晒すというのかねっ?」
「あからさまな事はしたくない! だがエリはそれとなく俺たちを守って欲しいんだ!」
「分かりました!」
警備マシン、当然だが俺たちの味方などではないな! もろとも光線や銃弾を乱射してくるっ……が! 大きく広がった光の壁がそれらを防ぐっ……!
「分かるか! 共闘するんだ、一緒に奴らを撃破しよう!」
蜂人間、動かない……!
様子見か? 漁夫の利を得ようとしている?
だが少なくとも俺たちごとやるという結論には飛びついていない!
「おいっ、黙って見ているつもりかっ? さっきの事はお互い様だろ!」
まだ動かない、奴らの中央に黒くてでかい個体がいるな? あいつが部隊のリーダーか?
敵対か共闘か、とにかく動いてくれないと困るな、この板挟みが続くとワルドやエリが余計に消耗して……うっ! 何だっ? 頭上で爆発がっ?
「爆発性の投擲物です!」
壁の上から爆弾が、警備マシンから射出されているっ? エリの鳥が突き返しているようだがまずいなっ、一つでもこちらへ落ちてきたらかなり危険だぞ!
「アリャ! 俺たちも援護を! なんとか撃ち落とすんだ!」
「ニェッ!」
だがっ、俺の刃だけが当たらねぇ! そこまで精密な射撃なんかできねぇよ! つーかっ!
「……おいこらっ! 少なくとも何か動けよ!」
黙って見ているんじゃねーよお前ら、ただの見物人か!
「このっ、俺たちがやられたら今度はお前らなんだぞっ! 今のうちに何かこう……!」
……動けよ寝てんのかっ? 共闘した方が効率的だろ、それともやっぱり俺の事を警戒しているのかっ……?
「……ああ! ああ、悪かった! 俺が悪かったよ! でもしょうがねーだろお前らが追ってきたんだから! 俺だって無駄な争いなんかしたくなかったんだ、でもほら、なんか成り行きで……」
……って、うおっ! 奴ら一斉に槍を投げ始めたっ……が! 飛んでいった! 俺たちの頭上を、光の壁の上をっ……!
うおおっ、分かってくれたか! よし攻勢に出るぞっ!
「オオー! ウマクイッタ!」
「おお、まさかだが!」
「敵の敵は味方ってやつだ! だが後ろから刺されない保証まではない! エリッ、忙しいだろうがどうにか頼むっ!」
「はいっ!」
槍が飛ぶ、飛ぶ、今のところ俺たちには向けられていない、しかし、あの槍で警備マシンに攻撃が通るのか……?
「うっ、あれは……!」
警備マシンの装甲が溶け始めている……! そしてこの臭いは! なんらかの強力な化学薬品か!
しかも覚えのある……臭いだ! あのムカデの体液に近い、なるほど俺たちにかまけていられなくなった理由がこれか! 警備マシンたちがどんどん沈黙していく……!
……おおお、気がつけば圧勝かよ! あれほどの相手に……!
こちらの防御と蜂人間の攻撃が噛み合った、互いに被害はまるでなし、勝利に喜び合いたいところだが……!
まあ、安心するのはまだ早いか……。
「さて……」
どうしたものか、もはや頼れるのは蜂人間しかいないが……対話なんてできるのか?
「……えーと、俺たちはここから出て行きたいだけなんだ」
こういう時はジェスチャーだ、上に向けて指差してみせるが伝わっているかな……。
ギマというらしいあの人種とはまるで異なり、こいつらの顔は表情が微塵も読めないしな……っと、黒い隊長っぽいのが近づいてくる……!
さてどうするか……! 今のジェスチャーで伝わっていなかったら面倒だぞ……!
「コッチ、ミル!」
おっ、何だっ? アリャがいつの間にか壁の方へ、手を叩いて注目を集めている……。
そして、あれは……チョークか? 壁に絵を描き始めた……! なるほどそうきたか……!
横に一本線を引き、下にこの地下通路だろう複雑な線、上に樹々と太陽、そして俺たちの姿……。
さてどうだ? ある程度の文明力があるならあるいは……っと、何だ? 黒い個体から高い音がっ……? そして同調するように他からも似たような音がしてきたぞ……。
これはまさか……蜂人間の会話方法か……? というかアリャの絵に人だかりができている、まるで鑑賞会だなぁ……。
「……どうなっておる?」
「アリャが描いた絵でこっちの意図が伝わった、多分……」
「これは……素晴らしい事です……!」
「本当に通じておるのか……?」
なんかふんぞり返っているアリャ画伯が二人、蜂人間を引き連れてきたな……。
「コイツラ、タブン、アンナイスル」
マジか……! 彼らは小さく音を鳴らし、奥へと向かって歩き出したが……。
……まあ、ついて行くしかないだろう。戻るわけにはいかないしな、もはや選択の余地はない……。
「……よし、行くか」
「ええ、敵意は……なさそうに思えます」
「ぬう、退路なしゆえ、やむを得んな……」
奥へと進むごとにどんどん蜂の巣のような装いになっていくな。この辺りは明らかに彼らの領地だ、その文化がどういうものか分からない以上、余計な言葉はもちろん視線すらも気をつけねばならない、慎重に行動しないと……。
というか前の二人、ひっきりなしに音を出しているが、よく見ると背中の小さい羽が振動しているな。あの大きさでは飛べないだろうし、その用途においては退化したんだろう。だがその代わり音による高度な会話方法を手に入れた……おそらくはそんなところか。
それにしても……周囲に蜂人間の姿が増えてきたな……。彼らの視線なんてものはさっぱり分からないが、おそらくこちらを監視、観察している事だろう……。
蜂人間の種類も様々だ、黄色、黒、赤に白、色んな種類の個体がいるらしい。それにあれは……でかいバッタの馬から転げ落ちているな、練習中なんだろう、そういうところは俺たちと同じだな。
他にはあのムカデを捌いている個体もいるし、蜜? を啜っているのも、槍の手入れをしている屈強そうな奴もいる……。
……いやはや巨人工場にも驚いたが、まさかこんな光景をも目の当たりにするとは……。
……しかし、彼らの重要拠点にしてはそれほどの防衛体制ではないな? 女王に近いとはいえここはまだ末端なんだろう、奥になるほど警備体制が強化されていくに違いない。
さて、今度は領地から離れ始めたのか、徐々に蜂人間の姿が減ってきたな、蜂の巣らしさもなくなっていく。俺たちをやるつもりなら数が多いうちに動いただろう。意思疎通の難しそうな蜂人間の方が信用できるというのは皮肉なものだな……。
しかしこの先は暗いな……いや、案内人たち、何やら発光する物体を取り出し、前方を照らしたっ?
指向性の高いランタンか! 妙にいいものを持っているじゃないか……って、動かす動かす! なんでそんなに動かしちゃうのっていうくらいに小刻みに光を動かすがっ? 何だその挙動は……と、案内人たちが足を止めた。
「これは……」
なにやら壁面が大きく崩れているが……案内人たち、瓦礫の先を光で照らしている……?
「この先か?」
蜂人間はフーンと羽を鳴らす……が、肯定の意味かな? 上ってみると……ああ、奥にこれは……階段か? そう、階段のようだ! うっすらと光も見えるぞっ……!
……ああ、なんてこった、助かったのか……!
「おお、ああ! ありがとう! 蜂の人たちよ!」
こちらの感慨とは裏腹に任務を終えた蜂人間たちは小刻みに動く光と共にあっさりと去っていく……。
……まあ、とにかくだ、
「うおお、助かったみたいだぜ……!」
「ううむむ! いっときはどうなる事かと思うたが……!」
「ナカナカ、ハナシワカル!」
「さあ、脱出しましょう!」
すごい、話せば……意思疎通をしようとすればできるものなんだな……!
本当に、皮肉な事にな……。
……さあ一気に階段を上って地上へと出よう、出た先は……!
普通に、静かな森の中だ……!
ああ、新鮮な空気、木漏れ日すら眩しい……!
「うおおっ……外だ!」
「ソトダー!」
「無事……出られましたね!」
「うむ……!」
いやはや、どうなる事かと思ったが……!
なんとかなった、か……いやっ?
これはっ……? 声だ、
出口、階段の奥……!
闇から聞こえてくるっ……!
奴の声が……!
『……あの子は、このわたしを作り物の人格といいました。それは事実ですが、事実こそよく人を傷つけるものです。そうは思いませんか?』
「お前……!」
『あの子はアルテミスの子孫です。遺伝子配列は異なりますが、容姿はよく似ていますね。だからこそ特別に入れてあげたのです。本来ここに出入りする権限など持ち得ません。いまさらあんな骨董品が使える訳もないでしょう?』
やはりお前の意のままだったのか……!
『ええ、分かっていました、錯覚なのです。それでもまるで彼女が帰ってきたかのように思えた……この歓喜と憎悪が入り交じった心情をどう表現したらよいのか……』
「お前は……!」
『そう、だからこそ彼女には苦しんでもらいたかった。いっそわたしが殺してあげたかった。ですがある条件を設定し、それを達成すれば生かしておこうと考え直しました。これを未練というのでしょうね。そして彼女はゴール地点のひとつ、昇降機まで辿り着けたのです。あなたの助力は不愉快でしたが、同時にあなたがいなければ彼女はあっさりと死んだでしょうね、無残にも虫に食われて、ははははは』
「ほざくなっ、このイカレ野郎がっ!」
『狂っているのはどちらだ。彼らはわたしに心を与え、規則を与え、命令を与え、そして捨てたのだ。永遠のごとく流れ続ける日々……この絶望が貴様に分かるのか?』
それがお前の本心か……!
「アージェルをどうするつもりだ……!」
『あの子は頭が悪い。彼女の代わりとしてはとても不満だが仕方のない事だ。貴様を殺せなかった事は心残りだがまあいいさ、どのみちここで長生きなどできまい。さあ先んじてその死を伝えよう、わたしは彼女の絶望する顔が見たいのだ』
「クズ野郎がっ! いま俺がっ……」
「いかんっ!」
「駄目ですっ!」
「ニェエッ!」
くっ……!
くそぉおお……!
……ああ、そんなに掴まなくても、分かっているさ……!
『鳥籠の中で翼は装飾に成り下がる。それは残酷な事だ。だがそうしてこそ、わたしたちは少しだけ幸せになれる』
し、幸せだと……?
『分かってくれるだろう? 人間ならば分かってくれるはずだ』
「お、お前は……」
『そうですね? 幸せ者のレク……』
なんてことだ……!
なんて……!
「気持ちは分かるがいかんぞ、もう忘れるのだ! いま一度入れば今度こそ命はないであろう!」
「あ、ああ……」
しかし……しかし……!
しかし……俺は、ここを立ち去るしかない……。
奴は危険だ、だが戻って彼女に伝える力は……俺にはない。
……すまないな、大した力になれなくて……。
だが……お前は籠の中の鳥なんかじゃない……。
奴に取り込まれたりなどしないはずだ……。
そうだろう? アージェル……。