出発
よし、行くぞ!
行く……!
……行きますよぉー……!
いいぞ……! 今度も的のど真ん中に命中だ!
撃った数もそろそろ千発近いだろうしな、具体的な数は実際よく分からなくなったが……まあ、明日あたりで終わりにしていいんじゃないかな、当初よりだいぶ疲れ難くなってきたし、多分いいだろう……とか思っている間に熊みたいなシルエットがやってきたな。
「よおっ! 経過はどうだっ?」
「ほぼ終わったよ」おそらくな「そろそろ千発のはずだ」
「よおしっ! じゃあ、こいつもくれてやるぜっ!」
何を、これって……手甲? けっこうゴツいな、ちょっとした盾のようでもあるか。
「防具を?」
「いやっ、こいつはランタンシィールドだっ! 内蔵されとる刃が電撃でズギャリと可動するんだっ! 接近戦で使えっ!」
き、近接武器だって……?
「マジかよ、このシューターだって反動がヤバいから銃床がついているって話だったろ」
「でもおめぇっ、もし近づかれたら死ぬだろっ! こいつは奥の手だぜっ!」
「まあ、奥の手なら……」
多少、反動がキツくても仕方ないかもな? 接近戦は想定していないが、向こうでは不測の事態も多いだろう、こういう装備も必要かもしれない。
「本来なら銃剣のようにしてそっちにまとめたかったがなっ! 機構が干渉しちまうからよっ!」
「でもいいのかい、遺物は二つ目だろう?」
「まだあるからそこは気にすんなっ! いや気にしろっ、サンキューと思えっ!」
「サ、サンキュー……」
「じゃあ、ちょっとやってみろっ! しっかり固定して使えよ!」
盾でもあるせいか少々重いな。重量はなるべく少ない方がいいんだが……。
「いいかっ! ここのベルトで前腕に固定、必要になったらここの取っ手をこう、握れるよう動かしてよ、準備態勢を整えるんだっ! その際にはこの金具をよ、そのベルト部分にでもつけておいてよ、シューターは横にやっとけ!」
なるほど、けっこう機敏にスイッチできるわけだな。この辺りの気配りはさすがグリンって感じだ。見た目はちょっとした熊なのにな。
「おし、こいつは全力でバチッとやってみろっ! 気前よくなっ! その握ってる取っ手に電撃をくらわせるんだっ!」
そもそも基本わりと全力だがな。細かい調整とかできねぇーし……。
「じゃあ、やってみるけれど……」
ほんと俺っていい実験台だよなぁ。まあ代金を要求されない分、依頼には応えないとならないけれどさ。
「どうしたっ! 早くやれやっ!」
「はいはいよ」
ええっと、殴るのに合わせてバチッとやるみたいな感じかな?
「よし……!」
ブン殴る形に合わせてぇっ……! 電撃ぃいっ……だっ! がぁあああっ……?
「……ぁああっ、あいっ……!」
……ってぇ! あいって痛って! かっ、可動の勢い強えぇよ……! 伸ばした肘がさらなる領域へと挑戦しやがったぞっ……?
「おいおいっ! 大丈夫かよマヌケッ!」
「ああっ、ちょっとえらく痛いだけだ……!」
「あらあらあら!」
……ううっ?
な、なんかすげぇ都合よくエリがやって来たがっ?
「お肘が砕けましたかっ?」
いやっ、そこまでじゃあないがっ……?
「か、軽く……やらかしちゃってさ……!」
「いま治療いたしましょう」
あいててて、ちょっと触られるだけでも痛い! 痛いが……? 痛くなくなってきた……な、ああ……すごい! エリが手を当てるだけで……痛みがどんどん引いていくぞ……!
「おおっ、魔術ってやつか!」なんかグリンが食いついてきた「つーか魔術ってそこらの獣どもにも使えるもんなのかよっ?」
「さっ、さあ、どうなのでしょう……?」
獣が魔術を? 使えるわけがないと思うが……。
……いや、しかし、エリは否定しないな……?
「まさか、使うやつとかいたりするの……?」
エリはうなり、
「……魔術は感覚的なものですから、なんとも……」
そうか、そうだな? 確かに……断定はできないか。
「ブレードくらわしてもすぐ治っちまったら困るなっははは!」
おいおい、そんなの笑い事じゃ済まねぇんだが?
「それはそうとマジですごいよ、痛みがどんどんなくなっていく……!」
「ええ、完了したと思います」
もうか! ……確かに、動かしてもまるで痛みがないぞ……!
「完治だ、ありがとう! すぐ側にいてくれて助かったよ」
「ええ……たまたまですとも」
……つーかこの手甲みたいなの、刃の部分が出ていなくねぇ?
「おいこれ、刃が飛び出ていないんじゃないか……?」
「おめぇが見てなかっただけだろっ! ちゃんとズギャッ! って出てたぜっ!」
そう、なのか? じゃあ自動で戻る仕掛けなのか。
「出てなかったらそのヤワな肘だってぶっ壊れなかったろ!」
「ヤ、ヤワじゃねーし!」
「次は根性入れてやるんだな! せっかく滅多刺しにできるように作ったんだからよっ!」
そうか、自動で戻るってことは連続使用も可能なのか。
「しかし、この衝撃を連続はきついんじゃないか?」
「んなのおめぇ次第だろうがよっ! だがっ、これで至近距離でも安心だろっ?」
「ああ、それはそうだな……ありがとよ」
「だっろぉっ! 俺さまがここまでやってやったんだっ! てめぇ、簡単にくたばったら絞首刑だからなっ! じゃあ、そいつの試験もついでにやっとけやっ!」
くたばった後に絞首刑とはこれいかに。
まあいいや、それでこの手甲みたいなの……ランタンシールドだったか……いや、名づけてブレイドスティンガー……だな! うん、気に入ったぞ! よぉし、今度はこいつの練習だ!
……なんて思っていたものの、何回かやったらもう腕が痛ぇでやんの……。シューターと違ってわりと直だからな、衝撃がなかなかに凄いぞこいつは……! 日も少し傾いてきたし、今日はもうこのくらいでいいや……。
「あら、お帰りですか?」
「うん、そろそろ戻るよ」
エリの周囲では輝く小鳥がふらふらしているが、出しっ放しで疲れないのか? こちとらバチバチやるだけでクタクタだよ。
「……そろそろ出発ですね」呟くような声だ「レクさんはどの辺りまで進む予定なのですか?」
どこまでか……。
「うーん、分からないな」だからこそだ「……悪いな、何も決まっていないんだ。俺は君たちとは違って……いい加減だからね」
「あてもないことがですか? それは同じです、私だって……」
「え、でも君にはリザレクションという目的が……」
「恐ろしいとは思いませんか? 存在するかも分からないものを求め、闇雲に進もうとする事が、です……」
そりゃあ……でも、
「……どうしてだい? 情報が少ないんだ、闇雲になるのは仕方がないじゃないか」
「そう、ですね……。ですが私は……」
エリはそのまま言い淀んでしまったが……何だ? いったい何がいいたいんだ……?
「よいと思います、目的などない方が。怖い、危ないと思えたらいつでも踵を返せるのですから。その際にはお供いたしましょう。帰り道も危険が多いでしょうし」
ええ? いや、しかし……。
「そんな、面倒をかけるわけには……」
「むしろ、そういったことに期待をしているのかもしれません……。何かを求めて進むことは当然のことでしょうか? それは本当に前進なのでしょうか? 変化はあるでしょうが、よい変化でしょうか? 私はこの地が……」
この地が……?
次ぐ、言葉はまたもない……。
「……君は、自分の意思では戻ってこれないって……?」
「ええ……きっと私は闇雲に進み続けます。そしてそれはワルドさんも同じだと思います。もしかしたらアリャも……」
そんな……?
「君は、いっていることがおかしいぞ」
「そうでしょうとも」
……何が、なぜだ?
自分の意思では戻れない?
俺のいい加減さ、あるいは意気地のなさに頼っている?
責任感? 罪悪感……。でもワルドたちも、とは?
「エリ、君には……」
……っと、話しているうちに着いてしまったか。ラウンジはいつもの喧騒に包まれている、白や灰色の連中がいなくなったからな。奥の指定席にもワルドたちの姿がある。
「ほう、ランタンシールドとはな」
なにやら紅茶をすすっているが、飲むたびにカップが半分、闇に取り込まれるのでちょっと不思議な光景だな。
「そう、グリンがおまけに作ってくれてね、シューターの方と同様に電撃で刃が飛び出すんだ」
「オオー、カッコイイ!」
「そうだろー、この内蔵されているでかい刃がズギャッと突き出るんだぜ!」
「しかし、反動も相当なものであろう?」
「そうなんだ、それなりにガツンとくるよ」
「クンレン、オワル?」
「ああ、もうすぐ終わるかな、数日の内には」
「では、我々も準備を始めるとするか」
調理用のナイフや鍋など最低限の器具はあるから、塩や砂糖などの調味料を多めに手に入れておかないとな。エリは水も出せるそうなので大幅に軽量化できたのは幸いだ。
よし、では数日中に出発ということで……まあ俺も正直、相当に強くなったと思うしな、かなりやれるんじゃないかな!
そうか、いよいよか! 腕が鳴るぜ……!
……などと意気込んでいたような気もするが、いざ出発するとなるとなかなか緊張してくるな……。この宿の空気にも馴れてきたところだし、少し寂しい気にもなってくる……。
さて、グリンの最終点検が済んだらいよいよ……発つ時だ!
「……ぃよーし……! できたぜっ!」
おおっと完了したか……って、どうした? あいつ、何もいわずに肩を叩いて去っていったな。何だよ、最後……いや別に最後なんかじゃないけれど……。
……まあ、そうだな、死にに行くわけじゃないしな。
みんなはとっくに準備が整っている様子だ。ワルドも大きなバックパックを背負っているが、年も年だろうに大丈夫なのか……?
「ワルド……本当に大丈夫なのかい? その荷物……」
「問題はない。君こそ大丈夫かね?」
「まあ元からこの荷物で長旅してきたからな」
「ワタシ、モットモツ」
「アリャは身軽な方がいいかな。その代わり周囲の警戒で動いてくれよ」
「ワカッタ!」
「私はもっと持てますよ」
「いや、君の体力は俺たちの生命線にもなっているからな、むしろ常に余裕が欲しいんだ」
「うむ、治療者が消耗しては我々全体が危うくなる」
「はい、分かりました……」
よし、さあて……。
「……じゃあ、行くかっ!」
「オーッ!」
アリャが元気よく飛び跳ねる。ずいぶんと待たせたからな、ようやく動けて嬉しいんだろう。
ワルドは頷くのみだ。あの魔女との因縁がどれほどのものか分からないが、きっと向こうでも対峙することになるのだろう。
エリは「はい」と一言、出会った当初こそ健康面が心配だったが……今はかなり調子がよさそうだな。瞳も光を宿し、力強く輝いている。
そして俺……俺は道具屋を開く資金を稼ぐためにこの地へとやってきた。しかし、今はできるだけみんなのためにも動きたいと思う。無事に目的を果たし、一緒に帰ってこれたらいいな……。
……よし。
さて、行くか……。
行くのか……。
……また、あのハイロードへと……。
うお、またちょっとどきどきしてきたぁ……!
「どうしたあんちゃん、緊張してんのかぁー?」
誰だ……って、ああ、あのときの武器商人か。
「び、びびってねぇよ!」
「どうだい? やっぱりこの新型の銃に鞍替えしないか?」
「悪いが俺にはこいつがあるんでね!」
男はへへっと笑って肩をすくめる。前にもやったなぁ、このやりとり……。
さあて……まごまごしていても仕方ない、行くか!
よし、行くぞ!
行く……!
……行きますよぉー……!
「レク、ハヤクスル……」
「わ、分かっているさ、行くよ、いく行く!」
「ニァアッ!」
アリャがどかんと正面ドアを開けた……!
……眩しいな、空は一面の快晴だ。
なんだか幸先がいい気がする……かなぁ……?