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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
20/149

女王の繭

 おかえりなさい、私のアルテミスよ。



 ……何だこの声は……なぜアージェルは……ただいま、などと……。

『ようこそアルテミス、ようこそ』

 うっ……? 揺れが、止まった……?

 ドアが、開く……!

「なに……!」

 死体っ……? 死体が、至る所に……いや、鎧か……? 眼がかすむ、フルプレートのような……蜂人間ではない……薄暗く、よく見えないが……人型の何かが……たくさん、転がっている……。

 小さな、緑色の明かりが点々と……ここは通路、前方と左右に……道が続いている……。

「お前……あの声は……?」

「わからないけど……」

「分からない……? お前はここの……」

『どうしました? アルテミス』

 また声が……。

『お久しぶりですね? アルテミス』

 アルテミス……アージェルのことか……?

『本当に、ずいぶんとお久しぶりですね、そうですね? アルテミス?』

「お前の……事じゃないのか……?」

 アージェル、ふらふらと出ていくが……不用意に動くな……。

 くそ……俺も、動くしかないが……あまりに気分が……悪い……。昇降機から這い出るのも一苦労、だ……。

「ここは……いったいなんなの……?」

『は、は、は! いつも聡明だったアルテミスよ、ここはあなたのお家ですよ! おかえりなさい! そうですね?』

「ただいま……」

『お疲れのようですね? ええ、快適な眠りをどうぞ』

 明かりが……まったく消えたっ……真っ暗だっ……。

「ちょっ……なんでっ……?」

 いやっ……すぐに、点いた……。

『は、はは、は! 冗談ですよ! そうですね?』

 こいつ……。

「アージェル、戻れ……」

『来客があるとは聞いていませんね。もしや脅されていますか?』

 なに……? なぜそうなる……。

 やはりこいつは……。

「か、彼は……友人だ!」

『ご友人ですか! それは素晴らしい! こ、孤独を癒したいのですねっ? そうですねっ?』

 こいつ、様子が……おかしいぞっ……! 

「ここは、お前は……いったい何なんだ……?」

『ここは揺りかごと墓場の境目ですよ! ええ、そうですね?』

「それより薬がほしい! 彼がよくない状態なんだ!」

『アルテミス、彼は信頼できますか?』

「うん……もちろん! 彼は私の警護をしてくれたんだ! ここまで守ってくれた!」

『おおーそうでしたか! では何とお呼びすれば?』

「彼はレク……だよ」

『よろしくどうぞ、偉大なるレクよ。では少々お待ちを! お迎えを差し上げますとも、迅速にね、脱兎のようにっ!』

 こいつ……本当に、何者なんだ……?

「アージェル……おかしいと思わないのか……? あの、声だけの奴は何者か、分かっているのか……?」

「わからないけど、ここは私の居場所なんだ、味方だと思うよ」

 なにぃ……? しかしあいつ、様子が……待て、あれは……? 遠くから、光がやってくる……。

「出迎えのようだよ」

 ……眼がかすむ、しかし……何だ? 普通ではないような……かなり、速い……? このままだと、アージェルが危ないんじゃないかっ……?

「おい……! よけろ、跳ね飛ばされるぞ……!」

「わわっ……!」

 くそっ……なんとか引き寄せたはいいが……足に力が入らん……!

「あいたっ!」

 ぐぅうっ……転倒の衝撃がっ……傷にひびく……! くそっ……どんどん体が怠くなって……。

「うわぁ!」

 やはりか……! 通路を……もの凄い速さで、光が……横切っていった……!

『おっと、なんという速さでしょう! 申し訳ありません、彼はせっかちでしてね、速度超過の常習犯なのです!』

 馬鹿な……。

『愛嬌はあるのですが……おお、女王を危険に晒した罪は重い。ここは心を鬼にして厳粛な処分を与えねばなりません……! 彼の名前はボートリス、ズィーズィーピィー、ゼロ、ワン、エイト』

 故意だろう……あいつ、まさかアージェルを……!

「だ、大丈夫……?」アージェルが、顔を覗き込んでくる「すごい熱だ、急がないと……!」

「アージェル、ここは危険だ……」

「わかってる、ちゃんと注意するよ!」

 なに……?

「こらっ、危ないだろ! 気をつけろっ……!」

 ……そういう、意味じゃない……。

 どうして分からないんだ……?

『ええ、彼に代わって心より謝罪をいたします、アルテミスよ。さっそく彼の処刑に移行したいと思いますが、葬儀には時間がかかりますよ?』

 あいつ……間違いない、正気じゃないぞ……!

 それにアージェルもだ……どうしてもっと強く……違和感を抱かないっ……?

「あっ、また来たよ」

 まただと……!

「き、気をつけろ……!」

 ……今度はどう動くか分からない、もっとあからさまに……こちらへと向かって……くるかもしれない……!

「今度はゆっくりだよ」

「油断するな……昇降機の方へ逃げないと……」

 アージェルが……助け起こしてくれる……が、そのまま動こうとしない……!

「おい……退避する姿勢を崩すなよ……!」

「大丈夫だよ」

 お前は……! いったい何をもってそんなことを……それにあれは? さっきの奴と同じなのか? 円盤のような形状、浮いているっ……? さして速そうではない……近くで……ゆっくりと停止した……。

 ……乗り物、なのか? 座席のような……くぼみがあるようだが……。

『さあどうぞ、仲睦まじいお二人さん。彼は大人しくて有名ですし、きっと大丈夫ですよ』

「ほら、乗ろう?」

 くっ……。

 だが……いずれにせよ、このままでは保たん……。

 この先に……解毒薬があることを祈り、乗るしかないか……。

「よし……っと、大丈夫?」

「ああ……」

「彼は傷ついてるんだ! すぐに治療したい!」

『そうだと思いました! いつ告白されるのか気が気でありませんでしたよ! 実はここに医者は多いのです、知らなかったでしょう? ずっと、ひた隠しにしていましたので!』

 こいつ、本当に話が……通じる相手か……?

 乗り物は動き出す……が、いったいどういう原理で浮いているんだ……? いや、それよりも……。

「気をつけろよ……奴は狂っているかもしれんぞ……」

「そうでも、行くしかないでしょ? 安心して、ここはきっと私にゆかりのある場所だから……」

 ……どうしたってアージェルが鍵だ、もはや俺だけでどうこうできる状態にない……ひとまずは話を合わせるしかない、か……。

『移動中、お暇でしょうとも』

「うっ……!」

 何だっ? 突如として……壁や床が消えたっ……? お、落ちるっ……!

 ……わけでは、ない? なんだ、何がどうなっている……! アージェル、嬉しそうに声を上げるが……!

「文献のとおりだ!」

 ううっ、眼下に……!

「こっ……こいつはっ……?」

 果てしなく広大な空間……に、たくさんの……巨人たち? が横たわっているっ……!

 眠っている……いや違う、四肢のどこかが欠損したもの、バラバラのもの、死んでいる? いや、断面部が見える、目がかすむが……よく見ろっ……やはりあれらは……!

「素晴らしい……!」

 アージェルの体温、吐息が熱い……。

「ねえ、そうは思わないっ?」

 すごいのは、確かだ……!

 あの巨人たち……やはりあれらは機械だったっ……!

 あの巨大な通路、すべての辻褄が合う、ここは巨人、いいや大型の機械人間、その製造工場なんだっ……!

 さっき転がっていたフルプレートもそうだろう……あれは生物でも鎧でもなく、等身大の機械人間だ……!

「見てっ、これすべてが遺物だよ!」

 特異な……文明の残り香だと……? これのどこが残り香だ……! 遥かな未来じみた科学文明が……今も息づいているじゃないか……!

「これらの……もっとも戦闘力が高いのはどれ?」

 アージェル……!

「……正気か……っ?」

 あれらを動かそうっていうのか……!

 ワルドがいった通りだ、これは……軽々しく手にしていい力じゃない……!

「どうしておびえてるの? もう私たちを脅かす存在はないのに!」

「こっ……こいつらを、自由にできるとでもっ……?」

「……おい! できるんだろうっ?」

『もちろんですともアルテミス、ここにある分は……』

「……他は? 例えば地上を闊歩している者たちとか!」

『個体化したものはもはや命令を受けつけません』

「個体化……だって?」

『そもそもあれらはわたしの管轄ではありませんから』

 管轄……固体化……。

「……ではシン・ガードもか……?」

『シシッ、シンガードッ……? エラーの吐瀉物! ふざけないでいただきたい! あれはその一切が不明なのですから! ええ、仕舞っておいたはずです、三立方センチメートルのクローゼットに! まさか盗まれたのでしょうかっ? あの小人にっ? わたしの記憶がっ……!』

 盗まれた……記憶を……?

「シン・ガードってなに?」

「……この地の中央などを……守っているらしい、とてつもなく強い巨人さ……」

「……ふーん。まあ、私は私の国を守れればいいし」

 なに……?

「国……だと?」

「そうだよ、ここは私の国なんだ、薄々感じていたけどやっぱり私は選ばれし者なんだよね!」

 確かに……声の主には招かれているようだが……。

「これで薄汚い世の中ともおさらばだ……!」

 アージェル……。

 ……確かに……人の世は奇麗な事ばかりではないが……ここは機械人間の製造工場で……すぐ上は蟲の王国……本当にお前がいるべき場所なのか……?

「待て、アージェル……」

 ……うう、変に興奮したからか気分がさらに悪くなってきた……。

『さあ、着きましたよ治療室です! おまちかねのベッドですよ、どれにしますか?』

 いつの間にか……開いたドアと……室内が……。

 だが……いよいよ……ヤバいな……意識が……。

『どこでもいいですよ、優劣はありません! この世の中のようにね、はははははっ……!』

「はやくしろ! レク大丈夫っ? レクッ……!」


 ……うっ?

 ううっ……ここはっ?

 ……白い……天井? 寝ている、ベッドに……。

 ……沢山のベッド、白い部屋、理路整然と何かの機械が並んでいる、異様なまでの清潔感……。

「あっ、起きた!」

 アー……ジェル、か? 見た目がまるで違う、白いドレス姿だ……。

「よかったー! 治療したっていうんだけど、ぜんぜん目を覚まさないから!」

『治療どころか身体の洗浄までしましたよ、おかげで排水溝がドブ川のようになりました、感謝いたしますとも!』

「おい、無礼だぞ! この者は騎士団長なんだからな!」

『……騎士団長、ですか?』

「そうだ、女王に仕える騎士だ!」

 な、なんの話をしている?

「……いったい、何の話だ?」

「私を守ってくれたでしょ?」

「それは……状況的に協力し合っただけだが……」

 服が……伸縮性が高いな、袖の短い白い服になっている、下半身も半ズボン姿だ……。

「装備はどこへ……?」

「ここはまるで神の世界だ!」

 アージェルが回る、笑って踊っている……。

「このドレスだって、ものの数分でできあがったんだ!」

 あんな機械人間を製造するんだ、なんだってできるさ……。

「傷はどう?」

 そうだ傷……傷は……。

 ……ない……。

 悪寒も悪心も吐き気もなにもない……。

 生えていた無精髭だってない……。

「身を清められて見てくれも随分よくなったね? 騎士団長にふさわしいよ!」

 確かに気分はいい……だがその騎士団長とは?

「こんな猛獣だらけの原始的な場所で遺物なんか漁っても……なんて思ってたけど、獣なのは我々の方だったって事だね」

 それは……そうかもしれないが……。

 ……いやっ? そんな事はどうでもいい!

「そうだ、皆は……! 俺の仲間はどうしたっ?」

「うん、いま観察中だよ、ほら!」

 なっ……? ち、中空にみんなの姿がっ?

「すごいでしょ? まるで神の眼だよ」

 これは魔術などでは……ないんだろうな!

 いちいち驚かされるが、そんなことより!

「そうか! みんな無事だったか!」

「思いのほか苦戦してるんだ! 虫ケラどもめ、相当な数がいるんだよ!」

「苦戦……?」

 中空の像が変わった、虫たちと警備マシンの壮絶な戦闘が……!

「おい、皆を巻き込むなよ! まずはこっちへ……」

「だめ、彼らをここに入れるわけにはいかない」

「なにっ? なぜだっ?」

「私に忠誠を誓ってないから。信用できない」

『その通りです、我が女王よ』

 アージェルが女王……。

「でも騎士団の仲間だっているだろう?」

 だがアージェル……冷淡に鼻を鳴らすのみだ……。

「おい、俺だってお前に忠誠なんぞ誓っちゃいないぞ……!」

 今度は、くすくすと笑う……。

「あなたは何度も私を守ってくれたじゃない。行動は言葉より雄弁だよ」

「騎士団の奴らだってお前をずっと守ってきただろう……!」

「だめ」

「なぜだ、なぜ俺はよくて彼らは駄目なんだっ?」

 ……だが、沈黙しか返ってこない!

 アージェルッ、仮にも仲間をないがしろにするのかっ……!

「もういい! 俺は皆の元へと戻る! 装備はどこだ!」

「……わからないの? 私に次ぐ地位を約束するといってるのに」

「辞退する! 俺は皆と冒険を続ける!」

「……彼らと一緒ならいいの? 揃ってここに招けば気が変わるの?」

「いいや、変わらん! 冒険を続けるといったろうっ? そもそもここへ来たのだって遺物が欲しかったからに過ぎない! 最初から打算的な関係だったろう!」

「遺物なら近くにあるけど、そういう態度なら渡さないよ」

「……その一切をかっ? 当然の報酬だという話じゃなかったのかよっ?」

「国家の財産を売り物にはさせない」

 売り物……そうだな、俺も遺物に対し、当初はそういう腹づもりだったか……。

 しかし……!

「いいやっ、冒険を続けるために有用な道具が欲しいだけだ!」

「どうして続けるの? 危ないよ」

「仲間が、リザレクションを求めている!」

「……リザレクション?」

『はっ……はははっ!』

 なんだっ? 何が、おかしい……!

『復活の英知は人類に大いなる敗北をもたらした、調理器具で殺人が起こるような滑稽さだ! あなたたちはいつまでも学ばない、ハハハハハッ……!』

 あなたたちは……?

 いや、あの巨人たちがそうなんだ、あるいはこいつも……!

「……もういい、黙れ! 貴様に人の何がわかるというんだ!」

 笑い声はピタリと止み、

『……失礼、致しました、女王様……』

 こいつは……おかしい野郎だがアージェルには服従するのか?

「いったい何者なんだ? どうにも人ではなさそうだが」

「うん、人間じゃないよ。昔の人が生み出したつくりものの人格らしい」

 人格、作り物……?

「人格って、そんなこと……」

「特定の人間に従う機械の脳ミソだよ。あいつが何でもやってくれるしここにいなよ。なんか復活がどうとかって話みたいだけど、けっきょく他人の願望じゃない? 自分を危険に晒してまで叶えるような事じゃないと思うな!」

「いや、俺は冒険を続ける。お前が信じるべきは騎士団の仲間たちの方だ」

「あいつらの目的はまさしくお金だもん。ここに入れれば見苦しく遺物を漁り始めるに違いないんだ」

「……いいじゃないか、少しくらいくれてやれよ」

「そうしてあれらが国に戻ったらどうなると思う? 同じように遺物目当ての輩どもが殺到するに違いないんだ! それをいちいち相手にしろって? 汚らわしい!」

「俺だって似たようなもんだ」

「あなたは違う」

「どう違う?」

「……私が、気に入ってるから……」

「そいつは光栄だが、俺は一刻も早く仲間の元へと戻らねばならないんだよ!」

「だめ、あなたはここから出さない」

 なにっ……?

「何だと……?」

「ここから、出さない」

 何をいってやがるんだこいつは……俺をここへ閉じ込めようっていうのかっ?

「いい加減にしろ! 俺たちは充分に助けたろうっ? 相応の報酬と、ここからの脱出を要求する!」

「女王にそのような態度をとっていいことはないと思うなぁ」

 なんだこいつ……!

「なにが女王だ……! こんな死臭のする地下で生きていくつもりかっ……?」

「俗世よりマシだよ……!」

「なにっ?」

「俗世は私から何かを奪っていく……!」

 ……こいつ……!

 こいつは……。

「わ、私は社交界なんか好きじゃなかった! だから没落してよかったと思ってるよ! でも縁談なんかもまっぴらだった! だから入団できてよかったと思ってるよ! でも魔物なんか……!」

 アージェル、こいつは……。

「なんでこう、次から次と嫌な事ばっかりっ……! みんな何をしたいのかさっぱりわからない……! ヘンな連中ばっかりなんだもんっ……!」

 ……どこか、俺と似ている。

 ああ……分からないとはいわないさ、社交界、縁談……ようは金持ちのしがらみだろう、故郷のあの家にもそういう事はよくあったようだし、側から見ていても健全とは言い難かったと思う。

 分からないわけではない、しかし……。

「だからといって……本当にこんな所がいいというのか?」

「そうだよ、やることはたくさんある! みんなを生き返らせて、ここを復興するんだ! 彼らは私を求めてる、純粋なんだよ! 愛して欲しがってるんだっ……!」

 それはむしろ……。

「だが俺は行かないとならない……!」

「行かせないっていってるじゃない……!」

 駄目か、こういう手合いを懐柔する事は難しい……というより駆け引きはかえって泥沼だ、あいつがそうだった、いろいろと面倒な事になりかねないだろう……!

 ……仕方がない、決裂覚悟だ、強くいくしかないか……!

「いいからさっさとここから出しやがれっ!」

 詰め寄り、断固たる意志を見せるしかない! こういう奴には譲歩していたらきりがないからな!

 アージェルは驚いた顔を見せる……が、上目遣いに……妖しい笑みを浮かべる……!

「……そう、そんなにするなら、い、いいよ、あなたの望む通りにしてあげる……」

 何だ……妙に嬉しそうなのは、気のせいか……?

 だが思えばあいつもそうだったか……こいつよりはよほど粘るが、けっきょくは妙に満足げな顔をするんだ……。

 エジーネ……。

 エジル、フォーネ……。

「で、でも、どちらかだよ、どちらかなら叶えてあげる。仲間との合流か、遺物か……」

 なにぃ?

「なら仲間だ! 急いでいる!」

 こいつ、何がおかしい?

 いつまでもくすくすと笑いやがって……。

「な、仲間想いなんだね……」

「俺の装備はっ?」

「隣の部屋だよ……。汚かったから洗っておいてあげたんだ」

「そうか……」

「その下着だって遺物といえば遺物だよ。おまけにあげる」

「それは……ありがとよ」

 隣の部屋……! あった、衣服に武器だ、急いで着替えないと!

「上はどうなっているっ? 虫との戦いは中断できないのかっ?」

「駄目だよ、一ついうことを聞いてあげたじゃない」

 ちっ、これ以上の交渉はよくないか……。

「そうかよ、では皆の所へと案内してくれ!」

『承知しましたとも、出口先で待ちぼうけのボートリス、エイチ、オー、アイ、ゼロ、ナイン、ワンにまた搭乗するとよいでしょう。いいご身分のレクさま』

 イカレ野郎が……とはいえ今はこいつに頼らないとならない、無事みんなと合流できればいいが……。

「別れの挨拶はしなくてもいいよね? また来てくれるでしょう……?」

「……お前、本当にここに住むつもりなのか?」

「うん」

「騎士団の任務は最初からどうでもよかった?」

「うん」

「……お前はいったい、何者なんだ?」

「私はマインスカッフの正当後継者だよ」

「マインスカッフとは……?」

「それを知るのはこれから」

 これから……。

 何も分からず、こんな所にまで……。

「アージェル……本当に後悔しないか?」

 アージェルは、ふと首をかしげる……。

「ついてくっていったら、仲間にしてくれる?」

「お前も、俺たちと……? ……ああ、本当にそう願っているのならな」

「ここの遺物を持っていけば楽に冒険できるかなぁ?」

「……かもな」

「逆にさ、何もないのによく危険を冒せるね?」

「まあ、皆がいなきゃ俺なんかすぐにくたばっているだろうな。だからこそ俺はみんなのために動きたいんだ」

「本当に、仲間想いなんだね……。困ったなぁ、行かせたくなくなってきたよ……」

「おいおい」

「わかったよ……。でもね、私だって大事にされたいんだ……」

「なんだよ、まさか惚れたか? こんな短時間でさ!」

 アージェルの笑い声を背に、円盤は進んでいく……。

 さて、無事に戻れるか……。

 あいつの気が変わる、声だけの奴が独断で何かを仕掛けてくる、なんでもあり得るが……。

 ……とくに、何事もないらしい? 昇降機の元へと戻ってこれたか……。

「よし、上へとやってくれ!」

『了解しました』

 また妙な感じ……だが、これはすごい速さで昇降機が動いているせいだろうな……。

 さてドアが開くが……ああよかった、元の場所のようだ……!

『その辺りで待機を。お仲間をお送りしています』

 みんなを、本当か……?

 まあ、下手に勘ぐって心象を悪くするのもよくない、か……。

「……そうか、助かるよ。治療の事もな……」

『あなたは……』

「なんだ?」

『いえ、お待ちを……。到着まで七十四秒、L27側の通路です。外は激戦区となっています。ガードがいるとはいえ、お気をつけて……』

「ああ!」

『せいぜい、お気をつけて……!』

 ……含みがあるな、いちいち不気味な野郎だがみんなと合流できるまでは大人しくしないと……。

 それにしても七十四秒だと? いやに早いな……。Lの27……というと向こう側か……ドアが普通に開いた、鍵もなく……。

 ……やはりというべきか、あの鍵には大して意味がなかったのかもしれないな。むしろ私がいなきゃという、アージェルのあの言動の方が真実だったのかもしれない。

 つまりあらゆるドアの開閉は……声だけの奴の胸先三寸でしかない可能性がある……。

 ……いや、今はとにかく皆だ、眼下の通路には今のところ何もいないようだが、戦いの騒音が遠くから聞こえてくる……待て、あれは? 何か来る、ボートリスとかいうやつの四角いタイプ、それに乗っているのは……ああ! あれは皆だ! ワルド、エリ、アリャ、みんな乗っている……!

 うおおっ、こうしちゃいられない、さっさと梯子を下りよう!

「おおーいっ! みんなっ!」

 間違いない、みんな揃っている!

「おおっ! 無事であったかっ!」

「レッ、レクさんっ!」

 ヤバい、ちょっと離れていただけなのに込み上げてくるものがあるよ……!

「レェェエクッ、イキテターッ!」

 おおっと、アリャが飛びついてくるっ!

「みっ、みんな無事でよかった! よかった……!」

「それはこちらの台詞であるぞ! あの男めがっ……!」

「本当です! なぜあのような……!」

「ゼッタイ! ブチコロースッ!」

「まあ愉快犯だろうさ、そういう奴くさいだろ、それよりさっさとここを出ようぜ!」

 ワルドはうなり、

「うむ、だが大変な事態となっておる! つい先ほどより戦闘機械と魔物が激しく争い始めたのだ!」

「ああ、おそらくアージェルだろう」

「むう、どういうことかね?」

 俺にもよく分からないんだが……説明はしておかないとな。

「……というわけで、あいつはあいつで思う事があるようだ。無理強いもできないし……」

「ぬう、やはり関わるべきではなかったか……」

「まあ……いやっ、そういや騎士団の奴らはっ?」

 皆との再会で忘れていた、あいつらいねーじゃん!

「分からん、我々しか乗ることを許されなかったのでな、彼らは置いてゆくしかなかった」

「あの声だけの奴かい?」

「うむ……」

「よく信じたね……?」

「……むろん訝しんだ。しかし賭けるしかなかったのだ、開かぬ扉が多すぎたのでな……」

 やはりろくに動けなかったんだな。しかし騎士団が置いてきぼりとはどういう事だ、あるいは自国へと帰さないつもりか……?

 しかし現実問題、探せるかここで……いや待て! あれはっ? またボートリスとかいう奴だ、なぜここへ……いやっ?

「あっ! バックパック……!」

「むう?」

 おお……! 置いてきたやつを回収してくれたのかっ?

『忘れ物だよ』

 アージェルの声!

「ああ、気が利くじゃないか! すまないな!」

『そうだよ、私は気が利くんだ。でも都合がいいわけじゃない。あなたは私より仲間を選んだよね。だからこそ戦地は自力で抜けてもらうよ』

「ああ……!」

『約束してないからね、もっとすればよかったのに、しなかったのはあなたの選択だよ……』

 約束、ね……。

『今からでも遅くない、忠誠を誓えば助けてあげるよ』

「それより騎士団の連中はどうした? どうするつもりだ?」

『……別途、手ぶらで帰ってもらう。それが嫌なら我が国の敵として排除する。これが最大の譲歩だよ。じゃあ、またね』

 ……なるほど、よかった、生かして帰す気になってくれたか。

「おそらく俺たちも同条件だろうな、下手に遺物探しをすれば狙われると思う」

「むう」

「ニェー! イイコト、ナイ!」

 本当にな、ひどい無駄骨だぜ……!

 ……いやでも、普通じゃお目にかかれない光景は見れたか。

「さて、出口にアテなんかは……」

「イイトコ、ナーイ!」

 まあそうだろうな、地図もないしな……って、轟音、爆発音っ? 近いぞ、遠くが明るくなった、ごうごうと燃え始めている……!

「時間がありませんね……!」

 しかし手当り次第に出口を探しても……って、そうだ、さっきの昇降機! あるいは地上にも繋がっているか……?

「そうだ、そこに昇降機が……」

『それは使えませんよ』

 あいつの声!

「なんでだよ!」

『遺物があるので入れる訳にはいきません』

「なにっ? 嘘つけ、俺が乗った時は何にもなかっただろっ!」

『先ほど遺物が入室しました。ボートリス、ズィーズィーピィー、ゼロ、ワン、エイトは減刑され、閉所での反省を促されたのです』

「お、お前……! そんな理屈でいえばなんだってありだろーがっ!」

『いやはや偶然とは恐ろしい』

 こ、こいつ……!

「てめえこのイカサマ野郎っ……!」

『心外ですね、本当に偶然ですよ、本当に本当だと思います』

 イカレ野郎め!

 ああくそ、あんな奴の相手をしている場合じゃない!

「とにかく動こう、みんなっ!」

 どこへ向かえばいいかてんで分からないが……もはや出たとこ勝負でやるしかないっ……!

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