蟲の迷宮
まさかこんな、蟲の巣窟になってるなんて……!
みんな、みんなそうだ……! また私の居場所を奪おうとするっ……!
憎たらしいっ! ここだって私の物なのにっ……!
……でも悔しがってる場合じゃない、どうにか先に進まないと……。
……わかってる。
今はあなたが、あなただけが頼りなんだ……。
おねがい、私を奥に連れていって……。
「それで、どっちへ行くんだ?」
地下は左右に延々と伸びている、アージェルの地図とやらの信憑性は薄いが、とにかく行動の方針を決めてもらわないとな。
「ええっと……」
「早くしろよ、またあの機械の奴が来るだろ」
「わかってるってば!」
あいった! いちいち手を出すなよ!
「お前なぁ……!」
「うひゃあ!」
おっとアリャがアージェルの尻を引っ叩いた……!
「ななっ……!」
「チャント、スル!」
あたふたしているからだろう、お叱りが入っちゃったな。
「なんだよあいつ……! どーなってるんだよー!」
なんでいちいち俺なんだ、本人にいえよ……!
「……分かったわかった、それでどっちへ行くんだよ?」
「なにがわかってるんだよー!」
まあ、お前がうるさいって事は確かだが……。
「ええっと……あっちだよ!」
入って右手の方か……。
「よし、さっさと行こう」
あの警備マシンとやらが来たら面倒だ、さっきのように撃退してくれるかもしれないが……アテにするのは危険すぎる、避ける方針で動くのが妥当だろう。
「おおー、この地図、やはり正確みたいだ!」
アージェルは各所にあるドアを指差し確認しながら進むが……いささかテンポが悪いな……。
「なあ、もう少し急げないか?」
「うるさいなー、確認は必要だろ!」
それはそうだろうが……ここはあまりに未知すぎる。ル・スゥーの言動や所有物、ワルドが語った恐るべき遺物の実在、なにより先ほどの警備マシンの存在からして高度な文明があるというのは分かった、しかしそれは同時に不確定要素の激増を意味する、のんびりしている時間はないぞ……!
「ちょっとその地図、見せてくれよ」
「はあっ? むだむだ! 記号の意味とかわかんないだろっ、私がいなけりゃどこにも辿り着けないんだ、黙ってついてきなよっ!」
やはり情報を開示する気は一切ないようだな、まあ同じ団員すら疑っているんだから当然だろうが……。
「でもまあ、中枢までけっこう近いとはいっておく! この先の昇降機に乗ればすぐ……」
「アレ!」アリャが上の方を指差した「サガッテル!」
なにっ……? マジだ、なぜだっ? ゆっくりと……馬鹿でかい壁が降りてきているっ……?
タイミングがおかしい、なんらかの妨害かっ?
「あわわ、なんでいきなり……!」
「急げば間に合うんじゃねーか?」
スクラトがものすごい速さで駆けていった!
「おい待てっ! 私の鍵がないとダメなんだからなっ!」
「おいおい!」
アージェルも走り出した! だが何らかの意図が介在している気がする、うかつに動くのは危険じゃないかっ?
「副団長!」
青年が追いかける、
「また転びますぞぉー!」
大男も追いかける、女や黒い奴はさして急ぐ気はないらしい?
「どうする、よくない気がするが……!」
「うむ、しかしやむを得んな、ゆくしかあるまい」
「ニェエー!」
「みなさん、乗ってください!」
おおっとエリの鳥が合体してでかい二羽になった、乗った途端にものすごい加速……! アージェルたちをゴボウ抜きだっ……!
「ああっ? ずるいぞぉー! ……この鍵がぁー……」
声も姿も遠ざかっていく……。
しかしスクラトには追いつけない! なんて速さだっ、マジで人間かよあいつ……!
「おっせーなぁあいつら!」
壁は降り続けている、閉まり切るまでまだ余裕があるが……騎士団の連中が間に合うかは微妙かな……。
「副団長、急いでっ!」
「閉まってしまいますぞぉー!」
アージェルが団員に抜かされていく……。
「まったく! いきますよっ!」
弓の女がアージェルの背中を叩いた……? 途端! 一直線に! ものすごい速さであいつっ、ぶっ飛んできたぁああっ……?
「うわぁあああああああああっ?」
いやっ、その勢いは危ないだろっ、受け止めて大丈夫かっ?
ええいままよっ……と! エリの鳥か! 一気に集まってアージェルを無事、抱きとめた! と同時にすごい突風が通り過ぎていくっ!
鳥だらけのクッションに包まれたアージェルの顔が眼前にある……が、ずりずりとその場にへたり込んだ……。
「おいっ、危ないだろ!」青年たちもやってくる「副団長が怪我したらどうするんだっ!」
「うるさいわね! おっそいんだからああするしかないでしょ!」
「受け止めて頂き感謝ですぞーっ!」
そろそろ胸元くらいまで下がってきているが……騎士団員たちも滑るようにこちら側へとやって来れたな。
よし、なんとかなったか……。
「ニエッ! ナンカ、クル!」
なにっ? さっそくか、いったい何……がっ? なっ、何だこの力はっ……!
「お前には興味がわいたぜ」
スクラトぉおおおっ……? あいって、いつの間にか壁の逆側へと投げられたっ……!
「うわああっ?」
アージェル、も! 投げられ滑ってきたっ?
「自力で生き残ってみろや!」
壁が、降り切った……!
エリの鳥が一瞬、見えたが……駄目か、こちらへは来れなかったようだ……!
スクラトの野郎っ、俺たちを分断しやがったかっ……!
「ああっ、あれっ……」
なにっ? なんだとっ! 向こうも、壁が降りつつあるっ!
「まずいっ、戻れなくなるぞ、アージェル!」
「いや、もう、走れない……」
くっ……体力の落ちたアージェルじゃなおさら、あそこまでは間に合わんか!
どうする、戦力は俺とアージェルのみ! どうやって皆と合流する、ワルドならこの壁を破壊できるか? いや、かなり分厚かった、おそらく無理だろう……!
頭を切り替えないと、状況は極めて切迫している!
「……よし、アージェル! その地図を使って向こう側へと向かうぞ!」
「ああっ、あいつ、どうしてっ?」
「知らん! 愉快犯だろうさ!」
「仲間じゃないのっ?」
「仲間がこんな仕打ちをするわけないだろう! とにかく動くぞ」
あの野郎っ、とんでもない怪力だった、アージェルはともかくバックパックを背負った俺すら軽々と放り投げるとは……!
「とにかく二人でなんとかするしかない……!」
「ええ……ああ……」
まずいな、とくにエリがいないのが極めてまずい、これまでセイントバードや治癒に頼りっぱなしだったからな……。
「……いいか、今の目的は合流だ。みんなも俺たちを探しているに違いない、しっかりしろ、希望はまだあるんだぞ」
「ど、どうするのっ?」
危機的状況だからこそ冷静にならねば……!
「まずは……なるべく騒がないようにしよう。大きな音を立てると危険だし体力も無駄に消耗してしまうからな。落ち着いて向こう側へと繋がる道を探すんだ」
「ああ……う、うん……わかった……」
「お前の装備は?」
腰に巻いたフレイルと短剣、それに爆薬が数個か……。
「それはフレイルか? リーチはどれだけある?」
「ご、五メートルくらい……」
けっこう長いな、フレイルというより東洋の鎖分銅に近いかもしれない。
「よし、移動しよう」
だが近くにドアなどはなさそうだぞ、あるのは……。
「あれは?」
あそこの下部にあるのは……通気口か何かか? 充分に入れる大きさはあるな。ネジで留めてあるが短剣でなんとか外せそうだ、ここから向こう側へと行けるか?
「えっ、そこに入るの?」
「他に道はなさそうだしな。先行する、ついてこいよ」
「う、うん……」
匍匐で進む、降りた壁の向こう側へ続くルートを辿りたいが……その方角に道が分かれないな、しかも逆側に分岐した方から……ごくわずかだが気配がする、あるいは何かが近づいてきているのかもしれない。
くそっ……そちら側には行けないな、残った道筋を進むしかないが……いや、明かりがあるな、向こう側に出られそうだ? 逆側からネジ留めされているがシューターの床尾で破壊するっ……!
はあ、通気口から出られはしたが、見た感じほとんど同じ風景が続くな、どこまでも道路が続いているだけだ……。
……それにしても、ここはいったい何だ? 道の幅は五十メートル、高さは二十メートルほどか。往路と復路なのか二つのレーンに分かれている。
注目すべきは高さだろう、これほど高くする必要性とは? 巨大なものを運搬していた? もしくは巨大なものが運搬していた? あるいは、巨人……?
「それで、どうするの……?」
「正直、闇雲だが……動かないとならない。いま通ってきた通気口の奥から妙な気配がしていたからな……」
「妙な、気配?」
「俺はその辺、少し鋭敏でな」
何かと出会ってしまった時……アージェルはあまり戦力にならないかもしれないな。本人の能力というよりも武器がよくない。
なるほど鎖分銅は強力だがそれはあくまで人間相手の場合だ、思ったよりはリーチがあるようだが獣を相手に接近戦は危険……いや待て! 気配が近いっ……? いつの間に! やはり通気口の方かっ……!
「くるぞっ、その通気口だ!」
「えっ? ななっ、何がっ……?」
出やがったな! 牙の生えた……馬鹿でかいミミズみたいな奴だっ!
「うわわっ……? き、気味の悪い……!」
「臆するな、後手には回れんぞ!」
奴の方が速い場合、逃げれば背後を取られてより危うくなる、先手必勝だ、撃つっ……!
「……どうだっ!」
いやっ、まだか! 頭部が半分吹っ飛んだが生きている……! だが暴れ狂っているぞ、効いてはいるらしい!
「よし、今のうちに行くぞ!」
「えっ、とどめはっ?」
「追いつかれなければいい!」
「でもっ、殺さないと……!」
ああもめちゃくちゃに暴れていては致命打を与える事はかえって難しい、刃の浪費も抑えないと、なにより通気口は虫どもの通り道になっている可能性がある、時間をかけていると他のものまで出てきそうだ!
「ねえっ、追ってくるよっ……?」
しつこい野郎だ、しかし弱っているからか遅いな!
「無視だっ!」
だがこの通路……真っ直ぐ進んでしまうとあの壁の向こう側から遠ざかるな、先は丁字路、方向的に右か!
「うっ……?」
……なんだ? 曲がった先、遠目だが人影のようなっ?
だが皆にしては……数が少ない?
「おーい! こっちだっ!」
「待てっ、アージェルッ!」
あれは……おそらく違うっ! よく見てみろ、シルエットがまるで異なっているだろう……!
「違うっ、仲間じゃない……!」
「ええっ……?」
カチャカチャと足音がする、鎧を着込んで……いるような? それにしては線が細い、槍のようなものを持っていないか……?
「危険かもしれないけど虫よりマシじゃないっ? 私たちのように迷ってる人かも……!」
矛盾しているぞ、ここはその鍵がないと開かないんだろ? つまりあれはここの……住人じゃないかっ? 人間ではない可能性がある!
「おーい! 交渉したい!」
「アージェル……」
姿が見えてきた……。
「おーい!」
だが、あれは……!
「やめろ……」
「なんでっ? まあ怪しいけど虫よりマシじゃないっ?」
あれはっ!
「異人種だっ! 俺たちと同じではない!」
「えっ……?」
あの見た目、鎧じゃない……蜂かっ? 人型の蜂っ……? 長細い物は槍、武装している、文明力がある! 社会性が強い? 敵対したら……多勢に無勢の可能性、かなりヤバい……!
あるいは和平交渉……可能か? 異人種、人型とはいえ蜂だぞ、意味もなく徘徊するものか? 縄張り、警備……まさかっ……!
あのカチャカチャ音、蜂、スズメバチ、もし足音じゃないとしたらっ? あるいは威嚇、警告の音じゃないのかっ……?
「ヤバい……行くぞ、逃げるんだっ!」
「えっ……異人種だから……?」
予想が当たっていた場合、最悪だっ……!
「あっ、走ってきた!」
なにぃっ? けっこう速い! 追いつかれるかもしれないっ……! 奴ら陣形を保っているっ? 高度な戦術の予感がするっ……!
「どどっ、どうするのっ?」
どうする、異人種、対立したくない、話し合う? だがあれは……予感がする、俺たちとはかなり違うと!
「やむを得ない! 爆薬を投げろ!」
「ええっ? ちょっ、ちょっと……!」
……うっ?
何かが、投げ槍か、側を通っていった……!
「うわーっ! 投げてきたっ……!」
「お前も早く投げろ!」
「わああ!」
アージェル、着火、投げたっ……爆発! したが! しくじったか、有効範囲から外れているだろうっ、だが!
「足止めにはなった! 走れっ!」
「うわわわ……!」
向こうの武器は投げ槍、直線的に逃げ続けるのは悪手だろう!
「なんなのっ、いきなりっ?」
「奴らの縄張りに侵入していたんだろうよっ」
まだ追ってきている! 射程外なのか次の槍は飛んできていない、先は丁字路、だが左は戻る方向だ、右方向へ! その先は十字路、次はどうする、直線は危険、右か左か、ええい左だ!
「こっちだ!」
「わわっ、あいたっ!」
うおっと、すっ転んだかよ!
「なにして……うおっ?」
また槍が飛んできやがった……! 奴ら、やはり速いな!
「ほら起きろっ、行くぞっ!」
「うっ……うんっ!」
あの槍、これまで外れているがあまり腕はよくないのか? それとも追い立てている? 分からない、とにかく走るしかない……!
「わああっ? あれなにっ?」
なにっ? 後ろ、あれは何だっ……? 異常に背が高い……いや、足の長い、甲虫のようだがシルエットはクラゲに似ている、気味の悪い六本足だっ?
「無視しろっ!」
「ああっ、梯子があるよっ」
おおっ、確かに壁に梯子が、壁の上部、ベランダのような通路、その先にドアッ……!
「あのドア、開くかっ?」
「開くよ! たぶん……」
まあやってみないとか……!
「試してみるしかないか! 先に行けっ!」
「うっ……うん!」
急げいそげ……って、こいつ上るのも遅いな!
「おい早く上れよ! いろいろ来ちまう!」
「わわっ、わかってるよー!」
でかいのが近づいてくる、だが蜂人間はいないなっ? あれが出てきたからいったん退いたのか……?
「ほら急げって!」
「急いでるって!」
早くはやく……どんどん近づいている、もう時間がない! あと十メートルほど!
「ヤバいぞっ!」
早く上らないとっ! もうすぐだっ!
「ぎゃん!」
頭にアージェルの尻が当たった、だが上り切ったぞ!
「何をしているっ! さっさとドアへっ!」
すぐ下に奴がいる! アージェル早くドアを開けろっ、開くかっ?
「あいたあっ……!」
よしっ、飛び込んだっ、ドアを……閉めるっ!
どうだっ……?
どうだ……。
……ああ、諦めたか?
あんな巨体じゃここへと入るなんて不可能だろうしな……。
……よし、ともかく一段落か……!
「ああ、危なかったぜ……!」
……しかし、ここは? よく分からないが狭い通路だ……。
「ちょっと……!」
アージェルだ、なぜ睨む……?
「……まあ、いいよ……」
……何がだよ? いや、それよりこれからどうする、目的の場所よりけっこう離れてしまっただろう……。
かなり、まずいな……。そもそもここがどれほど広いのかも分からない、まずは現在地か……。
「アージェル、地図はあるな?」
「え、うん……」
アージェルの懐から畳まれた紙が、
「これだけど……」
こっ……これは……!
細かな線が! 一面にびっしりと、これ全部が通路なのかっ?
……それだけここが広大だという事か、のちに書き足されたであろうしるしが二箇所あるが……。
「このしるしがさっきの入り口と遺物のありか、か……?」
「いえ、そこは中心部らしいよ……」
中心部……か。まあ、そういうところに遺物がありそうではあるから同じような事だろう。
とすれば……ええっと、道をああいって、こういって……だから、現在地は……おそらくこの辺りか……!
「よくこんなものがあったな」
「我が家の家宝なんだよ……。先祖代々、調査や研究をしていたらしくって、最近ようやく入り口のありかと遺物の場所が推定されたらしいんだ」
「よし……地図があるなら遺物を探しにいけるな」
「えっ? 合流するんじゃないのっ……?」
「もちろんそうしたいが現状それはかなり難しい。なぜなら皆も俺たちと同様に襲われて移動を余儀なくされている可能性があるからだ」
「ああ……」
「あるいは閉じ込められ、動けていない可能性もある。だから鍵を持っている俺たちが探しに行かないとならないんだが……現状だと明らかに力不足だろう、だからこそ遺物に頼らなくてはならない」
「ああ、そっか……」
アージェルは頷き、
「うん……わかった……やってみよう」
「ああ、もはや俺たちは一蓮托生だ」
握手を求めたつもりだが……アージェルは腕を掴んでくる……。
「今となってはあなただけが頼りだ……」
「……お互いにな」
ここから中心部までの距離はこれまでの約五倍、かなり厳しい道のりになるだろうが……やるしかないな。再装填を忘れずに……バックパックは置いていこう、重くて動作が鈍るし体力の消耗が激しくなる、アージェルも鎧を多少、捨てたか。やはり身軽な方がいいという判断だろう。
……よし、かなり軽くなった。アージェルは軽く飛び跳ねる。表情はさっきより強ばっていない、腹を括ったか……。
俺も……思ったよりは恐怖を感じていないな。できるできないではない、やるしかないんだ。
「よし、行くかっ……!」
「うんっ!」
来たドアからは出たくないな、通路の先にも別のドアがある、あそこから出てみよう……。
「よし、慎重に行くぞ……」
「うん……!」
ゆっくりと……ドアを開ける……。
「……大丈夫そう?」
「ああ……見たところ、何もいないようだ……」
それにしても……本当に代わり映えがしないな、壁には大きくF8と書かれているが……。
ともかく梯子を降りて進まないと……。
「下りたら左だよ」
「分かった」
なるべく音を立てず、通路の端を静かに進まないと……いやっ? 遠くを警備マシン? らしきものが横切っていった……! あれと鉢合わせたら本当に終わり……いや、あるいは利用できるか? うーん、ちょっと危険すぎて試せないな……。
「そこの突き当たりを右……」
こちらは方向的に蜂人間たちの縄張りに近いかも……と思った途端にこれだ、いるな、七……いや八人か、こちらの方向へとやってくる……。
「またあいつら……! 同じのかな? 仲間を呼んだのかも」
「静かに、まずはここに身を隠そう」
壁に若干の凹凸がある、貼りついていれば気づかずに通り過ぎて行くかもしれない……?
いやしかし、途中で気づかれて接近戦にでもなったらかなり危険だろう、どうするか……。
「この爆薬で一気にやれない?」
そうだな……逃げ回っていては目的地が遠ざかる、遠ざかればまた何かと出くわす確率が上がる……。ここはリスクを背負って攻勢に出た方が近道かもしれない……。
「……よし、やってみるか……。吹っ飛ばしたら横を駆け抜けよう」
「……やっつけないの?」
「爆薬でやれるならよし、やれないほど強靭な相手なら戦えないだろう?」
「うん……そうだね」
「よし、爆薬を一つくれ」
「うん……!」
やはりこちらへと来るな、あと十二メートル、十一、十……! この辺りか、着火だ……いけっ!
爆薬、奴らの足元に! 炸裂したっ……が! 奴らは転倒こそしたようだがまだ動いている、想定はしていたがかなり頑丈らしい!
そしてやはり! 奴らは人型の蜂、蜂人間だ! 槍の他に盾があった、他にも何かあるかもしれん……!
「予定どおり駆け抜けるぞっ!」
横を通るのは肝が冷えるがっ……! さすがに反撃はまだないか!
「次は……そこを右だよっ」
十字路の……右! だが? なんだあれはっ? 壁に大きな黒い染みが……!
「嫌な感じだな! 迂回路はっ?」
「……あるけど距離が増えるよ!」
くっ、やはり一筋縄じゃいかないか……!
「ただの汚れじゃないの? コゲとかコケとか、それにあいつらが追ってくるかも、さっさと通り抜けようよ……!」
「そうだな、行くしかないかっ!」
以前に火事でもあって焦げたか……いやっ? 違うぞっ、この黒いもの、まずい! うごめいている……!
こいつら、小さな虫の集まりだっ……!
「アージェ……」
おいっ、逃げるにしても戻るのかっ? 突き抜けた方が……くそっ追わないと、だが! 黒いのが、虫どもが追ってきたっ……!
ああくそっ、あれに捕まったら終わりだろう! 荷物を置いてきたのが幸いした、ぎりぎり追いつかれないかもしれない……つーかアージェルに追いついた!
「わああっ! 追ってきてるじゃないかっ!」
「お前っ、道を戻るんじゃねーよ!」
「だってウジャウジャしてるんだもんっ!」
「迂回路はっ?」
「右みぎみぎぃー!」
くそっ、けっきょく来た道を戻ってしまうか、さっきの蜂人間たちは……動いている、起き上がり始めている! 右折してさっさと逃げないと……って、くそっ! 前方にも蜂人間がっ! 四人、そのうち一人は騎兵のようだっ? でかい虫に股がっているっ!
「ううっ! どうするのっ?」
「とっ、突破するっ!」
「でっ、できるのっ?」
「やるしかない!」背後から黒いのが来ているしな!「アージェル、爆薬だ!」
「あわわ……」
よし着火、投げるっ……がっ?
「なっ……!」
一人が跳びっ、槍で弾いただとっ? 中空で爆発! しまった、あんなことをしてくる奴もいるのかっ!
奴ら、身構えた……! 逃げる? いや黒いものが背後より、退路はもうないっ……!
くそっ、もうやるしかない! 騎兵、単純に的がでかい、シューターなら当たるかも……いやっ? 馬になっているバッタ? のようなものから降りたっ?
「うおっ……?」
バッタ、槍で叩かれっ? 大きく飛び跳ねっ……この頭上を飛び越えて……あれっ? 迫っている蟲の絨毯の中へとっ……? 一気に、真っ黒い球体ができあがった……!
なに、なぜ馬を生贄に? 四人……奴らはひし形の陣形をとる!
黒い虫の群体はまだ球体化したままだ、つまり交戦のための時間を稼いだ……?
「やるぞアージェル……!」
「どどっ、どうしたらっ?」
「合図をする、俺の後ろに隠れながらそいつで奴らをぶん殴れ! 俺には構うな、思い切りやるんだっ!」
「ううっ……! いきなりでタイミング、合うかなっ?」
「合わないだろうさ! だから俺には構わなくていい、とにかくそいつで奴らをぶちのめしてやれ!」
「わ、わかった……!」
「いくぞっ……!」
奴らが走り出した、やはり陣形が崩れない、正面の奴が俺の相手を、同時に左右で挟撃、さらに後ろの奴がバックアップするといった形だろうかっ?
シューターだ、角度をつけて撃つっ! 撃てっ! さらに撃つっ……が、当たらない! かなり眼がいいな、しかし陣形がやや崩れたぞっ!
「上段に全力で薙げっ!」
「うっ、うああっ……!」
屈んだ上、右から左へ横薙ぎの一閃! 当たればよし、いや潜ったな……!
「くらぇい!」
その姿勢では対応が遅れるだろうっ? 刃を発射! 正面、腹に入った! よし次だっ!
「下段薙ぎっ!」
「あああっ……!」
左へと跳ぶっ! 下方をチェーンがはしったっ……受け身はいい、とにかく再装填だっ……よしっ、チェーンに足を取られたか、左の奴が転倒している! だが奥と右の奴がもうすぐそこに、まずい跳んだっ!
「うおおっ?」
転がれっ、槍がっ! かわせたっ? いやっ、そのまま刃がはしってくるっ! シューターで防御! なんとかできたっ……がっ?
「ぐうっ……!」
蹴りをくらった……! いやしかし、思ったより重くないっ?
「くそがよっ……!」
反撃だ、撃てっ! のけぞる、かわされたっ? この距離で、また槍がくる、だがこっちにはまだスティンガーがあるっ! 至近距離!
「うおおおっ……!」
刺さっ……いや逸らしたっ? 胸元を切り裂いただけかっ、だがまだ有利だっ、このまま返しで、シールドでぶん殴るっ……が! こいつっ、硬い! しかし体重、軽いっ! 吹っ飛んだ、効いたか? そうだアージェルッ?
「くくっ、くるなぁああっ!」
鎖を振り回している、リーチの差で向こうも攻めあぐねている? 今のうちにシューターを再装填……!
「うっ!」
下段の横薙ぎで転倒した奴が起き上がっているっ、 撃つか、当たるかっ? 見えている、奴らには! だがスティンガーだとリーチが不利だ、まず盾で受けないとならない、リスクがでかい……!
殴った奴の槍、落ちている、使うか? いや槍術はほとんど経験がない、拾う際も危険だ、わざと拾わせる、そういう兵法があった気がする、やはり……ゆっくりだ、ゆっくりと……アージェルと合流するんだ、向こうも同様に横歩きする、様子を窺っている……? アージェルに向かっていた奴が退がり始めた、腹と胸にくらわせた奴らはまだ動いている、だが立ち上がってはこない、都合……二対二の状況か……。
「アージェル……!」
無事のようだが肩で息をしている、全力で振り回し続けて疲弊している……。
「わかってる、やる……!」
よし、気概は失っていないか……!
「同様にいくぞっ! 上段!」
「とああっ!」
屈む、退がる、もしくは跳ぶっ?
「なっ……!」
槍で受け止めたっ? 鎖が槍に巻きついた!
「わっ!」
アージェル、引っ張られる、しかし堪えた! 二人はこう着状態、奴らの体重が軽い分、引っ張り合いはこちらに有利か? だが俺はどう動く?
……二人は綱引きをしている、踏ん張っている状態の相手になら俺の攻撃は当たるかもしれない、しかしその隙に俺が狙われるだろう、回避にしくじり俺がやられたらアージェル一人では……。
では正面の奴と真っ向勝負をする? だが綱引きをしている方が槍を手放し、二人同時にかかってくる、この場合がかなり危険だ、アージェルの助力も即座には期待できない、フレイルに槍がからみついているからな、それに対し奴らには素手でも鋭利な爪がある……。
どちらにしても奴らはこちらの動きに対応するだけで有利なわけか、だから急がない、様子見をしている、それに加え位置関係上、黒い蟲が動き出したらいち早く分かる点も有利だ、時間が経ってもいい……。
こいつら……思った以上に賢い、戦術、連携も見事だ……!
こうなったら……!
もはや、覚悟を決めるしかない……!
いくぞっ!
綱引きをしている奴を撃つっ……! ふりをしたと同時にもう一方が動いたっ、案の定かっ……!
「ぐうぅうううっ……!」
こっ……これしか、なかった……!
槍が……! 左腕を貫いている……が、止めたぞっ……!
「……ぅうううおおっ!」
引き抜こうとしているっ、だが遅いっ! シューター! 密着で撃つっ……! 柄で防御しても無駄だっ!
「くらぇいっ!」
当たった、胸部に命中! 蜂人間が倒れたっ……このまま畳みかけるっ……がっ?
「うわぁ!」
アージェルが転ぶっ、綱引きをしていた奴だ、傷ついた仲間を助け起こしたっ、そのまま後退していくっ……!
……まさかっ?
「まずい!」
後ろっ、黒い球が崩れている、蟲が動き出すっ……? しかも道の先っ……敵増援だとっ? 騎兵が数体、現れたっ……が、攻めてはこないっ? 仲間に手を貸しているっ? 跳ねながら撤退していく!
「……おいっ、急げっ!」
「ああ……ええっ?」蟲が動き出しているぞ!「わああっ、虫がぁーっ?」
とにかく走れ! 先は十字路、前方から光っ、出口? なわけがない、あるいは警備マシンかっ? どのみち右折しないと!
「ちっ……血が出ているよっ?」
「構うなっ! どこかドアや梯子でもないかっ?」
「……えっと、えっと……あった!」
ああっ、また梯子と上部のドアだ……!
「うっ……?」
ぐうぅ……何か、急に、めまいが……!
「早く、上らないと!」
あ、ああ……いそいで……だが、体に力が入らん……。
しかし、このままでは……上れ、上らないと……!
こ、根性を、入れろ……。
「早くはやく!」
アージェル、なんとか、引き上げてくれた……。
「どうしたのっ? 急いで!」
くそっ……血が、流れ過ぎたか……?
左手が、動かん……。
「……もう少し、がんばって! ほら、こっちだよ!」
ああ……。
ドアへと、どうにか……また逃げ込めた、か……。
しかし……。
……ちくしょう、さすがにきついな……。左腕だけじゃない……気づけば脇腹も、けっこう濡れている……。
槍をかすめていたか、あるいはあの蹴りか……。
「ちっ、治療しないと! 見せて!」
……しかし、アージェル、眉をしかめる……。
……そうか、ちょっとヤバいか……。
「まずは、止血しないと……!」
腰づけの小さな鞄、包帯と……すり鉢、何かの草、薬草かな……。すり始め……薬をつくったらしい……。
「染みるけど我慢して」
うっ……! あ、熱い……!
「……どう?」
「いてえ……し、なにか、気分が悪い……」
「出血によるもの……まさかっ?」
そう……あるいは……。
だから奴らは深追いせず、撤退した……?
「やばいぜ……時間が経つほどに、ここは、どこだ……?」
「ま、待って、確認する!」
吐き気が……頭が、視界がぐらぐらする……。
こいつは、マジでいかんかも、しれないな……。
「えっと……今はおそらく……ここか……。ほとんど近づいていないな……」
「……仕方ない、行くしかないさ……」
「でも……あっ?」
アージェルは……地図と周囲を交互に見やる……。
「……どうした?」
「……そこ、昇降機、かも?」
昇降機、か……。
「そう、か……。上にもいけるか……?」
いけるなら、お前だけでも脱出を……。
「……た、多分、いけると思う!」
おお、そいつはいい……。
……しかし、脱出するにしても、皆と一緒でなければ……。
「でも、まずは下の方がいいと思う!」
下……か。
遺物……。
……そうさな、上に出ても……都合よく、毒に効く薬草が生えている確率は、かなり低い……。
「そいつに、賭けるか……」
アージェルに引きずられ……昇降機へ……。
「動くかな?」
スイッチがある……。光っている……。
「ええっと……あっ?」
うう……? なんだ、妙な感覚……。
「動き出した、まだ何も触ってないのに!」
なに……?
「で、でも、下には向かってる……みたい」
「いったい何が……?」
「わからない……地下、十二階……!」
地下、十二階だと……? どこまで深いんだ……。
「でもきっと大丈夫……! ここはマインスカッフゆかりの場所なはずだから……」
ゆかりの……研究をしていたから……?
「私はここに、帰ってきたんだ!」
なに……?
「それは……?」
「レク、私もレクって呼んでいいよね?」
「ああ……」
「ありがとうレク! ぜったい助けるからね……!」
ああ……そうだと、いいな……。
『おかえりなさい、アルテミス』
うっ……?
……なんだ、どこからともなく、声が……?
『そうでしたね、アルテミス……』
これは、いったい……?
どういうことだ? アージェル……。
「ただいま……!」
……嬉しそうに、微笑んでいる……。
……アージェル……。