強者の振る舞い
確認はいらんだろう。
分かっている、お前もそうなのだと。
いざ尋常に、勝負!
また来たこの橋、この森、この山道、いざやってくるとビビりもなりを潜めるのが我ながら意外なもんだ、あの狼はまだこの辺りにいるんだろうか? 以前とは裏腹に何も出てこないが……。
「意外と静かだな……」
「道中が常に騒がしいとは限らんよ」
大樹にからまった巨大な骸骨の姿が見える。やや時が経っているとはいえ、あの猛烈な戦いの名残はほとんどないな。土壁の名残で多少の隆起があるだけだ。
……そういやあいつ、マッドツリーか、あいつは……まあ、同じところにいるわな。なるほど、よく見れば目玉のような実が枝からぶらさがって……なんかじっとこっちを見ている、ような?
「よう、今日は何もしてこないのか?」
おっ……なにやら口をモゴモゴ、少し動かしたか? でも仕掛けてくるわけでもないようだ、バレている相手には襲いかかってこないのかな?
「あれと意思の疎通はできんよ」
「ああ……ただの挨拶だよ、なんとなくね」
さあ、広場の先は未知の領域だ……といってもぱっと見ただの林道だ、しばらくは代わり映えのしない景色が続きそうな雰囲気……いや? 遠目より何か来ている、ような……?
「何だ? 何かが……?」
「ハイイロ、ニゲテル」
アリャが手庇で凝視している、見えるのか?
「ウシロ、ケモノイル」
「灰色の連中、獣に追われている……?」
「むう、隠れてやり過ごすのが得策であろうな」
えっ……?
「た、助けないのか?」
「それは同時に自身を危険に晒すということであるぞ。我々にそのような余裕があるのかね?」
そ、それは、そうだが……。
「レクさん」エリだ「私は、構いません」
「エリ……」
「ケモノ、ブチコロース!」
アリャもやる気、か……。
「道すがらだ、助けよう! ワルド、手伝ってくれるかい?」
「……君の手伝いならば無論だ。だが深追いはせんぞ」
「よし、行こうっ!」
俺だって無闇に戦いたくなんかないが見殺しってのも後味が悪いだろう、そして見えてきたぞ、逃げ惑う灰色の兵士たち、そしてその背後に迫るは……魔物図鑑でちらっと見た気がする巨大ムカデだな、確か……レッドソーだ!
つーかマジでクソみたいにでかいぞ! ざっと馬よりでかい! しかも灰色の連中が邪魔で撃てないし……!
「おいっ! 道の端を走れっ!」
「たっ、助けっ……助けてくれぇっ……!」
だめか、動揺して半ば錯乱状態だ、依然として道の真ん中を走ってくる……って、何だっ? ムカデが輪の形で回転を始めたっ? 速い、高速で渦を巻きながら、加速してくるだとっ?
「マジかよっ?」
だからソー、のこぎりってか!
「マカセロッ!」
木の上のアリャが射る、ムカデの回転が崩れたっ、すげぇ! 螺旋状に吹っ飛んで樹木に激突しやがったぞ! だがまだくたばっちゃいないだろうな、というか何かが急速に接近しつつある、ようなっ? まさか新手か、右前方に複数、加えて左から……エリの鳥が飛んでいる……!
「右前方と左からも何か来るぞっ?」
羽音が聞こえてくる、やはり左側よりカニヴァービートルが一匹、やってくる! 訓練は充分にした、よく狙えば……当たるはずだっ……!
「いけいっ!」
真っ直ぐ、当たる! 甲虫が吹っ飛んだっ、一匹撃破だ……! よし再装填、次はレッドソーだな、奴はゆっくりと道へ這い出してきている、また回転を始めそうな雰囲気か……! その前に先手を取る!
「くらえぃ!」
よし、今度も当たる……どころかムカデの胴体を千切り飛ばしたっ……? うおお、思った以上の威力だな……!
「よし、やったか!」
……いや、まだだとっ? なんて生命力だ、三分の一の体でも元気に這ってきやがる! さらに装填、撃つ……前にアリャの矢だ、奴の頭に二本目が突き刺さる……!
さすがに終わったか? だがまだ不気味に動いている、ずいぶんしぶとい奴だ、まあムカデだしな、そのくらいの……って、ワルドの火炎放射だ……!
……あれは、さすがに終わったか、というか……なんか妙に香ばしい匂いが立ちこめ始めた……。
あとは右手前方よりの脅威だが、いつの間にやら排除されたらしい。矢が突き刺さった甲虫三匹の死骸が落ちている。
「終わった、か……」
よし、新たなシューターもしっかり通じるな……! 前の戦いと比べたらそう焦りもしなかった。いい感じだ……っと、
「おっ、ありがとう」
アリャがシューターの刃を回収してくれた、五十枚しかないからな、大事にしないと。
「コレ、ナクナル、ヤバイ」
「そうそう、超ヤバいんだよ」
でもムカデの体液がついているし……ちゃんと刃を拭いておかないと……って、そうだ、灰色の連中は無事か? ああ、道端に四人、固まって座り込んでいるな。
「おい、あんたら大丈夫か?」
「ああ……いや……二人やられた……」男は俺を見上げる「しまった、荷台だけでも回収しないと……! 馬は……?」
なるほど、遠くにそれらしいものが見えるような……。
「……それにしても、お前たち、強いな……。すまないが宿まで護衛してくれないか……?」
「断る」おっとワルドだ「そのような要求をのんでおるとキリがないのでな。そして忠告をするが、もし無事に戻れたのなら撤退を進言するのだ。その様子ではいたずらに死者を増やすのみであろう」
「そういう訳にもいかん……。我々はあの砦を護るという重要任務があるのだ……」
「砦だと? 馬鹿なことを……」ワルドはうなる「際限なく魔物が押し寄せてくるぞ……!」
「だからこそ、我々は補給物資を届けねば……」
「その体たらくで運搬を続けられるのかね?」
うーん、ワルドの言い分はもっともなのかもしれないが……手を貸した手前、ここで放り投げるのもな……。
「セイントバードならば」エリだ「先へと進みつつ、みなさまをお護りすることができます」
「むっ、護衛するといったかね? それはいかんぞ、遠く離れてゆく対象に……しかも四人分であろう、消耗が激しくなるは必至、容認することはできん」
「体力を失うと? それは覚悟の上ですが……」
「使命感の問題ではない、仲間の安全が最優先であるという話だ。取捨選択を間違えてはならん」
ああ……また二人が対峙し始めちゃったよ。
「おいおい二人とも……」
「……いえ、私のわがままなのでしょう、ね……」
だが、エリが折れたな……。
「今の私にできることは限られているのですから……」
……といいつつ、それでも二羽は貸すつもりらしい? 折れたんじゃないのか? ワルドが露骨にうなってみせる……。
「ま、まあまあ、ともかく行動は迅速に行おう、さっさと荷台を回収するんだ。道はここまで平穏だったし、今なら安全に戻れるかもしれない」
あまり議論をしている時間はない、同じ場所に留まっていること自体がリスクになり得るらしいしな。
「まずは荷台だ、回収物があるんだろう?」
だが……ああ、これはひどい……! 首がない、胴体が分離している、悲惨な死体が転がっている……。さらに足が二本、欠損した馬も道の端に転がっている……。おそらくレッドソーの回転攻撃に巻き込まれたんだろう……。
荷台は倒れてところどころ破損しているようだが……まあぎりぎり動かせられる、かな……?
「さあ、急ぐのだ。血の匂いで魔物が集まってくるぞ」
確かに……何だろうこの感覚、予感……? うっすらと気配を感じるような……勘違いならいいんだが……。
「ああ、多分だが妙な気配がある、すぐに行った方がいい」
だが兵士たちは動かない、仲間の死体を前に身を強ばらせている、仕方のないことだろうが……。
「辛かろうが、ほら、さっさと動かないと……」
まだ動かないな、このままでは危ないぞ。
「……聞こえているかっ? おいっ、ここはヤバそうなんだって……!」
「あっ? ああ……!」
ようやく我に返ったらしい、急いで荷台を起こして……死体をも回収するのか?
「やめんか」ワルドだ「いったであろう、血の匂いで魔物が集まってくると。死体は捨て置くのだ」
「し、しかし……」
「置いて、さっさとゆけっ! これ以上は助けんぞ!」
ワルドの怒声に背中を叩かれ、彼らは急いで荷台を押していく……。
「よし、我々も急いでここを離れよう」
ちょっと厳しかったかもしれないが、ワルドの言い分は絶対に正しいだろう。血の匂いがする死体を乗せていった場合、危険度は跳ね上がるに違いない。そもそも荷台すら捨てていった方がよかったかと思うが……と、アリャの体当たりだ。
「レク、ケハイ、ワカル?」
「気配が、分かる……?」
ああ……いや、半信半疑かな……?
「なるほど、そういえば先ほど襲撃の方角を当てておったな」ワルドだ「そういうタイプはままおる、私のような魔術体系の者には少ないがね」
「へえ? そうなのか」
なんか得手不得手の傾向みたいなものでもあるのかね……というかアリャ、ひっきりなしに辺りを駆け回り、葉っぱや木の実をちぎっているな。
「それらが薬草?」
「ソウ!」
軽い怪我や腹痛などはなるべく薬草で処置をするという方針で決まったからな。エリの治癒はあくまで緊急事態のためだ。
……それはそうと、ここいらの生態系はどうなっているんだ? 一見はただの森だが樹々はどれも平均よりかなりでかい気がするし、そこらに生えている草花も……そうさな、少なくとも俺には見覚えがない。
「この樹って……なんて樹か分かる?」
「キ、ナマエ? ゥニャッダ」
「ウニャッ……ダ?」
「ゥニャッダ」
セルフィン語なんだろうが難しいな、柔らかいニャ系の音が真似できない……。
「エリ、こういう樹ってこれまで見たことある?」
「あるような、ないような……」エリは首をかしげる「レジーマルカにも巨木は多いのですが、この地の樹木は輪にかけて大きいですね」
「樫の類とは聞いたことがあるが」ワルドだ「この辺りの植生は不明なものが多いな」
「へええ……」
そういや学者なんかは見かけないな? 研究の宝庫だろうにな。
「なかには金属に似た性質の樹木もあるというがな」
「へえ、金属のようなねぇ……」
まあとんでもない獣だらけだし、植物だって相応に風変わりなんだろうな。
……とかいってる間に……これは? 結構な数の気配……を感じるような……?
「多くの気配が……ある、ような?」
「うむ、そろそろ砦も近かろう」
「そういや砦って、いったい何の砦?」
「分からんが、二百年ほど前のものらしい。かなり堅牢な造りであるとされているが、篭城は自殺行為であろうな」
かえって危険な場所になりかねないし、そもそも奴らが俺たちに友好的かも分からないからな、砦にはあまり近寄らない方がいいだろう……っと、何だ? 後方から何かが接近してくるような?
「ナンカ、クル」
「ああ……来るな」
遠目に豆粒くらいの影がある。
「……ケモノ、チガウ。アイツ、マエ、ミタヤツ」
前に見た奴だって……? ああ、豆粒が人影に見えてきた、速いな、ものすごい勢いで走って来ている……が、ああ、確かに見た顔だ。
「スクラトか、単身でか?」
姿がよりはっきりしてくる、間違いない、あの大剣の男だ。手を大きく振っているなぁ……。
「よおお! 奇遇だなっ!」スクラトは砂煙を上げながら足を止めた「何だなんだ、あんたらも砦狙いかっ?」
「い、いや、なんか悶着あったら嫌だし、むしろ避けようと思っているんだ……そうだよな?」
ワルドははっきりと頷き、
「うむ、避けて迂回する」
「そうか! いや、あんたらけっこう強そうだからな、獲物が減っちまうんじゃないかと危惧しちまったよ!」
ぐはは! とスクラトは笑い、
「じゃあー俺、急ぐからっ!」
また猛烈な勢いで走っていく……。その背にはやはり巨大な剣、あんな鉄の塊を背負って走り続けられるとは、一体どんな体力をしているんだよ。
「わざわざ死地へと向かうか。長生きできぬな」
……どうだろうか。確かにレッドソー一匹にしたって接近戦は危険すぎると分かるが、スクラトはあの状況から平然と戻ってきたような奴だしな。
……それにしても、すごい気配だ、砦が近いことが分かる、いや、それどころか喧騒が聞こえてくる……! これはあれだ、またも戦争状態になっている感じのやつじゃないかっ……?
「……ワルド」
「うむ」
「かなりヤバそうだな、そろそろ迂回し始めた方がいいと思うぜ……」
「そうしよう。しかし、あまり森の奥に入るのも危険やもしれん、道を見失わぬようにせんとな」
道を右手へと外れよう、こちらの方が傾斜が強いくさいし、砦を見下ろせるルートを選んだ方が安全かもしれない。
しかし、植物が妙に湿っていてやや滑るな……いつの間にやら変な毛虫が足にひっついている……傾斜が強くなってきた、手を使う必要があるほどに……バックパックのぶん背が重いんだ、後ろに倒れないように気をつけないと……それに、
「エリ、大丈夫かい?」
「はい……問題、ありません……」
楽ではないようだが、大丈夫そうだな。彼女もここまで旅をしてきたんだ、体力は相応にあって当然か。
さあ、そろそろ傾斜を上り切るぞ、左手がいつの間にか崖じみた坂になっている、そのさらに下方に石の壁が見えるな、その先には例の砦だろう、巨大な建造物が道を埋めている、まるで関所のように……。
「まさか奴ら、関所を設けて検問でもする気じゃないだろうな?」
「……むう、あり得ぬ話ではないな」
妙だと思ったんだ、ここは宿からさして離れていないし、宿よりはるかに危険な場所だ……メリットとデメリットが何だか釣り合っていないような……。
「ムゥー! アレ!」
うっ、たくさんの白い姿、ツィンジィではない、あの凶賊たちだ、数十はいる……森からわき出し、その数を増やしている、砦の方へ流れている、それに対抗するように灰色の兵士たちもぞろぞろ出てきたぞ……!
雄叫びが一つ上がり、凶賊の集団が砦へと駆け出したっ……あいつらっ? あれは銃かっ? ライフル? 銃を持っている奴が多数いる! それに立ち塞がるは灰色の重武装兵、でかい盾を構えて真っ向から衝突するがっ……!
「なんということでしょう……」
灰色の軍勢がさっそく押され気味だ……! 徐々に後退していく……し、その機を逃さず凶賊の勢いはさらに増していく……! 奴らの後方支援が強いんだ、あれは何だっ……? 大砲? 上方に撃っては放物線を描いて敵陣に着弾、爆発している! あんな兵器があるのかっ……!
以前には無かったものが投入されている、だがなぜだ? なぜあのときは剣や弩で戦っていた? 灰色の軍勢も負けじと銃撃で応戦している、魔術で火球を放ったりもしているが……! それでも押され気味だ!
「おいおい……やはり戦争状態じゃないか……!」
「ニェエッ……チョー、ヤバイ!」
「……思った以上に危険な状況であるな、さっさとゆこう」
くそっ、劣勢が覆る兆候はまるでない……が、一人……あれはスクラトだっ? 砦の屋上に仁王立ちして戦況を見物している……!
「ヤバい、なんであいつ、あんな見つかりそうなところに……!」
軽武装の白い集団が砦へとなだれ込んだっ! ということは……ああ、やはり! さして間を置かずスクラトも囲まれちまった……! が、当の本人は逃げるそぶりも見せない、どころか! 大剣で襲撃者たちをあっという間に蹴散らしたぞっ……!
「マジかよ、単身でやるつもりなのかっ?」
屋上より飛び降りっ、凶賊たちに突撃しやがったっ……! 矢をかいくぐり、銃弾も当たっていないようだっ!
「ぐはははははっ!」
スクラトの笑い声がここまで響く、凶賊たちが両断されていくっ! 血や臓物がっ……辺りに飛び散ったっ……! ものの数秒で無残な死体が多数、散らばった、が……。
「……嘘だろ? 何なんだ、あの強さは……!」
確かに太い腕と剣を持つ男だが……それにしても強すぎる! 大剣が旋風のごとく暴れ狂う、凶賊たちの首が、手が、胴体が宙を舞う、何十もの数がいたはずなのに、あっという間に大半が無残な死体へと変わった……! スクラトが、死体の中心で真っ赤な笑い声を上げている……。
「なんて力だ……。しかしなるほど、あれほど強いなら先の戦いでしんがりをつとめて生還できるわけだ……」
「……戦況を黙って眺めておったのも同様であるな」
「なに?」
「あの時、茂みに何者かがおったのだ。隠れおおせておるのだと思い放っておいたが、終盤に動きだしたことは覚えておる。その後の動向は追っていないがな、もしあやつだとするなら……」
「……それは、つまり傍観していたと? みながやられているのに……?」
「戦狂いに敵味方の区別などあるまい」
馬鹿な……そんなことが? いや、いや……何か理由があったのかもしれない、というかあくまで憶測の話だろう?
「ともかく、彼らにとっては救世主さ……」
生き残りがいればな……。
「なあエリ……エリッ?」
エリがっ? 汗だくだ……!
「おいエリッ?」
「い、いいえ……ええ、大丈夫です……」
いやっ、まるでそんな風には見えないがっ?
「ぬう、先の戦いの恐怖を呼び起こしたか? さっさとゆこう」
そうか、ひどい戦いだったものな……。
「よしエリ、つかまって、さっさとここを離れ……」
いやっ……待て! これはっ? 妙に強い気配が急激に接近してくるっ、ようなっ……?
「むっ、この音はっ?」
「ニェエッ?」
「近いぞっ、すぐ目の前だっ……!」
眼前だ、右手の茂みからっ、巨漢だっ? 巨漢が現れたっ……! しかもあの凶賊たちと同種の……!
でかい、ゆうに二メートルはある背丈、視線はこちらへ……!
くそっ、なんだいきなり、こんな凶運……! 無闇に動けん、巨漢もまた俺たちを見据えて動かない……!
右手には馬をも両断できそうな馬鹿でかい斧槍、距離的には一振りでこちらに届きそうだが、周囲で密集している樹木がそれを容易にはさせないか? あるいは、この状況ではこちらが有利……?
エリの鳥が飛んでいる、しかしそれはかえって刺激してしまわないかっ? 巨漢の目、鳥を追っている、白服じゃないな? 凶賊たちとは装いが違う、筋肉を模した金属の鎧、頭には赤い布、顔はそう……人間だ、むしろ愛嬌のある容姿だ、顎髭が茶色く茂っているものの若く見える、耳の形状などを含めて強いていえば豚に似ていなくもないが、やはり人間だ、眼差しに知性がある……!
だがその表情からして友好的とは思えない、このまま膠着している訳にもいかない、一か八か交渉してみるしかない……? ああ、こいつとやり合うのはよくない、かなりヤバいだろう……!
「……俺たちは、ここを通り抜けたいだけだ」
巨漢はふと俺を見やった……。射抜くような視線だが、敵意や悪意があるようには見えない……?
「やり合うつもりはない……先へと行ってくれ」
俺たちの言葉が通じるのかは分からない、だが何も発しないよりはマシだろう、声音だけでも敵対者ではないと伝えられるはずだし、先へと促すジェスチャーだって通じるはず……っと! 巨漢が動いたっ……? が一歩、後退しただけだ……?
な、なぜ退がる……って、ああそうか、背後からの強襲を懸念したか? 確かに、その可能性を考慮するのは当然か……!
だが、くそ……! 都合の悪いことに左手は崖めいた下り坂だ、だからといって、このまま奴の眼前を通れるかっ? あるいは俺たちを試している? くそっ、可能性ならばいくらでもあるが……!
「まず、俺が行く……」
「正気かねっ?」
ワルドは反対だろうが、ここは行かねばならないだろう、なんせ道を譲ってくれたんだ、譲歩されている、礼儀がある、戦いを避けることができるかもしれない……!
「……レクッ」
ワルドの声が止めろと背中を叩く……が、仕方ないさ……。
……俺は行く!
「悪いな、通るよ……」
ぐっ……うぅ……! 近い、俺よりはるかにでかい図体、しかも異人種……! エリの鳥が飛んでいる、だから大丈夫、だがっ……この距離は、あまりに……!
……汗が滲む、心臓が激しく波打つ、だが平然を装わなければならない、俺とお前の間に危機はない、そう信じる、そうだ、これは信じる戦い……!
……真横っ! 熱い! こいつの体温かっ、明らかな臨戦態勢、だがっ……俺は平静を……平然を……装い切る……!
装い切って、通過するっ……!
ああ、通った……ぞっ? 何も、起きなかったっ……!
何もだ、振り返っても、何ら、奴は動いていない……!
おかしいな、何がおかしいって確信していることがだ、あいつは手を出さない、こちらから出さねば出さない、根拠はないが……そう、俺はもはや信じている、信じ勝っている……!
……っとエリが、事も無げにすっとこちらへやってきた、一礼して、まるで日常で人とすれ違うように……。
「ツヨイ、ギマ! コレヤル」
ええっ? アリャがなんか飴玉の袋を取り出し、奴に勧めただとっ? マジかよあいつっ……?
巨漢は……黙って袋に手を突っ込み、飴玉を頬張ったっ? おいおいおい、そういうのありかっ?
最後に残ったワルドも……多分、ため息をついた? やれやれといわんばかりだ、こちらへとやってきた……。
「それじゃあ、な……」
よ、よし、とにかく動くぞ……! 巨漢を背に、先へと進む……! みんなも、後に続いてくる……と! 巨漢も動いたかっ、振り返ると坂を下っていく姿が見える……!
ああ、ああ……! た、助かった……! なんとか切り抜けたぞ……!
「うおお、ヤバかった……!」
「まったくだ! 危ない橋であったぞ……!」
「敵意はありませんでしたよ」
「ニェッ!」
ああくそ、冷や汗でぐっしょりな感じ……!
「びびったぜ、なんだってあんな、急に現れてさぁ……!」
「分かっておるのかねっ?」
あいった、ワルドに杖で小突かれた……。
「あのような危険を冒す意義があるかねっ?」
「ありましたとも」おっとエリだ「こちらから手を出せば間違いなく交戦状態になったはずです。あれは勇敢で穏健な行動でした」
「ぬうっ、だがそれは結果論であろうっ?」
「待てまて……」
今こんなところで言い合いはマズい、さっさと……。
「シタ、タタカイ、ハジマル……!」
なにっ? マジだ、スクラトとさっきの巨漢、血の海の中、両者はすでに対峙している……! あいつ、あの巨漢と相見えるつもりかっ……?
「てめぇ、少しはやるんだろうなぁ!」
その言葉に巨漢は……斧槍の強振で応えたっ……が! スクラトは潜っている! がら空きの腹部を大剣が狙うっ……いやっ? 何だっ? 逆にスクラトが真横に吹っ飛んでいったっ……?
よ、よく見えなかったが、おそらく斧槍を一瞬で持ち替え……逆方向に払ったのではっ……?
「あいつっ……ヤバいぜ……!」
あんな一撃をもらったんだ、終わり……かと思えば、すぐに体勢を立て直した、まだ戦えるのかよっ?
それにしてもあの巨漢……ただの怪力無双ではないな、振った直後の斧槍をとっさに持ち替え逆方向に振り直すなどそうそうできることではない、当たったのはおそらく柄の部分だろう、潜ったぶん斧の部分から外れたんだ、そうでなければ今頃、あいつは真っ二つになっていたはず……!
「ほっほぉーう! やるじゃねーか!」
まだやれるのか、というか効いていないのかっ? 柄の部分とはいえ、いかにも剛力での一撃だった、相当な威力のはずだが……!
スクラトは前傾姿勢で駆け出す、あくまで真っ向勝負するつもりかっ? そこにまたも巨漢の強振……!
「うおらぁっ!」
うっお、大剣で弾き返したっ? マジかよ、あの図体が繰り出した一撃だぞっ? だが斧槍が腕を基軸に回転している、今度は突く動き! かわされるとさらに払う! スクラトはどれも軽妙にかわしているが、やはりあの巨漢、槍術か何かの凄腕くさいぞ!
「ぐはは、いい……ぞぉっ!」
スクラトが大きく振り被る! 大剣と斧槍が衝突したっ、甲高い衝撃音っ! 両者はすぐさま態勢を立て直し、またぶつかり合ったっ……直後にさらにまたっ……!
凄まじい応酬だ! 徐々に速度が上がっていく、金属音が連なり、ついに火花が飛び散り始めるっ! 巨漢は吼え、スクラトは笑いやがる……!
「し、信じられん、あいつら化物かよ……!」
過密な空間が幾度も輝く、二匹のけだものが鋼の牙で噛み合っている! あまりの光景に……魅入ってしまう……1
「すっげぇ……!」
しかし……その均衡は徐々に崩れていき、やがて巨漢の防戦となっていく……!
「マジかよ、圧し勝っているぜっ……!」
「いえ、何か妙ですっ……」
えっ、いったい何が……ああっ? スクラトの大振りがいなされ、急接近される、間髪入れずに蹴りが襲いかかったっ! スクラトはかろうじて腕で防御するが、体勢は崩れている! そこで巨漢が跳んだっ!
「オオオッ! 食らェエィ!」
一直線の振り下ろし!
「しゃらくせェエエッ!」
ひと際、大きい音を立てっ……! 大剣の刃が宙を舞った……折れたかっ! そこに畳み掛けの横一閃っ、ヤバいっ……! いやっ? 仰け反ったスクラトの上を通過した……!
「ちぃっ……きしょおォオオガアァッ!」
うっ? 巨漢の動きが一瞬止まっ……何だっ? 何か飛んでっ……落ちた?
……いっ……いやっ……!
あ、あれは……。
……巨漢の、首だ……。
……ああ、血しぶきが上がっている……体躯が血の海に沈んでいく……。
……なんだ? 何をした? スクラト、手に何も持っていない、まさか、折れた剣を投げて首を飛ばしたのか……?
「てめェエッ! ブッ壊しやがってェエエッ!」
スッ……スクラトのやつ、死体に蹴りを入れていやがる……!
「クソブタヤローガアァッ!」
今度は頭までも蹴り上げやがった……が……。
……ちくしょう、こいつは、何なんだ?
スクラトが……あるいはこっち側が勝利したというのに……くそっ、なんだか気分が悪いぜ……!
「くっそぉー……いい剣だったのによぉー……! また頑丈なやつ探さねぇーと……おっ?」
……どうやら、巨漢の斧槍をお気に召したらしい。
「あっ、これいいじゃねーか! あれをブッ壊したんだもんな! ごめんごめん、蹴ったりしてよ! やった、こいつは強そうだぜ! ヒャッホォオオォウ!」
途端にご満悦かよ、意気揚々と砦へ……。凶賊たちは全滅したのか撤退したのか、一人も見当たらない……。
「くだらぬ」ワルドは吐き捨てる「ゆこう」
「アイツ……!」アリャは立腹している「アタマ、ヘン!」
「やはり……」エリも眉をひそめる「ですが、砦の……」
「話にならぬ」ワルドが遮った「その都度なぜかも問うてくれるな。ゆくぞ」
エリは不服そうだが……砦の内部は蹂躙された後だろうな。あるいは全滅しており残ったのはスクラトだけ……いいや、やめよう。自分たちの冒険に集中するべきだ。
……だが……。
「……なあ、さっきの戦いだが……あの巨漢、最後の方で喋っていなかったか……?」
「むう……? どうかな」
「くらえ、みたいなこと、いっていたよな……?」
「……そう、なのですか? ええ、何らかの言葉を発していたようには思えますが……」
うーん、俺の聞き間違えか? でも……あるいは本当にそうだったら? 言葉が通じていて、思った以上に意思の疎通が可能な相手だったら……?
だからこその、このムカつきなのか……。
……いいや、やはりやめよう。俺たちは自分たちのことで精一杯のはずだ。この一瞬ですらまるで安全ではないのだから……。